●リプレイ本文
●再会
「よう、また会ったな‥‥まあ会わずに済めば良かったんだろうけど」
嵐 一人(
gb1968)は九重・つかさ(gz0161)の姿を認めると愛想無く言った。
「狐の次は蛇か‥‥。何故こうも立て続けに、にゃんこ神社がキメラに狙われるんだ?」
煉条トヲイ(
ga0236)の言うことは誰かが言い出さなければ気づかぬ事であった。
「私につっこまれても‥‥というか。うちこそ商売あがったりで困ってるんです、保険なんか無いし‥‥」
心底困った表情をするつかさに九条院つばめ(
ga6530)が声を掛ける。
「はじめまして、九条院つばめと申します。苗字が堅苦しいのでつばめ、でいいですよ」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
にこやかに応えるつかさの視線は何気に胸のあたりに向いている気がする。
「謎の電話、そしてその内容通りに現れるキメラ‥‥何だかミステリアスな話ですね」
続けて出たつばめの言葉に笑みは消えてしまうのだが‥‥。
「広い境内の何処に出るか分からない以上、後手に回ってしまうのは致し方無いかもしれませんね」
綿貫 衛司(
ga0056)は言う。
「初めて来たんだが、さすがに、猫多いな?」
神無月 翡翠(
ga0238)は率直な感想を口にした刹那、足下にすり寄った白猫がエンジニアブーツのベルトを前足で手繰りはじめた。
「触りたいが、楽しみは、後だ、いや、しかし、これは‥‥ああっ」
心の奥に潜む感情を読み取ったかのようにすり寄ってくる猫に為す術もなく陥落する翡翠だった。
「‥‥またか」
衛司が諦めたような表情で首を横に振る。
「ああ、初めてだとうっかり意識してしまうんだよな」
今回は仕事に専念しようと心がけたトヲイは無事である。
「これは容赦ないですね」
木場・純平(
ga3277)も大粒の汗を流しながら平静を保っている。ここの猫は人懐っこ過ぎる。
「蛇と怪電話‥‥偶然で片付けるには意味深すぎますしねぇ‥‥やれやれ」
水雲 紫(
gb0709)が思わず漏らす。
そんな様子を真田 音夢(
ga8265)は静かに見つめくすりと笑みを浮かべる。
●巡回
一行は社殿周辺と周囲の森の2箇所に別れて巡回を始めた。
キメラが何処から出現しても素早く対応する為である。
「こういう手入れも大変ね」
紫はキメラ出現の予兆を見いだそうと風景の中の違和感に意識を向けた。焦げた樹皮や不自然に剪定された木々は先日のキメラとの戦いの痕跡だった。
事件に関する情報を得ようとつかさの両親と世間話をしてきた純平によると、秋には近隣の生徒・児童達がスケッチ会に訪れたり、12月には可愛い物を集めた特別なお祭りなんかもやっているそうだ。
「デカブツが湧いて出るんだから何か兆候があるかも、地面から来るなら池もありかな?」
一人はバイク形態のリンドヴルムを押しながら言う。
森とはいっても庭の延長のようなもので、小川の流れや鯉を泳がせているこぢんまりとした池なんかもあり、長閑な様子である。尚、神社の鯉は食べてはいけない。
和むこと、可愛いと感じること。そんな日常の中にある生死には直結しないことが人の心には重要である。さもなければ人の心は瞬時に闇に沈んでしまうだろう。
時間は午前から午後へ太陽は空の真上にさしかかる。衛司、純平、紫、一人は神社外周の森を、トヲイ、翡翠、つばめ、音夢が神社の敷地の中央付近の境内を分担して警戒を続けていた。
社殿の周囲にはキメラ出現予告のせいで詣でる者は無く、猫だけがいつもと変わらない様子でゴロゴロしている。
「せめてそのものズバリなヒントがあればよかったのですけど」
