タイトル:【HD】静かな戦いマスター:加藤しょこら

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/11 02:19

●オープニング本文


●北海道江別市
 窓の外では小麦の穂が色づき、収穫の時を迎えようとしている。
 戦火を免れた何処かの煉瓦造りの建物の一室、向かい合ったテーブルで数人の男達が話し合っていた。
「つまり、貴殿は現状維持が良いと言うことか?」
「これ以上は何とも言えない。だが、上のほうには話はしてみよう」
 バグアの勝利を願い死に物狂いで同志に刃を向ける筈は無い。そう信じて土方・竜は言葉を選んで話す。
 土方は元UPC北海道軍の大佐で現在は北海道中立政権の幹部である。会談相手の男は江別市周辺の親バグア派のリーダーである。
「こんな事を言うと誠に済まないが、私たちも戦いは避けて通りたい」
 そう言うと、親バグア派のリーダーは窓の外に視線を向ける。
 力なき中立の立場とは人類・バグアの両方を敵にしてしまう危うさを持っている。それならばバグア側についている方がマシだと考えてしまうのも無理はない。
 土方の要望は、表向きは北海道内での安定した物流の回復と治安の回復だった。しかし真の狙いは親バグア派勢力を中立勢力に取り込む事だった。

●大っぴらにできない依頼
「麦畑のキメラ退治を、こっちにわざわざ頼むなんて何か裏があるんじゃないか?」
 ドロナワ・マレー(gz0074)は土方からの要請に苦笑いを浮かべる。
 ドロナワは能力者の登場以前から自ら機体を操り傭兵を戦地に送り込むビジネスを行っている人物である。
「ULTに頼るわけには行かないのでな」
 意外にも、土方の要望にリリアン・ドースン(gz0110)が条件を返して来た。それが麦畑を荒らさずに放たれたキメラを退治してみろと言う無茶な事である。
「ややこしいことになっているな。それで私の出番って訳かい?」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
橘=沙夜(gb4297
10歳・♀・DG
楊江(gb6949
24歳・♂・EP

●リプレイ本文

●麦秋
 麦の穂が山吹色に色づいている。
 日差しは厳しいが、痛くは無い。空気が乾燥しているせいか風が心地よい。
 風に乗ってハーピーの澄んだ歌声が聞こえてくる。

「‥‥デコハゲも土方のオッサンも、知ったこっちゃねぇ。私は、農家の人が丹精込めて育てた麦を台無しにされるのが勘弁ならねぇだけだ」
 一足先に現場の様子の確認に向かった伊佐美 希明(ga0214)が呟きながら双眼鏡をのぞいている。
 レンズの先には畑の中で長閑に羽根を休めているハーピーの姿が見える。頭と胸が人間の女性、その他部分が鳥という姿である。太陽光の反射防止に布で覆いを掛けながら双眼鏡を上空に向けるとハーピーが円を描く要領でゆっくりと廻っている。
(「完全にバラけているみたいだな」)

「畑を傷付けぬようキメラ退治、ですか‥‥何か複雑な事情がある様ですが」
 石動 小夜子(ga0121)は事情を考えるほどに、不思議な迷路に迷い込んだような感覚に陥る。
「下手を打って畑を焼けば、それを口実に無理難題を嗾けるつもりかと思ったが‥‥さて、実際のところどうなのだろうな」
 白鐘剣一郎(ga0184)は今回の依頼が傭兵への罠であると予測するものの、回りくどいやり方に疑念を抱く。
 なぜ作物を台無しにするリスクを自ら招き、傭兵に解決させるのか? その真意を合理的に予測できる者は居なかった。単なる愉快犯だったのか?
(「揉め事気にして、成すべき事を成さないなんて二度としないわ」)
 狐月 銀子(gb2552)は思い詰めた表情を見せる。
「むっ、虫っ!」
 髪の毛の上に異物が当たる感覚。バッタが小夜子の頭に乗っかった。小夜子は慌ててそれ払い落とすと、新条 拓那(ga1294)の背後に隠れるように回り込む。
「大丈夫だよ。トノサマバッタだよ。それにしても、この辺りはやけにバッタが多いね」
 拓那はバッタをポイと投げ捨て、小夜子の肩を叩いて落ち着かせようと宥める。

