●リプレイ本文
●それぞれの宿題
傭兵であり学生であり。
戦いの日々に注力しつつも、やはり学生の本分からは逃れられないものなのかと、沖田 護(
gc0208)は課題の仕上げに入っていた。傭兵学生の常、時間のある時に少しずつ片付けていた課題は、もう殆ど完成している。
(AUKVを使わずに、ドラグーンが任務をこなすにはどうするか‥‥)
課題の設問を改めて読み返す。転職を経て他職のスキルも使える護ならば、他職のスキルを生かしての立ち回りもできるが、そうでない場合はどう動くだろう。
(竜騎士の戦いは一つじゃない‥‥けど)
経験者の意見が聞いてみたくて図書館を訪れた護は、蔵書整理を手伝っていた柿原 錬(
gb1931)と遭遇して、ひとしきり議論を交わす。
そのうち、何気なく自習席を見渡して――初期クラスの後輩を見つけた。
ソニアが課題に取り組んでいるテーブルには、既に何名かの傭兵が集まっていた。
「宿題は〜 日記以外は1週間で終わらせましたわ〜」
あっさりのほほんと言ってのける椎野 ひかり(
gb2026)、今日は来学期の予習に図書館を訪れたのだとか。余裕の発言である。
「空は基本、夏休みが終わってから片付ける派ですが」
折角なので一緒に何か宿題をと、最上 空(
gb3976)が読書感想文用の本を読んでいる。物語好きのソニアが粗筋を聞いてみると、何でも『男子校に転任したメガネで気弱な新人先生が、教え子に云々』――らしい。
「一般向けで年齢制限とかは無い普通の小説ですよ? ですよ?」
だそうなので、如何わしいものではないのだろう、多分。
空の横で文学小説を抱えて難しい顔をしているのは橘川 海(
gb4179)。どちらかと言うと理系に属する海だから、小説はどうも手が伸びにくい。
「ねえソニアちゃん、宿題交換しないっ!?」
「‥‥‥‥」
怖い。澄野・絣(
gb3855)の笑顔が怖い。
海の無謀な提案を無言の圧力で阻止に掛かるおっとりさんは、今日ばかりはしっかり親友のお目付け役を務めるようで。
そうこうしている内に、空が読書感想文を書き上げた。
「ふぅ、ヘタレ眼鏡が受けは正義っと。後はやはり攻めは鬼畜攻めが王道だと思いましたっと。感想文終了です!」
やっぱり非常に怪しい内容な気がする。
「海さん、空の感想文、丸写ししますか? 完璧ですよ?」
学年が違うしバレやしないと悪魔の囁き。
しかし丸写ししたとして――海にあらぬ疑惑が掛かってしまいそうな。
「えっと‥‥宇宙の本は、っと‥‥」
自然科学の通路で、宇宙に関する本を探していたイスネグ・サエレ(
gc4810)は、ふと投げた視線の先に気になる様子を見つけた。
「あそこの子、随分悩んでるようだけど大丈夫かな?」
学園の制服を着ている辺り、カンパネラの学生なのだろう――という事は、夏休みの宿題に追われているのだろうか。
随分と悲壮感が漂っていて手を差し伸べずにはいられない様相なのだが、イスネグはその女学生と面識がない。
ナンパに思われたらどうしよう。
「どうしたものか‥‥お、この宇宙食美味しそうだな」
つい目に留まった宇宙食に見入って、慌てて本を閉じる。再び開いて、彼女の様子をそれとなく観察し始めた。
そこへ、哲学の通路から出てきたのはレインウォーカー(
gc2524)だった。依頼で心理学に触れたのを切掛に、より深く学んでみようと関連書物を何冊か。
「こんな本もあるんだなぁ。恐るべし、カンパネラ‥‥なんてねぇ」
小脇に抱えた本の背表紙には『はじめての心理学入門』『相手を簡単に追い詰める100の方法』等々のタイトルが並んでいた。入門書とマニア本が入り混じった幅広い選択――なのか?
