タイトル:スライムの缶詰マスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/20 04:43

●オープニング本文


 冷たくて、ぷるぷるで、舌の上にのせるとふわりと溶ける。喉ごしはあくまで爽やか、優しい甘みが売りの色鮮やかな‥‥

 今日も快晴、空気が美味い。ロサンゼルスの賑やかな街からははずれた、郊外の小さな工場の、いつもと同じ朝。
 いつものように揃って体操をし、いつものように社長として社長たちに気合いを入れる。いつものように長すぎずお決まりでもないユーモアある一言。そしていつものように仕事が始まる。
 工場の規模は小さいながら、ここで作られているデザート缶詰は最高だ。
 甘味料に頼らない甘さ。高級ではないが安定した品質の、太陽を一杯に浴びた果物をふんだんに使用したフルーツたち。価格は安いが一級品だ。
 少なくともロイは、この工場を建てた十年前からそう信じている。

 ロイは薄くなり始めた頭を無意識に撫でつつ、満足げに忙しく働く工員や長いつきあいの機械たちの間を歩き回る。工員には優しく商品にはあくまでも厳しくが彼のモットー。見回りと声かけは欠かさない。
「社長、社長ー!」
 最近雇った青年が走ってくる。なんと帽子もマスクもしていない。ロイは不届き者を厳しく、だが静かに叱った。
「工場内で走るんじゃない。それに帽子もマスクもしていないじゃないか。雑菌が混入したらどうする」
「雑菌どころじゃないんですよ、社長!」
 青年は真っ青で震えていた。何があったかはわからないが、とにかくこれ以上作業場に居させるわけにはいかない。ロイは青年を伴って外に出た。

 青年は廊下で、完全に破壊された缶を取り出して見せた。
 内側から膨張して破裂したかのように見える。とても古くなった缶詰の中身が傷んでいると、こうなるだろうか。缶の内部は腐食しているようで、一部はぼろぼろに崩れている。
「何だね、非常食の処分忘れかね。ひどい臭いだ」
「違うんです。この製造年月日、見てくださいよ」
 ロイは缶をひっくり返し、ねじ曲がった板に刻まれた製造日を見た。
「今日じゃないか」
「たったさっき、ラベルを貼ろうとした途端破裂したんです。中からどろどろした気持ち悪い物が飛び出して‥‥動いたように見えました」
「何だって」
「あまりに‥‥その‥‥びっくりしたので逃げ出して、戻ってみたらもう缶しか残っていなかったんです。見間違いかと思ったんですが‥‥気味が悪くて」

 どんな些細なことでも追求し、常に品質を維持する。それがロイの信念である。
 だが、追求の結果導き出された結論は彼の理解を遙かに超えていた。
 おそらく昨日の夜の内に入り込んだのだろう。原料が缶に詰められる直前に通るタンクに、ねばねばした異様にカラフルなヘドロのようなものが混入している。ぱっと見はよくわからないが、相当数ありそうだ。
 二日前から出荷のために缶詰が並べてある倉庫には、今日缶に詰められたものも入っている。見た目にはまったく解らないが『不純物』が入っているものも多いだろう。今日作られたものは全て破棄しなければならない。
 そして青年の話によると、缶から逃げ出して敷地内を動き回っているものが少なくとも一匹。

 一匹。
 ロイはぞっとした。確かにロサンゼルスの都市部はUPC北中央軍がバグアの侵入を防ぎ切れず、治安は悪くなっている。しかし、都市部より遠く離れたこの郊外は別だ。あまりキメラの話を聞くことはない。だから彼もどこか他人事のように思っていた。
 だが、よりにもよって憎きキメラは、彼の人生の全てであるこの工場を脅かしている。
 彼は頭を抱えた。ぎりぎりの安値でいい物を提供するのがモットーのこの会社には、倒産がちらつく大打撃である。機械も、昨日までに作られた無事な缶も、破棄することはできない。
 即刻工員たちは退避させた。工場の電力供給は、一部原材料の冷蔵庫以外は全て止めた。
 急いで掃除屋を呼ばなければならない。外に話が漏れる前に、速やかに得体の知れない生き物を排除し、機械と在庫とこの会社の未来を守ってくれる屈強な掃除屋を。

