●リプレイ本文
●にゃんこ神社
秋の深まりが木々を朱く染め、微かな風に波打つ稲穂が陽光を照り返し金色に染まっている。
「にゃんこが沢山居るニャ☆」
一足早く石段を登ったアヤカ(
ga4624)が手を振っている。キメラを倒しにゃんこの楽園に平和を取り戻す為。依頼を受けた誰もが決意を固めていた。
嵐 一人(
gb1968)もその一人だ。バイク形態のリンドヴルムに跨って颯爽と登場した彼がヘルメットを脱ぐと少女の様な黒髪が揺れる。
「ん? 依頼主か」
一人は九重つかさ(gz0161)の姿を認め一礼すると、全身にうっすらと翠色の光を纏いリンドヴルムを装着する。
「狐と言われれば、行かざるをえない‥‥という事にしておきましょう」
キメラは紛い物という信念。信仰の対象を貶められた怒りが水雲 紫(
gb0709)の言葉には籠められている。
一行が石段を登り境内に入ると確かに数十匹の猫が気持ちよさそうにゴロゴロしている。
そんな光景に優しく目を細める煉条トヲイ(
ga0236)20歳。
「猫が大量に居着く稲荷神社に出現した九尾の狐か‥‥少々ややこしいな‥‥はうあっ」
刹那、さわさわとブーツの上に滑らかで生暖かいものが触れる感覚。
『みゃー』
長い尻尾を垂直にうねらせながら何事も無いかのように猫が歩み寄ってくる。
「こ‥‥これは! ブーツを履いていなかったら危なかったな」
「いかん! そいつを持ち上げては!」
木場・純平(
ga3277)が警告するも間に合わない。
トヲイが無意識に猫を持ち上げると、シルクの様ななめらかさに程よい温かさ‥‥表情がみるみる緩んでゆく。
「い、いかん! こいつら猫好きだ!」
綿貫 衛司(
ga0056)は戦慄した。
「本来お稲荷様を奉る神社なのに、猫贔屓な神社‥‥。狐さんも拗ねてしまわれたのではないでしょうか?」
『ぐる〜ごろごろごろ』
真田 音夢(
ga8265)は無意識にのうちに太り気味の猫の両前脚を持ち上げる。猫にも運動不足はあるのだろう。
「皆さん何やってるのですか! ‥‥神社の安全の為にも、キメラは倒さなければなりませんっ」
猫への思いを抑えながらヴァシュカ(
ga7064)は凛として言った‥‥。
『みゃー』
「そんなところ舐めちゃダメですよ」
足下にすり寄ってくる白い子猫。生後2ヶ月といった所で可愛い盛りである。
(「猫さんは、ただ見ているだけが一番楽しいんですよね」)
そんな皆の様子に物静かに微笑む真田 音夢(
ga8265)。
「い、いかん! この猫は訓練されている!」
衛司は猫の特性を掴もうとしていたが、あまりの愛くるしさに再び戦慄するのだった。
「ちょっと‥‥私、訓練とかしてないです」
大粒の汗を流しながら言い返すつかさに衛司は少し考えると、猫を戦いの場から引き離せないかと願い出る。だが、気ままに動く数十匹の猫に言うことを聞かせるなど魔法でも使わなければ難しいだろう。何か策はあるはずなのだが。
「たぶん大丈夫ですよ、のんびりしててもいざとなれば素早いですから」
つかさは少しの間腕を組んで目を閉じるとさらりと言う。
楽しそうな雰囲気の中一人はリンドヴルムを全身に纏っているため、柔らかい感触を充分に感じることができない。しかも、こんな事をやっている間にも彼の練力だけはじわじわと失われてゆくのだ。
「べ、別にうらやましくなんて無いぞ! というか、みんな急げよ! 頼むから!」
「あ、これ、依頼終了したら‥‥と思って作りましたが‥‥」
あくまでもマイペースな音夢は重みのある風呂敷包みをつかさに預けると口元に微かな笑みを浮かべた。
●本殿周辺
数分の後、ようやく本殿の周辺にたどり着いた一行。
「やれやれ、危ない所だったな」
いきなり和んで依頼を忘れる所だったと、トヲイは冷汗を流す。
「到着したところからが依頼の開始だしな」
純平がスーツに付いた猫の毛を払いながら言う。和みながらも消防装置の有無と消火器の設置状況を確認はしていたりする。抜かりは無い‥‥はずだ。トヲイが目で合図すると、そのはずだと衛司も黙って頷く。
だが、そこら中にいる猫を遠ざける具体的な手だては何一つ無いままだった。
多分なんとかなるだろうと、運任せにするしか無かったのだろうか?
