タイトル:爆裂貨物マスター:白尾ゆり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/16 17:02

●オープニング本文


●15時8分に入った通信の記録

 俺はクシィ・クリムゾン。運び屋だ。
 結論から言う。助けてくれ。

 状況を説明するとだな。食料が爆弾に化けて、そいつを悪食キメラの野郎が食おうと虎視眈々と狙ってやがるんだ。
 何、意味がわからん?
 そうだろう。俺にもよく分からないんだからな。

 最初は普通に食料運搬の仕事だったんだぜ? ちょいと危険地帯通るかもしれないって程度のな。依頼人はボランティアグループ。届け先は南米の恵まれない子供たちだ。泣かせるだろ? で、俺はちょっとした礼金を手に入れて懐あっためて帰る。八方幸せな依頼だ。
 で、食料満載の箱積んでトラック走らせてたら匂いにつられたのかキメラが現れやがってな、追ってくるんだ。
 ‥‥おっと。

 悪い、追いついてきやがったから運転に集中してた。
 あー、どこまで話したっけ?

 そう、キメラだ。
 頭がいくつもある犬に見えた。数は三ってとこか。
 それだけでも面倒だってのに、連絡が来てなー。俺が運んでる荷物の一部が爆弾だってのよ。冗談顔だけにしろってんだ。
 なんか、ボランティアグループの荷物に密輸突っ込んでた不届き者がいたらしいんだわ。セコいんだよ。やる事が。
 で、そいつはバレて捕まったけど、俺が運んでいる爆弾が消えるわけじゃねぇ。すぐ帰って来いって言われたけど、俺は今それどころじゃないわけでっ!
 ‥‥。
 くそ、しつこいな、あいつら。

 そんなわけで俺は今ものすごく困っている。
 万一あいつらが追いついて荷物かじったら、衝撃で大惨事になりかねん。俺とか、レンタル車の弁償代とか、今回の仕事の報酬とか違約金とかな。
 まあ、噛み付いたキメラ野郎がぶっ飛ぶのはザマミロだがなっ。

 ‥‥!
 あっぶね、これじゃ二流ムービーだぜ。
 いつまでも余所見運転ってのも危ないからな、なるべく早く助けに来てくれよ!

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
月村・心(ga8293
25歳・♂・DF
梵阿(gb1532
10歳・♀・ST

●リプレイ本文

 二台のジーザリオが土を蹴立て疾走する。幌を外されてむき出しになった席には完全武装の戦士が乗り込み、厳しい目で前方を見つめている。木々はまばらになり、行く手には大平原が広がりつつあった。
「西寄りに走れ。沼を回り込んで南、こちらは二台、追いついたら閃光でキメラの注意を引く。合図に気をつけろ」
 簡潔に指示を出すのは御山・アキラ(ga0532)。彼女が大きくハンドルを切ると車が跳ねた。
 月村・心(ga8293)が苦笑する。
「これじゃまともに狙いが付けられない。弾が外れたら運転のせいだからな?」
「ここはレース場ではない。ランデブーポイントには少しましな地形を選んである」
 御山の返事に無言で肩をすくめ、月村は前方を見つめた。まばらに生えた木々の間に目標物はまだ見えない。
 依頼者のトラックには爆弾が積まれているという。流れ弾が万一それに当たれば笑い事では済まないのだ。これが映画なら劣悪な状態でも弾丸はキメラを射抜くことができるだろうが。
「まったくもって、二流のムービーだ。悪い冗談に付き合わされる者の身にもなってもらいたいな?」
「騎兵隊、なんて名乗るのは好きじゃないんだけどね‥‥」
 ロジャー・ハイマン(ga7073)はつぶやいて、大きな揺れを受けて軽く体を傾けバランスを取る。
 彼は先だってインドで目にした惨状を思い出していた。破壊される村、キメラに蹂躙され傷つく人々。手の施しようがなく目の前で死んでいった人々。
 彼の責任ではない。その時は確かに全員が力を尽くしたのだ。しかし理屈で感情を納得させることなどできはしない。
 前回はその両手に余った。だが今、彼が救わなければならないのは一人。
「今度は絶対に連れて帰る」
 彼は強く拳を握る。