ともあれ、レインウォーカーはソニアを見つけた。あまりに相変わらずな彼女の様子に既視感すら覚えつつ、彼は宿題に向かう面々へ近付いて行った。
「会うたびに何かに悩んでるよな、お前はぁ」
――きっとこの先も、同じ事を言い続けるような気がする。
●できること できないこと
さて、ソニア達のいるテーブルに近寄ったレインウォーカーは、ソニアが取り組んでいる課題に目を通して頭を抱えた。
「前途多難だな、ホント」
「‥‥う」
重い溜息と共に吐き出された言葉に返す言葉もないソニア、しかしそこへ悪魔の囁きが忍び寄る。
「ソニア、ソニア。今出来る宿題は明日でも出来ますよ? ある意味見ないフリをするのもありですよ?」
空の甘い誘惑に、つい惑わされそうになる――本当に前途多難、かもしれない。
ともあれ、この基本的過ぎるレポートを完成させようではないか。
「そうですわね〜 まずは、自分がどう戦えるのか、そこから考える必要があるでしょうね〜」
のほほんと、ひかり。
自分がどう戦えるのか――それすら想像付かなくて、ソニアは思考停止している。空が助け舟を出した。
「何が出来るか探すより、自分に出来ない事を全て書き出して、ソコから出来そうな事を取捨選択するのも良いかもですよ」
「自分に出来ない事‥‥?」
うーん、えーと、と頭を悩ませつつ、下書き用のメモ用紙に簡潔に書き出していく。
曰く。
・自分に合う武器がわからない
・戦場で臨機応変に動けない
・回復できな...
「‥‥できないですよね?」
自身の所得スキルを思い出しながら、ソニアは護に問うた。
「不正解。実は、ドラグーンは、自分自身になら、回復が出来る」
そうだねと護が応える横で、錬も同意する。
「もっとも、自分しか治せないから。他職のスキルはドラグーンには、魅力的なのは変わらないけどね」
他者への回復手段を得るには、他職での経験を要するが、初期レベルのソニアにはそれも適わない。
戦闘慣れしていないソニアが最前衛で臨機応変に立ち回る事は難しく、また彼女自身が武器を選びかねている事から、立ち位置も未決定のままだ。
「お前の性格からすると支援タイプだよなぁ」
「支援タイプ?」
レインウォーカーの提案をソニアは鸚鵡返しした。頷いた彼は補足説明をしてやる。
「その場合、射程内に敵を捉えて距離を保ち、前衛を援護するって言うのが無難な行動だなぁ」
後方支援。なにも回復だけが支援ではない。援護射撃も立派な支援なのだ。
「それが良いかもですわね〜 それじゃ〜 この宿題に対しての答えが本当にいいか〜 お昼ご飯がてら食堂でロールプレイングでもして見ましょうか〜」
ひかりの指摘に空腹を覚える一同。何時しか昼時になっていたようだ。
「ほら、錬くんもいきましょう〜?」
「ひかりさん、ちょっ、ちょっとボクは、良いですってば」
遠慮がちに蔵書整理に戻りかけた錬を引っ張って、状況を見守っていたイスネグも合流して一同は食堂へ向かった。
●ロールプレイング
食堂でひとつのテーブルを確保した一同は、思い思いのメニューをプレートに載せて席に着いた。ここから先は飲食しつつのロールプレイングだ。
「では〜 私はキメラ役をやりますわね〜」
「キメラは住宅街に出たって設定だっけ」
がおーと軽口叩きつつ、ひかりがテーブルの中央に白紙を置いた。イスネグが確認して、こんな感じかなと簡易地図を描き出す。護がソニアの答えを促すように言い足した。
「それにこの場合は、町に被害を出さず、キメラを足止めしながら退治する方法が求められるね」
「足止めしながら‥‥ですか?」
成程そうだ、住宅街で広範囲戦闘を行えば一般家屋の損傷が予想される。だから足止めの必要があるのだとソニアは理解した。
「この例題だと、敵は素早くて肉弾戦のみ。つまり上手く敵の足を止めて遠距離からの攻撃をメインにしたら楽に倒せそう」
イスネグが、ソニアが答えを導き出すように前衛後衛の概念を教える。
「ほらほら、暴れますわよ〜」
ひかりキメラ、紙上の街をペンの先でこつこつ叩く。困っているソニアに海が想像の種を撒いた。
「これがお話で、ヒーローならどうするか、考えてみたらどうっ?」
「うーん、キメラに突っ込んで行くでしょうか‥‥」
肉弾戦方向で発想したようだ。
それも間違ってはいないのですが‥‥と、海とペアを組む後衛担当の絣が、やんわり軌道修正。
