タイトル:【協奏】母からの手紙マスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/23 23:11

●オープニング本文


●母からの手紙
 それは4月も半ば、カンパネラ学園の一講義室での事。
「高城ぃ、何見てんの? らぶれたー?」
 いつもなら分厚い本を広げているはずの高城 ソニア(gz0347)が、書類らしきものに目を通している。
 ひょいと肩越しに覗き込んだ級友は、一瞬目に飛び込んできた手紙の文面に爆笑した。


『ソニア、元気にしていますか?
 きっと傭兵のお仕事も頑張っているのでしょうね。

 先月、うちの近くに傭兵さん達が来ていたのよ。
 あなたの事を知ってる人もいて、頑張っていると聞きました。

 今度の連休もお仕事なのかしら。
 無理に帰省しなくても構わないから、お仕事頑張ってね。

                          母   』

「‥‥‥‥」
「あーはっははははっははは‥‥‥‥はぁ、はぁ‥‥ごめん、つい」
 便箋を隠すでなく無言で自分の反応を傍観しているソニアに、級友は両手を合わせて謝った。
「高城、怒ってる?」
 いいえとソニアは級友に返し、手紙を覗き見られた事は気にしていないと返した。それどころか、文面の一部を指差して言う。
「誰ですか、母に何か言った人は‥‥」
 何故か傭兵稼業をこなしていると思い込んでいるらしき母親の手紙に、ソニアは困惑を隠せないようだ。
 再びひとしきり大笑いして、級友は言った。
「あはは、あたしだって高城の母さんに会えたら同じ事言ってるよ。知り合いだもん」

 貴女の娘はカンパネラで頑張っています。

 適正あってバグアと戦う事を了承し、エミタ埋め込み手術を受けたのが傭兵達だ。日々命の遣り取りをしていると思うのが自然だし、心配するのが親心。知人であれば消息を伝えて当然だった。
「けれど‥‥母、絶対私が実戦に出ていると勘違いしてますよね、きっと」
 ソニアが学園の長期休業中に実家へ戻らないのは、図書館に籠もれなくなるからだ。
 日々、講義も訓練も多少は行ってはいるが未だ実戦に出た事がない傭兵未満の学生能力者は、複雑な表情で便箋を畳んで封筒へ戻すと言った。
「私‥‥この手紙の返事、何と書けば良いでしょう‥‥」
 どうやらソニアは本気で悩んでいるらしい。級友は少し考えた後、沖縄へ行かないかと彼女を誘った。

 5月の連休の時期、沖縄では大きな祭りが催される。
 ハーリーと呼ばれる色鮮やかな爬龍船を漁師達が漕ぎ競う伝統的な海の祭りで、毎年多くの観光客が訪れるのだと言う。
「あたしは警備で行くんだけどさ、高城も一緒に行く?」
「警備のお供?」
「そうそ、途中まで一緒に行ってさ、高城は観光してなよ。連休にLHで独りだなんて寂しーじゃん? ほれほれ、手紙のネタにもなるぞ!」
 何やら夏休みの日記の手伝いをしている気分になってきた。
 ともあれ、ソニアは級友の厚意を請けて沖縄へ同行する事になったのだが――

●烏賊の逆襲
 そして5月。
 級友と共に沖縄を訪れたソニアは、職務に就いた友と別れ、一人お祭り会場を歩いていた。
 潮風の匂い漂う琉球の海は既に初夏の陽射し、集まった人々の活気もあって蒸せ返るようだ。
 ハーリーレースが始まる前に何か食べるものでも買っておこうと、ソニアは屋台が立ち並ぶ一角へ向かった。
(粉物も良いですけど、イカ焼きも良いですね‥‥)
 鼻をひくひく動かして、香ばしい匂いにアタリを付ける。

 こっちかな、と向かった先に――でっかいイカがいた。

 最初は、お祭り会場の飾りかと思ったのだ。人の背を少し上回る程度の大きなイカは何処かビニールドールのように見えて、愛嬌があったから。
 ところがそのイカ人形、動いていた。10本の脚を器用に動かして陸上を歩いている。
 呆気に取られて見ていると、巨大イカは屋台へ向かってずんずん進んでいる。
「わぁ‥‥イカって歩けるんですねぇ‥‥」
 そんな間の抜けた感想を呟いていると。