 こちらはケイ・リヒャルト(ga0598)が運転するジーザリオ。カーステレオ前に下げられた無線機からは、雑音混じりのお上品とは言いがたい声が聞こえてきた。
「再び見えたのも何かの縁、か」
 梵阿(gb1532)が苦笑する。
「合流を急ぎましょう。私たちが早くキメラを倒せば余裕も出るはずですから」
 石動 小夜子(ga0121)はそう言って小首をかしげた。
「そういえば、相手はどんなキメラなのでしょうか」
 鐘依 透(ga6282)が答える。
「クシィさんの情報が正しければ、ケルベロスだそうですね。三つの頭を持つ地獄の番犬ですよ」
「掴まって!」
 リヒャルトの警告の一瞬後に車体がはねる。鐘依は脇に置いてあった巨大な骨付き肉を押さえた。豪快な弁当、ではない。呆れるほど食欲に忠実なキメラをおびき寄せるための、文字通り餌だ。
「ターゲット見つけたわ。運転、少し荒っぽくなるから気をつけて」
 凛とした声に緊張が混じる。リヒャルトの普段とは全く違う鋭い表情に鐘依は軽い高揚を感じた。やっとリヒャルトと肩を並べて戦えるということが、急に強く実感できた。
 目をこらすと、行く手に土煙を上げて暴走している黒点が見えた。

 小型のトラックを追っているのは黒く巨大な三匹の犬だった。確かに犬の形をしてはいるが、大きさが常軌を逸している。体長、二メートルから四メートルもあろうか。バッファローか何かのようにも見える。
 しばらく奇妙なカーチェイスが続き、二台は三匹のキメラに並走するまでに追いついた。だがキメラたちはよほど飢えているのか、彼らには目もくれない。
「ならば、無理矢理にでも振り向かせるまで」
 梵阿が立ち上がって照明銃をかまえた。大きな揺れによろけ、軽くのけぞりながらも慎重に狙いをつける。
「照明銃を使用する。総員、閃光に備えろ。FOX 2!」
『照明銃? ちょっと待て、そいつは火気じゃ‥‥』
 クシィの慌てた声がしたと同時に強い光が放たれた。本来照明銃は辺りをある程度の時間照らすものだが、光はそのまま後方に流れてゆく。全員火の玉が行き過ぎる時は目を伏せたが、それでも軽く目が眩んだ。
『あっぶねぇな!』
「射程は考慮に入れた、安心しろ」
 一頭がトラックに後ろから飛び掛ろうとし、勢い余ってぶつかった。トラックが大きく揺れる。
 一匹のキメラが光に呼ばれたか肉の匂いに気づいたか、リヒャルトの車のほうへと速度を落として近寄る。
 鐘依は前を走るキメラの足を狙い矢を射掛けた。ほとんどが外れたが、何本かはキメラの尻や背に当たった。やはり高速で移動する車の上から、走るキメラの部位を狙うのは困難を極める。
 だがそれでも彼は執拗に矢を射掛け続ける。ここで重要なのは注意をこちらに向けさせること、個々の当たり外れは問題ではない。彼は蒼い瞳に揺るがぬ意思を込め、次々と矢を番え放つ。
 石動は、接近してくるキメラが肉のにおいにひかれていると判断してあえて攻撃せず、前方のキメラを狙った。

 御山は貫通弾を装填したS−01を構え、キメラの足を狙った。だがハンドルを握り、速度と方向を維持しつつ動く車内からの狙い撃ちは曲芸じみて難しい。彼女は早々に見切りをつけ、当てることにのみ専念して数発発砲する。一体のキメラが、当たり所が悪かったのか転んで悲鳴を上げた。
 全身に覚醒の炎をまとった月村はやや下方を狙い銃撃を繰り返す。彼は最初から狙った場所に正確に当てられるなどとは思っていない。車の揺れによって銃口が上にぶれキメラに当たるだろうとの、なんとも大雑把な攻撃だ。
 車が跳ねて大きく狙いを外した弾丸が、向かい側を走るリヒャルトの車近くに着弾した。
「もう少し安全運転で頼む」
 月村は真顔で言うと、次の攻撃の狙いをつけ始めた。

 照明銃弾が生み出した火の玉にキメラが勢い余って突っ込む。矢が、銃弾が、地面に跳ね返り、キメラの足を傷つけ、体に突き刺さる。キメラは繰り返される攻撃と光に怒りを掻き立てられ、それがついに食欲を超えた。
 ひときわ大きなキメラがわずかに速度を落とす。御山は咄嗟にハンドルを大きくきった。わずかでも遅れていたら乗りかかられていたかも知れない。彼女のすぐそばで、獣の牙が打ち合わされる。
 リヒャルトはキメラの注意がトラックから外れた隙を狙い叫んだ。
「行って!」
 無線の向こうからかすかに返事が聞こえ、トラックは急激に速度を上げて後続を引き離しにかかる。キメラたちがトラックに注意を戻そうとすると、両側からの攻撃がここぞとばかりに降り注ぎ、だめ押しにみたび照明銃が撃たれた。
 梵阿が用の済んだ照明銃を投げ捨て錬成強化を発動させながら、車両のエンジン音に負けじと声を張り上げる。
「爆弾の詳細について、連絡があったらすぐに知らせてくれ!」
 彼女は事前に、爆弾が入った貨物につけられているであろう目印を犯人から聞き出し、クシィの車に連絡を入れてもらうようにと手配しておいたのだ。
 リヒャルトはキメラとトラックの間に割り込むようにハンドルをきった。
「物資を待っている人に、爆弾は届けられないもの、ね」

