タイトル:飛んで火にいる夏のバグマスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/19 07:09

●オープニング本文


 ブラインドを開けると朝の光がまぶしい。
 内藤は、灰になりそうだ、などとありがちな感想を抱きつつ、目の前に積まれたコード表をまとめる。期日まであと二日。酷いクライアントの二転三転する注文のせいでバグは増える一方だ。しかし目一杯頑張ればぎりぎり何とかなりそうな目算は立っている。
 もちろん、今日明日中にクライアントの気紛れが発動しなければ、の話だが。

 内藤は首をごきょごきょと鳴らしつつ、廊下に出た。この会社の自販機で売っているコーヒーは安いだけが取り柄の水っぽいものだが、やはり徹夜明けはこれを飲まなければ気合いが入らない。
 不味さに顔をしかめつつ真っ黒な液体を飲み干し、紙コップを放り投げると、にわかに腹が減ってきた。

「主任、お疲れ様です」
「おー。お早う」
 徹夜の朝は、いつも部下の河野が栄養ドリンクと握り飯と雑誌を買ってきてくれる。
 ちょうどいい一息入れよう、と、待ちわびた朝飯を期待したが、河野が大きめの紙袋から出したのはパソコンソフトの箱だった。
「じゃーん。見てくださいよ。ライオネット・ソフトの新作、コロナ2.0ですよ! 今朝並んで買ってきたんです! あ、領収書ここに置いときますね。いやもー、ぎりぎりでしたよ。始発で動いて正解だったなあ」
 内藤は欠伸をして申し訳程度にもにょもにょと言う。
「あー、なんかマニアが騒いでたやつ」
「何ですか主任、リアクションうっすいなあ。これがあれば作業効率は1.5倍、変換効率はなんと1.8倍の優れ物ですよ! 体験版で既に‥‥」
 口から唾を飛ばして騒ぐ河野に、内藤は無言で手を出した。
「なんですか主任。買ってきたのは僕ですからね」
「話は後で聞くから飯くれ」
「ああ」
 河野は何故か残念そうにコンビニ袋を差し出した。
「それからな、作業中のPCに新しいの入れんなよ」
「えーっ」
 河野は不服そうに口をへの字にした。
「これ使えば徹夜しなくて済むかも知れないんですよ!」
「馬鹿かお前は。それでトラブル起きたらどーにもならんだろうが。お前ので試用しとけ。役に立つようなら経費で落ちるように交渉しといてやるから」
 河野は不満そうだったが、すぐに新しいゲームでもいじるように嬉しそうに新しいソフトをカスタムし始める。

 喫煙室で一服しながら、河野の新し物好きには困ったもんだと内藤は苦笑した。
 腹に物が入ると人心地つく。急に眠気が押し寄せてくる。
「俺もトシかな」
 内藤は目頭をもんでつぶやいた。
 頼りになる部下が出社してくる時間だ。そろそろチェックを任せて仮眠できるだろう。
「俺‥‥この仕事が終わったら日本橋に行く準備するんだ‥‥」
 内藤はぽつりと呟いて煙草を灰皿に押しつけた。仮眠室が彼を待っている。

 夢見は悪かった。
 とってもとってもバグは消えず、ソースは伸び続け、溺れる彼にクライアントからの電話が怒鳴り散らす。
 しまいに彼は、いつの間にか持っていたスリッパで、印刷されたコードに見え隠れするバグをべちべちと叩いて潰していた。
 潰しても潰してもバグは消えなかった。それどころか潰す端から分裂して増えてゆく。彼は文字列と得体の知れない虫に押しつぶされた。

「主任! しゅにーん! た、た、大変だ! バグが! バグが! うわああ、なんだこの数!」
 縁起の悪い叫び声が聞こえたのはきっと、悪夢の続きだ。
 だがすぐ、外から聞こえる無数の何かが這うような音は幻ではないのだと本能に近いところで感じ取る。
 何か、エラー音のようなものが聞こえている。電子音独特の自己主張で感情を逆撫でする。
 扉の向こうからがしゃんがしゃんとなにかが倒れる音がし、河野の悲鳴が聞こえた。ぶつんと音を立てて電気が消える。停電だろうか。
「停電!?」
 背筋が寒くなった。無停電電源装置があるにしても、そう長くは持たない。早くデータを保存しなければ‥‥。
「おい、河野! どうした! 何があった!」
「だめです主任! 来ちゃダメだ! くそ、あと少しなのに‥‥」
 河野の悲鳴が耳を叩いた。
「畜生、こいつらなんだって俺の‥‥」
 言葉が途切れた。そして同時に、ずっと鳴り響いていたエラー音が切れ、沈黙が訪れた。

