●リプレイ本文
静かだった。
閑静、という意味での静寂ではない。まるで生命の存在そのものを許さぬかのような、重々しい静けさが、島を支配していた。荒れ果てた夜の墓場にとどまるほうが、まだ遥かにましだろう。‥‥この島に上陸する事に比べたら。
「‥‥今のところ、この周辺には動くものは見当たらないようだ」
傭兵の青年、須佐 武流(
ga1461)が周辺を見回し、用心深く呟いた。
彼の言うとおり、周辺には確かに何かが走り回る、あるいは動き回る様子は見られない。
だが、それ以外にも強い違和感が漂うのを感じる。空を見上げたハミル・ジャウザール(
gb4773)は、海鳥が島の上空を飛んでいないことを発見した。
「まるで‥‥島の上空を飛ぶのを嫌がっているみたいだ」
それだけでない。彼らの嗅覚は、島に漂う三種類の「におい」を嗅ぎ取っていた。
「潮の匂いが漂ってきますー‥‥けど‥‥」海からの風を受け、功刀 元(
gc2818)は鼻から空気を吸い込んだ。
「けど‥‥それに混じって漂うこの臭い‥‥。これは、血‥‥?」
功刀の恋人、御剣 薙(
gc2904)が、鼻をひくつかせつつ厳しい視線を島へと向ける。
「それだけじゃあねえな。プンプン臭ってきやがるぜ。悪そのもののくせえ臭いがな」
功刀の親友、巳沢 涼(
gc3648)もまた、同じように邪悪なる予感を嗅ぎ取った。
「なんか、むっちゃ危険フラグを踏んじゃってるって感じじゃあねーか。‥‥い、いや、怖くなんかないからなっ‥‥多分」
綾河 疾音(
gc6835)は、落ち着きの無い様子でUNKNOWN(
ga4276)の陰に隠れ、辺りに視線をさまよわせていた。
「‥‥とりあえず、少し離れてくれないか。それに、震えているぞ」
淡々とした口調で、UNKNOWNが綾河へ言葉をかける。
「こ、怖くなんかねぇよ! べべべべ別に震えてねぇし! むっむむむむむ武者震いだし!」
ガタンッ。
「ひぃぃぃぃっ!」
「落ち着け。箱が崩れただけだ」
UNKNOWNの言うとおり、粗雑に積まれていた木箱が、潮風を受けて崩れただけだった。
「けひゃひゃひゃひゃ、それじゃあ、行くとするかね〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)の奇妙な笑い声が、再び訪れた静寂を打ち破る。
果たして、この島で待ち受けるのは何者か。能力者たちは多かれ少なかれ不安を感じつつ、島への一歩を踏み出した。
彼らの上陸した港。そこからは小学校まではそれほどかからない。
八名の能力者たちは、周囲を十分に警戒しつつ校舎へと向かっていた。
功刀の「パイドロス」、御剣の「アスタロト」、巳沢の「バハムート」。バイク形態に変形したそれぞれのAU−KVに、UNKNOWNと綾河、須佐とミハル、そしてウェストが乗っている。
「‥‥ふむ〜」
バイクの背に揺られつつ、ウェストは考えにふけっていた。
ウェストの脳内では、警戒とともに「期待感」があった。この任務でキメラの細胞をサンプルとして確保しておきたい。科学者として、深遠にして高尚なる我が道を向かうためには、どんな卑怯卑劣な事も行う所存。研究者とはそういうものだ。浅ましい? 凡人には理解できまい。
UNKNOWNとハミルは、「探査の目」を用いて常時周囲を警戒していた。加えてUNKNOWNは覚醒し、GooDLuckも使っているのだ。怪しい何かが出てきたら、すぐに発見するだろう。
さらに、三名がAU−KVを、さらに須佐とUNKNOWNの二名が黒鎧「ベリアル」を装着し武装している。何かが起こっても、対処はできるだろう。
それより、問題はキメラ。
