タイトル:【お節】豆!豆!豆!マスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/07 15:17

●オープニング本文


 そこのあんた、いや、暇なら誰でもいいんだけどさ、あー、なんつーかな。
 とにかく結論から言う。助けてくれ。


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 UPC本部食堂――それは、軍人、事務職員、傭兵たちのみならず、広く一般にも利用されている、一種の社員食堂である。
 そんな食堂の秩序を守り、纏め上げている人物――それが、飯田 よし江(gz0138)であった。

「いえ、ですから、無理です!」
「無理や無理やってアンタ、上に言うてもおれへんのに、やってみなわからへんやないの!」
 先生だって走り回っちゃう師走のある日、ヒョウ柄のセーターに身を包んだよし江は、UPC本部内の経理の姉さんに詰め寄っていた。
「傭兵の子らだって、今年は戦い通しやったやないの。労ってあげなアカン!」
 迫るヒョウ。タジタジで身を引く経理の姉さん。
「まあ落ち着きなさい。何の騒ぎですか」
 その様子に、偶々通り掛かったハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将が、何事かと仲裁に入った。
「ブラット准将! はあ‥‥実は、ULTに依頼を出そう思てるんですけど、承認が下りへんのです」
「依頼? どのような依頼ですかな?」
「それが、オセチの食材集めなんですわ」
 准将を前にして、少しずつ事情を話し始めるよし江。
 戦い赴く度、傷ついて戻ってくる軍人や傭兵たちに、せめて新年くらいは明るい気持ちで迎えてほしいと、食堂でオセチを出したいのだということ。
 そして、折角作るなら、皆で協力し合って各地の食材を集め、豪華なオセチにしたいのだということも。
「なるほど。偶には、そのような催しも良いかもしれませんな。兵の士気も上がる事でしょう」
 ブラット准将は、根気良くよし江の話を聞き終えると、一つ頷いてそう口にした。
「えっ‥‥ほな‥‥!」
「わかりました。私が承認し、ULTに食材集めの依頼を出しましょう。企画書を回してください」
「ありがとうございます!」

 こうして、ブラット准将の承認のもと、UPC本部食堂より、ULTに新たな依頼がもたらされたのであった。
 『オセチの食材募集。正月グッズ提供歓迎!』


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 ここはUPC本部食堂‥‥の裏。きみは偶然その近くの廊下を通りかかったところだ。
 廊下の先から男女が言い争う声が聞こえてくる。

「黒豆は甘く煮るのよ! なんていったって煮豆! 煮豆がないとお節じゃないわ!」
「バカ言うな、黒豆は餅に混ぜるんだ! 豆餅だ豆餅!」
「なによ、豆入りの餅なんて邪道だわ! だいたい黒豆なくてもお餅はできるじゃない!」
「あんな甘ったるいもん飯として食う奴の気が知れないね!」
「あの上品な甘さが分からないっていうの? あなた味音痴なんじゃないの?」
「そっちこそ、香ばしい焼きたて豆餅の美味さがわからないとは、お気の毒様!」
「この分からず屋っ!」
「こっちの台詞だっ!」

 もし、きみが口論に興味を持って廊下の先をのぞいてみるのなら、そこでは積み上げられた麻袋とその前で口論している男女、そしてげんなりした顔の男がいる。彼はどうやら運び屋らしい。
 運び屋はきみと目が合うと、助けを求めてきた。どうする?


●運び屋の話を聞いてやる→
 彼は注文された黒豆を日本からわざわざ運んできたのだそうだ。しかし手違いがあったらしく、予定より数が少ないのだという。そこで煮豆を作る班と餅をつく班のどちらが豆を受け取るかで口論中なのだそうだ。
「それは好きにすりゃいいと思うよ? 何食いたいかは人それぞれだろうからな。けどこっちは早くモノを引き取って代金払ってもらわないことには帰れないんだよね」
 クシィと名乗った男は、今時珍しい手書きの領収書を手に肩をすくめた。
「なあ、あんた、もし良かったらさ、どっちでもいいから加勢してやるなりなんなりして話まとめてくれないかな」
 きみがクシィに、なぜ自分で話をまとめないのかと問いかけるなら、彼は苦笑して答える。
「ジャンク食うような奴に黒豆の味なんかわからないって却下されたよ。頑固な連中だぜ、まったく‥‥なあ、頼むよ」
 君たちの目の前でにらみ合う男女は、互いに一歩も引く様子がない。