 内藤は闇の中に座り込んでいた。仮眠室は物陰にあり、日の光は差し込まない。声を上げても誰も答えず、外からはカサカサと何かがはい回る音がするばかり。
 みんなは無事なのだろうか、何があったのだろうか、どうしてこんな事になった?
 扉を這う何かの影を見て、彼は目を見開いた。
 それは六本足の、甲虫の姿をしていた。
「バグは、バグはもう、嫌だぁっ!」
 悲痛な叫び声がビルの一室にこだました。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
鉄 迅(ga6843
23歳・♂・EL
前田 空牙(gb0901
18歳・♂・HA
HERMIT(gb1725
15歳・♀・DF
霧山 久留里(gb1935
10歳・♂・DG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文


 イリアス・ニーベルング(ga6358)の案は、大まかに全体を二班に分け、更に状況に応じて四班に分かれ、更に各班に一人は素早く動けるメンバーを入れるという、小さく逃げ足の速いビートル対策として妥当なものだった。
 先に脱出した社員が描いたおおまかな見取り図を手に赤崎羽矢子(gb2140)は入り口近くの広い部屋を指す。
「正面と裏から突入しましょう。連絡をくれた人は、ABで正面から救出に行くわね」
 携帯電話を切った鉄 迅(ga6843)が声を上げる。
「赤崎さん、HERMITさん、救急車到着まであと八分だそうです。それから、無線機、警察から借りられますかね?」
 HERMIT(gb1725)はありがとうと軽く手を振った。
「鉄さん、無線機なら私も霧山さんも持っていますから、大丈夫ですよ」
 鉄は、巨大なバイクの横に立っている、子犬のような――という形容がこの上なく似合う――少年に声をかける。
「霧山さん、それがAU−KVですか?」
 霧山 久留里(gb1935)はにこりと笑った。
「そうですよ。鉄さんはドラグーンを見るのは初めてですか」
 童顔と小柄さで実年齢よりもかなり若く見える霧山と、いかにも戦うためだけに作られた無骨なAU−KVは、あまりに対照的だ。
 リディス(ga0022)は割れた窓を見上げ、呟いた。
「取り残された二人がまだ無事ならいいんですが‥‥急ぎましょう」
 白鐘剣一郎(ga0184)はずっと、何故キメラが一般のオフィスにいきなり侵入してきたのかと考えていた。が、今は救出が先として、疑問は心に留め置くことにする。
「蟲を逃がさず、生存者救出のためにも速度優先。迅速に行くよ!」
 赤崎が先頭きって駆け出した。


 ビルの中は薄暗い。電源が落ちているのだ。前田 空牙(gb0901)は鳥肌が立ちかけた腕を軽くこすった。
「虫かぁ‥‥ちょっと苦手なんですよね」
 今回発生したキメラが蜂型じゃなくて良かったと周囲を警戒しながらつぶやく。
「どうせなら向こうから寄って来てくれる方がやり易いのだが」
 白鐘は覚醒すると全身が発光する。それで虫を誘き寄せられないかと考えていた。
 集まってくる虫。光の周囲を飛び回る虫。前田は少し考えてから頭を振って恐ろしい想像を追い出した。
「実戦は初めてだっけ? 肩の力抜きなよ‥‥って、何、それ?」
 HERMITは前田の荷物からはみ出た白い蛇腹状のものを指す。前田は真顔で答えた。
「ハリセンだよ」
「いや、そうじゃなくて、何に使うの? そんなの」
「虫に触らなくて済む」
 はたして前田の言葉は冗談なのか真剣なのか。HERMITには判断できなかった。

