●リプレイ本文
●敵機見えず
傭兵の一行は東の空に意識を集中する。薄青を引いた秋空に鱗雲が広がる。
「レーダーが真っ白になったぞ!」
威龍(
ga3859)の声が、ノイズ混じりの通信で届く。奥尻が発信源の電波妨害は強力だ。
心臓の鼓動がドラムのように連打され耳に響く。戦いの気配に誰もが緊張していた。
「ヘルメットワーム×6だね」
(「世界なんて大それたものは守れないかもだけど、今見えるお空と見える仲間くらいは守って見せるわ」)
そんなことを思っていた狐月 銀子(
gb2552)、そして菱美 雫(
ga7479)も肉眼で敵機を捉えた。
レーダーパネルは奥尻島を中心とした周囲を白く覆って表示するばかり、近づかないと様子は分からない。
だが、7人の傭兵達はお互いの声に頷き決意を新たにする。
「キューブワームは現れず‥‥ですか?」
偵察情報によるとキューブワームが居たはずだ。電子機器への妨害はあったが、頭痛などの特有の症状が現れない。
「どういう事だ?」
「今はじっと耐える時間だ、敵の出方を見てからじゃないと不利だからな。勝機が見出せるまで今は我慢の時間だぜ」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)の不安に威龍が言葉を返す。
事前に知らされていたが、奥尻は現在、妨害電波を発する基地だ。故にねらい打ちに合う可能性の高いキューブワームを先行して投入するなどという愚は冒さなかったのだろう。
「いやな予感がします」
奥尻島上空までおよそ20km。6機のヘルメットワームの微かな機影は雲と重なり視界から消えた。
雫は言いしれぬ不吉さを禁じ得なかった。これまでの様に無策に戦力を垂れ流してくるバグア軍とは勝手が違う。
先行するSu−27は速度を上げながら間隔を広くとりはじめる。敵への対抗手段であるラージフレアを射出するためだ。
味方機、制空隊・21機、爆撃隊・26機、計47機
敵機、ヘルメットワーム・6機 キューブワーム・2機、計8機+基地戦力
「成功させれば、戦局に大きく貢献出来るんだよな。しくじる訳にはいかないな」
充分な戦力を擁してはいたが、思わぬ痛手を受けることもある、威龍は気持ちを引き締める。
(「ええ、きっと‥‥来年はお墓参り出来ると思う。グス‥‥だから、私頑張るね!」)
歴戦の傭兵たちはこの戦いに勝ちの計算が立つかも知れない。しかしバグアの力には未知な部分もあり警戒が必要な点だ。
遥か後方を飛行するE2−Cのレーダーは、先行する21機と遅れて後方を飛行する26機の動きのみを必死に捉え続けている。
(「我はまだ弱い‥‥頼りにしてるよ、乙姫」)
篠ノ頭 すず(
gb0337)は思う。近づく戦いの気配に機体の兵装パネルに視線を向けると、主翼のハードポイントに並ぶ4発の短距離高速型空対空ミサイルを始め、搭載兵器の状況が穏やかな光を発して表示されている。
三沢基地を発ってから40分。間もなく攻撃開始だ。
戦時で無ければ快適な空の旅。初秋の海の幸を目指し島を目指す旅人で賑わっていたかも知れない。
だが、現実に島はバグアの容赦のない暴虐に晒され続けていた。住む者は逆らうことも許されず人類へ牙をむく戦いの尖兵に仕立て上げられていた。
(「私の大好きな鍋つる岩を返せ!」)
鍋つる岩自体は無傷で残っているが、平和は踏みにじられた。
思い出を隔絶された過去のものにされた真帆は怒りをこめて思う。
「攻撃開始!」
Su−27改は2機1組の編隊を作り、7方向から目標上空に突入を開始した。
