●リプレイ本文
西日本有機産業株式会社、本社工場。
そこへ至る道は、陸路はかなりの時間がかかる。ムサシ社長曰く、町や住宅街に近いと、どうしても悪臭などでクレームが付いてしまうからという。
そして、今回の来訪者達は空路でそこに向かっていた。UPCの大型ヘリに乗る六人は、出発前に交わしたムサシとの会話を思い出していた。
「見取り図は、それで良かったですか?」
ムサシが問いかける先には、二人の少女の姿が。
巫女装束に身を包んだ、元気いっぱいの少女。猫屋敷 猫(
gb4526)。
銀糸のような髪を持つ、エクセレンターの美少女。久川 千夏(
gc7374)。
「うんっ! これだけ分かるのなら十分ですよ!」
「ええ。スムーズに探索するため、情報が必要でしたからね。回収対象のリストや優先順位も、これで本当に構いませんね?」
千夏は手元の書類を確認しつつ、ずれたメガネを戻した。メガネの奥に、美しい蒼色の瞳が知的にきらめいている。
「ええ、構いません。人命を優先してください。種も、飼料も、施設や道具も、また作り出せば良いだけのこと。けれど、人の命はそうはいきませんからね」
「まー、心配しなさんな。この俺がアンタ等を守るから、あくびでもしてて待っててくれよ。ちょちょいっと片付けてやるさ」
軽い口調で請合った世史元 兄(
gc0520)に、ムサシは頷いた。
「ええ、皆さん。頼りにしています」
「自分も、最善を尽くします。ムサシさん」
「‥‥(こくり)」
滝沢タキトゥス(
gc4659)は世史元に続き請合い、トゥリム(
gc6022)は二人に続き無言のまま頷いた。
「それでは皆さん、参りましょう」
黒い装束に身を包んだ、可憐なる少女‥‥緑川 めぐみ(
ga8223)の声が響き渡る。
「これから、めぐたちは工場に向かいます。ムサシさん、どうか吉報をお待ちください」
それから数時間後。
彼ら能力者たちは、現場へと向かい空を急いでいた。
ヘリが着陸し、整備の行き届いた機械のように能力者たちは展開した。
「今のところ、キメラの姿は見えないな。となると、どこから出てくるか‥‥」
世史元は武器‥‥SES搭載直刀「壱式」を手にしつつ、用心深く呟いた。
彼の言うとおり、今のところキメラの姿は見えない。そして、生存者の姿もまた見えない。生命体の気配が微塵も感じられないのが、かえって不気味だった。
猫と千夏とは、提供された見取り図の内容と、目前の状況とを照らし合わせ、現状を把握していた。北側の工場棟と事務所。右側の実験施設。左側の大型倉庫。
この中で、キメラが潜んでいる場所は? そして、先発隊が隠れている場所は?
