タイトル:【DR】偽りの援軍マスター:加藤しょこら

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/01 04:24

●オープニング本文


●間宮海峡上空
「ケードルよりベルクートへ、アンノウンを確認。これより警告に移る。オーバー」
 スクランブルを受け飛び立った計12機のMg−31とSu−27は突如姿を現した不明機を目指す。

 探知してから5分。

 ヴァニノ東方沖で捕捉された編隊は合計16機で600km/時ほどで北に向かって飛行していた。
 視認された編隊の構成はF−15らしき戦闘機やハヤブサらしいKV、他、C−130らしき輸送機だった。
 それら機体には共通して白帯に囲まれた赤い丸のマークが標識として描かれていた。
「こちらベルクート、アンノウンは日本機だと思われる、慎重な対応を望む。オーバー」

 大規模作戦が発令される直前、北海道でクーデターが発生したという噂がまことしやかに流れていた。
 北海道の独立宣言に対して、UPCは未だ正式なコメントを行ってはいない。
 だが、噂によると、とある将官が住民を護る為と称して、軍団への撤退命令を拒否した事に起因するらしい。
 その後、地場勢力の協同を得る形で中立国家を組織し、バグア側との話し合いも持たれたという。

 速度を変えずに北進する編隊に2機のSu−27が接近する。
「‥‥未確認機に告げる。貴機の所属及び目的地を述べよ。直ちに我に返答をし、指示に従え。繰り返す」
 UPCで用いている共通周波数に合わせ警告を繰り返す。
『こちら旭川基地所属、北部航空方面隊第201航戦、目的地はヤクーツク』
 女性と思われる声は明瞭で嘘を言っている様子ではない事を伝えていた。
「所属不明機は敵対の意思希薄と思われる、所属は‥‥」
 通信を防空指揮所にリレーする途中、強力な電波障害が発生した。
 少なくともF−15のパイロットは嘘を言ってはいなかった。だが、世界情勢に詳しい者ならば、旭川が北海道のバグア軍により基地化されており、そんなところに人類側の部隊は存在しない事は知っている。
 しかしながら、前線の兵士が異国の地方都市の事情など把握している可能性は低い。

「サヴァーよりベルクート、ケードルへ敵大型含むヘルメートワームを確認!」
 高性能レーダーを搭載し戦域を俯瞰する役目を担うMg−31が飛行する日本機の編隊後方を10機ほどのヘルメットワームが追尾しているのを探知した。
「サヴァーより各機へミサイル発射後直ちに離脱せよ」
 装備している多目標ミサイルのセーフティを解除し攻撃態勢に入る。
 刻々と変化する情勢に反射に近い速度で対応して行かなければ戦場では生き残れない。
 最大戦速でヘルメットワームとの距離を詰め、有効射程に捉えるとMg−31の各機から一斉にミサイルが放たれ、同時にMg−31は敵の反撃から逃げるように戦域を離れようとする。
「敵からもミサイル発射です!」
 刹那、モニターに映っていたミサイルのブリップが全て消失する。
「莫迦な! 全弾消滅だと」
「全機撤退!」
「上空よりステアー接近! 振り切れません!」

 ノイズの混じる通信。コックピットに僚友の怒号や悲鳴が飛び交う。
 混乱の中、輸送機は突然空中爆発を起こし、敵が張る弾幕のなかで周囲をを飛行していたF−15やハヤブサの消息は途切れる。
 高度な索敵能力を持つMg−31ばかりが、徹底して狙い撃たれて要撃部隊の探知能力は著しく低下して行く。
 短時間の空戦の結果8機のSu−27だけが命からがら戦域の離脱に成功した。
「追わなくていいよ。そのまま帰してあげなよ。期待通りに働いてくれるよ」
 Su−27の機影にかるく視線を向けると、リリアン・ドースン(gz0110)は進路を北に向けた。


『間宮海峡の上空でヘルメットワーム及びステアーと交戦。不明機はヤクーツクに向かう日本機であり、敵の攻撃を受け全滅したと判断する』
 帰還したスクランブル機はそう報告した。

