●リプレイ本文
そいつは塔ならぬ墓場に居た。
一度は死んだと思われた事でもあるのだろうか、墓の姿を模して。
地上に君臨せんとする――野良キメラ。
●公営墓苑の支配者
さて、朝早くからキメラ駆除に駆り出された能力者達。早朝とは言え夏の陽光は既に明るく、探索上に視界の問題はない。
金海雲(
ga8535)が管理事務所で用意した墓苑内地図のコピーを瓜生巴(
ga5119)が覗き込んだ。現在位置を確認した巴が地図に印を付けると、海雲はそこを起点に地図上を指差した。
「ここと、ここ‥‥」
「あとはこの2箇所の通路でカバーできますね」
巴が四つの地点にABCDの文字を書き込む。四組に分かれて効率よく探索する作戦だ。
「‥‥とりあえず探して倒そう、不気味だから」
暴れる墓石に半信半疑の周太郎(
gb5584)だが、キメラとあれば仕方ない。無線機の状態を確認している彼の後ろでは、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)が磨いている武器に話しかけていた。
「ガンズトンファー…買ってから日の目を見なかったお前に、見せ場がやってきましたよ」
紅色の武器は打撃武器に見えてその実射撃武器でもあり、何とも中途半端な代物だ。実戦では使い勝手が悪いガンズトンファーも、この依頼でなら役立ってくれるに違いない。
無条件に信じられるのは、キメラの巫山戯た特徴に対する期待から。
「ハッハッハ!墓のキメラっておもしれーな!」
豪快に笑う空言凛(
gc4106)に罰当たり思想はないようで、ただ戦いを楽しむ姿勢だけがそこにあり。
墓キメラは格闘技の如き攻撃を行うようだと報告されている。
「俺達とボヒョーの対戦ダイアグラムはどのぐらいだろうな」
戦闘すなわちこれ攻略也。
まだ見ぬ蒟蒻キメラの為に最高の準備を整えてきた桂木穣治(
gb5595)が暢気に呟くが、傍迷惑なキメラの出現に龍鱗(
gb5585)は周辺被害が気に掛かる。
何せ戦場は公営墓苑だ。そも呪いだ祟りだと気にしたりはしないが、うっかり他の墓石を壊しては参拝者に叱られかねない。
時は晩夏、盆の頃であった。
「わざわざ季節感を合わせることも無いだろうに‥‥」
呆れつつ桂木一馬(
gc1844)が独りごちたが、すぐに口数が減った。知る者が見れば、彼が覚醒状態に入った事がわかるだろう。好戦的な目で周太郎を促した一馬は通路の一筋に姿を消した。
二人ずつ、四つの道筋に分かれてキメラを探す――ほどでもなかった。
スキル効果の合わせ技か、はたまたキメラが構って欲しかったのか。
「居ましたね‥‥」
目前でちたぱたしている墓もどきを見下ろして、黒髪の色が抜けかけたばかりの海雲が呆気に取られて言った。巴が発見の報を無線で伝える。ほどなく墓苑内から大声が聞こえた。
「おーい!巴んとこにキメラがいたぜー!!」
トランシーバー要らなかったかと豪快に笑う凛の笑い声が墓苑に響き、何人かがトランシーバー越しに耳を押さえたとか。
ともあれ――全員、巴・海雲組がいる空き地に急行だ!
