タイトル:羽アリ地獄からの脱出マスター:塩田多弾砲

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/29 08:38

●オープニング本文


 大分県、鶴御崎、横島。
 そこに、何かが流れ着いた。そのために、数名の犠牲者が出るはめになった。
 いや、数名で済んだのはある意味幸運なのかもしれない。もしもこれが沿岸の都市部に流れ着いていたなら、犠牲者は数十倍、数百倍に膨れ上がったかもしれないのだ。

 数日前。ヘルメットワームの一隊がこの海域を通過。
 それを発見したUPC部隊は攻撃開始。ヘルメットワームと交戦し、敵機を破壊・撃墜した。
 その後。横島に、墜落したヘルメットワームの一機が漂っているのを哨戒機が発見した。その通達を受け、地上部隊は横島へと急行した。
 そこで彼らは、キメラに遭遇した。

 横島は、無人島。かつては釣り愛好家にとって人気の場所であり、釣り船が行き来しては釣り客を運んだものだった。
 島内には、民間の施設や建造物などは無い。以前から無人島だった事も原因の一つだが、九州のこの海域は激戦区であり、何か、あるいは誰かが居続ける事は危険であったからだ。
 UPCが基地を仮設し、海域に展開したバグア軍のヘルメットワーム部隊を迎撃せんと作戦を実行した事もあったが、以後は撤退し、何事も無く現在まで至っている。
 記録では、何も無い。そのはずである。
 
 ヘリは、横島の南端近くへ着陸。操縦士と隊員一名を残し、隊長の五味と四名の隊員たちは海岸へと向かった。
 そしてすぐに、海岸の岩礁に打ち上げられていたヘルメットワームを発見した。
「ふむ、海上に墜落した後、波間を漂っていたらしいな」
 五味は、ヘルメットワームの残骸を注意深く検分する。エンジン部をはじめとして、機体の大部分は修理の仕様も無く、完全に破壊されていたのだ。
 唯一、コックピットまわりはかろうじて原型を保っていた。が、それでもひどいものだった。キャノビーには穴が開き、内部にはかなり傷ついたバグア兵士が、死体になって座っていた。明らかにヘルメットワームの操縦士だろう。
「‥‥?」
「どうした?」
 五味が隊員の一人に問いかけた。
「見てください、この部分。まるで破損したというより、腐蝕したかのようです」
 彼が指摘したとおり、コックピットの破損部分は、明らかに溶けた状態になっていた。
「それに、バグア兵の死体にも、異常が見られます。まるで‥‥何かに捕食されたかのように」
 見ると、確かにその通り。何かにか見つかれたかのように、ズタズタの状態でそこにあった。二体あるうちの一体は、頭部はほとんど原型を保っていない。まるで‥‥酸を浴びてしまったかのように。
「隊長! こちらにカプセルを発見しました!」
 別の隊員の声に従い、五味はそちらに向った。波間に漂うカプセルが、いくつも岸へと打ち寄せられている。カプセルは全て蓋が開き、中身は空だった。
「‥‥ふむ‥‥?」
 嫌な予感が、五味の頭の中で形をとり始めた。
「‥‥このカプセルは、連中が運んでいたものに相違なかろう。しかし、中身は空。この中に入っていた何かが、バグア兵を血祭りに上げたのだとしたら‥‥」
 嫌な予感が、更に強まる。それは、ほぼ確信と化していた。
「すぐに、戻った方が良いかもしれんな」
 だが、時は既に遅かった。

 最初に、遠くから聞こえてきた発砲音。
 それを聞き、五味は無線でヘリに連絡を入れた。が、応答が無い。すぐに隊を率いてヘリの元へと戻ると。
 そこには、二つの死体と、壊れたヘリがあるだけだった。
「た、隊長?」
 隊員が、恐怖と驚きとを交ぜた声を上げた。
 ヘリは、所々が腐蝕して使い物にならなくなっていた。ローターは基部から溶かされ、ボディもあちこちに大きな穴が開いている。その様子は、火を近づけて溶けかけたロウ細工のように見えた。
 そのコックピットには、操縦士が座ったままだった。‥‥顔の部分が焼けただれ、全身の肉を何かにむしりとられたような姿になって。
 フロントガラスもまた、腐蝕していた。さっきのヘルメットワームのそれのように。
「いったい、これは‥‥」
 どういう事か、考えをめぐらせる。
 腐蝕したヘルメットワームに、全身をついばまれて食い殺されたようなバグア兵。
 それと同じく、腐蝕したヘリに、やはり同じく食い殺されたような死体。
 これらから、導き出される答えは一つ。
「‥‥間違いない、あのカプセルに入っていた何かの仕業に違いない!」

