●リプレイ本文
沈んだ太陽が、朝の時を迎え昇る。旭日が坊津へと光を浴びせかけるが、町の住民たちはそれを見ても何の感慨も、喜びも感じていない。
それは、彼らがキメラという化け物であると同時に、アリでしかないため。
コウモリの羽のような、夜の黒。それをそのまま固めたかのような甲殻が、太陽の光を浴びて不気味に光っていた。
:坊津町坊、坊トンネル。
:同・南側出口。
かつてトンネルの出入り口だった場所は、土砂によってうずめられていた。
故意ではないにしろ、その原因はUPCの戦闘ヘリから放たれたミサイルによるもの。そしてミサイルは、内部に兵士たちを残したままで北と南の両方の出入り口をふさいでしまったのだ。
だが、たとえふさがれた穴を開いたとしても、外にはアリの群れが出てくるのを今か今かと待っている。今も、黒い甲殻と鋭い顎を持った数匹のアリが、内部の御馳走が出てこないかと待ち構えていた。
誰も、何も、坊津を蹂躙する黒い絨毯の前には叶わない。近づく者はこのアリに襲われ、食われるか蟻酸により溶かされてしまうだろう。そう、このアリどもは無敵にして最強、群れの牙城を崩す事は不可能にして不可侵。
だが、それは崩された。
「さて、始めるか。鳴らしてやる‥‥、トンネル内にも響く、派手な音をな!」
彼がつぶやき、数秒後。「音」が、響いた。
最初に響くは火器の起動音、そして続き、銃撃音。
さらには、弾丸が目標を貫き、破壊する着弾音。それらの音が空間を切り裂き、その場を支配した。
ガドリング砲の束ねられた銃身が回転し、銃口から死のリズムを奏でる無数の弾丸が放たれたのだ。その目標はアリどものうち一匹。そして旋律は、アリの甲殻を貫き、内部組織を破壊する。
いやらしい体液を飛び散らせつつ、ガドリング砲の直撃を浴びて奇妙なダンスを踊りつつ、一匹のアリは絶命した。
「‥‥第一楽章、終了」
国道226号。その交差点に、彼は立っていた。ガドリング砲を構えて立つ、一人の男。
キリル・シューキン(
gb2765)の冷たいまなざしが、仲間を殺され集まりつつあるアリどもへと向けられた。
そして、その周囲には仲間たち。
「さあ、こっちでありますよー。美空たちに注目してくださいなのであります」
AU−KV「パイドロス」を装着した、小さき少女。美空(
gb1906)。
「‥‥それにしても、本当に沸いて出てますねえ。季節柄‥‥ってわけじゃないんでしょうけど」
同じく「バハムート」という力をまとった、ドラクーンの読書狂。望月 美汐(
gb6693)。彼女はトライク形態のままだ。
「‥‥? 羽付きのも、出てきたようですね。足元の羽無しはお願いします」
やはり「バハムート」を装着した、金髪青眼の戦う乙女。ナンナ・オンスロート(
gb5838)。
ナンナの言うとおり、一匹の有翼キメラアントが空中から彼女たちを、能力者たちへと急降下していた。
だが、AU−KVを着込んだナンナは、それに対し恐れも、怯えも感じてはいない。携えた巨大な武装、エネルギーキャノンを構えると、その有翼アリを十分引きつけ‥‥引き金をひいた。
砲口から放たれた、強大なる死の光。その奔流が、急降下し猛襲したアリを捕らえ‥‥その体を吹き飛ばし落下させる!
それと同時に、地上に群れなすアリどもに対して攻撃が放たれた。キリルと美空の携えた武装‥‥ガドリングが火を吹き、容赦ない弾丸の嵐が降りかかった。
嵐は、アリどもの甲殻に食い込み、打ち込まれ、刻み込まれる。坊トンネル南口に群がるアリは、彼女たちの攻撃の前に撃たれ、ダメージを受け、潰れ、破壊され、転がることとなった。
射程距離外のアリの群れが、それを見てカチカチ、キリキリといった声を上げる。明らかに警告・警戒を意味する音。
そしてそれらがこちらに向かってくるのを眼にして、ナンナは眼を細めた。
「予定通り‥‥といったところですか。それでは‥‥」
見極めたかのように、彼女はAU−KVをトライク形態へと変形させた。
美空もまた、同じくAU−KVを変形させる。唯一AU−KVを装着してないキリルは、望月のトライクへと飛び乗った。
「撤退します」
その言葉と同時に、三台のバイクはその場から逃走した。
そしてそのタイヤ痕を、黒い絨毯が追いかけ始めた。
『こちら、ナンナ・オンスロート。救出班応答してください』
「‥‥こちら、救出班。ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。感度良好。どうした?」
『陽動に成功しました。現在私たちは、国道226号線から上之坊公民館方面へと移動中。周辺地域のキメラアントは、私たちを追跡しています』
「了解した、これより救出活動を開始する」
『私たちは、このまま北上して時間を稼ぎます。交信終了(オーバー)』
