タイトル:ひとつずつ、繋ぐ欠片にマスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/10 22:41

●オープニング本文


 カンパネラ学園の学生食堂で、時折お茶会が開かれる事がある。
 誰が始めたかなんて、もう誰も知らない。
 偶の営業時間外、ふらり立ち寄ればセルフサービスのお茶会が開催されている事がある――

●本日、休業中につき
 その日、高城ソニア(gz0347)は大きな枠を抱えて食堂を訪れた。
「‥‥あら」
 いつもは賑やかな学生食堂が、心地よい静けさに満ちている。ふと厨房に目を遣れば、忙しく立ち働いているはずの職員達が不在であった。
 ソニアは、こんな日が何と呼ばれるか――『どうぞのお茶』と呼ばれる日の事を知っていた。

 年中無休と思われている学生食堂にも、営業時間外の時くらいはある。
 不定期に発生する営業時間外、職員のいない無人空間は、飲食スペースと給湯器のみが開放されていた。
 ――お茶くらいなら飲んでもいいですよ。
 そんな職員達の厚意は、やがて誰ともなく置き始めた『ご自由に お飲みください』のメモが付いた籠に入ったティーバッグが引き継いでいる。
 誰が始めたか、誰が続けているか――不思議と籠の中身が尽きる事はなく、いつしかそれは『どうぞのお茶』と呼ばれる習慣になっていたのだった。

 さて、ソニアはお茶を淹れると、周囲に人がいない広めのテーブルに着いて枠を置いた。
 500ピースくらいのジグソーパズルである。そっとシートをはずして、周りだけ組めているパズルの続きを始めた。色分けを済ませたピースのひとつひとつを確かめながら、少しずつ組んでゆく。
「高城じゃん? 何で食堂なんかでジグソーやってんの?」
 級友だろうか、学生が声を掛けてきた。
 新たに取ったピースを手に、ソニアは小首を傾げて少し困ったような顔をした。
「今、猫を預かっていて‥‥」
「ああ、猫リセットかまされた訳ね?」
 事情が飲み込めて苦笑して、まあ頑張ってと立ち去る学生。
 見送って、ソニアはパズルの続きを始める。猫の妨害でやり直しになった分を早く取り戻したかったのだ。

 少しずつ、少しずつ――合う場所を見つけたのだろう、嵌まる心地よい感覚にソニアは微笑した。

●参加者一覧

/ M2(ga8024) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 最上 憐 (gb0002) / RENN(gb1931) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / ソーニャ(gb5824) / ソウマ(gc0505) / 天空橋 雅(gc0864) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / レインウォーカー(gc2524) / 立花 零次(gc6227

●リプレイ本文

●猫の気持ち
 お茶の時間は人を和ませる。寛ぎ、癒しを齎す時間だ。
 だからソーニャ(gb5824)は食堂でお茶を飲む。自分専用のティーセットを持って食堂に行き、視界に人の姿を映しながら紅茶を淹れる。今日の茶葉は王室御用達のブレンドティー。すっきりとした味わいのまろやかな茶葉だ。
 丁寧に、基本に忠実に淹れたあとは茶菓子を側に、のんびりと食堂に集う人を眺める。積極的に話し掛ける事はないけれど、ソーニャは人が集い寛ぐ雰囲気が好きだった。きっと自分は人恋しいのだろうと思う。

 会話に興じる者、自習する者、読書する者。皆それぞれに思い思いの時間を過ごしており、その平安が心地良い。
 視線を巡らせていたソーニャは、テーブルひとつを占領して熱心にジグソーパズルをしている女子生徒に目を留めた。
(あの子‥‥前にちょっと話した事がある子だ)
 自室でなく食堂で、という点ではソーニャも彼女と同じだ。興味を持って女子生徒のテーブルに近付く。事情を聞いてみれば――
「え、なに、猫リセット?」
「ええ。猫の事ですから仕方ないですよね」
 ちょっぴり困り顔で見上げて来たソニアに、ソーニャは「‥‥なるほど」猫の気持ちもわかるよと続けた。
「猫の気持ち?」
「うん、猫がパズルに嫉妬した気持ち。猫はこっちを向いて欲しかったんだね」
 ほむ‥‥と考え込んだソニアに、ボクにもちょっとやらせてよとソーニャ。ソニアは助かりますと微笑んだ。
 既にピースごとの色分けは済んでいたから、抜けるような青空を思わせる青いピースの一山を手元に寄せて、一緒に組み始める。そこへ赤い人影がするりと差した。
「相変わらずみたいだな、ソニア。ほら、今回の差し入れだぁ」
 そう言って、レインウォーカー(gc2524)が差し出した紙袋から甘い香りが立ち上る。中身はクッキーだ。ティラミスもあるぞと言って、レインウォーカーは周囲にもお裾分け。
「予定より多く作りすぎたから、食べたい奴は食べてくれぇ」
 食堂に集う者、時を同じくするひとときの仲間。見知りも初見も関係なく、菓子を持って行ったり物々交換したりと、ひとしきり賑やかになって――やがて再び静かになった。

