●リプレイ本文
■はじまりの刻
(「あのパイロットは函館基地所属って聞いたけど‥‥冷静でいてくれるかしら」)
皇 千糸(
ga0843)は不安に思う。彼女は仲間が爆破される事を想像してみる。普通の心境なら落ち着いて居られるはずがない。
「あたしはフィオ! 宜しくね! 北海道の空、飛ぶの初めてなのよ」
フィオ・フィリアネス(
ga0124)は、『岩龍』に搭乗する予定のパイロットに話しかける。口にこそ出さないが彼女の祖国もバグアとの激しい戦いにさらされている。
「植村だ。此方こそ、宜しく頼む」
男は名乗ると、偵察作戦についての確認を開始する。襟の階級章がキラリと輝く。
だが、ここに彼の部下は一人も居なかった。
「私は、往路での危険を避けられるのでは? と思いルートを考えてみましたが‥‥」
綿貫 衛司(
ga0056)は、ホワイトボードの地図を指さしながら、恵山岬〜函館へ向かい、復路を南西方向にとるコースを提案する。
「三沢→尻矢崎→恵山岬→函館上空→函館山を軸に旋回→大間崎→三沢」
と言う感じかしら? と、フィオがホワイトボードに描かれた地図に青い線を引く。
「ルートはそんな所じゃないないのか? 函館‥‥今冬の天候次第では奪還が遅れるかな」
御山・アキラ(
ga0532)は、腕を組んで言う。奪還するか? できるかどうか? 情報が必要だった。
現在、北海道地区で持ちこたえているのは千歳基地を拠点とした札幌周辺だけと言われている。
「函館上空への侵入は、こういう東からのルートもあると思うわ」
ミオ・リトマイネン(
ga4310)はボードにキュキュっと図を描き足して言う。
彼女はバグア軍空中戦力を背後にすれば、帰還の安全性を高めれるかもしれないと提案するのだった。
「私は実戦経験は薄いから、気づいたことがあったらご指摘くださいね」
ミオは、淡々とした調子で言った。
地図に描かれた情勢は、間もなくバグアによって攻め落とされるのでは? という北海道の姿だった。彼女の目にどう映ったのかはわからない。そして、彼女の祖国もまた、バグアに蹂躙されていた。
「戦うときは、後ろを振り向くな!」
と植村が言った。謎の台詞だった。
「‥‥必ず成功させましょう!」
小鳥遊神楽(
ga3319)は静かな言い方で決意を言う。
「岩龍は、過去の実戦からも脆いのは、分かってますし‥‥まぁ、上手くやるしかありませんね」
クリストフ・ミュンツァ(
ga2636)が、笑みを浮かべながら言う。
敵がどう出てくるかは分からない。何が最も重要か? ミッションにおける行動の優先順位と、実現のために誰が何をしなければならないか? 作戦立案では重要な事である。
「戦闘は編隊で行動しなければまともに戦えないでしょう‥‥。でも、逃げる時は、単独行動というのもアリかな?」
ミュンツァは言う。
「でも、任務を逸脱して、仲間を危機を晒す訳にはいかないでしょう?」
神楽は諭すように静かに言う。全員で生きて帰りたい。確かに単独行動が任務の成功に繋がる場合もある。しかし、それが仲間に犠牲を出してまで目指す程の価値が常にあるとは限らない。
命を預け合う仲間達がそう思うのは自然な事ではないだろうか?
「私は、単独行動を控えて仲間の指示に従います」
三島玲奈(
ga3848)が言った。
思考停止ではない。なぜならばここに集まっているのは、自ら選び行動したものだけだからだ。
「任務が達成されれば、最上ではあると思うわ、でも、場合によっては歯を食いしばって、途中で引き揚げなければならない時もあると思います」
千糸が言う。
『軍隊』では、撤退の選択肢も与えられずに、全滅するしかない戦いも『命令』ならばやらなければならない。しかし、『傭兵』ならば、不利な時に撤退の選択肢を選べる。彼女の言うことは尤もである。
長いミーティングの末、ルートと作戦が決定する。
作戦は囮と護衛に分かれ、囮が敵を引きつけている間に、『岩龍』による撮影を行おうというものだった
「みんなで生きて帰ってくるよ!」
フィオが明るく言う。
そんな様子を植村は静かに眺めていた。
■海峡を越えて
「あれが恐山‥‥」
遠く左手方向。霞がかかってぼんやりとはしていたが、カルデラ湖を囲む外輪山が確認できた。
恐山は信仰を背景にした死者への供養の場として知られていた。
地面の切れ目が前方に見えた。切れ目の先は暗青色の海だ。間もなく尻矢崎通過である。
「そろそろ、戦闘空域ね! みんな準備はOK?」
フィオがそう言うと『岩龍』を中心に、『衛司、フィオ、アキラ、玲奈』の4機が囲む形で編隊を組みあげる。
「岩龍には、指一本触れさせないからな!」
衛司は言う。その呟きには決意が籠もっていた。
「そうありたいものだな、綿貫」
アキラがぶっきらぼうに応えた。
函館上空まで、残り数分ほどである。一行に緊張が漂う。
偵察隊が西に進路を移してから間もなくのことだった。
『ポーン、ポーン』をアラームが鳴り響く。
「くるぞ!」
唐突に『岩龍』に乗る植村からの通信。
「1時の方向より敵ヘルメットワーム接近中! きゃああっ!」
アキラが続けて言いかけて、悲鳴を上げる。
刹那、下方から上昇してきた3機のヘルメットワームの編隊が光線を放ち、編隊の後方に突き抜けてゆく!
