●リプレイ本文
●降伏勧告
少しでも痛みから遠ざかろうとして、赤宮 リア(
ga9958)は呼吸を整え、数回、同じ事を繰り返す。
傷ついた肉体での操縦は危険である。気を抜くと、気を失いそうになる。
「痛い‥‥、でもここで私が戦わなかったら、また沢山の犠牲が出てしまう‥‥」
リーゼロッテ・御剣(
ga5669)も深い傷を負ったままの出撃である。一時的でも北海道での戦いをやめさせたい、そんな強い決意を滲ませると、気持ちだけで身体に鞭打った。
2人に戦いを止める意志は無かった。それは請け負った役割への自分のけじめであり、傭兵としての誇りある行動であった。
ハヤブサ隊を率いる土方大佐は2人の意志を尊重し、医師に鎮痛剤を処方を指示した。痛みが行動の支障にならないようにとの配慮である。痛みへの対策無しには離陸すら叶わなかったかもしれない。苦痛に耐性の無い者は意識を遮断して苦痛から逃れてしまう事があるから。
山の尾根に掛かる雲は走る獣を思わせ、そのすぐ先に別の雲が逃げるように流れてゆく。
「土方大佐‥‥頼むぞ」
土方との約束を胸に時任 絃也(
ga0983)は時計に視線を移すと、札幌を目指し北上を続ける。
敵の探知の目を少しでも眩まそうと低空を飛ぶ。尾根の起伏には注意が必要だった。
一行は時折、飛行キメラに遭遇したが、KVの速度に追随できるキメラなど居らず、あるものは地上からの砲火によって微塵に砕かれいた。地上軍は健在である。
「失敗の許されない作戦か」
アーサー・L・ミスリル(
gb4072)の言葉に背負ったものの重さが滲む。今の時代、戦場で地獄を見た者は数知れない。人の命を奪うもの蝕むものはみんな悪だ。ぽっかりと空いた死の淵を覗けば大抵の者はそう思うだろう。
「いつから異常が普通の世の中になったのか‥‥」
人体を戦う道具に変え、気象の形態を改造し戦う道具として操る。特殊施設からは電磁波が電離層に照射され続けている。クリス・フレイシア(
gb2547)は後方の風景の中に遠ざかってゆく施設に灯る光を複雑な思いで見つめる。
「まぁそう言わずに、クリスさん。この蛇めと一緒に飛んでいただけますか?」
束祭 智重(
gb4014)の軽い調子の言葉に考えることを中断する。生き残らなければ考えることも出来ないから。
「初陣から超危険な任務とは信じられませんが、全力を尽くすのであります!」
卸したてのハヤブサを操る美虎(
gb4284)の緊張した声が初々しい。無策にぶつかれば確実に全滅する任務など誰も行きたがらないだろう。明るい振る舞いとは裏腹にこれから起こる激しい戦いの予感に戦慄する。だが、経験を積んだ者達と共に戦える事は彼女にとって最大の幸福であった。
『生存か破滅か選択するときだ。無条件降伏しろ。それがあんたらに残された唯一の生存の道だ』
傭兵達が発艦する直前、リリアン・ドースンが抵抗する北海道軍に向けて発した通告である。
今や北海道軍の唯一の後ろ盾となった箱田CEOは一回だけ交渉をと‥‥申し入れた。
しかし、大西は行動を開始した。今の状況での交渉などあり得ない、相手を交渉のテーブルに着かせる根拠など何も無いからである。
「無条件降伏だと! ふざけるんじゃねぇ! 私にはもう、守る家族も故郷もねぇけどよ、大切なモンを守ろうとしている愚直な奴らの為に、テメェのタマを張るこたぁできんだよ!」
クリスマスは間近だった。伊佐美 希明(
ga0214)は奪われた家族との記憶に思いを巡らせる。もう戻って来ない親父との日々、似合わねぇサンタ衣装の思い出。もう誰にもそんな思いはさせない。それが彼女の背負った十字架だった。