「それじゃあ、皆‥‥」
「行きましょう。みなさん、慎重に行動を」
滝沢がうながし、めぐみは厳しい表情で目前の施設へと目を向けた。
「索敵行為行います。バイブレーションセンサー使用しますので、一旦動かないで下さい」
めぐみの言葉に、全員が動きを止める。
彼女たちは、まず最初に向かったのが実験施設。
大型倉庫は吹き抜けになっているが、隠れる場所は無い。もしも生存者がいたなら、隠れられるのは工場棟と実験施設。
だが、実験施設の方が部屋数が多く、隠れやすいとはいえ、こちらの方が危険であった。キメラが隠れているとしたら、こちらにも隠れる余地があるわけだから。それを裏付けるかのように、強い悪臭が漂ってくる。
「範囲内に振動を感知。注意を‥‥この建物内部、玄関ホールおり50m付近の地下に歩行音。二足歩行。数、2‥‥いや、3から4」
めぐみの能力が、発見した。この建物内部に、生存者が存在すると。
しかし、それに続き。新たな存在を感じ取った。
「階上に、四足の歩行音。数‥‥3体。大きさは‥‥キメラ?」
それ以上の説明は不要だった。他の者たちの耳にも聞こえてきたのだ。
猛獣の唸り声、獲物を引き裂き、殺戮する事を望む咆哮が。
世史元と滝沢が矢面に立ち、その後ろにめぐみ、猫、トゥリムと千夏が控える。そして、階段から降りてくるそいつらへと、注意を向けていた。
そいつらは、しなやかにして強力な筋肉を有し、床に爪を立てて階下へと降りてきた。鋭い鉤爪に、太くたくましい四肢。顎には鋭く太い牙を生やし、息とし生ける存在に死を与えんかのような凄まじさを見せ付けている。牙と爪には、乾ききった赤黒い跡が付いていた。
「‥‥リス‥‥ではないな。むしろ、トラ?」
「全く‥‥情報を鵜呑みにしないで正解だったな」
世史元がそいつの印象を述べ、滝沢が感想を述べた。実際、そいつの姿は虎、ないしは前世紀の古代生物、剣歯虎に酷似していたのだ。「虎」は三匹。その大きさは、動物園の虎以上、牛や小さめの象くらいはあった。
そいつらは、玄関ホールに展開し、能力者たちを逃がそうとしない。むしろ、嬉しそうな顔をしているようにも見える。
「‥‥虎のくせに、なまいきだね」
トゥリムが、呟いた。
そして、それとともに。虎のキメラ、サーベルタイガーは襲い掛かってきた!
一匹目の「虎」は、距離を詰めんと床を蹴り、飛び掛らんと迫り来る。
が、それは反撃を食らう形で終わった。
「‥‥『鳳仙花』!」
世史元が、「虎」に向け、数本の苦無を刀で弾き飛ばしたのだ。放たれた刃は宙を切り、そいつに命中した。手裏剣は眼と顔面、鼻面に突き刺さり、そいつは混乱する。
が、痛みもなんのその。そいつは世史元の命をもって己の苦痛を軽減せんと飛び掛ったが、
「!」
それがそいつの最後となった。
世史元の壱式の刃が、見事にカウンターで深く突き刺さっていたのだ。
仲間の仇を討たんと、二匹目の「虎」が突進する。が、その前に立ちはだかるは、蒼き瞳の滝沢。
装備するは、左腕に盾「スキュータム」、腰には剣。ホーリーベル‥‥白銀の刀身、聖なる鈴の鍔、そしてエミタを有した剣の鞘を払い、彼はクールな口調で言い放つ。
「なあ、知ってるか? 迂闊に飛びつく莫迦は‥‥」
が、二匹目のサーベルタイガーは、彼の言葉など歯牙にかけない。その牙と爪で、新たなる恐怖と苦痛と死とを与えんとするが、ホーリーベルの刃が一閃される方が先だった。
「‥‥早死にするんだぞ!」
猛獣の身体に、聖なる鈴の刃が深く食い込み、切り込み、切り裂く。怪物の身体からほとばしる血が、滝沢に勝利の確信をもたらした。
三匹目の剣歯虎が戦うは、白髪で蒼目の猫巫女。が、虎は巫女のすばやい動きに翻弄され、幻惑されている。
「『円閃』っ!」
直刀の強き一撃が、虎に切り付けられ叩き込まれた。キメラの肉体に食い込む刃の感触が、猫の手から伝わってくる。
獣があげる悲痛の叫びは、能力者たちに悟らせた。この戦いが、時間の問題だという事を。
