●リプレイ本文
「‥‥これが、そうですか」
熊谷真帆(
ga3826)の視線の先に、ヘルメットワームの残骸が転がっていた。次いで、空のカプセル。そして、ヘリコプターの残骸。
仲間たちとともに横島の地を踏んだ彼女だが、周囲の警戒を怠らず、注意を向けていた。
周辺を支配するのは、静寂。それも安堵できるような、平和を連想させるような静寂ではなく、死地に漂うようなそれ。生物全て、鼠一匹、虫一匹すら殺し尽くされ、生命の気配そのものすらも抹消させられた末に生じた、死の静寂。
この静寂も、かのアリどもが作り出したに違いない。死して静寂の一部になってなければ良いのだが。先刻から、どこか嫌な予感がしてならない。
この島から、彼を、五味隊長を救い出さなければ。それも、一刻も早く。
嫌な予感、それが外れる事を祈った。
「こちら、小屋捜索班フォビア(
ga6553)。洞窟捜索班。応答せよ」
『‥‥あー、こちら洞窟捜索班A。御守 剣清(
gb6210)。現在のところ、異常は無さげです』
少々力の抜けたような声が、フォビアの無線機から響く。
『島東部では、今のところ変わったものは見られませんですね。洞窟らしいものもなし、進展ありません』
「了解。引き続き捜索を頼む。通信終了(オーバー)」
『了解しました。通信終了(オーバー)』
それを聞いて、フォビアはため息をついた。
「ふう‥‥」
フォビアは熊谷、そしてクラリア・レスタント(
gb4258)、ウラキ(
gb4922)とともに、四人で島の中心部へと向かっていた。そこには、小屋がある。小屋、と言っても、しっかりしたつくりの観測所であり、頑丈な建物ではある。そこに五味が避難している可能性は高い。
「‥‥この一人を」
ウラキが、静かにつぶやいた。
「この一人を、助けられるか。‥‥そこに、大きな意味がある」
「‥‥ウラキ、さん?」
クラリアはウラキの、恋人のつぶやきを戸惑いとともに聞いていた。
しかし、ウラキは顔をわずかにしかめていた。前の任務で負った怪我が、まだ癒えていないのだろう。
「ウラキさん。病み上がりなんですから‥‥余り無理しないで下さいね」
脇に寄り添ったクラリアが、ウラキを気遣う言葉をかけた。
「彼女の言うとおり、無理は禁物ですよ。ウラキさん」
クラリアの言葉に、熊谷が続ける。そして、自分自身に言い聞かせるように言った。
「助けに来たのに、逆に犠牲者が増えた。なんてことは避けなくちゃあいけませんからね」
そして、心の中で思い、誓った。この島が地獄だとしても、これ以上誰も死なせないし、殺させない、と。
『こちら、洞窟探索班B。リュドレイク(
ga8720)』
その誓いとともに、再び連絡が。
『島西側を探索中、洞窟を発見しました。これより探索を行います』
洞窟を前にして、リュドレイクに同行していた二人の仲間‥‥赤き瞳と髪を持つ熱血漢、天原大地(
gb5927)。褐色の肌を持った長身の美丈夫、ムーグ・リード(
gc0402)‥‥は、周辺を警戒していた。
内部に光は入らない。先刻からずっと探査の眼を発動させているリュドレイクは、暗視スコープを用いて暗闇へ目を凝らしたが‥‥やはり何も見えない。
しかし、何かにおう。物理的な臭気ではなく、どこか殺気めいた、精神を刺激する、眼に見えぬ危険の前兆のようなにおいが、漂ってきているのだ。
「人の気配どころか、動物の気配も無し、ですか」
「‥‥この中には居ないのか? 俺が探しに入っても良いけど、どうする?」
天原の言葉に、リュドレイクは周辺を見回した。
「ムーグ、どう思う?」
「‥‥コノ、中、隊長、サンハ、イ、ナイ、思イ、マス」
リュドレイクの問いかけに、は、優しげで穏やかな口調で返答した。