「『岩龍』、フィオ機、アキラ機が被弾!!」
玲奈は言う。『岩龍』は一瞬ふらつくが、すぐに体勢を立て直す。
「くそっ! 植村さん! 大丈夫か?」
衛司が確認する。偵察の核になる『岩龍』だけに心配なのである。
「問題ない! 損害は軽微だ」
植村はさらりと応える。実は装甲の3分1ぐらいを削られる程の大損傷を受けていた。しかし、F15などの在来機に比べれば優秀な機体であることから、生存性もずっと高まっていると言えるだろう。
「私のことは心配してくれないのかな〜? 思ったより、だいじょうぶだったけどさ」
フィオが不満そうに言う。損害は驚くほど軽微でであった。フィオの乗る機体にはメトロニウムフレームが追加装備されていたこともあるが、能力者の搭乗する機体は何かと強力であるように見えた。
■函館空中戦
「こちら『Tsukuyomi』攻撃を開始するわ! そっちも情報はバッチリ手にいれなさいよ!」
千糸はそう告げると敵へと向かう。囮となるはずだったが、先制攻撃を受けては、陽動は失敗である。今となっては敵を食い止めることが最優先となっていた。他、3機が追随する。
陽動隊の内訳は「千糸機、クリストフ機、神楽機、玲奈機」で、S−01型のみの構成である。
最初に攻撃を放ったのは、神楽である。
(「『岩龍』は必ず帰還させなくては!」)
神楽は静かに思う。そして、高分子レーザー砲を放つ。光線はまっすぐに伸び、敵ヘルメットワームの1機に命中する。その1機は体勢を崩し、他の2機の編隊から外れしまう。
「排除しておくべきかしら?」
千糸が呟く、間をおかずに放たれたミサイルが無数の筋を描きいて飛ぶ。そして、体勢を崩したヘルメットワームに容赦なく命中し多数の爆炎を発生させのだった。
「思ったよりも大したことは無いのですね」
クリストフは呟くと、ガドリングを放つ。無数の弾が弧を描きながら飛び敵の装甲の上で弾けて砕ける。
さらに追い打ちをかけるようにミオの放ったミサイルが命中すると遂にヘルメットワームはバラバラに砕けるように落下してゆく。
「まず‥‥1機ね」
ミオが静かに言った。
一方、偵察隊はまっすぐに西へ進み、函館の市街へ入っていた。地上には五角形の内部に描かれた星形が見えた。『五稜郭』だ。地上からは、無数の光弾が放たれ、編隊の周囲で弾けては消えた。
「後方から敵機2!!」
アキラが叫ぶ!
「このまま函館山の方向に抜ければいいのね! こんなときに! またなの!」
フィオも叫ぶ! 操縦席に『ポーン、ポーン』と警告音が鳴り響く。
アキラは瞬時に機体を後ろに向けると、ガドリングを放つ!
弧を描いて飛ぶ弾丸が、迫ってくるヘルメットワームに命中する。
「くっ!!」
同時に、彼女は苦痛の声を上げる。急な機体動作によるG(重力)が身体に襲いかかったのだ。
攻撃のダメージを受けながらも、体勢を崩すことなく2機のヘルメットワームは仲良く、後方からビームを放つと、再び偵察隊を追い越し編隊の前面に出る。
「きゃあああっ!! これでも食らいなさい!!」
再び光線を食らったフィオが、怒りの声をあげホーミングミサイルを放つ。ミサイルは確実に敵機を捕らえ大きな爆発を起こす。
玲奈機もまた被弾していた、当たり所が悪かったせいもあるが、玲奈機は体勢を崩す。
付け加えると、後の分析で、編隊後方に位置していた彼女の機体が偶然にも『岩龍』へ放たれた光線を防いでいた事が判明する。
「煙幕を使うか?」
衛司が声を上げる。残り僅かの時間ではあるが、『岩龍』に被弾を許せば撃墜される可能性があった。
「待て! あと10秒まってくれ!!」
植村が激しい口調で言う。あと少しだった。
数秒の後に陽動隊が合流し、形勢は一気に逆転する。
「硬い硬いと言われる割には、結構‥‥効いているんじゃないか?」
アキラは煙の筋を残してバラバラに落下してゆくヘルメットワームを見ながら言う。彼女の機体の武装も強化されており、想像以上にヘルメットワームに対しての、有効な打撃を与える事ができている。
「撮影完了! 帰還する!」
こうして、函館上空で3機のヘルメットワームを撃墜し、偵察活動も予定通り行う事に成功する。
後は帰還するだけだ。
■風前の灯火
衛司が煙幕銃を放つと、空中にパッっと白い煙が広がる。
刹那、微かな無線からの声。
「ゆ・友軍機か? 聞こえるなら! 応答して欲しい!」
「‥‥こちら‥‥ザザッ‥大隊、ザザッ‥を求む! 木古内(きこない)に在り! 民間人‥‥名が同行中!」
無線は近くから発信されているのは間違いないようだった。
しかし、木古内という地名以外の情報は聞き取れない。曖昧な情報ではあったが、『岩龍』のもつ電子戦能力により、封じられていた通信を拾うことができたのだ。
偵察隊の一行は増速すると南を目指す。
「本当なら、ここで一体でも減らしておきたいのだけれども‥‥」
神楽が口惜しそうに言う。
「引き時が肝心ですわ。基地に帰るまでが偵察任務よ!」
千糸が思いを振り切るように言った。
振り返ろうとはしなかった。