 電話に手を伸ばすロイの背後で、異様にカラフルな粘液の塊が、げっぷのようにレモン色の泡を吐いた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
桐生院・桜花(gb0837
25歳・♀・DF

●リプレイ本文


●工場

 白鐘剣一郎(ga0184)は眉間に皺を寄せる。
「そもそもこの工場の内部にスライムを仕込むとは‥‥一体誰が?」
 こちらも真剣な顔をして考え込む須佐 武流(ga1461)。
「スライムのかんづめ‥‥なんかそんなおもちゃが昔あったような無かったような‥‥」
 考え事の重みが全然違った。

 彼らは問題の缶詰の処理および施設の清掃を行うA班と、恐らく敷地内を逃走中のスライムの追跡及び殲滅を行うB班にわかれることにした。
 深く頭を下げるロイに、桐生院・桜花(gb0837)は安心させるように微笑みかける。
「大丈夫です、私たちに任せてください」
 缶担当の周防 誠(ga7131)は、倉庫にあるという缶詰の個数を聞き、まいったねとつぶやく。一日仕事は決まりだ。
「追跡終わったらこっちを手伝ってくださいね。何分数が多いですから」
 彼は借り受けた人数分の缶切りを軽く振って見せる。
「生産ロットや製造年月日で、ある程度は推察できるだろうよ?」
 須佐は、俺は追跡班に入るけどね、と続けて笑った。

 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)、緋室 神音(ga3576)、白鐘は警備員に協力を要請した。
「監視カメラの映像を確認して、不審な物を見つけたら教えてください」
 緋室の言葉にホアキンが続ける。
「映像記録のチェックもお願いしたい。行方が割り出せたら連絡を入れてもらえばいいだろう」
 桐生院が警備員に自分のトランシーバーをひとつ渡す。白鐘が工場の太いパイプを見つめ、腕を組む。
「エアダクトなどの見取り図があればお借りしたい。逃走経路にされると厄介だ。そうだな、まずは缶が破裂して中身が飛び出た現場を確認させてくれ」


●缶

 桐生院は、缶担当のカルマ・シュタット(ga6302)にビニール袋を渡した。
「ゴム手袋。気休めにはなるでしょ。スライムがいつ飛び出すか分からないわ。缶を動かすときも最低一人は見張っていた方がいいんじゃないかしら」
 それじゃそっちも頑張ってねと軽く手を振ると、彼女はアズメリア・カンス(ga8233)と工場の方へ歩いていった。

 倉庫内は蒸し暑い。カメラ以外の設備を全て止めてあるためだ。
 カルマと周防は、山積みにされた缶詰を前にしばらく無言だった。大量にあると聞いてはいたが、やはり視覚に訴えかけるインパクトは大きい。入り口近くにはまだラベルが貼られていない物が多いようだ。やがてカルマが諦めたように肩をすくめる。
「‥‥誠さん、確かまずいのは昨日の分だけでしたね」
「はい、一昨日の夜に点検した時には何もなかったそうです」
 周防は近くに転がっていた缶詰を拾い上げた。
「缶詰か。自分は桃缶が好きなんですよ」
 言いながらも確認した缶の底に書かれていたのは問題の日付。異常はないようだが、そっと近くにあった空き箱に入れる。
 カルマは苦笑いした。ここの缶詰には蜜漬けの果物の他にゼリーも入っているという。スライムが混入したのでは分からなくもなるだろう。
「社長さんも困っているみたいだし、ここはひとつ頑張りますか‥‥まずは、日付が昨日の物だけを隔離しよう。作業中に混ざっても困るからな」


●追跡

 スライムが逃亡現場にこびりついた汚れは鮮やかな黄色。甘く、すえたような、鼻腔にへばりつく、まったりとした、アクロバティックな強い異臭を放っている。ホアキンは確かに目立つなと内心呆れた。
 臭い、腐食跡、その他スライムが残すであろう痕跡をたどれば追跡できるかもしれない。白鐘はぽつりと呟く。
「警察犬には及ばないが‥‥やってみるか」

