タイトル:まといを振るえマスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/30 07:17

●オープニング本文


 最初の火の手がいつどこからあがったかは誰も知らない。四国の港町で起きた火災は、瞬く間に家々をなめ尽くし飲み込んでゆく。
 幸い、と言っていいものだろうか。先日近くで起こったキメラと傭兵との戦闘による影響で、その町の住民はある程度が避難している状態だった。道路は破壊され、橋は落ち、消防車の到着が遅れたことを考えるなら、やはり幸いとは言えないだろうか。
 有志が川からのバケツリレーを行ったが、大火に涙を流して消すようなもの。到底人の手の及ぶところではない。人々はあきらめて逃げざるを得なかった。
 古い町には木造の建造物が多く、火は勢いを増し、更に風にあおられて広がってゆく。

 さて、古今東西、戦争において欠かせない物の一つに兵糧がある。戦闘は肉体的にも精神的にも著しく人間を消耗させるものだ。だが食事は人の肉体的・精神的な力を驚くほど回復させる。栄養価・取り扱いの簡易さはもちろん、味は重要事項だ。
 この港町にはひとつのプラントがある。生産しているのは、多少値は張るが美味と評判であるレーションの原料だ。UPCでもその恩恵にあずかっている者もあるだろう。

 だが今や、大火は無情にもそのプラントをも飲み込もうとしている。
 事態は一刻を争う。建造物の破壊もやむを得まい。プラントを火災から守るのだ!

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
群咲(ga9968
21歳・♀・AA
水無月・翠(gb0838
16歳・♀・SF
梵阿(gb1532
10歳・♀・ST

●リプレイ本文

 青空に航跡雲を描いて八機のKVが炎を追う。
 漆黒の雷電は漸 王零(ga2930)。悪魔の名を冠された彼にとっても、何が起こるか分からない自然相手では、明確な敵意を持つ相手よりも厄介であると感じられた。作戦区域の地図をモニターに表示し、破壊候補と見比べながら効率良く火の進行を止める方法を思案する。彼は最悪の場合、ソードウイングによるプラント周囲の破壊もやむなしと考えていた。
 ヒューイ・焔(ga8434)のハヤブサが煙をくぐる。降下に備えて着陸場所を探す彼は、不意に下からわき上がった煙に視界を阻まれ顔をしかめた。
「下に降りると視界が狭くなるだろうな」
「では、作戦通りに」
 水無月・翠(gb0838)の岩龍がわずかに速度を落として機体を傾け旋回を始める。彼女は上空からの状況把握と情報の統合を行う。そのことが効率の良い消火活動に繋がり、破壊する建造物をできる限り減らすことになるからだ。
 カルマ・シュタット(ga6302)は燃えさかる炎が向かう先に木造建築物の群れを見て低くつぶやく。
「消火はもちろんですが、住民の避難も何とかしなければなりませんね」
「警察は応答がありません。消防は道路の破損で立ち往生していますね。到着には時間がかかるそうです」
 石動 小夜子(ga0121)の声は沈んでいた。十分な準備もなしの消火活動、ましてや彼らは戦うことに関してはプロでも火災相手には全くの素人である。専門家の協力が得られないとなると少々厳しい。
「‥‥まさか、KVで火消しの真似事をすることになろうとは‥‥」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の雷電はハンマーボールを装着している。かつて江戸の町を守った男たちに習い、延焼先の建物を速やかに破壊して火を食い止めるためだ。
「仕方ないよ。新しい住居はお偉いさん達に何とかしてもらおう」
 何より延焼の拡大を止めるのが先決と覚悟を決めた群咲(ga9968)は明るく言った。速く、疾く。躊躇う時間があるなら一人でも多く守った方がいい。
 梵阿(gb1532)はそうだなと答え、力強くうなずいた。
「では行こう。人々の明日と、我らの意気を繋ぐ糧食の為に。Raise−Frag!(纏を振るえ)」

 彼らは、病人の搬送等に手間取りそうな総合病院、避難予定地の市民公園、そして被害を広げてしまいそうなガソリンスタンドと、延焼が急速に広がり被害が拡大しそうな木造建築物の密集地帯を死守することを事前に決めていた。幸い火災はいずれにも到達してはいない。だが風が炎をあおっており、時間の問題と思われた。炎は広い範囲を東から西へと向かっている。