「クーデターまで起こして降伏なんて論外よねぇ。ま、いまは依頼の遂行を第一にしときましょうか」
智重は毒ついて言うと、クリスも膨らんでしまった胸に違和感を感じつつも頷く。
先例からバグア支配下の都市に近づけば迎撃機があがってくる事は間違いないだろう。だが、追撃‥‥、本当に敵が自分たちを追い掛けてくるのか? そこまでは誰にも分からなかった。
(「もし敵が特殊兵器のHARPに感づいていたら」)
クリスの予測が正しければ誘導は容易くできるかもしれない。攻撃の根拠を敵に与える事が出来るから。
●奇襲
「居ない?」
先頭を切って札幌市街上空に到達した絃也の顔が歪む。嫌な予感がした。
「どうにかしないと!」
アーサーが周囲を見回す。先日の戦いの傷痕が残る以外は街並みに変化は無いが、人が動いている様子がない。
「落ち着け、敵は必ず居る」
「私たちに恐れをなして、逃げ出す‥‥なんて、分けないわよねぇ」
「こんな静かなはず無いよね」
前衛の4機は疑念を感じながらも市街の北側にある丘珠空港へと進む。そして、最後尾の希明機が旧道庁の上空に到達した時、目の前で大気の色が変わった。
ドスン‥‥。
「なに、なんなのでありますか?」
左から激しい衝撃。一斉に鳴り響く被弾警告アラームと赤い警告灯。機体が横滑りする。込み上げてくる血の匂い。身体の中で何かが、花弁が押し潰されるように壊れてゆく。
「全力で、ごふっ! にげるのであります!」
予期せぬ被弾、抗し難い恐怖から逃れようと、操縦桿に力を込めるも、逆らえない痺れと目眩。床が抜けて墜ちてゆく感覚‥‥。敵は何処? 生きたい。半ば無意識にエミタのAIの力を借り南西に向きを変えブーストを起動させようとした刹那、死神の紅い光の刃は振るわれた。
美虎のハヤブサ貫いた紅い十字の光は希明の網膜に残像を残し吹き出る炎と重なって輝きを増した。不運な事にそれは機体の防御の限界を遥かに超えていた。
「み、美虎ーっ!」
我慢仕切れなかった。一発もぶちかませなかった。でも、誰かが呼んでいる気がした。全身の感覚を失い意識が幻想的な光に浸食されてゆくなか、美虎は平和な穀倉地帯のイメージの真ん中に立っていた。耳には風のそよぐ音だけが聞こえる。もはや白い静寂とともに訪れたそのイメージに身を任せることしか出来なかった。
瞬間、装甲が微塵に砕けた美虎機は炎と煙の筋を曳きながら南西へ墜ちた。
後方から突如上昇してきた4機編隊ヘルメットワームの奇襲だった。
攻撃開始を皮切りに市街から橙色に輝く球体が一斉に浮上する。前方にステアーが赤く輝き浮遊し、2機を1単位とした4機編隊の新手のヘルメットワームが前後上下から同時に迫ってくる。
「皆さん! 急いで下さい!」
リアが痛みを堪えて叫ぶ、ステアーが現れた以上、応戦は不利と判断した。ならばと直ちにラージフレアを射出し脱出を目指す。
「いきなり厄介な奴が出てきたわね」
言われなくてもわかる。前方にステアーを認めた智重の口調は重い。
瞬間、向きを変え脱出を試みる絃也、アーサー、クリス、智重に向かって無数の紅い光線が襲いかかる。
接近する一行は早々に探知され、動きはトレースされていた。
先に進みすぎたと、絃也は舌を鳴らす。横で幾条かの薄紅色の光線にアーサー機が貫かれるのが見えた。
敵が少数の迎撃機であれば特に作戦を練る必要も無かっただろう。だが、今回の敵の意図はKVを包囲殲滅する事であった。そして、パイロットが操り戦術を駆使するヘルメットワームを無人機と同様に考える事は危険である。
「実力以上の力を要求される‥‥か、だが、この機体と腕で可能な限り応えるのみ」