翡翠は手がかりのない不親切さをめんどくさそうにぼやく。
そんな様子につばめがくすりと目を細めた。こうして何事もない時間が過ぎる。
(「予告内容が必ずしも当たるとは限らないよな」)
そんな事を思いながらトヲイと翡翠が水を求めて手水舎へと足を向ける。
「え?」
あるはずものが無い。水盤の水は枯れている。水盤には地下からの湧水が引かれているはずである。
今、枯れているのはのはおかしい。
刹那、足下の石畳が踊るように揺れ始めた。
「不味い! 離れろ!」
トヲイが叫んだ直後、突然の轟音。
手水舎の建物が木っ端微塵に砕けて宙を舞い、数トンはあるだろう水盤の大岩が空高く舞い上がった。
土煙とパラパラと降ってくる木片の中に巨大な双頭の蛇が現れる。数秒の間を置いて空中に飛ばされた水盤が落下すると、どすんと鈍い音が響く。
「しまった!」
翡翠が顔を上げると横をむいた双頭の蛇の右頭があった。
瞬間、翡翠の顔面をめがけて黒い毒液をはき出した。虚を突かれた翡翠は地に膝を着く。ねっとりと黒いそれは異臭を放ち呼吸と視界の自由を奪う。
土煙が舞う中、後退しようとする翡翠の脇を漆黒の黒爪を剥き出し、純平が卓抜した脚力で駆け抜ける。疾風脚のスキルである。瞬間、繰り出された刃が幾何学的な模様をあらわす蛇の胴体に三条の傷を刻む。
予想外の反撃に四人に対する意識を獲物から敵へと変えた双頭の蛇は間合いを開けるとシャーッと耳障りな高音を発する。
心配されたにゃんこ達は派手な音と飛来物に驚いて蜘蛛の子を散らしたような動きで逃げ去っている。
「現れたぞ!」
トランシーバーで連絡を入れるトヲイにひゅんと長い尾部が怪しげに畝って迫る。
「あぶねぇ!」
自らに錬成治療を施し、毒液を拭い去った翡翠が最初に見たのは極太の尾部がトヲイの腹部を捕らえた瞬間だった。
仲間を呼ぶ暇なんてない。全力で当たらなければ危ない。呼笛を鳴らすことを断念したつばめは敵を食い止めようと駆ける。
毒を吐く鎌首は右なのか、それとも左か? 2つの鎌首の違いはあるのか? 先に遭遇したなら注意すべき事は意外にあったが、意識する間も無かった。
構えを取る間もなく吹き飛ばされるトヲイに無事にと祈りを込め、つばめは巧みなステップで駆け抜ける。そして、双頭の側面に周り込むと左頭に槍を突き上げる。突き刺さるかに見えたそれは紙一重で躱され代わりに透き通った淡黄色の粘液が飛んでくる。
「くっ、思ったより素早いですね」
露出した皮膚に付着したそれは焼けるように熱い。ゴーグルに付着したそれを払うつばさは淡黄色の毒液は強酸性であると知る。
トヲイからの通信と響く轟音。異常事態であることは誰にでも分かるはず。
「双頭の蛇‥‥見れば見る程、邪悪な姿だな。精神衛生上、長時間の鑑賞には耐えられん――早急に黄泉路にお帰り願おうか‥‥!」
トヲイは赤黒い血を吐き出しながら悪態を吐くとシュナイザーの鋭い刃を敵に向け構えを取る。
当座の危機を乗り越えるのが精一杯で、戦闘の場を森に移動させる手だてなど無かった。
無事でなによりと紫がトヲイに一瞬だけ視線を向けると月詠を構えて駆け出す。
「待たせたな」
森に廻っていたチームもすぐに異変に気づき、1分を待たずして合流を果たす。
あらたに現れた敵に双頭の蛇は威嚇するよう右頭の顎を開き黒い液をはき出すと蜷局の態勢からジャンプする。
衛司、純平、紫の三人は余裕をもってかわすも、少し遅れてやって来た一人は紙一重で交わすのが精一杯である。
至近距離で双頭の蛇に対することになった一人が機械剣を輝かせる。
「真っ二つにしたら二匹になるか、試してやるぜ!」