小学校のキメラは、数が多いだろうが、それほど脅威ではない。むしろ注意すべきは、キメラを食らった別のキメラ。そいつがどういう存在なのか、どう対処するべきか。それに注意しておかないと。
「‥‥着いたぜ、ミスター・ウェスト」
不意に掛けられた巳沢の言葉が、ウェストの思考を中断させた。
目前には、荒れ果てた小学校の校舎があった。
「クリア、良いですよ」
少しだけ先行したハミルが、問題なしと合図を送る。彼の「探査の眼」、鋭い鑑識眼が、校舎内を走り安全を確認したのだ。
続いて、人型形態に変形したAU−KVの三名が、そしてウェストに綾河、UNKNOWNに須佐と続く。
内部からは、ひどい臭いが漂い出ており、能力者たちをうんざりさせた。須佐が、顔をしかめつつ周囲へと眼をやる。辺りはじめつき、不快なこと極まりない。
「この臭いはなんなんだ。血の臭いだけじゃあないな。まるで、何かが腐ったような‥‥」
「それに、水棲生物のような生臭さもあるな」
UNKNOWNがそれに付け加えた。
正面玄関から廊下を進む一行だが、今のところ生物には遭遇してない。まるで、たちの悪いオバケ屋敷。いや、まるで邪悪な魔物が潜む魔界のよう。
魔界を切り開く勇士たちのごとく、魔王を討ち取らんとする勇者達のごとく、彼らは一歩づつ歩を進めていく。
静寂が、全員の耳に痛く、心臓の鼓動を上げる。互いの息遣いと足音以外、聞こえるものは無い。
しかし、気配だけは感じる。何かが接近してくる気配だけが、精神に食い込んでくる。
何かが接近あるいは潜んでいる予兆はなくとも、実感としてそれが感じ取れる。
そして。
ガタッ。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
綾河が叫び、それと同時に全員が身構える。廊下の奥、そこから現れたのは小さな人影。
だがそれは、子供程度の大きさ。それが、よろよろとした足取りで接近してくる。
「キメラです!」
ハミルが叫ぶと同時に、そいつは前のめりにぱったりと倒れ‥‥それっきり動かなくなった。
「‥‥少なくとも、生臭さの原因だけはわかったな」
暫くして、UNKNOWNが口を開く。が、それに相槌を打つ者はいなかった。
「ふむ〜、これは興味深いな〜」
サンプルを採取しつつ、ウェストはそのキメラの詳細を検分していた。
「このタイプ‥‥通称『川太郎』と呼ばれるタイプであるな〜。『河童』を模しており、その姿に違わず水中・水辺で活動するように製造されたキメラ‥‥けひゃひゃひゃ、これは面白い‥‥」
自前のメスで、死体の一部を切り取り、血液や神経組織などを採取する。嬉しそうにおぞましい行為を実行するウェストの様を見て、薙は顔をしかめた。
「あの、ウェストさん。それで‥‥どうなんですか?」
「ん〜? どう、とは?」
「ですから、そいつはなんで死んだのか、って事です。生き残りの要救助者に撃たれたのか、あるいは他のキメラにやられたのかとか」
「ああ〜、そういうコトか〜。この死体の様子からして〜‥‥」
そう言って、ウェストは川太郎の死体をひっくり返した。
「見たまえ〜。ここに深い傷痕が確認できる〜。この痕跡から判断するに〜‥‥」
一息おいて、彼は言った。
「哺乳類や獣の爪や牙とは、異なる形状の何かに引き裂かれたものと思われるね〜」
一行はさらに、小学校内部を捜索。
だが、その結果は芳しくないものだった。
「‥‥死体が無いドッグタグが数個、損壊した人間の遺体が約五名分。内一体はUPC隊員・相沢と確認。川太郎の死体が七体、瀕死の状態の川太郎が合計三体。それに‥‥」
「それに、この記録用ビデオカメラだけですねー」
