●リプレイ本文
「御武運を」
潜行揚陸艇を操縦するUPC兵士の敬礼を受け、「闇を見る智者」こと篠崎 公司(
ga2413)もまた返礼した。隣に控える彼の妻、篠崎 美影(
ga2512)も同じくそれに答える。美しい黒髪と優しげな茶色の瞳を持つ彼女は、おだやかな空気をかもしだしていた。
夜間の波間に漂う揚陸艇を一瞥し、公司は皆に向かった。
「さて‥‥状況を確認しましょう。現在我々は、諏訪之瀬島西側・須崎に上陸。ここより、夜の闇に紛れ御岳へと向かう予定です」
地図を広げ、皆へと見せる。
「この僕、クリス・フレイシア(
gb2547)と公司さんとで先行。つづいて美影さんと、遠石 一千風(
ga3970)さん。その後ろにユウ・エメルスン(
ga7691)さんと、キャル・キャニオン(
ga4952)さんが後衛に」
金髪碧眼のクリスは、公司に続き言った。その言葉を、ユウが受けて続ける。
「んで、バグアの連中が大砲ブッ放し、ヘルメットワームが出て行った後。俺たちはナバロン砲へ接近っと」
「再チャージ・発射までの15分以内に制御装置に細工し、破壊‥‥と。こんなところでしょうか?」
遠石が言い終わると、美影はうなずいた。
「ええ、そのとおりです。制御装置破壊の際には指示を出しますので、お願いしますね」
「お任せくださいな。あの砲を、バグアの墓標にして差し上げましょう」
キャルはうけあった。既に揚陸艇内で、支給された蜜柑の筋を山ほど取っている。集中力は万全‥‥のはず。
「‥‥こんな、小さな島にまで‥‥」
島の周囲に広がる遠方の景色を見つつ、遠石がつぶやいた。その言葉から、今回の任務の重要性がさらに増していくようだった。
バグアの企みを退けなければ。さもなくば、ここの自然も、命も、虐殺されることだろう。
「11時の方向に敵。接近している」
無線にて伝えたクリスは、岩肌に隠れ息を潜めた。
『敵か?』
公司の無言の問いに、彼女はうなずく。
クリスと公司、弓を携え先行していた両者は、前方に何かの気配を感じた。そこから、すぐさま岩場へと潜り込んだのだ。二人の後方にいる遠石もまた、帽子を手で押さえ「何か」に対処する。
二人のスナイパーが発見したのは、二人のバグア兵士。間違いなく、基地周辺の歩哨に違いあるまい。彼らの息遣いや、交わす会話すら聞こえてくる‥‥もっとも、その言語や内容まではわからないが。
このまま、去って欲しい‥‥。公司の願いむなしく、バグアは歩み寄ってきた。砂利を踏む足音が、隠れた二人へと近づく。
「$%!、$!〜^!|¥¥?」
またもバグア兵士が、言葉を発した。
まだ待つか‥‥それとも、やられる前にやるか‥‥!
