●リプレイ本文
●到着
エンジンの轟音を響かせてアントノフ機が滑走路に着陸すると、車輪から雪の塊が飛び散る。後部の貨物扉が開くと機内の暖かい空気を切り裂くように冷たい空気が流れ込んで来た。
「寒いのでMSI製レーション等如何だろうか」
悪ヲ戮ス魔帝・ルナフィリア・天剣(
ga8313)は、外で出迎えたリーフに向かって、いきなり切り出した。キーロフは4月と言っても寒い場所だから風邪など引かぬ様にとの気遣いらしい。
「来てくれて、ありがとう」
笑顔で出迎えたリーフが、その温かい気遣いに心を打たれて、受け取ろうとした瞬間、ずるりと雪で滑って転んだ。
「しかし、テストパイロットの全員が欠席とは、どういうことだろう?」
不運な空気が漂っているのを肌で感じながら無謬のバランサー・国谷 真彼(
ga2331)は首を傾げて呟く。
「確かにな、テストパイロットがぶっ倒れた原因って何だったのか? ちょっと気になるよね」
纏わりつく不運から目をそむけようと俺様alp・テト・シュタイナー(
gb5138)は、周囲を見渡す。一面の銀世界を見渡すと、ちょっと心が落ち着いてきた。
「やっとウーフーにもバージョンアップの芽が出て来たか」
太陽のような前向きさで威龍(
ga3859)は、最近はウーフーに搭乗する機会が少なくなっていたから、機体の改修は嬉しいと笑顔を見せる。
広大な飛行場の一画にある格納庫に向かうと、手前にはドイツから運ばれてきたばかりの新品のウーフーが2機。その奥には別の色々その他のウーフーが並べられている。さらにその奥のみてはいけないところには、部品だけになったウーフーらしきものがあるらしい。
「なるほど、いい機体ですね。兵装まで僕のウーフーとそっくりですよ」
手前にある新品の機体に、ぺたぺたと手を触れながら真彼はロシア訛りの強い整備員と仕様についての話を始めている。すぐ横で威龍も逞しくなったエンジンを指さして何か尋ねているようだ。
一方、奥に進んだ賢者の瞳・瓜生 巴(
ga5119)は、派手なウーフーの前で石のように固まっていた。
「これってほんとにウーフー?」
「優等生‥‥だったよね」
いつもは素っ気ない様子のYU・RI・NE(
gb8890)も、予測外の展開に大粒の汗を流している。
「あ、それは、撮影用のデコウーフーですよ。乗ってみたかったですか?」
当たり前のように言うリーフの言葉を耳にして普通の顔に戻った巴は、デコはねーよと、喝をいれて、普通のウーフーを要求した。
「デコはどうでもいいんだが、特定の角度で叩くと、うんぬんっつーのはどういう事なんだ」
生死を預ける機体なのだからいい加減な事では困ると、テトも激しくツッコミを入れる。色々な所につっこまれて気まずくなったリーフは精一杯の言い訳を返す。
「叩いて直るのは真くうか‥‥昔から使われている部品にはありがちなことですよね」
曰く、その他のウーフーとは、パーツをロシアで組み立てた特別仕様とのこと。個性的な整備チームのみなさんもニコイチとかサンコイチといったロシア訛りの強い専門技術用語を交えて、細かいことはちょっと苦手だが、その代わり思い切り振り回しても壊れないぞと、出来上がりにも自信を示す。
(「デッドコピー? それとも整備の腕?」)
そんな積極的なプレゼンを聞きながら、篝火・晶(
gb4973)は、これがドイツとは違うソヴィエト的な頑健さなのかと思い始めていた。
そんな訳でテストに使うウーフーの見た目は、よく見ると機体の部分によって微妙に部品の色が異なる以外は、変わった様子はなく至って普通の仕上がりとなっている。
こんな感じで皆が機体への質問なんかをしていると、さらに2機のウーフーが運び込まれて来る。一行と一緒にアントノフ機で運ばれてきた飢えた射撃手・佐賀十蔵(
gb5442)の『瑞雲』とルナフィリアの『Finsternis』だ。
特に問題なく持ち込みチェック終了したようで、そのまま使っても大丈夫そうだ。それでも十蔵は瑞雲のチェックに余念がなかった。うっかり機体の仕様が変わっていたら大変だから。
●迎撃指令
使用機体の挙動の確認や任務の手順をひととおり把握し終えると、基地内に用意された控え室で、全員が待機する事となった。
今回はテストとはいっても、防空システムの一端を担う事となっている。管制の指示に従って目標に向かい、会敵後は自由戦闘という形になる。
「ソヴィエトロシアではテレビが、お前を見張ってるか‥‥ん?」