 キメラはようやく理解した。この邪魔な奴らを片付けない限り、食事にありつくことはできない。そして、この人間たちは腹を満たすに十分な数だと。
 キメラたちは今度は確実に車を狙い始めた。リヒャルトと御山は車の速度を落とす。キメラたちは好機とばかりに飛びかかろうとした。二台の車は間の距離を開けてゆく。それだけ攻撃の手が緩む。車体に飛びかかろうとしたキメラの顔面に、ハイマンが投げたナイフが突き刺さった。キメラは悲鳴を上げてたたらを踏み、更に怒りを込めて跳んだ。
「いきますよ!」
 鐘依が叫ぶと二台は更に距離を開けた。彼は弓を引き絞る。わずかな間呼吸を整え、車体の揺れが収まったほんのわずかな時間に鋭く息を吐いた。放たれた矢は一匹のキメラの足元に突き刺さる。
 轟音とともに粉塵が飛び散り、肌にびりびりと不快な感触が伝わる。爆炎を浴びたキメラはギャッと悲鳴を上げて急激に速度を落とした。鐘依が放ったのは弾頭矢だったのだ。
 二台の車は速度を落とし、運転者以外は全員車から飛び降りた。地面に転がって立ち上がり、すぐさま身構える。二台の車は少し先でトラックが逃げてゆく道とキメラたちを隔てるように止まる。
 依頼者のトラックは土を蹴立てて急速に離れてゆく。降車してそれを肩越しに見送り、御山は呟いた。
「一番運が無かったのは依頼主か密輸業者か‥‥」
 銃のマガジンを入れ替え、イリアスを手に取る。
「それともキメラか」
 黒髪をなびかせ、常軌を逸したスピードで戦場へと向かう彼女の顔からは、わずかな感情も抜け落ちていた。
 リヒャルトは御山を追って地を蹴りながらS−01のセーフティロックを外し、唇の端をすいと吊り上げた。真紅の瞳がこれから始まる血の宴を予感して妖艶に微笑む。
 舞台は整い、役者は揃った。
「一流ムービーに仕立ててあげるわ」

 地獄の番犬を模したキメラは、三つの頭から火炎を噴き、噛みつこうとする。今までトラックを追い回していたはずなのに疲れを見せないのは、さすが化け物といったところか。一匹は走行中の攻撃で完全に足を引きずっているが、全く戦意が衰えない。
 鐘依は次の弾頭矢を番えていたが、あっという間に乱戦になってしまったので諦め距離を取った。キメラの三つの顔を潰そうと矢を射かける。
 月村は二本のナイフを抜いた。連続した攻撃で敵に反撃の隙を与えない。右と思わせて左を、上から踊った刃が弧を描いて下からえぐる。攻撃と防御が入り交じった動きが、技巧的かつ大胆にキメラを責め立てる。キメラがひるんで一歩退けば距離を詰め、前に出て噛みつこうとするとしなって跳ね返る。相手を殺すことにのみ特化された淀みなく閃く刃の軌跡はまるで剣舞。キメラが一つの顔に矢とナイフを受けて悲鳴を上げのたうち回った。

 石動は刀を抜き、キメラの足を狙った攻撃を繰り返す。フェイントを混ぜた攻撃でキメラの怒りをくすぐる。白い牙を避け鼻先に一撃、哀れっぽく泣き叫ぶ一つの顔の横から二つめの顔が炎を吐いた。
 彼女が素早く刃を引くと、キメラの顔に銃撃が浴びせられた。御山が瞬時に距離を詰めながらイアリスを持った手を軽く返す。刃が咽元を狙い踊った。キメラが身を守ろうと身を低くすると、更に石動の刃がひとつの顔の眉間に突き刺さる。キメラもさすがに無事ではいられない。隙を突いた御山の攻撃がさらに一つの首をかき切り、キメラは足を突っ張らせて残り火を吐き絶命した。

