タイトル:ネンドマツマスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/03 21:42

●オープニング本文


 そのキメラは植物系――松を模していた。
 尤も、盛り上がった根はうねうねと蠢き、自走していたが。

●燃弩松
 草原に、松が1本立っていた。
 そいつはもそもそと動いていた。
 草叢から根の先が見え隠れしている。根を足のように動かして移動しているようだ。
 時折、赤く光っては周囲に火を点けている。
 生草だけにそうそう簡単には燃え移らず、少し焦げては消えていたのが幸いだった。

 ボストンバッグ1個を抱えてやって来た新入生が学園に来る途中で見たものは、何ともシュールな光景であった。
「はぐれキメラ、と言うのでしょうか‥‥?」
 新入生がこの奇妙な目撃譚を出迎えた教師に話すと、教師はそうだと頷いた。
 いまやキメラは人類の身近な恐怖。バグアの尖兵として生み出されたソレは増加の一途を辿っており、中には集団から逸れて活動しているモノもいる。
「動く松‥‥」
「まあ、キメラなんてそんなものだろう」
 苦笑する教師。キメラは地球上の伝説や空想の生物を模したものが多く報告されているが、偶には妙な出来損ないもあるようだ。
 一体何がどうなって自走する松になったものやら。

 ともあれその松――もといキメラは草原に居た。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ブラドダーム博士(gc0563
58歳・♂・ST
シンフォニア・ノアール(gc1032
17歳・♀・FT
紫翠 瀬良(gc1079
16歳・♂・DF

●リプレイ本文

 ぽつり立つ、松一本。
 緩やかに、うねうねと、草原を練り歩く――

●バグア許すまじ
 松なのに、動く。
 木なのに、火を出す。
 動きまわって、火を放つ松。

「いつも思うけど‥‥キメラって何でも有り‥‥だよね‥‥」
 幡多野克(ga0444)の呟きは、同行の皆の総意に近かった。
 こいつは動物なのか植物なのかと真面目に分類を悩む克の後ろで、皆より上半身分大きな青年が愕然としていた。
「松、サン‥‥コレ、ガ‥‥松、サン‥‥」
 ムーグ・リード(gc0402)は小隊で日本人の所属者から聞いた事がある。
 松さんは、いい奴だ。
「松、サン‥‥‥‥日本、ハ、不思議、デス‥‥」
 ムーグは混乱していた。
 松さんは、いい奴‥‥だ。
「ソンナ、松サン、マデ、モ‥‥バグア、メ」
 松さんの変わり果てた姿にバグアへの敵意を示す――その横で、新居・やすかず(ga1891)は、ゆったりと件の逸れキメラを眺めている。
 こんな後腐れのない仕事はいつ以来だろうか。大局に絡まず、制約も背後事情もなさそうな松キメラ。ただ倒すだけの仕事は気楽で良いものだ――が。
(「どういった運用を想定して生み出されたのか、いまいち判らないキメラですね‥‥」)
 視界に映る松キメラの使い道を考えてみる。庭園にでも放して、松に擬態させるつもりだったのだろうか。
 やすかずの思索の前で、うにうに動いている松キメラ。
(「‥‥成功の影には多くの失敗あり、といったところですか」)
 庭園に放っても大人しく擬態しそうにない松は、破棄された失敗作のひとつなのだろう。
「イッヒッヒ。めでたくない松もあったもんじゃな」
 長寿の象徴、日本では正月飾りにも用いられる神聖な樹――松。
 相手がキメラであれば目出度いどころか遠慮は要らぬ。ブラドダーム博士(gc0563)は全くもって傍迷惑なと嗤った。
 まあねと苦笑するシンフォニア・ノアール(gc1032)、初戦闘で僅かに緊張の様子が見られるものの、自身の身の置き方や行動を定める姿勢に揺るぎはない。
「悪いけど、本体のみに攻撃させてもらうわね」
「じゃ、あたしは葉っぱが飛ばせないようにしてやるぜ」
 火を帯びた松葉や脚代わりの根は仲間に任せ、連携して敵を葬ろう。シンフォニアの言葉に、ウェイケル・クスペリア(gb9006)が任せろと請け負って。
「これで年度末の仕事納め、かな」
 綾河零音(gb9784)はそう呟くと、目を凝らした。

