タイトル:貪るように眠りたいマスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/08 16:07

●オープニング本文


●アンディの日記

 夜通し、騒音が聞こえてくるようになった。
 ずんずんと体に響く打楽器の音。甲高いギターの音。
 せめて音楽か、それとも機械の音みたいに決まったリズムがあるならまだ我慢のしようもある。
 だが、音楽なんてもんじゃない。音楽性なんてものはカケラもない。何も分からない子どもに楽器を玩具として与えて、その音をめいっぱい増幅したみたいな滅茶苦茶な音。暴力的な、迷惑な、酷い、不快な、雑音、まさしく騒音だ。
 一日目は眠れなかった。
 二日目は吐きそうになった。
 三日目は、音のない昼間にも、ちょっとした音に反応してしまい、気が休まらなかった。
 騒音の主は近所に住むビリーだ。周りにはそれ以外畑しかない、間違いない。

 昨日の夜もうるさかったので抗議に行くことにした。
 月が明るい夜だった。遠くにウサギが何匹かいて、遠巻きにビリーの家を見ていた。
 きっとあいつらもうるさくて眠れないんだろう。
 妙な仲間意識が芽生えて少し嬉しくなった。
 少し近づくと、ウサギの一匹がこっちを見た。と思った瞬間、目が眩んだ。
 同時にとんでもなく嫌な予感がして、逃げ出した。
 今思えばアレはキメラだったんだ。
 騒音の原因はキメラだったのか?

 キメラでもなんでもいい。
 もう耐えられない。
 どんな手を使ったっていい、早くこの音を止めてくれ!


●クリスの話

 ディーンが死んだのは一週間くらい前だったよ。
 そうだな、覚えていることと言ったら‥‥畑がひどく荒らされていて困っていたことかな。
 ウサギが毎晩現れて、キャベツ食っちゃうんだってかなり怒っていた。
 柵なんかも飛び越えられちゃってお手上げだって。
 売り物全部駄目にされて、他の野菜にも被害が出るようになったから、番犬飼ったんだけど、そいつが全然役に立たない臆病者だって言ってたかな。
 見たことあるよ。犬。そんな役立たずには見えなかったけどね。
 で、ある日あいつ散弾銃の弾丸買い込んでさ。自分でドロボウを殺してやるって言って‥‥
 うん、それが最後だ、確か。
 畑でのど笛食いちぎられて死んでいたんだ、あいつ。
 多分、運悪く野犬か狼にでもやられたんだろうな、気の毒に。

 そういえば、ビリーも四日くらい前に畑が荒らされるんだって言ってたな。
 最近あいつ町に来ないけど‥‥どうかしたのかな?

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
各務・翔(gb2025
18歳・♂・DG

●リプレイ本文

 呼吸を潜め静寂に溶け込む。次第に感覚が研ぎ澄まされ、穏やかにゆるやかに体のリズムが整ってゆく。
 月は雲に隠れ周囲は暗闇。片目を閉じて眼を闇に慣らす。
 草がちらと揺れた。近づいてくる。人間から我が物顔で食料と平穏を奪う小さなキメラが集まってくる。

 それは異様に広い耳と太い足、そして長い牙を持っていた。
 キメラたちは注意深く長い耳を回して周囲を警戒していたが、よほど腹が減っていたのか何羽かがすぐさま餌に食いつく。
 距離を保つ。気配を殺す。獲物は鋭い感覚を持つキメラ、ぎりぎりまで引き付けなければ逃げられてしまう。臭いも音も呼気も闇に溶かせ。
 長い時間が過ぎ、全てのキメラが耳を倒して食欲に身を任せた頃、畑は突如明るい光に照らされる。
 そして強奪者は獲物と化した。


 十五時間ほどさかのぼる。
 からっと晴れた正午の空、だだっ広い草原の真ん中に古風な丸太の家と家畜小屋。何もないからこそ戦争とは無縁の田舎の風景。
 双眼鏡を手に周囲の様子を見るワンピースの娘は、風に散った黒髪をゆったりと落ち着かせる。
「キメラの姿は見えません」
 彼女、石動 小夜子(ga0121)の言葉に、弓亜 石榴(ga0468)がうなずく。セーラー服が涼しげに風に揺れた。
「夜に出てくるって話よ。昼間は寝ているのかも」
 周防 誠(ga7131)は汗で滑るサングラスを軽く指で押し上げた。
「普通のウサギもいるんでしょうかね」
 石動は小首をかしげる。
「今はいないようですけど、巻き添えにしては可哀想です」
 力いっぱい普段着の各務・翔(gb2025)はあくまでもさり気なく髪をかき上げ、白い歯を光らせ微笑んだ。
「石動、安心しろ。俺がついている。全て任せておけ」
 弓亜が、困ったように微笑んでいる石動と、自信満々に何か待っている様子の各務を何度か見比べた。
「石動さん、知り合い?」
「いいえ‥‥」
「変なのに気に入られちゃったわね」
「変、は言い過ぎですが‥‥」
「いや、変でしょ」
 こそこそと囁き合う女二人を尻目に‥‥いや、もしかしたら聞こえているにも関わらず、おかしな解釈をしているのか。各務は自信満々に石動の肩に手を回した。思わず石動は戦闘用の鮮やかな体さばきで身をかわす。
「照れることはない。俺は気にしないからな」
「嫌がってるじゃない。何考えてんのよ」
 各務はじろじろと割り込んだ弓亜を、主に彼女の豊かな胸の辺りを見ると、全く悪びれた風もなく言い放つ。
「あと五年したら俺との運命が待っているだろう」
 一瞬間があって、乾いた音が小気味よく響いた。

