●リプレイ本文
眼前にはキメラ、背後には傭兵達。
振り返ったソニアの瞳に映ったのは――饅頭頭?
●夢にして夢にあらず
「饅頭兵士さん達‥‥?」
足元にわらわら寄ってきた小さな兵隊達をソニアは知っていた。不思議の国の女王様に仕える饅頭頭の兵隊達だ。
「やあ高城さん、いつもお世話になってます」
饅頭兵士ズこと弓亜 石榴(
ga0468)が声を掛けてきた。兵士達自体は大勢いるのだが、みんなまとめて石榴という認識である。
「いいえこちらこそ兵士さん達にはお世話に‥‥」
周囲に群がる饅頭頭達に膝を曲げて挨拶すると、元気な声が一斉に新年の挨拶をしてくれた。
「「あけましておめでとうございまっす」」
気持ちの良い挨拶だ。
明けまして――そうだ、干支キメラ!!
一瞬首を巡らせて、相変わらず寛いでいるキメラ達を確認したソニアは、集まった傭兵達に慌てて言った。
「大変なんです!」
「ああ、いるねぇ。キメラとの初遭遇が夢の中とは、ソニアらしいと言えばらしいかなぁ?」
――夢の中?
言葉の意味を掴みかねたソニアに、レインウォーカー(
gc2524)は此処が彼女の夢の中なのだと説明した。
「ま、ここにいる奴らもお前の夢の産物かどうかは‥‥わからないけどねぇ」
意味深な言葉を残し、周囲へと視線を促す。
辺りに集った傭兵達は既知の者だけでなく初見の者もいた。
「はじめまして、今回はよろしくなのじゃソニア殿」
「え、と‥‥初めまして。何故私の名前を‥‥?」
名は知られていたが相手の名は知らない。ソニアにフェンダー(
gc6778)は名を名乗り、ぺたんな胸を張ってどや顔してみせた。
「我に知らないことはあまり無いのじゃ」
謙虚だ。『あまり無い』と言いきる辺りが非常に謙虚で奥ゆかしい。
また、既知であっても記憶している姿とは異なる者もいる。
「ご出産‥‥されたんですか?」
以前会った時はプレママだったはずの百地・悠季(
ga8270)に話しかけると、10月にねと返事が戻って来た。
「女の子よ。今は託児所に預けて傭兵活動も続けているの」
一児の母とは思えない妖艶さを漂わせ、悠季は目を細めた。視線の先には干支キメラがずらり並んでいる。
「数が多いわね‥‥手分けしないと」
そうね私はあの干支をなどと話している二人の間を、小柄な白いベールが駆けて行く。
「フェンダーさん待って! そっちは‥‥」
「羊もふもふじゃー♪」
てってって――もふん。
フェンダーは未キメラに抱きついた。しかしキメラに暴れる様子はなく、もふられるがままになっている。
「暖かいのじゃ、モフモフなのじゃ、幸せなのじゃ‥‥」
羊と童女、どちらも愛らしく微笑ましい。
なかなか良い構図ですと饅頭兵士ズがシャッターを切る中、もふもふすりすりぎゅむぎゅむ戯れている。
見ている方も和む光景だが、相手はキメラ。そろそろ呼び戻さなければ。
「あのう、それキメラなんですけど‥‥」
「‥‥このままテイクアウトしたいのじゃ‥‥何、キメラじゃと!」
『めぇ』
初めて反応した未から飛びのき、フェンダーはロザリオを握り締めた。
「あ、危ない、聡明な我でなければ魅了されてしまうところじゃ」
「「‥‥‥‥」」
さっき思い切り魅了されていたような――?
ともあれ、あれらはキメラなのだった。
未練たっぷりにじりじりと距離を取るフェンダー、同じく未練がましいのは饅頭兵士達だ。
「ろりまにあ垂涎の構図がー」
「無防備な天然物ぱんちらのちゃんすがー」
不埒な理由で口々に残念がっている。
かくなる上は! どの饅頭頭が言ったかは定かではないが、兵士達は一斉にソニアへとカメラを向けた。
「「高城さんのぱんちら写真で御破算にしましょう!」」
「何でそうなるんですか!」
一斉に焚かれたフラッシュに目を晦ませながらも懸命にスカートの前を抑える。ところが相手は複数形の饅頭兵士ズだ。前を押さえたとて後ろはお留守なのである。
「いいねその恥じらいのポーズ!」
「ガードしてできた隙がまたいいね!」
後ろに回りこんだ饅頭頭が、ソニアの想定外な膝裏からのアングルで迫る!