UNKNOWNの言葉に、功刀が付け加える。先刻と同じく、生きているキメラが二体発見されたが、それらもまた同様に瀕死の状態であった。しとめ、調べたところ‥‥最初に見つけたものと同じ痛手を被っていた。
「‥‥このビデオカメラ、バッテリーが壊れているな。液晶画面も割れちまってる。持ち帰るしかあるまい」
「そうだな、今後の手がかりになるだろう。調べてみる価値は大いにありそうだ」
須佐が頷き、ハミルが促した。
「そうですね‥‥。それじゃあ‥‥次、行きましょう」
「ああ、さっさと回って、早いところ済ましちまおう。でないと‥‥」
綾河が、小さく呟いた。
「でないと、助けられるものも助けられなくなっちまう」
先刻と同じく、バイク形態で皆を乗せ、一行は島の南側‥‥中学校へと向かっていった。
が、その途中で。彼らは見たくないもの、発見したくはなかったものを数多く発見してしまっていた。
「‥‥遺体確認。損壊状態がひどく、外見からの判別は極めて困難。ドッグタグ、及び持ち物から、UPC兵士と判断‥‥畜生!」
須佐は、わざと冷淡に状況を口にしていた。これに感情を込めたら、怒りと不快感でどうにかなりそうな気がしたからだ。しかし、その試みは失敗した。
「損壊した遺体」と、それらを呼ぶのは間違いであった。損壊した遺体「の一部」と呼ぶべきだろう。例えるなら、悪童が少女から人形を奪い、面白半分に手足や頭をもぎ取りぶちまけたかのよう。
不快にも感じ、恐怖と嫌悪も強く感じた。が、それらが収まり落ち着くと、彼らは己が心に別の感情が沸き立つのを感じた。
「怒り」
生命をもてあそび、苦しみを与え、それを喜ぶ存在に対しての「怒り」。
このUPC兵士たちに、このような冒涜を行ったキメラ。そいつがなんであれ、必ず報いを受けさせてやる。
「中学校、校舎内にて遺体確認。‥‥生存者、ゼロ」
ハミルの言葉が、重く心にのしかかる。
一縷の期待とともに、皆は中学の校舎内を探索した。が、その望みは無残にも打ち砕かれ‥‥彼らは更なる絶望、そして無力感を味わうはめになった。
こちらの遺体は、中学校の校舎内、教室の一角にて発見した。籠城した痕跡が残っているが、長くは無かったようだ。幸いと言うべきか、残された遺体には損壊は見当たらなかった。
発見し、検分しているハミル、UNKNOWN、須佐は、無念さを覚えかぶりを振る。
遺体の顔から、それはUPC兵士・海野隊員だとUNKNOWNは判断した。
「どうやら‥‥生存者はもう絶望的と見るべきか」
「遺体は、あちこちに散乱してるしな。人数も大体合っている、となると‥‥ん?」
そこで、須佐は気づいた。
遺体が、何かを握り締めている事に。
「どう‥‥しました?」
「これは‥‥メモ帳か? ひどいな、血が染み込んじまって読めないよ」
遺体の手から、須佐はそれを取り上げ、ハミルに見せた。
確かに、それは小さなメモ帳。しかしそれは、生前に流しただろう血がたっぷり染み込んでしまい、中のページに何が記されているのかまったく判然としなかった。
しかし、最後のページだけはかろうじて判明できた。それも血で汚れ、ほとんどが読めた状態ではなかったが。
『‥‥隊長が、死亡‥‥(判読不能)‥‥全員森林内部で‥‥全滅。森内部に奴らが‥‥(判読不能)‥‥に入ったら、確実に死亡‥‥』
『‥‥やつら、キメラが‥‥、我々はこの部屋に立てこも‥‥。やつの、‥‥(判読不能)‥‥仲間が助けを求めに‥‥(判読不能)‥‥連絡が途絶えた。おそらく‥‥(判読不能)‥‥意識を失う前にこの記録を‥‥』
『‥‥願わくば、妻と息子に一目だけ‥‥』
「‥‥海野さん、とか言ったな」
最後のメモを読み終わった須佐は、暫くの沈黙の後に、重々しい口調で口を開いた。