●豆の袋を観察する→
 きみは積み上げられた麻袋を見つめた。日本で作られたものだろううか、今時珍しい古風な梱包である。数はそれなりに大きなものが四袋。量としては相当多そうに見える。
 ふと横を見ると、脇の調理室の扉が開いていた。中からかすかに声が聞こえてくる。
「すみませーん、空豆ぇ、見あたらないんですけどぉ‥‥倉庫前? ごめんなさぁい、わかんないですぅ‥‥」
 しばらくして見るからに危なっかしい若い女性が出てきた。どうやら今日の料理で使う豆を探しているようだ。
「あー、これね! ありましたぁ!」
 女性は言うなり、積まれた黒豆の袋を一つ取ってずるずると引きずり始めた。
 運び屋は口論する二人を必死でなだめようとしていて、女性の行動にまだ気づいていないようだ。


●無視して立ち去る→
 きみはそんなくだらない争いに巻き込まれたくはないと、そそくさと足を早めた。
「何でもいいから早くサインして代金払ってくれよ〜!」
 運び屋の情けない悲鳴が遠ざかってゆく。
 ふと足を止めると、足下に小さな小石のような物が転がっていた。つまみ上げてみると豆のようだ。まるで昔話の道しるべのように点々と廊下に転がっている。
 君はふと、先ほどの騒ぎを思い出した。あの騒ぎと何か関係があるのだろうか?

●参加者一覧

弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
金 海雲(ga8535
26歳・♂・GD

●リプレイ本文

 カルマ・シュタット(ga6302)は穏やかに、しかし力強く語る。
「黒豆コーヒー! 受験生の強い味方、寒い冬の友、覚醒作用、それに黒豆の栄養がプラスされ、砂糖を入れれば脳のためにも良し!」
「そんな料理ですらない物に黒豆は使わせないさぁ〜!」
 割烹着姿でお玉片手に仁王立ちする御影 柳樹(ga3326)の背後には、白衣の戦士たちがひかえている。
「そうよ! 黒豆は煮るに決まっているでしょ!」
「そうだ! 餅に入れる以外認めないぜ!」
 声をそろえて叫び、それからにらみ合う鍋塚と臼木。
 優雅に小指を立てて持参のマグカップから湯気を立ち上らせ、鯨井昼寝(ga0488)は唇を笑みの形にゆがめた。
「勝ち目がないからといって援軍頼みとは見苦しい。黒豆ココアこそがもっともお節には相応しい」
 暖かいココア(二杯目)を口に含み、彼女はわずかに目を細めた。
 苦笑して周防 誠(ga7131)。
「通行の邪魔ですから、調理場に移動しませんか?」
「寒い廊下から暖かい室内へ‥‥審判! それは我々に対する妨害では!」
「気温は我々にとって重要な武器!」
 いきなり手を組むカルマと鯨井。
「あのー、だから俺の話も聞いて‥‥」
 金 海雲(ga8535)の声は、『審判』へのブーイングで儚くもかき消された。
『メイ探偵』弓亜 石榴(ga0468)の鋭い目は、外野面をしていた二人を見逃さなかった。
「放送席!」
「俺ですか?」
 ロジャー・ハイマン(ga7073)はうっかり返事をしてしまった。しまったと思ったときにはもう遅い。期待に満ちた沈黙と集中する好奇の視線に押され、彼は仕方なく口を開いた。
「さあ、意外な展開になってまいりました。いかがですか、解説のクシィさん」
 逃げ損ねたクシィはげっそりした顔で手を適当に振った。
「もう、どうにでもなれ、だ」

 話は数十分前にさかのぼる。

 いざこざを目にしたロジャーは一瞬迷った。まだ兵舎の未処理書類がある。こんなところで時間を潰している暇はないのだ。
 が、クシィの雨の日の子犬のような目と視線が合ってしまった。ちなみに子犬とは「汚れている」くらいしか共通点がない。
「助けてくれ」
「‥‥クシィさん、それは禁句です。見なかったことに出来なくなるじゃないですか‥‥暇だからいいんですけど」
 短いため息をついて足を止め、ロジャーは仕事のことを片隅に追いやった。これもまた人助けだ。
「‥‥あ〜それで、どうしたんですか。あんまり、死にそうには見えませんが」
「ありがとよ。胃袋に穴が開いて死にそうなんだ」
「繕い物は専門外ですけど、話くらいなら」