「麦畑にキメラか‥‥。まったく、地球もバグアも偉い人の考えが分からないという点では共通だな」
「状況はややこしいけど、とにかく、こういう小さなことでも積み重ねてけば信用にはつながるはずさ。頑張ろうじゃん?」
 木場・純平(ga3277)が迷彩服の襟に飛びついたバッタを摘んで投げ捨てると、拓那が前向きに行こうと言う。
 そこに地面に重い物を置く鈍い音がする。
「はやぁ‥‥麦畑を荒らさずにかぁ。でっかい人質取られちゃったね〜」
「ん? どうした」
 ため息混じりの声にドロナワ・マレー(gz0074)が振り向くと、橘=沙夜(gb4297)が期待を込めた視線を向けて立っている。
「これ、中に水が入らないかな?」
 身体の横にエアタンクを立てつつ、沙夜はバルブのあたりを指差して満面の笑みを浮かべる。
「入らない事はないかもだが‥‥、何に使うつもりだ?」
 ドロナワは自分がサイエンティストではないから、作業に保証は出来ないがな。と付け加えた。
「消火器代わりに使いたいんだよ♪」
 円筒の容積は全長60cm×直径20cm、即ち18.8リットルほど。掃除バケツ1杯程度の水しか入らない。
「とりあえず、止めておいたほうが良さそうだな」

●会談
 ここで時間を少し遡る。
 親バグア派の自警団の元に剣一郎と銀子、純平、拓那の4人が協力を依頼する為に乗り込んでいた。
「俺たちの希望は簡単だ。細心の注意は払うが、何時きまぐれなキメラの攻撃が麦畑を襲わないとは限らない。その際の消火作業をカバーして貰いたい」
 その申し出に親バグアの男達は愛想良く応えるが、身なりもよく、明らかに高い戦闘力をもつ相手の機嫌を損ねないようにしているだけである。
「各々の立場も諸事情もあると思うが、あくまでそれを堅守して食料事情を悪化させてしまっては双方にとって余り良い事ではないのではないか?」
 剣一郎は続けて話す。拓那もまた、お互いの利害は一致するのだからと、説得に努める。
 それらの言葉は依頼を誰もが幸せになれるようにという純粋な気持ちから出たものだが、偉い人の都合‥‥。主義主張、政策の下で振り回され続けた末端の者にとっては悪い結果をネタに脅されているに過ぎない。
「成る程、確かにそうかもしれんな。そんな事にならない事を期待する事にしよう」
(「お前らが中立とか言わなければ‥‥、これ以上ややこしくしないでくれ」)
 慇懃に話すバグア派の男は心の中で別の事を思っていた。
 たしかに、剣一郎の言葉は正論であり、その方が良いに決まっている。だが、正論だけでは閉ざされた人の心は開けない。頷くと男は僅かに舌打ちして視線を逸らす。視線の先に金色の髪の女性の姿があった。
「あたし等が失敗して畑が燃えちゃえば、君達だってあいつらに顔が立たないでしょ? 要は、傭兵が出した被害から畑を守った、って事になるわ」
 バグア派の微妙な心境を察して銀子が皮肉を込めて言うと、親バグアの男達の顔が緩む。
「ははは、面白い事をいうのだな、傭兵様といっても意外に頼りないのだな」
 自警団の男達は屈強とは言えない普通の人達であった。
 残っている動機は故郷への愛ばかりではない。どんなに酷い状況でも故郷でしか生きられない者もいる。
 話し合いは理屈だけではうまくゆかない。どれだけ相手の立場に立つことが出来るか鍵となる。
(「あとは言葉にふさわしい、行動だけだね」)
 純平は皮肉を言い合える空気に両者の心のわだかまりが緩むのを感じた。

●アプローチ
 敵が分散している事を知った一行は4つのペアに分かれて対応すると決める。
 ハーピーの単体の戦闘力が弱い部類であることは歴戦の傭兵であれば推測がつく。ならば少人数のチームが個別に対応しても撃破は可能だと判断したのだろう。
 問題点はアプローチを間違えば麦畑のあちこちから同時に火の手が上がってしまう危険性をより多く孕んでいる事であった。