 水無月は低速で旋回しながら風向きと火の広がりを観察し、炎が燃え移ると被害が大きくなりそうな家屋を通信で他のメンバーに伝える。
「グラウンド東3、木造の平屋があります」
『漸だ。今向かっている』
 漸はその一帯を既に破壊目標に入れていた。燃える街路樹を飛び越えると、コクピットにまで熱が伝わってくる。人型形態で道路に降り立ち、声をかけて中に人がいないことを急いで確認すると同時に破壊方向も見極める。破壊したことでかえって燃えやすくしてしまったのでは元も子もない。
 躊躇わずに。そして、炎を導くように。漸は迫る炎と風に向かってジャイレイトフィアーを振るった。回転する刃が家をみるみる瓦礫へと変えてゆく。

「焔だ。スーパーの見回りは俺が行く。水無月機は上にいてくれ」
『水無月、了解』
 焔はスーパーの駐車場に降りた。火が迫っているせいか既に人はいない。幾度となく声をかけても答える者も動く物もなかった。
 スーパーの駐車場と隣接した道路をあわせれば十分な防火帯になる。この周囲の家をうまく壊せば、こちらへ向かっている炎は止める事ができそうだ。焔は駐車場に止められた車を一台ずつどけると、『閉店セール』と書かれた古い看板を器用に引き抜いて駐車場の隅に置いた。
「さて、と。徒手空拳でどこまでやれるかな」
 焔は一度自分の拳を握ってからコントロールパネルに手を伸ばす。ハヤブサの駆動音が一瞬高まった。

 群咲は万一に備えてディアブロを中学校のグラウンドに着陸させた。学校はしんと静まりかえっている。教師も生徒も既に避難しているのだろうか。群咲は窓から中をのぞきながら外部スピーカーで避難を呼びかける。
 ‥‥おさない、かけない、しゃべらない。
 彼女は目をこらしながらつぶやいた。ただでさえ教育の場として避難訓練が行われる場。最近戦闘が起きたばかりともなれば生徒たちも訓練を疎かにすることもないのだろう。何度か呼びかけてみたが、動くものはなかった。彼女は飛び立ちブースターをかけようかと迷ったが、目的地までの距離と練力を考えて、効率の良い飛び方を心がけることにとどめた。次は小学校だ。

 住民の避難が十分に確認されておらず、更に火災が到達した場合被害が甚大となりそうなのは、木造建築物の密集地帯。急行したロサ、シュタット、梵阿は、それぞれ手分けして住民の避難誘導と防火帯の作成に走った。
 ロサは声を上げながら狭い道を注意深く歩く。
「火事です! 声を上げて下さい!」
 梵阿の声が町に響き渡る。
『こちらは国際平和維持機構UPC麾下ULT所属、梵阿。市民の皆さんの避難を支援させて頂きます。本放送が聞こえました方は、速やかに市民公園への移動をお願いいたします。移動の際はお隣、ご近所の方が残られていないかお確かめの上、異常等ございましたら、お近くのULT職員までご連絡ください。皆さんのご協力をお願いいたします』

『南8、火災が近づいています。早急に対処をお願いします』
「ロサ、了解」
 水無月からの通信に答え、彼は既に火が燃え移っている家に近寄った。まだ燃え始めたばかりと言ったところだが、周囲の状況からいって破壊してここで火を食い止めるしかない。
 ハンマーボールを振り下ろすと、破砕音とともにガラスが飛び散り、自らを盾とした雷電の装甲にぶつかって砕けてゆく。中に住む人間を守る役目を持った家は頑丈なものだ、そう簡単に倒れはしない。二度三度と打撃を受けても耐え続けた。
 炎が急速に近づいてくる。ロサの額に汗が浮かぶ。まだ十分な防火帯とは言えない。このままでは背後の町並みに被害が及ぶ。この先には、残った住民を避難させることになっている市民公園があるのだ。
「とっとと砕けろ!」
 叫び声と同時に、悲鳴のような音を立てて家は倒壊した。ロサはすぐさま瓦礫の撤去にかかる。木を掘り起こし、瓦を庭の側に積み上げて防火壁とする。頼りないが、ないよりはましかも知れない。

