タイトル:【AW】あなたへの手紙マスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/05/02 10:32

●オープニング本文


 それぞれの生活、それぞれの人生。
 遠く離れていても、いつまでも忘れない――

●朋からの手紙
 ドアに取り付けられた郵便受けがガコンと鳴った。

 日本某所――高度成長期に立てられた古い公団住宅の一室で、高城 ソニア(gz0347)は、存外大きな音がするものだと思った。
 実家の自室、机に向かうソニアの側には図書館から借りてきた本が数冊積み上げられている。そして彼女の目の前には封を切った手紙と使いかけの便箋。
 旧友からの手紙に返事を書こうとしていたソニアは、再び文面に目を通し始めた。


『高城ソニア様。

  元気にしてるかな?
  何もない所で転んだり、道に迷ったり、妙なもの押し付けられたりしてない?
  こっちは相変わらず寒いです。マフラーも大活躍!

  ところで‥‥そっちはどう?
  一般講義の単位を全部取り終えた高城が、カンパネラを卒業するのは納得なんだけどさ、
  それにしても看護士目指すとか無いでしょ!? しかもいきなり。
  1月の終わりにソレ聞いて、あたしアホかと思ったわ!

  ‥‥で、その後、進路はどうなったの?
  あんたの事だから真面目に目指してるんだろうけど、あまり無理はしないようにね?
  また手紙書きます。

                               2013.3.30  ユウキ・ハマカワ』

 変わらないなと手紙に踊る字を見て思う。
 学生時代、ユウキからは沢山手紙を貰ったものだった――主に役務引継ぎに関して。
 それをソニアは嫌とも苦とも思っていなかったし、今になってみれば青春時代の懐かしい思い出だ――それにしても、返事をどう書こう。
 書きたい事、伝えたい事は沢山あるけれど、簡潔に伝えたい。
 面倒だと思えばすぐに放棄するユウキの性格を鑑みれば、読み飛ばされそうな長ったらしい分厚い手紙を送るつもりはない。
「うーん‥‥」
 書いては消し、消した文章をまた書き出し。
 一向に進まない返信を前に唸っていると、母親の声がした。
「‥‥ソニア、お手紙着てるわよ?」
 声と同時にドアが開く。さっきのガコンは自分宛だったらしい。
 誰からかしら‥‥活字狂のソニアにとって手紙の遣り取りは楽しいもので、旧友達の消息を知るのも嬉しいものだった。

●参加者一覧

/ 弓亜 石榴(ga0468) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 最上 憐 (gb0002) / 椎野 ひかり(gb2026) / 橘川 海(gb4179) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / レインウォーカー(gc2524) / 滝沢タキトゥス(gc4659) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文

 お元気ですか。
 何をしていますか。
 あなたは今、幸せですか――

●2013年、初夏 〜北の端から〜
 北から南――世界の各地から、日本へ。
 あれからまだ少ししか経っていないはずなのに、随分長く会っていないような気がする。学園時代の先輩へ宛てて、ラサ・ジェネシス(gc2273)は何度目かの手紙を書いていた。


『コンバンハ、ソニア先輩、我輩は今北極圏に来ていマス。
 モアイキメラ退治と施設の修繕してマス。
 すっごい寒いデス。マイナス1万℃くらいはあるんじゃないカナ
 モアイはあのモアイデス、イースター島の…
 何でこんな所に…バグアの考える事は分からナイ
 それでも困っている人がいる限りは
 微力ながら頑張って行きたいと思ってマス。

 ソニア先輩はお元気でしょうカ
 そうそう素敵な夢が見つかったみたいですね。
 とてもうれしいデス。
 無理せず頑張ってくださいネ。応援していマス。
 何か手伝えることがったら言って下さいネ。
 今度ユーリ殿のお菓子もって遊びに伺いますネ。
 最上殿や椎野殿や皆呼んで女子会やりましょう!

 PS.綺麗なオーロラの写真が取れたので送りマス
 人間もキメラもバグアも小さいナーって感じマス。 』


 封緘をし、本部経由で送っておく。派遣先からであれば、世界中の何処からでもUPCは確実に手紙を送り届けてくれるので安心だ。
 ほどなくソニアから返事が届いた。


『ラサさん、依頼お疲れ様です!
 北極にモアイ‥‥シロクマキメラならまだしも、バグアって凄いセンスしてますね。しかも食べられそうにないですし!