「周リ、枝、草。折レタ、跡、踏ンダ、跡、ナイ、カラ、デス」
言われてみれば、細かい木の枝や下生えの雑草などに注目したら、折れたり踏んだりした跡がまったく見られない。そして当然、足跡も無い。
いや、人や獣のそれとは異なる、奇妙な何かの痕跡が認められた。
「‥‥デモ、動物、違ウ‥‥ナニ、カノ、足跡、アリ、マス」
「足跡? これが‥‥?」
その刹那。リュドレイクの顔が神妙にして、警戒を含んだそれに。その警戒の先には、洞窟内の暗黒。
それを悟った二人は、すぐに洞窟から離れ、周辺を警戒した。
虫の羽音らしき何か、いやらしい音が、三人の耳に伝わってくる。
それとともに、洞窟の奥。そこから邪悪の「黒」に染まったゆがんだ生命、虫の姿を模ったおぞましき命が、白日の下に現れ出でた。
「こちらにも、五味さんは居ませんっと」
「‥‥アリも、見当たらないな」
御守の言葉に、カララク(
gb1394)は相槌を打った。
島の西側にも、いくつかの洞窟を発見した。が、今のところはその全ては空振り。いくつかには、内部に潜みうごめいているのを発見した。‥‥アリから逃げてきた、動物が入り込んでいたのを。
傷だらけの猪の親子。子供は軽傷だったが、母親が血みどろで息も絶え絶えの状態だった。誰が、否、何がその親子を襲ったのかは言うまでも無い。
「‥‥行きましょうか」
「‥‥ああ」
カララクは見た。御守が一瞬、ほんの一瞬だけだが、猪の母親を見て、ある表情を浮かべたのを。
その表情は、渾然となっていた。激しい怒りと、悲しみとが。
「?」
だが、カララクが眼を転じた、次の瞬間。
そこに、おぞましきものを発見した。
「へっ、上等ッ! 灼かれてぇ奴からかかって来い!」
羽アリが洞窟内部から這い出てくると同時に、天原は覚醒した。金色が、髪を染め瞳に宿ったのだ。振るった腕に握るは、「蛍火」。鋭き刃が彼の金色を受け、頼もしく光った。
リュドレイクもまた、「鬼蛍」を抜いた。その刃の鋭さは、彼の冷静さが形になったかのよう。
ムーグの武器は、「番天印」。高き命中精度を誇る銃器。その銃口から放たれる弾丸は、羽アリどもを地獄へ送り飛ばすに足る威力を持つ。
彼らの武装の恐ろしさを知らぬアリどもは、洞窟から飛び出し、飛翔した。蟻酸を吐き散らしたが、それは能力者たちの足元を溶かすにとどまった。
「!」
それ以上の攻撃が来る前に、ムーグの番天印が火を噴いた。掃射された弾丸が、数多くのキメラへと放たれて、その身体を覆う邪な甲殻を貫通した。
が、掃射を逃れたアリが三匹、悪夢のように這いずり回り、ガチガチと顎を鳴らして迫り来る。アリどもへ、天原は投げかけた。歪んだ笑みとあざけりを。
「おいおいアリさん、オヤツはこっちだぜ!! 来やがれ!」
アリが飛び掛る、その直前。
一瞬、空気が張り詰め、空気そのものが凍り、そして一瞬で、刃が空気を切断される。
続き、天原の蛍火の刃がアリへと襲い掛かった。アリの一匹の首が、切断音とともに両断され、そのまま果てた。
二匹目が、一匹目の敵を取らんと六本脚で跳躍した。 が、その攻撃を軽くかわした天原は、絶妙のタイミングで刃を振り払った。
二匹目のアリは、胴体に刃を受けたのだ。切断音と感触が伝わり、天原は二匹目が息絶えた事も、刃を通し感じ取った。
その隣には、三匹目のアリと戦うリュドレイクの姿が。
アリの大顎が、リュドレイクの剣、鬼蛍の刀身をくわえ込む。しかし彼は落ち着き払い、刃を縦に切り上げた。頭部を縦に両断され、三匹目もまた沈黙。
そして、周囲にも沈黙がまた訪れた。
「‥‥他、ノ、ミンナ。大丈、夫デ、ショ、ウカ?」
ムーグの言葉が、その沈黙を破った。救うべき隊長はここに居ない。となると、どこに?