遠石の隣にいる美影も、離れて夫の様子を見ていたら落ち着けない。
ここから、一撃でしとめられるか? いや、二人同時には無理だ。あの位置からでは、バグア兵を一人倒す事はできても、もう一人は不可能。そしてなにより、自分たちの潜入がばれてしまう。
遠石が身構えた。瞬天速で接近すべきか‥‥。いや、さらに後ろに、また別の一人を発見した。二人を倒しても、さらに後方の一人を倒すのはまず無理だ。
どうする、どうする。
ユウが、消音機付きのS−01を発砲しようとしたその時。
突如、警報音が周囲に響き渡った。それとともにバグア兵たちは、御岳の方へと引き返していく。
「‥‥どうやら、陽動部隊をレーダーに補足したようですね」
冷や汗を拭きつつ、美影は御岳を、そこに見える巨大な「それ」へと視線を向けた。
「それ」の周囲を、光が照らす。御岳の主として君臨する、邪悪で巨大な「それ」。その巨大なる威容は、見るだけで挑む者をくじけさせる。
「ナバロン砲」は、動き出した。それは、砲口を北へと向けていた。
ナバロン砲の威容を目にしつつ、公司たちは更なる接近に成功した。時折ヘルメットワームが空中を飛び回るも、それはUPCの戦闘機部隊の迎撃であり、潜入工作中の彼らに気づいた様子はない。‥‥少なくとも、そうであって欲しい。
「‥‥公司さん、あれを!」
クリスに促され、公司はナバロン砲へと目を向けた。エネルギー充填の、マシンの作動音が響く。
公司はそれを見て、まるでうずくまった亀にも、鼻を伸ばした象のようにも見えた。 しかし、ずんぐりした醜いデザインは、それが破壊と殺戮、そして侵略と蹂躙のための悪魔の兵器だと実感させる。巨大な大砲の砲身は、天に仇なす悪魔が突き出す槍のよう。砲の基部には、太く短い着陸脚を備えた無様なデザインの巨大ヘルメットワームが土台代わりになっていた。その着陸脚を動かす事で、発射の角度を微調整しているに相違あるまい。砲の本体からは触手のようにケーブルが伸び、あるものは地面に埋まり、あるものは御岳の尾根に埋没していた。
尾根には、司令部と思しき簡易な宿舎。そのすぐ近くには1〜2機のヘルメットワームが待機していた。迎撃用、もしくは脱出用だろう。
とりわけ太く長大なケーブルの一群は、御岳の麓へと埋まっている。それは発光し、まさにナバロン砲本体へとエネルギーを、御岳のマグマエネルギーを送りこんでいる。
母なる大地から、滋養を奪い取っている‥‥? 遠石がそう感じた、その刹那。
「!」
大砲より、轟音とともに強烈なエネルギービームが放たれた。
それは、空を切り、風を凪ぎ、空間そのものを貫き、浸潤し、砲身が向けられた先へと撃ち込んでいた‥‥破壊の力、滅びの光を。
クリスと公司、そしてその後ろに控えていた皆に、衝撃波が襲ってきた。それと同時に、まるで火にあぶられるような熱気も頬に当てられる。ただの錯覚に過ぎないとは、クリスは理解していた。熱を感じるには遠すぎる位置に彼女たちはいるのだ。だが、クリスは感じていた。いや、クリスのみならず全員が感じていた。確かに熱を、生命を奪い取り、死と破壊を与える高熱めいたものが感じられた。
「!」
北の空へと、公司は目を向けた。エネルギービーム砲が北の空へと消えていき、一秒後。
「‥‥なっ!」
思わず声が漏れるのを、彼は堪える事が出来なかった。
ナバロン砲が、ただ一発発射された結果。後の報告で、部隊がほぼ全滅した事が確認された。ただの陽動であっても、事前にその備えをしていても、やはり犠牲者が出た。改めてバグアの、そしてナバロン砲の恐ろしさを叩きつけられた、そんな気分だった。
口に出さず、皆は皆、おぞましき印象をナバロン砲から受けた。それとともに、様々な感情が湧き上がる。
嫌悪、憎悪、そして怒り。地球侵略するバグア。改めてこの侵略者の暴挙と、その所業に、怒りを覚えた。
「‥‥行こうぜ」
ユウの促す声に、遠石、キャル、そして美影は我に帰り‥‥任務へと頭を切り替えた。