 須佐は破裂した空き缶のことを思い出していた。
「缶詰にされたキメラが、他にもいくらかは既に逃走しているかな? 逃げ出したとして‥‥どこに?」
 やはりスライムも体を維持するのに養分が必要だろう。となると。
「原料の保管庫‥‥」
 どうやら同じ事を考えていたらしいホアキンが須佐の思考に言葉をかぶせる。
「人の目が届きにくく、またスライムもエネルギーを補給しやすい」
「もしかすると潜んでるかもな?」
 ホアキンと須佐はその場を白鐘と緋室に任せ、原材料の倉庫へと向かうことにした。


●タンク

 缶詰用のラインは二つ。一つのタンクには異常がないように見える。だがもう一つのタンクからは下品なほど甘ったるい臭気がただよい、ぷつぷつと泡がはじける音が聞こえてくる。のぞき込むには少々勇気が必要だった。
 中では派手なヘドロ状の物が重なり合って蠢いている。近づくと、目に突き刺さる刺激臭もわずかに感じられた。

「さて、タンクを綺麗にしないとね」
 アズメリアは覚醒し清掃用のバルブを回す。洗浄が頻繁に行われているため作業が容易なのは幸いだ。
「これでうまく流れてくれればいいのだけれど」
 管からピンク色のスライムがごぼこぼと流れてくる。床につくや否や渦巻いて伸び上がった。なおも管から流れ出る量を見ると相当の大きさだ。
 桐生院が覚醒によって輝き始めた目をあきれたように細める。
「食べすぎなんじゃない?」
 抗議するかのごとく噴出された黄色い液体から、二人は素早く身をかわす。アズメリアの月詠が一瞬にしてスライムをただの汚物へと変えた。残骸は急速に溶け縮み、白い煙を上げながら排水溝へと流れてゆく。
 と、管から少しずつ流れていた水が止まり、また不穏な音を立て始めた。二匹目、今度は毒々しい緑色。続いて三匹目、今度は目に眩しいオレンジ色。
 二人は低い姿勢からの横なぎの攻撃を繰り出す。なるべく床を傷つけないためだ。
「この工場の人たちの為にも、一匹たりとも逃しはしないわ」

 タンク内の処理が終わり、その前後を調べていたアズメリアは、配管入り口に詰まったスライムを発見した。
 桐生院がゴム手袋を二重にはめて、迷わずにスライムをつかむ。飛び散った酸が彼女の長靴にかかって焼け焦げを作る。指先が滑る不快な感触が伝わり、ぴりぴりと痛んだ。
 ある程度引き出されたところで、アズメリアが近くにあったバケツで一気に掻き出し月詠を振り下ろす。
「無茶をするわね」
 桐生院はぼろぼろになった手袋を振り捨て、流水に手をかざした。活性化の発動で指先がじわりと暖かい。
「実直な人には、幸せになる権利があるのよ」
 それを守るのが能力者の仕事だと、彼女は誇らしげに微笑む。
 配管には今倒したものとは別の色の粘液がこびりついていた。ここから逃げ出したものがいるようだ。


●配管

 覚醒によって全身を淡く輝かせた白鐘が、逃亡したスライムの追跡を行っている。強化された嗅覚を頼りに、たまに床に顔を近づけてみたりしつつ油断なく周囲を見回す。無論本人は大真面目だが、コメントはし辛い状況だ。
 たどり着いたのは動力室。旧式の管が無数にはしっているタイプのもので、小さな生き物を探すには厄介だ。
 緋室の通信機が仲間の声を届ける。
「配管に逃げ込んだのが一匹いるらしいわ。方向的にこの部屋にいるかも知れない」

 まず白鐘が辿ってきた臭いの主を発見した。レモン色のスライムを壁際に追い詰めて連続攻撃。切っ先はぎりぎり針金で留められたエアダクトを避けていた。
 緋室も覚醒し、金色に輝く目で密集した管の間を注意深く観察する。灰色や黒の部屋の中、彼女はすぐに排水管から滴り落ちている派手な青緑の粘液を発見した。管の中に居座る小ぶりなスライムが見える。随分欲張りに食べたのか、くすんだ色をしていた。
「もう少し透き通った色だったら水餅を連想できたのに‥‥」
 手や武器が届く場所ではない。下手に刺激するとまた管の中を逃げ出し、面倒なことになるだろう。