 自身とソニアの分はしっかり確保して、レインウォーカーはソニアの向かい側に腰を下ろした。
 見るともなしに向かいを見、ソニアは「あら」と目を見開く。本を抱えている左腕に、包帯が巻かれていた。
「あぁ、重体から回復はしたんだが、まだ傷痕が残っているんでねぇ」
 大丈夫と左腕を動かしてみせる。確保していた菓子をソニアに渡し、自分用には砂糖少なめの紅茶を淹れて、レインウォーカーは本をテーブルに置いた。
「‥‥『不思議の国のアリス』ですか?」
「初見のはずなのに、何故かこのアリスに似たようなのに会った気がするんだよねぇ」
 どこか懐かしいモノを感じて、気まぐれに手に取ってしまったのだと微笑った。
「僕もその本、読んだことがありますよ」
 そう言って、ソウマ(gc0505)が合流した。大切そうに持っている本の表紙には『長靴をはいた猫のその後』と金文字で書かれている。
「『長靴をはいた猫』なら知っていますけど‥‥『その後』?」
「『長靴をはいた猫』は、同じ題名でも物語が微妙に違うのが複数残っているんです。なかなか興味深いと思いませんか?」
 ソウマはクッキーを一枚摘んで口に入れた。程よい甘さに機嫌よく、彼は言葉を続ける。
「ある意味、多くの人に愛されている物語とも言えますね」
 この本は猫がケット・シーになるまでを描いた異色の冒険譚なんです、楽しみですねとソウマはページを捲り始めた。

 ラサ・ジェネシス(gc2273)が、食堂に片足を突っ込んだ姿勢のまま固まっている。
「今日は人が少ないナ‥‥」
 こういうノ、何テ言うんだっケ?
 ラサは考えた。どっかで聞いたような気がする――そうだ。
「コレが噂のどうぞのお茶!?」
 だったら、とラサは固まった姿勢のままくるりと回れ右。
 ちょっと戻ってお茶菓子をゲットして来なくては!
 小柄なラサと入れ替わりに食堂へ入ってきた小さな赤いスカート。顔は見えなくても抱えているカレーパンの山を見れば誰だか判る、最上 憐 (gb0002)だ。
 いつものように購買のパンを買い占めて、食堂で食べようとやって来た憐は、緑茶を淹れるとテーブルに着いた。一通りの種類を食べて、食堂内をぐるり見渡す。
「‥‥ん。食べ物の。気配がするので。強奪に‥‥交換に行こうかな」
 今、憐が物騒な事を言ったような気がするが――ともあれ物々交換用に残りのパンを抱えて移動開始。目標、ソニア卓の菓子類色々。
 抜き足差し足忍び足。
 交換に向かっているのに、ソニアが近くに居るとついこっそり近付いてしまう。パンを抱えたまま、憐はソニアの背後からパズルを覗き込んだ。
「‥‥ん。気配を消して。背後から。覗き。何の。パズルかな。かな」
「‥‥あ、師匠」
 声に出してはさすがに気付く。組みあがっている部分に描かれていた、籠に入ったサンドイッチや果物に熱い視線を送っている憐へ、ソニアは今日も購買占拠成功ですかと尋ねた。
「‥‥ん。上級クラスの。力を。活用して。パン大量入手に。成功」
 上級クラスになるとそんな事もできるのかと感心しているドラグーンを他所に、ペネトレーターはテーブルの上をきょろきょろり。貝殻を象った小さな焼き菓子をひとつ摘んだ。
「それはスフォリアテッラ、サクサクと香ばしいお菓子だよ」
 ソーニャが言った。さっくり硬めのパイ状生地の中にはクリームが入っている。もこもこと食べて、憐はパンを差し出した。
「‥‥ん。コレ。美味しいね。パンと交換しよう? しよう? 拒否しても。既に胃の中だけどね」
「交換でなくてもいいよ。一緒に食べよ?」
 小さく笑ってソーニャは席を勧めた。
 青いピースを指先で弄び、かちりと嵌める。綿菓子のような白い雲が浮かんでいる青空の絵だ。
「ボクは空が好き。空さえ飛べればなにもいらない、そう思う時もあるけど‥‥」
 ――ボクたちはどんな時でも一人じゃないんだね。
 ソーニャの言葉にソニアは穏やかに目を細めた。

