●リプレイ本文
●クルージング
(「故郷の海とは少し違うけど、真っ暗な空に暗黒の海、そして激しい横揺‥‥」)
「ちょ! ちょっと! 聞いてないわよ!!」
リリアーナ・ウォレス(
ga0350)は、叫ぶ。深夜に港を出て数時間、漁場にたどり着いたカニ・クルーザーは高い波に揺らされながら網を海中に投じて行く。
「うふふふ! こいつは面白くなってきたじゃないか!?」
美川キリコ(
ga4877)は、ウキウキと超ごきげんである。深夜のクルージングなんて滅多に体験できるものではない。ここでのカニ漁は深夜から早朝にかけて行われるそうだ。船長曰く今日は少し時化てるねとの事。
「私としたことが、油断していました」
リディス(
ga0022)は、丁寧な口調で、笑みを浮かべていたが、口調には(「何が時化てるねよ!」)と、言わんばかりの怒りが籠っておりかなり怖い。
「かにーかにーちょきちょきかに〜♪」
と、上機嫌なのは、ミア・神城(
ga1823)である。
いつものスタイルと違い、ゴムガッパやら防寒着で着ぶくれている。
本人が強く言うには、
「いつもの特殊スーツなんだよ〜」
との事であったが、どう見ても、厳冬の海に出るには自殺行為であり、非常に念入りな説得を経て、着させられたらしい。
船体はそこそこの大きさがあり、クルージングを詠うだけの事はあって、船内で待機する事も出来るし、仮眠のスペースもあり、数週間の漁に出ることも出来る程度の装備は持っているようだ。
それでも、漁師さんが出入りするたびに寒風が吹き込んで来るし、船殻を隔てた先は氷点下の世界である。寒くない筈がない。
「読みが甘いですね」
揺れる照明の下、水上・未早(
ga0049)は、手に持った文献に栞を挟むとパタンと閉じる。そして、一つ頷き、咳払いするのだった。今回のツアーで触れられていなかった状況を彼女は見抜いていたと言えるだろう。
「うわー! カニだー! 酒だー! 宴会だぁ〜!! 待ってろッ、モビーディック!」
ベールクト(
ga0040)は、ヤケ気味に、コンクショウな気持ちを込めて叫ぶ。‥‥折角の二枚目が台無しである。
『ザザザーン!!』クルーザーが大きく揺れる。
油断していた数人がふらついて倒れる。中には頭をぶつけた能力者も。
「うーん、うーん、ちっとばかしイイ思いしたってバチは当たらねぇよな‥‥」
アッシュ・リーゲン(
ga3804)は遠い眼をして呟く。
「きゃあああっ!!」
ここまで目立たないようにしていた、リーフが思わず叫んだ。
「ん‥‥? 見た事ある、顔が? っつか‥‥」
『ザザザザーン!!!』
2度目の大きな縦揺れ。
アッシュが持参していたクーラーボックスが宙を舞う。そのクーラボックスがスローモーションのように自分の方に向かってくる様子がアッシュの目に映っていた。
刹那、鈍い音が船室に響く。
リーフは目を瞑ると、何かに祈りを捧げるように胸で十字を切るのだった。
「ん? アンタも同じツアー?」
キリコが声を掛けると、リーフはコクリと首を縦に振る。まるで悪いことをした子供のように‥‥。
「やは〜、しぶく荒波、日本海! 此ぞ漢の海だのぅ!! もうすぐ網を上げるってさ! 楽しみじゃのう!」
夜の日本海の荒波を堪能した鬼界 燿燎(
ga4899)が、船内に戻ってくる。
「此方に来ませぬか、風が気持ち良いですぞ〜!」
気持ちいいと言うより、寒そうであったが、彼女の誘いで、船内で無事な者は皆、甲板に向かうのだった。
●水揚げ
「ふ・ふ・ふぇ〜くしょん!!」
ミアは涙声で、寒い、寒いを連呼している。
深夜であり船の周囲以外は暗黒の世界であったが、引き上げられた網の中には見事な蟹がゴロゴロしており、漁師さんは手際よく掛かったカニを船倉に移すと、新たに網を海に投じて行く。