しかし一人が首の分かれ目を狙った動きは見破られ、彼の背後から巻きついてきた尾が一人の体を両腕ごと封じてしまう。
「やァ!! な・なにを‥‥止めろ!!」
アーマーを軋ませる音が響き、一人は懸命に身を捩らせる。しかし、双頭の蛇はいとも簡単に、そして乱暴に身体を締め上げてゆく。一人の美しい黒髪が乱れ背中に現れていた翼のような光が力なく揺れる。
「あぐぅっつ!」
何かが潰れる音と感覚が一人の脳髄に伝わるとごぽりと口から鮮血が吹き出した。
「一人さん!」
つばめが血相を変えて紫色の穂先を繰り出す。得物に巻き付いている間は蛇は動くことができない。先に純平が切りつけた傷跡を狙ったそれはいとも簡単に深々と肉を裂き、左頭の付け根から大量の血を噴出させる。そして、一人とつばめの全身を血の朱に染め上げる。
堪らずに双頭の蛇が戒めを緩めた機を逃さずに衛司が一人を引きずり出す。
「今のはやばかったな」
一人は内臓まで切り裂かれたような激痛が次第に緩んで行くのを感じた。翡翠が掛けた錬成治療のスキルである。
つばめが左頭の顎部から槍を引き抜くと朱い血に続いて、どっと淡黄色の毒液が流れ出して白い湯気を上げジュワッと異音を発する。強い酸が傷口に露出した肉を焦がしている。
「いまだ! 右頭を一気に潰すんだ」
トヲイが流れるような動きで駆け込むと湯気を上げる傷口に拳を繰り出す。シュナイザーが傷口を切り裂きトヲイが腕をねじり込む。刹那、左頭は生気を失いだらりと垂れ下がる。
「やったか?」
瞬間、双頭の蛇は凄まじい勢いで身体を回転させる。
再び吹き飛ばされるトヲイ‥‥続けて、剃刀状に鋭い鱗を含んだ衝撃波が全方向に放たれた。
「オールレンジですか」
洒落にならない攻撃だと衛司が呟く。
そして、無数の鱗を耐えきった一行が見たものは左首を切り離し右首だけになった蛇キメラの姿だった。
もはや双頭ではない。
「思ったより効いてないみたいね」
威厳を保つキメラの姿につばめが残念な表情を見せる。むしろ頭が一つになったことで身軽に見えるのは気のせいか?
「蛇の神‥‥『大物主』? ‥‥まさか、ね」
自身のもつ知識を思い起こし紫はキメラの謎に問いを投げると月詠を振りかぶるが敵は素早く横に動き、地面に一条の傷跡を残すだけである。仮面の下で唇を噛む紫の横を純平が再び素早い動きで駆け抜けると漆黒の爪を繰り出す。
「強いだけじゃないな」
衛司は冷静に敵を見続けていた。キメラには戦闘スタイルがあった。囲まれればオールレンジと跳躍で陣形を乱し、毒液で牽制、隙あれば手数より一撃の重さを重視して巻き付く。行き当たりばったりの戦いしかできないキメラとは格が違う。
戦闘はだれも想定していなかった終わりのない持久戦となってきた。
「援護は、お任せ下さい。無理なさらないように」
翡翠が繰り出す錬成治療のスキルは回数こそ多くなかったが、彼の活躍が無ければ敗退する可能性は否定できなかっただろう。
10メートルにも及ぶ長大な胴体を狙った攻撃には派手さはなく、一見、無意味にも見えたが、実は優勢にダメージを与え続けていた。
「良いんです。少しでも動きを止める事が出来れば‥‥」
延々と続く根比べのなか、つばめの繰り出した一撃がキメラの左目を捉えた。視界の半分を失い隙を見せた瞬間、トヲイの突きだした爪が右目を刳り抜いた。
視力を失ったキメラは肉を溶かし鼻をつくアンモニアの様な刺激臭を漂わせ最後の逆襲に転じようと身体を大きく波打たせる。瞬間、鱗を飛ばす衝撃波が巻き起こるも、傷ついた肉体から放たれるそれに能力者達を押しとどめるだけの威力は無かった。
精彩を欠いたキメラに全員の攻撃が集中する。
「手間取ったな」