「キメラが近付いています! 早く避難してください!!」

 ――警邏中の傭兵に叱られた。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

●目の前に
 会場内を緊急放送が流れていた。

『キメラが発生していますっ! 警備兵の誘導に従い、速やかに避難してくださいっ』

 キメラ。バグアの生体兵器だ、敵である。それが何処にいるのだろう。
 早く避難しろと傭兵に叱られた、観光中の学生――ソニアが反芻した。
「キメ‥‥ら!?」

『駆除完了までは、決して海岸に近付かないでくださいっ! 繰り返します。キメラが発生して‥‥』

 緊急放送はキメラの発生を告げている。
「えと、あの‥‥」
 ただただ焦るばかりで、耳を掠めてゆく言葉が情報として頭に残らない。
 迂闊過ぎる暢気者は、この期に及んで当の烏賊がキメラだと気付かずにいたのだが――
「‥‥ん。ソニア。発見」
「し、しょー!?」
 聞き覚えのある声に、我に返った。
 きょろきょろして自身よりやや低い上背の赤いリボンを探す――いた、幻聴でなく最上 憐 (gb0002)の姿が其処に。
「師匠、何で此処に!?」
 実に間が抜けた問いかけだったが、状況把握ができていないのだから仕方がない。
 憐はちょこんと首を傾げて、言った。
「‥‥ん。とりあえず。深呼吸する?」
 すーはー、すーはー。
 素直に深呼吸していると、マイク経由の大きな声に呼びかけられた。

『あ、ソニアちゃん、よかったっ!』

 びくっ!!
 一瞬息を呑んだまま硬直したソニアの方へ、大声と共に近付いて来るのは橘川 海(gb4179)だ。
 そう言えば、さっきからしていた避難誘導の声に違いない。
「海さん!」
『他の場所の皆さんにも、海岸に近寄らないようにしてって伝えてっ』
 拡張された海の声は、結果的に避難誘導に動いていた傭兵達にもソニアが此処にいるのだと知らせる事になった。のみならず、この観光客を知らぬ者達も、二人の遣り取りから皆一様にソニアを能力者と認識したのだ。
(観光中の傭兵、なのか?)
 何とも頼りない様子のソニアを一瞥した時枝・悠(ga8810)は思った。面識がないまま今の遣り取りを聞かなければ、能力者だと気付かずにいたかもしれない。
 ともあれ誘導に回る能力者がいるなら、自分は力仕事にあたるとしよう。
(こんなだから脳筋って言われるんだよ。合ってるけど)
 心中で突っ込み入れて、黙々とイカキメラの包囲に就く。休暇でも観光でも食事でもない、仕事をしに沖縄へ来たのだから一応真面目に働かねば。
「店番任せて来たわ。事後も調理するんだから、屋台防御は確実にお願いね」
 百地・悠季(ga8270)の激が飛ぶ。
 事情が飲み込めていないソニアに、悠季は傭兵達の集合詰所代わりに屋台を営業しているのだと説明した。
「わあ、屋台ですか」
「そう、イカ屋台なのよね」
 複雑な表情でイカキメラを見遣る悠季。これはあれか、屋台への挑戦か。
 何とも言えない沈黙を、ラサ・ジェネシス(gc2273)の朗らかな声が打ち破る。
「ややっ、ソニア先輩お久し振りデス。何だかいつも妙な所でお会いしますネ」
 ラサの天真爛漫な顔と向き合うと、何だか沖縄でなく学園にいるような気がしてくるから不思議だ。
 本当にと応じるソニアだが、彼女自身に自覚はなくともトラブルを招き易い体質と言うのか、そういう巡り合わせなのだから仕方ない。
 ソニアの不運に苦笑して、レインウォーカー(gc2524)は皮肉気な表情を浮かべて言った。
「ちょうどいい機会だから、ボク達の戦いを見ておけ」
「戦い‥‥」
 ソニアは戦場に出た事がない。訓練はしていても実戦を知らない。彼女は反芻し、レインウォーカーを見上げた。
 道化を自称する男は淡々と、現実を彼女に突きつける。
「その目に焼き付けておけ。本当の戦いを‥‥いや、殺し合いを」
 緊張するソニアの頭を、見知らぬ美女傭兵がふわりと撫でた。その瞬間、何故か既視感を覚える。
 初めて逢うはず、だけど頭部に乗っかる温もりが何処か懐かしい――
「少し下がっていてくださいね‥‥」
「あ、はい‥‥」
 覚醒により完全に女性化していた終夜・無月(ga3084)が本来男性であるとは、ソニアは気付く由もない。あるのはただ、懐かしさと平らかな気持ちだけだ。微笑を残し、戦乙女は聖剣の名を持つ大剣を構えて駆けてゆく。
 無月の後姿を見送るソニアに、ラサは快活な笑みを向けて一般人の避難誘導を請うた後、言った。
「大丈夫デス、落ち着いて行動してくださイ、我輩はソニア先輩信じてますカラ」

