タイトル:聖獣咆吼 黒の章マスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/08 17:04

●オープニング本文


 エクアドル諸島はピンタ島のロンサム・ジョージ。推定百歳。仲間は彼を残して地球の歴史に消えてゆき、もういない。明日を語る友も、ともに日々を生きる伴侶も、未来を見つめる子も。長い間、彼は独りぼっちだった。
 皺だらけの顔、太い足。岩のような甲羅を背に負い、草をはんで日々を過ごす。そう、彼は地球に唯一生き残ったピンタゾウガメである。
 長い間独りでいたためか、近縁種の雌にも興味を示さずに過ごしていた。だが最近になってつれあいを持ち、子どもまでもうけた。もうジョージは独りぼっちではない。

 さて、舞台は変わり南アメリカ。ここにも特別な亀がいる。
 地響き立てて歩き、頑丈なドーム型の甲羅はまるで小山。太い足は大地に穴を穿ち、長い尾は蛇のようにうねって熱帯雨林をなぎ倒す。長く伸びる頭をもたげ、異様に裂けた口からは冷気を吹き出す。
 それは巨大な亀のキメラだったのだ。

 こちらは唯一の存在であってもその根が絶えるのを惜しむ者はいないだろう。
 ‥‥バグア以外は。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
旭(ga6764
26歳・♂・AA
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
ナナヤ・オスター(ga8771
20歳・♂・JG
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD

●リプレイ本文


 キメラは甲羅だけで頭から足までの直径が五メートル程度、更に鞭のようにしなる長い尾が三メートル程度。石動 小夜子(ga0121)が持ってきたバナナには目もくれず、非常にのんびりとした動きで樹木を押しのけてゆく。のんびり、といっても大きな体での一歩だ。鈍重でありながらもけっして遅くはない。
 邪魔な木には頭と尾の一撃で攻撃、打ち倒す。踏み越える。通ったあとは地面がえぐられ、踏み潰された木の破片が散らばっており、強い植物のにおいがこびりつく。まるで重機か戦車だ。少なくとも見失うことはあるまい。
「道路開発に役立ちそうなキメラですね」
 旭(ga6764)は呆れ顔だ。話を聞いたときには縁日の亀掬いや学校の水槽などといったほのぼの映像が浮かんだものだが‥‥「これだけ大きいと可愛くないですね」キメラに可愛いも何もないか、と苦笑する。
 新条 拓那(ga1294)が顔をしかめた。
「成長した亀の図体ってのは相当なもんだって聞くけど」
 キメラは非常に硬質な甲羅をまとっている。正面からの攻撃は効果がない。確かに報告ではそうなっていた。試しにと撃ち込まれた弾丸は甲羅の表面で非物質の赤い壁に阻まれ火花を散らす。キメラは五月蠅そうに首を軽く横に振ると、目の前に立ちふさがったひときわ太い木の幹に挑み始める。
「これじゃ戦車相手に喧嘩売ってるようなもんだ。堅すぎるったら!」
「硬さを誇るキメラは厄介ですよ、ええ‥‥ですが、その分倒しがいというものがある訳でして」
 ナナヤ・オスター(ga8771)は元々細い目を更に細めて嬉しそうに含み笑いをしている。スキマ産業的スナイパーとしての魂がそれなりに燃えているようだ。‥‥何だスキマ産業って。
 石動は轟音を立てながらのそのそと歩いてゆく亀の小山のような背を少し寂しそうに見送った。
「仕方がありませんね、攻撃で気をひけるか試してみましょう」
 新条は石動の白い横顔を心配そうに見つめる。亀好きな彼女が亀型のキメラと戦うことになるとは酷なことだ。
「‥‥大丈夫?」
「ええ。こんなキメラが都市部に到達しては大変です。早く倒してしまいましょう」
 石動は新条の顔を見上げ、頬を緩めた。
「拓那さんが一緒に居て下さるのですもの、大丈夫です」
 オスターはひっくり返ってジタバタするミドリガメでも思い浮かべているのだろうか。とても楽しそうだ。
「亀を見たら引っくり返したくなるのはワタシ達人間の悪い癖です」
 旭は、そういうものだろうか、と内心首を傾げつつ無線機を手に取った。
「ほぼ予測通りの位置でキメラ見つけました。現在‥‥北北西へ進行中」