一行の作戦は、4人の誘導班が神社の敷地内の森に九尾の狐を誘い出し、森で待ちかまえた4人と共同で取り囲んでやっつけようというものだった。
「もふもふ‥‥もこもこ‥‥狐さんとにゃんこさんが一緒にいますね」
音夢の目には九尾の狐の頭の上に登ったり背中の上を駆け回るにゃんこ達の姿が映ってた。
どうやら九尾の狐がにゃんこに危害を与える様子は無さそうだ。凶暴だと聞いていただけに意外な展開だ。
「やりにくいな‥‥ん、そうか!」
何かを閃いた一人がクルメタルP−38を取り出すと、胸に手を当てて一呼吸いれる。
「なにをしてるかニャ?」
九尾の狐がいきなり襲ってくる事がないと踏んだアヤカは一人の背後にそっと近づくと小声で尋ねる。
「こうすればいいのさ」
一人は銃口を空に向けると引き金を引く。『ターン』と銃声が轟いた。瞬間、音に驚いた猫たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
続けて、一人は九尾の狐に狙いを定めると引き金を引く。射距離のある武器ならアウトレンジが可能だ。
もう猫には惑わされない。囮班の4人の意識は九尾の狐に集中している。距離を保ちながら射撃し、森へと歩みを進めれば誘導は難しくないはずだ。
「??」
だが、次に見たとき、金色の九尾の狐は姿を消していた。
刹那、九尾の狐の急直下の体当たりを受けた一人がその場に仰向けに倒される。
一人のアーマーが石畳の上でガリガリと音を立て石片が飛ぶ。
そのままの体勢で喉笛を噛み千切らんする九尾の狐の背後にスーッと空中を一直線に移動したワイズマンクロックが雷を放つ。
閃光が直撃した直後、九尾の狐は前脚の力を緩めた。
ワイズマンクロックを操る音夢の視線は穏やかで、身体を包むように白猫のオーラが漂っている。
「喰らえ!」
力が緩んだ一瞬の隙を見逃さずに一人は試作型機械剣の柄を握り締める。
瞬間、凝縮されたレーザーが射出され九尾の狐の喉に突き刺さる。
甲高い金切り声を上げ横っ飛ぶ九尾の狐。
そこに驚異的な脚力で駆け寄ったアヤカが紅蓮衝撃の力を込めてキメラの腹部を切り裂く。再び響く金切り声。
「食い付いて来ましたね‥‥」
言葉の中に内なる怒りを込めた紫が九尾の狐を仲間が待つ森へ誘導しようと後方に歩み始めた刹那、九尾の狐は驚異的な脚力で宙を舞うと輝く爪を突き出して飛びかかる。
すれ違いざまにざすんと鈍い音が響き、紫の右胸が切り裂かれていた。
赤黒い血が飛沫く。紫は心臓がドクドクと脈打つリズムで着物が血塗られてゆくのを感じた。
「許しませんよ‥‥」
紫の頭髪は金色に輝き九本の帯が背後に輝いている。狐の仮面で素顔を隠した彼女の姿は九尾の狐を彷彿とさせるものだ。瞬間、紫は月詠の柄を握りしめ、石畳を蹴って走る。そして、そのまま距離を詰めると目にもとまらぬ速さで刃を振るう。だが、九尾の狐は横飛ぶ。刃は九尾の狐には届かず、石畳に一条の筋を刻むのみ。
紫の攻撃をかわした九尾の狐の背後から銃声が轟いた。金色の毛並みが揺れる。
「大丈夫か? 銃はあまり気がすすまんのだがな」
純平の手元に硝煙が漂い、煙を消し飛ばすように、流れるような動きでトヲイが斬り込んで来る。
「此処は猫達と、その姿に癒される人々の安息の地。招かれざる客は‥‥去れ‥‥!」
トヲイの振るった刃が宙を切った刹那、ざんと地を蹴った九尾の狐は再び紫に迫る。
「危ないっ!」