●戦うということ
 一般人全てを退避させるのは難しい。それでもわざわざ危険に飛び込む野次馬は居なかったから、憐とソニアは手分けして誘導し始めた。
「すみません! 海岸には近付かないでくださーい!」
「‥‥ん。敵と戦闘。始まるよ?」
 外見年齢10歳少女。能力者と知らなければ真っ先に安全な場所まで小脇に抱えて連れて行かれそうな憐が避難を促す――片手で乗用車を持ち上げて。
 戦闘区域にある持ち主避難済の車を邪魔にならない場所まで移動させたり、退避勧告をしたり、掻き散らすように人も物も排除された波止場内が徐々にスッキリと、物寂しくなってゆく。
 人と戦場との境界を黄黒の標識ロープで区切っていたソニアは考え込んでいた。
(戦いは殺し合い‥‥)
 初めて意識したかもしれなかった。
 戦いという言葉も殺し合いという言葉も知ってはいる。だが識っているかと問われれば否であったし、このふたつを結び付けて考えた事もなかったのだ。
「‥‥おい」
 ロープの束を握ったまま呆けている如何にも不慣れそうな能力者を気遣った地元住民が声を掛けてくる。
「おい、姉ちゃん大丈夫か?」
「‥‥あ、はい! すみません、大丈夫ですから安心してくださいっ!!」
 大丈夫でないのはお前だろうという視線を背に受けながら慌ててロープの結び目を引き締める。
 海沿いに設置された屋台へ続く場所が一部広く開けられている。ぴん、と張ったロープの向こう――そこが命を奪い合う場所だった。

