●リプレイ本文
青空の下、青い海原をゆっくりと進む、一艘の船。それは湾内をゆっくりと、大きな円をえがくかのように回っていた。
運貨船・YL9号50t型。
全長27m、船幅7mのその船は、一見すると「海に浮かぶ鉄の果物カゴ」といった外観。前面はほぼ甲板で、左舷にはクレーン。当然ながら、武装はない。
船体後方の操舵室。その窓から前部甲板を、そして前方を視認出来る。ディーゼルエンジン二基で動くこの船の本来の役割は、艦艇に対する物資補給。老朽船として解体すべく陸地に引き上げられていたのだが、今回の事件で駆り出される事となった。
初めてYL9号に乗り込んだ能力者たちだが、彼らは感じ取っていた。この船が、大切に扱われてきただろう事を。
「この船、動かしやすいのであります」
操舵室にて、舵輪を操る美空(
gb1906)は、それをもっとも実感していた。
彼女の傍らには魚群探知機、ないしはそのレーダー画面があった。美空自身の希望により、取り付けたものだ。今のところ、何も探知はしていない。
現在は、異常なし。だがその時になったら、用意してある彼女の武器が、大口径ガトリング砲が火を噴くことだろう。
美空が視線を甲板に向けると、この依頼を受けた四人の仲間達が、それぞれ過ごしている。
「‥‥うん、小さめだけど、良い形のアジだ。ドクター、お一ついかがですか?」
甲板の右舷、釣りに興じている愛甲ヒロ(
gc4589)は、隣のドクター・ウェスト(
ga0241)へと問いかけた。
「うむ、もらおうか〜」
白銀の長髪を有する彼‥‥ドクターは、見るからに若きマッドサイエンティストといった風貌。
甲板に置かれた、携帯用のガスコンロ。それを用い、ヒロは釣ったアジを焼き始めた。魚が焼ける匂いが、美空のいる操舵室にも漂ってくる。甲板左舷に目を向けると、そこには救命用ボートがあり、そして面倒そうな顔で海原を見つめている海鷹(
gc3564)の姿が。
甲板の前方には、ハミル・ジャウザール(
gb4773)。YL9号の甲板前方に座り、海原へ視線を向けている。その両足には、足ひれをつけていた。
海岸には弓削 一徳(
gc4617)が、援護するために待機しているはずだ。
「さあ、バグアのキメラ。いつでも来い、なのです!」
魚群探知機には、未だ反応なし。舵輪を操りつつ、美空は未だ見ぬ敵へと呟いた。
海岸。
近くに係留されたボートが、波に揺られてゆらめいている。
聞くところによると、上空にはヘルメットワームが出てくるとの事。ならば、それをまず攻撃しなければ。
ライフルを手にした弓削は、海と空、二つの青色へと銃口を向けつつ警戒していた。今のところ、船は、YL9号の様子に異常は見られない。無線での連絡でも、異常なし。
ただ、待った。撃つべき敵が出てくるのを、彼はひたすら待った。
数時間が経過した。
変化はない。太陽は天高く上り、容赦なく日光を浴びせかけてくる。弓削は何度も汗をぬぐった。喉がからからになり、水筒に口をつけようかと考えたその時。
無線に、連絡が入った。
「こちら、美空! ソナー感! 何かが接近してくるであります!」
「‥‥来ます!」
船の前方。目を閉じていたハミルは、目を見開いた。
それとともに、安穏とした空気が一瞬にして戦場のそれ、戦いの場に漂う鋭いそれへと変貌した。