 とりあえず事件とは何ら関係ない小さな揉め事が数分あった後、民家の扉を開けて出てきた男は目を血走らせていた。くっきりと刻まれた隈、ぼさぼさの髪、もしかすると午睡でもしていたのかもしれない。
 傭兵たちは依頼についての詳しい話を聞くために依頼人宅を訪れたところだったのだった。
「やぁかましい○△×□!」
 傭兵たちよりもよほど大きな声でがなり立てるアンディ。部分的にスラングが酷くて聞き取れないが、おそらく聞き取れなくて良いような、品格とは無縁の言葉であろうと容易に察しはつく。
 何故だろうと考えてみれば、サバイバルベストを着た周防をのぞく全員が一般的な軽装。周防もサングラスをかけていると、実用的なベストや無骨なブーツもそういうファッションに見えるだろう。武装の類は各々荷物にまとめてある。
 マナーの悪い旅行者が人の土地に入り込んで空気読まずに痴話喧嘩、とでも思われたのだろう。しかも連日寝不足とくれば不機嫌極まれりといったところか。
 周防は肩をすくめ「まいったね」とつぶやいた。


「まさか傭兵とは」
 アンディはまだ「こんな子どもばかりで本当に頼りになるのか」と言いたそうにはしていたが、とりあえず武装を見せたことで納得はしてくれたらしい。
「悪かったね、動物相手の仕事だから昼間眠るわけにもゆかないし、ちょうど休憩中だったから」
 周防が妙に実感を込めて深くうなずく。
「眠れない辛さはよく分かりますよ」
「睡眠はきちんと取らないと体に悪いですもの、仕方ありませんよ。きっと騒音の原因を除きますから、ご安心ください」
 石動は柔らかに微笑んだ。
「まずは情報の確認をしたいので、もう一度詳しく話していただけますか?」

 騒音の原因は凶暴なウサギ型キメラと思われる。しかも目もくらむほどの光を発するものだ。数は十。必ず夜に現れるらしい。
 各務は軽く首を振ると鼻で笑った。
「ウサギ型キメラ程度ならば容易い。俺の初陣には少々物足りないがな」
「まぁ、見た目に騙されちゃいけませんね」
 こちらは苦笑交じりに周防。愛らしい姿をしていてもキメラは侵略者の手先。思わぬ身体能力や、時に危険な特殊能力を持つものだ。
「どこにいたんですか?」
「光を放つと聞きましたが、距離や予兆については?」
 弓亜と石動の問いに、アンディはわからないと答えた。キメラに遭遇したことで混乱し、正確な事が思い出せないのだ。
 おおよその場所は聞くことができた。ビリー宅の畑付近だという。光に関しては全く予想外のことだったため正確なことはわからないが、キメラがこちらに気付いた瞬間だったように思われたらしい。
「あの音、やっぱりビリーの家の方から聞こえていたような‥‥あいつは無事なんだろうか。ついでにあいつの様子も見てきてはもらえないか?」
「その積もりだ。俺たちも色々訊きたいこともあるからな」
 各務はそろそろ行こうかと石動の背を抱こうとし、さりげなく避けられた。

 家を出る直前、周防はふと振り向いて小さな紙袋を取り出す。
「これ付ければよく寝れると思いますよ。気休め程度ですけどね」
 彼が取り出したのはアイマスクだった。アンディはしばらくぽかんとしていたが、あたふたと礼を言う。
「ああ、ありがとう、まさかここまで気遣ってもらえるとは、正直‥‥」
「勿論、今夜からそれがなくても安眠できるよう尽力しますので、ご心配なく。では、良い夢を」


