●リプレイ本文
●危険な海へ
「L・H――最後の希望などと言われているが、希望など幾らでもあると我は思うぞ」
パン、パン、パンと、リュイン・カミーユ(
ga3871)の後方で手を叩く音がする。
「その通りだ、私たちは決してあきらめない」
「なんじゃ、聞いておったのか? まぁ良い。この船団も、向かう街も、希望の一つだろう?」
振り向いたリュインは目を細めて、声の方へ視線を向ける。今回の依頼主の箱田社長であった。
UPCを経由しているとは言え、一般人がKVの出撃に関わることは極めて異例なことである。
夕暮れの色鮮やかな風景は急速に色を失い、
「船団の護衛かー色々物資を積んでるんだよねーちゃんと守らないとねー」
兎佐川・芽衣(
ga4640)が明るい声で言うと、箱田は彼女の胸をじっと見つめ、ため息をつく。
「ちょっとまて! どこを見ておるのじゃ?」
視線の先に感づいたリュインがツッコミを入れる。
「なんだか意味ありげだねー?」
芽衣が胸に手を当てながらハテナを浮かべたような表情を浮かべる。
「この子にも、希望はあるのですよ‥‥きっと」
と、何の希望であるかと追及を受けそうなコメント。箱田の額に汗が滲む。
「今回は輸送船団の護衛か」
ツィレル・トネリカリフ(
ga0217)の言葉は、仕事に関する事であった。
「もっとも、今回の物資は全て、UPC軍宛てなのだがな」
と、箱田は肩をすくめて見せる。
「あなた方のおかげで私達も戦えるのですね。しっかりと護って差し上げたいものです」
と、アダム・S・ワーナー(
ga6707)が気持ちを告げると、
「ま、戦争をやるには前線で戦う人間の、数倍の人間が後ろで動く必要があるもんさ」
ツィレルが言葉を続ける、箱田の回りに能力者達が集まり、打ち合わせが始まる。
「思えば、傭兵になってから日本で任務を行うのは初めてだわ‥‥」
リン=アスターナ(
ga4615)も会話に混じり、
「私も船団護衛は初めての経験ですね‥‥」
クラーク・エアハルト(
ga4961)も率直に未経験であることを告げる。
一般人の新兵であれば、繰り返しの訓練の必要な戦闘機の操縦。
しかし、能力者達は体内のエミタのAIにより、容易にKVを操縦できる。この事は一般人と能力者の大きな違いであり、箱田もそれを理解している。故に能力者を信頼しているのだ。
辺境での戦場。目的意識の共有が一時の友情を芽生えさせていた。
「これ以上、バグアの連中に好き勝手はやらせないさ! 無事に積荷を届けてやらないとな」
「大規模だけが作戦じゃない。俺たちが無事に送り届けさせてみせるさ」
河崎・統治(
ga0257)の言葉に月影・透夜(
ga1806)が続ける、箱田はそんな2人に『頼むぞ』という表情を見せる。
刹那、勇ましいマーチ風の音楽がスピーカから流れ始める。
『我が部隊は、連日、五大湖及びシカゴ方面の敵バグア軍を猛攻し、その過半の兵力を壊滅し、これを遁走せしめたり‥‥』
UPCを翼賛するラジオ放送が五大湖での大規模作戦の様子を伝えはじめる。音声にはノイズが混じるが、誇張された戦果とUPCを賛美する内容であることは分かる。
「手柄を立て損なったか? はっはっはっ」
箱田が景気よく言うと、
「払いの良い仕事のようだし、張り切っていくとしますか」
と、ツィレルは苦虫を噛みつぶしたような笑顔を浮かべて応える。
戦いの行く末に人類がどうなってゆくのか? だれにも分からない。バグアとの戦いは18年目に入り、人々の感覚も変化してしまっているのかもしれない。
『我が方の収めたる戦果次の如し‥‥』
番組が敵機の撃破数などを伝える度に、船内の各所からどよめきが聞こえてくる。
今は一致団結して戦うときだ。しかし、人類が勝利を収めたとしても、現在の影響を強く受けた世界になる可能性が高い。
「うぅわ、目茶寒いな。せやけど冬でも体育は半そでやった」
傭兵たちの複雑な心境を打ち消すように、三島玲奈(
ga3848)は叫ぶ。
うさぎの耳とか大抵の着衣には驚かない箱田であったが、流石に困惑を隠せない。
「見ぃ。大阪弁でさぶイボ言うねん」
海上の気温は氷点下であり、風が吹く事で体感温度はさらに下がる。
マニアな服装は一行が打ち解けるのには一役買ったのだが、玲奈には健康上の問題から慎重な説得が行われる。そして、貸し出しの防寒着を着用する事になるのだった。
この後、船団と行動を共にする上でのお約束のすり合わせが行われ一行は行動を開始するのだった。
●月明かりの海
「レーダーがあまり頼りにならない以上、地力で索敵を行う必要があるんだよな」
そう告げると、ツィレルは発艦する、エンジンの爆音が轟く。