こんな所で終わるわけには行かない。絃也はラージフレアを射出すると全力での撤退を促す。
いくつもの雷の落ちたような衝撃がリーゼを襲った。退路を塞ぎながらヘルメットワームは苛烈な攻撃を掛けてくる。
リアは全力で回避の動きを見せるものの動きには精細さは無く、被弾を重ねてゆく。アンジェリカの装甲が強化されていなければ既に墜ちていただろう。
口の中に血の味を感じる。まだ‥‥生きている。リーゼは思う。もはや装甲に余裕がある者など居ない。
だが、喉奥に溜まった不快な量感が喉元に込み上げてくる。身体に力が入らない。
「‥‥いつも肝心なときに何も出来ない自分の弱さが悔しいよ‥‥守られてばかりじゃ嫌‥‥守りたいの!」
ビームに翻弄されるリアを逃がす為、皆が逃げる一瞬の刻を作る為、リーゼは最後の力を振り絞って射線の中に飛び込んだ。
6人が包囲の輪から脱出する貴重な時間はリーゼの献身的な行為によって作り出された。
「本気で逃げないと、全員、殺られる」
命がけの逃走が始まった。
●恵庭岳上空戦
「‥‥来た! カーテンコール! 各機、タイミングを間違えるなよ!」
残り60秒。恵庭岳の周囲の上空だけ雲に穴が空き、幻想的な赤光が揺れている。
「あいつらも‥‥無茶しやがって! オーロラ確認、最終段階へ移行。撤退開始は30秒後」
絃也が冷徹な口調で号令する。
散っていった美虎やリーゼの為にも成功させたい。きっと生きているそう信じるしかなかった。
『此方、第81航戦、土方! 貴殿らの健闘に感謝する! 後は頼む!』
通信の直後、千歳方面の敵の誘引に成功した生き残りのハヤブサ二機は数十倍の敵に対し為す術も無く蹂躙された。
『少将、総員退避完了しました。残っているのは我々だけです』
戦闘指揮所の大西が無人戦闘システムを起動させると、自動照準で地対空ミサイルの発射が開始され、高射砲が弾幕を展開する。勿論そんな攻撃が当たるはずはなく、牽制程度の意味しか無い。
「皆さん! 一足先に引かせていただきます!」
リアは高性能ラージフレアを射出すると、高度を下げながら離脱の動きを見せる。
『あんただけ、逃げるわけには行かないんじゃないの?』
ステアーが眼前に立ちふさがった。瞬間、リアの眼前の計器が光を失い砕け散った。衝撃に叩きつけられ、意識が揺らぐ。直撃、機体は制御不能に陥り錐揉みに入る。視界が霞んでいる。聴覚も出鱈目になり‥‥、胸に抱いた護り刀から愛しい人の声が語りかけてくる気がする、世界から音が消えていく。
(「こんなところで‥‥絶対に嫌!」)
すべてが消えてゆく中強く念じた。だが、機体を立て直すことは叶わなかった。
残り30秒。智重の放った煙幕が急速に上空を覆ってゆく。
激しい衝撃、計器が光を失う。機体にヒビが入った。刃と化した破片はアーサーの鎖骨を砕き肩から胸までがざっくり切り裂いて、血を飛沫かせる。意識が現実から遠のき始める。
「あまり苦しくもないし、悲しくも無いな‥‥北海道か。星がよく見えたんだろうな‥‥」
「馬鹿野郎! あきらめるな!」
ぼんやりとした意識の中アーサーは絃也の言葉に我を取り戻す。
絃也の射出したラージフレアが空に広がってゆく。自分にはやることがある。まだ可能性が残されている。
「俺は、前に、進む!」
苦しい眠気から解放され、ブーストを発動させた刹那、2度目の衝撃は無情にもアーサー機を粉々に打ち砕いた。
「柄でもなかったわねぇ」
智重が最後の全力攻撃を終え、煙幕を放った時だった。
ピィーー!
「ロックオンアラートですって!」
刹那、無数に飛来するミサイルが智重の雷電を粉砕した。
各機はバラバラの方向に逃走する手はずだった。何がいけなかったのか?