 彼らはまず、キメラが目撃されたという畑周辺に立ち寄った。
「これは‥‥」
 石動が指さした地面に、普通のウサギではあり得ない大きさと深さの溝がぽつぽつと爪痕のように残っている。
「これだけ目立つなら‥‥移動跡を辿れるかも知れませんね」
 弓亜が自分の手と比べて呆れた声を上げる。
「こんなのが十羽もいるの?」
「大きさに関してはアンディさんは何も言っていませんでしたが‥‥」
 各務が軽く肩をすくめる。
「小夜子、怖がることはない。大きさがどうあれ、たかがウサギだ」
 流し目。そして微妙な間。
「いつの間にか名前呼びだよ」
 弓亜が苦笑いした。

 ビリーの家に近づくにつれて、異様な光景が明らかになってくる。
 畑に向けられた大型スピーカーと何台ものラジオ。そして何かで何度も殴られて凹んだのであろうドラム缶だ。
 扉をノックすると、真っ青でやせた男が現れた。用件を述べると、突然その場に座り込む。弓亜が声をかけた。
「ビリーさんですね。無事で良かった。怪音波に悩まされていたんですよね? でももう大丈夫ですよ」
「怪音波‥‥? 何のことでしょう」
「‥‥えっ?」
 時がしばらく止まった。

「あいつら、毎晩毎晩畑に来ては野菜を食べてしまうんです。一回撃ったら反対に殺されかけて‥‥」
 ビリーは重々しいため息をつく。
「あいつら耳がいいから、きっと大きな音は苦手だろうと思って、だから毎晩‥‥」
「なるほど、ね」
 各務がちらりと外に並べられたありとあらゆる音を出せるものに視線を走らせる。
「騒音の原因はビリーさんだったってわけだ。ま、大本の原因がキメラって事に違いはない。奴らを全滅させれば、二人の安眠と心の平穏が戻ってくるというわけだな」
 頭を下げるビリーに、弓亜がにっこり微笑みかけた。いつの間にか胸元が少し開いている。
「そんな怖い思いをしたなら近づきたくもないでしょうけど、畑、ちょっと貸して欲しいんです」
 ビリーは恐怖混じりに息をのんだ。彼女は身を乗り出して上目遣いで訴えかける。
「それからね、キメラをおびき寄せるのに罠を張りたいので、少し美味しい野菜も分けて欲しいんです。お願いします」
 豊かな胸の谷間が丸見えだ。ビリーは居心地悪そうに視線をそらし、軽く咳払いをした。
「それはこっちで用意させてもらいます」
「ありがとう!」
 抱きついた弓亜に、ビリーは今度こそはっきり赤面して言う。
「あのねぇ‥‥助けてもらえるなら、そんな事しなくても協力するから」
「そんな事って何ですか?」
 弓亜はけろっとして首をかしげた。

 各々ビリーの協力を得てキメラを誘き寄せる準備をする。
 エサを配置、そこを照らす照明、各務のAU−KVが隠れるための場所確保、キメラの移動ルートの調査。
 おそらく音を止めればキメラはやって来るだろう。だが突然状況が変わることで警戒心を強めているかも知れない。キメラが以前通ったルートの音を止め、野菜を仕掛ける。そして敵が油断したところで確実に倒すためには‥‥
「照明が必要だな」
「明かりが欲しいですね」
 各務と石動の言葉がかぶった。
「気が合うようだな、小夜子。やはり俺たちはともに歩む運命のようだ」
 余計なことを言って石動を抱き寄せようとしたりしなければ見直していたかも知れないと、各務をのぞく全員が思った。
 そんなこんなが、仮眠を取ることにした弓亜たちに締め出しを食らって納屋で休むハメになった一因だろう。ついでに付き合わされた周防は気の毒だが。

 ちなみにそうそう都合のいい明かりもないので、納屋に泊めた車のヘッドライトを使うことで妥協することになった。
 各務のAU−KVはその荷台に荷物に紛れて詰まれることになった。AU−KVの稼働時間は心配だが、敵が来てから稼働させるのでは露骨すぎて警戒される可能性がある。音量を下げたラジオを流しておけば、いつもとの状況の変化がそれほどないことで警戒心を抑え、同時に駆動音を隠せるかも知れない。


 そして深夜。もくろみ通りにキメラは来た。警戒心が強いということだが、石動と弓亜はキメラの足跡から推察される通り道を考慮した場所に隠れた。周防は遠距離からの射撃が可能なので射程ぎりぎりの距離に。各務はドアを開けた車の影に潜む。
 まず周防が近寄ってくるキメラを察知。閃光防御用のサングラスをかけ、隠密潜行を使用してキメラの群れを射程内に収める。射程内といっても常人では目標を視認することすら難しい距離だ、さしものキメラにも気付かれた様子はない。
 そのまま更にキメラがエサに集中するまで全員が石となって気配を殺す。
 音楽がひときわ盛り上がったところで各務はAU−KVを起動させた。三羽のキメラが耳を立てて警戒するそぶりを見せる。だが各務はそのまま動かずに待った。キメラが警戒を解き、再び食事に没頭してゆく。