●護衛依頼
「君達には前線基地に向かう輸送部隊を正体不明の敵から護って欲しいんだよ」
 Il−76改輸送機を操ってやって来たドロナワ・マレー(gz0074)は目の前に居る者の顔を見回すと、ヤクーツクからウダチヌイ方面の作戦地図を指でなぞり説明を始めた。
「補給線には哨戒機が飛ばされてはいるのだけど、どうやらその中に敵が紛れ込んでいるようなんだ」
 現状の問題点は、敵を判別する方法がなく、問題なく交信していた味方が、何の前触れもなく音信不通になってしまうという。
「だからこそ君達の知恵を貸して欲しいんだ。ただでさえ無茶をしている作戦だからね‥‥これ以上被害を出す訳には行かないだろう」
 敵は護衛のしっかりとついた部隊は襲撃せずに、守りの手薄な部隊や機体ばかりを狙い確実に仕留めているため攻撃後の足取りが全く掴めていないという。
「この正体不明の敵の尻尾を掴めればよいのだが‥‥」
 そう言うと、ドロナワはせめて前線で戦う兵士の為に食事くらいは届けてあげないとな。と締めくくった。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
皇 千糸(ga0843
20歳・♀・JG
伊藤 毅(ga2610
33歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA

●リプレイ本文

●戦いへと続く空
 周囲を原野に囲まれた野戦基地は様々な所属の兵士達でごった返している。
(「俺たち傭兵の方が最新の情報に触れる機会も多いし、今回我々の処に話が来たのは僥倖と言うべきだろうな」)
 どこか殺伐とした、張りつめていながらも、ぞんざいな空気を感じながら榊兵衛(ga0388)は思う。
 輸送機の荷の積み換えにはさほど時間は掛からない。
「出発まで時間はさほどありませんが、間諜もいるかもしれません、思いつく限りのことはやってみましょう」
 霞澄 セラフィエル(ga0495)が決意を込めて言うと、鹿島 綾(gb4549)も頷く。

 要点は4つ。
・護衛部隊の半数を哨戒任務の機と偽装した行動をしたい。
・軍の部隊コード行動範囲などを確認・参照したい。
・通信の際に敵味方の確認のため専用の符丁(※暗号表のようなもの)を使いたい。
・行動中の自分たちに味方機が接近することを禁止して欲しい。

「取りあえず偉そうな人に話してみましょう」
 昨今の目覚ましい活躍は知られているものの、傭兵に対するここでの認識は護衛の助っ人であり、参謀や指揮官では無かった。思いを伝える為に補給担当の尉官に話を持ちかけると、自分では決められないから、上官に提案を取り次ぐ。だが、広く影響を与えるような指示を安直に出しては現場の混乱に繋がると言う事で丁重に却下される。
「やはりすぐにできることではありませんね」
「味方の中に敵がいるかもしれないとは精神的にきついわね」
「アンノウン‥‥いや、私はしていないぞ」
 自分たちの直感と行動が全て。不安を見せる皇 千糸(ga0843)にUNKNOWN(ga4276)が肩を竦めて見せる。
「なに、IFF(※電波などを利用した敵味方識別装置の略称)を確認すれば問題ないだろう」
「そうかしら‥‥」
 寒さを感じる冷えた空気の中、味方の状況を纏めようと一人聞き込みに回っていた伊藤 毅(ga2610)の声にも望む情報が得られなかった無念さと疲れが滲む。
 もっと早くに‥‥鹵獲機を使った撹乱があっても良かった筈なのに。と、なつき(ga5710)は思う。
 鹵獲機を使う目的は判別を困難にすることだと容易に想像できる。
 もし、識別装置で見分けがつくのなら敵にとって使うメリットは無さすぎるだろう。
(「何か、最近のバグアってやる事がせこくなってないか?」)
 味方になりすます卑劣な手口に綾は嫌悪に似た複雑な感情を覚えた。
 見慣れぬ仕様の装備に整備兵が疑問を覚え確認作業に手間取ったが、問題は解消されて出発の時間を迎えた。

