タイトル:雨の日、仔猫を拾ったらマスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/31 11:46

●オープニング本文


 小さな鳴き声、生まれたばかりの命。
 助けたいその一心で、私は手を差し伸べていました――

●雨の日の出逢い
 真冬でもなく、かと言って春とも言えない3月の気候。
 お天気も何だか安定しなくって、降ったり止んだり、冷たい雨の日が続きます。
 その日もやっぱり雨降りで、私は講義棟へ急いでいる途中でした。

 ――にぃ‥‥にぃ‥‥

 か細い鳴き声が聞こえた気が、しました。
 思い過ごしと通り過ぎる事ができなくて、辺りを見渡すと花壇の隅っこに茶色い物体がありました。
 ダンボールが置いてあったんです。まさかと思って覗き込むと、中には‥‥ひいふうみい‥‥全部で5匹の仔猫が身を寄せ合っていました。
 捨て猫? それともお母さん猫はいるのかしら?
 少し考えたのですが、親猫さんはこんな場所に巣を作らないような気がしました。
 だって、雨避けなんてない中庭に置かれたダンボールの上蓋は、雨に濡れてよれよれになっていて‥‥長い事このままだったように見えるんですもの。

 にぃ‥‥‥

 私に気付いた仔が見上げて小さく鳴きました。
 このままでは上蓋を伝って仔猫達が濡れてしまう、そうしたら仔猫達は――
 講義が終わってまだ箱があったら、だなんて暢気な事を考えている余裕はないと思いました。ううん、講義に行ってる暇もない。
 自主休講を決めて、私はダンボール箱をそっと持ち上げると急いで医務室へ向かったんです。

●仔猫保護しました
「仔猫か‥‥もうそんな時期なんだね」
 医務の先生は哀しそうに、そう仰いました。
 学園の医務室は人間用に出来ていて仔猫用の設備はないよと先生、それでも乾いたタオルとダンボール箱、哺乳瓶を提供してくださいました。人間用粉ミルクを微温湯で溶いて中に入れたのを、仔猫達は大喜びで飲んでいます。
「急拵えだからね、早めに仔猫専用ミルクに切り替えるんだよ」
「はい」
「それから、ぱっと見は元気そうだけども、私は獣医じゃないから断言はできない。生かしてやりたいなら、なるべく早く獣医に行きなさい」
「はい!」
 その他諸々、出来得る最大限の処置をしていただいて、私は新しくなったダンボール箱を抱えて医務室を出ました。
 箱の中をそっと覗くと、仔猫達はさっきよりも元気に鳴いています。

 みんな元気に育ってくれるといいな‥‥

 飼ってくれる人も探さなきゃ。
 私は箱を大事に抱えなおして廊下を歩き始めました――

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●仔猫運んでます
 私が医務室を出て廊下を歩いていると、向かいからやって来た女の人に声を掛けられました。
「何抱えてるの?」
 私は、生まれたての仔猫を運んでいる最中ですと説明して、ダンボールの蓋を開きました。

 ――にぃ。

 茶トラの仔猫が彼女――刃霧零奈(gc6291)さんの方を向いて鳴きました。
「どうしたの、この仔猫」
「中庭に放置されてまして‥‥」
 私がそれまでの経緯をお話しすると、零奈さんは講義をサボって仔猫を選んだ私の行動を大正解だったと言ってくださいました。
「捨て仔猫は『見つけた時が生死を分ける』って位、緊急性が高いんだよね。授業は後から受け直せるけど、仔猫の命は後からなんてできないもん。あたしも手伝うよ」
 それはともかく、零奈さんは医務室へ向かっていたのでは――?
 何処かお怪我をしていたのではと尋ねますと、戦闘訓練に来たついでに湿布を貰うつもりだったそうです。後回しでいいからと言ってくださって、このままご一緒していただく事になりました。
「それで、これからどうするか決めてるの?」
「えーと‥‥獣医さんを探して‥‥」
 話しながら講義棟を歩いていますと、零奈さんがご友人を発見されました。相手の方も気付かれたようで、手を振って此方へ来たのは黒木 敬介(gc5024)さんでした。
 敬介さんとは私も面識はあるのですが、確か学園生ではなかったと記憶しています。
「こんにちは、今日は何の御用でお越しに?」
 挨拶がてら尋ねますと、大真面目に「女の子をナンパする為にうろうろしていた」なんて軽口が出て来たり。
 まさかと笑って流しますと、肩を竦めた敬介さん、残念そうに付け加えます。
「でも乗り気になれないんだよね‥‥雨だし。俺も手伝おうか、雑用で。零奈さんほど頼りにはならないけど」
 仔猫を捨てた輩に怒髪天真っ最中の零奈さんを見遣って、飄々と仰いました。

