●リプレイ本文
亀が変化した少女に、傭兵は何を望む――
●望むものはないから
「ごめん‥‥特にないよ」
いきなり願いを拒否られて、ソニアはきょとんとした。
亀から急に人の姿を取って、警戒されてしまったかしら?
固まったままのソニアに、覚醒状態の柿原 錬(
gb1931)は「ごめん」と繰り返した。
「僕の願いは叶ってしまっているから‥‥だから、特にないんだ。ごめん」
かくして、亀はお礼の願い事を叶える事なく海へ帰ってゆきましたとさ――完。
そんな感じで終わってしまいそうだが、もう少し彼の話は続くのだった。
ソニアと別れた錬は覚醒状態のまま、自問自答を繰り返していた。
――もう一人、自分が居たら何て言うだろう。
『おい、おいまたかよ。そうやって、うじうじ考えて、何か解決したってんだ』
もし、が現実になる事がある。
錬の心に芽生えた、もう一人の人格。錬は自分で己を追い詰めて、一人袋小路に入っていた。
「ボクは、すべきことは、したんだ」
自分に責め立てられ、疲れ果てた錬は砂浜に崩折れた――
――目覚めた時、彼はUPC本部に居た。
何故自分は此処に居るのだろう。職員達が小声で話している、何だ希少生物じゃなかったじゃないかの声を耳にしても、まさか自分の事に結びつかない。ただ、彼の頬を涙が伝っていった。
●新種の生命体!?
さて、一旦海へ戻った亀である。
目的もなく何とはなしに海を漂っている内、再び浜辺に打ち上げられていた。
「おい、また亀が居るぜー」
「今度こそペットショップに売りつけてやろーぜ!」
亀は、またもや子供達の餌食に――と、そこへ天災(誤字だがあながち間違いではなさそうな)科学者が現れた。
「待ちたまえ、そのアオウミガメはバグアかもしれん!」
「「バグアだってー!!」」
鬼気迫るドクター・ウェスト(
ga0241)の呼びかけに、子供達は一目散に逃げ出した。
一般人の子供達にもバグアの危険性は認知されているのか、あるいはドクターの只者ならぬ雰囲気に気圧されたのか。
ともあれ、亀は再び危機から助けられた――はずだ。そして例に拠って亀はソニアに変化した。
「助けてくださって、あり‥‥」
「む、本当にバグアだったか!」
最後まで台詞を言い切る前に身構えるドクター。ここは安全区域だ、武器は携帯していない。お守り代わりに持ち歩いているシルバーナイフを構え、人畜無害そうな(しかし亀が一瞬で変化した)少女を睨めつける。
「‥‥ば、ばぐあ!? さ、刺されますー!!」
少女はその単語に覚えがないらしい。きらり光った銀のナイフに恐れをなして逃げ出した。
「ま、待ちたまえ〜 我輩は希少生物の保護をしたいだけだ〜」
言葉は暢気だが、ドクターの追跡速度は伊達じゃない。伊達眼鏡の効果もあって、全力で逃げる亀など歯牙にも掛からぬ。
泣きながら逃げるソニアを追うのは少々苛めっ子感がして気が咎めたが、これも希少生物保護の為だ!
追いかける傍ら、ドクターは冷静に観察した。
(フォースフィールドの発光、なし‥‥攻撃の意思はない‥‥逃走速度、亀にしては早いが一般人並‥‥)
人語を解するあたり、変化さえ見なければ只の人間と思ったかもしれない。しかし少女は亀が変化した存在だ。バグアでなければ地球上に誕生した貴重な新種かもしれなかったし、新手のバグアであれば尚更調べ尽くさなければならない!
