●リプレイ本文
●冬を待つ村
早朝。舞台となる小さな村は肌寒さを感じる気候で快晴であった。
UPCの高速輸送機は能力者の一行を下ろすと、慌ただしく飛び去ってゆく。
村への第一歩を踏み出すクレイフェル(
ga0435)の目に、家々の軒先にぶら下がった橙の鮮やかな色彩がが飛び込んでくる。渋柿をぶら下げて干し柿を作っている光景だ。時代が変わっても受け継がれてゆくものはあり、季節の巡りは人々に時間の流れを否応なく意識させる。
「色合いはとても激しいのに、不思議と穏やかな風景ですよね、それに落ちついた雰囲気‥‥」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)は過去の思い出と眼前の風景を重ね合わせ、静かに呟く。
のどかな風景であった。だが、キメラの出現はこの村に重い影を落としていた。本来であれば、今の時期は、1年の収穫を祝い冬に備える季節であった。しかし、道行く人はどこか足早であり、落ち着きがない。人々の発する気配は緊張感に満ちているように見えた。
「本部ケチ、トラック無い」
アグレアーブル(
ga0095)が淡々とした口調で呟く。彼女は依頼に必要だという事でUPCに備品の貸出を申し出ていたが、用意してもらえたのは、旧式の無線機と周辺地図のみであった。トラックは準備出来かねますとの事だ。UPCの台所はいつも火の車なので、多くは望んではいけない。
ラマー=ガルガンチュア(
ga3641)を先頭に老夫婦の居る病院を訪ねるが、あいにくと面会時間外であった。ラマーは老夫婦に逢うことは叶わずに残念に思ったが、戦いに向かう前の情報収集が主な目的だったため、気持ちを切り替える。
「いよいよ初任務だ! 勝手はまだよく分からないけど、皆の笑顔を取り戻す為にも! 一つやってみるかね!」
と気合いを入れる。老夫妻の事が気になっていたアグレアーブルも残念そうであったが、2人とも命に別状は無い事を聞き安堵する。
●村人たち
一方、シズマ・オルフール(
ga0305)とクレイフェルは家々を廻りながら、キメラの討伐についての告知を行い協力を求める。
村人達は見慣れない風貌の能力者の姿に戸惑いを隠し切れない。キメラ討伐の力を持つのが彼等である以上、露骨にそれを態度に出す者はいなかったが、返す言葉の隅々から不安と疑惑をのぞかせる。
だが、村人たちの心は、一生懸命に家々を廻る能力者の姿によって次第にほぐされてゆく。
キメラの出現については既に周知徹底されている事がわかる。彼らの悩みはキメラの恐怖だけでなく、収獲期に農作業が行えないことによる先行きの不安も大きいことが分かる。
そんな状況のなかで、決して多くはない蓄えを、作戦のために提供してくれる者も現れる。最も懸念されたトラックは、廃車同然のそれが偶然にも自動車整備所に放置されており、動くのがやっとではあるが好きに使って構わないという。しかも、もし壊しても気にしなくて良いとの事。
原則として、被害者である住民たちがこうした物資の提供を行う義務は無い。依頼の遂行の全責任は参加する能力者達の行動に掛かっているからだ。しかし、今回の事件に限っては、最近まで平和な地域であった事などの幸運が重なり、結果として希望した物資を整えることができた。
準備が整った能力者の一行がキメラの出現地に向かう。
「今回は。キメラの。殲滅。だけではなく。破壊された。日常を。取り戻す。ところ。までが。任務。です」
露崎キリヒト(
ga1960)が言う。麻堅 蝦蛄助(
ga3016)もそのとおりだと深く頷く。この村の日常を取り戻せるのは、集まった8人の能力者だけだ。
●決戦場へ
トラックはとりあえず動くようにしただけと言っても良い代物だった。戦闘になった場合は壊されてしまう可能性が高いので丁度良いのかもしれないが、ノロノロと走る様子は戦いを忘れさせるのどかさだ。
「相手は猿だったか? ええい! 腕がなるねぇコノヤロウ」