間をおかず、船の後方の海面にうねりが生じる。小さかったそれは、徐々に大きく、はっきりとした形をとって、海面を、水面を歪ませていった。
「本船の後方に、正体不明の物体! 数3‥‥4! いや、5! 徐々に接近してくるであります!」
美空の声が、更に場の空気を緊張させる。
「どうやら‥‥そろそろ出番のようであるね〜」
ウエストが、自分の武器‥‥水陸両用のアサルトライフル、そしてエネルギーガンのグリップを握った。
同じく、ハミルもまた自身の武装‥‥水陸両用の槍「蛟」、水中剣「アロンダイト」の柄を握り締める。
「‥‥お願いします」
「まかせるね〜」
言葉を交わす二人をよそに、美空は更なる危機が自分たちを襲うのを目にした。
「ソナー感! 前方より接近する物体あり! 数5!」
囮になり、誘き出す作戦は成功したようだ。ならば、次の段階に移行せねばならない。
レーダーを見て、今いるちょうどこのあたりが、罠のポイントだという事を確認する。美空は、船をその場に止めた。
ヒロと海鷹もまた、立ち上がり戦いに備えている。ヒロは刀を、海鷹もやはりアロンダイトにアーミーナイフを携え、いつでもそれが使えるように身構えていた。
「‥‥初めての任務、皆の足を引っ張らないようにしないと!」
ヒロはすぐ訪れるだろう戦いを、緊張の面持ちとともにそれを待ちうけ、
「‥‥でかい蛇かぁ、食われないようにしねえとな」
海鷹はいささか呑気な思考で、来るべきバグアのキメラを待ち受けていた。
「!」
全員が、それらに目を奪われた。
船の前方と後方から、複数の鎌首が出現したのだ。それらはまさに、伝説に出てくる大蛇の鎌首。大海魔をも髣髴とさせるもの。冷たく瞬きをしない目は、邪悪の宝石をはめ込んだかのようにきらめき、深い色合いを見せている。
それらが首をもたげたのは、船から数mの場所。バグアのキメラ・シーサーペントどもの首は、威嚇するように口をかっと開いた。
「‥‥船は頼んだよ〜」
その攻撃が来る直前、エアタンクを装備したウエストとハミルは海原へと身を躍らせた。
そして、甲板上の二人は、盾の後ろへと身をかがめ‥‥攻撃に備えた。
神話に登場するドラゴンがごとく、シーサーペントの口から強烈な冷気が放たれた。甲板の一部が凍り、霜を作る。
冷気のブレスは、いくつもの首が連続してはきかけてくる。操舵室の美空は大丈夫でも、甲板上の二人は無傷では済みそうにない。
「やられるっ‥‥!?」
ヒロがそう思った、次の瞬間。
シーサーペントの一体が、目を撃ち抜かれていた。
「もう一発!」
海岸線。そこでは、弓削がライフルを構え、その引き金を引いていた。
狙撃眼にて、彼の持つライフルの性能は最大限に引き出された。延びた射程距離のため、弾丸はシーサーペントの頭部を打ちぬき、キメラへと引導を渡した。
「一匹撃墜。さっさとくたばっちまいな、蛇野郎」
更に一発。現場のキメラが混乱しているのを見ると、弓削は笑みを浮かべた。
味方へ、更に有利な一発を放とうとしたその時。
「さてと‥‥ん?」
彼は見た。はるか遠くの上空に、何かが飛び去るのを。
「ヘルメットワームか? なぜあんなところを?」
その答えに答えてくれるわけもなく、その飛行物体は、そのまま空のかなたに消えていった。
キメラの一体が、脳天を撃ち抜かれて水中に没したのを境に。
YL9号の船上の能力者たちは、機敏に動き始めた。