「では、他の皆さんは」
「そうだ、全て食い殺された」
やつれた隊長が、めぐみに対して返答する。
三匹のサーベルタイガーをしとめた能力者たちは、すぐに次の行動へと移った。先刻にめぐみが聞いた音、すなわち、50m先の振動元へと向かった。
そこは、実験棟の地下、機材倉庫。そこに皆は避難していたのだ。扉は固く、中から閉めれば外からは入ってこれない。そこに、四名の生き残りは籠城する事となった。
「三人は、あのサーベルタイガーにやられてしまった。あとの三人は‥‥リスに食われた」
悲痛そうな表情から、その様子がいかにひどかったか想像できた。
「わかりました。さ、皆さん。もう安心です。すぐにヘリのところまで案内しますわ」
めぐみの穏やかな口調に、生存者達はいくばくかの安心感を覚えたようだ。
だが、刻まれた恐怖の感情はぬぐえまい。今こそ、それを植えつけた元凶を取り除く時。
「行きましょう、なのです」
「‥‥ん」
猫の呟きとともに、トゥリムがこくりと頷いた。
「‥‥リスのくせに、なまいきだね」
ライオットシールド。盾を構えたトゥリムは、身体がほとんど隠れてしまっている。
が、その紫の目が赤紫に輝き、まるで仏蘭西人形のような髪と肌だったのが、死人のような灰色になっていた。
もう片手には、レーションのパック。
そして、彼女の後ろには、仲間達。
今、彼女達は工場内に居た。工場棟の内部は広く吹き抜けになっており、各所に機械装置が置かれて仕切られている。
そしてあちこちに飼料や肥料がうずたかく積まれ、放置されていた。そこから放つ悪臭は、まさに地獄そのもの。先刻の先発隊によると、放置された肥料が発酵し発生したガスによるものだという。
その内部を、巨大なリスがあちこち歩き回っていた。それを見ていると、自分たちが小さくなり、ペットのリスが入っている籠を覗き込んでいるかのよう。
おりしも能力者たちは、飼料の山に顔をつっこみ、何かをばりばりと噛んでいるリスの群れを発見した。幸い、気づかれては居ないようだ。
「僕からのおごりだ、味わうがいい」
タンドリーチキンのレーション、ないしはそのパックの封を切り、トゥリムはそれを投げた。汁気のある鶏肉と、香辛料の香りとが、悪臭漂う工場内に霧散する。
「最後の晩餐だ‥‥なんてね」
とたんに「リス」の一体が、それに気づき飛びついた。そして、別のリスがそれを横取りせんと飛び掛る。漁夫の利で三体目が横取りしようとするも、四体目が同じくつかみかかってくる。
暴れまわるリスのために、粉状の飼料が巻き上がり、周囲の視界を濁らせた。
が、それをものともせず。リスを討伐せんと能力者たちは突撃した!
ライオットシールドで、トゥリムは近くのリスをまずは弾き飛ばした。それは、他の固体に比べれば小さめ‥‥たったの2mしかない。
弾かれた仲間を見て、リスはようやく侵入者の存在に気づいた。牙をむき出し、餌にしようと飛び掛る。
が、そのすばやい動きは、封じられていた。
「どこかの迷宮に潜む、危険な首狩りウサギのようにはさせません」
『あなたの、心を、縛り付けていく。けして離したくないと、願い、歌う』
超機械「ライジング」。エレキギターを模したそれを奏で、めぐみは、黒き令嬢は「呪歌」を歌った。キメラを縛り、キメラの動きを封じる歌を。
さすがに、リスどもは仲間割れをやめた。が、時既に遅し。
戦士たちが、リスへと一撃を加えんと突進してきたのだ。
「やーれやれ、やっぱりバグアの趣味は最悪だな。もっとこーキュンって来る可愛さがあるもんだ、リスってのは」
続けて「纏え蛍火」の言葉を唱え‥‥世史元の刃が、向かってくるリスに突き出された。
「なのに、こいつらはただ醜くおぞましい。だから‥‥」
先刻の虎同様、世史元の壱式に、敵を貫いた感触が伝わってくる。
「‥‥だから、倒せる! 何の躊躇いも無くッ!」