「んー‥‥やっぱ海は良いねぇ‥‥バグアと戦争中なんて嘘みたいだよ」
リリアーナは続々と採れる蟹を見ながら呟く。バグアとの戦争があろうが、何が起ろうが、人々の生活が無くなるわけではない。自由と冒険を愛して家を飛び出した彼女であったが、懸命に日常を生きる彼等に複雑な感情を抱く。
(「‥‥リリアさんが暴走しないようにブレーキ役も‥‥」)
なんて思っていた未早も、大漁に沸く船上の様子を眺めて目を細める。
「それに、カニが俺を呼んでいるしなっ!!」
元気に復活したアッシュも、漁の様子が気になって、船室から飛び出してくる。大漁ならば、お持ち帰りできるかもしれない! そんな期待に胸が躍る。
「それにしてもバグアのせいで観光が立ち行かないってのは困ったモンだねェ」
キリコが憂いのある口調で言い。そして、自分たちの行動が何かのタシになれば‥‥と思う。
海胆がとれたらその場で食べたい! そんなことを思いながらベールクトは暗黒海面に目を凝らしている。
襲撃者は未だ現れない。
漁師さん達は網を海に入れては引きあげ、入れては引き上げる活動を繰り返す。
そんな様子をミアは真剣に見つめている。なんでも、一回の漁で何回網を入れられるかで、漁獲量が左右されるらしい。だから休まず素早く動かなければいけないと。
彼女は、そんな漁の様子を自身の研究テーマに重ね考察する。そして、鼻水を袖でぬぐった。
「確かに、これは能力者ならではのおたのしみかもしれませんね」
リディスも穏やかな表情を浮かべている。そして、この様子ならばわざわざ餌をばら撒いて鮫キメラをおびき寄せることもなかろう‥‥と、思うのだった。
●戦いは夜明けとともに
東の空が白味を帯び始め、時化ていた海も落ち着きを持ち始めていた。漁師の誰もが力強く作業を続けている。人間とはかくも強靭になれるものなのかと思えるほどだ。
「す、すごいのです!」
そんな様子をずっと見ていたミアも驚きを隠せない。
「ほ、ほんな大きな魚はいるはずないわ!! すぐに網を上げろ!!」
船長が怯えた声で叫ぶ!
「船長さん? どうしたんですか?」
未早が尋ねる。魚群探知機のスコープの内部に巨大な光の帯。大きな『何か』が船に接近してきている。
「現れましたね‥‥キメラでしょう?」
暗視スコープで、海面に注意を払っていたベールクトも、海面に突き出た鮫の背びれを捉え異変に気がついていた。
「来やがったな!」
はき捨てるように言うと、フロスティアを握りしめる。穂先の刀刃がうっすらと光を帯びる。いつしか彼の眼と頭髪は真紅に染まっていた。
「そんな! 狙いがつけらない!!」
リリアーナは歯ぎしりする。スナイパーライフルでは、水中に身体を没した状態で接近してくる鮫キメラに対して狙いをつける事が出来ないのだ。
「アタシの邪魔をする奴ァタダじゃすまないよッ!」
キリコが覚醒すると、全身に茶色の毛並みが表れる。
「待て! こんな海に落ちてみろ、キメラと戦う前に心臓麻痺であの世行きだ!」
アッシュが引き留める。
「落ち着いてください! 敵は攻撃の為に浮いてくる瞬間があるはずなので‥‥、そこを狙い撃てば‥‥」
未早はアッシュの言葉に頷くと言った。
刹那、網がずるずると海中に引っ張られ、巻き上げ機が嫌な音を立て逆転を始める。どうやら、網に掛かった獲物を狙っているらしい。
「かにの邪魔しちゃ駄目ー!!」
ミアがロケットパンチβを放つ! パンチは鮫キメラに到達し、薄暗い海面に赤いフォースフィールドの輝きが現れる。
予測外の攻撃であったのか鮫キメラは思いかけず、水面に姿を現す。
その一瞬を見逃す事は無かった。
未早とリリアーナのスナイパーライフルが火を噴くと、海面から飛び上がったばかりの鮫キメラの頭部に深々と突き刺さる。続けて、海面に落ちる直前、アッシュの放ったアサルトライフルの銃弾が容赦なくその身に突き刺さってゆく。鮫キメラは相当の深手を負ったらしく姿を見せない。