 イカキメラは屋台を目指して進んでいた。
「何だか見事にイカですネ‥‥」
 小銃を構えたラサが呟く。大きさこそ違えど、普段食卓に丸のまま煮たり焼いたりしたのが並びそうな、未調理状態の白い烏賊が歩いている。
 人が集まる場所へ近づけてはならない。
「離れて貰いましょうか‥‥」
 無月が動いた。華奢な美女の姿にそぐわぬ大剣を、両断せんばかりに烏賊の胴目掛けて振るう。
 力任せに叩き付けられて後ろにずり下がるイカキメラを、レインウォーカーが追った。赤い影が白のキメラに肉薄した瞬間、周囲には白が体勢を崩したのだけが認識できた。
「嗤え」
 冷ややかに、皮肉気に。道化が本性を垣間見せた。
 目にも留まらぬ蹴りの一撃を挨拶代わりに、べこり変形した烏賊目掛けて上段からの斬撃――黒い太刀筋が弧を描いて白を切り裂く。キメラはその場に立ち竦んだ。
「意外と重いようですね‥‥」
 動作の鈍った烏賊を見遣り無月が口惜しげに独りごちた。もう少し飛ばせれば良かったのだが、ソニア達に近過ぎるやもしれぬ。
「なぁに、アイツも間近で見られて経験になるさぁ」
 ソニアは知るべきだ、命の遣り取りというものを。傭兵という仕事を。
 やる気が無――もとい、押っ取り刀でそろそろ働くかと悠が動き出す。食用なら出来るだけミンチにしない方が良かろうか。そんな事を考えつつ、刀身を低く構えて足の根元からざっくり。
「食べられに出て来たみたいなものだな」
「心配しなくても美味しく調理してあげるわよ!」
 ぴちぴちうねうね動いている脚、数本。機械爪で脚を刈り取った悠季が親友へと蹴り遣った脚を、すかさず海が滅多打ち。
「叩くのはタコ、だった‥‥っけ!?」
 ともあれ脚は勢いを落とし、やがて動かなくなった。
 移動の術を刈り取られた挙句叩きにされた烏賊はもう逃げられないし、まして他所への上陸も不可能だ。
 あとは止めを。海がそう思った時だった。
「墨はヤメテー クリーニング代ガー!!」
 後方からラサの悲鳴。近接してボコっている傭兵達を狙わず敢えて明後日の方向に墨を飛ばして意趣返しするイカキメラの最後の抵抗だ!
「ハッ! ソニア先輩は無事デスカ!?」
 烏賊の最期の嫌がらせが見物集団にも及んでいないかと、ラサは潮臭い墨を避けながら視線を向けた。
 ソニアがいた。野次馬達と一緒に、墨を物ともせず真剣な表情で戦闘を凝視している。それは何故か泣きそうな顔にも見えた。
 爪先立ちで墨の飛散範囲外に移動して、ラサは小銃を構え直した。
「直立歩行のイカ‥‥物理法則も何もあったものじゃないガ‥‥灰は灰に、塵は塵に、イカは食材に回帰するのデス‥‥!」
 食べられる場所を可能な限り残して制圧する――!

●母へ書く手紙
 それから程なくイカキメラは討伐された。キメラは撤収され、戦闘で生じた生理的汚物は除去され、移動させていた乗用車類なども元の位置に戻す。
 その一部始終を、手伝いながらソニアは見ていた。
 殺し合いの結果を、命を奪って生じた諸々を、それらが如何にして元の生活に似せて処理されるのかを。
「どうだった、初めて見た実戦はぁ? 怖かったかぁ?」
 レインウォーカーが近付いて来て、聞いた。いまだ大きく瞳を見開いたまま、ソニアは小さく頷いた。
「怖い、です‥‥でも、まだ何処かほんとじゃないみたいで‥‥」
 現実逃避かもしれなかった。あるいは冗談のような形のキメラが相手で、狩りのような敬虔さを以て見てしまったのかもしれない。
 これが人型であれば感想も違ったろうか、とレインウォーカーは先日偶然に会ったソニアの母親を思い出す。
 ――ソニアは、彼女なりに前へ進もうとしている。
 母親に告げた言葉のように、個人ペースで進めばいい。今日の感想も然りだ。
「怖いと思ったのならそれでいい、戦いとは怖いものだからねぇ」
 そう言って、決して忘れるなと言葉を添えた。
 怖いという感覚、戦いという行為。目を背けずによく考えろと続けて、表情を緩めたレインウォーカーは優しくソニアの頭を撫でた。
「レインさん?」
「考えろ。そしていつか答えを出せばいい」
 出した答えはほかでもないソニアだけのものだ。ソニアは自身が出した答えを信じて前へ進めばそれでいい。
「お前はお前の出した答えを頑張ればいい。この前会ったお前の母親も応援してくれると思うよぉ」
「‥‥!? こないだ母に会ったのって‥‥!」
 口をパクパクさせているソニアに手を振って、レインウォーカーは警備に戻って行った。
 向けた背を見送るソニアは知らない。背の向こうの彼が自嘲を含んだ笑みを浮かべて呟いた祈りめいた願いを。
「どんな答えでもいいけど‥‥戦いを愉しむモノにだけはならないでくれよぉ」

