●リプレイ本文
●作戦限界時刻まであと6時間
森の中を通る、泥色の川。
その濁った川を今、8人の男女が渡っていた。
8人は川を渡り終えると周囲を確認し、そして森の中に飛び込んだ。
「前に狙撃手と撃ち合った時は肩甲骨の近くぶち抜かれた挙句間抜けなトラップにかかってぶっ飛んで、ね‥‥」
苦笑しつつ水流 薫(
ga8626)は持っていたアラビアスカーフを顔に巻いた。手に持った武器にも布が巻きつけてある。
その隣ではサルファ(
ga9419)が顔に泥を塗り、周囲の植物より枝や葉をとり、ギリースーツを作成している。
他の面々も同じように周囲の木々を使い、自らの身を目立たなくさせようとしていた。
「狙撃兵を探して倒さないといけないとは、また難儀な事だね。頑張らないと」
フィオナ・シュトリエ(
gb0790)が迷彩を施した盾を用意しながら言った言葉。それが彼女らの行動の理由であった。
今回、彼らが倒すべき相手はここより下流の森に潜む狙撃兵。対岸に居るUPC南中央軍の戦車部隊を一人で足止めできる実力者。
故に先に見つかると不利な展開に持ち込まれることが予想される。
そう考えた傭兵たちは相談の末、現地にて迷彩を施すことを選んだ。
また、クリス・フレイシア(
gb2547)のように持参した迷彩服に草葉を詰め囮用の人形を作るものも居た。彼とコンビを組む、神無月 るな(
ga9580)もそれを手伝っていたがその表情は暗い。
(「この大事な作戦前に負傷してしまうとは‥‥」)
別の依頼で受けた負傷により、彼女は長時間の戦闘参加が厳しい状態となっていた。
悔しさを隠す神無月、そんな彼女に同じように負傷しているクリスが松の葉を差し出す。
「どんな些細な口の臭いも消す作用があってね。試してみるといい‥‥」
言われるがままに葉を噛む神無月、口の中に広がる味に顔をしかめるが、その目には強い意志の光が宿っていた。
そして1時間が経過したころ、彼ら8人はバグアが潜む森へと潜入を開始した。
●作戦限界時刻まであと3時間47分
深い緑の海を掻き分けるように比留間・トナリノ(
ga1355)と鴉(
gb0616)は森を進んでいた。
腰を低くして、前かがみに歩くトナリノ。自らの背を上回る長さを持つアンチマテリアルライフルを器用に使い、巧妙に隠されたワイヤーを見つける。
彼女らからそう遠くない位置ではクリスがナイフを咥えて匍匐前進し、罠を無力化させる。その後ろでは神無月がバックアップに回っている。
足跡、枝の折れた形跡、樹上の異変。
傭兵たちはこれらを中心に森の中を探索していった。
フィオナのように探査の目を活かし、怪しいものを見つけようとする者や、敵に見つからないように隠密潜行を使う者、経験豊かな傭兵たちは徐々に捜索の範囲を広げていく。
「見えないところからの狙撃‥‥それが必殺の威力を持っているとするならば、それは恐怖以外の何者でもない、か‥‥」
シア・エルミナール(
ga2453)は樹上に敵が潜んでいないか、視線を巡らせながら一人呟いた。彼女自身も狙撃手として何か感じるものがあったかもしれない。
「そうだね、実際‥‥ストップ」
傍にいたフィオナがシアのことを察し何かを話しかけようとしたが、突然、腕を出し彼女の動きを制すると、森の一方向を指す。
「‥‥キメラ」
フィオナの指差した先に居る猿型キメラの姿を認めるとシアは無線機で連絡を取り、全員を集めた。
「一体だけ、ですね?」
「そうみたい、例のスナイパーも居ないようだし」
トナリノの言葉に周囲を双眼鏡で確認した薫が答えた。
「なら、しとめてしまおうか?」
「うん、時間に余裕ないから、手早く済ませないとね」
鴉の提案に頷くフィオナ、二人の手には接近戦を想定して刀が握られている。
「音は出したくない、接近戦で仕留めよう」
そう言うとキメラの方へ向かう鴉とフィオナ、そしてサルファが後に続く。
他のメンバーは三人を援護しやすいように静かに移動し、銃を構える。
援護に回った人間の準備を確認する鴉、二人に頷くと一斉にキメラに向かって飛びかかった。
