●リプレイ本文
●不安
「旭川に何あるの? ど〜考えても爆撃機20って数が多すぎると思うんだよ〜」
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)の言葉に司令の小室は情を感じさせない口調で応える。
「キメラ工場と、バグア道東軍の司令部だ。北海道最大のバグア軍拠点だからな多すぎる事は無いだろう」
三沢基地は東北地方最大の軍事拠点であり、いつも何処かの航空作戦に関わり続けている。絶え間なく続く戦いの中で傭兵が関わる作戦の成功率は突出して高く、多くの悲しみが伴う通常の作戦とは一線を画している。
六堂源治(
ga8154)は心の赴くままに浮かんだ疑問を小室に投げかける。何か知らされていない、見落としている事実が無いかと言う思いからだ。
小室は北海道の地政学的な重要性、加えてバグア軍が弱体化しているなら攻勢の好機であると言うと言葉を切る。信頼を置く傭兵に小細工など弄さない。小室はそういう人間だ。
「‥‥ま、私らはゲストだ。今更、軍のすることに口を挟みゃしないよ。相手に察知されねぇとは言い切れないし、楽な仕事じゃねぇな」
伊佐美 希明(
ga0214)は戦慄に似た不安を覚えていた。得体の知れぬ気配は傭兵達の間に泥濘に踏み込んだような不快感を漂せていた。そんな希明の背後から聞き慣れた源治の声。
「姉御! 初めて同じ任務になったッスね。宜しくッス! エミール兄貴もいるっスよ」
「どうにも嫌な予感のする依頼だけど、希明の事が心配になってな。とりあえず自分に出来る仕事をこなすしかない、か」
エミール・ゲイジ(
ga0181)も釈然としない感覚が残ってるが、希明の前でカッコ悪いとこだけは見せたくないときらりと白い歯を輝かせる。
不安の残滓を残したまま、出撃の時間が迫る。無言の号令に一行は胸の中に不退転の決意を誓う。
「急いては事を仕損じる。そんな言葉が浮かびそうね」
狐月 銀子(
gb2552)の言葉は今の状況を的確に捉えている。
「そうだね! 受けた依頼は全力でキッチリこなす。いままで通りだよ♪」
(「それが傭兵として、なんとか掴んだ私の小さな誇りだよ」)
戌亥 ユキ(
ga3014)は小さな胸に手を当てると凛とした視線を空に向けるのだった。
●遭遇
目標までおよそ150km。東の眼下には霞む雄冬岬の海岸線、東に続く山並みが丸みを帯びて見える。
(「綺麗な飛行機だね〜。すっごい数‥‥。お〜い♪」)
ユキは思う。Tu−160改は純白の可変翼を広げ、伸びやかで洗練された美しい存在感を現してる。
高度15000メートルの成層圏。風もない静かな空間の中を一行は進む。
源治によると今回は空対地ミサイルによる爆撃であるという。目標の手前20kmからミサイルは発射され、爆撃隊は投弾後、マッハ2の最高速度で離脱する。
(「うー‥‥ なんか、お腹がきゅーってするなぁ。嫌な予感がピリピリするわぁ‥‥。精密爆撃っちゅーことやけどホンマ大丈夫なんかな?」)
要 雪路(
ga6984)は無意識にアホ毛を揺らす。
このまま何事も無ければ数分で任務は終了するはず。
あり得ない期待。一行は爆撃隊を先導すべく編隊の前方に出る。
「なにが出るかわかりません。皆さん慎重に行きましょう」
セラ・インフィールド(
ga1889)は爆撃機の編隊のやや下方に位置をとる。
レーダーに敵機の姿は無く、目標と一行の間にあるのは静かな大気だけ。
まもなく雄冬岬を越え内陸部へ入ると、黒っぽい緑の森が遙か眼下に続く。
