●オープニング本文
前回のリプレイを見る●63年ぶりの空襲警報
「巫女(いたこ)ってそら何だ?」
「お客さん知らないの?」
「死んだ仏の声が聞こえるのか?」
UPC空軍の制服を着た男は一瞬何を考えたのかギロリと目を輝かせ、怒ったような顔を向ける。
「恐山にあつまった死んだ人の亡霊を呼び戻す女の人のことよ」
男の顔がゆがみ、つかさは顔をそむける。
「恐山にあるお寺の境内には賽の河原や血の池地獄もあるわ、そこにみんな石を積んだり、お線香上げたりしてお参りするの‥‥」
男が迷信だと聞いていない様子だったのでつかさは話を途切らせる。
「それであんたはご先祖さまの声を聞いたことがあるのか?」
「そんなの迷信よ。いいかげんな事いってるんだから‥‥」
つかさは一瞬ギクリとしたがそう言って笑う。男もそんな彼女の顔をみてか笑い返した。
瞬間、殷々とサイレンが、高く、低く、鳴り渡った。二度や三度ではやまない。何度も繰り返し、繰り返し、鳴り渡る。1945年8月10日以来の空襲警報だった。
単機侵入してきたヘルメットワームは無数のビラを落下させる素早く北へと飛び去った。
ビラには北海道のUPC軍壊滅の様子と次の攻撃目標の都市が記載されていた。
つかさはビラを拾った男の腕をみてぎょっとした。10センチばかりの痛々しい傷跡、紫色に周りの肉を晴れ上がらせていた。
「すごい怪我してるじゃないですか!」
「山でちょっと木にぶつけただけだ!」
男は慌てて傷を隠した。
「ちょっと待っててくださいね、救急箱もってきますから」
オキシフルを脱脂綿に付け傷口を消毒し塗り薬を付けたガーゼを貼ると包帯を巻いた。
男は終始傷口をじっと見つめるだけだった。
UPC空軍の男が山で怪我をして、どうしてこんな所に居たのか? 一般人のつかさにそんなことを深く考える筈は無かった。
●プリティ・フェスタ
「今年はできるのかしら?」
つかさが刷り上がったチラシを見つめため息をつく。
キメラの出現や戦況の悪化、街は少しずつ活気を失い始めていた。それは人の心の闇の部分が次第に濃くなり始めている事を意味している。
「出来れば‥‥いいんだけど、いいえ、やらなきゃいけないのよ!」
人々の悪意が渦巻き、親しい人達が悪魔のような考えに取り憑かれるイメージ。
そんな事が実際に起こったら絶対に嫌だ。
でも、能力者のように戦うことはできない。だから出来ることはやりたい。つかさは強く思う。
にゃんこ神社では12月初旬に可愛いもの集めたお祭りが行われている。
しかし、プリティ・フェスタの予定日は爆撃予告の翌日に予定されていた。
もし、本当に被害が発生すれば実施は難しいかもしれない。
「どうか成功してください」
結果はわからない。だから祈るしかなかった。
●リプレイ本文
●12月のある日
高く、重く鳴り響くサイレンの音が街全体に沈み込んでゆく。二度、三度繰り返し、繰り返し響く。
「本当に来やがったか!」
嵐 一人(
gb1968)は怒りを込めて操縦桿を握ると待機状態にあった翔幻を起動する。
龍飛崎西方沖に突如現れたのはヘルメットワーム×6、爆撃ワーム×6。
先に秋田から迎撃に上がったF−15改が、2機のヘルメットワームをその場で食い止め、残りはそのまま東進を続けているという。
「予告爆撃? リリアンめ‥‥今度は何を企んでいる‥‥?」
煉条トヲイ(
ga0236)は空に駆け上がると息をゆっくりと吐き出す。急激な加速重力が身体を圧迫していた。
津軽海峡以南は人類支配地域である。もし敵の自由な侵入を許せば人々の平穏な暮しはあっという間に失われてしまうだろう。
「勝てる筈だ。だが、無用な被害は出さないようにしたいな」
トヲイの不安な気持ちを察するように綿貫 衛司(
ga0056)は短く静かに言う。一人で全てを背負い込む必要はない。仲間が居るのだから。