●どうぞの輪
 チョコクッキーに紅茶のカップ。それから問題集を1冊。
「むむ‥‥コレは難しいゾ」
 眉間に皺寄せて、ラサが真剣に勉学に取り組んでいる。彼女は先日学園に入学した新入生なのだ。
 テーブルの上に広げられている問題集は、今日の講義で課せられた宿題だろうか――
「底辺かける高さ割る2‥‥っと」
 ――算数ドリルだった。
 ラサの外見年齢と同年代の学生達からすれば簡単に過ぎる問題かもしれない。だがラサは、真剣に悩み思考し課題に取り組んでいた。その頭脳と同じくらい純真な娘である。
「ラサ、お勉強?」
 知己のユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が、嵩張った箱を抱えてテーブルを覗き込む。頑張ってねと声掛けて、近くに空いていた無人のテーブルをひとつ占拠した。
 初めての学食訪問だったのに――滅多にない事態だと説明されたM2(ga8024)は少し残念そう。何せメニューに興味津々で、それはもう楽しみにして来たのだ。
「本当に、厨房には誰も居ないな‥‥」
 返却口しか開いていない厨房を見遣り、溜息ひとつ。レアな場面に遭遇したのなら、ある意味では大当たりかもしれないと考え直してコーヒーを淹れて来た。
 今日の茶菓子はスコーンだ。
 ユーリお手製のそれはプレーンタイプで、同じく手作りの林檎ジャムが添えてある。当のユーリは皆の所へお裾分けに回っていて、ソニア卓で雑談を交わしていた。
「ソニアもパズルを組んでいるんだね。俺もメイとペーパークラフトを作ろうと思ってさ」
 ホーエンシュヴァンガウ城だよと言われて小首を傾げたソニアに、ユーリは「ローエングリンと言えばわかるかな」と補足した。
「白鳥の騎士と公女の哀しい物語ですよね‥‥その発祥の場所に建つお城‥‥」
 うっとりしているのは物語を思い描いているソニアを他所に、ユーリは見上げる視線に気付いて、空いた皿にスコーンの盛り合わせを作り始めた。
「‥‥実は、ココア味とかチーズ味とか刻み紅茶入りとか、色々作ってみたんだよね。ジャムも、林檎のほかに梅や杏、苺、ブルーベリーと色々作ってあったり」
 食べるよね? と向けた視線の相手は憐。当然否やはない。
 立花 零次(gc6227)の焼きたてチーズケーキを1ホール平らげた憐の胃はまだまだ余裕があるようだ。このテーブルに盛り合わせておけば、後から来た人にも行き渡るだろう。
 2つ焼いたチーズケーキのもう1個を切り分けていた零次が、そちらにもどうぞとお裾分け返し。
 持ち寄った菓子の交換も、お茶会の醍醐味というものだ。

