●リプレイ本文
●序
「皆さんが、太陽を運んで来てくれたみたいですね」
昨日までは、ずっと曇りだったと、アグネス・ワーナーは言うが、今は晴れていて気持ちがよい。
午後の陽光を受けた格納庫の入口には濃い影ができており、中は暗く見える。
先導するアグネスが暗い影を潜った先には、室内灯に照らされた青い機体が並ぶ。
「これがバージョンアップしたワイバーンですか?」
ペイントされた白線を見つけると、映ずる心眼 ラルス・フェルセン(
ga5133)は目を細める。新型だと言っても見た目の印象はあまり変わらない。
「良い機体ですよね」
Chace hunter 水上・未早(
ga0049)は、工具の片付けを終え立ち去ろうとする整備員の婦人に声を掛ける。リリースされてから2年、諸々の乱暴な操縦にも生き残ると言う形で応えつづけてくれた事への思いからだろうか。
「新型機も多数発売され、後発の機体がバージョンアップ対応されているのにワイバーンに関しては梨のつぶてでしたが‥‥」
蒼雷の鬼人 玖堂 鷹秀(
ga5346)も、キランと輝いた眼鏡を指で押し上げると、気持ちの籠った声を発した。
傭兵達の到着に合わせて、今回のテストの関係者が集まり始める。
「ボルマン少将、お久しぶりですね。ウーフーの一件では大変お世話に‥‥」
リーフ・ハイエラ(gz0001)が、かつて受けた仕打ちを微塵も感じさせない微笑みを見せて話す。
鷹秀はそんな会話の様子から、ボルマンが欧州軍の将官であり、クルメタル社となんらかの関係があることに気付く。
「元気そうでなにより、今回の仕事は君たちにとって、簡単過ぎるかもしれんな」
ボルマンは慇懃な口調で話しながらリーフの肩をぽむりと叩いている。
「そうですね、約款は細かい所までよく読まないとダメですよね」
どうやらES−008のテストに絡んで発生した損害賠償の帳尻あわせで、散々な目に遭った事を皮肉っているらしい。
薔薇の蕾・夢守 ルキア(
gb9436)は、穏やかな口調で、怖い会話を重ねる2人に向かって話しかける。
「はじめまして、ルキアだよ――よろしくね」
「ほう、今度じっくりお話でもしてみたいものだね」
彼女に興味津々な様子を隠そうともせず話しかけるボルマンに、こんな所でナンパしてんじゃねぇよといった感じで、リーフとアグネスが同時にツッコミ入れる。本当は彼女のクラスであるストライクフェアリーについて聞きたかったのだが、話し方のせいで誤解され目的を果たす事は出来なかった。
こうして基地内でのメンバーの顔合わせは終わり。その後、希望者による歩行機能や操縦回りのシステムの変更度合いの確認が行われた。
●テスト一回目
(「ワイバーンの改良型かぁ‥‥徹底的に楽しませてもらうよ!」)
そんな前向きな気持ちを小さな胸に秘めてルキアは離陸すると、すぐに機首を垂直に向け、思い切って加速する。
思ったよりも速いですね。そう思いながら、未早も後を追う。
「加速が心地よいです」
未早は独り言のように呟く。その言葉は彼女のボイスレコーダーに録音されている。
「ちょ、ちょっと、自分達ばかり、とばさないでね」
通信機から聞こえてくるのは、Sweet Spice アンジェリカ 楊(
ga7681)の声だ。最大加速で高度10000mを超える成層圏にまで、機体を到達させた2人へのツッコミだ。
「ん、予測してたとおりの速さかな」
一方、ソラの純血種 葵 宙華(
ga4067)は細かい事は気にはしていない様子だ。
4機のEF−006MK2は高度15000mから方位4−5へと進路をとる。海上に出ると雲が多くなってきた、雲の隙間からは暗い灰色の海が見える。