 オーロラの写真ありがとうございました。
 空一面を覆う神秘のカーテン‥‥とっても綺麗。これを直にご覧になったんですよね、いいなぁ。
 私もいつか現地で見てみたいです。いつか、看護士として傭兵の皆さんと一緒に。

 昨年の今頃の事、覚えてらっしゃいますか?
 沖縄で発生したイカキメラを倒し‥‥倒したのはラサさん達でしたけど、私が初めて戦場に立った事件でした。
 あの時、思ったんです。戦闘以外の戦い方もある、私は皆さんのお役に立ちたい‥‥って。

 それで、エミタ摘出はせずに傭兵援護の看護士を目指す事にしたのですが‥‥
 さすがに準備不足で入試は落ちちゃいました。
 でもいつか、ラサさん達と一緒に、生のオーロラを見てみたいです!

 私は実家で浪人生をしていますので、お近くにお越しの際はお立ち寄りくださいね。
 女子会、楽しみにしています♪ 』


 ラサは微笑した。
 次に日本へ行った際は、ソニアの実家に寄ってみよう。沢山の菓子と土産話と共に、陣中見舞いに行こうじゃないかと心に決めて、窓越しに施設の外を闊歩しているモアイキメラへ視線を向けた。


●2015年、春 〜はこぶもの〜
 穏やかな陽射しの中を、一台のバイクが走ってゆく。バイクならではの機動力を生かして路地をすり抜け荷物を運ぶバイク便だ。
 赤い蝶がペイントされたバイクは一目見ただけで乗り手の愛情が伝わってくる整備の行き届いた機体で、社長自らが駆っている。
 やがて軽快な音を立てて止まった先は会社前。
「うーみーっv」
 ハートマークを飛ばしながら社員達の前も憚らずに抱きゅ撫でこくすぐりのフルセットを仕掛けて来る会長――大好きな母親に迎えられ、橘川 海(gb4179)は訂正を試みるもあっさり玉砕。
「ちょ、おか‥‥会長! 社員さんの前では社ちょ‥‥あはははっ!」
 晴れた空の下で、母娘のスキンシップと眺める社員達の和やかな時間。
 そして、配達から戻った海を待っていたのは母と20名の社員達だけではなかった。
「ソニアちゃんから、お返事‥‥?」
 少し前に海の大切な人とソニアの2人に近況を伝える手紙を出していたから、手紙はその返信だろう。海は胸ポケットからカッターを出すと封を切った。


『海さん、こんにちは! 高城です。

 傭兵引退されたそうですね。お疲れ様でした。
 びっくりしましたし寂しくもあるのですが‥‥能力者は続けられるとの事で、少し安心しました。

 だって‥‥海さんは私の目標でしたから。
 能力者の先輩で傭兵さんで、機械に強くて頼りになって‥‥人の為に頑張れる人。
 海さんを、お姉さんのように思っていました。
 戦場でお会いする事はなくなりますが、同じ空の下、頑張ってらっしゃるのを支えに私も頑張ります。

 ご報告します! 私、看護学校に受かりました!
 カンパネラの時同様、また寮生活になります。
 近日中に改めて、「赤い蝶の運送便」さんへ引越し見積もりのご相談に伺いますね。よろしくお願いします。 』


 あれから何年経ったっけと海は記憶を辿ってみた。
 漸く受かったソニアの門出――目一杯元気付けて送り出してあげよう。
 海は母へ笑顔を向け、良いニュースを伝えたのだった。


●2016年、晩秋 〜絵本と置物、饅頭も〜
 最近開店した、店がある。
 置物のみを扱うこの店の商品は全て店主の手作りだ。売れに売れるような物ではないけれど、かと言って全く売れない訳でもない。繁盛もせず閑古鳥も鳴かず――それなりに営業している。
 ある日、表に陳列した置物に羽箒を掛けていた店主――滝沢タキトゥス(gc4659)は、ふと思いついてカウンターへと戻って行った。
(手紙を送るのは、随分と久しぶりだな‥‥)
 さて、何と書こうかとタキトゥスは考える。宛先は、一度も実戦を経験しなかった傭兵未満の能力者少女だ。風の噂に看護士を目指していると聞いた――ならば。
 タキトゥスは、置物屋の店主らしい味のある筆文字の手紙に店の位置を記した地図を添付して封筒に納めると、通りにあるポストへと投函した。

 返事は程なく届いた。
 清潔感のある白い封筒の封を切ると、気のせいか除菌衛生製品特有の匂いがしたような――という事は。
 便箋を広げたタキトゥスに微笑が浮かんだ。浪人を経て、ソニアは無事に希望の進路を歩み始めたらしい。


『前略。
 お手紙ありがとうございました。
 元気です。そして‥‥今は念願の看護学生です!