嘗ての大津波を教訓に作られた防波堤。その先には黒く消炭となった集落跡。護るべきものはもう居ない。
島までの距離が5kmを切ると弾幕が機体の周囲で炸裂しはじめ不気味な空気の振動が伝わってくる。砲弾やキメラの放つ光弾、対空ロケットとあらゆる火器の応酬だ。
「なんだかでたらめな照準みたいだね、対空兵器の駆除はお空のHW達を捌いてからにするわ」
銀子がいち早く弱点に気づく。もし、正確無比だったら過去の偵察はことごとく失敗していただろう。
だが、上空で待ちかまえていたへルメットワームがラージフレアを射出中のSu−27改に射撃を開始した。
瞬間、4機のSu−27改が被弾。機体装甲の半分近くを失うダメージを受ける機もあったが被撃墜は無し。
「これはあの方の墓標を護る戦いです」
熊谷真帆(
ga3826)の脳裏にバグアに蹂躙される親族の姿が浮かぶ。その思いをぶつけるかのようにヘルメットワームへと機首を向ける。
14機のSu−27改から射出されたラージフレアが空に広がってゆく。
これで敵の探知装置への妨害が入る。戦闘の第一段階は順調だといえた。
しかし、すずと乙姫は姿を見せないキューブワームへ、そして敵の動向に不安を覚えていた。
その不安が現実となったのは、誰もが攻勢に転じようと思った瞬間。
「これは?」
『ヘルメットワームは客船じゃねぇ!』
通信機への割込み。ノイズ混じりに聞こえた声は味方のものではない。ヘルメットワームに乗り込んだパイロットによるものだ。
「ひぃ‥‥っ」
ヘルメットワームの編隊が雫の岩龍に一斉射を加えた。刹那、装甲が木の葉が焼け落ちるように落下してゆく。
6機分のプロトン砲の直撃を受けた岩龍は一瞬にして装甲の4割を失う。機体の警告ランプが一斉に点灯した。
ヘルメットワームの動きには明確な意図があり、まるで人間同士の模擬戦を行っているような挙動だ。
「くそっ! ジャミング装置は効いて居ていないのか?」
威龍は吐き捨てるように言う。
確かにジャミングは効いている。だが奥尻の妨害電波の影響は大きい。
「好きにさせるか!」
ドッグはバルカンのトリガーに手を掛ける。
飛び去ろうとするヘルメットワームに赤熱した弾丸の筋が伸びるも、装甲の表面を僅かに擦るだけだった。
「莫迦な!! シュヴァルム戦法だと! 何故バグアが?」
エースとは言い難い敵機であったが、訓練された兵士に操られるそれは柔軟な動きを見せる。
戦力の消耗を運用でカバーする事で、思わぬ副産物、ヘルメットワームの潜在能力が発揮され始めたのだ。
裏で糸を引いていたのはリリアン・ドースン。嘗て傭兵達に辛酸を嘗めさせられ、バグア最弱と罵られた彼女の怨念によって作り上げられた研究は今後傭兵達にとっての脅威となる可能性が高い。
低空から高空に高速で駆け抜けるヘルメットワームの動きに対し、一方的に被弾を重ねる能力者達の機体。
唯一立体的な機動を意識していた真帆であったが、移動力に勝るヘルメットワームは手強い。
「些細な想いが殲滅の刃に変わる事、思い知れ!」
彼女の放つスナイパーライフルの弾丸は着実にヘルメットワームを捉え装甲を削ったが、その機動を活かすための意識の統一が無かったことが惜しかった。
ようやく攻撃態勢が整ったと思った刹那、能力者達は激しい頭痛に襲われる。
「なによこれ!! こんなの聞いてない!」
初めて感じる苦痛。すずの脳裏に大切なものが焼かれてゆくイメージが侵入してくる。
「どこ?」
低空に蒼白く光るキューブワームが1つ、青黒い海面をバックに浮遊している。
「一筋縄では‥‥ゆかせてくれないのです」
