●リプレイ本文
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ロッキー山脈。
北米大陸西部に走る大山脈、その北方のとある山腹。
しばらく人が入ってくることが無かった雪の大地にリリィ・スノー(
gb2996)はその小さな足を踏み入れた。
気温が低いためか雪の結晶は細かく、彼女が一歩歩くたびにさくっという音とともに潰れていく。
「雪‥‥じかに見るのは久しぶり‥‥」
久しぶりの雪の感触に同じ名を持った少女は膝下を雪まみれにしながら歩きつづけ微笑を浮かべる。
「リリィさん、それじゃ靴の中に雪が入ってしまいますよ」
隣を歩いていた佐倉・拓人(
ga9970)が心配して声をかける。彼はというと雪国出身らしく靴底に木の板を固定して『かんじき』のようなものを仕立てており、雪の中に沈まないように対策を施していた。
「‥‥平気」
リリィは彼の気遣いにそう答えると、また雪と戯れ始めた。
「‥‥素敵な風。なんて心地いいのかしら」
穏やかな風に白雪(
gb2228)いや真白は長い髪をかきあげて呟いた。
白雪の心の中には生まれるはずだった双子の姉、真白が住んでいる。体内に埋め込まれたエミタの力を覚醒することにより、今はその姉が表に出ていた。
『ほんと真っ白で綺麗‥‥冬っていいよね』
今は心の奥にいる白雪が姉の呟きに答える。勿論、その声は姉にしか聞こえないのだが真白は嬉しそうに頷き、持っていた龍笛を取り出した。
「不謹慎だけど。少しだけ吹かせて」
仲間に断りを入れ、龍笛を吹く真白。雪や月、桜の文様が入った黒漆の笛から流れる和曲が雪山に響き渡る。
「ぶぁっくしょいっ!」
‥‥が、無粋なくしゃみがそれを遮った。
「‥‥くそ、まさかこんなに寒いとは」
鼻をすすりながら呟くのはディッツァー・ライ(
gb2224)。極寒に近いこの地に彼は今、ライダースジャケットにランニングという軽装で立っていた。
ちなみに他の3人はコートを着用し、防寒対策をしっかりと備えている。
「相談する時間も短かったから仕方ありませんよ」
笛を遮られたことに不満を述べずに龍笛を仕舞うと、真白は持参した水筒の中身を紙コップに移しディッツァーに手渡した。
お茶の暖かさがコップを通して手に伝わる。
「すまねえ、助かった」
ディッツァーは礼を述べるとそれを一気に飲み干し‥‥
「熱ぁっ!」
熱すぎてこぼした。
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「‥‥くそっ、これしきの雪で‥‥カキ氷なら喜んで食ってやるってのに!」
悪態を突きながら深い雪の中をディッツァーが突き進む。雪は段々と深くなり、今では彼の膝くらいまでになっていた。
「そろそろ、目撃された現場ですね」
周囲の風景を見ながら拓人が口を開く。
それを聞いたディッツァーは「ああ」と頷き、額にかけていたライダーゴーグルを装着して腰に差した二本の刀、蛍火と厳雷を抜き戦闘態勢を整える。
「すみません、宜しくお願いします」
その後ろでリリィが頭を下げる。浅黒い肌をした赤毛の男は背中越しに親指を立てるとそのまま一人進み始めた。
今回、キメラと対決にするにあたって傭兵達が懸念したのは雪に混じりやすい白い体毛とそれを利用した待ち伏せ。いくら一体とはいえ、不意打ちを受けるのはリスクが大きい。
短い時間ながら彼らが相談し考えたのは、ディッツァーが囮として先行し、キメラを誘い出すというものだった。
雪の大地を一人歩くディッツァーと距離をおいて付いて行く3人。