 毎日とても忙しく、充実した日々を過ごしています。
 実習もレポートも大変ですが、誰かの命を預かる仕事に就く為の勉強ですもの、大変で当然なのだと思います。
 でも‥‥時々は、神頼みしたくなります。テスト前とか。

 タキトゥスさんは置物のオーダーメイドもされているそうですね。
 もし良かったら、今度お願いしてもいいですか?
 患者さんの健康祈願に利きそうな置物を。
 採血や点滴で痛い思いをさせずにすむ効果がある置物があれば、嬉しいのですが‥‥

 ほかにも作っていただきたい置物のデザインがありまして‥‥頭がお饅頭の兵隊さんなのですが。
 頑張っているお友達へ送りたいのです。
 詳しいデザインなどのご相談に、今度お店の方へお伺いしますね。 草々 』


 文面から察するに、どうやら注射を刺すのが苦手のようだ。きっと毎回患者に痛い思いをさせているのだろう。苦笑して、特注の置物を用意しなければと思う。
(饅頭の頭をした兵隊、か‥‥)
 何処かで企画されている、ゆるキャラか何かだろうか――
 あれこれ思案していると、通りの向こうからやってくるソニアの姿が見えた。

 暦の上で冬と呼ばれるようになった頃、饅頭兵士の置物がソニアのもとへ届けられた。
 イメージ通りに作って貰ったそれを眺めつつ、ソニアは弓亜 石榴(ga0468)に手紙を書き始める――


『石榴さん、お久し振りです! 絵本作家デビューおめでとうございます!!
 お手紙、そして記念すべき第一作の絵本をありがとうございました。
 私の方は、何とか看護学校に合格して看護士目指し頑張っています。

 驚きました、絵本のタイトルが「お菓子の国のソニア」‥‥え、ソニア? って。
 それに、知恵と勇気はともかく、何故ぱんちらなんですかー!!
 とは言え、饅頭兵士さん達が可愛らしくって、とても楽しく拝見しました。
 あまりに可愛らしいので、元傭兵さんが開店しておられる置物屋さんで、
 オーダーメイドの饅頭兵士さんを作っていただいたくらいです。絵本の御礼にお送りしますね。

 さて、質問のお返事ですが‥‥
 お菓子の国の女王様が、ソニアさんの願いを何でもひとつだけ叶えてくださるとの事。
 私が願い事を決めてしまっても良いのですか?
 えーと、私がソニアさんなら‥‥
 「この世から、自分のぱんちら写真を消滅させてください!」とお願いすると思います。
 本当に消えてしまうのか、はたまた別の形で饅頭兵士さん達と女王様の欲望が満たされるのか‥‥
 石榴さんの結末をお聞きするのが楽しみなような怖いような。
 ともあれ、絵本の完結編、完成をお祈りしています。 』


 ペンを置き、溜息ひとつ。
 セクハラの宿命を持った自分と同じ名前の主人公。しかし何故にソニアなのだ?
 絵本の彼女に同情しつつ、ソニアは饅頭兵士の置物が壊れないよう厳重に梱包すると、呪符かというくらいしっかりと「ワレモノ」「取り扱い注意」の赤札を貼りまくって、石榴のもとへと発送したのだった。


●2018年、春 〜初陣〜
 UPC本部。
 今なお現役傭兵として一線に立っている最上 憐 (gb0002)は、出発の時を待っていた。これから新人を伴い戦地へ向かう。
 地球を襲った外宇宙からの脅威が去った後も、傭兵達が活動する場所は多々あった。バグアが残した爪跡は今なお深く刻まれている。
 出立を待つ憐が手に持っているのは、ソニアからの手紙だ。
 ソニアの卒業後も変わらぬ交流を続けて来た二人だった。その後も傭兵を続けた憐は、傭兵稼業と同時に将来を見据えて学業も修め、今では時折カンパネラの臨時講師をしていたりもする。
 今では少女らしく成長した――それでも平均よりは小柄だが――憐は荷からカレーパンを取り出した。成長期だからか日々食欲が増している彼女は、カレーパンを齧りつつ便箋を広げ、すっかり見慣れたソニアの文字を追う。


『師匠、お元気ですか?