 松の動きを把握すべく、覚醒を果たした零音の右手が光る。
 瞬間、周囲に響き渡った獅子の咆哮が戦闘の合図となった。

●ネンドマツ伐採
 逸早く克が駆けた。
「今は被害は出てないみたいだけど、このまま野放しにはできない」
 素早く射程内に入るとキメラに向けて牽制射撃、松の動きが止まった。射手を探すかのようにゆっくりと枝を動かした松キメラへ、別方向から容赦ない弾幕が降り注ぐ。
「皆、サン、ニ、楽しイ、脳筋、ヲ‥‥デス」
 ムーグだ。
 己が役割は松キメラの動きを削ぐ事、前衛よ楽しく攻撃せよとばかりに容赦なく弾を撒き散らす。3m強もある松だ、制圧射撃であってもかなりの弾を食らっており、脚たる根はうねうねとその場でたたらを踏んだ。
 その場で動くに動けない松は格好の的だ。
「ヒッヒッ、困っておるな。もっと困らせてやろうかの」
 松の幹から皮がぼろっと取れた。ブラドダーム博士の練成弱体がキメラに掛かったようだ。その変化を、やすかずは見逃さなかった。
「シンフォニアさん、今です!」
 やすかずの援護を受けて、シンフォニアが松の幹へ渾身の一撃を撃ち込んだ。木皮が細かい破片になって飛び散る。太い幹に深く食い込んだ刃を全身を使って引き抜くと、幹にざっくり派手な傷が残った。
「勝機は今じゃ!いざ奮い立て皆の衆!」
 発破を掛けるブラドダーム博士の目前で、ウェイケルの扇が翻る。双手の扇に籠もった力が、一筋の衝撃派となって枝を飛ばす。
「その葉っぱが厄介なのは認めてやるぜ。当然、対策は取らせてもらうけどな?」
 枝を落とせば火を帯びていようと松葉は飛ばせまい。
「安心しろよ。実はいらねーから。その魂だけ、刈り取らせて貰うぜ!」
 キメラはあってはならぬモノ。容赦なく伐採するウェイケルの攻撃に、松キメラはどんどん情けない姿になってゆく。

 松キメラはほぼ一方的に攻撃されていた。
「狩リ、ノ、基本、デス‥‥松、サン‥‥貴方、ニ、自由、ハ、ユルシ、マセン‥‥」
 足止めを食っている松さんへ、ムーグは尚も制圧を続けている。もはや松の根は動く事すら稀、こうなるとただの松だ。
 ――が。
 剥げちょろけの枝に残った僅かな松葉が一瞬光った。
「幡多野、来るぞ!」
 何物をも見逃さぬ鋭い眼、逸早く気付いた零音が言葉短く叫んだ。
「松葉を飛ばしてくるか‥‥だが、この程度の火ならば!」
 零音の警告に反応した克が防御の構えのままキメラへと突っ込む。飛び来る火炎の葉をかわし、松へ肉薄した克は直刀月読を幹に押し当てた。
「悪いけど、ここで消えてもらう」
 手を添え一気に力を込める。それがキメラの最期だった。

●さよならネンドマツ
「まったく、煮ても焼いても食えんとはこのことじゃな」
 木っ端にした松キメラの残骸を焚き火にしながら、ブラドダーム博士が忌々しげに呟いた。キメラだけに食うには適さないだろうが、松の特徴は持ち合わせていたと見えて、随分とよく燃える。
 そう言えばこの松キメラ、松の実はなかったが、実があれば食用になっただろうか。体部の残骸で軽く炒って――考えない方が良さそうだ。
 この場に居らぬ友人の事を想い、零音は言葉少なに炎を見つめていた。
「心配?」
 シンフォニアの言葉に、ぎくりと身体を強張らせる。彼女の方を向けば何時になく柔らかい表情のシンフォニアが居て。
「彼とは以前からの知り合いで、友人として身を案じているのであって――」
「‥‥‥‥」
 慌てた零音、聞きもしないのに自ら暴露した。急に説明を始めた零音は却って仲間の注目を集めてしまった。
 見守るような生温かいような皆の視線に、零音は更に焦って――
「友達以上ではありません。友達以上ではありません!」
「二度も繰り返すなんて、大事な事なのね‥‥」
「真逆だって自分で言ってるよーなもんだよな」
 互いに目配せし合う、シンフォニアとウェイケルである。

 焚き火を挟んで、女子達の向かい側に離れ、炎を見守っている青年達。
 炎に視線を向けたまま、やすかずが克に言った。
「失敗作なんでしょうけど、何だかよくわからないキメラでしたね」
「ん‥‥やっぱり‥‥盆栽は眺めるに限るよ‥‥。動いたらなんか違う‥‥よね‥‥」
 思えば、風情も何もあったもんじゃない松だった。いまや炎の中の松の根はもう動かないけれど、二度と動かないで欲しいものだと二人は嘆息する。
 人の立ち入らぬ草原とは言え延焼は避けたかったから、一同、火の扱いは慎重に行っていた。松キメラの火災を防ぎに来て火事を起こしたのでは意味がない。
 万一に備えて消化用水を手近に据え、ブラドダーム博士が鉄棒で焚き火を掻いた。一際大きく燃える松だったものを、ムーグは哀しく見つめる。
 母の養育費を稼ぐ為に請けた仕事だった。報酬の為、そう稼ぎの為に彼は偽りの命を狩った。
 生きてゆく上で狩りは必要な事――だが、現実はあまりにも厳しかった。
「サヨウ、ナラ‥‥松、サン‥‥バグア、ハ、残酷、デス‥‥」
 炎の中で崩れゆく木っ端が涙でゆがんだムーグの瞼に母の――キリンの姿が浮かんで消えた。