●リプレイ本文
●発進
白い蒸気を帯びた衝撃音、地鳴りのような轟音が、朝の静寂を打ち破った。
カタパルトから押し出された9機のナイトフォーゲルは、機首を上げながら高度4万フィートを目指す。
(「トリスタン・ダ・クーニャ島。何か良い事があればな‥‥そんな筈ないか」)
大気の抵抗を受けながら上に向かってフェイルノートが加速する。
旭(
ga6764)は円卓の騎士の一人がトリスタンに思いを馳せる。フェイルノートはイギリスのアーサー王伝説に登場するトリスタンが作った弓の名前だったから。
(「マッハ10領域、宇宙への夢‥‥」)
ソーニャ(
gb5824)の心が震える。
「ボクに気を使わせるなんて生意気。大丈夫、優しくしてあげる」
異常を肌で感られる自機だ。タンクの中には上空にたどり着けるだけの燃料しかない。今は桎梏としか形容できない両翼に取り付けられたブースターが圧倒的な存在感でロビンの自由を奪っている。
(「サイドワインダー‥‥今日はコンソール殴らせないでくれよ」)
そんな事を思いながらウラキ(
gb4922)は身体に取り付けた装置で脈拍や心拍数――バイタルサインを確認する。
少し興奮しているようだ。
機体だけではなく自分たちの身体の変化も確かめたい。そんな要望に基づいて用意された。
各機の武装は全て訓練用に換装されており、発射を躊躇う必要も無い。全力で戦いを挑んでも大丈夫だ。
給油機との接触まで残り2分程だ。
武器の故障の心配は無いが、補給をしくじれば墜落するかもしれない。旭ははっとトリスタンの最期を思い出して背筋が冷たくなった。
●チェック
数日前に時間を遡る
「‥‥しかし、私の機体もいい加減ロートルだ。突貫の試作ブースターで50分近くもマッハ10でまともに飛べるのかね‥‥?」
「大丈夫ですよ。今回は突貫ではありませんから!」
その口調は自らも能力者となり活動する科学者としての自信に裏付けられている。しかし、どこかお肌が荒れているように見えるのは何処かの担当とのバトルがあった事を予感させる。
「ブレアのオッサンには恩義があるからな。ちっとは返せるといいんだが」
伊佐美 希明(
ga0214)は神妙な言葉とは裏腹に、そんな事きいてねぇよという表情で計画書をソフィア・ブレア(gz0094)に手渡す。
「これで飛行計画は全てですね。後から確認する事があると思うので呼ばれたら工作室まで来てくださいね」
ソフィアは8人の傭兵から飛行プランを受け取るとぺたんこの胸の前に両手で抱え、ミーィングルームを後にする。
(「いつかこれで、宇宙にいけるのかな‥‥?」)
ナンナ・オンスロート(
gb5838)は期待と不安の入り混じった表情でソフィアの後ろ姿を見つめている。
行動によっては取り返しのつかない事もあるかもしれない。長い目で技術を開発している時のテストとは目的が異なるのだ。
「旭さん、サンディ(
gb4343)さん、アズメリア・カンス(
ga8233)さんは工作室まで」
事務的な口調の呼び出しが艦内放送で伝えられる。
「『機体機動について(ロール・ヨーetc)』だけど、これは無理がありそうです」
ブースト起動時のフェニックスの機動力は驚異的であるが、それを大きく上回る速度、しかも翼にブースタを取り付けた状態では状況が違ってくる。
「でも、まっすぐ飛ぶだけしか出来ないのなら、ただ的になるだけだよ」
率直な懸念をサンディはぶつけてくる。
「待て! ブースター作動中は回避行動は取れないのか?」
「アズメリアさんの言うような多少の機動はできます。減速も。しかし‥‥」
極超音速飛行は移動手段であり細かな戦闘行動は考慮されていないのが実際の所だとソフィアは告げる。
「敵に見つかったらブースターで即退散的なことは出来ないでしょうか?」
旭はスクラムジェットブースターを使った偵察に触れる。そしてその方向での可能性も検討はされている。
もしマッハ10を超える速度で戦闘できるバグア機に襲われれば対抗手段は無い。その可能性の有無も定かでは無い。
「足りないところがあるのは事実です」
しかし、皆で知恵を出し合えばそうならない状況は作れる、いや作れるはずだと続け‥‥、そう言うとソフィアは深々と頭を下げるのだった。
続けて呼びだされたのはナンナだ。
ソフィアは少し困惑した表情をみせながら話を切り出す。
「項目3はサンディさんと同じでしたね。で、『項目4:機体・装備への影響について』だけど‥‥」
そこには、ロケットランチャー類、バルカンなど試射、ロックオンキャンセラーの起動と書かれている。
他の全員がブースターの投棄後と明言しているのに対し、彼女だけが違った。
「そ、それは‥‥」
危険があるだろう、危険すぎるだろうと判断された事はしないという気持ちで書いたものだったのかも知れない。
だが、ソフィアは危険性の説明が足りなかった。もっとしっかり伝えるべきだったと済まなく思った。
こんな事で死んで欲しく無い。命を粗末にしてはいけないと懸命に言う。通常仕様のミサイルやロケットのような実弾兵器では発射の直後に機体がそれらに追い越そうとして衝突。自分の武器で自分を破壊する可能性が高い。