続けて、もう一匹。蛍の光に包まれた身体で、世史元はおぞましき化け物リスを片付けたことを実感した。
世史元に続き、猫もまた動く。
「『疾風』っ‥‥『迅雷』っ! はーっ!」
月詠の刃が、キメラを切り苛み、プリトウェン‥‥メトロニウム合金の盾が、リスの攻撃を防ぐ。
見難く歪み、邪悪な様相すら浮かべているリス相手には、容赦などしない、するつもりもない。心臓を貫かれ、そいつもまた引導を渡された。
「くっ、こうも視界が悪いと‥‥状況が把握できないわ」
後方で、めぐみ、トゥリムとともに控えている千夏は、高揚感とともに不安を抱いていた。
キメラを一網打尽にし、殲滅する作戦は順調。しかし、巻き上がる飼料や粉のおかげで、それが見えづらい。
「‥‥後ろ!」
トゥリムの指摘に、千夏は後方を向く。そこには、二匹の巨大なリスが。
こいつには、めぐみの「呪歌」がかかっていない。そして、気がつくと目前にまで接近。
「しまった!」
牙がすぐ近くの空間を掠めた。地面に転がり、必死になってその攻撃をかわす。が、二撃目まではかわしきれる自信はない。拳銃で撃とうとするも、転がった拍子に手元から離れてしまった。
やられる‥‥! そう思った刹那。
「おおっと、お前の相手はこっちだ。来い、化け物!」
リスの注意が、声の主へと向けられた。その先には滝沢が、剣と盾に血痕をこびりつかせて雄々しく立ちはだかっている。
すぐに、巨大リスは新たな敵へと向かっていった。リスのすばやさと、牙の鋭さは恐ろしげではあったが、滝沢はそれに微塵もひるまず、「シールドスラム」で己が力を倍増させた。
「吹き飛べ! すぐに切り落としてやる!」
ホーリーベルの刃が、リスへと襲い掛かり、その命を切り裂いた。
「‥‥?」
千夏を助け起こしためぐみだが、違和感を覚えていた。
「ありがとう‥‥めぐみさん? どうしました?」
「千夏さん。めぐはいささか、嫌な予感がします」
先刻から、何か響くような音。それを探知していたのだ。別のキメラかと思ったが、バイブレーションセンサーを用いても、この状況では不正確だろう。
しかし、嫌な予感がする。それは膨らみきって、すぐにでも爆発しそうな風船を思わせた。
皆の戦闘が終了したのを見計らって、再び周辺を見回すと‥‥その原因がわかった。
「皆さん、すぐに建屋から避難してください」
その言葉と共に、新たなリスどもが現れた。そいつらは飼料倉庫からやってきた奴ららしい。仲間の仇を討たんと、こちらへと向かってくる。
だが、能力者たちが外へと逃げ出したと同時に‥‥キメラにとって予想外の事態が発生した。
天井が、崩落したのだ。
いかに敏捷なキメラといえども、それを回避する事は不可能。気がつくと、そいつらは潰れていた‥‥。天井や鉄骨の下敷きになって。
幸か不幸か、工場の建屋は老朽化が進み、崩落直前だったのだ。能力者たちの激しい戦いにより、天井の一部が崩落。今回の結果となった。
もっとも、トゥリムはちょっと不満。このおかげで、リスキメラが潰れて、食肉のために回収する目論見がパーになってしまったのだ。
だが、キメラ掃討は事実。状況確認後、ムサシ社長たちによる回収作業が再開する運びとなった。
「‥‥日向灘ですか。天然記念物、アカウミガメの産卵地ですね」
ヘリに乗りこみ、帰還時。窓から外の様子を見つつ、めぐみは日向灘へと視線を向けつつ呟いた。
「‥‥早く、戦争はなくしたいですね。それと‥‥」
いい食事を、皆が取れるようにしたいです。
それは、ヘリ内部に乗っていた全員に聞こえた。それを聞き、皆は改めて決意した。
この戦争を、早く終わらせたい。そして、平和な世を再びとりもどしたい、と。
その後。
飼料や肥料の多くは、やはりだめだった。しかし、データや資料はほぼ無傷で、これらをもとにすれば再び肥料を作り出せるだろう‥‥との事だ。
「皆様、本当にありがとうございました」と、ムサシは何度も礼を述べた。
戦争終結、平和への一歩が踏めた。それを実感する一同だった。