「ソニアさんは支援タイプで動くレポートを書くのですから、キメラに突っ込んで行くのは得策ではないですね。その特攻役を補佐する行動を考えてみましょう」
「じゃあ私が動くねっ」
消しゴムを自身に見立てて、海がひかりキメラに接触した。このレポートは任務遂行に支障のない編成という前提なので、ソニアは海という肉弾戦NPCの援護を考えればいい。
さあどうする? にこにこと海はソニアを見た。海にとってのヒーローは、一般人である海の母だ。傭兵ではないけれど、尊敬し敬愛し近付きたい相手。
「えっと‥‥私は海さんの負傷を癒せないので、海さんに当てないように援護射撃を‥‥」
何か物騒な言葉が混じったが、方向性は間違っていないだろう。
AUKVはアスタロトだよなとレインウォーカー。
「知覚型のアスタロトにそのスキルなら超機械をメインにした方がいいな。後は‥‥」
副兵装とスキル活用のアドバイスをさらっと述べて、ソニアの反応を見る。打てば響くとは言いがたいがソニアなりに理解しようとしているようだ。
聞きなれない武器名だがアスタロトと相性の良い知覚型の武器なのだろうと解釈したソニアは『射程』とメモした。
「超機械の射程距離内からキメラを攻撃‥‥と」
「ソニアは練力消費を頭に入れておいて動いても良いと思う」
「前衛に比べて敵の動きが見えやすい立ち位置なので、状況に応じて前衛に注意を促すのも、割と重要だと思いますよ」
錬のアドバイスに頷くソニア。絣が後衛担当ならではの視点で言い添えた。
昼食と称してハニートースト1斤を平らげていた空が、今度は超特大プリン・ア・ラ・モードに手を出していた。見ている方の口中が甘くなりそうなメニューだが空はそれでも物足りないらしく、時折ガムシロップで甘さを足していたりする。
「ソニア、ソニア。考え事には甘い物が良いですよ」
カレーライスにメープルシロップを入れようとする空の厚意をさり気なく遠慮して、ソニアは慌ててカレーを飲み込む。
その勢いで、レポートの大まかな内容を書き出した。
・アスタロト装着のドラグーン
・主兵装『超機械』副兵装『小銃』
・敵と距離を取り、射程内から攻撃を行う
・敵の動きを観察し、戦況に異常あれば仲間に知らせる
・超機械での攻撃が有効でない場合、竜の息を併用して小銃使用
・竜の翼で回避を高める
・戦闘中は消費練力に注意し、練力消耗後は射撃と戦況把握での援護
――カレーの熱さに涙目になりながら、「何とか書けそうです」とソニアは礼を言った。
食後のお茶を喫しながら、イスネグはソニアに微笑み掛けた。
「高城さん、一番大切なのは仲間を信じ、自分のできる事をがんばる事だと私は思いますよ」
傭兵の戦いは一人で行うものではない。複数でチームを組み、協力し敵を倒すものだ。能力的に至らずとも、頑張っていれば仲間はきっとフォローしてくれる。
背中を預けあっている親友同士、海と絣が言った。
「私達は生身とKVで前後衛逆になるんだよねっ」
「機体だと私が前衛、海さんが後衛、良いコンビだと思っています」
共に戦場を駆ける仲間――ソニアにもいつかそんな仲間ができるだろうか。
いつになく真面目に、ひかりが言った。
「敵の行動は千差万別、味方の行動も千差万別。とりあえずその場その場でベストな行動、見つけてくださいね〜」
はい、と頷いたソニアに、返事だけは頼もしいんだけどなぁとレインウォーカー。
「今のお前は模擬戦に出すのも不安だねぇ。コレ、受け取りなぁ」
「‥‥?」
「ボクのガレージだ。スペースも十分あるから講義も訓練もできる。講師が必要な時はいつでも来なぁ」
勿論、いつものクッキーを食べに来るだけでも構わないぞと付け足され、ソニアの顔が輝いた。
そんなソニアを横目に、錬の背中を護がそっと押した。
「前向きにね。特にソニアさんの前では」
とん、と前のめりになった錬、息継ぎなしで一気に台詞再生。
「ごめん、これだけ言わせて君が好きなんだ。都合がいい話だけどボクが壊れてないのは高城さんやここでの時間なんだと思う。そんな奴けど友達になってくれる?」
呆気に取られているソニアの前で、言いたい事だけ言い終えた錬は酸素不足で卒倒。
「あぁ、これは低血糖ですね」
餡蜜つつきつつ、糖分足りてませんねと極甘党の空。
それは違うと思うが――ともあれ、学生の夏休みは終わりを迎えようとしていた。