 先日は看護士採用祝いにお誘いありがとうございました。
 世界のカレー食べ歩きの旅‥‥すごく師匠らしいお祝いで、何だか学生時代に戻ったような気持ちになりました。
 今更ですけれど、本当に世界には沢山のカレーの種類があるんですね! とっても楽しかったです♪

 さて、私も遂に初仕事が決まりました! 戦場での医療支援です。
 緊張しないと言えば嘘になりますが、傭兵さん達が護衛してくださるとの事ですし不安はありません。
 看護士としても能力者としても初めての戦場、師匠の仰るように平常心で自分の仕事をこなそうと思います。

 師匠も同じ時期に護衛依頼を請けられたそうですね。
 護衛対象は新米看護士‥‥?
 もしかして、行き先が一緒だったりして‥‥なんて、冗談です。師匠が私の護衛を依頼してくださったんですね。

 ありがとうございます。
 学生時代も、卒業後も、そして今も‥‥いつだって師匠が守ってくださっていましたね。
 私、師匠に見守られてここまで来る事ができたのだと思います。
 次は私が師匠を‥‥なんて大それた事はとても言えません。だけど、これからは一緒に。頑張ります。

 先輩として、師匠として‥‥これからも、よろしくお願いします。
 それでは、現地で。                        高城 ソニア 』


 そろそろ来る頃だ――新米看護士、高城ソニアが。
 もう一個パンを取り出し、器用に片手で封を開ける。何個目かのパンを食べ終えた頃、緊張の面持ちのソニアが現れた。
「‥‥ん。ソニア。とりあえず。その荷物は。多すぎ」
 何もかも必需品に感じて詰め込んだのだろう大荷物を示し、憐はまず手荷物の整理と選定方法を教え始めた。

 数日後。
「‥‥あ」
 実家に戻ったソニアは椎野 ひかり(gb2026)からの手紙に慌てた声を挙げた。というのも――


『拝啓 高城ソニア様

 ソニアさん、お元気ですかしら?
 私はUPC北海道地方軍であいもかわらず、
 毎日鬼軍曹としてひよっ子達を鍛えていますわ。

 北海道は解放から5年。
 まだまだ傷跡は深く、復興に時間が掛かりますわ。
 でも一歩ずつ、一歩ずつ、復興に向かって、
 皆頑張っておりますわ。
 チョコレートを一緒に作った双子の妹は、
 今度市議会議員に立候補するそうですし。

 私はそんな人たちを護りたい。
 そして今度こそ北海道が孤立する悲劇を繰り返さない為に、
 私は“防人”を育てるために奮闘中ですわ。

 さて、ソニアさん看護系のお勉強、順調でしょうか?
 最近お知らせとか着てませんが…、
 まさかまだ浪人ではないですわよね…?
 
 まあ、とりあえず卒業できた時は知らせてくださいね。
 北海道に呼ぶのもそちらに行くのもどちらでもですが、
 お休みとってお祝いをしたいですからね。
 その時はLHで出会った人たち、
 皆を誘ってわいわいしたいですわね。

 最後に今回は紫のライラックの花びらをしおりにしましたわ。
 あとライラックの香水も送りました。
 ライラックの花言葉は友情・青春の思い出・大切な友達。

 さて、また3ヶ月後、お手紙出しますわ。
 勉強頑張ってくださいね。
 
 かしこ            2018年4月 椎野 ひかり』


 ひかりはいつも季節ごとに手紙をくれる。毎回、近況と季節の押し花を添えて。
「ご報告してませんでした‥‥!」
 それはソニアが初仕事に緊張し余裕なく出立したからにほかならないのだが、それにしても報告を怠るとは何という不覚! ソニアは慌てて机に向かい、折り返し返信をしたため始めた。


『拝啓、椎野 ひかり様

 花開き、生命の息吹を感じる今日この頃‥‥北の大地にも春の足音は近付いているようですね。
 ライラックのお便り、ありがとうございます。
 忙しさに忘れがちになる季節の移ろいを、ひかりさんのお手紙が、いつも教えてくださるんです。

 あれから5年‥‥長いようで、あっという間の5年間だった気がします。
 その間に、みんなそれぞれの目標を抱いて、それぞれの道を歩いて‥‥
 ‥‥すみません! ご報告すっかり忘れていました!!