ルナフィリアは、ぼそりと言って、備え付けのテレビの電源を入れる。歪んだ映像しか表示されない。
「やっぱりお約束みたいですね」
そう言って、晶が分厚いテレビの角を個人的に拘った角度で叩く。映像が鮮明になった。晶の個人的な見解に曰く。ソヴィエト製品は叩くと直り、ドイツ製品は叩いても壊れないそうだ。ブラウン管にはさっき見たゴージャスなウーフーが映し出され、若い女性も祖国の為に戦っていると宣伝されている。
「てゆうか、どこの最先端デザインだ、これは」
テトが口にした紅茶を吹き出しそうになりながら、大粒の汗を流す。そんなタイミングで、敵機襲来のサイレンが鳴り響き、出撃指示のランプが灯る。
後方にある防空指揮所では、コンピュータの冷却ファンの回転音とディスクを読み取る音が一定のリズムを刻んでいる。機械と人間が一体となった奇妙な雰囲気のなかでオペレータ達が慌ただしく状況報告を重ねている。
『敵ヘルメットワーム×4、高度18000』
指揮所の戦域情報パネルには、刻一刻と変化する戦況が、次々に表示される。4機のヘルメットワームの予測進路に最も近いのが実験飛行場だった。
「丈夫であるとはいえ、ウーフーです。上手く味方と連携をしてHWの侵入を抑えたいところですね」
真彼は通信機に向かって、語りかけながら最高速度で成層圏を目指す。
(「余計な事を考えないで良いというのも、物足りないかしら」)
YU・RI・NEは、徹底的に管理された誘導方法に、微妙な違和感をおぼえつつも、今は機体の特性を生かす事のみを考える事にした
(「実戦ではデータリンクシステムの有る無しが正に勝敗を左右するといっても良い」)
十蔵はそんな事を思いながら、軍管区の電子戦部隊が機械的に伝えてくる通信に無言で頷き、最高速度で成層圏を目指す。改良型のコックピットに備え付けられた大きな液晶画面には早期警戒機からの情報も送られて来ていた。
●戦闘
雲海を突き抜けると、頭上に暗い空が広がる。星は地上より明るく鮮明だ。
『防空ミサイル網突破されました、高度20000、方位85に進路を修正下さい』
その美しさを堪能する余裕も与えられずに、誘導指示が出される。格闘戦が始まれば、展開は各々の技量に委ねられる。だが、それまでの間に自由は無い。それが管理された戦いというものだ。
「敵はタイミングを計って、2方向に分離してくるはずだ。同時に両者の目的を判別するのは難しいよな」
テトは敵の目標が実験飛行場であることまでは予測していた。それはヘルメットワームが一直線に正直な進路を見せていたからだ。敵機は僅かに先行する2機と、追随する2機という陣形で進んでくる。
「こちら、Torch、前後どっちが足止めだか、分からない」
晶は自分のTacNameを使って通信を続ける。
「大丈夫ですよ、何発か打ち込めば、すぐに馬脚を現しますよ」
直後、その意図を見抜くかのように、前進してきたヘルメットワームは、突然に左右2機ずつに分かれ、スナイパーライフルの射程内に収まらない。
「様子を見ている暇は、なさそうですね」
正面からやってくる敵だから、最初に両方の敵を抑えに掛からないと突破されてしまう。
「移動速度で不利なら、戦術で何とかするしかねーよな」
テトはそう伝えてブーストを発動させると、一気に左側の敵との距離を詰める。僅かな間を置いて、威龍が続く。刹那、2機は慣性制御特有の真下へ向かう動きを見せた。
「こっちで間違いなさそうね」
「雲海に潜られると厄介だ。阻止するぞ」
足止めならば撃ってくる筈。YU・RI・NEは、先行の2機の意図が偵察にあると確信しブーストを発動。その意図を挫かんと下方を目指す。ルナフィリアも続く。
直後、後方のヘルメットワームも急激に速度を上げる。狙いはFinsternisだ。それを阻止せんと、瑞雲が有効最大射程からロングレンジライフルを放つ。だが、弾丸は一条の閃光を煌めかせて消える。
「おっと、間合いの取り方が、陸の様にはいかんな」
直後、Finsternisは、真上から薄紅色の光線の直撃を許してしまう。融解した装甲がキャノピーの表面を跳ねる衝撃を感じながら歪められた機の姿勢を立て直すと、ルナフィリアは再度ブーストを発動し先を急ぐ。
「君のデートの相手は僕ですか?」
外れた弾丸の軌跡をトレースする様に一気に距離を詰めた真彼がトリガーを引いた瞬間、排出された数十の薬莢が空中を乾いた音を立てて舞い、銃身から弾丸が放たれる。無数の弾丸は、赤光を打ち破って、ヘルメットワームの装甲に夥しい数の傷を刻みつけた。真彼が手応えを感じた直後、激しい接触音が響き機体が真横に弾き飛ばされる、突っ込んで来たヘルメットワームから刃が突き出ている。