遭遇したキメラは、見た目は確かに墓だった――石っぽいその姿に反した動きをしていたが。
キメラは海雲の攻撃を果敢に避けていた。
「このキメラ、見覚えがある気がする‥‥!」
どこが関節かもわからぬような墓型キメラは、手らしき部分を古武術の構えにし、海雲の白い爪甲の軌跡をすすいと後退して避けた。
あ。下段攻撃に弱いかも。
「足元はくねってないんじゃない?」
巴が言いつつソニックブームをぶっ放す。衝撃波に合わせて海雲が足技を合わせた――その時。
「‥‥来る!」
海雲の本能が危険を感じ取った。
キメラは短い手を高々と上に挙げ、地へとしゃがみ込んだ。咄嗟に屈んだまま防御する海雲。瞬間、キメラの周囲から膨大な力が吹き上がった。
「これが情報にあった『気の流れ』ね」
何らかの可視の流れがあるのは確かだろうと思っていた巴だが、『気』などと軽々しく言う目撃者の情報を鵜呑みにして良いものかと不信に感じていた。
『気』かどうかはともかく、目前で発生した奔流は、キメラの能力には違いない。
「‥‥何このボヒョー」
「さすがに質感違うしすぐわか‥‥意外とわからんな」
合流した龍鱗が思わず棒読みで呟くと、穣治はセルフでノリツッコミ。
案外墓石に見えなくもない墓キメラ、果たして食えるか食えないか。担いでいた味噌を降ろして穣治が考える側で、そもそも墓型に擬態する事に何の意味があったのかと、ちんまい手足を動かしているキメラを見た凛は思う。
「‥‥本当に墓が動いてるな」
うねうねと。
そんなまさかな現実に、呆れ気味に呟いた周太郎だが、すぐに気持ちを切り替える。
一般参拝者が来る前に倒してしまわなければ。周太郎の瞳が朱に変化した。
●ボヒョーにキッス
「ハァイ!」
周太郎の俊足が衝撃波を生んだ。ボヒョーへ向かう衝撃波の軌道を追う白金の羽、その舞う先を見据えた周太郎が舌打ちした。
「短い脚で避けんな!」
続いて、一馬の援護を受けた凛が、離れた位置から飛び込みざま勢いを乗せた右ストレートを咆哮一発、竿石のど真ん中に打ち込んだ。
だが、ボヒョーはくるんと上体を逸らし凛の攻撃を吸収すると、逆に凛をぽーんと投げ返す。
「へへっ、やるじゃねーか!」
打ち込んだ力を利用されて返された格好になった凛、猫のように宙で身を捻ると身軽に着地して笑んだ。その目は猫目になっている。
転ばないのが不思議なくらいの短足なのに、ボヒョーは器用にちょこまか動く。挙句、石とは思えぬ柔らかさで華麗に回避。
「誰かがチャンスを作れば‥‥な」
低く構え、援護射撃を担っていたラナは油断なく打開の隙を狙っていた。
腰に下げたガンズトンファーを確認する。装弾数2発、チャンスは一度きり――秘められし必殺技、撃てるだろうか。
ボヒョーに回りこまれた周太郎に穣治の呟きが聞こえて来た。
「回避高めの待ちキメラ‥‥ふむ」
無駄にシリアスに独りごちる穣治、ボヒョーと凛の動きをじっと観察していて気が付いた。
当てm‥‥もとい、反撃攻撃と衝撃波は同時に行えないのではないか。
その呟きを聞きとめた周太郎、すかさず穣治を引っつかんだ!