 クシィの状況説明が終わった頃には、騒ぎを聞きつけた能力者たちが数人集まっていた。
(「‥‥限りなく、どうでもいい言い争いしてたのね」)
 笑っていいのか呆れていいのか。ロジャーはクシィの肩を軽く叩いた。
「何か、こう‥‥絶望的に運が無いですね‥‥同情しますよ、本当に」
「なるほど、足りない黒豆の配分ですか」
 いつの間にか立ち止まって話を聞いていた周防が、大人げないなと言いたそうに苦笑した。
 たかが豆。されど豆。興奮していたのではいつまでも話は堂々めぐりだ。周防は言い争う二人に声をかけた。
「とりあえず、話を聞きましょう。ちょうど良く人も集まったことですから、落ち着いて自分たちにも分かるように話してください」
 周防があえて『落ち着いて』に力を込めた意図は二人には伝わらなかったらしい。臼木と鍋塚は声だけをそろえて、いかに自分の意見が正当かを主張し始めた。周防はあまりの惨状に、関わったことを軽く後悔し始めていた。
「甘い豆なんてありえねえよ!」
「そういうのが好きな人もいるんですよ。豆餅が好きな人がいるようにね」
「餅に豆混ぜるなんて邪道よ!」
「餡子つけたり大根おろしつけて食べるのと変わらんでしょう。豆を混ぜるのが邪道ならそれも邪道ですか? 自分は好きですけどね」
「おい、あんたどっちの味方なんだ!」
「自分はどっちの味方でもありませんよ。第一、どうして豆を平等に分けようって話にならないんです?」
「なんでこんな奴に譲歩しなきゃならないのよ(いんだ)!」
 仲良く声をそろえる鍋塚と臼木を前に、周防はズキズキと痛み始めたこめかみをもんだ。
「もう少し大人になれ‥‥」

 鍋塚は、成り行きを見守っていた一人の男に水を向けた。
「ねぇっ、そこのあんたどう? 豆は煮るべきよね!」
 穏やかな顔を輝かせ、力強く頷いたのは御影だった。
「まめに暮らせますようにと願いが込められた黒豆がないお節なんてありえないさぁ! そんなの眉毛のないシーサーさぁ!」
 勢いづいて何か長台詞を言おうとした鍋塚の後ろで、御影はのんきに続けた。
「あ、でも豆もちも美味しいから、量を控えて両方作ってくれると僕としては嬉しい限りさぁ」
 一気にヒートアップしかけたその空気を、低い笑い声が冷却する。
「話は聞かせて貰った。甘い。甘いね諸君」
 甘い香りを漂わせながら現れたのは鯨井だった。彼女の手には大きめの保温マグがある。中身はココアだろうか。
「黒豆? ココアにする以外にどんな選択肢がある?」
 ワイングラスを傾けるように、彼女はココアを優雅に口に含んだ。
「鯨井さん‥‥これ以上選択肢増やすのやめてもらえます?」
 軽くげんなりした顔で言う周防に、彼女は声を潜めて早口にささやいた。
「共通の敵ができれば、互いに争うことがどんなに馬鹿げているかわかるでしょ。世のため人のため、お節の正義を守るため、項目14行きのルートは絶対に回避してみせるから」
「‥‥なるほど‥‥14って何ですか?」
 鯨井は湯気の向こうですいと唇を緩めた。孤独な戦いに身を投じる戦士の笑みだ。
「君たちはかずのこの粒のひとつひとつを更に際だたせるココアの魅力を知るべきだ。弾ける粒を浮かべる香ばしくも優しいココア。鯛と海老の焼き物をココアで流し込むあの甘美な瞬間を知らずしてお節を語るのは間違っているよ」
 ‥‥話し方だけとれば、説得力にあふれていると言えなくもない。
「遊んでません?」
「遊んでるな」
 そんな心ない外野の野次はともかく、彼女の狙い通りお節におけるココア活用法は大ブーイングを巻き起こした。たまに真顔で頷いてメモ取ってる奴がいるが、それはあえて見なかったことにする。
 さっきまで争っていた臼木と鍋塚は口をそろえて抗議している。もうひと押しだ、とほくそ笑んだ鯨井の背後から声がした。
「確かに甘く煮た黒豆は美味しい、豆餅もきっと美味しいのだろう。だが、しかし!」
 爽やかな笑みで力説しつつ現れたのはシュタットだった。
「黒豆コーヒーを作るしかないでしょ? ここは?」
 シュタットは、自信にあふれた口調で続ける。
「ただのコーヒーでは栄養価的に非常に不味いが、黒豆をいれることによって栄養が足され、朝食に飲んでも非常に栄養価のいい飲み物になる! 新年の朝をすっきりと迎えるには持ってこいじゃないですか!」
「あれも共通の敵を作るための援軍ですか?」
 周防の問いに、鯨井は軽く首を振った。
「第四勢力とは計算外ね‥‥でも、ココア任せておいて!」
 駄洒落かよ。