(「一気にカタを着ける」)
間合いを取ろうと、垂直上昇に転じるヘルメットワームの進路に向かって巴がスナイパーレーザーを連続して叩き込み、晶も休む間を与えずに、レーザーを放つ。
集中射撃を受けたヘルメットワームは、回避する術もなく木の葉をまき散らすように装甲を飛び散らせ、不安定な機動を見せ白煙を噴き出す。瞬間、僚機のヘルメットワームが突き出た刃で撫でるようにして、晶のウーフーに一条の傷を刻みつけると煙を吹くヘルメットワームの間に割り込む。
そんな戦いが繰り広げられている下方、対流圏界面付近では、もう一つの戦いが繰り広げられている。
「そこだ!」
威龍の放ったスナイパーライフルの弾丸が、ヘルメットワームの下方を掠め動きは水平飛行へと変わる。瞬間、光弾がそのメルメットワームを捉え、なすすべも無いといった様子でぐるぐると制御不能の動きを見せる。連続ブーストで詰め寄ったFinsternisが放ったプラズマライフルの一撃だった。
予測外の強力なダメージを受けた先行組のヘルメットワームは、受けたダメージと敵機数から形勢不利と判断し、早々に撤退を開始する。
(「あっけないな」)
巴は試作機にありがちな故障を想定して叩き方を考えていたが、どうやらそんな事態に陥る前に大勢が決してしまったようだ。先行組の動きに呼応して、高空のヘルメットワームも東に向けて逃走する。
「役目は終わりました。深追いは止めておきましょう」
真彼がそう言って東の方を見ると、地上から打ち上げられた2発のミサイルが雲海から飛び出して煙の筋を曳くヘルメットワームに向かって飛んでいった。
●ミーティング
「ウーフーでやりたいのは戦闘じゃないんです。あくまでサポートなんですよ」
開口一番、真彼は言った。
「戦場に長く居座る事が味方を支援する事に繋がるのではないでしょうか?」
真彼の考えに同意を示し、晶は戦いの最初から最後までサポートし続けられる事が重要だと補足する。
「敵との間合いって、重要だよな」
威龍は他の機体への搭乗経験をもとに戦闘時の機動力の違いについて問題を提起する。今回は、ほぼ同じと言える機体で編成された戦闘であったため、速度差による問題は発生しなかったが、実際には様々な種類の機体と連携する格闘戦が多いため支援機にも相応の機動力が要求される場面もあるだろうと述べる。
だが、ウーフーの支援能力は戦域全体をカバーできるため、機動力を向上しても支援能力が増す訳では無い。
「中和能力の範囲を狭めて局地的に強力な支援はできないかな?」
巴は、過去の経験から格闘戦の行われる狭い範囲でいいから、敵ジャミングを強力に中和する事が出来ないか? と課題を投げかける。
「俺様も、効果範囲を絞って処理能力を向上させるなんて事ができりゃ面白いと思うんだが」
テトも同意を示し。支援の範囲が狭まれば、ウーフー自身の機動力も重要になって来そうだなと付け加える。
「あ、あと、データリンクシステムを」
ルナフィリアが、システムの複雑さによる事情で、過去に不採用となったウーフー同士によるレーダー共有システム――通称AKリンクシステムの再開発を要望する。十蔵も味方と情報を共有できる事は戦いの大きな助けになると自分の考えを元に是非採用するべきと強く主張する。
今回の迎撃戦では地上基地などの情報支援に依存し、空中戦に特化した機体運用がなされた。そのため各パイロットの戦闘方針が、整合性を持つ事の重要性が目立ち、ウーフーらしさを見いだす事は難しかったと言える。
だからこそ経験に基づいた意見は大事だろうと思い、リーフはここまでの話を元にバージョンアップの要望を下記の様に纏めた。
1.堅牢性の向上
2.支援能力の向上・新規開発
3.機動力(速度)のアップ
4.傭兵の手によるカスタマイズ性の向上
5.複数ウーフーの機上レーダシステム共有による早期警戒能力の付与(AKリンクシステムの開発再開)
資料を纏め終えると時間は既に深夜。
そういえばと、ルナフィリアの持ってきてくれたカレーとタンドリーチキンを温めて、遅い夕食を皆で食べると、心持ち身体が温かくなった気がする。
「ウーフーにも息子にも大きく育って欲しいもの」
YU・RI・NEは、雪の吹きすさぶ飛行場を窓の外に見て、未だ見えないウーフの後継機の姿に思いを馳せるのだった。