 チーズケーキを2切れ分けて貰ったユーリは、M2が待つテーブルに戻った――が。
「メイ、コーヒー零しちゃだめだよ!?」
 カップを持ったまま、スコーンにジャムを載せようとしていたM2から慌ててコーヒーカップを取り上げる。
「ごごごごめんね?」
 危うくカップを傾けかけていたM2、慌ててユーリに平謝り。ペーパークラフトの箱から出てきた完成見本の写真を、綺麗だなぁと見惚れてジャムを落としかける一幕もあったりして。ともあれ2人はドイツの古城を作り始めた。
「ねえユーリ、何で家で作らないの?」
 和菓子作りを得意とするM2は手先が器用だ。繊細なパーツを綺麗に組んで、素直な疑問をユーリに向ける。
 んー、と小さく唸って、ユーリは応えた。
「俺の家、ラグナが居るからさ‥‥落ち着いてくれないんだよね」
 室内飼いのペットが居るなら仕方ない。じゃれつかれて作れないという状況は容易に想像できた。
 ユーリの背中へ飛びかかる――犬?
「‥‥ああ、ユーリの家って犬居たっけ」
「違うよ、ラグナは雪狼だよ」
 城壁の合わせ目に集中したまま、ユーリは端的に応えた。
「‥‥‥‥え、あれ、犬じゃなくて狼?」
「うん」
(狼って、飼えるのか‥‥)
 集中し過ぎてどんどん返事が短くなってゆくユーリを他所に、M2は妙な感心をしていた。
 雪狼の妨害がない場所で組み立てるペーパークラフトは随分と捗って、反面ユーリのカップは手付かずのままで。
 悪戯ウサギが描かれたお気に入りのカップは、いつしか冷め切っていたけれど――M2自慢の水饅頭は抹茶餡、氷水に浮かんだそれは適度に冷えて、冷めたアールグレイにもよく合った。
「食べ頃の内にお裾分けして来るよ」
 饅頭職人の称号にかけて、味は保障するし。M2は朗らかに笑って食堂内を回り始めた。