 一方、イカキメラは通常の烏賊同様に解体され調理へと回されていた。
「傭兵拠点がこんな風に役立つなんてね」
 地元民との丁度良い交流にもなりそうだと、賑わいを見せる屋台を切り盛りして大忙しの悠季が微笑んだ。
 定番のゲソ焼きは勿論、卵を合わせてイカをぺたんこに潰すように焼いたのや、イカ焼きソバまで。
 材料は大盛り沢山、鉄板の面積が許す限り作り続けても作りすぎる事はない。何せ大勢の祭り客と大食傭兵が此処にはいるのだから。
「ご飯は炊けましたカ? カレーもぼちぼちデス」
 店番の少年から大盛りにご飯をよそった皿を受け取り、ラサがシーフードカレーを掛けた。
「たくさんありますヨー この大きさ‥‥最上殿の胃袋を満たすにはやや小さいカ」
「‥‥ん。取れたての。イカ焼きに。シーフードカレー。美味しいよ?。早く買わないと。私が。全部。食べちゃうよ」
 カレーを食べながら営業する憐。この後、屋台を食べ歩くのは言うまでもない。
 普段はレーションばかりだからなと悠も食べ専。一口食べてスプーンを咥えたまま考える。
「こういう時くらいマトモな物を食べねば‥‥ん? キメラはマトモじゃないか?」
 一般人の感覚とは如何なるものだろうと傭兵感覚の悠が考えている横で、何ら疑いもなくソニアが初キメラ食をしていた。
「‥‥どうですか?」
 無月に聞かれて素直に「美味しいです」と答える。本当に、先ほどの戦闘が狩りのように思えて来てしまう――いいのか?
「はいはーいっ! ソニアちゃんこっち向いてー!」
 向日葵色のエプロンを付けた海がカメラ片手に近付いて来た。緊張して作り笑顔になったソニアから一旦ファインダーを外し、海は彼女に「今日はお疲れさまっ!」言って笑った。
「海さんこそお疲れ様でした。いつもああして戦っていらっしゃる‥‥のですよね?」
 真面目な顔で問うてくるソニアの次の言葉を海は待った。悠がひたすらもそもそ食べながら聞くともなしに耳を傾けている。

 ――お仕事頑張ってね。

 母の手紙の何気ない言葉。
 今日、初めて『戦い』を見た。
 適正合って能力者になり傭兵として活動する上で避けては通れない『戦い』。それは命の獲り合いであり殺し合いだと知った。
「私は‥‥この『仕事』を頑張っているのでしょうか」
 ひと月前の出来事から一通り話を聞いた海は、優しく頷きながら聞いていた。ソニアが落ち着いた頃合を見計らって、そっと問い返す。
「ソニアちゃんは戦いたくて、能力者になったのかなっ?」
「‥‥え?」
 きょとんとするソニアに、手段と目的を取り違えちゃいけないですよと微笑む。
 戦うのは手段。目的があってこその行動。
 自分は笑顔を守るという目的があって戦うという手段を用いているのだと海は語った。その選択に誇りを持っていると。
 服の上から腹部を示して海は言った。
「私ね、春に実家へ帰省して、お母さんに怪我の事を正直に話したんです」
 悠季が驚いて振り返った。海の傷は傭兵にならなければ負う事のない傷であった。この傷ゆえに海は子を生せぬ身体になった。親友が如何に苦しみ、克服したかを悠季は知っている。
「お母さんは、私が全て告白した後の顔を確認して、安心して笑ってくれましたよ」
 いっぱい叱られましたけどねと、海は全てを乗り越えた笑顔でソニアに話す。
 母親とはそういうものだ。子を想い、子を心配し、子を信じる者。いつだって我が子の幸せを第一に願う者。
 だからね、と海は結んだ。心配しなくてもお見通しに違いないから、と。

 素直に、正直に。手紙を書いてごらんと傭兵達は言った。
「お母さんからしてみれば‥‥元気にしてる事さえ判れば嬉しい筈です‥‥」
「そうね。離れていても子供の事を忘れたりはしないわ」
「今日避難誘導とかしたし、それも立派な傭兵としての活動デスよ」
「美味いキメラ食も食べたしね」
 口々に言う皆の表情は和やかだ。ファインダーの中に守りたかった笑顔を収めながら、海は現像したら焼き増ししてあげるから手紙を送りなさいと勧める。ソニアの背中を押すように憐が声を掛けた。
「‥‥ん。ソニア。何となく。実戦の。空気は。味わえた?」
「はい!」
 ソニアは、とてもいい笑顔で微笑した。