煙幕による濃密な目くらましがあるにも関わらず、無事に離脱できた者は一人も居ない。
パイロットが脱出に意識を向ける僅かな隙を敵は見逃さなかったのである。撤退の瞬間こそ仲間の助けが必要だった。
そして、その事を誰よりも理解していたリーゼはここに居なかった。
絃也が周囲を見回したとき生き残っていたのは希明、クリスだけだった。
『一人で逃げられると思ったか!』
「畜生!」
絃也がありったけの弾丸を目の前のステアーに放とうとトリガーを押した瞬間、絃也機も火球となって落下した。
『よくやってくれた。もういい! 早く逃げろ!』
「中途半端が一番始末に悪い。そんなんじゃあ散っていった者たちも浮かばれんぜ」
残り20秒。基地に残った大西からの通信。希明は敵を少しでも足止めようと足掻く。
『あははは。こざかしい。我々の力を見せつけてやる! それがあんたらの切り札だろ!』
クリスの予想は的中していた。敵は攻撃の矛先をHARPへと向け始めていた。
ステアーから放たれた紅い光は衝撃波を撒き散らして基地に降り注ぐ。一瞬の後に巨大な搭状の高圧装置が炎に包まれ爆発する。
「なにやってんだ!」
残り時間は10秒‥‥今なら逃げられる。最後のブーストを発動させようとした瞬間、希明の目に映ったのは、ミサイルを放つクリス機だった。
「最後の一発だ!」
ドスン‥‥背中からの衝撃。
クリスは背骨の奥で、ガラス細工のような何かが砕け散るのを感じた。
「ぼ、僕は!」
喉の奥から鮮血が吹き出し、抗い難い痺れと目眩。全身を振るわす電流にも似た感覚に次第に意識が遠のいてゆき、そして、静寂がクリスの全てとなった。
「みんなうそっぱちだーっ!」
誰も残っていない。希明は慟哭した。既に機体のダメージは限界に達し、主翼がブーストに耐えきれずに千切れ飛んだ。
0秒。空に浮かんだ赤い光のカーテンが青白い光に変じ、庭岳岳山頂に一条の稲妻が落下した。
一瞬の後、空と繋がった稲妻から放射状に拡がり始め、個々の光条があらゆるものを囲むように包んでゆく。
幻想的な光芒の中で塵と化してゆく小型ヘルメットワーム、消えてゆくアンテナ群、そして基地施設。
ステアーも飛来した光条に包まれて表皮を焼かれてゆく。
光が消えた後、基地のあった場所は巨大なクレーターに変わり、HARPは跡形もなく破壊された。
『全滅か、あの地球人は基地と運命を共にしたか』
遠い過去に滅ぼした星間文明との戦い記憶がリリアンの頭の奥底で疼いていた。
『リリアン様、一度旭川に戻り指揮を執られては? 我々は勝ったのです!』
出来たばかりのクレータには支笏湖の湖水が流れ込みはじめていた。
戦闘の結果、リリアン麾下のヘルメットワームは少数の取り巻きを除いて壊滅した。
●苫小牧
「気が付いたみたいですね。‥‥リーフ・ハイエラです。お疲れ様でした」
「‥‥そうだ! 作戦は!? 支笏湖の基地は――痛ぅっ!!」
急速に覚醒した意識と共に飛び起きるが、身体中に激痛が走り言葉を続けられなくなる。
「ああ、全員いる。皆一緒にな。俺たちは悪運が強いらしい」
絃也が肩を竦めて言う。傭兵達が墜落した地点はいずれも人類支配下の山岳地帯であり、早急に救助が実施されていた。
「ステアーもヘルメットワームも旭川に引きました。地上軍は札幌への反撃を開始しています」
ぼんやりと膜を張ったままリアの意識は僅かに覚醒し、生還を知った。そして、重傷を重ねながらも再び愛しい人逢える事に安堵し、再び眠りに就いた。
「大西のおっさんは?」
「貴殿たちの献身的な戦いに感謝する。だそうです」
それ以上は誰も、なにも、言わなかった。