シーサーペントの一体が、船の後部、操舵室へと尾を打ちつける。衝撃で、窓の強化ガラスが割れた。
が、さらに一撃を加えんとしたその時。
「ずたボロに‥‥してやるであります!」
操舵室の扉を開け放ち、小柄な少女が蛇の前に立ちふさがった。その手には、銃身を束ねた大きなガトリング砲。
蛇の命運は、三秒で尽きた。美空は引き金を引き、一秒で銃身が回転し始め、一秒で銃口から弾丸が放たれ、一秒でそれはシーサーペントに命中し、粉砕し、爆裂させたのだ。
小気味の良い破壊音とともに、キメラの一体はまさにずたボロな肉塊と血漿と化し、青き海を血で染めた。
甲板の前部には、マーシナリーシールド、メトロニウム合金で作られた白銀の盾を構えた海鷹の姿。
海鷹を見たシーサーペントの一匹が、その長大な身体をくねらせ、頭部を甲板へと入り込ませてきた。そのまま、一飲みにせんと口を開き、噛みつかんとする。
「‥‥ふんっ」
が、彼はそんなものにひるまない。盾で大蛇の頭を弾くと、海鷹はその脳天にアーミーナイフの刃を振り下ろした。
肉の切れる感触、命を突き刺す感覚が、ナイフの柄を通じて海鷹へと伝わってくる。そのままずいと脳天を切り開き、三匹目の蛇が屍と化した。
「くるがいいです、海蛇お化け! はーっ!」
掛け声とともに、刃が一閃。その鋭き切っ先は、更に別のシーサーペントの頭部へと食い込んだ。一刀を打ち込むたび、シーサーペントの皮膚が切れ、一撃を切りつけるごとに、シーサーペントの肉が裂かれていく。
「とどめ!」
ざくり、という音とともに、刀の切っ先が深く突き刺され、四匹目が昇天した。
ちょうど時を同じくして、船の後方から近づいた五匹目を美空はガトリングで撃ちぬき、ミンチにして海へと肉片をばらまいた。
だが、それでも六匹目までには対処できない。
「しまっ‥‥た!」
「‥‥ちっ」
「まずい、のであります!」
三者三様に驚き、そして戦慄した。別の一匹が、胴体を船に巻きつけてしまったのだ!
「さて〜‥‥どうやらまだ居るようだね〜」
電波増幅により、ウエストの知覚は上昇している。それは水中でも同じ事。ダイバースーツにエアタンクを背負い、手に携えるはアサルトライフルとエネルギーガン。
エミタにより高められた精神力によって、ウエストは感じ取っていた。
まだいる、水上に顔を出していないシーサーペントが、まだ何匹か居る。
それを感じるとともに、外洋から二匹、水中をくねり進む悪夢が迫り来るのが視認できた。
「‥‥? ‥‥!」
それに対処しようと身構えたとき、ハミルが指し示した。
別の二匹が、深遠から浮かび上がってきたのだ。ハミルはそれに対し、向かっていく。どうやら、自分が受け持つらしい。
「なら、頼みましたよ〜」
仲間へと視線をやると‥‥倒すべき敵へと、殺すべき獲物へと、ウエストは目を向けた。
「‥‥行きます」
心の中で、静かに呟くと。ハミルは泳ぎだした。
「疾風」を用いても、それほど変わったようには思えない。ここは水中、水がまとわりつき、思った以上に動けはしない。刹那を用いて二匹へと攻撃しようとしても、おそらくは思うよりうまくは行かない、かもしれない。
‥‥いや、やってみせる。
アサルトライフルを手にして、まずは狙い撃とうとするも‥‥一匹目がいない。
「‥‥下か!?」
その通り、下部からいきなり迫っていた! そいつは下方から、ハミルに噛み付こうとしていたのだ!