●伝わらぬ思い
「晴天か、目が痛いほどの明るさだな」
 午前の陽光が雪に覆われた大地を白く輝かせ、その眩しさにアンジェリナ(ga6940)は目を細める。
 リレイズと呼称する彼女の機体も陽光を受けて明るく輝いている。
「無駄な副産物だと思っていたが‥‥役立つ時があるとは」
 輸送機といっしょに毅、千糸、なつき、アンジェリナの4機は高度11000メートル程の成層圏に到達すると水平飛行に移る。空気の密度の濃い低空よりも成層圏での飛行のほうが現代のジェット機には条件が良い。
(「ここが腕の見せ所ですね」)
 そう思いながらセラフィエルはぐんぐんと高度を下げてゆく。地表がはっきり見える程の低空で機首を起こして数秒。迫る障害物に250メートル/秒の巡航速度で飛行することが自殺行為であることを瞬時に悟る。
(「これは流石に危なすぎますね」)
 セラフィエル、綾、兵衛、UNKNOWNの4機は飛行計画に乗っ取って、いわゆる低空域を護衛班に追随する形で飛ぶ。万一の対応も出来るよう微妙な距離を保ちながら、そして敵に会うまでは自ら電波を発しない事を心に決めていた。
 地表近く程の危険性はないものの空気の密度が高く空気抵抗が大きく、山肌などへの激突の可能性も頭の隅にいれておいたほうがよいかも知れない。
 飛行をはじめて1時間ほど。機上のレーダーが接近する4機の機影を捉えた。同時に通信。
「ここはUPCの制圧下にある。貴官らは何故そのような低空を飛行しているのか?」
(「やはり伝わっていませんでしたね」)
 応答を求める味方になつきが事情を説明し、行き先や目的はドロナワが事務的に応えた。
(「私たちの行動は見えているのですね」)
 地上波のレーダーだけでは山岳などの遮蔽物に隠れて捉えきれない場合はある。
 バグアによる妨害電波が満ちているものの、味方の早期警戒管制機や早期警戒機のレーダーは低空を飛ぶ待機班の動きを捉える能力ぐらいはある。
「ロシア所属の軍か、ロッタの店はまだあるかな?」
『‥‥何故そんなことを聞く?』
 低空の待機班の4人は毅が託された言葉を繰り返すのを聞きながら複雑な心境となる、能力者中心のラストホープの事や、あるかどうかも知らない基地の内情など前線の兵士が把握しているはずも無い。そして存在しない大戦果の噂を鵜呑みにして喜ぶとは限らないだろう。
(「共用周波数。変更した方が良いかもしれませんね」)
 なつきは思う、実は自分たちの行動は敵に筒抜けなのではないだろうかと。
 バグアによる無線通信への割り込みがよくある事として捉えられている実態からもそれは裏付けられる。
 そして、早期警戒機・早期警戒管制機からの情報が敵に筒抜けであるならば、敵は労せずに戦う相手を選ぶ事ができる。だからこそ、機械的な判断にすべてを依存する訳には行かず、肉眼での確認が行われるのだろう。
 ならば傍受を逆手にとれば、仮に劣勢な戦力であったとしても、有利に事を運ぶ傭兵にしか出来ない何かがあったかも知れない。

●敵との遭遇
(「到着までのこり30分ってところか」)
 低空域を飛行する待機班は雪で覆われた大地を眼下に捉えながらアンジェリナは思う。
「またきたわよ、F−15戦闘機タイプが14機、接触まで1分ぐらいね」
 千糸の額に汗が滲んだ。哨戒にしては数が多すぎる。
 刹那、3度目の交信が入る。
「当エリアの防空担当の北部航空方面隊81航戦。貴殿らの所属及び目的地を申されたし」
 例のごとく雑談を交えながら会話を重ねる。
「了解、目視で確認する」
 不明機と断定できないため警告射撃を行う訳にもゆかず、アンジェリナはもどかしさを覚える。相対位置を確認すると、戦闘機群は編隊の左右と上面を囲むような動きをみせていた。
「フライトリーダーより各機、高度・速度を維持、なにもなければ、それでいいが‥‥」
 IFFは味方である事を示した。毅のやり取りを聞きながら、怪しい動きをみせる相手に千糸やなつきの中で嫌な予感が増殖し始める。
「それにしても、随分念入りなのね。どちらの北部航空‥‥」
 問いが終わらぬうちに、大きな衝撃波で殴られたような猛烈な頭痛。ミサイル警報の響きと同時に機内の赤い警告灯が一斉に灯った。
「撃ちやがった。敵だ」
 最も確実なのは相手に先に攻撃させる事だ。味方が味方にいきなり実弾を撃つなど考えにくい。もう迷いはない。
 千糸のS−01の頭上をすり抜けて飛ぶ16筋のミサイルに続いて8機の敵F−15が通り過ぎてゆく。
 向かう先には毅のバイパーが敵から輸送機を護る位置を飛行中だった。
「随分と姑息な手を使ってくるじゃない」
 今、確認できる敵はF−15が14機とキューブワームが2機。
 レーダーにはノイズが混じるも敵機を表す記号は現れない。
「私たちだけでは分が悪い」
 護衛機をすり抜けて迫るミサイルをドロナワはフレア(※エンジン炎に模倣した囮を放つミサイル専用の防御兵器)で辛うじて避けるがこのままでは長くは持たないだろう。