ひたすら泣きながら逃げるソニアを追いつつ、ドクターはUPCへ通報した。
「子供達が叩いていたときは普通のアオウミガメに見えた、特にFFの発光は確認していない、変身は目の前で瞬間的に行われた、会話が成立するほど知能は高い、取り扱いには要注意」
真剣だ。要点だけを簡潔に伝える。必要なら未来研でも調べなければなるまい。
のっぴきならない状況と判断したUPCは即座に部隊を派遣した。
程なく砂浜にヘリ音が響く。
「少女、確保しました!」
任務を終えた応援傭兵達は、覚醒状態の錬を確保して本部へ連れ帰ってしまった――残されたドクターは、ぽつり呟く。
「我輩が見つけたのは、こっちの少女だったのだがな〜」
●月抱えしちま
ともあれ、亀は引き続き浜辺にいるのであった。
少女の姿を取った亀は、何故か頭に不思議な生物を乗っけていた。
この不思議な生き物は、デコピンひとつで子供達を吹っ飛ばして亀を助けてくれたのだった。
「ちまさん?」
ソニアが頭上の生物に声を掛けると、終夜・無月(
ga3084)は返事の代わりに背中の小さな翼をぱたぱたさせた。
言葉はなかったけれど、小さな生物が好意を持ってくれていて、友達になりたいと思ってくれている事は仕草で伝わってくる。ソニアは右手を上げて、そっと無月を撫でてみた。想像通り、もふもふだ。
小さな無月は意外とかなりの力持ちで、ソニアの制服の肩を掴むとそのまま空へ浮かんだ。
猫の仔に掴み方があるように、上手な持ち上げ方があるのかもしれない。重力の負荷や痛みは全く感じずに地上を離れた亀は。
「わぁ‥‥」
穏やかな海の上、遠くに臨む船や小島。無月に導かれて観た空からの眺め、亀の身では決して見る事ができない空からの景色を、ソニアは堪能した。
浜辺に降り立つ時も、ふわりそっと降りて。
無月、今度は手に持っていた月に小さな手を突っ込むと、大きな机と椅子を取り出した。ちょっとお洒落な感じのテーブルセットだ。ビーチパラソルも出して日除けに立てると、浜辺はお茶会会場に早変わり。
「ちまさんのお客様は‥‥?」
ソニアが問うまでもない。無月は「当然」と言いたげに小さな胸を張り翼をはためかせた。
無月のお客様。それはソニアと、浜辺で出会った傭兵達だ。
●煩悩と願望の狭間で
――という訳で、ドクターはテーブル越しにソニアを観察していた。
「あ、あの‥‥」
居心地悪そうにもぞもぞする亀少女。そして視線は一対だけではなかった。
「なにいいいぃぃっ! 亀が美少女にっ! これなんてラノベつーかエロゲ的シチュなんですかっ!!!?」
登場早々テンションフルマックスでサムズアップするロリコン好青年、村雨 紫狼(
gc7632)。
「でも可愛いから非現実でも俺が全肯定っっ俺ジャステイスゥ!」
不可思議をも受け入れる懐の深い男であった。
そして、泣き落としにかかるは饅頭兵士こと弓亜 石榴(
ga0468)だ。
「願い事を叶えてくれるって? じゃあ助けてください!」
心底困っているんですーと言う割に、手をわきわきさせているのが非常に胡散臭い。
――が、ソニアは亀だった。
魔法っぽい何かで助けてくれた人の願い事を叶える、亀魔法少女だった。
若干引き気味に、ソニアはおそるおそる首肯した。
「でも‥‥無茶振りは止めてください、ね?」
「亀たん泣きながら真っ先に言うなよ〜」
無茶振りするなと言われてしまうと、かなり大幅な制限がかかってしまうではないか!
紫狼は苦笑して、せめてソニアが困らない願い事をと考え始めた。実に心優しいロリコン紳士である。
「じゃあ、世界中の幼女を俺の嫁に‥‥え、ダメ?」
「法に触れます」
「じゃ、じゃあ世界中の幼女に好かれる体質にし‥‥これもダメぇ!?」
「そんなの無茶過ぎますよ〜」
「だ、だったら幼女限定で服が透ける透視能力っ!」
「嫌ぁ、ヘンタイー!!」
ソニア遂に大泣きである。
ヘンタイとは心外な、ロリコンにもルールとマナーがあるんだぞと紫狼は苦笑。曰く『Yesロリコン! Noタッチ!』がモットーだそうで。
「いいねえ、その能力。私も欲しい」
「饅頭兵士さんも変態!?」
だだ泣きの顔で睨まれて、石榴は肩を竦めた。
「やだなあ、私はハートの女王の命令で動いているだけですよ」
――きっと何処かでドジっ子属性の女王様がクシャミをしている気がする。
「ソニアたん以上のドジっ娘属性なんているのか? この子なんかすげードジっ娘臭すんだけど」
既に助けた傭兵だらけ、何回苛められたんだよ天然誘い受けドMさんかおい――頭を抱えた紫狼、何かを思いついたらしく。
「‥‥あ、こんなんどうだろ?」
彼の提案に石榴の手が妖しく蠢いた――
――で。
何故かチャイナドレスを着ているソニアが居た。
「いいよいいよー 可愛いよー ミス竜宮城!」
「ミス竜宮城なんて‥‥乙姫様に失礼ですょ‥‥」
大胆スリットを気にしながら段々声が小さくなってゆくソニアを褒め殺しで持ち上げる。
チャイナドレスに巫女服にウェディングドレス、スタンダードな衣装は一通り揃っている上に、紫狼が煩悩で生み出す萌え衣装の数々も加わるのだから、撮影しがいがあるというものだ。
問題は恥ずかしさに消え入りそうなモデルだが、恥じらう姿も悪くない。