風も無く、白の大地には彼らの足音と息遣いのみが聞こえる。その息遣いも彼らの距離が開くにつれて今は一人のものだけになっていく。
ふと、ディッツァーの足が止まる。それを遠くで見た3人が各々の得物を抜き、周囲を警戒する。
「ノコノコ出てきたか」
ゴーグル越しに地面に視線を落としながら呟き、腰を落とすディッツァー、彼の言葉に呼応するかのように正面の雪面が盛り上がり‥‥
「まさか帰れるとは思ってねぇよなっ!?」
熊の身体と猿の頭を持った体長2メートルを上回る異形の獣が現れた。
殺意の咆哮を上げ、二本足で立ち上がるとキメラはその丸太のように太い右前脚を振り上げる。その脚にあるのはあらゆる物を切り裂く鋭い爪。
目の前の赤毛の男の2倍近くの高さから振り下ろされる爪撃をディッツァーは刀身に手を添え、筋肉を総動員して受け止める。爪に切り裂かれることは無かったが一撃に秘められた衝撃に杭を打たれたように足元が沈み、彼の膝を、全身を砕こうとする。
歯を食い縛り、全身の筋肉でそれを受け止めるディッツァー、破壊の一撃に耐えるその顔に浮かぶのは不敵な笑み。
「力比べか。面白れぇ、受けて立つぜっ!」
元より回避することは考えていない。距離を置いた為、仲間が合流するのは時間がかかる。ならば少しでも引きつけ、この場に釘付けにしなければ。
叫び、豪力を発現する。浅黒い肌の下に隠れた筋肉がエミタの力により更なる筋肥大を行い、彼に尋常ならざる膂力を与える。
豪力発現により強化された肉体は更に一撃叩き込もうとした爪の攻撃を跳ね除け、逆襲の転機を生み出す。
「おらぁ!」
キメラの腹部に蹴りを叩き込むディッツァー。傷を与えることは出来ないが虚を突かれ、キメラはその場に尻餅をつく。
だが、すぐさま身を起こすと異形の獣は下から掬い上げるように前脚を振り上げ、赤毛の戦士を切り裂きにかかった。
逆襲の一撃に避けようとせず、一歩前に進むディッツァー。
白の大地に赤い飛沫が散り、彼の肩を傷つけるがそのまま構わずに自分を傷つけたキメラに対し、接近し圧力を加える。
そこに銃声が響き渡った。
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「間に合いました」
テレスコピックサイト越しにキメラにペイント弾が着弾したのを確認し、リリィはSMGの弾倉を抜き取り、実弾の入った弾倉をセットする。その横で拓人がワイズマンクロックを起動し。追い討ちをかける。
追尾機能を持った浮遊機雷がペイント弾で赤く染まったキメラに向かって一直線に飛んで行くのを確認し、離れるディッツァー。機雷はキメラの肩のあたりで爆発し、注意を他の方向へと導く。
突然の攻撃に戸惑う獣、しかし狩猟者としてそしてバグアにプログラミングされた人類への殺意が、新たな敵を認識する。
「ディッツ君、囮役‥‥ありがとう」
拓人とリリィがキメラに攻撃を加えている間に救急箱を持って駆け寄る真白。
キメラの爪はディッツァーの左肩を切り裂いてはいたが幸い重傷には至らない程度、すぐに持参した救急セットで応急処置を施す。
「綺麗な雪をあなたの血なんかで汚させませんよ‥‥」
その間、強弾撃を込めたドローム社製の短機関銃でキメラの脚を狙う、リリィ。
10を越える拳銃弾がキメラの足元で跳ね回るが、動く目標を正確に狙うという行為を補う技が無いゆえに命中には至らない。それを補うように拓人のワイズマンクロックが飛ぶが破壊力に乏しく、戦線を優位に進めるには心もとなかった。
だが真白がディッツァーに対し応急処置を施すには充分な時間を得ることが出来た。