 いきなり真隣に座ろうとした見知らぬ女子生徒に対し、ソニアは怪訝そうに首を傾げた。
(ボクが完全に女子化してるので気付いてないね)
 誰だって、他に席が空いているのに黙ったままぴったり密着せんばかりの真側に座られれば驚くものだが、女子生徒――柿原 錬(gb1931)はソニアの反応に満足して、パウンドケーキとキャラメルを差し入れる。
「ネコリセットかぁ」
 学園制服のスカートを揺らし、橘川 海(gb4179)は現在に至るまでの顛末にころころ笑った。講義を終えて整備場へ向かうまでの小休止に訪れた学園生だ。
 仲間内では一番年下の海だけに、ソニアに対しては何だかお姉さんな気分になりたいらしい。ちょこっと先輩風を吹かせて言ってみた。
「で、高城さんは、ちゃんと整備に来てるー?」
「え、と‥‥えとそのあの」
 まさか間違って売り払った事があるなどとは、口が裂けても言えないソニアである。
 慌てた後輩に「冗談っ」けらけら笑って、着信メールをチェックする。今日は友人が食堂にいるようだ。
 じゃあねと手を振り、海は錬を連れて友人達が待っているテーブルに向かった。
 海が向かった先では、百地・悠季(ga8270)が目立ち始めた腹部を庇いつつ、紅茶を淹れて待っていた。
「いらっしゃい、そちらのお嬢さんも紅茶でいいかしら?」
 人参とホウレンソウのキッシュを用意してきたのよと言う。美味しさだけでなく栄養面にも気を遣っているようだ。錬の作ったパウンドケーキが見よう見真似だと聞いて「上手じゃない」家事万能のプレママはそう言って微笑んだ。
「もう、心配したんだからねっ?」
 淑やかに座っていた澄野・絣(gb3855)に駆け寄って海は怪我の状態を尋ねる。先日、傭兵生活で初めての重傷を負ってしまった和装の少女は、おっとりと、しかししっかりした口調で大丈夫だと応えた。
「まぁ、でも、海さんも意外と重傷多いですから気をつけましょうね?」
「‥‥う」
 この面子の中では年下に属する海である。絣の言葉は正鵠を射ていて、ぐうの音も出やしない。
 まあまあと取り成して、天空橋 雅(gc0864)はチーム・千日紅のメンバーを徐に見渡した。おっとり和装の淑女にプレママ、それから最近学園生になった自分。みんな19歳なのに、それぞれ違う。三人三様で実に興味深い。
 雅は学園内に居るという噂の某メロンを模したメロンパンを人数分に割って配って、自分の分を一口齧った。のんびり癒しの香りと共に咀嚼して、先日これの開発に携わったのだと言い添えた。
「学園生として、学食の改善に関われたのは良い体験だったな」
「学食満員御礼間違いなしよね」
 同じく開発に関わった悠季が、くすりと笑む。自信作だ。
 間髪入れず、海が「えー」と突っ込んだ。さくっと薫るメカメロンパンは確かに美味しい、だけど海が気になるのは友人の身体。
「悠季、今7ヶ月でしょっ? 仕事入れちゃ駄目じゃない!」
「や、それなりに負担かけないのを選んでるから大丈夫よ」
 母体を第一に考えなよと心配する海は、この先母になる事はない。彼女の心配を察した絣と悠季が気遣いの表情を浮かべたのを察して、海は終わった事だからと目線で返事して話題を変えた。
「それで、悠季はどうなのっ?」
「母子共に元気よ。順調に発育中で、性別は女の子よ」
 わぁ、と一同。
 女の子なら飾り甲斐があるとか、何を着せるか迷いそうだとか――女性ならではの会話がひとしきり盛り上がった後、皆の視線は絣へ。
「私、ですか?」
 皆の視線を浴びた絣は「そうですね」おっとり考えて、最近乗り換えた愛機の事に触れた。
「ロビンをディアマントシュタオプに乗り換えまして‥‥」
「ロビンって、機体名はカグヤだっけ?」
 そう、と頷いた絣は『赫映』とテーブルに機体名を指で書いた。
 読めない‥‥と苦笑する初見の者と、次機もきっと‥‥と推測する友人と。
「それで、ディアマントシュタオプの機体名は決めたのかしらね?」
 悠季に促され、絣は応えつつ『冰輪媛』と指で書いた。
「ええ、決めてますよ。読みは‥‥」
「ストップ! 読みを当てっこしよう! はい錬さん読んでみて!」
「え!? ‥‥みずわひめ???」
 いきなり海に振られた錬が慌てて答えたのを皮切りに、暫し読み方クイズに。ニアピンはあったものの結局誰も読めなかったので、絣は答えを出した。
「正解は『ひりんびめ』です」
「「「読めるかー!!」」」
 そんな賑やかなテーブルでにこやかに時を過ごしつつ、雅は海の不思議なカリスマ性に敬意を抱いていた。
 千日紅の中で一番年下の海、しかし彼女には前向きな勇気と優しさ、秘めた悲しみを越えようとしている強さがある。
(それに、橘川君には人の絆を纏める雰囲気がある‥‥)
 いつの間にかガールズトークに馴染んでしまっている男の娘の錬は楽しそうで、雅はそれを海が纏う空気だと感じていた。
(小さな欠片を、つないでひとつに‥‥か)
 離れたテーブルではソニアがジグソーパズルに取り組んでいる。
 似ているようで全てが違う、欠片。欠片どうしを繋ぐのも、また欠片だ。
(‥‥私たちと、同じだな)
「雅さん?」
 おっとり声を掛けられて、ふと我に返る。絣がこちらを向いている向こうでは、先輩風を吹かせてみたい年頃の海がお姉様方に弄られていた。
「ん? いや大丈夫。能力者が描くパズルの絵について考えていただけだ」
 雅は紅いハーブティーのカップを傾けて、応えた。
 千日紅という名のパズルの絵、それを繋ぐ欠片は――ここに、居る。

●ひとつずつ、繋ぐ欠片に
 あれから30分ばかり経っていただろうか。
「‥‥ワカラーン」
 ――ぱたり。
 テーブルに突っ伏し力尽きたラサが、顔だけ上げて向けた視線の先にいた学園生は頼って良いのか悪いのか。先輩と呼ぶにはあまりにも頼りなさ過ぎるソニアに救いの手を求めようと決めたラサは、むっくり起き上がると問題集を抱えた。よろりらとソニアのテーブルへ向かって歩き出し――
「わわわっ」
 自分の右足を左足で踏んづけた!
 すこーんと問題集を飛ばしてすっ転んだラサ、食堂内の注目の的である。
(しまった‥‥皆の視線が痛いZE)
 笑顔で誤魔化しつつ立ち上がって、ラサはぎこちなくソニアに挨拶した。
「エ、エート、初めまして先輩‥‥我輩、ラサ・ジェネシスいいマス、コンゴトモヨロシクお願いシマス」
 お近づきのシルシにとクッキーを提供しテーブルに着く。向かいの席でレインウォーカーが読んでいた本から顔を上げ、挨拶代わりに軽く手を挙げた。
 この問題がわからなイのですガと示されて、ソニアは暫く考える。やがて説明の術を思いついたらしく、ぎこちなくラサに教え始めた。
 教わる側教える側、暫く互いに緊張し合っていたが茶菓子が次第に緊張を解きほぐしていったようで、だんだん自然に遣り取りするようになってゆく。ラサもジグソーパズルの手伝いを始めて、自習はお開きになった。
「すごい熱中振り。楽しそうですね。俺も少しお手伝いしても?」
 久々の休暇に読書を楽しんでいた零次も、ソニアに伺いを立てて1個だけピースを手に取り場所を探し始める。
 ひととき居る者、長居する者。入れ替わり立ち代わり、人の数と時間の経過とともにパズルは完成に近付いていった。