「そうだな、山間部や市街地への被害は、可能な限り抑えたい所だな」
衛司の言葉に力づけられながらトヲイは頷く。依頼の仲間だけではない。沢山の人たちが支えてくれている。この時代に組織としての自衛隊は存在しないが、独特の信念は誇りとして受け継ぎながら人々を護るために戦い続けている。
「やれるさ、そんなに心配そうにするなよ」
確信があるわけではない。しかし、翡焔・東雲(
gb2615)は心の動揺こそが敵のつけいる隙だと思う。
「さて、実家は寺だが幼馴染は巫女だ。彼女の同業者の手伝いならば、手は抜けんな」
戦いの動機は様々である。夜十字・信人(
ga8235)は思う。巡り会った縁はなんであれ、自分たちは人々の幸せを護るために来たのだと。
「つかさちゃんの頼みとあらば、あたいガンバルのニャ☆ どーんとお任せニャ☆」
(「‥‥できることをやるだけ、です」)
アヤカ(
ga4624)自分にはどれだけの力があるのだろう? と、不安に思いながらも笑いかける。彼女の声にどれほど皆が元気づけられたことだろう。真田 音夢(
ga8265)も静かに笑みを浮かべる。
「そうね、何事も前向きにやる。忘れていたわ」
狐月 銀子(
gb2552)の表情から気負いが消えた。敵を全滅させる必要など無い。護る戦いなのだから。
「つっこむぜ! 援護、任せた!!」
突破して来た敵はヘルメットワーム4機を前衛、後ろに6機の爆撃型ワームを従えた戦爆連合10機。
「いいか! 深追いは禁物だ。ここいらのヘルメットワームは普通じゃない」
圧倒的な戦闘力を誇るトヲイの雷電がエンジンの唸りを上げ、一人の前方に出る。同高度で両者が反航する形となる。一行の作戦は、初撃で全員が爆撃ワームを狙うことだった。だが、ヘルメットワームが先行している以上、その実行は困難である。
(「やはり好きにはさせてくれないか」)
トヲイが唇を噛んで、トリガーを2回押した瞬間、案の定ヘルメットワームは2機ずつの左右2手に分かれて、先手を打って薄紅色の光線を放ってきた。
「なにっ!」
被弾の警告アラームが響く。かすり傷とは言えないダメージにトヲイの表情が歪む。仲間達の装甲は自分よりも薄いことは知っている。しかも敵を食い止めようと放った8式螺旋ミサイルは、真っ直ぐに飛ぶばかりで掠りすらせずに全弾が外れてしまう。終端誘導に問題があるのか、それとも別の理由か。
「ウワアッ!!」
浅からぬ損傷に驚きながらも一人はすばやく機体を立て直す。幻霧発生装置の効果が期待以下であった事はショックであったが、戦闘を続けるしかない。額に嫌な汗が流れるのを感じながらも強気に振る舞う。小細工は通用しない相手だ。全力を尽くすしかない。
「ああ、まだ元気だ! こっちも大丈夫だ! ちゃんとやれるから心配するな!」
トヲイは一人の強がりを一瞬で見抜いたが、それ以上は言わない。戦士の誇りは尊重されるべきだから。
先手を取ろうとした一行の目論見は外されたが、敵ヘルメットワームが左右2手に分かれた事で中央の爆撃ワームへの防備がフリーになっていた。
「カブトガニ補足‥‥、ゲシュペンストより各機へ、是より本機は魔眼を開く。勝負所だ‥‥!」
「‥‥ゆきます」
音夢と信人が必勝の祈りを込めて試作型ロックオンキャンセラーを起動させる。
「なんとしても海上でケリをつけてくれ!」
既にむつ市街まで50km余まで接近している。このままでは3分待たずして到着してしまうだろう。戦闘空域は容赦なく東に移動し続け、状況は一刻の猶予も無いことを示している。
『新型のジャミングか、面白い。だが、その程度か』
敵による通信への割り込み。その口調は外から聞く限り状況を楽しんでいるようだ。こうした戦闘に依存する気をもつ人間がバグアに心惹かれ手を貸す尖兵となってしまうのか? それとも別の理由でそうなってしまうのだろうか?