「真白! 俺が前に出る、キツイ一発を叩き込んでやれ!」
傷の処置を済ませたディッツァーはそう叫ぶと真白から渡された数枚の木の板をまとめてキメラに向かって投げつけ、その後を追うように一直線に突き進む。
板を打ち払い、投げた人間の方を向くキメラ。それを見た赤毛の戦士は不敵の笑みを浮かべながら距離を詰めつづける。
再び向かってきたディッツァーに対し、横凪に爪での攻撃を仕掛けようとするキメラ。だがその攻撃が成立することは無かった。
「君‥‥見た目どおり結構暴れん坊さんなのね」
背中越しに聞こえる声、そして宵姫と暁姫の二本の刃が異形の身体を切り裂く。
予想外の攻撃に振り向くキメラ、そこにいたのは先ほど払いのけた板の上に立つ真白の姿だった。
怨嗟の咆哮を上げ、真白に襲い掛かるキメラ。しかし彼女はすぐに別の板に飛び移り距離を取る。
「脇が甘い、胴ォォッ!」
咆哮一閃、無防備な脇腹にディッツァーの刀が叩き込まれる。流し斬りの強烈な一撃にキメラの動きが止まる。
その瞬間、キメラの後脚をリリィの強弾撃が貫いた。
連続した攻撃に膝を折るキメラ、足元は自らの血に染まり、口から放たれるは苦痛の悲鳴と人への殺意。
その呪いの声に答えるかのように空は曇り、雪が舞い落ちる。
「もう疲れた? なら、ゆっくりとお休みなさい。この雪原に埋もれて‥‥二度と目覚める事の無い心地の良い夢にまどろみながら‥‥」
真白が優しく、それ以上に冷たく、キメラに語りかける。殺戮の生体兵器を嫌い、二つの心をもつ殲滅者が踊るは死への舞。
それを助けるは赤い髪を持つ褐色の戦士。機先を制し、再度獣の脇腹に斬撃を加える。
「そろそろ終わりです!」
火器に長けた少女がサブマシンガンのトリガーを引き、無数の弾丸を以って急所を貫く。
雪の降る中、獣はなおも哭く、それが最後の武器であるかのように。
その獣に対し、真白が宵姫で一撃を加える。そして暁姫を抜き‥‥
「八葉流八の型‥‥」
キメラの周囲を回るように二刀による斬撃を三度、叩き込む。
「八葉‥‥‥真白」
キメラに背を向け、呟く真白。だが、獣の目は死んではいない。
「‥‥‥‥」
流れるような黒髪を持った青年はキメラを指差す。
拓人のエミタに内蔵されたAIのコントロールを受け、スチムソンエネルギーシステム、通称SESを活性化されたワイズマンクロックがキメラに向かって直進していく。
「‥‥おやすみなさい」
拓人の言葉が引き金となり雪山に響く爆発音。断末魔の叫びを上げることもなく異形の獣が地に伏せ、そして空が晴れた。
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「やっぱり雪はいいわね。心が落ち着くわ」
深呼吸し雪山の空気を味わうと、晴れやかな笑顔で真白が言った。その横ではリリィが頷いている。
「ぶぁっくしょいっ!」
またもや大きなくしゃみが響き、ディッツァーが鼻をすする。
戦闘時は激しく動いていたため寒さを感じることは無かったが、その分戦いが終わると余計に身体が冷え、寒さが身にしみる。
「今度から防寒着を用意した方がいいですね」
やや呆れた表情で暖かい紅茶を差し出しながら拓人が言う。
「うぅ〜、寒いな。さっさと家に帰って風呂にでも入りてぇぜ」
赤毛の男は震える手でそれを受け取り、暖を取る。
紅茶を飲みながらぼやくディッツァーを見て、笑みをもらす真白とリリィ。
そして真白は再び龍笛を手にとり、また一曲吹き始める。
「ぶぁっくしょいっ!」
笛の音とくしゃみが山々に響き渡る。
それは4人の戦士達による勝利の凱歌だった。