「ドラグーンにとってこの位の広さは狭い庭よ♪ 派手に行きましょ」
 まずは小手調べと、麦畑の外周を銀子がバイク形態の『バハムート』で走り始める。
「ん〜銀子姉ちゃん速い‥‥まぁいっかぁ♪」
 呟きながら、バイク形態の『リンドヴルム』に座席の上に乗っかるのは沙夜。
 急激にスピードを上げながら銀子の『バハムート』との距離を詰めてゆく。速度なら『リンドヴルム』に分がある。
 エンジン特有の高音が晴天の空に響きわたる。
「あれだけ音を立てても、ハーピーに目立った動きの変化は無しか」
 剣一郎は事実を確認するように言う。
 剣一郎は自分の姿をはっきり見せて注意を引いて誘導。ハーピーを畑から引き離すつもりだった。
 だが、音と動きだけでは反応を示してくれない。
 何をすれば引き寄せられるのだろうか? 結論を見いだせないまま剣一郎は麦畑の中へと続くあぜ道を進み始める。
「しかし、オッサンと麦畑でデートなんざ、興がねぇなぁ。雀卓なら歓迎すっけどよ!」
 希明はそう言うと純平の方を見る。
 2人の後ろでは小夜子と拓那がいい感じに打ち合わせを重ねている。
「まあ、細かい事はいいんじゃないかな。それよりも、キメラの誘導に集中したほうがいいね」
 純平は若いのだし、それくらいの楽しみはあってもいいんじゃないかなと、言う。
 小夜子たちのペアとは違う道を進んだ方が、戦いやすいだろうと希明は判断し二人とは違うあぜ道を選ぶ。
「ところでオッサン、何か身を隠す事考えてるか?」
「いや特には考えてないな、おびき寄せるのに隠れるもの変じゃないかな?」
 純平の額の汗が陽光を受けて粒状に輝いて見える。
 全員が行動を始めているし今さら身を隠しても意味は薄いだろう。

●戦い
 麦畑の方へと進むにつれてバッタが少なくなったので、小夜子はほっと胸をなで下ろす。
「随分奥に居ますね。なんとか誘き寄せなくてはなりませんね」
 拓那が呼笛を鳴らすと、小夜子も声を上げてハーピーに言葉をかけてみる。だが、変化は見られない。
 それどころか羽繕いや欠伸なんかをしている様子はキメラである事を忘れそうになる程にのどかである。
「もっと、近づいてみるしか無さそうですね」
 麦に限らず作物はギチギチに詰めて植えられている訳では無い。生育の為に必要な間隔は空けてある。
 即ち、歩くときに少し気にするだけで、作物を傷める事はまず無く、少し踏んづけたぐらいはどうって事無い。
「そうみたいだね」
 小夜子の言葉に拓那が頷く。互いの心中を察しながら、気持ちを引き締める。その様子はお互いを信頼できるパートナーとして認め合っている。
 風が流れ、麦の穂がざわっという気配を僅かに奏でた。
 あぜ道を通り畑の中で羽根を休めるハーピーに近づいてゆくも、穏やかな歌声は変わらない。
 さらに接近すれば、炎を吐く前に速攻で倒せるかもしれない。
 二人がそう考えて慎重に麦畑の中に足を踏み入れた刹那、ハーピーの穏やかな歌声が耳をつんざく叫びに変わる。
「いきなり何でしょう?」
「作物が植えてある所に踏み入ると動き始めるんじゃないかな」
 拓那と小夜子は急いであぜ道に戻るが、ハーピーの動きはおさまらない。
 羽根を休めていた個体は全て羽ばたきゆっくりと空に舞い上がる。

「急に動きだしたみたいだね」
「誰か何かしたのかな?」
 畑の中の直線コースを並走しながら、異変が起こりつつあることを察知した銀子と沙夜。
 上空のハーピーは4つに分かれている傭兵のペアそれぞれの上空に向かって動き始めている。

 異変の発生は希明と純平も同時に感じていた。
「奴ら、分かってやってんのか?」
 希明がハーピーの飛ぶ高度がライフル弾が届かないギリギリを維持している事に気づいて歯噛みする。
「でも、こっちに近づいてきてはいるようだね」
 次に取るべき行動を思案しながら純平は銃のグリップを握りしめる。
 ハーピーにとっても侵入者に近づかないと攻撃できない。その機を逃さなければ戦える。
 北海道ではハーピーとの戦いが過去に何度も発生しており、そのときの情報が経験としてハーピーの行動に織り込まれている可能性が高い。成長・進化するのは傭兵だけでは無いのである。
 こうして空と陸での我慢比べが始まった。希明は狙撃眼で射程をのばせる分、不意を衝ける可能性はある。