 白鐘が借りてきた配管図を広げて指で管をたどり、バルブを指し示す。
「六番と‥‥七番を閉めてくれ。それから二番を開ける」
 スライムは動かない。もし感情があるのなら安心しきっているに違いない。緋室は管の端に立ち月詠を抜いた。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 彼女の瞳が輝き、背に翼を思わせる虹の燐光が発生する。
 白鐘は最後に大きなバルブに手をかけた。
「さて‥‥年貢の納め時だ」
 水がガンガンと音を立てながら普段は使われていなかった排水管を流れ始め、情け容赦なくスライムを押し出す。
 スライムはすぐさま強力な酸を噴き出そうと身を震わせた。しかし緋室の虹が一瞬早く孤を描く。
「潰れなさい! ――剣技・神槌!」
 月詠はスライムを一撃で消し飛ばし、床を大きくえぐった。床のひびにスライムの残骸が流れてゆく。幸運なことに配管に被害はなかった。


●まだ缶

 タンク担当の二人が缶詰の倉庫にやってきた頃、まだ日付別の分別は続いていた。もういくつか異物入りの缶が見つかっているらしく、周防の足下には派手な色の水溜りがある。
 カルマによると、ラベルが貼ってある物は無事な缶ということが確定しているらしい。

 倉庫の一角に積み上げられた危険物入りの銀の山。たまにどこからかぶしゅぶしゅと何かが漏れる音がする。
 カルマは缶を一つ取って缶切りでコツコツと叩いた。スライムが驚いて飛び出すかもしれないからだ。
 叩く。缶の変化に細心の注意を払いつつ開ける。中に動くものがないことを確かめたら次の缶へ。意外に時間のかかる作業だ。
 周防が一つの缶に指を伸ばした瞬間、缶が急激に膨らんだ。彼の右目が銀色に輝き、瞬間的に引き上げられた剣速で缶から飛び出したものを切り刻む。飛び散った蜜漬けの桃には、食欲など吹き飛びそうなド紫がコーティングされていた。
 桐生院が缶の山に手を伸ばすと、その一帯の缶がカタカタと小刻みに震えはじめた。全員の視線が彼女の手元に集中する。
「何匹いるの‥‥?」
「虱潰しにやっていくしかないな‥‥」
「どれに入り込んでいるかわからない以上は、ね」
 誰かが深いため息をついた。


●原料庫

 ホアキンと須佐は原材料である果物がある倉庫に来ていた。冷蔵室のほか、常温で保存される果物の倉庫もある。広さに対して箱の数はそう多くない。何とか調べきれる程度と言えそうだ。
 ホアキンは床に少し不自然な腐食跡を発見した。読み通りここにもいるらしい。だが倉庫の一部は真っ暗だ。これではどこに潜んでいるか分かったものではない。
 そこへ緋室から何度目かの連絡が入った。
『警備の人からの伝言。果物の倉庫には二匹いるみたい。色は青と赤』
 ホアキンは倉庫内に、須佐は冷蔵室に、それぞれ向かった。

 ホアキンは腐食の跡を注意深く追った。見逃してしまいそうな床のシミやつま先に感じるかすかな凹凸。一部黄色に変色した木箱。早く見つけなければ思わぬ被害が出るかも知れない。
「どこへ行ったんだ‥‥」
 窓のない場所にさしかかり、周囲が急速に暗くなる。彼は暗視スコープをかけた。
 木箱の裏を覗いたとき、視界のはしで何かが動いた。次の瞬間、木箱の後ろにはりついていた真っ赤なスライムが覆いかぶさってくる!
 が、彼は瞬時に間合いを取り、手にしたエネルギーガンの引き金を引いた。ジュッという音をたててスライムは蒸発し、周囲の箱が黒く変色、目にしみるほどの異臭が漂う。