「ならば実弾でなければ‥‥」
言いかけたナンナを遮って、
「機体の特殊能力や光学兵器についても研究もされたけど兵器としての有効性が無かったのです」
自爆の可能性は大きな問題であり、万一の事態を防ぐ為にスクラムジェットブースタ使用時は機体武装の全てがロックされるようシステムが改修される事になる。
ある程度の予想もあったのか、ソフィアの言葉にナンナは素直に頷くと、それならばと、別の質問をしてみる
「KVをスペースプレーンに見立てて宇宙を目指す事はできそうなのでしょうか?」
なぜ宇宙に行きたいか? の思いは語られる事は無かったが、人跡未踏の領域に至りたい気持ちは自然な事だろう。 スクラムジェットブースターを使っての理論上の上昇限界は高度100kmだ。人工衛星の回る低軌道が高度400km程度、静止軌道が30,000kmであることを考えれば、まだ宇宙は遠いだろう。
「私たちは、まだまだのようですね」
何かが吹っ切れたような丁寧な口調でそう言うと、ナンナは部屋を後にするのだった。
続いて煉条トヲイ(
ga0236)と再びアズメリアが呼ばれる。
2人が今回の演習の戦術について触れていたからだ。
「確かにマッハ10超での極音速飛行が可能となれば、戦術の幅が大きく広がるな」
トヲイはそう言うと、重要拠点の強襲や偵察任務についての可能性について語る。ソフィアはその通りだと同意を示しつつもその作戦を片道で終わらせない事が今後の課題であると指摘する。
そんな考えにアズメリアは疑問を投げかける。バグアの電波妨害が強力であるためだ。
「目標との位置関係には常に注意し、軌道がずれた場合はすぐに修正しなければ」
今の地球上で1万kmを飛行する作戦は稀だ。実際の作戦ではもっと短い距離での作戦で使われる。アズメリアの指摘は距離が長ければ修正可能なズレも距離が短くなる程に修正が困難になることを意味していた。
「どうしましたか?」
航法システムが改修についての話を終えたソフィアにアズメリアが話を続ける。
「使用後捨てるだけっていうのはもったいない気がするから、質量兵器か爆弾として利用できないものかしらね」
「高速の砲弾って考え方ですね。どうやって命中させるか問題になりそうですね」
その後この話は関係者によって検討されるが、終端誘導装置の新規開発が現実的では無いと判断された。一つだけ開発無しに命中させる手段はあったが、どんなに苦しくとも65年前のような悲劇は繰り返してはならないと封印された。
●空中給油
「ここが高度4万フィート。静かな世界だね」
空の青みは地上から見るよりもずっと濃く殆どの雲はずっと下方に見える。
手を伸ばせば天国があるかもしれない。そんな気持ちになれる静かな世界だと、サンディは思う。
前方の数キロ先には補給活動のために待機している味方機の影が見える。
トヲイは機体を水平にすると周囲を見渡す。レーダーに映る光点も等間隔の雁行型であり足並みが揃っている。
ウラキはライトブラウン塗装されたノーヴィ・ロジーナを操り空中に伸びる給油ホースに接続するため位置を合わせようとする。伸びた給油ホースの先、漏斗状となった部分に給油管を接続すると機体がガコンと軽く揺れ、続いてウウーンと重苦しいうなりをあげて燃料の流れ込む音が響く。
「流石は能力者だな、ぶっつけ本番で給油を成功させたぞ」
●極超音速の領域へ
『こちらヴァルキュリア3。給油を完了しました。みなさんの幸運を祈ります!』
任務を終えた給油機の編隊は急激に高度を下げ離れてゆく。
「M1、2、3、4、5――スクラムジェットブースター起動!」
「うっ、M6、7‥‥10。刺激強すぎ」
様々な思いを胸に加速に入る。
機体のきしむ音。加速とともに機体の小刻みな振動が大きくなるようだった。
だが、実際に感じる加速重力よりデジタル表示の計器が示す数値のイメージの方が印象には強い。
「大丈夫、いける」
20秒程で高度10万フィート。最初に到達したロビンの上面が青く静かな空間でキラリと輝く。
(「綺麗‥‥」)
ソーニャは思わず息をのむ。10万フィートの高度ともなれば真下が真昼であっても、空は黒く星の観測ができる。無限に広がる空間はスケールも次元も違ってみえる。
「思ったよりもたいした事は無いな」
加速による身体が押しつぶされるような感覚に大きな違いは無いようだ。真っすぐに飛んでいる分には大きな負担を感じない。
「凄い加速‥‥お嬢、舌噛まなかったか?」
「そんな事より‥‥マジでクールだな!」
手が届きそうな程に近く見える星々――ウラキの軽口に希明がいつもとは違った様子で言葉を返す。
地上の灯りや雲。そんな星の光を遮るものは存在しない。
(「宇宙に手が届きそう」)
星の光は地上よりも鮮明に、ずっと明るく見える。
●模擬戦闘
「テスト部隊マッハ10で接近中、艦隊上空までおよそ2分」
事前予告はあったが探知から到達までの予測時間は2分。間に合うか?