 おかげさまで、私、この春、看護学校を卒業しました!
 そして、数日前に看護士としての初仕事を無事に完遂して戻りました。
 実習とは違う緊張がありましたが、師匠の憐さんも一緒でしたので心強く頑張る事ができました。
 看護士としてはまだ卵、目標の入口に立ったばかりです。
 ひかり軍曹に鍛えられている北海道の皆さんに負けないよう、私も日々頑張りたいと思います。

 今度の連休、そちらの拠点はお忙しいでしょうか?
 LHで出逢った皆さんをお誘いして伺ってみたいのですが‥‥お時間のある時に、実家へお電話くださいますか?
 久々の同窓会が成立しますようにと祈りつつ‥‥今回はこの辺で。
                                          敬具 高城 ソニア 』


 新しい生活が始まって、幾ばくかの不安も無かったかというと嘘になる。しかし、手紙を書き終える頃には晴れやかな気持ちになっていた。
 皆が、それぞれの場所で己のなすべき事を頑張っている――次逢う時、笑顔を向けられるように頑張ろう。
 ソニアが抱いた僅かな不安の雲は、ライラックの香りがさっぱりと払ってくれたようだった。


●2023年、春 〜人の縁〜
 そして終戦から10回目の春――

 百地・悠季(ga8270)には今、考えている事があった。
(あの時の子が、もう5歳なのよね)
 11歳の長女を頭に、9歳の長男、7歳の次女と5歳の三女――積み木で遊んでいる末娘に視線を遣って、今しかないのだと思案した。

 春から正式にMSI社の社員として働く事が決まっている。
 地球外生物を退けて10年、いまだなお復興事業を必要としている場所は多く、人手は常に求められていた。子育ての傍らアルバイトの範囲内で働いていた悠季は、その有能さを買われて社員登録する事になったのだ。
 勿論、働きに出られるのは夫の協力あっての事である。加えて子供達に手が掛からなくなってきた事、姉弟妹の仲が大変良い事から子供達だけでも留守番できると判断しての決断だった。
「まま、うみおねえちゃんと、おしごとするの?」
 積み木を握ったまま末娘が首を傾げて聞いた。出産時に世話になった事もあり、この末娘は橘川 海に懐いている。
「そうね。海に協力する仕事もあるかもしれないわね」
「がんばってね!」
 海の名を聞き、にっこりと笑う。
 やはり今このタイミングを置いてほかにないだろう。悠季は決意を固めてペンを走らせ始めた――

 赤い蝶の運送便のガレージで、海は悠季からの手紙を読んだ。
(‥‥申し出はありがたいけど)
 いけないと思った。
 たとえ傭兵時代の傷が元で子を成せぬ身体になってしまった海への気遣いからとしても、子を母親から引き離して良い理由にはならない。
(私は、私にとって、お母さんの存在が、どれだけ大切か知ってる)
 だから。あの子は悠季の娘でいさせてあげて欲しいと思う。
「うーみっv 悠季ちゃんのご用は何だったの?」
 ひょこ、とガレージに顔を覗かせた母が海に問うた。母は悠季の申し出を知らない。海は朗らかな笑顔を向けると、ぎゅっと母を抱き締めた。
「あらぁ、甘えんぼさん♪」
 いつもは撫でこする側だから、母は何だかご機嫌だ。
 今は、まだ。
(お母さん‥‥もうちょっとお母さんの『娘』でいさせてねっ)

 海親子の間でそんな遣り取りがあった数日後、悠季は海からの返信に目を通して溜息を吐いた。
(こちらの思惑は見透かされてるか‥‥)
 海の言い分は解る。悠季とて我が子は皆等しく愛しい。
 しかし、傭兵時代に支えあった親友に借りを返したい気持ちもあって――
(まあ、その件はじっくりとよね)
 海は幸せに暮らしている。今はそれで良しとして。お互いにこのまま幸せであれと悠季はそっと瞼を伏せた。

 ――人と人とを繋ぐ縁。

 ここは能力者が経営する何でも屋、『村雨ゼネラルカンパニー』。
 村雨 紫狼(gc7632)は社長で37歳、かつての夢であった能力の平和利用を掲げた『正義のヒーロー』として活動している熱い男だ。
 社内の敷地が割ってKVを発進させたりはしないけれど、日々平和維持の為に奔走していた。