 ほとんど間に合わせの受付を抜けると、150センチ程度のパーテーションで区切られたデスクが並ぶ開発室に着く。何かがゴソゴソと這う音がし、また静かになった。
 パソコン、何かの資料らしい積み上げられた紙とファイル、無数の飲みかけのペットボトル、山になった灰皿などなど。キメラでなくとも虫が出そうな綺麗とは言いがたい部屋だった。HERMITが、散らかってるな、と呆れた声を上げた。
「もう少し片付けられないのかな‥‥」
「助けに来たよ! 生きてるかい!?」
 赤崎の声に反応してか、また何かがゴソゴソと動く音がした。だがしばらくして奥から人の声がかすかに聞こえてくる。外に連絡をした男の方だ。声の調子からいって、まだ室内にキメラが入り込んだりはしていないらしい。
 赤崎は覚醒して物音がしたほうに盾を構えて近寄った。
「誰かいるかい?」
 彼女の問いかけに答えたのは、羽を広げて飛び掛ってるビートルだった。赤崎が盾で攻撃を受け止めている間に、横に回りこんだ白鐘が両手の刀で螺旋を描く。
「天都神影流、流風閃!」
 空中で四散したビートルの残骸が勢いを止めることなく赤崎の盾にばらばらとぶつかる。
「今しばらく我慢してください。すぐに片を着けます」
 白鐘は仮眠室へ呼びかけた。こちらも覚醒しかけた前田が、びくりと背を震わせて黄金の淡い輝きを放つ白鐘から距離をとる。
 全身に霧をまとい、HERMITは何故か少し楽しそうに武器を手にした。
「さて、害虫駆除‥‥じゃなく、デバッグを始めよう」


「赤崎さんから連絡です。要救助者一人発見、現在開発室で交戦中だそうです」
 イリアスはそう言うと、非常階段を見上げた。彼らCD班はここから突入することになる。
「今回の初仕事、うまくいってくれればいいんだけどねぇ‥‥ここからは装着しないと進めないか」
 霧山はバイク形態のAU−KVを変形させ、一瞬で身にまとった。学生服の小さな少年は、瞬時に強靭な金属の肉体を持つ大男となる。まさに変身。
「これが‥‥ドラグーン‥‥!」
 鉄は息を呑んだ。

 非常階段を上りきった彼らは、今まさに裏口を破って逃げ出そうとするキメラと遭遇した。キメラは全長八十センチ程度。威嚇するように顎を打ち鳴らし、背の羽を広げた。
 イリアスが素早く月詠を振るう。白銀の竜腕から繰り出された一撃は、黒い衝撃波でキメラの羽を切り刻む。姿勢を崩して落ちてきたキメラを、すかさず攻撃して止めを刺す。
 非常階段は狭くて動きづらいと先に踊り場に上がった霧山は、潰れたキメラの死体を見下ろし、爪先でつついて道からどけた。
「この季節は虫が多くなるからね。一匹二匹はうっとおしいだけだけど、この大きさと数じゃあなあ‥‥」
 ひっくり返って潰れた腹を晒したキメラはまだ足がひくひくと動いている。後片付けが精神的に大変そうだ。霧山は前に聞いたことがあるキメラの話を思い出し、軽く笑った。
「まぁ、変に二足歩行とかしてないだけマシだと思うけど」
 リディスは死体から目をそらした。裏側を見るのはなるべく遠慮したい。彼女の様子を見て、鉄の脳裏に何となく「虫を無視」などという言葉が浮かんだ。が、そんなことを考えている場合ではない。
「イリアスさん、また今みたいにビートルが逃げ出したら困りますから、下で待機している人にも様子を見ておいてもらうよう連絡してもらえませんか」

 裏口近くには休憩室と給湯室があった。床をキメラが何匹か這っている。
「どうせ入るなら、ビルより火の方が御似合いだな!」
 鉄の全身に錬のラインが浮き上がった。
 黒髪に変化したリディスが素早くキメラの位置を確認し、声を上げ知らせる。
 イリアスが一番遠くに見えるキメラを誘導しつつ後退する。四人はそれぞれ離れないように注意してキメラの撃破を行った。
「キメラさん、何でこのビルを襲ったんですか!? 答えて下さいよ、ねえ!?」
 霧山は問いかけつつ体に取り付くキメラをゼロでそぎ落とす。もちろん虫が答えるはずもない。
「無視しないでくださいよ! 虫だけに! 僕たちには聞く権利があるんですから! 答えてくださいな!」
 竜の力を乗せた爪がキメラを引き裂く。キメラは万一答えたくとも答えられないばらばら死体になった。
「仕方ないなあ。それじゃ、他のキメラさんにお尋ねしましょうか」
 振り向いた霧山はまるで新聞記者‥‥いやむしろブンヤだ。
「これが‥‥ドラグーン‥‥?」
 鉄は首をかしげた。常にイメージと現実には大きな隔たりがあるものである。