ヴァシュカが九尾の狐の攻撃のタイミングを外そうとエネルギーガンを放つと、九尾の狐は空中でぐるりと回転して向きを変えると拝殿の屋根を蹴って森に飛び込んだ。
「駄目か!」
衛司は舌を鳴らすと、悔しそうに九尾の狐の向かった先に視線を向ける。
森への誘導‥‥包囲の輪が完成した思った瞬間の出来事だった。
●森の中
「‥‥キメラなんてチャッチャとポイっしちゃって、早くにゃんこと遊びたいんです」
思わず本音が漏らしたヴァシュカは微笑みながら手際よく紫の手当をする。幸い傷は浅い。
「狐っ子も‥‥萌えます」
「ば、ばかね、なにを言い出すのですか?」
音夢の何気ない一言に顔を背ける紫。無表情な仮面の下の表情を誰にも見えない。
森の木々の匂い。充分に水気を含んだ苔が適度な湿りを与えている。午後の陽光が枝の隙間から漏れ、地面に影をつくっている。
九尾の狐を本殿から引き離す事には成功したが、九尾の狐を倒れていない。
「妙だな‥‥気配が無い、逃げたのか?」
「深手は与えていないはずだ」
トヲイの言葉に純平が続ける。瞬間、大きな影が動く、体当たりを掛ける九尾の狐だ。純平が好機と後脚につかみかかろうとするも逆に俯せに押し倒される。
「させるかっ!!」
一人は竜の角の力を込めた光る刃を九尾の狐の臀部に向かって振り下ろす。だが、一人が狙った九つの尾が鞭のようにしなる。一人も盾で直撃を流そうとするも、尾の数が多すぎ流しきれずに、ボディへの直撃を許してしまう。
「一人さん! あぶないニャ〜」
「『ヒトリ』じゃねぇ! 『カズト』だ!」
装甲の上から脇腹を押さえ構えを取る一人。入れ替わるように耳を立て目を輝かせたアヤカが白爪を突き出して九尾の狐に迫る。
「速すぎるのニャ!」
突きをかわされたアヤカの輝く目に前足を振りかぶり、今まさに叩き降ろさんとする九尾の狐の姿が見えた。
鈍く何かが潰れる音が響く、吹き飛ばされたアヤカは樹木をなぎ倒して止まる。
「好きには‥‥させません」
音夢のワイズマンクロックの雷光が再び九尾の狐の背中で光る。
戦闘は持久戦となった。手数の多い能力者達に対し、単身素早い動きで攻撃を避け続ける九尾の狐。
「これだけ当たらないとやってられんな」
「ああ、まったくだ」
衛司の一言に、純平が応える。純平のクルメタルP−38は九尾の狐を捉えてはいたが、大きなダメージを与えるには至っていない。
「あまり効いていないのかしら?」
ヴァシュカが幾度目のエネルギーガンを命中させるも一向に動きの衰えを見せない九尾の狐。
「知恵がありそうですね‥‥」
自生する樹木を巧みに使い立体的な動きを見せる九尾の狐、時折鞭のように伸びて振られる九本の尾が思わぬ方向から能力者達を傷つけてゆく。
永遠に続くかと思われた能力者達と九尾の狐の根比べの中、遂にトヲイの刃が九尾の狐を捕らえた。すれ違いざま、真っ正面からの横薙ぎ一撃が九尾の狐の前足を宙に舞わせる。支えを失った九尾の狐はバランスを崩し樹木に激突する。
瞬間一気に勝負に出る能力者達。
「さようなら、ここが終着駅ですよ? ‥‥偽りの狐め、拙く惨めにこの世から往ね」
「くらえっ!!」
紫が月詠を九尾の狐の右目に突き刺すと真っ赤な体液が飛沫いた。
一人の振るった機械剣の閃光が二本の尻尾を宙に舞わせる。
さらに、純平が右後脚に氷雨を深々と突き刺し、両腕で押さえかかった瞬間、衛司はなめらかな動きで刹那を振るうと九尾の狐の左後脚をで斬り割く。
能力者達の攻撃を身に刻まれるしかできない九尾の狐はやがて壮絶な叫びを上げ、ボロボロに傷ついた後脚で宙に飛び上がる。