 一方、前方の毅の機体もまた猛烈な爆炎で包まれていた。
「OK、確認した、とりあえずベイルアウトしようか? このバグア野郎」
 辛うじて持ちこたえた毅が爆炎の中から傷だらけの姿を現す。
『墜ちていない!』
 通常の護衛機や何も手が加わっていない機体ならこの一撃で勝負は決していたはず。しかし少しの違いの積み重ねが敵の想定を上回っていた。

 敵襲を悟りブーストを発動させようとした兵衛の頭の中に爆発する音が反響し人々の悲鳴が響く。幻聴。救いの手を伸ばせない事を責め苛む群衆の表情が幻視となって襲いかかってくる。前方上方で浮遊する青白く光る六面体、キューブワームの能力だ。
「失せろ」
 兵衛が兵装トリガーを引くと薬莢が機外に排出され弾丸が放物線のカーブを描いて飛翔する。影のように軌跡をなぞって飛行するUNKNOWNが距離を詰めると刃と化した黒い翼で止めをさす。
 もう一つのキューブワームも防御の限界を超えた攻撃を受けに間もなく光を失い落下してゆく。間もなく一行の頭痛と幻覚が消え、ジャミングも薄くなる。
 そんなキューブワームを排除する2人の脇をブーストの加速を得た綾とセラフィエルが駆け抜けてゆき、ちょうど第二波の攻撃態勢にあったF−15を射程に捉える。
(「なんとか間に合いましたね」)
 瞬間、敵の一機が何の前触れも炎を吹いて失速する。セラフィエルの放ったレーザーが衝撃なき破壊を刻んでいた。弾丸の軌道にあわせた綾が刃と化した翼を失速した敵に垂直に交差させる。主翼を切断された敵は揚力を失い筋を曳きながら落下の軌跡を描く。

『だれが野郎なのですか』
 毅の言葉に反応した敵が第二波のミサイルを放つ。それは運悪く毅の機体のエンジンのノズルを打ち砕き、さらに凄まじい破壊音を響かせて右主翼の大半が砕け散った。
「フライトリーダーエンジン停止」
「大丈夫だなんとかなる」
 コックピットが濃煙につつまれ、計器から数字を読み取る事もできない。気力が急激に失われれる感覚を覚えながらもエンジンを再点火する。だが、機体を立て直す事が限度で、左へと滑るように煙の筋を曵きながら戦域を外れてゆく。
 リーダ機を退けて、敵は一気に勝負をかけようとあらたな動きを見せる。そんな中、さらに一機の敵F−15が轟音を残して四散した。
 閃光と爆炎があがり閃光が消えた後には何も残っていなかった。敵を見誤った代償は大きい。
「それはお前らバグアが使っていて良いものではないぞ」
『そんなことを言われる筋合いはありません!』
(「なに!」)
 鹵獲機に不快感を示す兵衛が口にした言葉に言葉が返される。
(「ならば我が手で叩き落として、おとなしく引導を渡してやろう」)
 だが、そんな事では容赦しない。ライフルから放たれた弾丸は装甲を貫きダメージの大きさに敵は驚愕する。