一瞬、彼は慌て、そして一秒で落ち着き、二秒かけて接近戦用の武装に持ち替えた。
「蛟」、水陸両用の槍。その柄を、ハミルはしっかりと握る。
「はっ!」
声に出さぬ気合の声とともに、槍の穂先をシーサーペントの口、開いた牙だらけの口中へと突き刺した。ずぶり、という音が聞こえた気がする。
口の中を貫き、大蛇の頭を貫き通した「蛟」は、その穂先を怪物の後頭部から覗かせた。
「‥‥くっ!」
しかし、二匹目は既に接近していた。そいつは、自分の周囲をぐるぐると囲うように回っている。明らかに、巻きつこうとしている。
「蛟」を引き抜こうとしたが、中々抜けない。そうこうするうちに、そいつの鱗が見えるくらいにまで接近された。すぐに、ハミルは行動に移った。すなわち、「蛟」から手を離し、アロンダイトを手にしたのだ。
水中剣「アロンダイト」。刃はなく、水中にて周囲の水を用い刃を形成する。水中でのみ使用可能な剣。
「刹那ッ‥‥!」
水の刃が、接近したシーサーペントへと切りつけられ、その鱗の肌を切り裂いた。周辺の海水が、そいつの血で濁る。うまい具合に、蛇はこの攻撃を逃れんと水上へと向かっていった。
逃がさない。先刻にしとめたシーサーペントの死体から「蛟」を引き抜くと、ハミルはアロンダイトと二刀流に構えつつ、そいつを追いかけ始めた。
「けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ〜〜〜爬虫類ごときが、この天才に一杯食わそうなどと百万年早いんだね〜」
接近しつつあったシーサーペント。しかしそいつは、ウエストに接近する前に、ウエストの構えた水陸両用アサルトライフルにより、見事に頭部を打ち抜かれた。
だが、二匹目が見当たらない。逃げたのか、あるいはどこかに潜み、不意打ちを食らわすつもりか。
「‥‥ふむ〜」
周辺を見回し、そして何かを思いついたかのように。彼は水上へと向かった。
シーサーペントに固く巻きつかれたYL9号は、その船体をきしませた。そのまま、水中へと引きずり込まれそうになる。
だが、今甲板に居るのは、高い戦闘能力を有した能力者たち。
「必ぃぃ殺ぁっっっ!」
気合とともに、ヒロはエミタを活性化させた。刃の周辺の空気に、鋭い気配がまとわりつく。
「『海蛇十字切り』! てぃやぁぁ!」
気合一閃、己の力を込め、彼は刀をシーサーペントの胴体へと切り込んだ。
「斬」‥‥という音とともに刃は、空気を切り裂き、海風を切り裂き、そして怪物を切り裂いた。両断剣。更なる力を付与された刀は、大海蛇の胴体を両断したのだ。
文字通り、真っ二つになった大蛇は‥‥のたうち回りながら海原に落ち、そして、己の身体から流れる血で海を汚した。
「ふう‥‥なんとか、なったみたいですね」
安堵し、額の汗をぬぐうヒロ。力を抜いた、その時。
「‥‥! 伏せるであります!」
美空が、ヒロへとガトリング砲を向けた。大慌てで、ヒロは伏せる。
ヒロの後方には、海上に躍り出たシーサーペントの鎌首。そいつへ美空は、容赦なく ガトリング砲の洗礼を浴びせ続けた。先刻と同じく、肉塊になったそれは海原へと沈み‥‥肉片を海に撒き散らし、果てた。
「‥‥ふう。油断大敵でありますよ。ヒロ殿」
微笑みつつ、美空が言葉をかけたが。
「‥‥おい、後ろだ!」
「なっ!?」
海鷹の言葉どおり、美空の後ろにもシーサーペントの鎌首が!
かわしきれない、冷気を浴びせられるか、あるいは噛み付かれるか‥‥!
思わず目を閉じた美空だが、次の瞬間。そいつの頭部は撃ち抜かれていた。
「やれやれだ。油断大敵であるよ〜」
顔を出し、エネルギーガン片手に得意そうにしているウエストの姿が、海上にはあった。
「なんだと?」
ウエストが、疑問を口にする。
「間違いない。ヘルメットワームが、南の空へと飛び去るのを見た」
海岸で弓削と合流した皆は、彼の口からそのような事を聞いていた。
「ふむ〜?‥‥予想が、外れたと言うのか〜?」
ウエストは、見るからに意気消沈。シーサーペント殲滅後、周辺海域の海底を探るも、なにもそれらしいものは発見できていなかったのだ。
何かを探しているのか、それとも隠しているのか。そのような目的があるものと思っていたが、どうやらその推測は外れたと言うべきか。
「‥‥ともかく、帰還して報告するでありますよ。目下の目的は果たしました。ですが‥‥」
美空は言いよどんだ。まだ、この件はこれで終わるわけではあるまい。危機は既に、別の方向から忍び寄っているのかもしれない。
それを予想し、そして戦慄する一同だった。