「‥‥まだ、か?」
九尾の狐は3本の脚で立ち能力者達に向き直る。瞬間、ヴァシュカのエネルギーガンが命中する。
天を見上げた九尾の狐は身体を縮ませるように渦巻き状に丸まり‥‥岩のように固くなった。
「痴れ物が‥‥」
紫が近づき首を切り落とそうとした刹那、周囲に火炎をまき散らし爆発する九尾の狐。
燃えさかる炎の中3つの塊に分離すると天空に飛び上がり別々の3方向へと飛び去った。
(「何か神社に縁のあるキメラだったのかもしれませんね‥‥」)
そんな一部始終を静かに見つめる音夢は心の中で九尾の狐を弔うのだった。
「倒せたのかな?」
「た、たぶんな」
森についた炎は衛司とトヲイが段取りよく消火栓から水を撒いた事で間もなく消し止められた。
●戦いの後に
「キメラを引き寄せる何かが、本殿に存在するのだろうか?」
というトヲイの疑惑はバグアにとって価値も無い古い神器と古文書しか無い事が分かり可能性から外れる。
「しかし、あの狐は何が狙いだったんだ? まさかにゃんこが嫌いだったわけでもなかろうし」
一人もバグアの狙いに解を見いだすことが出来なかった。
様々な想いを胸に一行は報告などの為に戻る。
一行が本殿の方に戻ると、姿を消していたにゃんこたちはいつの間にかに戻ってきてゴロゴロしている。
「ありがとございました。お陰で助かりました」
そう言うと頭を下げるつかさの父と母。つかさは『そう言えば‥‥』と預かっていた風呂敷包み持ってきて音夢に返す。
「思いのほか作り過ぎてしまったので‥‥お裾分け」
音夢が風呂敷を開けると中にはお稲荷さんの詰まったタッパー。音夢の申し出を快く受けたつかさは稲荷様にお供えするという。
「何故九尾の狐がやってきたか? 心当たりはないか?」
「キメラは人の心を惑わす謀略のために遣わされる‥‥と聞いたことがあります」
つかさは純平の問に即答する。
「ところで‥‥、純平さん、服を脱いでください」
「えっ!?」
突然の申し出に赤面した純平が後ずさっていた。
「破けた上着を繕うから脱いでくださいって事ですっ!!」
「一瞬、ドラマのワンシーンかと思ったニャ」
アヤカがなにを想像したかは分からないが、変な想像しないでくださいっ! と上着をもってそそくさとその場を後にすいるつかさだった。
(「猫槍を持ってきましたが、じゃらせますかね‥‥」)
音夢が猫槍を差し出すと2匹3匹とにゃんこが集まりちょっとしたお祭り状態に。
「‥‥はうぁっ‥‥やっぱにゃんこは可愛いですね〜」
にゃんこ達に群がられヴァシュカは艶っぽい声を上げる。フリルリボンに猫じゃらし、ミニボールなどなど‥‥てんこ盛りの準備がクリティカルヒットしたらしい。
「‥‥九重さん、ここは良いところですねっ。心のオアシスですよっ!」
猫の群れの中から親指を突き立てた右腕だけが見えた‥‥。
「はい、できあがりましたよ」
つかさが継ぎ接いだという上着は特別上手に出来ている訳ではないが、丁寧にシワが伸ばされていた。
「男のファッションは清潔さが命だからな」
謝辞と共に向けられる純平の微笑み、そして髑髏刺繍のネクタイに、つかさはこそばゆそうな笑顔を浮かべる。
こうして楽しい時はあっという間に過ぎ、気付くと空はオレンジ色のグラデーション。
「稲荷様、ご満足頂けたでしょうか? ‥‥猫は可愛いですよ」
独り夕日を眺めてたたずむ紫は思う。
地蔵の脇に供えられた風車が静かに廻っていた。