「動きに程々の無駄があり、そして手ごわい‥‥有人機か!」
ホーミングミサイルD−01が垂直急降下の動きを見せるヘルメットワームを追随して爆発する。無人戦闘のヘルメットワームの戦闘力にKVが追いついたのも束の間。信人は僅かな運用の違いで変容するヘルメットワームのポテンシャルに脅威を感じる。
(「‥‥今です」)
無数の深紅の輝きが空一面に広がった。音夢が距離を詰めて放った無数のミサイルが、2機のヘルメットワームを巻き込んで盛大に爆発した。刹那、炎を切り裂いて2機のヘルメットワームが飛び出し、薄紅色の光線を打ち返してくる。
「やらせるかよ!」
反撃に転じるヘルメットワームに一人が必殺のエネルギー集積砲を放つと、さらにブーストを発動させたトヲイがヘルメットワームに肉薄し、必殺のリニア砲を放つ。命中の直前ヘルメットワームの表面が光を帯びる。
「まだ、墜ちないのか!」
『無人機とは違うのだよ! 無人機とは!』
確かに大きなダメージを与えたが、其処までだった。敵は再び距離を開けると紅い光線を撃ち返してくる。
対ヘルメットワーム班と爆撃ワーム班の2手に別れた為、ヘルメットワーム戦は傭兵側にやや不利に傾いていたが、ヘルメットワームの動きを釘付けにするには充分であった。
「なんかえらく長い胴体だニャ〜」
全ての護衛の外れた6機の爆撃型ワームは、直進を続けている。背にはトンボのような半透明の羽根がはためかせ、腹部には無数の黒い球状の爆弾が搭載されている。エンジンらしきものは無い。
羽根だけで出せる速度ではないため慣性制御技術のようなものが用いられている可能性が高い。羽根は何のために付いているのかの謎が沸く。
「SliverFox、攻撃開始よ。成功は祈らないわ、掴み取るのよ♪」
反航、すれ違いざまの攻撃の場合、最も重要な初撃である。第二撃以降は、目標に向かって移動する敵を追いかけなければならず、繰り返しの大きな時間のロスとなってしまうからである。
銀子は爆撃ワームの長細い胴体を照準器の中央に捕らえると、命中を確信しトリガーに指をかける。刹那、スナイパーライフルから発射された赤熱した弾体が編隊の先頭を飛ぶワームに向かって飛翔する。
「いっくニャー」
弾丸の描く放物線を追ってアヤカ機が敵を射程に収めんと距離を詰め、先頭から2番目のワームに向かってエネルギー集積砲を放つ。
直後、2回の小爆発が起こった。一瞬の後に被弾した2機のワームが糸のような細い火を吹きはじめ、メキメキと胴体が捩らせ爆発する。
「グッバイ、勝利の旗を掲げるのはあたし達よ♪」
手応え有り。絶妙のタイミングでアヤカと銀子が爆炎をくぐり抜け、編隊とすれ違った刹那、後続のワームが破壊されたワームの残骸を避けきれずに衝突し、巻き込まれて爆発する。だが、残る3機は高度を上げて衝突を回避しながら、東進を続けている。
「こいつらすげぇ脆いじゃないか」
搭載された爆弾の誘爆。思わぬ脆弱性を見せたワームだが、その爆発に巻き込まれれば強力な防御を施した最新鋭機であっても致命傷になる恐れがある。
「時間がない、一気に行くぞ」
誘爆は危険だが、攻撃に活かさない手はない。翡焔と衛司は正面下方から思い切って接近すると、ガトリング砲を放つ。下方からの弾幕に捉えられたワームは爆弾を捨てる間も無かった。瞬間、翡焔と衛司の期待通りに腹に抱えた爆弾を次々と誘爆を始め、木っ端微塵にワームは砕け散った。残るは1機。
「よそ見をしていると痛い目を見るぜ」
撃破された爆撃ワームの救援にと進路を変えたヘルメットワームの隙を突いて信人が新型のホーミングミサイルを放つと、翼を刃と輝かせながら流れるような動きで接近するトヲイの雷電がヘルメットワームを捉える。力と力のぶつかり合い。砲を切断され装甲の破片をまき散らせながらヘルメットワームは炎の尾を引いて、高度を下げ始めた。
戦況を把握したのか、ヘルメットワームは爆撃ワームを見捨てて逃走を開始する。
「ワームはあと1機だ」
ただ1機で東に向かって飛び続けるワームに向かって、銀子が後方からミサイルを放つと吸い込まれるように命中した。
最後の爆撃ワームが微塵に爆発した時、大破させられた2機も含め、計4機のヘルメットワームは遥か西へと飛び去っていた。
(「パパとママの守ってくれた空‥‥あたしにも守れたかしらね」)
消えるヘルメットワームを目で追い銀子は思う。反対側の眼下には恐山と総称される外輪山が見える。
(「‥‥爆撃をするのが目的なら、何故、予告をしたのでしょうか?」)
音夢は疑問に思う。そして、実際、鈍足な機体が複数のレーダーと迎撃拠点を持つ防衛網を突破することは容易ではない筈だった。
様々な謎を残したまま、任務は終了するのだった。
●プリティ・フェスタ
「‥‥完全合体、です」
