●リプレイ本文
●到着
初夏の明るい日差しが輝き、一陣の涼風が波打つような起伏のある丘を吹き抜ける。
丘の上に絨毯を敷いたように遥か遠くまで農地が続き、地と空の境目には大雪・十勝の連山が霞んで見える。
「中立、ねぇ」
静寂を破り、嘲笑の仮面をつけし戦士・レインウォーカー(
gc2524)は、窓枠に片肘を突いて皮肉めいた表情を浮かべる。
「しょーじき俺ぁどうでもいいんだよなぁ。これさ、テメェ等の決断の結果だろォ?」
JK Type Smorking Rock・零崎 弐識(
gb4064)は、吐き捨てるように言うと、脚を椅子の上に投げ出したままの姿勢で外を見つめる。
彼等が箱田政権――苫小牧を基盤とする中立政府に抱く微妙な感情と立場を象徴しているものだろう。
「目標は2mの大男ね‥‥見つければ一発だろうけどさ」
不屈の陽気・石田 陽兵(
gb5628)は事前に知らされている敵のデータを思い起こしながら作戦を思案する。
「俺にかかりゃ、オデブちゃんなんてコマギレにしてボン! だろォ?」
弐識は余裕の表情を見せる。相手は強化人間が2人。正面から戦えば討伐は難しく無い筈の相手だった。
そんなリラックスした傭兵達の様子に、ドロナワ・マレー(gz0074)は表情を変えずに運転を続けた。
「そうだなぁ、あまり固まって行くと目立ちすぎるかもな。大体の襲撃時刻だけ決めておくか?」
漢の娘の中の漢・伊佐美 希明(
ga0214)は提案する。
ルメイの暗殺作戦のことは10人の傭兵以外は誰も知らない。だから特別な警備は無いと判断出来る。
「仕留めるには敵の様子も探っておいた方がよさそうね」
片赤眼の工作員・風代 律子(
ga7966)はボロ布で頭と身体全体を覆って、近隣住民の姿に偽装すると、食料の入ったズタ袋を担ぐ。それは、ルメイの食欲が旺盛であるという情報を元に考えた事だった。
「とりあえず、食料独り占めは許せんよなぁ」
陽気な拳士・Kody(
gc3498)の拳に力が籠る。
食い扶持は自分の力で稼ぐものだ。他人から奪うものでは無いと思うから。
(強化人間といえども人間に銃口は向けたくないのだがな‥‥)
不屈の陽気・石田 陽兵(
gb5628)も思う。
「さぁ着いたぞ。用心して行ってこいよ」
「なーんか予感がするんだけど‥‥どういう予感だろうな、これ?」
Trick Star・蒼河 拓人(
gb2873)はドロナワから貰った市街地図をしまいながら呟く。
「大体あってるだろうよ。考え過ぎだろう」
そう言ってドロナワは帰りも拾いに来ると告げて言葉を終える。
「心細いから、一緒に行きませんか?」
「そうだね、折角来たのだから戦いの時までは、楽しみましょうか」
お陽さま好奇心・フィオナ・フレーバー(
gb0176)の誘いに、夏の六花・フローラ・シュトリエ(
gb6204)は快く応える。
●街へ
初夏の日差しの下、街中の人々は誰彼となく歩きまわり、荒っぽいが活気に溢れている。
通りには露店が並び、時折、停車するトラックが現れて荷台の扉を開いて品物を広げると、忽ち黒山の人集りができた。そうして、じゃがいもや牛肉、遠く北の地方から運ばれて来た塩漬けの海産物といった食料品を競い合って買っている。
「どうしてもラベンダー畑がみたくてきちゃいました」
にこやかな笑顔でフィオナは、露店でコロッケを売っている婦人に話しかける。
「今じゃこんなんだけど、5年も前ならあんたみたいな旅行者も沢山訪れたんだけどなぁ」
婦人は懐かしそうに話し、帽子をかぶり直すと、ラベンダー畑は綺麗なままだよと教えてくれた。
3年前の夏、網走への夜間奇襲に端を発した北海道での戦闘は瞬く間に拡大し、石狩平野周辺を残して北海道ほぼ全域を競合地域と至らしめた。その1年後に孤立した石狩平野の救援と失地奪回を目指した反抗作戦は失敗し、東北地方の防衛強化の為に北海道の放棄が決定された。
「繁盛しているみたいだね。一つ頂戴な」
「あ、私も」
フローラが言うと、フィオナもここぞとばかりに続く。
露店を切り盛りしている婦人は笑顔でコロッケを一つずつ、紙のオープンパックに入れて渡してくれる。
「衣はサクサクで中身は、ほっこりしていて美味しいですね」