 30分後。先に均衡を破ったのはハーピー側。
 地上で待ち続ければ良い傭兵達と違い、飛び続けなければならないハーピーが痺れをきらすのは自明であった。
「危ない!」
 上空から急降下して来たハーピーが沙夜の進行方向の前面に火炎を放つ。
「わややっ」
 銀子の声の直後に前方に出現した炎の壁、沙夜は車体を器用に斜め倒し、車輪をドリフトさせて急停止させる。
 目の前の道の表面は焦げ茶色に変色し、嫌な臭いを発している。刹那、畳み掛けるようにAUKV装着中の沙夜に襲いかからんと迫るハーピー。変身シーンであっても待つ義理や約束は無い。
「撃ち合い、殴り合いは上等よ!」
 いち早く装着を完了した銀子の腕に力が籠りほとばしるエネルギーがスパークとなって現れる。竜の角の能力である。
(「ん〜‥‥さよも頑張るぞ」)
 そんな事を思ってタイミングを計ろうとした刹那、極めて強力で無慈悲なエネルギーガンの一撃は沙夜に出番を与える事無く、ハーピーを黒く焼けこげた肉塊に変化させていた。

 銀子と沙夜がハーピーを撃破すると同時に剣一郎の上空に位置していたハーピーはハの字に羽根を窄めると急降下を開始する。向かっているのは剣一郎の後方。
「あまり余所見をするものじゃない。貴様の獲物はこっちだ!」
 動きを見切った剣一郎は叫ぶと、直線的な動きで落下するハーピーに向けて剣を振るう。瞬間、衝撃波が胴体を突き抜ける。それは羽根をバラバラに引き裂き、飛び散らせ、物言わぬ肉塊に変えた。
 その様子を見た2体目のハーピーが降下から水平飛行に動きを変える。
「逃がさん。天都神影流・虚空閃っ!」
 ハーピーが砕け散った。
 畑の内部に立ち入っていない剣一郎たちに向かって攻撃が始まったことは、展開する傭兵全員が敵と認識された事を意味していた。

(「さー、反撃開始だ。今度は俺らがお前達を焼き鳥にしてやるからな。覚悟しとけ〜? いくよ、小夜ちゃん!」)
 拓那はそんな事を思いながらあぜ道を走る。
 言葉は不要だった。2人は急降下してくるハーピーの動きをほぼ同時に察知すると阿吽の呼吸で動き始める。
(「いけません!」)
 ハーピーが炎を噴射しようとしている。今は頭部の精密な狙撃よりも敵の体勢を崩して噴射を阻止すべき、それが拓那へのアシストになると、即座に方針を変えた小夜子が引き金を引く。銃声が風景のなかに響き渡り、瞬間、衝撃を受けたようにハーピーが体勢を崩す。
 絶妙のタイミング。銃声と同時に疾風脚の力を発動した拓那が地を蹴っていた。そしてバランスを崩し高度を落とすハーピーに2mに及ぶ巨大な剣を振るうと、ハーピーは耐えきれずに潰されるように真っ二つになった。

 希明と純平の頭上からも奇妙な鳴き声を上げながらハーピーが急降下を始めている。
「豆が欲しいなら、たっぷり喰わせてやるよ」
 希明がライフルのボルトの引くと流れるような動きで狙いを定め引き金を引く。貫通力の高い特殊弾丸がハーピーの身体を貫く。
 羽ばたき藻掻くも高度を維持できないハーピー。純平はその落下予測点に駆け込むと、力ずくで掴み掛かる。刹那、ハーピーの体表が赤く輝く。フォースフィールドの輝きである。だが、黒い革で覆われた純平の拳がその輝きを粉砕した。

●戦いは終わり‥‥
 戦闘は能力者が押し気味に展開した。燃える物の無い路上で戦う方針が火災の危機を回避させた。
 麦畑の番に充てがわれたハーピーの防御・耐久力が低かった事も射撃を主体とした傭兵に有利に働いた。

「それにしても暑かったな」
「まったくだよね」
 剣一郎と拓那は物陰で着込んでいたダイバースーツを脱ぎはじめた。
 戦いに役立つようにと意識された装備であったが、緊張が解けた時に二人が感じた暑さは強烈なものであった。
 刹那、頭上から水が降る。
「暑そうだったから、来てやったぞ」
 剣一郎達が待機を頼んでいた消防車であった。

「‥‥私は馬鹿だから、難しいことはわからねぇ。だが、信念を持って戦って、そして想いを託して逝った男達を、私はずっと覚えている」
 ギリシャ神話で登場するパンドラの箱。中には『希望』が残っていたと言われる。
『未来が分かってしまう災厄』が世に放たれなかったので人は『希望』を失わずに生きる事できたのである。
「頑張ったじゃないか。なにかお土産を上げないとね」
 報告から、間もなく麦の収穫がされる事を知り、満足げに小首をかしげるとリリアン・ドースン(gz0110)はくすくすと笑う。嬉しげに笑う今の彼女が何かを企んでいるようには見えなかった。

 その後、無事に江別市の周辺が中立を宣言した――約束は果たされた。