雫は機体のダメージ表示を慎重に確認しながら周囲への警戒を強めている。装甲が強化されているとは言え再び集中攻撃を受ければ危険だ。
(「まずはこれからっ‥‥!」)
皆城 乙姫(
gb0047)はブーストを開始する。マッハ5付近に加速される機体の表面温度は瞬く間に数百度を超え、急激な加速による加速重力は肉体に激しい負担を加える。海上の砲台キメラから打ち上げられた低速の光弾はまるで静止しているかのように見えた。
瞬間、乙姫の雷電から放たれ無数の弾丸が上方から青白く光る六面体を貫いた。
制御を失ったような強い光を放ち海面に向かって落下してゆくキューブワーム。
乙姫は急降下から急上昇へ、機首を天に向けた瞬間、上空から4本の光線が槍のように降る。
ヘルメットワームのプロトン砲だ。装甲で受けとめるしかない。
「乙姫! ‥‥どうしよう?」
乙姫に救いの手を差し伸べる事は無理だ。信じるしかない。すずの放ったスナイパーライフルの弾丸がキューブワームに当たって弾ける。異様な点滅を見せながら海面へと墜ちてゆく。
その間近では乙姫の雷電が為す術もなくプロトンビームの直撃を受けている‥‥ように見えた。
『黄色い奴は化け物か!』
高速で上昇を続ける機体には傷が刻まれるも致命傷には至らない。融解した装甲が周囲に弾け飛び周囲に気流の渦を作って消えた。直撃弾を受けながら装甲の一部を破壊したに過ぎなかった。
「私ならだいじょうぶ」
乙姫が雷電のダメージ表示を確認すると僅かに1割ほどの損傷に過ぎなかった。直撃させた筈なのに‥‥。
Su−27改がミサイルを放つ。大空に14の煙の筋が伸びた。時間差を置き的確に放たれた高速ミサイルはヘルメットワームのうちの1機を捉える。僅かによろめくヘルメットワーム。
しかし、回避機動する2機のSu−27改は虹色光線の直撃を受けてしまう。直後、2機は炎の筋を引き始めて‥‥爆発した。
「こいつが片付かないとこちらは圧倒的に不利だからな」
威龍が放ったレーザーが点滅を繰り返すキューブワームに命中。直後黒い塊となって海上に落下する。
頭痛が消えた!
『くそ‥‥もう倒しやがったか』
「届け、あたしの想いっ!」
「8式螺旋よ出番が来た‥‥私の怒りで急所を抉れー」
刹那、銀子と真帆が放ったミサイルが命中する。
勢いを見せた能力者達は一斉に反撃に転じる。
ヘルメットワームの1機がフォローに入ろうと引き返すも間に合わない。
さらに1発、2発ヘルメットワームがピンボールのように弾かれ、火の粉をまき散らしながら弾け飛ぶ。
態勢を立て直そうと一瞬の静止を見せたそれが突然大きな火の玉となって砕け散る。
乙姫の放った必殺のミサイルが直撃していた。
●2つめ
反撃開始と息巻く一行を再び激しい頭痛が襲った。
2つめのキューブワームが島から浮上してきたのだ。
「せこいわね〜あれがあたらしい頭痛の種ね。頭痛には‥‥これ以上は危険よね♪」
銀子がツッコミの入りそうな商品名を口にしながら、ライフルを放つと、真帆も弾ける対空砲の弾幕にもめげずにライフルを放つ。
威力が増した訳ではなかった。攻撃の集中と最大限の機動。傭兵達がよく使う戦法をそのまま返して居るに過ぎなない。
重く圧し掛かる頭痛を振り払おうと乙姫はキューブワームへ攻撃に専念する。
やがて2個目のキューブワームも為す術もなく、その身に弾丸を受けて砕けた。
最大の攻撃力を持つ彼女が対応したことで敵の想像を超えた早さでキューブワームは全滅。
2度目の頭痛が消えた瞬間、威龍に背後を支援されたドッグがブレス・ノウの力を込めた必殺のミサイルを放つ。