「了解。オーバー。‥‥さて、それでは」
背後に控えていた仲間たちへと、ホアキンは振り返り視線を向けた。
「おう、俺は用意万端、整ってるぜ」
義に厚きグラップラー、麻宮 光(
ga9696)。
「では、作戦通りに」
白銀のスナイパー、紫檀卯月(
gb0890)。
「‥‥戦いの時間、だね」
金の瞳、黒き髪の可憐なるフェンサー、如月 芹佳(
gc0928)。
「正直敵と戦わないのは好きじゃないんだが、まぁ仕方あるまい」書物を友とする傭兵、ネオ・グランデ(
gc2626)。
グランデは、読んでいた文庫本を閉じ懐へしまいこんだ。
「‥‥続きは作戦終了後、だな」
読んでいた本は悲劇の物語、しかしこの作戦の結果は、その限りではない。現実にまで、この本の悲劇を持ち込むつもりはなかった。
:住宅街、上之坊公民館前。
トライク二台と、バイクが一台。東から西へと進み、北西方面へと進む道をひた走っていた。
そして、その後ろから。悪夢の黒い塊が迫り来る。
「うおっと!意外と運転荒っぽいんだな!後方より接近!ガトリング発射する!」
キリルの火器が、再び火を吹いていた。
バハムートとパイドロスのバイクモードは、着実にアリどもの注意を引いていた。そして、望月のバハムートに乗ったキリルは、ガドリングで迫り来るアリを掃射しつつ、可能な限り近づかせないように試みていた。
「現在、前方にもキメラの姿を確認したあります。加えて、その数も増加しております!」
だんだんと、数が増えてきているのを美空は気づいた。
「少しばかり、きついですかね」
キリルをトライク形態で乗せている望月は、静かにつぶやいた。彼女の言葉通り、この周辺に潜んでいるアリどもが、まるですべて集まっているかのよう。スピードはさほど速くないため、振り切ろうと思えばすぐにでも振り切れる。
が、ひどく数が多いのだ。掃射しても、すぐにあちこちから集まってくる。今のところは食い止められるが、それでも時間の問題だろう。
「‥‥頼むわ、みんな」
ナンナは、別班の仲間たちへ、救助活動がうまくいくことを願っていた。
:坊津町坊、坊トンネル。
:同・北側出口。
「いいぞ、手薄になっている」
ホアキンは、北側出口の周辺を見てつぶやいた。
トンネル北側出口、そこは確かにふさがっていた。が、何とかなるかもしれない。ナンナたちの作戦がうまくいき、周辺のアリの姿が見当たらないのだ。今のところは。
「‥‥つながりました」
無線機を操作していた紫檀が、快哉の声を上げる。
『‥‥こちら‥‥部隊、坂本‥‥‥応と‥‥』
まるで、瀕死の人間がかすれた声で、言葉をつむぎだそうとしているかのよう。
しかしそれは、絶望の中にたらされた希望の糸だった。それを相手にしっかり握らせ、静かに手繰り寄せねばならない。
「応答せよ、こちら救助班!」
麻宮が、無線へと声をかけた。
:坊津町坊、坊トンネル。
:同・トンネル内部
もはや、限界に近かった。
空気は、まだなんとかもつ。おそらくアリどもは、入り込んではこれないのだろう。よって、キメラの襲撃を受ける心配はしなくてもいいだろう。
だが、坂本は二つの事を心配していた。その一つは、どうやって外に出るか。そしてもう一つは、そこからどうやって脱出するべきか。
よしんば出られたところで、どうやって対処すべきか。
他の二人は、今は意識がない。怪我をしてしまい、今は意識を失っている。この二人をどうにかしないことには、ここから出たところで逃げられないし戦うことすらできない。
思案ののち、外からの救助隊が来たのを彼は知った。
積載していた車両の無線に、わずかだが外との連絡ができたのだ。
:坊津町坊、坊トンネル。
:同・北側出口。
「わかった、早急に救出する」
伝えられる事を伝え、知るべき事を知ったホアキンは、そのまま無線を切った。
坂本と、同行者二名はまだ生存している。が、二人は怪我をして、今は意識を失っているとのこと。そして坂本本人も、足を負傷し動けない状態だという。
これで、後は予定通りに入り口付近を爆破し、通路の通り道の出入り口を開ければ良い。
「どうだ?」
「ありました。非常用の出入り口は、どうやらこちらにありそうです」
そう言って、紫檀は地図を広げた。千八から受け取った、この周辺地域の地図。そして、トンネルに並行して掘られた、非常用件内部配線点検用の小さなトンネルの地図。
しかし、その出入り口は北と南の出口にあるものの、ふたつとも入り口が崩されてしまった祭に、いっしょにうずもれてしまっていた。
「けど、これなら思った以上に火薬を使わずに済みそうだな」と、麻宮。彼の言うとおり、大量に火薬を用いることなく、内部への道は切り開けそうだ。