その答えが、無線機よりもたらされた。
『こちらクラリア、五味さんを発見! 羽アリの襲撃を受けています! 可能ならば、掩護に来てください!』
五味は、覚悟を決めていた。
小屋に篭城し、なんとか今までは生き延びる事ができた。幸運も、味方してくれたに違いない。
だが、それもどうやら尽きかけたようだ。アリは蟻酸でバリケードを溶かし、小屋内部へと侵入してきた。
二階へと上がり、そこから逃走をはかった。が、そこにもアリが二匹先回りしており、逃げ場所をふさいだ。
助かる確率はゼロ。武器も無く、退路も無い。いや、逃げる体力すら、そもそも無い。
「‥‥どうやら、ここまでか」
だが、ただでは死ぬものか。飛び掛らんとするアリと心中しようと、最後の武器であるナイフを握り締めた、次の瞬間。
「!?」
アリの体から、体液の飛沫が飛び散った。誰かが、遠距離からの狙撃を仕掛けたのだ。
二匹のアリが狙撃され、汚らしい体液を飛び散らせながら地面に落ちる様子を、五味は信じられない気持ちとともに見つめていた。
「こ、れは‥‥?」
更に信じられない事が、続き発生した。アリの残りが小屋から撤退し、別の方向へと向かっていったのだ。
二階の窓からその方向へと視線を向けると、その先には一人の少女が、そしてそれに向かい飛んで、あるいは走って飛び掛ろうとするアリの群れがあった。
セーラー服にケブラーのジャケットを着た、長い黒髪の少女。しかしその手には、大振りなガトリング砲を構えている。
無謀だ、逃げろ。そういう言葉を発しそうになったが、五味はすぐにその必要が無いことを悟った。
「!」
ガトリング砲の束ねられた砲身から、強烈な弾丸が発射されたのを見たのだ。それは容赦なく、アリどもへと浴びせかけられ、アリどもを撃ち抜き、貫き、薙ぎ払い、破壊していく。
その光景に衝撃を受け、そして安堵を覚えた、その時。
「五味さん‥‥ですね?」
後ろから、声をかけられた。そして彼は、聞きたかった言葉を聞いた。
「助けに来ました」
フォビアの言葉を、五味は聞いていた。
カララクの拳銃、ラグエルから放たれた弾丸が、その場に居た羽アリの一匹に命中し、翼を打ち抜いた。そして、もう一発。飛行能力を失ったアリは、そのまま地面へと落下した。
さらに接近してくる二匹のアリに対し、カララクは拳銃の二連射をお見舞いする。
二匹の羽アリは眉間を打ち抜かれ、そのまま地面に叩き落され、果てた。
御守の視線の先には、低空を舞うアリの姿が。
「‥‥切り捨てる」
御守は、鞘に収めたままの刀で、宙に浮かぶアリへと突撃した。
弾丸のように飛ばした蟻酸、それを見切りかわした御守は、「迅雷」で間合いをつめ、「疾風」の一撃をこしゃくなアリへと放つ!