「‥‥という連絡が、昨日に入ってきました」
 鶴御崎の基地。五味の連絡を受けた副隊長、鴉崎が事の次第を伝えていた。
「五味隊長は、ヘリの無線機で事の次第を連絡してきました。が、すぐに何かが襲われたようで、連絡が途絶えました。それ以後、何度連絡を入れたところで全く応答が無いのです」
 最後の通信は『待て、あれはなんだ? 空から何かが‥‥うわあっ!』
 当然、すぐに救助部隊を派遣した。が、確かに南端の海岸に着陸したものの、発見できたのは壊れたヘリと隊員二名の遺体、新たに四名の隊員の遺体。そして放置されたヘルメットワームの残骸にバグアの腐乱死体、およびカプセル。
 五味隊長の遺体が見当たらないために、島の深部へと進もうとしたその時。
 バグアのキメラが出現し、襲撃してきたのだ。
「我々は応戦しました。が、やつらは硬い甲殻を持ち、口から酸を吐き出して、空を飛び襲撃してくるのです。ヘリに逃げ込み空へ逃れたと思いきや、ローターを溶かされてヘリはそのまま海に墜落してしまいました。なんとかヘリの救命ボートに乗り込み、陸までたどり着いて事なきを得ましたが‥‥」
 隊長の生死を確認できていない。もしも生きていたら、すぐに助けに向わねばならない。
「しかし、これ以上はヘリも人名も犠牲にはできません。どうか能力者諸氏の力で、隊長の生死の確認と、生存していたらその救出、そしてバグアが持ち込んだキメラの殲滅をお願いしたいのです」
 キメラの特徴はと言うと、巨大な昆虫の姿をしていたらしい。
「それはまるで、ハチ、もしくは羽蟻のようでした。少なくとも、それが飛び回り、口から酸を吐き出してヘリを溶かし壊したのです」
 襲撃を受けつつも、彼らは映像記録を撮っていた。画面が揺れて見難く、どんな姿か判然とはしない。
 ようやくちらりと、キメラが画面内に入った。すかさず一時停止すると、そこにはぼやけてはいるが、キメラの大体の全身像が判明した。
 一見それは、ハチのように見えた。が、黒光りする甲殻の様子から、それがハチよりも羽アリのようだと見て取れた。
「このキメラを倒してもらいたいのです。総数はわかりませんが、少なくとも十匹以上は居るはず。一般兵士では対抗できません。参加していただけるのなら、すぐに準備を願います」

●参加者一覧

熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

「‥‥これが、そうですか」
 熊谷真帆(ga3826)の視線の先に、ヘルメットワームの残骸が転がっていた。次いで、空のカプセル。そして、ヘリコプターの残骸。
 仲間たちとともに横島の地を踏んだ彼女だが、周囲の警戒を怠らず、注意を向けていた。
 周辺を支配するのは、静寂。それも安堵できるような、平和を連想させるような静寂ではなく、死地に漂うようなそれ。生物全て、鼠一匹、虫一匹すら殺し尽くされ、生命の気配そのものすらも抹消させられた末に生じた、死の静寂。
 この静寂も、かのアリどもが作り出したに違いない。死して静寂の一部になってなければ良いのだが。先刻から、どこか嫌な予感がしてならない。
 この島から、彼を、五味隊長を救い出さなければ。それも、一刻も早く。
 嫌な予感、それが外れる事を祈った。