「いいよ可愛いよー そこで大胆に太腿を晒す!」
遠慮がちにギリギリまで晒された腿に、紫狼が鼻血を吹いた。
慌てて腿を隠したソニアに今度は水着でボール遊びを所望する石榴。周到に用意された野外更衣室から出てきたソニアの水着は大胆この上ないせくしー水着。
「いいよいいよー 似合ってるねー このまま砂浜で遊んでみよう!」
石榴、大層ご機嫌である。
「おっと、まだ逝けねーんだ! 俺はまだまだ満足してねーぞー!」
鼻血拭き拭き、復活した紫狼は浜辺でグラビア撮影中のソニアに煩悩を揺り起こされた。
「ソニアたん、次は旧式スク水にニーソでよろしくな!」
――これはまたコアなリクエストを。
紫狼の願いは、ソニアが扱う魔法っぽい力を利用してのコスプレショー。どんなコアな衣装でも、紫狼の頭にデザインがある限りソニアに具現化して貰うだけで準備不要の手軽さだ。
「んで、次はナースだろ、それから‥‥」
一昔前のウェイトレスだと言って、紫狼説明用に簡単なイラストを描いた。
パフスリーブのブラウスに超ミニのタイトスカート、その上にエプロンを着用すればあら不思議、やたら胸の形を強調したデザインに早変わりだ。
「おお〜 定番なのにこれはなかったね! 撮影撮影〜♪」
「よーし次行ってみよー!!」
鼻血吹きつつ息絶え絶えのロリコン紳士と饅頭兵士の激写は延々続く――煩悩が尽き果てるまで。
●竜宮城で
夜も更けて――撮影会を終えた亀は、ぐったりと浜辺に打ち上げられていた。
「大丈夫、ですか‥‥?」
掛けられた優しい声に見上げると、藤宮 エリシェ(
gc4004)が微笑んでいた。
子供達はもういない。だが亀は疲れ果てていた。今日一日、何回人の姿になったろう。
物言わぬ亀、疲労し切った亀を、エリシェは砂で汚れるのも構わずに膝へ上げた。されるがまま頭を預ける亀は仄かな幸せを感じて、もう一度だけ人の姿を取る事にしたのだ。
エリシェの願いは、亀には容易い願いだった。
「竜宮城ですね、喜んで♪」
「ええ、噂の竜宮城限定パフェを食べてみたいんです」
それなら丁度いい、一緒に行きましょうと亀に戻りかけたソニアに、エリシェは慌てて言った。
「えっ、亀に戻ったソニアの背中に乗るんですか!?」
それではソニアが大変だ、と心優しいエリシェは言った。
――でも、ならばどうやって竜宮城まで?
「手を繋いで、泳いで行きませんか?」
私、泳ぎは上手なんですよ、と悪戯っぽく付け足して、エリシェは手を差し出した。
二人の少女が海中を行く。波に乗る魚のように、空を飛ぶ鳥のように。
水中でありながら、不思議とエリシェは息苦しさを感じなかった。
「すみません‥‥! この珊瑚を抜けた先に竜宮城があるはずですからっ!」
(可愛いなぁ)
どうやらソニアに帰巣本能は備わっていないらしくて、竜宮城到着までにソニアは何度か道を間違えた。それもまた楽しいととぼけた亀に和むエリシェである。
何度目かの謝罪の後、漸く目の当たりにした海の宮殿は現代には珍しい古風な作り、しかし古びた感じのしない美麗な建物だ。
「開門お願いしますね」
ソニアが門番のタツノオトシゴ達に言った。門を潜った中は更に美々しい街並みが広がっていて、地上とは違った風情を感じる。
「わぁ‥‥」
エリシェは建物や調度に目を輝かせた。こんな場所で食べるスイーツは、きっと夢みたいに美味しいに違いない。
「行きましょうか。竜宮城は24時間営業なんですよ♪」
妙に現実的な単語が混じったが、とにかく準備中でないのは嬉しい事だ。二人は手を繋いだまま、竜宮城カフェへ向かった。
噂になるだけの事はあった――竜宮城限定パフェ。
可愛らしく形作られた貝や魚の飴細工、フレーク代わりに添えられた海ぶどうなどの竜宮城らしい盛り付けに、一人で食べきれるかどうかの超特大サイズも噂通りだ。
「か、可愛い‥‥っ」
エリシェ、思わず言葉が漏れた。可愛くて美味しそうだ。
テーブルの向かい側で、ソニアが寒天ゼリーをつついていた。噂には聞いていたものの、実物を見るのは初めてらしく心配そうにエリシェを見ている。
「大丈夫、完食できますよ。だって甘い物は別腹ですから」
にっこりと、エリシェはパフェスプーンを手に取った。
――5分後。
「あ、あの‥‥ソニアも一緒に、いかがですか?」
「ふふ、ではいただきますね?」
伊勢海老のウェイターにもう1本スプーンを持って来て貰って、ソニアは反対側から攻略し始めた。
「ねえ、ソニア。あなたは何が好き?」
初めて出逢った相手だから、もっとよく知りたくて。
パフェを食べながら他愛ない話に花を咲かせる。
ソニアが本を好きだという事、最近読んだ本の事――尋ねれば返って来る楽しげな応えに、エリシェは優しい笑顔で頷き返す。
「もうこんな時間‥‥」
一人では食べきれない超特大パフェも、いつの間にか完食していた。だけどそれは、別れが近付いているという事でもあって。
「またいらしてくださいな。いいえ、今度はエリシェさんの所へ遊びに行きますね」
「ありがとうございます‥‥! 今度は私がお気に入りの雑貨屋さんにご案内しますね♪」
――次はきっと、亀でなく人間として逢えると信じてる。
これは夢、どこかの傭兵学生が見た、夏の夜の夢なのだから――