煙の筋がヘルメットワームとの距離を急速に詰めて行った。命中。
だが、2機のキューブワームを小出しにした戦法は傭兵達の動きを分散させ被害を拡大させる効果を上げていた。
ダメージを重ねながらも依然5機のヘルメットワームが健在だ。それらは再び岩龍を狙う。
「また‥‥」
雫が煙の筋を曳きながら落ちてゆくSu−27改に切ない視線を向ける。
空に白いパラシュートが1つ開いた。
刹那、彼女の岩竜に4筋のビームが命中する。
『ピィーーー』
重大な損傷を示すアラームが鳴り響く。機体のダメージを示す値は8割近くに達した。
「ここまで‥‥みたいです。皆さんのことを信じています」
キューブワームを警戒するあまり戦力を散らされた傭兵達の周囲で味方機は傷ついてゆく。
「これぐらいはさせてくれ」
と、ドッグがバルカンによるけん制が僅かに彼女の撤退の時を稼ぐ。
雫は空域からの脱出に成功するが、ここまでのSu−27改の被撃墜は4機。
●リミット
爆撃予定時刻が近づいていた。作戦は計画に従って実施されるものだ。
そして、作戦とは参加メンバーが相互に約束を果たすことで成功するものだ。
敵の要撃は作戦に織り込み済みであり、それを想定した強襲のための訓練も行われている。
F−4改の燃料には余裕があったが、早期に航空優勢を確保しなければ損害を覚悟しての突入となる。
その後さらに1機のヘルメットワームの撃墜に成功し残るは4機。
だが、敵は4機を一つの小隊とし、巧みに回避と攻撃を繰り返す。
「よし」
威龍の放ったミサイルが3機目のヘルメットワームに命中した。爆発。敵の小隊編成が崩れた。
「真帆ちゃん、残り3機だよ。でも、時間的にヤバイかもね?」
残った3機のヘルメットワームが突然、西へ進路をとり増速を開始した。
逃走を始めたのだ。いや、撤退条件が決められて居たのかも知れない。
「勝ったのか?」
唖然とするドッグが西の空に視線を向ける。
視界の彼方に消えたヘルメットワームを追撃することはもはや不可能だろう。
依然強力な電波妨害は残っている。見捨てられたにも関わらず激しい射撃を空に向かって放ち続けている。
基地に残された地上の戦力には逃げる場所はない。海上に浮遊するキメラは海中に姿を消した。
「突撃!」
胴体下部に必殺のフレア弾を満載したF−4が4機または6機の逆V字の小編隊を組んで、目標の施設への接近を開始する。激しい弾幕の中、F−4改は正確に投弾を開始する。
地中に潜り込んだ弾体が弾け紅蓮の炎を巻き上げる。刹那、巨大なキノコ雲が立ち上った。
レーダーを覆っていた白いノイズが消えた。
しかし、容赦のない爆撃は続く、第二波・第三波、合計5回の爆撃は基地の機能を再起不能にまで破壊した。
こうして奥尻基地は機能は完全に消滅した。
煙を上げ続ける島を背中に威龍は思う。
(「上の連中が何を考えてこの作戦を実行したのか、そんなことはこの際どうだって良い。俺にしてみれば、今ここで出来ることをしないで、後で後悔するなんて事は真っ平ごめんだからな」)
「私、上手くできたのかな‥‥?」
乙姫がひっそりと呟いた。
「皆様お疲れ様です!」
無線から響くドッグの声は鮮明で作戦目標を達成したことを雄弁に語っている。
敵ヘルメットワーム3機と基地の無力化という戦果を上げた。これにより奥尻島以西の日本海の航空優勢は実質的に確保された。
対して、損害はSu−27改4機の損失。
傭兵達の機体では岩龍の大破、他機体も1〜3割未満のダメージを受けたに過ぎない。
だが、敵戦術の微妙な変化は一抹の不安を感じさせるものだった。