(お兄さん‥‥というには、ちょいとキツくなってきたかな)
 10年の時を経て、四十路に差し掛かった紫狼ではあったが、見た目はあの頃のままだ。
 しかし生活は10年分の充実を積み重ねている。かつて通報と隣りあわせだった年の離れた恋人も20歳、いまや公けに夫婦を名乗れる間柄になり、3人の子を成していた。
「『元気でやってるか〜 相変わらず男っ気はないんだろうがな!』‥‥っと」
 未だ独身のソニアへ釣書を送りつけるべく、紫狼はペンを取る。
 自分の妻が若い分、三十路近くになっても浮いた話ひとつないソニアの事が少々気に掛かっていた。仕事柄、世界中を飛び回ってそれなりのコネも持っていたから、玉の輿を斡旋するのも難しくはない。大企業の御曹司に医者の息子――条件の良い縁談も結構預かっているのだ。


『ママさんもいい加減、ソニアに落ち着いてほしいって言ってたし、
 つーかなぁ、看護士受験だって無計画に言い出して一浪した前科もあるからなお前。
 三十路前でも昔みたいにポケーッとしてるんで、俺は心配でならないぜ! 』


 我ながらお節介かと苦笑する。
 膝の上であやす0歳の息子は昨年生まれた初めての男子だ。4歳を頭に2歳と姉妹が続いた後に授かった同性の子は、どんな未来を掴むだろう。


『結婚はいいもんだぜ』


 だから紫狼は勧めずにはいられない。
 守るべき人を得る幸福と責任、家族が増える喜び――己の幸せは全て妻と出会い愛を育んだからこそ、こうして今手にしているのだ。
「パパぁ?」
 いつ昼寝から目覚めたのか、長女が紫狼の腰にくっ付いていた。
 世界平和も大事だが、自分自身が幸せでなければ世界も幸せにできやしない。
 父であり夫である幸せは日々深まってゆく。たとえ出しゃばりであろうと、紫狼はソニアの幸せを願わずにはいられなかった――のだが。


『前略、御無沙汰しています。
 ご長男の誕生おめでとうございます! 紫狼さんもご家族の皆さんもお元気そうで何よりです。

 お心遣いありがとうございました。
 とても素晴らしい方をお勧めいただきましたにも関わらず申し訳ありませんが、
 私には勿体無さ過ぎるお話に思えますので、今回はご縁がなかった事にしていただけますでしょうか。

 だって‥‥私がセレブになんて、なれっこありませんもの!

 念願でした看護士として活動も5年目になりました。
 まだまだ新人、学ぶ事は沢山あります。プラス、セレブマナーや社交ダンスなんて‥‥無理ですっ

 再来月には一度実家に戻ります。
 1週間の休暇が取れましたので、その際にお会いできるのを楽しみにしています。 かしこ 』


 半月後に届いた返信を一読し、紫狼は頭を抱えた。
(いや、セレブのイメージ間違ってるだろうこれ!)
 何となくそんな気はしていたが、ソニアは10年前と同じく、相変わらずのボケっぷりのようだ。
 こんなぽややんで他人の生命を預かって大丈夫かと些か心配に感じつつ、紫狼が強制的に見合いの席を整えた方が良いのではと真剣に心配し始めた――

 世話焼き紳士が頭を抱えているのと同じ頃、当のソニアは便箋に並ぶ文字に懐かしい声音を充てていた。
「便りのないのが良い便り、なんて言いますけど‥‥良かった、生きてらしたんですね」
 この10年、殆ど消息が掴めなかったレインウォーカー(gc2524)の息災を知り、ソニアは安堵の微笑を浮かべた。終戦後も傭兵を続け、何処で人生の終焉を迎えていても不思議はない生活を送っていた彼だけに、手紙の内容はソニアを心底安心させたのだ。


『こうやって手紙を送るのも久しぶりだねぇ
 死人からの手紙じゃないんで安心しなぁ
 今も傭兵やってて世界中駆け回っていてね、手紙を書く時間が出来なかったんだ
 最近は新兵訓練の教官の真似事みたいな依頼も請ける様にしてね、手紙を書く時間が出来たよ

 まぁ、こうやって手紙を書いてるボクは元気だ
 お前の方はどうだい?
 看護師を目指していると聞いたけど、実際になれたかな?
 お前の事だから四苦八苦してるだろうねぇ