「了解、位置は微修正で済みそうね。そのままポイントAまで誘導して。何かあったら連絡を頂戴」
 緋室 神音(ga3576)は通信を終えると、仲間に呼びかける。
「作戦に変更はないわ。やはり硬質なキメラのようね。相当の重量がありそうだから、注意した方がいいわ」
 能力者たちは、キメラを罠にはめてひっくり返すべく、地形を利用した罠を用意する班と、キメラを罠へ誘導する班に分かれた。こちらは罠を仕掛ける班である。
 鯨井昼寝(ga0488)は、いくらキメラが堅いと言えども今回集まった面々ならば真っ向勝負でも問題なく倒せるとの確信を持っていた。だが、だからこそ作戦は成功させたいとも考えている。
「力押しだけでは進歩がないものね」
 強敵に備え、知恵を絞ることもまた戦いなのだ。
 全身の感覚をとぎすませ地形を調べていたエリアノーラ・カーゾン(ga9802)は、何度も地面に目を近づけ納得のいく場所を探していた。
 その表情は何故か明るい。時々笑みを漏らしては鼻歌など歌っている。というのも、彼女は大の爬虫類好き。巨大亀がひっくり返ってジタバタ、などという滅多に見られないもののため、おのずと地形の見極めにも力が入る。
「可愛いといいなあ‥‥」
 亀キメラをひっくり返して倒すという案は、別に彼女の趣味だからというわけではないが、趣味と実益を兼ねた楽しい作業であることは間違いない。
 なるべく手を加えることなくキメラを大きく傾けたりできそう、かつ彼らの動きが阻害されにくい地形。口で言うのは簡単だが、限られた時間で探すのは難しい。四人は手分けして、時には様々な角度から眺めて検討し、ある程度足場がしっかりしている背の低い崖の、大きく崩れて土がえぐれた周辺を使うことにした。
 アズメリア・カンス(ga8233)は、わずかに崖を突き崩して、より確実にキメラの重量で陥没が起きるよう手を加えることにした。遠くから草木が倒れる騒々しい音が聞こえてきている。どうやらお客が近づいているようだ。
 四人は、近辺の草木でできる限り崖を隠すよう細工を加えると、各々気配を殺して身を隠す。あとは、囮がキメラをうまい具合に罠に引っかかるよう誘導してくれるかどうかにかかっている。
「こちら緋室、準備完了よ。できる限り南から誘導して。足下に気をつけて」

「了解っ! 誘導開始します!」
 オスターは走りながら大声で罠の準備ができたことを伝える。囮の二人に聞こえたかどうかは不明だ。亀が木などを破壊する音が激しすぎて、仲間の声も良く聞こえない。
 亀は意外に速い。囮の旭と石動は、背から迫るプレッシャーでそれをひしひしと感じ取っていた。頭や足などへの攻撃はさすがに痛かったのか、しつこく繰り返されて怒ったキメラは目の前でちょろちょろする無礼者を追い始めたのだ。二人にはオスターの声は聞こえていたが、返事をする余裕がない。少しでも意識をそらせば、植物に足を取られてしまいそうだ。
 石動は亀の真正面を逃げる。なるべく木が立っていない方を回りつつ背後に気を配る。とにかく追いつかせず、かつ引き離さずに逃げ続けなければならない。
 旭は足元にも気を配りつつ、たまに振り向いて銃を撃つ。万一ここで転んだら間違いなく潰れトマトになる。草むらを飛び越え顔を打とうとした枝をかいくぐる。
 不意にわずかな間、背後からの圧力が途切れる。二人は左右に分かれて走った。自然ならざる冷気が背を打つ。
 新条とオスターは、キメラが速度をゆるめ首を上げたと見るや、すぐに攻撃を開始する。キメラの口からはき出された息は白くきらめく粒子を含んでいるように見え、周囲の気温が一気に下がる。囮の二人は直撃は避けたが、キメラは更に首を動かし冷気をまき散らす。
 新条は超機械γで、オスターはライフルで、同時に横から攻撃を仕掛ける。キメラが怒りにまかせて尾を振るう。新条とオスターが飛び退いて身をかわす。キメラの攻撃目標が二人に移りかけた時、旭と石動が誘導方向からの同時攻撃を仕掛けて再びキメラの注意をひく。
 再び囮の二人を追い始めたキメラの背を追いながら、新条は石動と旭が軽い怪我をしたのを見てとった。動きに支障はないようだが、現状少しの怪我でも死に繋がりかねない。オスターと新条はキメラの動きに注意しながら走る速度を上げた。