「!?」
突然の襲撃に異形の猿は反応しきれず、断末魔の悲鳴を上げることなく息絶える。
「‥‥ふう」
無事にキメラを倒し、安堵の息をつくサルファ。覚醒により現れた黒い闘気も幾分、落ち着きを見せる。
「サルファ、その闘気ってずっと出てたの?」
彼の闘気に気づいたフィオナが思わず問いかける。
「ああ、覚醒状態だから‥‥」
言いかけて自分の失策に気づき言葉を失うサルファ。しかし、自分が犯したミスを悔やむ前に彼の胸を一条の光線が貫く。
「!?」
二人の目の前で特徴的なグリップを持った剣を取り落とすサルファ、拾おうと腕を伸ばすがそれも叶わず地面に倒れこむ。
「方向13時! 距離遠い!」
ヘッドセットから聞こえるクリスの声。鴉は事態を把握すると指示された方向に走り出す。フィオナも盾を構え、それに続く。
「ソ連製のアンティークの改造品だけど舐めるな、よ‥‥」
ブローンし、第二次大戦時の骨董品であるシモノフPTRS1941を改造した対戦車ライフルを構えながら呟く、薫。狙撃手のいる方向へと援護射撃を試みる。
だがSESの使用を前提に調整された銃であるためにグルーピングは正確とは程遠い。
他の仲間とともに二人の方へと走らざるを得なかった。
「どうですか?」
先に走った二人に合流し、問いかけるは神無月。彼女の問いに鴉は首を振ろうとするが――
「大丈夫。足跡は無いけど、どこに行ったかは分かるよ」
フィオナの探査の目はわずかにあった痕跡を見逃すことは無かった。
●作戦限界時刻まであと2時間27分
二丁のS−01を両手に構え、トリガーを絞るシア。
二つの銃口から吐き出される弾は目の前の肉食獣の肉をえぐり、命を絶つ。
「こちらブルースペード、こっちの敵は倒したわ」
「うっうー! ガンアンツよりブルースペード、神無月さんの方へキメラが向かっています、援護を!」
無線から聞こえるトナリノの指示に走るシア、その先には神無月とクリスが猿型のキメラと対峙している。
シアは二人に合流すると、キメラに向かって再び拳銃を二連射した。
フィオナの見つけた痕跡を頼りに探索を再開し1時間強。
傭兵たちは複数のキメラによる攻撃を受けていた。
キメラそのものの強さは大したものではなかったがサルファを失ったことでスナイパー中心の彼らは不慣れな接近戦を強いられることとなった。
「これって足止めだよね」
別方面からの攻撃を食い止めながらの鴉が言う。
その後ろではトナリノがライフルを固定している。
「そうですね、だからとっとと倒してしまいましょう」
答えながらもトリガーを絞り、一体、また一体とキメラを射殺する。
「了解、それにしても強化人間の可能性か‥‥興味あるな」
蝉時雨を振るい、さらに一体のキメラの首を刎ねる鴉。
しかし、すぐにまた複数のキメラが彼らに襲い掛かる。
「またか!」
うんざりした口調で蝉時雨を構える鴉、だが次の瞬間その表情が凍りつく。
キメラの間を縫って奔る光線。狙撃手が放ったと思われるフェーザーの一撃が刀を持つ腕を貫いた。
痛みに耐え、射撃方向を辿る鴉。その先には――
「居た!」
銃のようなものを構えた人間らしき姿。
それを認めると残った片腕でクルメタルP−38を抜き、構える。
だが鴉の引き金が指にかかるより速く、2本の光線が彼を貫いた。
宙を舞うヘッドセット。
描かれているクローバーマークがトナリノの視界を通り過ぎたときには、既に狙撃手の姿は見えなくなっていた。
●作戦限界時刻まであと1時間54分
鴉を犠牲にしたもののキメラを全て片付けた傭兵達、彼らは再び探索を続けていた。
先ほどの戦闘で思ったほど近寄りすぎたせいか、今回は移動の形跡を消すことが出来ず、彼らに大きなヒントを与えることになっていた。
もちろん、罠の可能性もある。
その為、彼らは慎重に痕跡を追っていた。
やがて――
「‥‥怪しいですね」
最初に見つけたのは薫だった。
森が切れて、深めの草が生えている一帯。
その中に生えている数本の木のうちの一本が何か違和感を感じさせるのだ。