 口論を止めるのは無理と判断して立ち去る金は、聞こえる会話の断片から、ある程度の状況を把握した。食べ物の話を聞いていると、ずっと我慢していた空腹が腹をせっつき始めた。
「早く帰って何か食おう」
 踏み出した足の先に不自然な感触があった。何かが落ちている。指先でつまみ上げると、それは真っ黒な球体。
「‥‥黒豆?」
 よく見ると、黒い豆が廊下に点々と転がっている。
 騒ぎの場所に戻ると「昆布巻きとココアの絶妙なハーモニー」「甘いお節にコーヒーのほろ苦さがマッチ」という言葉が漏れ聞こえた。やはり手に負えそうな話ではない。首を突っ込まない、という選択は正解だったようだ。
「あの、ここに黒豆、落ちてますけど」
 金の言葉はブーイングの嵐に紛れてかき消された。

 御影は思わぬ展開に戦々恐々としていた。日本人ばかりだからといって油断した。まさかお節を阻む者が仲間内にいようとは。
「ココアもコーヒーも料理でなくて飲み物! 今はそんな余裕はあり‥‥?」
 抗議しようとした彼の視界の端を、今議論の中心となっている豆の袋を持って調理室に消えてゆく少女の姿が過ぎった。この上豆が減ったのでは、争いが激化するばかりだ!
 覚醒による変化が彼の肉体を変化させる。地を蹴り、瞬時に豆を奪う伏兵を止めんが為に立ちふさがる!

 金は見た。豆の袋を持ってゆこうとした少女を追い、瞬天速を発動させた御影が、床に転がっていた黒豆を踏んですっ転がり、そのままの勢いで調理室へ消えたのを。
 ああ、あそこにも豆が落ちてたんだな、そう思った次の瞬間、騒々しい音が聞こえた。
 金は半分潰れた豆を拾い上げた。やはりこんな危険な物を放っておく訳にもいくまい。彼は黙々と落ちている黒豆を拾い始めた。

 御影は顔を上げた。豆の袋を手に目を丸くしている少女が見えて、必死に語りかけた。
「そこの人、それはおせちに使う黒豆だから持っていかれては困るさぁ!」
 何故か怯えた顔でこくこくとうなずく少女から黒豆を取り戻し、やれやれと腰を上げた彼は、降り注ぐ殺意に満ちた視線に気づいて息をのんだ。
 惨劇の中、小麦粉をかぶって真っ白になった調理師に、御影はなるべく刺激しないようにそっと声をかける。
「ええと、取り敢えず、僕も手伝うから、そんな、今にもとって食うみたいな視線はやめてくれると、とても、とても、助かるさぁ」

「何でもいいから早く豆受け取ってくれよ〜」
 クシィに手をさしのべる赤毛の少女。それは救世主の到来か。
「よしオーケー。その依頼を受けるよ。どんな事件も、このメイ探偵石榴がサクッと解決したかのように見せかけてあげる!」
「ただの野次馬じゃねーか!」
「私もプロ。ちゃんと報酬は貰うからね。前金五千といいたいところ、年末セール二千で手を打とう」
「高ぇよ! つか何の報酬だよ!」
 律儀なツッコミは無視して、メイ探偵石榴はどこからか取り出したファントムマスクをかぶった。探偵というより怪人である。
 メイ探偵石榴はクシィが手にしていた伝票をじっくりと眺め、豆の袋を確認し始める。その自信に満ちあふれた動作は、徐々に周囲の注目を集め始めた。メイ探偵、両足を肩幅に開き張りのある声で一言。
「この私の目は誤魔化せない。犯人はこの中に居る!」
 周囲がしんと静まりかえった。呼吸することすらはばかられる張り詰めた空気の中秒針が半周する頃、シュタットが首をかしげた。
「犯人‥‥何のです?」
「やっぱこれはやっとかないと。メイ探偵的に」
『メイ探偵』のメイは迷惑の『迷』だった。