このまま初撮りされてしまうのか――
「ぜーったいっ、ダメーぇぇぇっ!!!」
その時だった。
十二支キメラの内、午を示す馬型キメラがぽふん、と弾けた。破裂した風船のように突然爆発すると、きらきら霧になって消えてゆく。
「‥‥あら?」
思わずソニアはカメラ饅頭ズとの攻防を忘れて見入った。悠季が今の現象について補足する。
「自分の意思を押し通したものが、キメラを倒す為の切り札らしいわね」
なら自分の相手はあの巳しかない。
不穏な視線で丸くとぐろを巻いている蛇型キメラを睨みつける悠季に変わり、レインウォーカーがソニアに言った。
「そういう訳だぁ。お前の意思と覚悟、ボクが見届ける。思いっきりぶつかってきなぁ」
かくして、初夢初戦闘初キメラ退治の開幕である。
●己の意思を叩き込め!
真っ先に動いたのは饅頭兵士ズ。
「「突撃ー!!」」
わらわら向かった先は丑キメラと、その上に乗っかった子キメラだ。
二体の様子は何処となく十二支の昔話を思い出す。
「干支に猫がいない理由は、ネズミに騙されたからだったとか聞いたなぁ」
そんな事を独りごち、レインウォーカーは猫年ならぬ寅に標準を合わせる。瑞姫・イェーガー(
ga9347)が十二支末尾の亥に向かい、彼女の弟・柿原 錬(
gb1931)は酉に向かった。
「保護者同然のアレっぽいのよね」
庇護されているという事は娘同然なのだろうか、にも関わらず巳に向けた悠季の視線は冷たい。
黒髪オールバックの銀縁眼鏡なアレ。
「そもそも、昔‥‥再覚醒の際に気付け用に非SES拳銃で撃たれたけねえ‥‥」
親子のような間柄なのに何だか剣呑だ!?
ふ、と悠季は黒い笑みを浮かべた。
「感謝はしてるけど‥‥その恨みもこめてやってあげるわよ」
一気に飛び出し、まったりとぐろを巻いている巳キメラ目掛けて飛び込んだ。
蛇は銀色の鱗を光らせ鎌首をもたげた。しかし間髪早かった悠季がその懐に入り込む。驚いた巳キメラがとぐろを巻きなおして締め付けて来たが、悠季は意にも介さない。
(こうしてアレに束縛されてたのよね‥‥)
保護者同然のアレに思いを馳せれば、自然言いたい事が纏まってくる。想いが満ちたタイミングで悠季は蛇の呪縛から飛躍した。
「折角昨年は娘が産まれた事だし、今年は旦那含めた家族揃っての生育安泰と家内安全を願って、更なる精進を推し進めるのを誓いつつ邁進してみせるわよね!」
巳キメラ、瞬殺。お見事。
あらまと悠季は物足りなさげに蛇が消えた後を見つめた。
「横薙ぎで顔を真っ二つにしてやりたかったのに‥‥何時までも保護者面はさせないって」
一方、フェンダーは再もふもふ――もとい再戦の為に未キメラと対峙していた。
「ほう、こやつにはお願いとか抱負とかそういう魂の叫びが効くのじゃな‥‥」
『めぇ』
「‥‥そ、そんな可愛らしく鳴いてみせても、我を欺けはせんぞ!?」
言いつつ、そろそろと羊に近寄る童女。おのれバグアめセコい手を使いおって等々ぶつぶつ言いながら、結局未キメラをもふもふ。
「我のお願い‥‥うむ、容姿端麗、才色兼備、五里霧中、更に主様の祝福を受けている我は特にお願い事は無‥‥」
そこで、悠季が巳キメラを粉砕した瞬間を目にした。締め付ける蛇から華麗に抜け出した美女は出る所がでた、たゆんぷるんの体型だ。
フェンダーは顎を引いた。羊の上に乗っかった己が上半身は――
「‥‥わ、我もあんな素敵スタイルになりたいのじゃーパーンチ!!」
撫で撫でしていたその手で未キメラのもふ毛を殴りつけた!