 こちらは開発室。
 汚れた部屋。潜むキメラ。多数の電子機器。無傷での撃破などはっきり言って不可能だ。
 白鐘とHERMITはある程度電子機器に当たりそうな場所では手加減をしていたが、キメラは手加減などしない。配線を齧り、モニターを蹴倒して飛び掛り、林立するペットボトルをぶち倒して所かまわず水浸しにする。何かが倒れたり割れたりするたび、仮眠室からはわけの分からない悲鳴が聞こえてきた。
 赤崎が振るった氷雨がキメラを貫き、業務用のコピー機のモニターに縫いとめる。
「機器を壊すのは気の毒じゃないか?」
 白鐘が苦笑すると、赤崎は背に生えた翼を揺らしてキメラの死体を振り捨てた。
「多少の被害は仕方ないと思うよ。逃げられても困るし」
 手加減攻撃でキメラを撃破、というのは相当の実力者でなければ無理だ。まだもう一人の所在がつかめていない今、素早く解決するにはいた仕方ない。
「モニターくらいなら壊れても本格的に困ることにはならないよ。本体はできれば避けた方がいいかもね」
 赤崎のアドバイスになるほどとうなずいた白鐘、振り返ってみたものの、どれが壊れても平気で、どれが壊れてはいけないのかがさっぱり分からない。結局彼は機械類をできるだけ避けて攻撃をすることにした。ちなみにキメラが覚醒の光に寄ってくる様子はなかった。

 開発室で動く物がなくなったところで仮眠室の扉を開けると、ここから通報をした内藤という男がやつれた様子で座り込んでいた。男は開発室の惨状を見てぽかんと口を開けた。彼が見ている方のデスクは、キメラが落としたプリンタの爆撃を受けて再起不能状態だった。
「あ〜あ‥‥、あれは確実に飛んでるよね。ご愁傷様‥‥」
 HERMITは合掌した。
「バグ処理中に虫型キメラに襲われるなんて‥‥バグの復讐とかだったりしてね。でもこんな時にまで仕事もないでしょ。熱心すぎるのもどうかと思いますよ」
「‥‥納期‥‥俺の有休‥‥」
 男はがっくりとうなだれている。赤崎が元気づけるつもりか男の肩を軽く叩く。
「怪我なくて良かったじゃない。仕事より自分の命が大事でしょ。生きてるからこそデスマだって出来る訳だしね。頑張んなさい?」
 ‥‥止めを刺すつもりかも知れない。
 そんな脇で前田がトランシーバーで連絡を取っていた。
「はい、内藤さん保護しました。今から護衛していったん外に出ます」
 と、本棚の上に潜んでいたらしいキメラが二匹、羽根を鳴らし飛びかかってきた。
 HERMITのスコーピオンが一匹の羽根に穴を開ける。慌てて逃げに転じたキメラを、前田が瞬天速で追った。
「逃がすか!」
 白鐘は振り向きざまに鋭い突きを繰り出す。
「甘い‥‥天都神影流、斬鋼閃」
 刀はやすやすともう一匹のキメラの硬い外骨格を貫き通していた。
「じゃ、か弱い一般人と、か弱い女の子、背中は任せるからね」
 自称か弱い女の子の赤崎の言葉に、白鐘は茶目っ気のある笑みで「了解した」と答える。『女の子』の方が年上だとか細かいことは気にしてはいけない。


 会議室を二手に分かれて掃討しているC・D班に、HERMITから無線連絡が入った。内藤によると、もしまだ河野が建物内にいるのなら、サーバルームに逃げ込んだかも知れないというのだ。扉が丈夫で密閉されており、立て籠もるには最適だろうという。
 リディスは通信機を持ったまま案内に従い先を進む。他の三人が周囲を警戒しつつ続いた。
 廊下を曲がると、細い道が奥まで続き、更に先で折れ曲がっている。目的地はこの先だ。
「窓‥‥がないな」
 鉄は眉根を寄せた。薄暗く視界が悪い、その上狭いときては不利な状況だ。リディスが手持ちのエマージェンシーキットから懐中電灯を出す。
「どなたか持っていてください。私は‥‥」
 リディスは自分の荷物を探りつつ何かを言いかけて首を振った。
「何でもありません、進みましょう」