食料事情が苦しいのは周りをみれば明らかだが、それでも出来る限り良いものを作りたい。それがこの人なりの吟持なのだろう。土地を捨てては生きて行けない数百万の人間が北海道には残っている。中立地帯では、そういった人々が無法地帯の混乱に陥らないように、社会システムを維持し協力し合って生きているのだ。
拓人もまた、一般人を装って、街の様子について人々の話しを聞いて情報収集に回っていた。
「ルメイ様に会いたければ、夕方ごろに駅に行けば良いよ」
男はそう言うと、夕方頃になると街の視察と称して出歩く事が多いから、話しがしたければその頃かなと言ってくれる。そして、昼寝の時間に起こせば暴れるから誰も近づかないんだよ‥‥とも付け加えた。
また、腰巾着の男の名はカールで、ルメイが出歩く時は常に一緒だが、一人で居る姿は滅多に見た事は無く、見かけてもいつの間にかに居なくなっていると言う。神出鬼没で謎の多い人物だと言う。
「ふうん、そうなんだ。ありがとう」
こうして、拓人は一応、気になった情報を連絡してから、狙撃を有利にするための場所を探しに掛かる。
「さて、上手くかかってくれるといいがな‥‥。もぐもぐ」
青柳 砕騎(
gc3523)は左肩から提げたギターケースにアサルトライフルを潜ませ、パンを頬張りながら駅の周囲を歩き回りながら、トランシーバーからの情報を待っている。
一方、希明は直接、富良野駅の構内へと乗り込んでいた。
都会の駅ほどではないが、貨物ターミナルを含めて、関連施設は周囲数キロ程度はあるだろう。
「腰巾着っつーくれーだから、ルメイの近くには居るとは思っていたが‥‥」
拓人の連絡によるとルメイと腰巾着――カールは一緒に居る可能性が高く、どういう時に単独で動くかも分からない。個別に戦いを挑むのは極めて困難そうだ。しかも、駅は食糧の買い出しに訪れる者、売り込みに来る者が常に人混みを作っている。
そんな人混みの中に律子は流浪の旅人を装い紛れ込んでいる。
(ちょっとしくじったわね)
ズタ袋やリュックに食糧を詰めて歩く者は多く、特別に珍しい姿ではない。機を窺うには都合が良いのも確かだ。
「私は通りすがりの鉄道ファンさ。駅弁巡りが趣味でね」
それでも希明は駅員さんにルメイやカールの事を聞いて回る。だが、夕方前には姿を見せると思うという答えしか返ってこない。ルメイを起こせば惨事になりかねない。だから誰も居場所は教えてくれない。
本当に知りたい情報を得るには時に相手を信じてリスクを分かち合う事も必要なのだ。こうして、ルメイとカール、2人の敵の所在を確定できないまま時間は過ぎて行った。
●夕方
最初に姿を現したルメイと遭遇したのは律子だ。
律子は偶然を装って、ズタ袋の破れ目から缶詰を落とし、ルメイ足元へと転げさせる。
「お嬢さん、落ちましたよ」
すぐにルメイはにこやかな表情を浮かべ缶詰を拾い上げると、ゆっくりと近づいてくる。
ほぼ同時に、ルメイとカールの姿を認めた希明が、無線で状況を知らせると、拳銃ジャッジメントに手を掛ける。
「もう少し時間が欲しかったな」
連絡を受けた拓人は思う。周囲の地形を見て隠れやすい建物、狙撃に最適なポイントを探し続けていた。
一方、怯えた振りで対応する律子の姿は、巨大な暴力に蹂躙されようとしているか弱い女性の姿そのものだった。
(まわりに人が多すぎるわね)
今なら不意打ちを与えられる。だが、律子はこのまま戦えば周りを巻き込んでしまうと攻撃を躊躇っている。
「あ、どもッス! 何すか、んな怖い顔しちゃって。俺ら先輩達に逆らうわきゃねぇッスよ!」
軽い口調で近寄った弐識はそんな様子を好機とみて、先手必勝と急所突きを発動すると、カールの顔面を目がけて発砲する。
突然の銃声に駅の中の人は驚き蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
始まったものは仕方が無いと、希明もジャッジメントを抜く。
立て続けに弾丸を受けたカールが顔を押さえ、ルメイが何事と弐識をにらむ。そこにKodyが流れるようなステップを踏んでカールに肉薄すると拳を叩き込む。カールが壁に叩き付けられた。
「上手く網にかかったようだな。援護する」
駆けつけた砕騎がギターケースを投げ捨てると、ルメイに向かってアサルトライフルを放つ。
「いてえよ〜!!」