旧旭川市まで50km。発射までおよそ1分。爆撃機は弾倉の扉を開く。ミサイルは4発、上下二段、前後二列に詰め込まれている。
刹那、敵機の出現を現すアラームが響く。
「予定通りっスね」
源治の声に緊張が籠もる。
ミサイル発射までは是が非でも食い止めなければならない。使命だからだ。
「敵さんのおでましや! ここはまかしとき。でも、何かそっちで異常拾ったら、早めに教えてぇな?」
迎撃の第一陣は8機のヘルメットワーム。高度は一行と同じ15000メートル。
このまま進めば同位戦。爆撃機を巻き込んだ乱戦になるだろう。
雪路の言葉に爆撃隊のリーダーは無線封止を解除して『了解、高度16000に上昇する』と応える。
「連携ならこっちが一枚上手だってとこ、見せてやろうじゃないか」
敵の動きは明からかに乱戦に持ち込む腹づもりのようだ。エミールと源治は己の予測が正しかった事を知る。敵パイロットの存在は戦いを厳しいものにするだろう。
(「爆撃機に接近させないよ」)
ユキはそう思い速度を上げる。ほぼ同時にエミールのナイチンゲールも前へと飛び出しヘルメットワームとの距離を詰めてゆく。考えることは同じだ。
傭兵達の動きに対応してヘルメットワームは4機づつの左右2群に分かれると、半分は爆撃機に向けて上昇コースを取り。残りは最も身近なエミールとユキの方に襲いかかってくる。
移動力と射程が持ち味だと、二人の後方にはバックアップの為にと希明とヴァレスのディアブロが続いている。
真っ正面の衝突コース。このままでは射程の長いヘルメットワームにアウトレンジされてしまう。ユキが進行方向に向かってバルカンを発射すると、エミールは敵の射線をずらそうと素早く左に反転。刹那、4機のヘルメットワームは一斉に光線を放った。
「なんだと?」
被弾を示すアラームが鳴る。見切れたと思った攻撃が命中する。
そのまま直進を続ける敵の後ろを取った希明がスナイパーライフルを放つと、ヴァレスも好機とばかりにアグレッシブ・フォースを起動させ弾丸を発射する。ヘルメットワームは後ろからの一撃を避けきれずに装甲の破片を飛び散らせる。反撃に出ようとヘルメットワームの編隊がくるりと回転した刹那、エミールの放ったレーザーが命中する。
爆発。
(『敵の新型か?!』)
致命傷ではないがら想定以上のダメージの大きさに驚いた敵パイロットはナイチンゲールへのマークを強める。アウトレンジを狙えと。
だが、8対8、数の五分。16機が入り乱れての死闘では、射程の違いはあっても完全なアウトレンジは不可能だ。
上空の母機から投下されたミサイルは一定距離離れると安定翼を広げエンジンに点火、飛行を開始する。
残り4機のヘルメットワームは爆撃機に狙いを定め単縦陣で上昇を始めている。
投弾を安定させるために水平飛行を行う爆撃機は無防備だ。
「このままじゃやられるッスよ!」
爆撃隊の下方に位置していた直衛チームの4人、危機を察知した銀子と源治はほぼ同時にブースト空戦スタビライザーを発動させる。
「バイパー君、君の本気を見てみたいっ! はちしきぃ! らせんっだんとぉぉ!!」
爆発的な機動力を手に入れた銀子が編隊の中に割り込むと吼えた。
「吼えろバイパー! ヤツ等を喰らい尽くせ!」
源治が無数の弾丸を敵機に浴びせかけると、ヘルメットワームの動きが鈍る。装甲には無数の弾痕を刻まれている。さらに8式螺旋弾頭ミサイルが直撃。2機が脱落し、単縦陣がバラバラになる。
攻撃を免れた2機が左右から挟むように源治に迫る。バリバリと衝撃が2回。砕け散った装甲が木の葉のように舞った。ここまで勝負は痛み分けだ。