再び巻き上げられ始める網。漁師さんが言うには、鮫キメラに遭遇したら、網を切り放して逃げるしか無かったのだと言う。網の損失は漁師にとって死活問題であった。
夜が明け始めていた。充分な漁獲もあり、このまま帰ることが出来れば、漁は大成功だ。
『ザザザザーン』
突如、船体の間近で怒り狂った鮫キメラが飛び上がる! しかし、誰も慌てることは無かった。
「アホだねぇ! 命を捨てにやってくるなんてさッ!!」
刹那、キリコの振り下ろす蛍火の刀刃から生み出される衝撃派が鮫キメラの弱点である鼻骨を直撃する。再び海に落ちようとする瀕死のキメラに、瞬天速で一気に接近した燿燎のナイフの一撃が止めをとなる。
鮫キメラは、白い腹を上に向け海面にぷかりと浮かんだ。
●温泉、そしてカニ
陽は既にあがり、風景は色彩を取り戻していた。大漁のカニに加え、悩みの種であった鮫キメラを曳きながらの凱旋に港は大いに沸く。
一行が最初に向かったのは温泉である。
「くぁ…っ。疲れた身体にシミるねぇ〜、コリャ」
アッシュは思わず感嘆の声を上げる。
ベールクトは疲れ切っているのか? 湯船のなかでじっとしているばかりだ。
『ざぱーん!』
勢いよく湯船に飛び込んできたのは、ミアである。
「どーすかお嬢さん、湯加減は〜? ‥‥て、オィ!」
「わわわわ〜っ!! なんでアッシュさんが〜!!」
どうやら間違えて男湯に入ってしまったらしい。思わず両手で胸を覆うミア‥‥しかしその身体には、ばっちり特殊スーツを着用中だ。
「スク水言うなーーー!!」
何故か涙目で飛び出してゆくミアだった。
「本日のメインイベントと‥‥まずは温泉を堪能しましょうか?」
湯に入り、とても気持ちよさそうなのはリディスだ。
「大きなお風呂って良いよね〜ミハヤ」
リリアーナもうっとりしている様子。
「ええ、そうですね、今日だけは戦争も忘れてのんびりゆったり‥‥」
未早も心底気持ちよさそうだ。
燿燎とキリコもまた、ゆったりと湯船を楽しんでいる。
そんな感じで‥‥やがて陽が暮れて、身体の芯まで、ぽっかぽかに温まった一行をまって居たのは極上のカニづくし、カニだけでは無い、フグやウニ、エビを始め、里芋や蕎麦などなど何種類もの美味しそうな料理である。何故かメロンまである。
「折角の機会だし、食い溜めしておかないと‥‥!」
そして、『食べれる時に食べる』のは傭兵の基本だと、リリアーナは語る。
「皆さん! ここは不肖! 水上・未早が取り仕切らせていただきます!!」
そして、細々と鍋のアクをすくい、具を入れてゆく、しばらくして。絶妙の火加減とみるや
「そろそろ良さそうですね、それじゃぁいただきますです!」
そう言って、号令を掛ける。まさに鍋奉行である。
「ぁー、殻取るの面倒、ミハヤ取ってー」
そんな未早を有効活用するリリアーナだった。こちらは鍋無精といったところか。
「ふや〜、美味いのぅ、幸せだのぅ♪」
熱々の鍋は舌を火傷しそうにも感じるが、それでもつい箸を伸ばしてしまう魔力がある。
「カニの旨味が詰まってるわね。身もとっても美味しいじゃないかい!」
鍋に舌鼓を打つ燿燎に、ふうふうと熱そうに食べるキリコが言った。
「女将さん、ちょっとメシ貰っても良いすか?」
アッシュが言うと出てきたのは極上のコシヒカリ。極上のカニ鍋を堪能している今、敢えてチャーハンを作ることも無かろうと思いとどまる。
「あっ、其れ儂が狙ってたのに‥‥!」
こそこそと料理に手を伸ばすリーフに燿燎がツッコミを入れると、それを目にしたキリコの悪戯心が炸裂する。
夜がすっかり更けていた。
冬の澄んだ空に星が輝いていた。
町を救った英雄達の宴はまだ終わらない。