 金の手のひらの黒豆は、少しずつ数を増やし、小さな山になった。
「足りないっていう豆、これの事なんじゃ?」
 ふと思いついて、彼は豆が続く廊下の先を鋭い目で見つめた。この先に豆泥棒がいるかも知れない!
「バグア?」
 まさか‥‥こんなせこい盗みをして何の得になるというのか。
 ‥‥いや、バグアにも色んなのがいるから、人類の正月を邪魔しようとして‥‥
「ありえんか」
 金は頭を振って、黒マントで豆袋を手に高笑いするバグアの像を頭から追い出した。
 彼の黒い髪が、覚醒変化により金に染まる。何一つ見逃すまいとする強い意志のもと豆を追うと、ある扉の前で途切れた。一般の能力者の兵舎だ。
 ノックをすると、鍵がかかっておらず勝手に開いた。
「黒豆についてお聞きしたいことが‥‥」
 声をかけると、怯えた目をした女の子が現れた。彼の手にある黒豆を見て悲鳴を上げ、ぺたんと座り込む。彼女の手からくしゃくしゃの豆袋が落ちた。
「武器持ってふざけてたら袋に穴が空いちゃって、あわてて繕おうとして持ってきたりしてないぞ!」
 追い詰められた犯人は、自分から全ての真相を語らなければならないと法律で決まっているのだ。
 不器用に繕われた豆袋に拾った豆と女の子の部屋に散乱していた豆を入れると、少々不格好ながら体裁が整った。
「頼むから黙っといて。これあげるからっ!」
 金は大量のミカンを手に入れた!

「でも、伝票と実数が違ってたら‥‥クシィさんが犯人?」
「なんで俺が‥‥」
 眉を寄せたクシィが豆の袋に振り返り、青ざめた。
「足りねぇっ!?」
 思わぬ展開に周囲が騒然とし始める。
「えー‥‥依頼人が犯人という凄い結論が出ても、これが真実だから仕方が無い‥‥」
「違う! 誰だ、持って行った奴!」
 そこへ、白い衣(割烹着)に身を包み、調理師たちをひき連れた御影が颯爽と現れた。
「豆はここさぁ! それより飲み物なんかに黒豆は消費させないさぁ!」
「ああ、お節の正義は俺たちが守り抜く!」御影に説得されたらしく暑苦しく誓い合う調理師たち。
「道は違えど心は一つ‥‥」ふっと唇を緩めて呟く鯨井。
 更に金も袋を手に戻ってきた。
「すみません、豆袋返‥‥じゃない、拾ってきました」
「そう、実はこれは、叔父が財産目当てで行っている連続黒豆誘拐事件だったんだー」
「黒豆って炒っても美味いんじゃないかな」
「黒豆豆乳とかどう?」
「クシィさん、食堂で受け取り許可貰ってきましたので、サイン代理でしますね。ここでいいですか?」
「豆餅って食べたことないんですけど、どんなのです?」
「臼で潰して餅状にした黒豆のことだよ」
「ミカンもらってきましたよ。食べませんか?」
 誰も人の話を聞いちゃいねぇ。

 だが、そんな中。騒ぎを瞬時におさめる声。
「今の黒豆の所有権は仮とはいえ自分にあります」
 周防が上げた手には、燦然と受け取りのサインが輝いていた。
「で、自分考えたんですけど。それぞれ一品ずつ作って食べ比べて、一番美味しかった物を作った人が総取りでいいんじゃないですか?」

 と、そんなわけで、廊下における料理ショーが開催されたのだった。
 その中、暑苦しい友情劇やぎりぎりの攻防などのありがち悲喜劇が繰り広げられたりしたが、かなりどうでもいいので省略。
 全てが終わった後、ありもしない夕日の下で、固く握手を交わす臼木と鍋塚、感涙しつつ拍手を送る調理師軍団と、彼らに背を向け優しく微笑んだままココアを飲む鯨井の姿があった。ちなみにコーヒーは好きだけど黒豆コーヒーの作り方は知らないと豪語したシュタットは、謎の情報に従い黒豆を直接臼に入れて突いていた。金は、料理全種を、空腹は最強の調味料とばかりに心底嬉しそうに食べていたそうである。

「みんな、ありがとよ、美味かったぜ。この時期の報酬はハムって決まってんだってな。オセイボってんだろ!」
 自信満々に言ったクシィに、メイ探偵石榴は力強く頷いた。
「全ては私の推理通り!」

 と、そんなわけで。結局豆は等分された。少量の黒煮豆と少量の豆餅、そして黒豆ココアと、どさくさに紛れて謎の潰し豆が完成し、つつがなく食堂へと運ばれていったのだった。