「刹那」の力が、御守の刃に更なる切れ味を付加し、アリを葬った。
アリの命が消えたと同時に、御守は刀を鞘へと戻し、確認した。‥‥近くに居るアリ全てを、葬った事を。
「‥‥御守、これを」
カララクの言葉に、御守は周囲を見回す。
洞窟の内部。そこには、縦横無尽に「それ」があったのだ。
そして、血にまみれたあるものも、そこにはあった。それは、山と盛られた肉片。間違いなく、最初の犠牲になった隊員と、この島の動物たちの成れの果てだろう。遺体からむしりとられ、ここに積まれたに違いあるまい。
「ちゃんと弔いたいですが、ちょっと無理そうなので‥‥勘弁してください」
静かに言葉を紡ぎ、彼は肉片の傍に閃光手榴弾を置き、安全装置を外した。
洞窟から脱出する際。御守とカララクは、後ろを振り向かなかった。
手榴弾の爆発が洞窟内部を炎で包み込み、全てを焼き払う事を二人は願っていた。洞窟内に産み付けられた、無数の卵が焼き払われる事を。
「じきに、ヘリが迎えに来ます」
フォビアが、五味へと説明していた。
「君たちの‥‥仲間は?」苦しそうな声で、五味はたずねた。
「大丈夫です。さっきの照明弾で、他の二班に撤退する事は伝わったはずですから」
今、熊谷たちは五味を連れ、ヘリが着陸する場所へと移動していた。五味は過労と栄養失調で、ろくに歩けない。そのため、ウラキが背負っていた。
あともう少しで、ヘリの着陸地点にたどり着く。それまでもう少し‥‥!
だが、潜んでいた数匹のアリが、いきなり近くの木々の中から出現した。
「はっ!」
熊谷のガトリングが掃射され、アリを吹き飛ばした。接近してきたフォビアのゲイルナイフが、アリの甲殻を切り裂く。
だが、そのうちの数匹が、ウラキへと襲い掛かった。うち一匹が、蟻酸を吐きかける。
「危ない!」
迅速を用い、クラリアがウラキ、そしてウラキが背負う五味のもとへと割って入った。
クラリアの腕に装着されたエンジェルシールド、それが酸を受けとめる。酸の大多数は盾によって防がれたが、防ぎきれなかった分が飛び散り、クラリアへと容赦なく襲いかかる。
「あっっ‥‥づ!‥‥くぅ!」
衣服を侵蝕し、酸がクラリアの肌を焼く。
「クラリアさん!」ウラキが叫んだ。
が、クラリアは持ち直し、己の武器を、機械剣ウリエルの斬撃を放つ!
「灼け!ウリエル!」
エアスマッシュ、持てる力をウリエルの刃に込め、クラリアはアリの身体に必殺の一撃を切り込む! その攻撃を受けたアリは倒れ、動きを止めた。
残るアリは、全てがフォビアと熊谷により一掃された。
「クラリアさん、大丈夫か?」
「え、ええ‥‥大丈夫‥‥」
ウラキの声に、痛みを無理やり押し込めつつクラリアは答えた。
だが、安心するのはまだ早い。
羽アリの群れ、その羽音が聞こえてくるのだ。それは徐々に近づいてきている。
「急ぎましょう、でないと‥‥!」
フォビアの言葉、それを最後まで聞く必要は無かった。
クラリアが心配なウラキではあったが、今はその時ではない。必死に感情を押し込め、立ち上がった。
「大丈夫、今のところ近くには他のアリは居ないみたい。さあ、早く!」
熊谷の言葉に、一行は更に進んだ。
ただ、走った。後ろを振り返る事無く。
「任務完了。これより帰還します」
パイロットが連絡を入れ、ヘリが基地へと飛ぶ。
救出された五味は、眠りについていた。そしてその様子を、救出した能力者全員が見守っていた。
五味の目じりには、一筋の涙が。帰還出来た事の嬉しさもあるが、それ以外の理由‥‥仲間を失った事の無念さ、キメラの力の前に屈しかけた事の無念さ。それがある事は明らか。そして、それを全員が感じ取っていた。
またも、尊い犠牲が、地球人の命が奪われ、失われた。そして、失ってしまったものは、二度と取り戻せない。
それでも、たった一人だけでも生き残れた事、そしてそれを救えた事は、僥倖だった。
横島には、この直後にミサイルが打ち込まれ、島ごと焼き払われる。カララクと御守の報告を聞き、卵とアリの早急な殲滅を重く見た当局が決定した事だ。バグアのキメラは、人の命のみならず、島という自然と、そこに住まう動植物の命までをも奪ったのだ。
その尊い犠牲は、計り知れない。そしてこの犠牲を決して無駄にしないと、能力者たちは改めて誓った。
羽アリの潜んでいた地獄は、離れていくヘリに無言の別れを告げているかのように、たたずんでいた。