 音が聞こえる度に現れるのはキメラばかり。それでも相手が一体ずつなら四人の集中攻撃でそう時間もかからず倒し進むことができた。
 何度目かの物音に霧山が呼びかける。
「大丈夫ですかー、助けに来ましたよー」
「ひとっ?」
 廊下の先でくぐもった声がしたかと思うと、金属がこすれる音がした。その意味に思い当たった途端、制止する間もなく扉が開く音がし、同時に何かの気配が一斉に動き始めた。
「た、助けてっ! うわぁっ!」
 イリアスとリディスが覚醒すると同時に人間の限界速度をいとも簡単に超え悲鳴の主に接近する。廊下の隅にうずくまる人影があった。二匹のキメラが男の上にたかっており、その周囲にも何匹かが顎を鳴らしている。
 リディスの回し蹴りがキメラの一匹を叩き落とした。更にイリアスが男の腕を掴んでキメラの群れから引きずり出し、キメラを男から引きはがす。男は短い悲鳴を上げたが、命に別状はなさそうだ。
 追いついた鉄がキメラと男との間に壁を作る。鉄のレイシールドに今叩き落とされたばかりのキメラが激突して鈍い音を立てた。
「死なせない・・・絶対に!」
 男は混乱しているのかぎゃあぎゃあと喚いている。全身囓られたのか血だらけだったが、怪我をした腕でノートパソコンを抱きかかえて離そうとしない。闇の中にぬっと現れたAU−KVを目にし、男は絞め殺されるかと言わんばかりの悲鳴を上げた。
「あーこんなナリですけど中身は人間なんで大丈夫ですよ、安心してくださいな」
 キメラたちは前に立っているイリアスとリディスに間断なく襲いかかる。実力は勝っているとはいえ数が多すぎる。血が飛び散った。
「行って下さい、鉄さん。大丈夫、私なら痛みには疎いですから」
 イリアスは特異体質で痛みを感じない。だが、だからといって負傷しないというわけではないのだ。むしろこのような状況では引き時が分からず危険である。しかし、ここは二人に任せ、一刻も早く要救助者を脱出させる。それこそが最も安全かつ有効な手段。
 鉄はうなずいた。
「御二方、ムシの足止め頼みます!」
 霧山が先を歩き、背後から現れたキメラをゼロで力任せに叩き伏せる。
 キメラは背の羽根を震わせて立ち去ろうとする三人に体当たりを仕掛けようとした。だがその前にリディスが立ちふさがる。かざした腕のキアルクローにキメラの顎が引っかかって耳障りな音を立てた。
「貴方達の相手は私です。‥‥相手を間違えない様に」
 リディスはすっと目を細める。


 救助が終われば後は殲滅のみ、八人でかかればそう難しいことではない。飛んで逃げようとしたものもいたが、残らず叩き落とされて粉々になった。
 サーバは何とか守られたため悲劇的な被害とまでは行かなかった。とはいっても会社自体が壊滅的な打撃を受けたため、しばらくは復旧でてんてこ舞いになりそうだ。
 内藤が「日本橋‥‥」と呟きつつ虚ろな目をしていた理由は誰も知らない。


 事態が落ち着いた後、白鐘は病院を訪れ、救助された二人に問いかけた。
「キメラが此処を襲ったそもそもの原因‥‥覚えている事は全て話して貰えるだろうか?」
 全身包帯でぐるぐる巻きの河野は、傍らにある彼のPCを指した。
「こいつがいきなりエラー起こして止まらなくなって、それくらいかな。このPCに虫がやたらたかって来ました、これ、手がかりですよね? がんばりましたよ、俺」
「エラー?」
「ええ、ライオネット・ソフトの、コロナ2.0動かしてたんです」
 白鐘は、血がこびりつき液晶が割れた古いノートパソコンをじっと見つめた。破壊されたノートパソコンは完全に沈黙しており、真相を語る様子はない。
「調べた方が良さそうだな‥‥」
 白鐘は低くつぶやいた。


ひとまず完