 シュタットは木造建築物密集地帯上空を旋回しながら、まだ現場に残る人はいないかと確認をしていた。燃える家の近くに繋がれて吼え続ける芝犬の姿を見て即座に着陸する。少し垣根と盆栽を倒してしまったがやむを得ないだろう。KVを降りて犬の首輪を外してやると、犬は逃げるどころか炎上する家に向かって吼え続けた。
「中にご主人様がいるのか?」
 家に呼びかけても返事はない。炎は家の中にまで達している。あまり長居はできないだろう。シュタットは放水用の蛇口をひねって水を浴びると、扉に手をかけた。一瞬の迷い。だが覚悟を決めて開け放つ。ここから先は火と煙の領域だ。シュタットは頭からジャケットをかぶり、中に踏み込んだ。
「誰かいますか!」
 焼け落ちた柱と箪笥にはさまれた老人が弱弱しい声で答える。柱の炎が今にも老人が横たわる布団に燃え移りそうだ。瞬時にシュタットの右手の甲に覚醒を示す文様が浮かび、全身の筋肉が盛り上がる。彼は太い柱に手をかけて背をこじ入れ、渾身の力を込めて持ち上げた。

 石動は駅の見回りをしたが、残っていたのは駅員たちだけだった。最終点検と駅の閉鎖を行っているのだという。
 車両を移動させることで、線路そのものを防火帯とすることができそうだ。石動はアンジェリカを操り、できる限り車両を傷つけないようにホームから移動させる。その際、近くにあった木を丁寧に掘り起こして駅前広場に横たえた。こうしておけば炎から逃れられるだろう。
 石動は駅長に貨物車両を借りたいと話しかける。理由を聞いて駅長は吹き出し、非常事態だからと許してくれた。
「成功を祈っていますよ。いやあ、見物できないのが残念だ」

 漸、シュタット、ロサによって防火帯が作られてゆく。三機では広範囲の火災を止めるには心許ないが、水無月機の先を読んだ指示と、漸が容赦なしに延焼のきっかけとなる建造物を排除していることがぎりぎりのところで炎の進行を食い止めていた。水無月は忙しくデータと視界を見比べて指示を出しながら流れる汗をぬぐう。焔からの通信がかすかに歪んで聞こえた。
『川は地図どおりに流れてるぜ。水は十分。作戦に使えそうだ。俺は一足先に準備を始める。開始位置は‥‥』
 焔は広い河原があり、複数のKVが降りる余裕がありそうな場所を指定した。
「わかりました。‥‥ロサさん、作戦可能です。北2ブロックを抑えたら開始しましょう」
『こちらロサ。了解。手の空いた者は応援を頼む』
『石動了解しました。どなたかコンテナの運搬を手伝ってください』
『群咲、了解! 小学校に先生たちがいたから、こっちの誘導終わったらすぐ行くね!』
『こちらシュタット。防火帯の維持は任せてください』
 全域、ほぼ炎が広がるのは抑えられているが、北2ブロックは未だ火勢が強く、しかも木造建築物にさしかかっている。ここからが正念場だ。
 ‥‥大規模作戦では常に情報の只中にある身、この程度は果たせなければ。
 水無月は長く息をついてから顔を引き締めた。
「消火は橋周囲を優先しましょう。消防が動けるようになるはずです」

 炎に近いとある民家の前。漸は困っていた。壮年の女性が一人、家から頑として動こうとしないのだ。
「ちょっとアンタ! 何だってんだい? 勝手にそんな大きな足でずかずか人んちの庭に入るんじゃないよ!」
「火災が迫っています。ここは危険ですので、指示に従って避難してください」
「えらそーに高いところから見下ろしてんじゃないよ! これだから最近の若いモンはねぇ」
 漸は、話を聞かない相手は敵よりも厄介だと渋面になる。
「こちら漸。住民が説得に応じない。梵阿、ここは任せるぞ」

 現地に到着した梵阿は少し考え、咳払いをして話しかける。
「ご婦人。市民公園には今、貴女のような気丈な方の助けが必要な方が大勢います。我々では力及びません。どうか公園に向かい、傷ついた人々を救っていただけませんか。今の我々には貴女しか頼れないのです」
 ややあっていそいそと公園へ向かう女性は、最後に振り向いて叫んだ。
「ちょっとあんた。あたしの家。ちゃんと守ってくれるんだろうね?」
 梵阿は生真面目に「了解しました、お任せ下さい」と答えたが、女性の姿が見えなくなるとその場を後にする。
『お見事。ところで家がどうとか言っていなかったか?』
 焔の通信に梵阿はしれっと答える。
「嘘はついていない。炎が到達しなければいいのだろう。万一到達してしまった時は‥‥」
 彼女は苦笑した。
「誠心誠意謝って、お偉方から少しでも多く補償金が出るよう願おう」