幸い天候に恵まれてはいたが、北海は北大西洋海流や偏西風の影響から、天気がぐずつきやすい。
目標はノルウェー西方沖で訓練中の空母アークロイヤルだ。たまたま新人能力者の訓練を行っていたから、そこを目印とした。距離は片道で約1000km程度。2時間ほどで戻って来られる計算になる。
「見えました! 方位8−5に赤い狼煙です」
未早がいち早く訓練中の艦隊を発見すると、一行は遥か下方の狼煙を目印に、旋回し復路に入る。
「後は、基地を目標に見立てての攻撃だね」
「基地手前での迎撃を突破できれば良いのね」
宙華が確認をすると、アンジェリカが行動を確認する。ならば私が基地の攻撃をと申し出たのは未早。続いてルキアも基地攻撃を志願する。新型のテストなのだから根拠地の攻撃も試してみたい。
1回目の模擬戦は攻撃側が迎撃を振り切って目標施設への攻撃を果たし、かつ、逃げ切る事が目標だ。攻撃の手段は、訓練であるから、その時にやれる方法を考えればよいだろう。
●基地付近上空
「新しいワイバーンの力、見せてもらうとしますか」
捨身の特攻隊長 龍鱗(
gb5585)は愛機のワイバーン――ツミを操って、MK2に挑む。対戦相手になったほうが見える事もあるだろうと敵役を志願したのだ。
「ワイバーンの弱点が、どの程度改善されたのか、見させてもらいます」
正義のために飛翔せし竜 チェスター・ハインツ(
gb1950)は、どこか悪役のような雰囲気を醸し出す龍鱗の台詞を言い直す様に冷静に言う。
とりあえずは、近づいて来た敵機を1機づつ集中して迎撃する。この計画に異論を唱える者は居なかった。
確かに最初の1機を先に墜とし、数の優位を確保出来れば、戦いは有利になるかも知れない。
「来ましたね」
レーダーに表示された4つ光点が、真っすぐに向かって来る。
「さて‥‥外から見える事もあるだろう、遠慮なくやらせてもらうか」
「まずはあれから行きますか」
真っすぐに進んでくる宙華機をスナイパーライフルD−03の射程に納めるとトリガーを引く。
宙華は迎撃に気付いたが、避けきれずに被弾を許してしまう。ならばと速度を上げて振り切ろうとした瞬間、2回目の被弾アラームが鳴る。
ラルスの放った弾丸を追って間合いを詰めた龍鱗が、粒子加速砲を放ったのだ。けん制と攻撃一人で二役をこなそうとしていたが、仲間の動きを活用した方が効果的と気付く。
「普段は支援と管制ばかりだけど、慣れない所は何とかする」
援護攻撃に回ったアンジェリカが、ソードウィングを輝かせて近づいてくるラルスのワイバーンに向かって、スナイパーライフルを放つと、ラルスは体勢を崩され宙華機に迫るタイミングを失う。だが、その隙を埋める様にチェスターがG放電装置を発動させている。
(「チャンスですね」)
宙華へ攻撃が集中した事で思わぬ好機が訪れた。ノーマークとなった未早は、ブーストを発動すると機体の高度を急激に下げて基地へ突入を目指す。その状況を直感で理解したルキアも追随する。
「2機に抜かれたぞ!」
チェスターが気付いた時には、未早とルキアは基地の目前にまで達していた。
直後、未早機が標的の施設に空中からの一撃を加えると、2度目のブーストを発動して一気に脱出する。
「KVだから、こういうこともありですよね」
上空の迎撃機がこちらに戻るにはまだ間がある。そう踏んだルキアは空港に強行着陸して変形すると、ダメを押す一撃を基地に加えた。
こうして、高速性を活かした作戦の成功例を示す形で、1回目のテストは終了した。
尚、機体のチェックは翌日まで掛けて行われるため、二回目のテストは翌日にまわされる事となる。
●テスト二回目