セラは背後に迫った2機のヘルメットワームを避けようとすぐさま回避行動に入ったが。被弾。
敵に追い越される瞬間、セラは向きを変えソードウイングを接触させる。バラバラに砕けるヘルメットワーム。追う者から追われる者へ、残った1機に向けてセラのスナイパーライフルが吼えた。
時間にして三十秒。だが戦う者にとっては長い時間だ。
戦いの動きの結果、高度はかなり降下していた。雪路が高度計を見ると11000。
爆撃機から敵を引き離す事には成功している。
「ん〜短距離高速型AAM。君に決めた♪」
爆撃機を狙い再び上昇に入った2機に向かって銀子がミサイルを放つ。2機のヘルメットワームは左右に分かれてやり過ごそうとするも被弾。赤い炎の筋を曳いて降下を始める
「抜かせませんよ」
爆撃隊への単騎突入を目論んだヘルメットワームが寸前で爆発する。その後ろにはセラの突き出した翼の軌跡が白い筋となって残っていた。
●赤い魔女
傭兵達の活躍により爆撃隊は順調に投弾を終えた。
1機当たり4発、合計80発の大型ミサイルは2つの目標に向かって急激に速度を増してゆく。
瞬間、十数個の爆炎が東の空の上に拡がった。
『ちょっとあんた達! 私をコケにするんじゃないよ! なんでそんなものぶっ放すのさ!』
突然姿を現した赤い機体。放たれた薄紅色の光線が命中したのだ。その数20。だが、撃ち漏らされたミサイルは尚も目標に向かって飛び続けている。
セラにとって聞き覚えのある少女の声だった。
「リリアン・ドースンか?」
脳裏に嘗ての戦いの記憶が蘇る。
「君が指揮官さんだね、可愛いコなんでしょう?」
ヴァレスが軽い調子でステアーに呼びかける。返事はない。
ステアーが打ち漏らしたミサイルに向かって地上からも猛烈な射撃が始まる。次々と打ち落とされるミサイル。だが、数発が目標に到達した。遠く旧旭川の市街に閃光が煌めいた。火球が拡がり衝撃派で空気が揺れ、4つの真っ黒なキノコ雲が立ち昇った。
「三十六計逃げるが勝ち♪‥‥だったっけ?」
無線から銀子の声が響く。今すぐに撤退すれば全員無事に帰れるだろう。
投弾を終えた爆撃隊に傭兵たちのマークを外れたヘルメットワームが追いすがる。
「いけない!」
セラと雪路が懸命にスナイパーライフルを放ちヘルメットワームを牽制するも数が足りない。煙幕を飛ばすには距離が離れすぎている。
「な、なんやあれ!」
旧旭川市街から立ち上る黒い煙の中から橙色の目玉状のものが溢れるように浮かび上がっている。
刹那、狙い澄ましたエミールの放ったG放電の輝きがステアーを直撃する。
「逃げる時間くらいは稼がないと、カッコつかないんでね!」
『思ったより強いみたいだね。でも‥‥でかい口を叩けるのも其処まで!』
通信への割り込み。刹那、西に向かったヘルメットワームの編隊が向きを変えて戻ってくる。
「兄貴ほど上手くは出来ないッスけど、やってやるッス!」
G放電の命中に気をよくした源治はスナイパーライフルを放つと2回目のブースト空戦スタビライザーを起動してリリアンに挑み掛かかる。瞬間、彼が見たものは、自分の放った全ての軽々と弾丸を避け、薄紅色の閃光を発するステアーの姿だった。
二十条の淡紅色の光線、プロトン砲が放たれ、源治、エミール、ヴァレスの機体の装甲が瞬く間に焼かれてゆく。
「な、なんとか生きてるみたいッス」
辛うじて耐えきった源治とヴァレスだが‥‥。
「久々のマジモード‥‥笑ってる場合じゃないわね」
銀子の額にいやな汗が流れる。
(「熱ッ‥‥痛いや‥‥死ぬかと思ったかも‥‥」)