羊はめぇと一声鳴いて跡形もなく消えてゆく。
「済まぬなモフモフ‥‥我の願いを叶えたまえよ」
干支キメラが願いを叶えるかはともかく、饅頭兵士達は願いを叶える為に戦う。
「恩を売る為に!」
「公認ぱんちらのために!」
動機が大変不純だ。だがキメラ達の動きは鈍っている――単に戸惑っているだけかもしれないが。
饅頭兵士は不思議の国で働く兵士。お国の女王様に仕え、日々不思議の国の平和の為に尽力しているのだ!
不思議の国の平和、それは――
「「今年こそ、女王様に献上するぱんちら写真コレクション、略してぱんコレを完成させる!」」
『ヂュウ‥‥』
弱々しい鳴き声を残し、子キメラが消えた。残るは丑キメラ。
「ぱんコレの次はこれしかないでしょう!」
「「今年こそ、女王様に献上するぶらちらコレクション、略してぶらコレを完成させる!」」
反撃の余地もなく霧散する丑キメラ。
尚、コレクションには水着やパジャマなどのバリエーションがあるそうで。
「わ、私は公認なんてしないんですからーっ!」
卯キメラ相手に必死に否定を主張するソニアだが、今一歩威力に劣るようだ。そんな様子を、寅と間合いを計っていたレインウォーカーが見ていた。
「ソニア、お前の覚悟は何だ! お前自身の目標は何だ!」
「わ、私の‥‥?」
ふくふく丸まる兎を前に、一瞬ソニアの思考が停止した。
私の覚悟。新年を迎えて定める目標と覚悟――
「今年こそ、本部で依頼を請けてみせますっ!!」
胸に吸い込んだ息を全て言葉に変えて、ソニアは何とか卯キメラを倒した。
それでいい、改めてレインウォーカーは寅キメラに向かう。
「まったく‥‥こういうのはボクのキャラじゃないんだけどねぇ」
小さく苦笑し、拳を固めた。
目標はある。奴を倒すのは自分、そう思える因縁の存在。
「打倒風祭! 今年こそ、この手で奴を倒す」
寅を討った右ストレートは、真っ直ぐで熱い心が込められていた。
●己の心が武器になる
夢の中とは言え、少女は動くのが面倒だった。
だが少女は智将であった。
敵同士を戦わせて自滅させればいい――最上 空(
gb3976)は自身の智たる腐女子力を最大限生かす策を取ったのだ。
「そこのヘタレそうな戌さん」
挑発に非ず、これは空最大の褒め言葉だ。
此方へ注意を向けた柴っぽいキメラに眼鏡を掛け、次は申を手招きする。
「鬼畜そうな顔をしている申さんには、戌さんのバックに立ってください」
『『?』』
事情の飲み込めない申キメラ、空に言われるがまま戌の後ろに立ち、二匹は――
【険悪な間柄でした。
犬猿の仲という言葉がありますが、虫が好かないと言いますか、二匹は会えば何かと気まずい思いをするのでした。
意地悪鬼畜の申は温厚な戌に普段から嫌味ばかり。ほんの些細な事をも論って皮肉を言わずにはおれません。その度に気弱な戌は反論もできずに言い負かされてしまうのでした。さすがヘタレです】
空の妄想ナレーションに合わせて、二匹が喧嘩を始めた。
単純だ、簡単に操られている。
『‥‥!』
『‥‥‥‥‥‥』
嫌味たらしい猿にやり込められて、眼鏡わんこは尻尾を丸めて伏せてしまった。
空の妄想は更に続く。
いきなり申キメラが戌キメラを背後から羽交い絞めにした。耳元に口を寄せ何かを喋っているようだ。
【「もっと怯えてみせろよ」】
戌が嫌々をするように頭を振った。だが申は尚も抱き締めて耳元へと言葉を紡ぐ。
抗う戌を嚇しつけ、力尽くで我が物にせんとする鬼畜申。
申は――否、空は知っていた。戌の尻尾は正直だという事を。抵抗の素振りを見せつつも尻尾だけは素直に快楽を享受してしまう、ヘタレ眼鏡受けの姿を!!