空母イラストリアスを中心に、訓練艦隊は6隻のフリゲート艦で輪形陣を組んでいる。
防空の手段はシンプルで距離によって3段階の対応となっている。
1.中距離艦対空ミサイルによる迎撃
2.スクランブルした艦載KVによる迎撃
3.短距離対空ミサイルおよび艦載砲による迎撃
本来であればKVによる迎撃が最初の筈だが接近が速すぎて間に合わないのだ。
尚、この態勢については知らされておらず、9人の傭兵達は予測外の状況に対処する事になる。
「ウラキ、まもなく目標に接近する。準備は大丈夫か?」
「電気系統異常無し。流石、プチロフ製はタフだ‥‥そっちはどうだ?」
希明の言葉に軽く応える。
「――狼煙だ。減速してブースターを空中投棄。このまま演習に参加する」
目標までおよそ50kmぐらいだろうか? 海から上空に向かって赤く着色された煙の筋が見える。
トヲイがそう言うと特別に示し合わせた訳では無いが、阿吽のタイミングでブースタが停止する。
急速な減速とともに機体に軽い振動。推力を失ったブースターが切り離されて後方へと落下して行く。
小一時間ほど覚醒状態が続いていた事を除けば、誰の身体にも異常は見られないようだ。
「ああ、敵陣に突っ込んで掻き回してやるさ」
その時だった。ミサイルアラートが鳴り響いた。敵ミサイルにロックオンされたのだ。
「海上からレーダー照射!」
「待てよ! 早過ぎるだろ! 08は支援に回る。何処に負荷がかかっているかわからん無茶はするなよ」
言いながら大急ぎで希明は機体のチェックを行う――問題無し。
「海上に閃光! 対空ミサイル急速接近!」
中距離対空ミサイルは一段目のブースターを切り離すと、マッハ5超にさらに加速を加えて近づいてくる。
「羽ばたけ不死鳥!」
瞬間、サンディの機体の周囲に赤い力場が発生し、機体の左右に搭載されたエンジンブロックが外側に動き天使の肩から伸びる羽根のよう変わる。変形を終えた刹那、殺到する4本のミサイルを軽やかな身のこなしで躱わしきると再び飛行形態へと戻る。
「中距離防空ミサイル第一波、1番から4番! 外れました!」
「5番から8番撃てーっ!」
「第一防衛線突破されました! 第二波間に合いません!」
「ハーキュリーズ隊はどうした!」
瞬間、急上昇してきた8機のワイバーンが下からの一撃を加えようとトヲイのフェニックスに急迫。
そこに割り込む様にツインブースト・ミサイルアタックの力が乗せられたミサイルが飛び込んで来る。
半数のワイバーンが単縦陣を崩されるが、残りの4機が上空に飛び抜けながら一航過の射撃をトヲイに加えて行く。
被弾を示す赤ランプが一気に灯る。マイクロブーストにブーストを重ねたのだろうが、敵に回してみると意外にキツい。これがRAFの意地だ。
「こちらハーキュリーズ隊! RAF一番の小物なんて言わせないぜ!」
(「一瞬の遅れが命取りになりかねないから、油断できないわね」)
全力のハーキュリーズ隊に傭兵達も全力で応える。8:9数の上では傭兵が有利だが、相手には海上からの支援がある。
「個艦防衛システムリンク完了! 短距離対空ミサイル発射準備完了!」
「第二防衛線突破されました!」
火力と兵装の多彩さで優位に立つ傭兵達はハーキュリーズ隊を難なく出し抜く事に成功する。KVを突破されれば艦隊は丸裸である。
「個艦防衛に専念せよ!」
30秒に満たない時間だった、猛烈な弾幕をかいくぐり3人はイラストリアスへの着艦に成功した。
ブースター投棄直後が最も危険である事を認識していたのは、トヲイ、サンディであったが、行動ではサンディのツインブーストは防空側の態勢を崩す事に大きく貢献した。
実戦となれば目的を達すれば終わりという訳にはならない。
若干の練力消耗による疲労がみられるものの、身体に異常を生じた者は居ない。記録されたバイタルサインのログを見ても特記する異常はみられなかった。
後日、スクラムジェットブースターの名称について某所で審議される。
(1)『Mirage Breaker』圧倒的な速力で蜃気楼をも破る。
(2)『S.C.Rブースター』Supersonic Combustion Ramjet(超音速燃焼ラムジェット)の略。
(1)は呼称が長く意味が抽象的であるという理由、(2)は短くて記載しやすい反面、内容が技術的であるため難解あると判断され、2つとも不採用という結果に終わる。
また、『SJBB』などと略されるだろうという強い意見もあり、結果『スクラムジェットブースター』と決定された。