ヴァレスの破片で抉られた右胸から赤黒い血が飛沫く、折れた肋骨が白く露出していた。意識が闇に沈んでゆく。
「ヴァレス! 返事をしろ!」
「俺、別に怪我とかしてないし、普通だぞぅ」
聞き覚えのある声にみえみえの強がりを返すが、声色は死の恐怖に染め上げられている。
『あはあははっ! まだ飛べるんだ! よくがんばったな!』
死地では生きているだけでは足りない。前に進まなければ、押し寄せる死に呑み込まれる。
黒煙が連なる旧旭川市の上空には空を覆わんばかりのキメラの群れ。
「痛みを感じているうちはまだ救いがある。‥‥本当にヤベェのは、何も感じなくなっちまった時だからな。‥‥収穫はあった、撤退だ!」
「命あってのモノダネや。引かせてもらうで」
希明が撤退を促すと、雪路が煙幕銃を発射する。
煙幕が拡がってゆくなか、セラは続けて震える腕に叱咤しながら試作型G放電装置を起動する。次の一撃が死に至る可能性のある2人を逃がすために。
「私だってしつこいんだからっ!」
皆のフォローに徹しよう。そう心に決めたユキの放つG放電の輝きが続けてステアーに命中する。
『そんなにつきまとうな、おまえらの期待には応えたくなるではないか!』
豹変するリリアンの声色。
(「今ッス!」)
彼女が言葉を紡いだ一瞬の隙に、煙幕の中、ブーストを発動させた源治とヴァレスは激戦区から脱出する。
『お待たせしちゃったね‥‥さぁて、第2回戦に行っちゃおうか?』
リリアンはそう言って、無数のミサイルを放つ。爆炎がエミールとユキの周囲に拡がり激しく空気を揺らす。
「3時方向にヘルメットワーム×4、9時方向からも×4‥‥下からですね〜あれ? ステアーがいません?」
銀子はそう言いながら煙幕銃を放つ。
だが、四方八方からヘルメットワームが薄紅色の光線を乱射してくる。
「ちょこざいな! これでも喰らいやがれ!」
希明が放ったH12ミサイルが爆炎の壁をつくる。そこにがむしゃらに突っ込んできたヘルメットワームが巻き込まれて態勢を崩す。
「いつのまに!」
煙幕の中に透き通った橙色の目玉のようなものがふわふわと浮いていた。
セラが翼の先端を擦らせると、それはいとも容易く潰れて粘着質の水滴となって落ちてゆく。
「ダメージが増えてる、なんだかおかしいよ」
ヘルメットワームのプロトン砲を受けたユキが異変に気づき悲鳴のような声を上げた。
「こっちもだ!」
「こいつらさっきまでと違う!」
薄紅色の光線‥‥プロトン砲の威力がこれまでにないほどに強力になっている。
新たな煙が拡がってゆく中、敵のエースをたたき落とせとヘルメットワームの勢いは留まる所を知らない。
ブーストを発動するタイミングを誤れば誰かが取り残されてしまう。残された者に待つのは死だ。
「慌てればそれだけ状況が悪化するよ! 落着いて協調する! 皆なら出来る事だよっ」
ユキは務めて明るく言う。
旧深川市上空から日本海へ抜けるまでの僅かな時間、撤退戦は熾烈を極めた。
●消えかけの希望
三沢に戻った機体はどれも無慈悲に傷つけられていた。機体を降りると雪路が報告に走る。
「小室のおっちゃん、たいへんや!」
ステアーの出現、爆煙から出てきた無数のキメラ、橙色に透き通った何か。言いた事は山ほどある。
雪路の報告を聞き終える前に小室は『分かった』と頷くと、北日本の全軍に緊急警報を発令する。
「札幌・苫小牧・千歳応答! 北広島・江別は不通!」
「広域電波障害発現!」
警報が発令された直後、強力な妨害電波が再び北日本を覆った。
バグア軍の完全奇襲は寸前で阻止された。だが、猶予時間は僅かだった。