 石動が確保した二両目の貨物車両運びを手伝いに来た群咲は、ディアブロの指を車両にかけて出力全開で持ち上げようとし、あまりの抵抗の無さに叫んだ。
「うおお! ‥‥すっごいパワー!」
 限界重量はそう変わらないが、何しろ瞬間的に出せるパワーが彼女が前に乗っていたR−01とは全然違う。これが性能の違いというものかと感心しながら、今度は力を調節して車両を持ち上げる。
「しっかしホアキンさんも目のつけどころがいいと言うか‥‥」
『ふふ‥‥ロサさんの発想はとても面白いですね』
 石動はくすくすと笑った。
 通信機から焔の声が促す。
『準備できてるぞ。早く来てくれ。こっちはもう始めているからな』

 水を入れた貨物車両をKV二機がかりで運び、炎にかけてゆく。ロサ発案の、KVによるバケツリレー作戦だ。
 白い煙が上がり、激しい音を立てて炎が沈黙する。炎を防火帯に追い詰めるように、徐々に範囲を狭める。水はあくまでもわずかずつ。雨のように優しく焼け焦げた街を潤す。逃れようとする炎は漸とシュタットが阻む。
 消火を。怪我人の手当てを。防火帯の維持と瓦礫の撤去を。彼らは武器を持ってはいなかったが、町のあちこちで確かに戦っていた。

 それから暫くして完全に消火が確認され、作戦の終了が水無月によって宣言された。
『随分派手にやったもんだな』
 焔のあきれ気味の言葉に、漸が答える。
『我の想定より相当少ない』
『もう少しで手に負えなくなるところでしたから』
 カルマは風に揺れ始めた木を見て、安堵の息をつく。
『家は建て直せばいい。命とプラントを守れたんだ、上出来じゃないか?』とロサ。
『梵阿だ。こちらも応急処置終了だ』
『身体の傷はともかく、心の傷はね‥‥』
 群咲は先ほど避難誘導をした小学校でのことを思い出していた。炎を恐怖していた子供たちが、夜を安らかに眠れるようにと祈る。
 石動が手を打ち合わせたのか、軽快な音がスピーカーから響いた。
『笑いは癒しだといいますよ。住民の慰問は梵阿さんと水無月さんにお任せしましょう。作戦会議での漫才、とても楽しかったです』
 全く悪意のない言葉に、梵阿はひるんで言葉にならない言葉をもごもごと口の中で転がした。
『そうか‥‥? わしはその‥‥』
 水無月はちょっとした冗談を真に受けられても困ると言いたそうに短いため息をつく。
『しませんよ』
『う、うむ。そうだ。しないぞ。そういったことはわしらの仕事ではないからな』
 落胆していたのは石動だけだろうか?

 ロサの希望による食料プラントの見学は残念ながら火事の影響の点検中のため許可されなかったが、プラントの責任者が後日直々に礼をしに来るという。
「噂のレーション、貰えたりするのかな‥‥?」
「味見してみたいですね‥‥」
 ロサの独り言に石動が思わず正直にこたえ、顔を赤らめた。

 その後、石動とシュタットは帰還ぎりぎりまで復旧作業を手伝っていた。
 積み上げた瓦礫の側を走ってゆく救急車を見送り、石動は微笑んだ。アンジェリカを変形させて駅へ飛ぶ。貨物車両を返却し、移動させた車両と木を元に戻すのだ。
 シュタットは廃材を崩れないように積み上げると、シートの上でのびをする。戦闘ではしない動きの連続で、いつもとは違う疲れが押し寄せる。彼はディアブロのコントロールパネルを軽く撫でた。
「いつかKVをこんな風に使う日が来ればいいな」
 呟いたその目に憂いが過ぎる。KVは戦うために生まれた戦場の申し子。明日からまた彼とともに戦場へ飛び立ってゆくのだ。
「‥‥もう一仕事するか」
 シュタットは夕日に目を細めて体を起こし、再び操縦桿を握った。