時が来たら、この怒りをぶつけるために。
「‥‥2時の方向、数1。こちらには気づいてない様子」
クリスの警告は、公司にも伝わっていた。岩陰で、二人のスナイパーは弓の用意をする。
そこに居たのは、一匹の獣‥‥バグアのキメラ。大型の肉食獣もかくやのその姿には、クリスと公司の体に冷や汗をかかせた。そいつは、岩の割れ目‥‥ナバロン砲のエネルギーチューブが続く先‥‥に座り込み、動かない。間違いなく、マグマのエネルギーを取り込む制御装置のガードをしているに相違あるまい。
『‥‥こちらに、9時と6時の方向から何かが接近中です‥‥』
妻からの通信に、公司の冷や汗は更に深まる。目前の一匹が立ち上がり、自分たちへ歩み寄るのを見て、彼はパニックに陥った。
パニックを押さえるのに、公司は時間をかけた。たっぷり3秒かけて落ち着き、もう1秒を用いて覚醒した。両目が、青く輝く。クリスもまた胸と腰が豊かになり、金色の力がみなぎるかのように、金髪が長く伸びた。
公司の「鬼灯」、クリスの「フレイヤ」。両者の持つそれぞれの強弓も、エミタが反応しパワーがみなぎる。
少し離れた場所でも、遠石、美影、キャル、そしてユウの四名もまた、パニックに陥った。四人が立ち直る時間は、公司よりもいささか長い。‥‥6秒もかかったのだ。そして、2秒かけて戦闘態勢を整えた。
美影は見た。遠石がその顔に、不思議な文様めいた模様が浮き上がるのを。実際それは、彼女の全身に広がり、彼女の四肢に更なる力を送り込んでいる。体温が上昇したかのように、遠石の顔が上気し始めていた。
その美影は、長く美しい黒髪が銀色になり、白い肌に。キャルの背からは翼が広がった。
ユウは、顔から表情がなくなるとともに、片腕が光に包まれたかのように発光し始めた。
戦闘への準備は整った。戦いの空気が、そこに展開していた。
バグアのキメラ、ガードビーストの足音の間隔が早まる。
すなわち、何かに気づき、飛び掛ろうとする前兆。実際ガードビーストは、気配に気づき、それを確認しようと接近したのだった。
侵入者だったとしても、彼らにはその違いがわかるだけの知性は無い。あるのは動物的本能のみ、そして本能は目前の存在を主人‥‥バグアとは異なる生き物だと告げていた。仲間二頭も、すぐそばにいる。何者だろうがガードビーストの前では、食いちぎられて終わる。
闘争本能が湧き、ガードビーストは目前のそれに襲いかかった。爪と牙で、獲物の命を奪い取る。彼らにとっては本能であり、そして快感。猛獣は、牙をむき出し噛み付こうとしたが‥‥牙は矢の前に敗北した。クリスと公司、先行していた二人は、携えていた強弓の弦を引き絞っていたのだ。
空を切り、音も無く放たれた矢。公司の鬼灯から放たれたひとつは脳天に突き刺さり、クリスのフレイヤから放たれたひとつは、大きく開けた口、ないしはのどの奥に突き刺さった。
岩陰に飛び込んだ時点で、ガードビーストの一匹目はようやく知る事ができた。‥‥己が敗れ去り、命を失ったという事実に。
9時の方向からの、二匹目のガードビースト。それは、美影たちへと狙いをつけていた。獣は、歩きが小走りになり、やがて駆け足となって、夜の闇の中に溶け込んでいる岩陰へと跳躍したのだ。
ガードビーストの感覚で、そこに熱源を持つ獲物、引き裂くべき四体の人間を捕らえた。そのうちの二体を自らの惨殺目標に決めたガードビーストは、牙をむき出し、爪を伸ばし、飛び掛っていった。
だが、ガードビーストの目前にいきなり現れた者がいた。‥‥瞬天速で接近した、遠石。赤き髪をなびかせ、青き瞳でキメラを見据えた彼女は、両腕の得物‥‥鎌切のエミタへと力を込める。
「一気に‥‥沈めるっ!」
空気が薙ぎ、夜の闇が切り裂かれた。それと同時にキメラの頭部が切断され、闇夜の中へと踊り、その命とともに消えた。