「ヘタレ眼鏡受けが最高にして至上ですよ!!」
これぞ空の策、キメラ同士討ちの戦術――だったのだろうか本当に。
めくるめく18禁BLっぽい世界を眼前で展開されて呆気に取られていたソニア、何とも言えない顔で10歳の腐女子を見た。
「カップリングする事により、同時撃破を狙え、更に間接的にソニアを腐った道に誘惑する事も可能なのです!」
「前半は素直に凄いと思いますが、後半はご遠慮したいかもしれません‥‥」
二体は程なく自滅するだろう。目のやり場に困って申×戌の痴態からさりげなく視線を変えると、姉弟が戦っていた。
倒す方法は本能的に知っていた。鍵となるのは意思の力。
「ボ‥‥私は芯の部分で強くなりたい」
勢いを減じた亥に真っ向向き合い、最愛の夫と儲けた命を身に育みつつある瑞姫はしっかと見据えた。
「‥‥自分の為に生まれてくる。この命のために!」
自分が母になる、母にしてくれる腹の子。この子の為に強くなる!
亥キメラを倒し、瑞姫は弟を振り返り発破を掛けた。
「失望させないでよ。どうしちゃったんだよ私の知ってる錬はどこ」
「姉さん? なに‥‥うわぁ!」
酉キメラに放った言葉が錬自身へと跳ね返る。体裁を取り繕って肝心な部分をぼかした言葉は、ただ錬の心内だけで巡ってしまうのだ。
瑞姫は錬の襟首を掴んで吠えた。
「私が、不安定になったとき、支えてくれたのは誰」
「そうだね。ふられる事や、嫌われるの怖がっても意味が無い」
姉弟は一心同体、弟を思う姉の気持ちが亥キメラを滅した。吹っ切れたように姉に笑いかける錬。
酉キメラへ自身の執着を声にした――しかし。
「錬さん!?」
執着は意地でしかなく歪み切った感情――偽りの愛は聞かせたい相手の耳には届かず濃い闇へと変化して姉弟を飲み込んだ。
「何、ですか‥‥今の‥‥」
酉キメラもろとも二人が消えた辺りを凝視したまま、ソニアはぺたりと座り込んだ。
闇を目の当たりにして、得体の知れない恐怖に囚われる。これは自身の夢だと言う。ならば今の闇は自身が内包している闇なのだろうか。
「私は、私は‥‥」
「しっかりなさい。今年を良い年にするんでしょう?」
悠季が手を差し出していた。残りは辰キメラ一体、残った全員で倒さねば討伐完了にはならない。
皆の視線が温かかった。導く手は悠季だけではない。ソニアは最後に残ったキメラをしっかりと見据えた。
「せーの、で攻撃じゃぞ」
フェンダーの声に頷く。一同は睨みを利かせる辰キメラを包囲した。
せーのっ。
「誘い受けで総受け願望の龍!!」
「恋愛絶対成就! 邪魔するものは誰であろうと叩き潰す!」
「「今年こそぱんつはいてない証明書所有者の名簿を!」」
「良い年にしたいし親友と更に手を取り合って進むわよ!」
「私は、能力者で傭兵なんです!」
「リア充になりたいキーック! ‥‥!?」
爆散した辰キメラそっちのけで、注目を浴びるフェンダーがいた――
「いやそれはあのあれじゃ言葉のあやというか‥‥と、とにかく今年もがんばろーなのじゃ!」
「‥‥ですね♪」
にこやかに頷いて、ソニアはレインウォーカーに目を向けた。
恋人がいるのは知っているが、まさか此処で愛を叫ぶとは、意外な。
「よくやったな、ソニア。上出来だぁ。忘れるなよ、お前自身の覚悟を」
穏やかに褒めて頭を撫でてくれるのは嬉しかったし励みにもなったが、ついまじまじと見てしまう。
「‥‥」
「何だぁ? 道化が愛を叫んで悪いかぁ!?」
何だ何だと見始めた一同の視線に気付いたらしい。道化がキレた。