 医務室で先生に言われたように、仔猫の健康を診ていただかなければなりません。学園内に動物病院はありませんから、街へ出る事にしましょう。
 箱を抱えてエントランスへ向かう途中、学食の前を通り掛かりましたら、見覚えのある赤いリボンが目に入りました。
「‥‥あ、師匠♪」
 赤いリボンの主は私に食の大切さを教えてくれた師匠――最上 憐 (gb0002)さんです。学食から出て来たという事は、カレーを飲んできたばかりでしょうか。
「‥‥ん。ソニア。その箱は。何」
 お二人を連れて箱を抱えていた私は、師匠にも事情を説明。やはりちょうどカレーを飲んできたばかりだという師匠は、腹ごなしに手伝ってくださる事になりました。
「‥‥ん。事情は。了解した。私は。学園内で。引き取り手を。探すよ」
「ありがとうございます! では私は仔猫達の健康状態を診て貰いに、獣医さんへ行って来ますね♪」
「急ごう、高城さん」
「‥‥‥‥」
 師匠に情報収集をお願いし、零奈さんに促された私は学園を後にしました。その時、目を逸らしていた敬介さんの心の中を、私は伺い知る事はできません。きっと皆さんそれぞれに策を考えてくださっていたのだと思います。

●動物病院へ行こう
 さて、学園を出た私達は街へ向かって歩き出しました。
 何処といった当てがあった訳ではありませんが、学園周辺には店や病院がいくつかあったはずです。ひとまず学園外で――安直で危うい移動は、大きな白犬を散歩中のユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)に阻止していただきました。
 いいえ、ユーリさんが連れているという事は、犬ではなくて雪狼のラグナさん‥‥?
「あれは‥‥何持ってるんだろうね、ラグナ?」
「きゃう?」
 ほら、やっぱり。
 二人の会話が聞こえるほど近くなって来ると、やはり連れているのはラグナさんでした。
 私達の事情を聞いたユーリさんは、ラグナさんに待機を命じて箱の中を覗き込みます――と、目の合った仔がいたみたいです。

 ――にぅ?

 頭の天辺に黒いぶち模様の仔が鳴きました。
「へえ、物怖じしないんだね‥‥」
 うりうり、と仔猫のお腹をひっくり返して、まだへその緒が付いているのに気付いたユーリさん、へその緒の処理は専門家に任せた方がいいよとアドバイスくださいました。
「で、獣医のアテはあるの? ラグナの掛かり付けで良ければ紹介できるけど」
「助かりますっ!」
 まさに救いの手でした。
 差し伸べる手の縁はまだあります。動物病院へ向かう途中で出逢った、仲の良いお二人です。
「ほんとにちびっこいなぁ♪」
 人懐こい笑顔で新条 拓那(ga1294)さんが仔猫達を覗き込んでいます。
「これくらいの仔にちょっかい出すと、いっつも母猫に起こられて引っかかれたっけなぁ」
 傍らで微笑ましげに寄り添っている石動 小夜子(ga0121)さんへ、猫パンチの仕草を交えてにこやかに話しています。本当に猫がお好きな人みたい。
「この仔達、お母さんは‥‥?」
 小夜子さんに問われて捨て猫なのだと説明しましたら、お二人とも里親探しに協力してくださる事になりました。

 仔猫達は箱の中で、にぃにぃ鳴いています。そろそろお腹が空いて来たのかしら。
「すぐだからね、病院に着いたらミルクにしよう」
「高城さん、重くない? 代わろうか」
 有り難く零奈さんに運ぶのを代わって貰って、手ぶらになった私はユーリさんが曳いているラグナさんの横に並んで歩き出しました。
(わ、もふもふ‥‥)
 登山用ザイルをリードにしてハーネスに繋がれているラグナさん、きっと凄く力持ちなんでしょうね。
 とってもおとなしくてお利口そうな雪狼さんと並んでいる内に、私はどうしても撫でてみたくなりました。
「あの‥‥撫でてもいいですか?」
 ユーリさんへの声掛けもそこそこに、ラグナさんへ手を伸ばし――て。
「きゃー!」
「ソニアちょっと待って。初対面の人がいきなり触ると‥‥ほら」
 ラグナさんのじゃれ付きや甘噛みって、犬の比ではないですね――そうこうしている間に、動物病院の前に着いていたのでした。