仕掛けた爆弾が爆破し、そして切り開かれるのを能力者たちは見た。
:住宅街、上之坊公民館より北上した地点。
「Урааааааааа!Давай!Давай!Давай!Пошел на ××× трус!」
ロシア語にて、興奮したキリルがロシア語による罵倒と悪口とを、ガドリングの弾丸とともに放っていたのだ。
アリどもは、かなりの量があるが、それだけだった。本当に何もなく、むしろ拍子抜けしたほど。
が、それでも殺しても殺しても、殺しきれない。きれていない。
ナンナは次第に、焦りを感じていた。思った以上に持久戦の様相を呈してきたが、救助班からの連絡はまだない。
『こちら陽動班。敵の攻撃が当初の予想以上に激しくなってきた。持ちこたえられそうにないため、早急に作戦遂行を望みます』
エネルギーキャノンで、再び空の有翼キメラアントを倒しつつ、彼女は連絡を入れていた。
早く救出しないことには、自分たちが要救助になってしまう。それだけは避けねば。
:坊津町坊、坊トンネル。
:同・トンネル内部
「‥‥助けに、来たよ」
点検・避難用小型トンネル。その扉をこじ開けて、如月はトンネル内部へと入り込んだ。
北出口、その脇に点検用通路の出入り口はあったのだが、それはうずもれてしまっていた。
そのため、用意した爆弾でその出入り口を爆破。通路を確保することに成功した。
如月、そしてグランデの両名が内部へと入り込み、そして今。トンネル内へと入り込むことに成功したところである。
中は、にごった空気と閉じ込められたことの圧迫感とが支配し、坂本たちもぐったりとしている。
「遅くなってすまない、無事か?」
如月とともに、グランデもまたかけつけた。彼も内部の息苦しさに辟易し、ほこりっぽい空気に少々咳き込んだ。
「俺は‥‥いい。それより‥‥二人を」
エアータンクと救急セットで応急処置をしようとしたグランデだが、坂本はそれを制した。
「‥‥あとはもう、大丈夫だよ」
力づけるように、如月は坂本へと、救助を待っていた者たちへと伝えた。
:外部、住宅街。坊郵便局交差点付近。
「危ないっ! ‥‥っであります!」
空中から降り立った、有翼キメラアント。それの酸攻撃をすんでのところでかわしつつ、美空は逆襲した。
そのまま、そのこしゃくなキメラにガドリング砲の銃撃をたたきこんでやる。
さらに、別の方角から来た一派にも、同様の攻撃を食らわせてやった。
『‥‥こちら、ホアキン。陽動班応答せよ』
「こちら、美空! どうしましたでありますか!?」
『救助者三名を確保、現在撤退中』
「救出成功でありますか。ホアキンさん達も早いとこ脱出してほしいのであります」
『そちらもすぐに撤退してくれ、交信終了』
アリどもの多さに、若干辟易してきた美空たちだが、なんとかうまくいったみたいだ。
そのことが、美空にも、そして他の者たちにも、力を与えることとなった。
黒い絨毯からの脱出、それが可能だとようやく実感できたのだ。
:坊浦西、寺ヶ崎。
:入り江の一角。
そこに止められていた艇に、ホアキンとグランデは乗り込んだ。
救助用にと申請し、借りることが出来た上陸用強襲艇。あとはこの艇を動かし、脱出すればよい事。
「陽動班へ、こちら麻宮。俺たちは救助者とともに艇に乗りこんでいるが、キメラアントの群れも眼に見えて増えてきている。急いでくれ!」
『こちらナンナ、了解。待っててよ?』
無線で、ナンナたちと連絡を取り合う。やがて、すぐさま姿を現したのは、二台のトライクに一台のバイク。
そして、それを追う黒い絨毯。
「出して!」
ナンナの連絡で、艇は入り江から離れ始めた。
即座にトライクとバイク、三体のAU―KVは空中へと飛び出し‥‥艇の甲板へと着陸した。投げ出されたキリルだが、彼もまたうまく受身を取り、無傷で立ち上がる。
そして、一瞬遅くキメラアントの群れが迫り来たが‥‥一歩遅かった。
数匹が入り江から、艇へと乗り込もうとした。が、乗り込む前にアリが数匹飛び出したが、それは海面に落ち、海が存在を拒否するかのようにおぼれさせた。
艇は、水際でひしめき合っているキメラアントを尻目に、脱出に成功したのだ。
「‥‥ふう」
そして、成功とともに、安堵のため息が皆の口から漏れた。
「任務完了、これより撤退する」
ホアキンの言葉が、艇に響いた。
:その後。
坂本および二名の部下は、病院で手当を受け、命に別状はないとの診断が下された。しばらく入院し、体を休めることになるだろう。
坊津町坊には、討伐部隊があらためて出動し、町にはびこる大量のキメラアントを掃討した。
現在、坊津町坊は、無人になっている。少なくとも邪悪な巨大アリの姿はない。
黒い絨毯がなくなった坊津町坊は、ようやく静けさを取り戻した。今は、その静けさを壊すものはいない。