 ‥‥狩りの時間だ。
 各務は車のエンジンをかけ、練力を集中させた。視界が冴える。ライフルでターゲットに一発。弾丸は瞬時に反応したキメラの耳をかすり地面に着弾。彼は軽く舌打ちすると立ち上がって前に出る。
 キメラたちは小さな悲鳴のような声を上げ閃光を放ち、ばらばらに逃走を図った。

 サングラスで光の影響を受けない周防が正確に攻撃を繰り出す。光の範囲外に逃げようとするキメラに次々と弾丸が突き刺さり、キメラの怒りを引き出す。
 攻撃を加えられたことにより、キメラたちは近くにいる人間に殺意を向けた。目がくらんで動けないはずの敵の喉元を狙い、異様に太い足で地を蹴ってひと飛びで跳ね上がる。
 だがキメラよりも早く動いたものがある。物陰から飛び出した石動が瞬時に距離を詰め、キメラを切り捨てたのだ。更に逃げに移ろうとしているキメラを一撃、光る間もなく止めを刺す。咄嗟に目を伏せて光から目を守ったためか、視界にそれほど影響はないようだ。
 真っ赤に燃える髪を夜風になびかせた弓亜は、キメラの退路を断つように回り込む。ハンドガンによる攻撃はさほど痛手にならないようだが、キメラの怒りを掻き立てるには効果的だ。距離を詰められると弓亜はすぐさまヴィアを抜いて、小さな体に正確に攻撃を当てる。
 各務の弾丸が一羽のキメラを射抜き、怒りで跳ねたキメラを石動の刃が切り裂く。
「どうだ小夜子。俺は頼りになるだろう?」
「そういったことは後で聞きます」
 石動はとどめの刃を振り下ろして次の獲物に向かう。

 キメラは残り一羽。さすがに自分たちがかなう相手ではないと悟ったのか、傷を気にせず猛スピードで逃げ出した。
「出番ですね、そうそう逃がしはしませんよ!」
 周防がペイント弾を撃つ。キメラが派手な色に染まる。更に二発の銃弾が正確にキメラを射抜く。
 キメラはふらふらしながら闇に消えてゆく。もう肉眼ではまともに見えはしない。彼は更に銀の瞳をこらして引き金を引く。誰の目にもキメラの姿すら見えない。だが周防は突然無造作に立ち上がると、死体を回収しに向かった。
 石動はキメラの数を確認した。話に聞いたキメラはこれで全部だ。

 各務はカモフラージュのためにつけていたラジオを止めた。しんと静まりかえっていた周囲に、次第に草原を渡る風の音や夜鳴き鳥の声が戻ってくる。
「星空には静寂こそ相応しい」
 各務の気障な言葉に、全員が自然にうなずいていた。
 その後各務が腰に手を回そうとしなければ、未だ覚醒状態の石動にはり倒されることはなかっただろう。


 朝日が目に眩しい。弓亜は伸びをした。
「野菜のスープがあんなに美味しい物だなんて」
 ビリーの家を出る前に、彼が朝飯を振る舞ってくれたのだ。空腹と疲労が最高の調味料になったであろう事を差し引いても、みずみずしく甘い野菜は規格品では味わえないような美味さを発揮していた。この野菜に狙いをつけるとは、まったくもって贅沢なキメラである。
 原因はキメラだったということで決着がついた。今夜からは二人ともぐっすりと眠れることだろう。
 傭兵たちの間にも、結局徹夜だったし食事をとったしでなんとなく気怠い空気が漂っている。白いシーツがあれば今すぐ夢の世界へ旅立てそうだ。

 各務は石動と弓亜の手を取り、素早く手の甲に口づけた。
「戦うおまえたちは美しかった。まさに戦の女神だな。別れるのが残念だ」
 各務はにこりと微笑む。あまりの邪気のない笑顔に不意をうたれ、わずかに戸惑った空気が流れる。だが。
「また会えたらこの俺の恋人にしてやろう」
「一生寝てなさい!」
 痛そうな音がした。

「寄り道、できるでしょうか。墓地に寄りたいんです。あのキメラの犠牲となった方々にも報告しておきたいですから」
 遠くなってゆく二人の背を見送りながら、各務は真っ赤に腫らした頬を撫でて「照れることないのに」とうそぶく。
 周防は欠伸をかみ殺し、まいったねと呟いた。