●里親を探そう
 事情を説明し、ラグナさん掛かり付けの獣医さんに診ていただきますと、幸い、仔猫達は皆ひとまず健康との事でした。
「一度排泄は済ませているんだったね。今、検便は無理か」
 お腹に虫がいるかどうかは後日調べる事になり、次の受診までは仔猫達を引き離さないのは当然として、里親探しの間は皆で面倒を見る事になりました。
「ふふ‥‥暫くは私達で面倒、見られますね」
「みんな健康そうで、良かった‥‥」
「そんな訳で、先生のトコに里親希望みたいな引き合いの話は来てないです?」
 拓那さんの問いかけに、先生は難しい顔をなさいました。
 今は猫の繁殖シーズンでもあり、保護した仔猫の持ち込みは多いけれど里親希望は中々いないようです。
「うーん、地道に探してくしかなさそうだね‥‥お、大分手馴れてきた感じじゃない、小夜ちゃん」
 白足袋を履いた黒い仔猫を抱っこしてあやしている猫好きの小夜子さんは頬そめてはにかんでいます。小夜子さんの腕の中で仔猫は安心しきった様子でうとうとしていました。
「チラシ貼るにしても写真は必要だよね。よし、ここはひとつ可愛く撮ってあげましょう♪」
 ユーリさんは診察台でころころしている仔猫達にファインダーを合わせていましたが、何処かご不満そうです。
「視線を合わせると可愛く写るよね‥‥と思ったけれど、ここからだとちょっと」
 うーん、と見下ろした床ではラグナさんがおとなしく伏せをしていました。
 ちょっとだけ試してみていい? とばかりに、ユーリさんは仔猫を一匹抱えると、ラグナさんの鼻先に持っていきます。
 ふんふんふん。
 仔猫はおとなしく嗅がれるがままになっていて。
「‥‥あれ、ラグナにくんくんされても怖がってない‥‥?」
 ならば、とユーリさんはラグナさんの背中に仔猫を乗せました。
 もふもふの上にもふもふ。
 床に這うようにしてカメラを構えたユーリさんは無事仔猫を可愛く撮って。
「ついでに動画も撮って投稿動画に出してみようか、里親募集のタイトル付けて」
 ネット利用者は限られていますが、チラシを見る人もごく一部。僅かな可能性に賭けて、皆さん懸命に里親を探そうとしてくださっています。
 学園に戻る途中で、仔猫の世話に必要な諸々を買いにペットショップへ寄りました。
「仔猫用ミルクとスポイト、ガーゼに‥‥タオルはコンビニでOK?」
「あと、コンビニでペットボトルを買ってこう。親猫の体温の代わりにお湯入りペットボトルにタオル巻いてゆたんぽにすると良いよ」
「仔猫は体温調節が上手くできないから、室温はあたしらが少し暑いぐらいで丁度良いんだ」
「なるほど」
 結構な重さになりましたが、敬介さんが持ってくださいます。
「俺、これくらいはやらなきゃね」
 いえいえ、頼りになってます。

●多くの善意に支えられて
 学園に戻って師匠と合流すると、協力してくださる部の方々が大勢集まってくださってました。さすが、顔が広い!
「‥‥ん。こっちが。新聞部。生物部の人達も。いるよ」
「仔猫はその箱の中? 見せて? ‥‥うわ、ちっちゃいねー」
 覗き込んだ生物部の部員さん達が歓声を上げています。日頃様々な生き物のお世話をしている皆さんですが、生まれたばかりの命の愛らしさ尊さは格別だとか。
「‥‥ん。仔猫らの。飼い主。募集の。記事を。紙面に。出して。欲しい」
「勿論だ、絶対見つけなきゃな。ところで写真撮らせて貰っていいか?」
「俺が撮った写真、見る?」
 動物病院で撮影した、ラグナさんの背で写した画像が広報に使われる事になりました。
「えーと、仔猫は5匹。雄2匹雌3匹で、模様は‥‥」
「‥‥ん。今なら。引き取り手には。猫。育成グッズを。一式。進呈するよ?」
 メモを取っている新聞部さんに、初期援助は惜しまない旨も伝えます。まだ健康診断が完了していない為、引渡しはもう少し後になる事、健康状態や対処も責任持って行った上で里親さんにお譲りする事も確り記載をお願いしました。

 里親が見つかるまでの間、生物部の皆さんにご協力いただいて私達が交互に面倒を見ていました。
 だけど――
 時期柄里親さんを見つけるのは難しく、また皆いつしか情が移っていました。
 結局1匹を里子に出した以外は4匹それぞれ協力してくださった方々が引き取ってくださる事になりました。茶トラの雌仔猫は零奈さんが、白地に頭頂部が黒ブチの雄仔猫はユーリさんが、雄の白足袋黒仔猫は小夜子さんで、雌の白仔猫は拓那さんが面倒を見てくださっています。

 どの仔も幸せに暮らせますように。
 そして里親さん達が、仔猫達に幸せを感じてくださいますように。