「最近は東京や福岡やらと慌しかったですからね。ゆっくり過ごせる時間というのは貴重です」
 こんな時間があってこそ戦地へ向かう気力も充実するのだと、手にした欠片の居場所を探す零次。
 組み上げた空を枠に戻して、ソーニャが言った。
「ジグソーパズルのピースって人の形に似てるね」
 人と人が繋がって、ひとつの絵を描き出す。ひとつじゃ何かはわからない――だけど唯一無二のひとつ。
(君のピースはどこにはまっているのかな)
 ソーニャはソニアを見つめた。
 どこにあるピースで、周りにはどんなピースが居て、どんな絵を描いているんだろう。
「ソーニャさん?」
「ねぇ、ちょっと一息つかない? あまり熱中してると今度は人の形をした猫が‥‥」
「来てますよ? 猫」
 無自覚に覚醒して不可思議を招き寄せたキョウ運の招き猫が指差した先には、一匹の猫。オレンジ色の縞模様に太い尻尾の大柄な猫が窓際に前脚を掛けていた。
「君は、長靴履いた猫なのかな? それとも、ソニアさんが預かってる猫ですか?」
「いいえ、その子じゃないですけど‥‥ちょっと待って!!」
 にゃーん、と甘えた声を出して擦り寄ってきた猫を抱き上げて、ソウマはソニアに猫を向けた。
 ――途端、猫がソニアに向かってジャンプした。
「猫は駄目ー!!」
 後に残されたのは崩れたパズルと、意に介した様子もない猫。
 あーあ、と溜息を漏らしながらも、誰ともなくクスクスと笑い出して――パズルピースを集め始めた。
 そう、壊れれば修復すればいい。何度でもやり直せば良いのだ。

「やれやれ、ボクも手伝おうかぁ」
 開いていた本を閉じ、レインウォーカーが手を貸した。
 だけど猫の乱入で崩れた部分だけだ。崩れた辺りの欠片を集め、修復を始める。これはソニアのジグソーパズル、彼女自身の手で完成させないといけないものだから、崩れる前の状態までしか手を貸さない。
 ひとつひとつ、組み上げ形作ってゆくパズル。壊れ、崩れ形を変えるパズル。
 人もまた、永遠に同じではいられない存在――だが。
「お前はもう少し今のままでもいいかもねぇ」
「?」
 首を傾げたソニアに、レインウォーカーは初めて会った時からお前は殆ど変わってないなと微笑う。
「変わって、ない‥‥でしょうか」
「良くも悪くも人は変わっていく。けど、変わらないお前を見て、少なくともボクは安心できるよぉ」
「???」
 はあ、と天然娘は気の抜けた返事をして首をかしげていた。
 あと少し。もう少し。
「ボクが手伝うのはここまで。後はお前が完成させなぁ」
 レインウォーカーと入れ違いに、ソニアと完成後の約束をしていた零次がパズル枠を覗き込む。
「‥‥ん。美味しそうな。パズルなの」
「本当に、美味しそうですね。そして、とても‥‥」
 枠の中には、青く澄んだ空の下で催されているピクニックの風景が広がっていた。
 大樹の下、料理を並べてお茶を淹れているエプロンドレスの少女はアリスだろうか。彼女の膝には、丸くなって眠っている白い仔猫と、少女にじゃれつこうとしている黒い仔猫が居る。
 青い空の下に広がる草原は果てしなく、遠くに小さな人影があった。
 人待ち顔のアリスは、いずれ人影に気付いて笑顔で手を振るだろう。始まるだろう楽しいひとときを想像し、零次は安らいだ笑みを浮かべて憐の頭に手を添えた。