 追うものから追われるものへ、全てのミサイルを使い切った敵は兵装を機銃に切り替えて戦いを挑んでくるがもはや勝ち目は無かった。
『この機体では勝てない!』
 普通の依頼ならばここで傭兵たちの圧勝に終わっていただろう。
 反航する2機が無数の弾丸を兵衛に向かって放つも命中させる事がやっとだ。
 漆黒の翼を広げて迫ってくるUNKNOWN機の姿は中世の悪魔のイメージのようだった。

 半数の敵を撃破し、誰もが任務の成功を確信したとき、レーダーがあり得ない速度の機影を捉えた。
「未確認飛行物体急速接近‥‥接触まで4秒、上からです」
「できれば遭遇したくありませんでした」
 セラフィエルの思いは叶わなかった。鹵獲機部隊の後ろ盾であったリリアン・ドースン(gz0110)にとってこれ以上、戦力を消耗する戦いを続ける訳には行かず、全力で鹵獲機の脱出をサポートをせざるを得ない。
 閃光、僅かに遅れてドン! と空気が膨らむ気配に視線を向けるとアンジェリナの機体が上からの薄紅色の光で包まれていた。
『もういい! 作戦は終了だよ。あんたらじゃ無理だよ』
 隠す事無く平文で投げられる指示。子供のような声。同時にKVの射撃システムにステアーから発せられた膨大な量のノイズが流れ込んでくる。
「敵のミサイルに注意して」
 なつきが警告を発した瞬間、意外にも一行の射程内で静止する赤い機体。
 決定的なチャンスに見えた。今ならば許される。小さな胸に去来する様々な思い込めてアンジェリナはトリガーに手をかける。綾は必殺の力を込めた帯電粒子加速砲を放ち、なつきのG放電装置も敵を照準に捉えていた。
 誰の合図もなくとも、的確にそして凄まじい攻撃が集中した。
『やっぱりね、甘いよ!』
 挑発するような声が響くと同時にステアーは位置を変えていた。
 だが、決定的なチャンスにあっても避けられる事を見込んでいた兵衛とUNKNOWN、セラフィエルは自らの直感と予測に従って次の一手を既に放っていた。惜しくもステアーの想定外の動きにその攻撃は大きく外れる。
「やるしかないわね」
 攻撃が外れた直後の僅かな沈黙の隙間。翼を刃に変えた千糸がギリギリまで接近することに成功するも、遂に翼を交える事は叶わなかった。
 生き残っていた7機の敵F−15は自分たちへのマークが外れたわずかの隙に全力で離脱をはじめていた。
(『危ないな‥‥、このままではいけないな』)
 追撃を遮ろうとするように4機のヘルメットワームが現れ退路を確保した。
 損害の拡大を食い止めるという目的を達したリリアンに戦闘を続ける意思は無い。
 後方のかく乱への対応に人類側のエース機が乗り出してくるなど、想像だにしていなかった。
『あんたらの勝ちだよ、だけど、その得物のおかげだという事を忘れるなよ』
 結果として危険な殿を買って出る形となったステアーもヘルメットワームとともに西の空へと去ってゆく。

 異なる個性を持つ集団の中で互いが最高のパフォーマンスを発揮させ役割を果たせば、個々の能力の足し算の和よりも大きな能力を発揮することもある。反面、お互いの動きを制限する連携であればパフォーマンスは確実に低下する。

 張り埋めていた緊張の糸が緩んだ。
「敵も同じ手は暫く使えないだろうな」
 鹵獲機の半数を撃破された事で小戦力で後方をかく乱するリリアンの思惑は砕かれた。
 そして、一行によってもたらされた戦闘記録からは集団による一撃離脱という顕著な法則が見て取れた。正規軍もそれをもとに対策を練る事ができるだろう。
「なんだか、妙に人間らしい敵でしたね」
 撃墜された機体の調査によると搭乗者が脱出した痕跡が残されていたという。
 セラフィエルの記憶に残るかつて目の当たりにした恐ろしい行為の再来は無かった。
 敵の去った空はどこまでも青く。
 雪に覆われて眼下に広がる静かな大地は何事も無かったように陽光を浴び、春が間近であることを予感させる。
 だが、次第に現す敵の輪郭は今後の戦いをより苦しいものとする可能性を含んでいた。