海を照らす光は太陽から月へと変わっていた。穏やかな月光がツィレルの機体を照らす。
「うちもいきまっせ! TACはタイガーと呼んでおくんなはれ」
続いて、玲奈が発艦し、リュイン、そしてB(ブラボー)隊が後に続く。
傭兵たちは9機を3機ずつの3班構成とし、2時間飛んで1時間休むをワンセットの行動としていた。
各班が取る休憩時間を1時間ずつ、ずらすことで、常時6機のKVが船団上空を護衛するよう考えられていた。
肉体的な負担がかからないよう工夫されており、緊急時にも誰もが力を十分に発揮できる作戦である。
統治と芽衣が纏めた隊の構成は以下の通り。
・A(アルファ)隊
1 ツィレル・トネリカリフ
2 三島玲奈
3 リュイン・カミーユ
・B(ブラボー)隊
1 月影・透夜
2 兎佐川・芽衣
3 アダム・S・ワーナー
・C(チャーリー)隊
1 河崎・統治
2 リン=アスターナ
3 クラーク・エアハルト
尚、搭載のヘリコプターは3時間で1単位の飛行が予定されていたが、傭兵達の哨戒の計画は充分であったため、あまり出番は無いようだ。
●襲撃
作戦開始から5時間ほど、ローテーションも2巡目に入っている。船団は順調な航海を続けていた。
傭兵達のKVは輪形陣を取る船団を中心に円形を描いて飛行し360度を監視する形で哨戒を続けており、大型のキメラやヘルメットワームが接近した場合、まず見逃すことはないと思われた。
バグア軍の拠点が近いため、船団は早々に探知されている可能性が高い。それでも何事も無いことを祈るように、無線は控えめに、窓の灯りを隠しひっそりと行動していた。
「気を抜くな! 函館方面には特に注意だ!」
透夜はそう言うと再び発艦する。
B隊の発艦を確認したA隊が着艦を始める。
「関西人は粉モンに弱いとゆう。お好みやたこ焼き、八橋という感じでな」
相変わらず元気な玲奈は、厨房にたこ焼き器が無いことを残念に思ったかもしれないが、しゃあないなという感じで、せっせとお好み焼きを作る、深夜の船内に香ばしい匂いが漂う。
だが、事態は静かに変化の足音を忍ばせてくる。
「艦長! 聞いてください」
パッシブソナーの聴音手が録音を再生させると、
『ザシャアアッ! ケケッ! ケケッ!』
海面から大きなものが飛び出す音。生き物の奇声。再び海面に落下する音は確認できない。
「すいぶん遠くだな? 進路変更! わざわざ敵に知らせる必要は無いだろう」
護衛艦からの情報は帝陽丸と能力者に伝えられ、船団は大きく西に進路変更を開始する。
リュイン、透夜、アダムらが事前に発光信号の確認を行っていたために、情報は正確に伝達される。
「攻撃しないのか?」
攻撃の必要を感じていた統治は船団の対応に疑問を感じたかもしれない。しかし、彼等のミッションは『輸送』であり戦闘を回避することが重要なのだ。
30分ほどが過ぎ、
「相対速度4ノット! まっすぐこちらに向かってきます」
外周の護衛艦からの緊急通信だった。
「――!? 発砲炎!!」
リンが海上の閃光を視認すると、
「こちらStriker、止めを刺す」
低空を警戒していた統治が被弾したキメラに接近し、レーザーを放つ。
最初の被弾でダメージを受けていたキメラは、統治の放つレーザーを避ける事も出来ずに身体を貫かれるしかなかった。力尽きたキメラは細長い身体をうねらせるようにして落下してゆく。
微かな探知音と共に新たに2体のキメラが細長胴体をうねらせながら空中に昇ってくる。
「こちらLunar、これより攻撃を仕掛ける。バックは任せるぞ」
キメラに接近すると、透夜はガドリングを放つ。刹那、キメラも光弾を応射してくるが透夜は難なくこれを躱す。
「皆のアイドル、芽衣たんの華麗な空戦ショーを見せてあげるよー♪」
上空から放たれた光の筋がキメラを貫通すると、身体は2つに切り裂かれ落下してゆく。
「‥‥って、今は夜か。残念」
傭兵たちの援護のお陰で、船団は最高速度の19ノットを維持できた。大型のキメラとの戦闘を断続的に発生したが船団に近づく前に全て撃破され航海に支障はない。
戦闘の度に傭兵達は疲労を重ねるが、休憩を交えることで、その蓄積を最小限に留めていた。
作戦開始から9時間が経過しようとしていた。序盤の進路変更の影響で1時間程度遅れている他は順調である。
このままたどり着けるのでは無いか? と誰もが思い始めた刹那、
『ガシャーン!』
「ブリッジに飛行型キメラ! 総員緊急配備!」
帝陽丸の船内に流れる緊急放送。そして銃声。
照明弾が空に放たれ船団が明るく照らし出される。