紫が月詠を振るうと頭部と胴体が切り離される。
首だけになり眼球を失っても睨むように見開かれたまま眼孔は得体の知れない畏怖を感じさせた。
●調査
境内には未だ乗用車ほども大きさのある死骸が転がっている。
「弔ってあげなきゃね」
「北の林の中に塚を作れれば良いのだけど‥‥」
抑揚の少ない言葉につかさはそう答えたが、そこに戦闘の終了を聞きつけた当局の官吏がやってくる。そして、キメラの死骸は分析の為に回収すると言う。
ちょうど良いタイミングだと純平は電話の捜査の件について切り出す。
「え? 電話の事の捜査まで依頼されてたのですか?」
瞬間、つかさの表情に驚きの色が拡がってゆく。
「キメラの出現を告げる謎の電話は襲撃を知らせてくれているんだから我々に友好的な人物だと思うのだが」
「滅多な事をいうもんじゃない。戦闘力の高いキメラの予告投入。テロ行為ですよこれは。それとも戦力を測るスパイ活動か‥‥断じて許すわけには行かない」
純平が電話の主を擁護するように言うと官吏は厳しい表情で答えた。
つかさの表情から血の気が失せ蒼白となっていた。
「確かにキメラ出現に関与している者の可能性は高い、だが‥‥」
「だが? 何なのだ」
「未来が見える者が居るかもしれない」
真顔で言うトヲイに官吏は訝しげな表情をみせると、その人物は何故軍に協力しないのだと断じる。
「予告に使われた公衆電話の目星が着いているのか? 着いていればその周辺を見て回ろうと思う」
微妙な空気が漂う中、なにか前向きな事はできないかと一人が切り出す。
「不慣れな街だからな、案内頼めるか? ‥‥って大丈夫か?」
顔面が蒼白のつかさの様子に一人が気づく。つかさは大丈夫だと答えるが、足下が震えている。
「ちょっと休んでからにしましょう」
つばめが切り出した。
結局、電話の予告者が味方である可能性を当局が抱くことは無かった。それは予告者が善悪に関係なく弾劾される事を意味していた。能力者の力は説明のつく力である。しかし予知能力は説明の出来ない得体の知れぬ力である。その可能性を納得させることは至難であるだろう。
キメラ調査の担当者達はキメラの遺体を回収し、現場の撮影を終えると足早に立ち去っていく。
その後、体調の落ち着いたつかさを連れて、つばめ、一人、紫は繁華街へと向かう。
自分が学校に行くときの道だよと、深い意味は考えずにつかさに案内された道は繁華街の中を通っていた。アーケードの至る所に旭日旗が掲げられ、やたら勇ましい様子である。
そして一行の事を直接、指している訳ではなかったが、『能力者様ご優待』『能力者様歓迎』などの文字が至る所に見られ金銭的に余裕のある能力者達を呼び込もうとしている。街の南側には軍の大湊基地があり、能力者の軍人も割と多いためだろう。異動の多い軍で知り合いに会える保証は無いが、衛司もその基地に向かっていた。
「なんか、くすぐったいね」
能力者の活躍の絶賛されかたにつばめが無邪気に照れの表情を見せる。ラストホープではありえない状況である。
一方、警察に赴いた純平とトヲイは電話の主の捜査の主管が警察から親バグア派を取り締まる治安機関に変わった事を知る。得られた情報では発信源となった公衆電話の位置が一本の道路に面している事、社員の電話対応指導用にたまたま録音されていた予告電話の声が加工された女性の声である事の2点のみが判明した。
そして、誰も意識すらしていなかったが、その一本の道路が偶然にもつかさの通学路の一部と一致していた。
別れ際、何か困っている事は無いかという純平の問いに、後始末にまたお金が掛かっちゃいますねと、つかさは前向きに何とかしてゆこうとはにかみの表情を見せた。