 今、ボクが教えてる新兵も悲鳴を上げながら頑張ってるよ
 アイツらを見てると、昔のお前の事が自然と浮かぶ
 中々苦労したし、同時に面白かった思い出だ
 お前と一緒にカンパネラでお茶を飲み、クッキーを食べ、本を読んだ時間もね
 あの時間は、戦い以外の事を忘れてしまったボクに穏やかな想いを思い出させてくれたよ

 今更言うのは遅いかもしれないけど、改めて言う
 ありがとう、ソニア
 またいつか、会う日が来ることを愉しみにしてるよ
 その時は、新兵からの評判もいいボク手作りクッキーをご馳走するよ 』


「今も‥‥ずっと忘れていませんとも」
 便箋を広げたソニアの手元には、紅茶とクッキーが置いてある。
 かつて彼がレシピ提供し商品化されたトランプクッキーだ。あの頃を思い出したい時、ソニアは一人でお茶を淹れトランプクッキーを食べるのだ。
 カンパネラ学園で過ごした日々、その時々偶発的に発生する食堂の秘密のお茶会『どうぞのお茶』をはじめ、出逢うといつも彼はソニアにクッキーを御馳走してくれた。
 さく、とクッキーを齧る。
 レシピは同じでも、やはりレインウォーカー当人の手作りにはかなわない。懐かしさに背を押されるように、ソニアは返信を書き始めた。


『レインさん、お元気で良かった!
 お久し振りです。なかなか連絡が取れなくて、心配していました。

 私の方も何かと慌しく過ごしています。
 あれから10年‥‥2浪しましたが看護学校に入学が叶い、
 5年前からは看護士として能力者さん達のお手伝いをさせていただいてます。
 後方で活動しているので中々前線の傭兵さん達とは顔を合わせる機会がないのですが、
 もしかするとレインさんと同じ戦地に居た事もあったかもしれませんね。

 レインさん、ありがとうございます。
 私の方こそ、私の生きる道を示して貰ったと感じています。
 レインさんや皆さんと出逢わなければ、きっと今の私はいませんでした。
 いつか‥‥直接お礼を言わせてください。
 その時にはクッキーに合う茶葉をお持ちしますね。 』


 最終的に食い気で結んだ気がしなくもなかったが、一気に書き綴った手紙を封筒に収めたソニアは、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。
 その数日後、依頼を終えて久々に我が家へ戻ったレインウォーカーは2通の手紙を受け取ることになる。
 一通はソニアから、そしてもう一通は猫のオーケストラが描かれたレターセット――ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)からのものだった。


『レインウォーカー様

 久しぶりだね、元気でやってるか?
 こっちは平和そのものだけど、お前の仕事が無くならないって事は…世界はまだぞれなりに物騒って事だな。
 大丈夫だとは思うけど、大怪我するなよ?
 心配してくれる人が居るんだからな?

 俺の店は、まあそれなりに繁盛してるよ。
 固定客も付いたし、たまにラサがお菓子を買いに来たりもするし。
 ただ、うちの従業員が(忙しくなったから販売員雇ったんだよ)店のマスコットキャラを作ってくれたんだが…
 ゆずちま、なんだ。
 クリスマスに、ツリーにちまオーナメント飾った時の写真をうっかり見せたら、妙に気に入ったらしくて。
 店名とラグナの擬人化、って思ってるらしい。
 ……今さら、あれは俺がモデルですとは言えなくなった。

 イギリス北部のパン屋の日常は、平和そのものだよ。
 戦場に疲れたら、いつでも遊びに来い。
 全力で歓迎するよ。主に、ラグナと子供たちが。

                   ユーリ・ヴェルトライゼン

 P.S.
 子供って、俺のじゃないぞ。
 ラグナの子供だからな。
 可愛いから和みに来い。 』


 ユーリらしい手紙だ。思わず微笑を浮かべたレインウォーカーは、すぐに旅の仕度を始めた。
 彼の脳裏には既に田舎の風景が、そこでパン屋を営む友人の姿が鮮明に浮かび上がっている。
 荷を纏め、再び家を出る寸前に、彼は葉書を一枚、書いた。


『大切な人と一緒に行くよ』


 イギリス北部に雪狼の親子が居るパン屋がある。
 元傭兵が営業しているそのパン屋は現役退役を問わず能力者の常客が多く、時には店が再会の場となる事も珍しくはない。
 葉書が先か、主が先か。
 いずれにせよ、彼らは再び会い集まるだろう。そして懐かしくあの頃を思い出すのだ。駆け抜けた青春の日々を――