「あんたの残してくれた情報、絶対に無駄にしない」
そこからそれほど遠くない部屋では、ウェストがキメラの死体からサンプルを採取していた。死体は腐敗が進んでおり、悪臭が漂うとともに大量の黒蝿がたかっている。
周囲にもいくつかキメラの死体が転がっており、それらの周辺にも例外なく黒蝿が飛び回っていた。報告どおり、北側の壁には穿たれた大穴と、そこから見える森の風景。
「むふ〜、サーベルタイガーを彷彿とさせるキメラの遺体とはね〜。これは研究のしがいがあるぞ〜」
ウェストの奇妙な喜びようには、正直、味方である仲間達も引いてしまうものがあった。だが、奇妙ではあっても味方であり仲間には違いない。
「‥‥遺体の様子からして、先刻の川太郎と同じ痕跡があるね〜。それに‥‥」
肉をむしりとったのは、鋭い牙だ。それもかなり大きな。
ウェストが続けて言ったその言葉が、皆の心に突き刺さる。
「‥‥でも、さっきの川太郎もそうだったけどー、一体何がこいつをこんなにしたんだろうー?」
功刀が、生じた疑問を口にして頭をひねった。
「さあね元くん、でもひょっとしたら‥‥」
がたん。
「!」
薙はそれ以上、言葉を続けられなかった。
再び、がたんという音が響いてきたのだ。それも、校舎の玄関先から。
全員が、中学校の校舎へと集まった。武器を構え、全員が駆けつけた先には‥‥三名の生存者が居た。
「おい、しっかりしろ!」巳沢が叫び、駆けつける。
三人とも、まるで執念だけで生きているような状態だった。互いに互いを支えあい、全身のあちこちを即席の包帯で固く縛っている。
「早く! 救急キットを!」
「‥‥に、逃げろ‥‥あいつらが、来る‥‥」
巳沢が抱きかかえた兵士の一人は、それだけ言うと事切れた。
「しっかりしろ! 今助けてやるぞ! おい!」
だが、一人目の兵士は二度と目を覚まさなかった。
「何があった? 教えてくれ!」
須佐が、二人目の兵士に問いただす。が、彼が口にしたのは奇妙な単語。
「虫‥‥でかい虫が、何匹も‥‥」
そこまで言うと、彼もまた沈黙し、二度と眼を覚まさなかった。
「お、俺たち以外‥‥皆、殺された‥‥た、助け‥‥」
三人目もまた、そこまで言うと昏倒した。だが、弱々しいがまだ息はある。
「彼をすぐに船まで!」
薙が、吼えるように叫んだ。
だが、そこまで言うと。北の森から、いやらしい虫の羽音めいた音が響いてきた。
それは、耳障りで不快な音。先刻からキメラの死体にたかっている蝿のそれに似ているが、蝿などよりもずっと力強く、ずっとおぞましい音。それは、否、それらは、徐々に接近してくる。
戦うべきか? いや、救助が先だ。それに、この状態で戦うのは分が悪い。どんな相手かわからないのだ。散り散りになったらそれだけ不利になる事はまちがいない。
ならば、とるべき行動はただ一つ。
「‥‥退散するべき時、だろうな」
UNKNOWNのつぶやきに、全員が同意した。
海野を含めた三名の遺体、そして昏睡状態の兵士とを、彼らは運び出し‥‥島より退散した。
しかし、手当ての甲斐なく。救出した兵士‥‥UPC、井口隊員は、昏睡状態のまま眼を覚ます事無く‥‥搬送先の病院で亡くなった。
「諸君、良くやってくれた。残念な結果に終わってしまったが‥‥少なくとも、彼らの死を無駄に終わらせるわけにはいかない。これより、諸君らが回収してきた破損したビデオ、汚れたメモ、それに井口隊員の所有していたカメラより、情報を得て検討したいと思う」
今回の任務を依頼した司令官が、悲痛な面持ちで皆へと言った。
「いずれ、本格的な殲滅作戦の依頼をする事となるだろう。その時には、あらためて頼みたい‥‥。このような怪物どもに、引導を渡せ、とな」