三匹めのガードビーストもまた、二人の能力者へと‥‥キャルとユウとに飛び掛り、襲い掛かる瞬間。一瞬を見切ったキャルは、瞬足縮地にて一瞬にして接近する。両腕のスパークマシンαを振るうと、電光石火でキメラの頭部へと叩き込んだ。
頭部を焼かれて狂いもだえるガードビーストは、殺されたことに気づかなかった。ユウのイアリスが、その心臓を貫いたのだ。
片腕のほのかな光は、悪鬼を断罪する神の腕のよう。悪鬼をしとめ終えた事を確信するかのように、彼はイアリスの刃を引き抜いた。
次弾エネルギー、装填中。そして、発射準備進行中。
悪鬼の破壊の力、ナバロン砲の第二射準備が整うのは、あと540秒。ガードビーストとの戦闘に思った以上に時間を取られ、数分を無駄にした。が、それでも何とか御岳の洞窟内、制御装置の本体前には到着できた。幸いにも、警備のバグア兵の姿は無い。近くにはマグマの流れる川があり、その熱気が洞窟内に充満していた。
マグマへと、巨大なチューブがいくつも伸びている。そして別のチューブが洞窟の天井へと消え、エネルギーをナバロン砲本体へと送り込んでいた。美影は鋭い視線を、まるで精密作業を行う外科医のメスがごとき視線を、目前のマシンに向けていた。
「‥‥どこ、どこが制御装置の中心部?」
最短の時間しか残されていない。その時間内で、最高の破壊ができる点を正確に見つけ出し、破壊しなければ! 彼女がマシンを調べる間、他のみんなは彼女を守るように展開している。特に夫の公司は、妻の作業を見守っていた。
‥‥たのむ、早く見つけてくださいよ。美影さん‥‥!
熱気が、公司を、そしてキャルとユウ、クリスをも苛み、焦らせる。発射のリミットまで、あと190秒。
ふと、バグア兵が一人、歩み寄って来た。
「!」
兵士は侵入者を発見した。が、発見した瞬間、遠石の一撃を受け、そいつの命は霧散した。そのまま、溶岩の中へと放り込まれる。
「これです」
思わず声を上げた美影が、マシンの制御パネルに取り付いた。いくつかのキーを押し、調整する。
「遠石さん、ここを!」
「はいっ!」
美影の指示に従い、彼女は回路の一部に刃を食い込ませた。
「‥‥マグマエネルギーの吸収制御装置の、リミッターを破壊しました。あと180秒で砲に過負荷がかかるはずです」
それだけ聞けば十分だ。能力者たちは即座に外へと退散した。
過剰にマグマエネルギーを吸い取ったナバロン砲は、第二射の目標へと砲身を向けた。
「‥‥5」
その先端には、数機の戦闘機とKVが。
「‥‥4」
ヘルメットワーム隊は、何とか片付けた。が、ナバロン砲の砲撃範囲内からは逃れられない。
「‥‥3」
美影らは、駆けていた。砲にエネルギーが充満し、破壊の空気が周辺を支配しつつある。
「‥‥2」
司令室内の、砲撃命令を下すバグア兵はほくそ笑んでいた。この兵器の威力には、人間どもはかなわない!
「‥‥1」
バグアの将校が、手を振り上げ‥‥残存する敵戦闘機部隊を掃討するため、砲の発射を命じた。
「‥‥0!」
次の瞬間。世界が赤く染まり、破壊の息吹が吹いた。
ナバロン砲は内側から爆発し、死の花を咲かせたのだ。それは、御岳に寄生しているようなバグアの司令室なども巻き込み、周辺を死と破壊の赤で染め上げた。
岩陰に身を潜めた公司たちは、しかと見た。任務が成功したというその結果を。
やがて、御岳の怒りが噴出したかのように、地震が発生し噴火の兆候が見え始めた。急いで戻らなければ。
「お前も瞬間に燃え尽きなさい! 瞬間に奪われた魂の調べを聴け!」
キャルが静かにつぶやく。おそらくは、天に召された犠牲者たちにも響いたに違いない。
クリスとユウ、遠石もまた、破壊された砲を見たのち、待機している潜航艇の場所へと駆けた。
その後。
諏訪之瀬島には再び、ナバロン砲が建造される事はなかった。それだけではなく、別の場所でもナバロン砲、またはそれに近い兵器の設置は見られなかった。
自分たちの活躍が、有利な戦局を導けたのだろうか。それは、神のみぞ知る事だろう‥‥と、このミッションに参加した皆は静かに思うのだった。