音夢は猫のぬいぐるみの上にこねこのぬいぐるみ、その上にまごねこのぬいぐるみをくっつけて、普段は絶対に見せないような満面の笑みを湛えていた。
それは兎も角、にゃんこ神社はそこが神社である事を忘れほどに可愛らしく飾りつけられている。
「こ、これがプリティ・フェスタか。可愛すぎる」
衛司が想定外の可愛さにガクリと膝を着く。斜め上をゆく感覚であり、最先端のギャルの世界に入り込んでしまったかのような錯覚に陥る。
「猫が多いって聞いたけど、すごいな。な、撫でさせてくれるかな‥‥」
翡焔の足下には2匹の白猫。秋に生まれただろうその2匹は順調な発育らしい。普通の猫であればじゃれたついでに爪の一撃を食らうものだが、驚くべきことに爪を立てない。
「やっぱり猫は可愛いニャね、やっぱり今一番、あたいにとって、可愛いのはこれかニャ〜?」
そう言うと、ささやかな胸元から写真を取り出すアヤカ。
「だいふくさんって名前なのですね。大活躍だったそうですね、お陰様で今年も無事に開催することができます」
つかさがかなり変わった仕様の巫女服で現れるとぺこりと頭を下げる。
(「これは無理かな」)
一人はつかさに時間があるようなら、ツーリングに連れ出して青森で起こっている怪事件のことなんかを聞こうと思っていた。だかつかさの着衣は明らかにタンデムに向いていない。それならばと発想を変え、一緒に回っても良いかと尋ねた。
「ええ、勿論ですよ」
一緒に行きましょう、と微笑み返すつかさの側には、他の可愛い物を見たり、出店で美味しいものを食べたりなんて考えた者達が集まり、ちょっとしたグループができあがった。歩きながらつかさの近況などを聞くも、変わった事はなく強力なキメラの出現もなりを潜めているとの事である。
「うはぁ‥‥これは確かに凄まじいな」
ギャルの感覚に圧倒されていた信人もやきそばを探して歩く。だが、見渡す限りの着飾った女の子達。
「あ、もう体は大丈夫か? 無理するなよ」
翡焔は長めのニーソックスを履いているとはいえ、寒そうな着衣のつかさを気遣って言う。貧血気味なんですよと、彼女は微笑み、翡焔の太い上腕部に掌を当てる。
「すごい逞しくて羨ましいな」
「ば、馬鹿言うな傭兵ならこんなの普通だ」
ちょっと真顔に、でも嬉しそうなつかさの様子を翡焔が照れくさそうに見つめていると、ようやく目当ての焼きそば3パックを手に入れた信人が戻ってくる。
(「‥‥たのしい気分になりますね」)
フェスタに集まった着飾った人たちや、周囲の風景を見ながら音夢は静かに微笑む。
「あ、そうだこれが携帯の番号だ。不審者・心配事があればすぐに呼べ」
信人はそう言うと、番号の書かれたメモを差し出す。音夢はそれを受けとると無言で頷いた。
音夢は避難民に紛れた親バグア派の工作、信人は非道なキメラの姿、それぞれに忘れられない記憶が呼び起こされて‥‥楽しんでいるようにみえて密かに周囲に目を光らせるのは傭兵としての直感なのだろうか?
「いや、戦士にも休息は必要だ‥‥」
取りあえずもふもふと手ごろな猫を抱え抱えつつ腰を下ろすと、人ごみと猫ごみの中の笑顔を眺めて、この小さな喜びこそが辛い現実と戦う為の原動力なのだと、思う。
「ちょっと見廻ってくるぞ‥‥」
隣に居た衛司はそう言うとトヲイの肩をポンと叩き、会場の外の見回りに行ってくると言う。
「ホラ、こっちこっちニャ〜。かわい〜の、一杯あるニャ!」
つかさの手を引きながら駆け出すのはアヤカ。「どっちが年上なんだろね♪」と、そんな彼女を銀子は可愛らしいと笑みながらついて行く。
そんな華やかな空気の中、どこか影のある身なりの良い婦人が疲れた様子で紙袋をベンチに置いたまま立ち去ろうとしていた。音夢は見逃さない。
「‥‥忘れ物」
たぶん疲れてうっかり忘れたのだろうと、音夢は婦人の後をすぐに追うと紙袋を届ける。婦人は引きつった笑顔でありがとうと礼を述べると慎重に紙袋を胸に抱えて立ち去ってゆくのだった。
そうこうしているうちに、太陽は西へと傾きはじめ、遊びに来ていた人たちは、思い思いに談笑しながら家路に着きはじめる。
華やかに見えた場所も人が少なくなるにつれて、段々と落ち着いた空気に変わってゆく。楽しい時間には、終わりがやって来る。
「どうやら無事に終わりそうだな」
「ええ! お陰様で大成功! とっても楽しかったわ。ありがとう」
翡焔の言葉につかさは一行の方に改めて向き直って笑う。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
銀子の明るい言葉に、一行は頷くと茜色の空の下で歩き出す。
2008年が間もなく終わろうとしていた。
今日の、とても楽しかった思い出を、胸にしまいこみながら。そして笑顔を守った誇りを胸に。