シズマはボコボコと音を立てるエンジン音に合わせるように言う。豪快なシズマの様子に、影響されてか一行の意気も上がる。
「猿退治といえば止めは臼やけど――まー、臼で踏みつぶすのはー無理やわな、臼は」
クレイフェルは童話の『さるかに合戦』を連想して、冗談ぽく言う。
アッシュ・リーゲン(
ga3804)はトラックの荷台に登ると周囲を双眼鏡で見渡す。
土地の多くが水田や果樹園といった農地に利用されていた。僅かな土地にさえも石積みの畔が作られていた。ここに住まう者は太古から土地を守り大地の生み出す実りとともに生きてきたことが容易に想像できた。
出発して小一時間ほど、一行は、ようやく老夫妻が襲われたと聞く丘陵地帯に到着する。
老夫妻の襲われた場所は地図で確認するまでもなくすぐに分かった。
おそらくは老夫妻の物であろう破壊されたトラック。
そして、キメラであるとは知らずに、害獣駆除として出動し、無念にも全滅させられた猟友会の方々の痕跡が生々しく残っていた。
「キメラが、狙うのは、車? 果物? 人?」
アグレアーブルは未だに解けない疑問を口にする。
キメラの出現で近づく者が居なくなった近辺の果樹園には、収穫をされていない果実が残っている。しかし、今はやるしかなかった。
●戦い
一行は戦いが周囲の農地に影響を与えぬように慎重に場所を選んでいた。手際よく餌の設置を終えると、シズマ、クレイフェル、セラフィエル、キリヒト、ラマーの5人は、素早く近くの雑木林の木陰に身を潜める。
そして、アグレアーブル、蝦蛄助、アッシュの3人はトランシーバーの感度を確かめつつ、トラックでの移動を開始する。餌場を中心にトラックを走らせ猿キメラを誘き出そうという作戦である。
今やボコボコいうエンジン音は、戦いの始まりを予告するドラムのようにも聞こえる。一行の間には緊張感が漂い、行動のすべてが戦いを意識したものへとなる。
その時だった、茂みら飛び出した何かがトラックに向かって一直線に近づいてくる。かなりの速さだ。
「危ない!」
誰かが叫んだ! 危機を察した3人は咄嗟にトラックから離れる。
刹那、トラックは強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。鳴り響いていたエンジン音が止まり、積み荷が飛び散る。猿キメラであった。そして、猿キメラは飛び散った積み荷には目もくれずに3人の中で最も大柄な蝦蛄助に狙いを定めると襲いかかってきた。
「俺かよ!」
敵の意外な選択に蝦蛄助が叫ぶ。しかし、逃げない。覚醒した彼の筋肉は力みなぎりを象徴するように張り詰め、至る所に血管がどす黒く浮き出ている。そのパワーは襲いかかる猿キメラの攻撃を受け止めることに成功する。
猿キメラは、攻撃を止められた事に驚く素振りを見せる。
「行きます!」
金色の瞳となり覚醒状態となったアグレアーブルはアーミーナイフを構えると、猿キメラに向かって飛び出す。その刃はキメラの発する特有の障壁を易々と突き破り猿キメラの身に大きな傷をつける。
『グゴゴゴッ』
猿キメラは声にならない呻きを上げる。
「そらそら、猿さんこちらだ! かかってきな!」
物陰にから飛び出した、シズマが挑発すると、釣られたキメラは注意を向ける。
「猿は賢者だと言われますが、貴方は愚者でしかないようですね」
クレイフェルは、注意のおろそかになった猿キメラの背中を発生する障壁を打ち破りながら、ザックリと切り裂く。
『!!!』
想像以上に強力な能力者達の攻撃。大ダメージを受けた猿キメラは体勢を立て直そうと距離を取る。
「私の矢は雷光、その程度の速さでは避けられません‥‥」
完璧なタイミングから放たれたセラフィエルの一矢が猿キメラの反撃の可能性を挫く。猿キメラはセラフィエルの姿を睨んだ。彼女の背中には白い光が天使の羽のように輝いていた。
「ぬゥあアアァァア!!」