休憩の為に船内に戻っていたC隊の統治、リン、クラークの3人が船室から飛び出ると、人工に照らされた風景の中を数体の羽の生えた人型キメラ、ハーピーが舞っていた。
設置された35ミリ機関砲の放つ閃光が命中するとハーピーは大きく吹き飛ばされる事が確認できた。
空中のキメラに対してはある程度対応は出来るようであったが、ブリッジにとりついた方が問題であった。
そうしている間に、ハーピーはブリッジの扉をじわじわと引き剥がし、箱田達に襲いかからんとする。
「くそっ!」
アダムが言葉を漏らす。
KVの火力は強力すぎるため、船体に付いたキメラを攻撃することが出来ないのだ。
そこに、淡い銀のオーラに包まれたリンが弾丸のような速さで現れる。振るわれたディガイアの爪はハーピーの羽を的確に切り裂く。はじき飛ばされたハーピーに統治がアサルトライフルの銃弾を叩き込んで止めを刺すのだった。
上空には数体のハーピーの姿が見られたが、19ノットという船団の速度が幸いし、次第に浮遊しているハーピーとの距離を広げてゆく。
「ヘルメットワーム2機、函館より接近中」
護衛艦からの緊急警報。そしてミサイル発射の閃光が風景を照らす。
「こちらは大丈夫だ! ブラボー3はヘルメットワームを頼む!」
帝陽丸からの通信に促され、アダムは上空へ戻る。
間もなく、船体にとりついていた残りのハーピーも3人の傭兵達により、駆除される。
ヘルメットワームは護衛艦の放つミサイルを回避すると船団への直線コースを取る。
「もらった!」
直進する敵の隙を見逃さずにツィレルが低空からミサイルを放つ。牽制の為に放たれたそれは僅かな時間差を置いてヘルメットワームに到達する。爆発の明かりが夜空を赤く染める。
「どっからでも掛かって来いや!」
玲奈の放つミサイル、そして、アグレッシヴ・ファングの力を得たリュインのミサイルが立て続けに命中し、ヘルメットワーム(1)は大きく体勢を崩す。
「こちらブラボー3。敵を確認しました」
「必殺! アグレッシヴミッソー! 食らえー!!」
一方、アグレッシヴ・ファングで威力を上乗せした芽衣のH112ミサイルの盛大な弾幕がヘルメットワーム(2)の装甲を盛大に飛び散らせ、透夜の新型ミサイルが機を逃さずにダメージを追加していた。
恐れられていたヘルメットワームだったが、早期の探知に成功したことと、バグア軍の予測以上にKVの性能があがっていたことにより瞬く間に損傷を重ねる。
体勢を崩したヘルメットワーム(1)がツィレルに虹色の光線を放つが、大幅に強化された装甲には僅かなダメージしか与えることが出来ずない。逆に背後に回りこんだ、玲奈がレーザーを放つと避けることも出来ずに機体に穴が穿たれるのだった。さらにツィレルのガドリングが命中し、
「生憎と我は白兵戦の方が得意なのだが‥‥それでも負けてやる気はない」
リュインのレーザーが命中すると、ヘルメットワーム(1)は大爆発を起こしバラバラの破片と化して落下してゆく。
ヘルメットワーム(2)が放つ虹色の光線がアダムの機体をかすると被弾を示す警告音が鳴り響く、ダメージは軽微に留まっていた。目の前の敵に対する複雑な思いを乗せて、アダムはトリガーに手を掛けるとバルカンの火線が敵に向かって伸びて、炸裂する。僅かなダメージしか与えることはできなかったが、
「幸いにも私は一人ではありませんのでね‥‥」
刹那、囮として近づいた透夜の攻撃が大ダメージを与え、さらに芽衣の放つミサイルが再び命中するとヘルメットワーム(2)の機体は2つに砕け、そのまま木の葉が舞うように落下してゆくのだった。
手数で優位に立つ能力者達にとって、今回のヘルメットワームは恐るべき相手ではなくなっていた。
「このまま何事も無――い訳はないなぁ? 着たぞ! 今度は3機だ!」
リュインが言葉を発した刹那。
「待たせたな!」
統治からの通信、そして、リンとクラークが後に続く。
帝陽丸に残されたハーピーを、手早く片付けた3人が合流する。
第二派のヘルメットワームはC隊の力を得た一行を前に、船団に近づくことすら出来ずにダメージだけを重ねると、逃げるように引き上げてゆく。前方の陸地、そして灯りが所々に見える。
「見えてきましたね‥‥」
ほっとしたような声で言うアダム。
「北海道というと、木彫りのクマと言うのが有名でしたっけ?」
「いい機会だし、実家に顔、出しておこうかしら?」
任務の成功を確信したクラークの言葉に、リンもつられるように言う。
ほのぼのとした空気が流れる。
夜明け前の苫小牧の港の灯りが一行を温かく迎えているように見えた。
リュインが希望を込めて言う。
「さて、夜明けだ。待っているな――蟹が!」
世界を照らす役割は、月から太陽に引き継がれようとしていた。