彼の言葉にフィオナも探査の目を使い、確認する。
「枝がそれっぽいよね」
「逆光でちょっと見えにくいのが残念だけど」
木の向こう側にある太陽に顔をしかめながら呟くシア。
「なら、こっちから炙り出せばいいのよ」
ダミー人形を持ち出し、迷彩服を羽織った神無月が言った。
「そうだな、やられた分はやり返そう」
「ならば、決まりですね」
クリスの言葉を聞き、口を開くトナリノ。
彼らの逆襲の時間が始まった
●作戦限界時刻まであと1時間42分
彼は待っていた。
この森に入り込んだ人間を。
幾ら優れた肉体を持っていても、見つからなければ問題なく倒すことが出来る。
誰よりも遠くを見る目、遠くのものを聞く耳、そして誰にも見つからない肌。
そして、戦車を破壊することが出来る大型のフェーザー銃。
これがある限り、自分は負けることは無い。
そう彼は考えていた。
敵は多いけれど一人一人倒していけば良い。さっきのように。
ほら、また敵が一人、頭を出している。
彼はそう考えると草の中から出ている帽子に目掛けて光線を撃った。
隠密潜行で深草の中を進む神無月の頭上を何かが通り過ぎた。
視線を上げると、持っていたダミー人形の上半身が消えている。
それを確認し、笑みを浮かべると彼女は無線に囁いた。
「神無月より全員へ‥‥当たりです」
同時に銃声が鳴り響き、目標の木に張り付いていた狙撃手にペイント弾が打ち込まれた。
「人型キメラ!?」
ペイント弾を撃ち込んだシアが思わず声を上げた。
彼女が見たのは突き出た眼球と大きな耳、そして全身を爬虫類の鱗で覆われた男。
キメラ化された人間――それが狙撃手の正体だった。
ペイント弾を撃たれ、自らの身体を染められた狙撃手はすぐに銃口をシアの方に向けようとする、だがフィオナのS−01から発射される銃弾がそれを阻む。
自らの状況を理解し木から飛び降りる狙撃手。姿を消そうとするがペイントまでは消すことが出来ない。
身を屈め、必死に走る狙撃手。
安全な場所に移動しようと走る彼の視野に光が飛び込む。
即座に振り向き、フェーザー銃を撃つ狙撃手。
だがフェーザーの光が捕らえたのは傭兵ではなく、双眼鏡。
「‥‥かかったな」
自らが仕掛けたトラップに狙撃手が引っかかったのを確認するとクリスはライフルのトリガーを絞った。
ライフリングとSESの力により破壊力を増した銃弾が狙撃手を貫く。
さらに複数の銃弾が狙撃手を襲う。
「バグアは国際なんとか協定には加盟していないですからね‥‥。何の遠慮も無く対物ライフルが使えます」
鋭覚狙撃でキメラをターゲティングしトナリノは貫通弾を発射する。照準のようなものが浮かぶその瞳には許容も慈悲もない。
薫もそれに続いてシモノフPTRS1941で射撃する。
「同じ狙撃手として‥‥その実力には敬意を払いますが‥‥!」
シアとフィオナのS−01がさらにキメラの身体に穴を穿つ。
マガジンを抜き、レバーを引いて遊底を開放するトナリノ。
最後の貫通弾を廃莢口から薬室に装填するともう一度鋭覚狙撃を発動させ、指に力を込めた。
「うっうー、ナイス・キル。です」
狙撃手が倒れるのを確認すると彼女は感慨なく呟いた。
●作戦限界時刻まであと1時間02分
「こちら工兵部隊! 架橋完了しました」
「よし、全車前進! 急がないとパーティーに遅刻するぞ!」
ノゲイラ大尉の号令一下、戦車中隊は浮橋を渡っていく。
揺れの大きい橋を一台、また一台と渡っていく。
「大尉、全車両渡河終了しました!」
ホジェリコ准尉の言葉に頷くノゲイラ。
彼は自分が乗車する戦車から身体を出すと、対岸に居た8人に視線を向けた。
「すまない、おかげで助かった。作戦行動時間が迫っているので車上から失礼するが、何かあったら言ってくれ。俺達でよかったら必ず助けに来る」
謝辞を述べるノゲイラ。
彼の言葉が終わると全車両のキューポラから兵士が身を乗り出した。
「全員、ラストホープの傭兵に向かって敬れーい!」
傭兵達に向けられる敬礼。
それには命を賭して戦う戦士達の敬意が込められていた。