 カンスは体を低くした。かすかに緋室が通信機に罠について話しているのが聞こえる。転倒するキメラの巻き添えになればそれこそ致命的だ。
 地響きが急速に近づく。キメラは森を破壊しながら真っ直ぐに近づいてきているようだ。軽く地形が変わっているようでもある。
「森にとって随分と迷惑なキメラね。被害が広がりすぎる前に倒さないと」
 めきめきと音を立てて樹木が倒れ、旭と石動が飛び出す。一瞬、倒れる木の向こうに突進してくる大岩のような物が見えた。
「跳んで!」
 鯨井が叫ぶと同時に囮の二人は横っ飛びに転がった。罠に滑り落ちそうになった石動の手を新条が掴む。彼らのすぐ側をキメラは通り過ぎ、長い尾がとっさに伏せた旭の頭上をなぐ。
 カンスは立ち上がり銃を撃つと、キメラの背後に回ろうとした。だがうねる尾が鞭のように所構わず暴れ回りあまりにも危険だ。彼女は罠とキメラの間に入り更に一撃加えた。覚醒を示す黒い炎が全身に広がってゆく。
「大きければ良いってものじゃないわよ」
 キメラは度重なる挑発に怒りをつのらせており、喉をふくらませた。ここでブレスを受けたのではカンス自身が罠に落下する危険性がある。彼女は腰に力を溜めて短く息を吸い、キメラの顔に向かってクルメタルP−38の引き金を引く。
 キメラの頭がわずかに下がり、押しのけられた木が悲鳴を上げきしむ。転がったカンスの背をかすりキメラは前足で地面を踏みしめ首を振るって攻撃したのだ。巨体がその勢いと敷き詰められた草の上で滑る。
 キメラは振り向こうとしたに違いなかった。だがその巨体が揺らぐ。勢い余って崖から飛び出した前足は空をかき、踏ん張る後ろ足の下で草が滑り土が崩れる。キメラは長い尾を振って体を立て直そうとした。
「狙った部位へと確実に銃弾をお届けします‥‥よっ!」
 オスターが放った弾丸が支える足を、そして緋室のスコーピオンから放たれた貫通弾がキメラの尻側を貫く。大きく傾いたキメラを、身を隠していた鯨井、カーゾンが渾身の力を込めて押し出すように攻撃する。
「――今ッ!!」
 鯨井は、頭から滑り落ちそうになったキメラを、更に腹の方からすくい上げる。近くにいる者全員が力を込めて思い切りキメラの腹を突き上げた。
 巨体がかしいで、とうとうキメラは轟音を立てて逆さに崖から転げ落ちた。