弾丸を食らったルメイが怒りの声を上げる。瞬間、目の前で怯えた振りをしていた律子が疾風脚を発動し急所を狙ってアーミーナイフ弧を振るう。次の瞬間、ルメイの腕に一条の筋が深々と刻まれる。不意を突かれたルメイは直後、自らの腕を硬質化させ、刃と変じさせると薙ぎ払う動きで律子を捉えた。荒々しいその軌跡は律子の鎖骨を砕き肋骨を断ち切って赤黒い血を噴出させる。その飛沫の横をフローラが駆け抜け、神の光の如く光り輝く剣――ウリエルを上下左右に振り抜いてルメイに十字の傷を刻み込む。
「大丈夫ですか? いま治療します‥‥っ」
フィオナが助け起こし、後退の姿勢で身構えて練成治癒を発動する。その横で攻撃の態勢を取りつつ、周囲に注意を払う。やがて、律子の細胞が活性化され傷口が塞がって行く。
直後、高いエンジン音が轟き、レインウォーカーがバイク――SE−445Rを操って飛び込んでくる。目立ち過ぎた。瞬間、カールの放った光線がレインウォーカーを直撃する。失速し転倒しそうになる。だが、辛うじて体勢を戻す。そこにルメイの刃と化した腕が振り下ろされた。
単独の戦闘力では傭兵達を凌駕するルメイとカールであったが、数の上では、傭兵達に有利な状況だ。
射撃地点を確保した拓人が、プローンポジションを発動するとアラスカ454を構えて発砲する。正確な射撃はルメイを確実に捉えた。
「お前等、何者だ!」
組織化された攻撃に疑念を抱いたルメイが叫ぶ。
「あんたと戦う理由? 答えは簡単、ただの気まぐれぇ」
瞬間、カールの肩当てが砕け散る。希明の射撃が続くなか、レインウォーカーが、切り裂かれた肩口を押さえながら、精一杯の強がりをみせ、フィオナが立て続けに練成治療を発動している。
「うわぁ‥‥どんだけ食べたらそんなに太れるんです?」
フィオナが挑発するように言い放つ。
「人をブタ扱いするとは行儀が悪いですね!」
悪態を吐きながらもルメイは冷静に判断していた。そして、カールにそっと耳打ちする。
(これは分が悪いですね‥‥余力のあるうちに引きましょう)
ルメイがじりじりと後退を始める。
「とりゃえず言っとくけど、顔がイラっとするから死ね」
弐識はただ弾丸を放つ事しか出来ない。練力が尽きようとしていた。直後、ルメイは弐識を雑作もなく薙ぎ払うと、走り始める。拓人の放った弾丸が背中に命中し、希明も逃走を阻止せんと射撃を続ける。
「‥‥って、逃げるな!」
追いすがって駆ける陽兵の胸をカールの放った光線が貫く。焦げた匂いが鼻を衝いた刹那、鮮血が吹き出した。
「悪いが、そうそうやらせはしないぞ」
砕騎が逃げるルメイの背中に狙いを定めるとアサルトライフルの引き金を引く。
「しつこいですね」
弾丸を受けたルメイは走りながら駅舎の柱を刃と化した腕で砕き破壊して行く。
直後、天井が崩れ始め、土煙が上がる。
崩れる天井と瓦礫に視界が遮られ、その隙にルメイは一気に逃げ切る。そして、カールもまた、いつの間にかに姿をくらませていた。
●撤退
「おまえら、無事か?」
「これって、まさか‥‥」
傷口を押さえながら陽兵が立ち上がる。フィオナが言いながら残り回数の心許ない練成治療を発動した
(戦場に存在するのは味方と敵だけ)
敵を取り逃がした。報復を恐れる住民達が自分たちを生かして帰してくれるだろうか? 砂埃にむせながら立ち上がるレインウォーカーの脳裏に最悪の展開が浮かんだ。
「あんた達、能力者だろ、俺たちの為にしてくれたんだよな‥‥分かってる早く逃げな」
だが、近づいて来た男は感謝するように言うと、揉め事にはなれっこだよと寂しく笑顔を作る。
誰もが揉め事には慣れっこだった。だからこそ敗者に追い打ちを掛けるような事はしない。なぜならば。生きてさえいれば未来に希望を繋げると知っているから。敵でなければ味方なのだ。
騒ぎを察知したドロナワがトラックで、乗り込んできた。
「しかし旭川か‥‥。もう二年近く経つのか、早いもんだ。‥‥直ぐ向こう側だってのに、ずいぶん遠いな、畜生」
歯車の狂った戦いを思い起こし希明は思い、拓人もまた静かに外の風景に視線をむけた。
陽が暮れ始めていた。
砕騎は無言で煙草に火をつけると、煙を吹かした。
「気持ちよく男爵いものコロッケを食いたかったねぇ‥‥」
Kodyがぽつりと呟くと、
(何か食べたいな。‥‥それどころじゃないのだけど)
沈み行く夕日を見てフィオナは思った。