 冷蔵室の様子をみて外に戻った須佐の目の前を、仲間の死を感じ取ったのか、見た目からは到底想像もつかない速さで床をはしる青い物体が通り過ぎた。
 須佐の判断は早かった。その姿が消え、ひと呼吸後にはスライムの前にいる。速度が戻った反動で滑る足をぐっと踏みしめ、渾身の力を込めた蹴りを放つ。刹那の爪がスライムの中心を射抜いた。スライムは黄色い液体を噴出するが、須佐はそのまま足を回転させ床に叩きつける。ばしゃりと音を立てスライムの一部が飛び散った。
「やれやれ、不定形な姿となると蹴り散らしたほうが早いか?」
 須佐は勢いを止めずに足を回してもう一撃蹴りをたたき込んだ。


●まだまだ缶

 最後に倉庫に来たのは、工場敷地内全体を見回り、討ち漏らしがないかの確認を行った白鐘だった。
 倉庫には開けられた缶が山積みにされていた。それでもまだ未開封の缶はあまり減ったように見えない。
 周防が新しい缶を拾うと急に表情を引き締めた。小太刀で缶を引っかけて床に叩きつけ、中から飛び出したスライムを切り刻む。
 何故かスライム缶を最も多く引いているのは周防なのだ。もういい加減、持っただけでなんとなく見当がつくようになってきたという。
 拾った缶の一つを軽く放り上げ、須佐は缶切りをくるくると回す。
「スライムキメラの缶詰‥‥意外と売れそうだけどな? え〜っと、ペット缶っていうのかな‥‥?」
 またスライムが動き出したのか、山積みの缶から液体が漏れる音がする。誰かが、こんな面倒で物騒なペットは嫌だ、と溜め息まじりにぼやいた。
「じゃ、食べ‥‥」
 彼はまだブーツに残る嫌味なまでに鮮やかなブルーの粘液を見下ろし、妙に冷静に続けた。
「られるワケないか‥‥」

 いつの間にか暑さが和らいでいる。設備内のスライムがいないことが確認されたので、倉庫の空調が動き始めたのだろう。しばらくしてロイと警備員が差し入れを持ってきた。
「スライムが入った後に詰められた物は、開ければある程度見分けられそうですよ」
 カルマは今開けた缶の中を示す。その缶はスライム入りではないが、黄色っぽい液体が油のようにぽつぽと浮かんでおり、缶がわずかに変色していた。スライムが分泌する強力な酸は本体がいなくとも缶を蝕むらしい。つまり、そういった形跡がない物は無事な缶であるというわけだ。
 アズメリアが、今日の分で食べられそうなものは分けておこうと提案した。ロイは、さすがに商品にはできないが、ある程度は無駄にしないようにすると答える。

 八人もの猛者が顔をつきあわせ、真剣な顔で黙々と缶を開け続ける光景はなんともシュールだ。たまに集中力が切れると、これは趣味の悪いジョークだろうかという気分になってくる。

 キコキコと缶を切り開く音。
 まれに短い気合いと、液体が飛び散る音。
 キコキコと缶を切り開く音。
 誰かが伸びをする。
 キコキコ。
 運悪く酸を浴びた者は自前の救急セットで手当をする。
 キコキコ‥‥キコキコ。

 何度か交代で休憩を取りながらの作業は、結局夕方近くまでかかった。缶の中にいたのは小型が二匹、超小型が十匹。ちなみに夕食はロイの奥さんの手料理だった。


●一件落着

「被害は最小限に抑えたつもりだが‥‥俺たちに出来るのは此処までか」
 帰り際の白鐘の言葉に、ロイはとんでもないと目を丸くする。
「設備にほとんど被害はありませんでしたし、商品も大部分が無事でした。あなた方のおかげです。本当にありがとうございます」

 周防は工場に残り、別料金で、今日いっぱい後片付けと清掃その他機械の動作チェックを手伝おうと申し出た。
「報酬は現物支給を希望します。二番倉庫奥にあった青ラベルの桃缶で」
「金ラベルのも付けましょう。うちのお勧め品ですよ」
「商談成立ですね」
 周防は屈託のない笑みを見せた。