 ハイマンは疾風のようにキメラに近づき、月詠による一撃でキメラの足を傷つけた。怒り狂ったキメラの爪をかわし跳び退りながら手首を返すとナイフが真っ直ぐに飛んでキメラの体に突き刺さる。
 鐘依が放った矢が更にキメラの目を潰す。続いて彼が別の顔を狙おうとすると、狙いを付けているその目の前でキメラの顔に血が飛び散った。振り向くと黒髪の女がいた。この人は知っている。だが、知らない顔だ。
「ケイ‥‥さん?」
 鐘依の言葉に応えるように、女は聞いたことのない口調でキメラを挑発するかのように加虐的に笑う。
「おいで、ワンちゃん達‥‥」
 梵阿が放った強電圧がキメラに到達すると、キメラは一度大きく身を震わせ、残った顔で怒りに満ちた視線を向ける。梵阿は今の攻撃の反動でよろめいており、体勢を立て直すことができない。
 僅かな躊躇いを振り捨て、ハイマンは地を蹴る。
 ‥‥守るためだ。
 その姿が一瞬ぶれ、次の瞬間にはもう彼はキメラと梵阿の間にいた。エルガードを叩きつけるように掲げると鈍い音がし、キメラがこもった鳴き声を上げる。彼はエルガードごと跳ね上げたキメラの首元にナイフを突き立てたと同時に、隣の顔の攻撃に警戒する。だが攻撃はなかった。
「まだよ‥‥もっと楽しませて」
 キメラはリヒャルトが放った弾丸に眉間を撃ち抜かれ、舌をはみ出させてヒイヒイと鼻を鳴らすのみ。キメラの恐怖を吸い上げて蝶は艶やかに舞う。
「さぁ、素敵な啼き声を聞かせて頂戴?」

 クシィの車と合流した頃になって、密輸犯がはた迷惑な貨物の目印と中身を吐いたとの連絡が入った。手分けして荷を下ろし指定された箱を開けると、ぎっしりと詰められた食料のパックに埋もれて、箱の底に大振りのボックスが入れられていた。
「こんな杜撰な梱包で、よく今まで無事だったな」
 月村が苦笑する。
「仕方あるまい。ここで解除していくぞ。届け先で取り外すわけにもいかないだろう?」
 爆弾はなんともお粗末な物だった。月村が通信からの指示に従い、キメラの腹にでも収めてやればいいなどと物騒な事を言いつつ、ひとまずの応急処置を行って無力化する。迎えが来たときについでに回収してもらうということで爆裂貨物に関してはかたがついた。

 目的地への運搬も無事終わり、彼らは迎えが来るのを待っていた。痩せた子供達が物珍しそうに彼らを見ている。運んできた食料は彼らに分け与えられることとなるのだろう。
 クシィは疲労困憊といった風情ではあったが、能力者たちに礼を言った。
「前に見た顔もあるな‥‥礼が遅くなっちまった。悪い、感謝するぜ」
 ハイマンは、無事で良かったと微笑む。
「お噂は聞いています。いつかお会いする事になるとは思っていました」
「いつの間にそんな名が売れてんだ?」
「救助・救出を専門に仕事をしてますんでね」
 ハイマンの言葉に、クシィはそういうことかとがっくり肩を落とす。
 鐘依がしみじみと言った。
「クシィさん、運ぶことは人生です」
「退屈は、しねぇな」
 梵阿は胸元から身に着けていた御守を取り出し、クシィに災難避けだと手渡した。
「売店娘特製だ。効果はそれなりの様だ。持っておけ」
 彼は礼を言って受け取り、御守りに書かれた文字を見て、意味がわからんと首を振る。
「これ‥‥安産祈願って書いてあるぞ?」
 石動は山と積まれた空箱を見上げる。こんな時代、荷物運びすら命がけだ。トラック一台で大損害の零細企業。被害がなくて良かったと呟く。人のために危険地帯に飛び込み笑顔を運ぶのは並大抵の事ではないのだろう。
「クリムゾンさんのお仕事は、とても勇敢で、素敵な事だと思います」
 この仕事の報酬と危険手当と経費とトラックの修理費と傭兵雇用費と今後数ヶ月の食費についてを真剣に考えていたクシィは、虚を突かれて間抜けな声を上げる。
「これからも頑張って下さいね」
 石動が花の笑みで言うと、クシィは毒気を抜かれたように素直に頷いた。

 帰還の車内ハイマンはアイマスクを付けるや否や、強い疲労に引きずられるように深い眠りに落ちていった。肉体的にも精神的にも大きな負担となる、彼の限界を超えた力を使ったためだ。
 彼はかつて救えなかった人々を夢に見るだろうか。
 しかし、悲しみの記憶が薄れることはなくとも、彼が今日一人の命を救ったことは確たる事実なのだ。