 キメラはすぐさま足をかき、頭を伸ばして起き上がろうとする。カーゾンが妙に和んでいるが、振り回される尻尾が無秩序に周囲を破壊し地面をえぐる光景、あまり楽しんでもいられない。ぐずぐずしていては、キメラが姿勢を立て直してしまうだろう。能力者たちは素早く崖下へ滑り降りると、起き上がる隙を与えないよう一気に攻撃を仕掛ける。
「尻尾に気をつけて!」
 カーゾンが作戦開始前に危惧していた通りキメラの長い尾は脅威だった。さすがに伝説の聖獣玄武のように蛇がいるというわけではなかったが力も動きも相当なもの。ひっくり返ったからと言って無力になったというわけでもないのだ。
 緋室の体が覚醒の光を放つ。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 彼女は体をわずかにひねって尾の一撃を避けると、二本の月詠を同時に抜きはなった。火炎のごときオーラが吹き上がる。狙いは足の付け根だ。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 裂帛の気合いとともに、鋭い二段の突きが甲羅の隙間に飛び込んでゆく。足が一本力を失い動きが目に見えて鈍くなる。
 石動、カンス、旭は尾の攻撃をかいくぐり斬り落としにかかる。キメラが自由な動きができない今こそが最大のチャンスだ。
 旭はもっとも危険な真後ろを避け、緋室が攻撃した後ろ足の方から距離を詰めた。黄金に変化した瞳をわずかに細め、尾と足が離れた瞬間を狙い一気に飛び込む。月詠を高く振り上げ、錬力を込め一気に振り下ろす。がつ、と硬い手ごたえがあって血がしぶいた。後ろ足の爪を避けて半歩体をずらし、刃をすくい上げるようにもう一撃。
 わずかに動きが鈍った隙を突いて、カンスの攻撃が尾を半分ほどから斬り飛ばした。だが勢いは弱まる様子がない。更に石動の蝉時雨が唸りをあげて弧を描いた。キメラの尾がひときわ強く波打ち力を失う。切断には至らないものの、もう攻撃手段として使える状態ではない。
 新条は暴れる足の隙を突いて大剣を腹に振り下ろす。先ほど背に攻撃した時よりかなり弱い光が刃を一瞬受け止めた。甲羅にひびが入ると、キメラはいっそう暴れた。彼は自分が傷つけられたかのようにわずかに顔をしかめた。
「浦島太郎の冒頭を思い出すな。こうやって亀相手に大立ち回りしてると。だけど、俺達はいじめっ子じゃない」
 彼は石動をちらと見やって、更に強く力を込め剣を振るった。
 ‥‥急いでケリをつけよう。
 そんな気遣いは無用とばかりにキメラは首を曲げて喉を震わせ口を開くと、冷気をはき出す。
「お、亀のクセになかなか良い面構えしてるじゃない!」
 鯨井はひらりと身をかわすと同時に腹に駆け上り、怒濤の連打を繰り出す。キメラも黙ってやられてはいない。前足を振り、ブレスを吐きひたすらに暴れる。
 ぎりぎりの所で攻撃を避けながら、鯨井は艶やかに笑う。生命を賭けた戦いこそ悦び。強者との命のやりとり、エッジを渡る緊張感こそ命の証。
 今彼女は優位に立っているように見える。だからこそ、油断も情けもあってはならぬ。研ぎ澄まされた勘に従い足を引くと、ほんの鼻先を太い足が薙ぐ。背筋がひやりとすると同時に、更に魂を燃やす戦いを求め体が熱くなる。紅の戦鬼は限界を超える!
 再びブレスを吐こうと首を上げたキメラの口に慎重に狙いを付け、オスターは呼吸を整えていた。
「頭を吹き飛ばすか、頭部を貫通するか、弾かれるか‥‥さて、どうなる事やら」
 口が開いた瞬間を狙い引き金を絞る。弾丸は鼻先に当たって火花を散らした。怒りに燃える瞳がオスターをとらえ首を振るう。その時、キメラと彼の間にカーゾンが割り込み、盾をかざして首の動きを阻害した。不意を打たれたキメラは一瞬意識をカーゾンに向けてしまう。
 オスターの弾丸がわずかに開いた口からキメラの頭部に突き刺さった。苦悶にのたうつキメラの口から粘液が流れ出す。
 この隙を逃すまいと腹甲に仕掛けられた集中攻撃が、とうとうキメラの強靱な甲羅を打ち砕いた。キメラが暴れ回り、上に乗っているのも困難な状態になる。
 旭は砕けた甲羅に指をかけてキメラに取り付いたまま、通常の亀の心臓の位置にあたると思われる位置に、渾身の力を込め深々と月詠を突き立てた。
 やがて、頭と足をだらりと下げて動かなくなったキメラを見つめ、カーゾンが心底残念そうにため息をつく。
「‥‥手の平サイズのこの子、誰か作ってくれないかなぁ‥‥」
 長い尻尾が個性的で可愛い、という彼女の意見に頷いた者があったかどうか。

 動かなくなったキメラを、もう一度転がして正常な状態にするのはさすがにちょっとした大仕事だった。全員でかかって梃子等を使い、やっとのことで元の状態に戻した時には小一時間が経過していた。
 石動と新条はできる限り近くに散乱していた草木を集めてキメラの体にかぶせていった。
「この子もキメラに産まれてこなければ‥‥」
 手を合わせる石動の肩を、新条は力づけるように軽く抱いた。
「キメラじゃなかったら、それこそ百年単位で生きていけたのにな。今度は普通の亀になって、同じ時間を過ごせる仲間を見つけろよ?」
「今度はピンタゾウガメやガラパゴスゾウガメに産まれてきますように‥‥」
 キメラの甲羅は長い時間をかけて風景にとけ込んでゆくだろう。いずれ世界に平和が訪れたとき、その背には土がつもって植物の苗床となり、中は動物たちの住処となるかも知れない。