アンジェリカのシラヌイが、すばらしい加速力で雲海を突き抜け、高度12000mに到達する。
地上よりもずっと濃い青色の中に星が輝いている。そこにワンテンポ遅れてやって来た2機のワイバーンがさらに上昇を続ける。
(「生きるための機体‥‥綺麗事だけど、嫌いじゃないわ」)
成層圏の空の青にとけ込むようなワイバーンのカラーリング。アンジェリカはデザインに込められた意図に思いを馳せる。
(「私の持ち味は後方から掻き回す事なんだよね」)
ルキアは戦いの中での自分の役割を考えていた。今回の戦闘は4:4の殴り合いに近く、支援機を軸にチームの連携能力を計る事が目的だ。
「静かですね。みなさんはまだ雲の中でしょうね」
前日から天候は変わって曇り。未早の眼下には不吉な色が広がっている。激しい雲の動きはそこで雲が産まれる音が聞こえる錯覚に陥りそうな程だ。
戦いの舞台は成層圏であり、テストへの影響は軽微と思われいたが、低空が目視できない事はやりにくい面もある。
「見えないのですからー、先に動くのは得策ではないですね」
ノイズが混じるものの、レーダーは雲中の敵機を光点で示している。見えない相手にレーダー頼みでミサイルを撃ち込んでもまず当たる事は無いし、逆に見えない位置から射撃されるもの面白くない。
未早やラルスは当然のように高度を上げると、態勢を整える。
雲の中は白く暗い世界だ。
レーダーや無線の助けが無ければ、自分が何処を飛んでいるかも分からないだろう。
「こちらチェスター、高度18000に敵編隊を確認」
雲の中から狙い撃つには距離が離れすぎている。速力で勝るといっても位置的に先手は取りにくい。
「さて‥‥思い切り振り回してよかったんだよな」
ならば、敵の懐に飛び込むまでと龍鱗は言う。模擬戦だから勝ち負けよりも機体の性質をあぶり出す事が重要だ。だから細かい事は気にせずに行こう。
「了解」
龍鱗に続いて一行は、敵が待ち構える上空を目指す。
「小細工なさそうですね、このまま乱戦に持ち込めるかしら」
未早はMK2が逃げに徹すると手に負えなくなると感じていた。だが速度差を活かせない乱戦に持ち込めば普通の機体と何ら変わりは無い。ならば技量や兵装の多彩さで勝る方が有利になる。
全力で突っ込んでくる龍鱗が突出し、やや後方にチェスター、宙華と鷹秀が続いている。
「もらった!」
龍鱗がそう確信して、スナイパーライフルのトリガーを引いた刹那、ルキアの骸龍――イクシオンから射出されたのは煙幕弾。命中を確信して放たれた弾丸の軌跡が大きく逸れて青い空間の中で消える。
直後、龍鱗の機体にダメージを示す警告のLEDが灯る。
「なにっ!」
単機突出した龍鱗に対して、未早がソードウィングの強烈な一撃を見舞ったのだ。
瞬間、龍鱗はマイクロブーストを発動し逃げに入る。
(「思った通り素早いですね」)
その発動を予測していた未早は、ほぼ同時にマイクロブーストを発動して龍鱗に追いすがると、追い打ちのレーザーカノンを叩き込む。
「先にやられたか」
敵機を捉えていたレーダー画面の中に無数の輝点が現れた。
突出した龍鱗を援護しようと鷹秀とチェスターが考えたのと同時に、ミサイル警報が鳴り響いた。
アンジェリカ機から放たれた無数の白い軌跡が、宙華機――ヴジャドに向かって行く。ラルスはその軌跡の中に刃と化した翼を隠して間合いを詰めてゆく。刹那、その意図を察して素早く反応したチェスターが正面からバルカン砲を放つ。
だが、被弾を重ねながらもラルスはチェスターを突破し、鷹秀の張る弾幕をも突破する。
「む、これ以上は」
宙華はパンテオンを避けきれずにダメージを許しながらも、何とか態勢を持ち直し、刃の力が込められた黒翼をラルスに向ける。直後、2つの翼が交差した。