そんな猿キメラに正面に飛び出すラマー。そして、赤銅色の腕に握られたバトルアクスを振り下ろす。
さらに、アッシュの放つ弾丸が追い打ちをかけるように命中する。
「もう終わりなのですか?」
キリヒトが呆れた様に言うと、止めとなる一刺しを加える。
まったく予想外な事に、あっけなく戦いは終結する。能力者達が強すぎたのか? その真相は分からない。兎に角、猿キメラは反撃をする間もなく一方的に撃破される事となった。
しかし、能力者達にとってたやすく倒せるキメラであっても、力なき民にとっては重大な脅威であり、生命を脅かす存在である事は確かだ。
アッシュやセラフィエルの提案で戦いの痕跡を片付けると一行は村へと向かう。
●秋の祭り
村に報告に戻った一行は、村人の大歓声で迎えられる。
それは仕事に出る事もできなかった村人達の感謝の気持ちだった。彼らは皆手に何かの道具を持っている。仕事ができる! それぞれの村人が所有する農地へと収穫に向かう。
そして、口々に「能力者さまありがとう!!」「助かりました!!」と叫びながら、能力者の一行の前を通り過ぎてゆく。こうして村人総出で収穫作業が始められる。
老夫妻はそんな様子を病室の窓から眺めていた。
「こちらです、皆さん。どうぞ入って下さい」
突然の来客に老夫妻は目を丸くする。
「皆さん、ありがとうございました。これでまた、美味しいお菓子を作る事が出来そうです。ここの柿は、本当に美味しいのですよ」
そんな言葉を発する翁であったが、怪我はまだ癒えてはおらず、どこか元気のない様子だった。
「こう見えても料理は得意やねんで」
クレイフェルが夫妻に切り出す。
「私もフィンランド風のパンケーキ『ohukaiset』を作れます」
セラフィエルが言うと、翁はその聞き慣れないの菓子のことを知りたいと言う。材料はある。そして道具も。そんな言葉をきけば、みんなの心の中にお菓子パーティの期待がもこもこと膨らんでくる。
「じゃあ早速試食会としましょうか?」
と、にわかにパーティの開催が決まるのだった。
セラフィエルの作るパンケーキはクレープの様に薄い。それがフィンランド風なのだという。
「ラマーさんもお料理をなさるのですね」
薄くは焼かないが、ラマーは愛用のメープルシロップをたっぷりかけた特製のパンケーキを作り上げる。
「見てくれが悪いかい? まあまあ騙されたと思って食べてみてよ!」
「うわっものすごく甘〜い」
という声がどこからともなく聞こえてくる。
夫妻ももまた、お返しにとイギリス仕込みの甘いチョコレートの作り方を指南する。
アグレアーブルは夫妻が工程について説明すると、すかさず必要な材料や道具を皆に運ぶ。
そうしているうちに夫妻のお店からは、特有の甘く芳ばしい香りが流れ出て、お菓子パーティを聞きつけた村人達が、それぞれに手に何かをもって現われる。
アッシュのお菓子作りの腕もかなりのもので、器用に薄皮のようなパンケーキとチョコレートを組み合わせる。そして、時折、ダイジェスト風に語るキメラ退治の報告話は子供達に人気ようだった。
お兄さんもどうですか? と誘われるも、
「器用だなぁ皆‥‥あぁ、俺様は無理無理、食う専門」
というのは、シズマである。
器用といえばキリヒトで、林檎をお手玉のように見せてみたりしながら芸を披露し、集まってきた子供たちを喜ばせていた。
お菓子作りは腕に覚えのある方達に任せ、私も食べる係と決め込みつつも、細かなところに気配りをするアグレアーブルだった。
そんな皆の様子を老夫妻も嬉しそうに見つめている。
「能力者の皆様、ありがとうございました、またいつでも遊びにきて下さいね」
そう見送る村人達に別れを告げ、ラストホープへの帰路につく。
「こんな世の中だからな。だからこそ‥‥普通のドキュメンタリーを、皆欲しがってるんじゃないかな?」
蝦蛄助は呟く。
バグアを倒しいつか本当に平和になったら、また作ってみたい。その日を思い浮かべると心があたたかくなるような気がした。