「ここでサイエンティストを右に!」
「俺は車じゃねぇぇぇぇ!」
「好機!」
べちょっとボヒョーに顔から突っ込んだ穣治はボヒョーに口付け、しかし彼の抗議などお構いなしでボヒョーは穣治を投げ返す。
飛び道具でもねぇぇぇぇ、と叫びながら後方へ飛んでゆく穣治とすれ違いに、ラナと一馬の援護射撃がボヒョーを撃ち抜いた。
ボヒョーはモーション中なら避けきれない。鍵となるは連携、飛び道具の連携が崩したボヒョーに海雲が足技で畳み掛ける。
「このキメラ、見覚えがある気がする‥‥!」
ボヒョーの頭部に踵落としを食らわす海雲自身も、何処かのテコンドー使いに見えなくもない。
白金の光が墓地を駆けた。
頭を抱えたいが手が短すぎて届かず、じたばたしているボヒョーに一気に肉薄した周太郎が蒟蒻さながらに変形したボヒョーを引っつかんだ。
「何とも言えない感触だったぜ‥‥」
ボヒョーにちゅうした穣治が口元を拭いながら戦線復帰、周太郎がやろうとしている事に気付いた。
「シュータァ!パァーッス!カッツー、頼むぜ!」
「配達先、確認っと」
「ゲージMAX超必ってかあ!決着つけちまおうぜ」
ゲージ溜め担当・穣治の練成超強化を貰ったラナが、ガンズトンファーに持ち替えた。
「ありがとう‥‥やってみせるよ、女の意地ってやつさ」
いよいよこの時が来た。チャンスは一度きり――
ラナが、一馬と巴の援護の中、ボヒョーを抱えて走る周太郎を追って駆け出した。
「判子は拳印でいいよなぁ!?いっくぜぇ!マッグナム・ブロォオオオ!!!」
運送屋を待ち構えていた凛の豪快な拳が荷ごと伝票をふっ飛ばした。されるがまま、ボヒョーが宙を舞う。
「ラナナ!行ったぜぇ!」
着地予定地点では既にラナがトンファーを構えて待機している。普段の大人しやかな佇まいは何処へやら、ラナは凛の声と共に金の髪を靡かせて跳躍した。
「はどーけーん!‥‥なんってなぁ!」
ボヒョーに両手を突き出して殴‥‥でなくトンファーが火を火を噴いた!
配達を終えた運送屋がノリでネタを振る。
「よし龍鱗、ここは得意のファイナルゴローだ」
「ん‥‥え?ファイナルゴロー?」
振られた龍鱗、一瞬戸惑った。俺の最終兵器は何だっけ。
あー‥‥‥‥もうこれでいいか。
「アームロックする時はね誰にも邪魔されず自由d…長いから割愛!」
解説しながら目にも留まらぬ速さで移動した龍鱗、ボヒョーに近付くと拳技から連続技へ移行。
「喰らいな‥‥おりゃぁ!」
龍鱗乱舞はボヒョーがKOするまで続いたという――
●ボヒョーにしょうゆ
――さて。
タイムリミットが迫った墓苑では後片付けに忙しい。
「流石に足跡はやばいでしょう‥‥間に合うか‥‥空言君も手伝ってください」
「んぁ、ラナナ何だ?楽しかったぜ!キメラっておもしれぇなぁ!」
遠慮会釈なく踏んづけていたでしょうと、ラナはハンカチで墓石の足跡を消しながら凛を促すが、凛は気にする様子もなくご満悦だ。罰当たりとは思わないがクレームはあるかもしれないからと、一馬も墓苑内の痕跡を消している。
すっかり蒟蒻の様相でぐんにゃり力尽きたボヒョーに、巴はブルーシートを被せた。
「処理班が来るまで‥‥って、これ食べるの?」
調味料や道具持参の穣治に呆れた様子で尋ねた。食べられそうならなと湯を沸かしている穣治は味噌田楽にするつもりだ。
適当な大きさに削ぎ切りにして串に刺すと、沸騰した湯に放した。鍋の中で踊るボヒョーの成れの果ては至って普通の蒟蒻だ。
「さらば、ボヒョー。ってな」
茹る蒟蒻に呟く龍鱗、周太郎は穣治と蒟蒻談義。
「ボヒョーだが、醤油でなくて味噌なんだな」
「残りは醤油で煮込んで、マスタードでも添えてみるか?」
とりあえず食えればだがと齧ってみると、ごく普通の蒟蒻の味がした。
「いい歯ごたえで意外といけるな‥‥名物にどうだろう。ボヒョー田楽」
いいんじゃないかと海雲。
一口齧って、戦闘の間もやもやしていた記憶の糸を手繰り出す。
「‥‥あ、兵舎の雑誌か」
見覚えあるキメラの記憶に漸く至った海雲は、心置きなく味噌田楽を齧ったという。