けたたましいアラームが宙華のコックピットに響く。後方に飛び抜けたラルスも手傷を受けている。それでも折り返し後方から再攻撃の動きを見せる。
「劣勢だな」
「三十六計逃げるにしかず。ですね。まずは建て直しましょう」
横から接近するアンジェリカ機にチェスターはミサイルを放つ。
速度以外の面では全てが劣勢だと言って差し支えないが、それでも互角の戦いを繰り広げる事ができたのは、宙華機が充分な戦闘力を持っていたからだろう。
「また、外れましたか」
チェスターの放ったライフル弾が、青い空間に一条の筋を残して消えた。骸龍の強力すぎる程の支援効果が効いている。
「すばしっこいですね。でも、そこまでです」
ワイバーンの特性を充分に把握している未早が、龍鱗の逃走を許さずに追いつめ、刃と化した翼を激突させる。刹那、龍鱗に撃墜の判定が出た。間もなく、ここまで耐えてきた宙華機にも撃墜判定が下り模擬戦は終了する。
●三日目
「回避機動はあまり変化は感じませんでしたね」
語るのは未早だ。向上した速度は確かにワイバーンの特徴を示すものであり、ラルスも同意を示す。
模擬戦とは言え、敵地襲撃のシチュエーションで敵を出し抜ける可能性を見せた事は、採用を後押しする根拠になるかもしれない。
「思ってたより小回りも利かないし、何とかならないのかな?」
1日目に大破の判定をもらった宙華は、そう言いながら、要望がずらりと書かれた書面をリーフに渡す。知り合いのワイバーンの乗りから聞いた要望も入っているらしい。
「最低水準って所とか、もう少し客観的に書いてみた方が分かりやすいかもですね」
そんな会話を宙華と重ねながらレポートとして纏めるが、要望内容が非常に大きい事から、説得には相当の困難があるだろう。
「敵にバルカン砲を当てても、効果が薄いというのはいただけないわね」
と、アンジェリカ。そこに続けて、ここぞという時に決定力を高める能力があればというのはチェスター。機体の能力強化が選択式にできれば戦術の幅が広がると提案する。
「そうですね、かなり難しいかもしれませんが、検討の価値はありそうですね」
メモを書き留めるチェスターにアグネスは言葉を重ねるものの、骸龍の煙幕弾に対応出来るまでにするには膨大な費用がかかると感じていた。
「決定力の有無は兵装にもよりますし‥‥」
「確かに装備を自分の裁量で選べるのは傭兵の強みですよね」
未早の言葉にリーフは頷きながら、IRSTシステムがプチロフ社の売り込んだものである事を思い出していた。
ワイバーンがワイバーンであるために新しい時代対応するにはどうすればよいか? リーフとアグネスは下記のように優先順位を判断し、傭兵向けのリリースに向けて要望を固めた。
1.ワイバーンの最大の武器である速力の更なる強化
2.傭兵自身の手によるカスタマイズ性の強化
3.乗り手を限定しないためにAUKVへの対応
4.構造強化による生存性の向上
5.射撃システム更新による性能向上
6.新たな特殊能力の開発・組込
7.固定内蔵武器の新規開発・組込
長い時間をかけて、ワイバーンがワイバーンであり続けるために、皆が話し合った。
「頑張るのは大事だけど、リーフ君も、みんなも―――無理しないでね。今は、今しかないんだからさ」
ようやく一仕事終わった。ラルスの淹れた紅茶に癒されながらルキアがぽつりと言うと誰もが頷きを返す。今やれることを全力で。きっとそれが大事なんだ。
現実には資金や時間も限られており、要望が全て採用される可能性は低い。だが、バグアの魔手から地球を守りたい。その気持ちは確かに伝わったはずだ。