「こちら、小屋捜索班フォビア(ga6553)。洞窟捜索班。応答せよ」
『‥‥あー、こちら洞窟捜索班A。御守 剣清(gb6210)。現在のところ、異常は無さげです』
 少々力の抜けたような声が、フォビアの無線機から響く。
『島東部では、今のところ変わったものは見られませんですね。洞窟らしいものもなし、進展ありません』
「了解。引き続き捜索を頼む。通信終了(オーバー)」
『了解しました。通信終了(オーバー)』
 それを聞いて、フォビアはため息をついた。
 「ふう‥‥」
 フォビアは熊谷、そしてクラリア・レスタント(gb4258)、ウラキ(gb4922)とともに、四人で島の中心部へと向かっていた。そこには、小屋がある。小屋、と言っても、しっかりしたつくりの観測所であり、頑丈な建物ではある。そこに五味が避難している可能性は高い。
「‥‥この一人を」
 ウラキが、静かにつぶやいた。
「この一人を、助けられるか。‥‥そこに、大きな意味がある」
「‥‥ウラキ、さん?」
 クラリアはウラキの、恋人のつぶやきを戸惑いとともに聞いていた。
 しかし、ウラキは顔をわずかにしかめていた。前の任務で負った怪我が、まだ癒えていないのだろう。
「ウラキさん。病み上がりなんですから‥‥余り無理しないで下さいね」
 脇に寄り添ったクラリアが、ウラキを気遣う言葉をかけた。
「彼女の言うとおり、無理は禁物ですよ。ウラキさん」
 クラリアの言葉に、熊谷が続ける。そして、自分自身に言い聞かせるように言った。
「助けに来たのに、逆に犠牲者が増えた。なんてことは避けなくちゃあいけませんからね」
 そして、心の中で思い、誓った。この島が地獄だとしても、これ以上誰も死なせないし、殺させない、と。
『こちら、洞窟探索班B。リュドレイク(ga8720)』
 その誓いとともに、再び連絡が。
『島西側を探索中、洞窟を発見しました。これより探索を行います』

 洞窟を前にして、リュドレイクに同行していた二人の仲間‥‥赤き瞳と髪を持つ熱血漢、天原大地(gb5927)。褐色の肌を持った長身の美丈夫、ムーグ・リード(gc0402)‥‥は、周辺を警戒していた。
 内部に光は入らない。先刻からずっと探査の眼を発動させているリュドレイクは、暗視スコープを用いて暗闇へ目を凝らしたが‥‥やはり何も見えない。
 しかし、何かにおう。物理的な臭気ではなく、どこか殺気めいた、精神を刺激する、眼に見えぬ危険の前兆のようなにおいが、漂ってきているのだ。
「人の気配どころか、動物の気配も無し、ですか」
「‥‥この中には居ないのか? 俺が探しに入っても良いけど、どうする?」
 天原の言葉に、リュドレイクは周辺を見回した。
「ムーグ、どう思う?」
「‥‥コノ、中、隊長、サンハ、イ、ナイ、思イ、マス」
 リュドレイクの問いかけに、は、優しげで穏やかな口調で返答した。
「周リ、枝、草。折レタ、跡、踏ンダ、跡、ナイ、カラ、デス」
 言われてみれば、細かい木の枝や下生えの雑草などに注目したら、折れたり踏んだりした跡がまったく見られない。そして当然、足跡も無い。
 いや、人や獣のそれとは異なる、奇妙な何かの痕跡が認められた。
「‥‥デモ、動物、違ウ‥‥ナニ、カノ、足跡、アリ、マス」
「足跡? これが‥‥?」
 その刹那。リュドレイクの顔が神妙にして、警戒を含んだそれに。その警戒の先には、洞窟内の暗黒。
 それを悟った二人は、すぐに洞窟から離れ、周辺を警戒した。
 虫の羽音らしき何か、いやらしい音が、三人の耳に伝わってくる。
 それとともに、洞窟の奥。そこから邪悪の「黒」に染まったゆがんだ生命、虫の姿を模ったおぞましき命が、白日の下に現れ出でた。
 
「こちらにも、五味さんは居ませんっと」
「‥‥アリも、見当たらないな」
 御守の言葉に、カララク(gb1394)は相槌を打った。
 島の西側にも、いくつかの洞窟を発見した。が、今のところはその全ては空振り。いくつかには、内部に潜みうごめいているのを発見した。‥‥アリから逃げてきた、動物が入り込んでいたのを。
 傷だらけの猪の親子。子供は軽傷だったが、母親が血みどろで息も絶え絶えの状態だった。誰が、否、何がその親子を襲ったのかは言うまでも無い。
「‥‥行きましょうか」
「‥‥ああ」
 カララクは見た。御守が一瞬、ほんの一瞬だけだが、猪の母親を見て、ある表情を浮かべたのを。
 その表情は、渾然となっていた。激しい怒りと、悲しみとが。
「?」
 だが、カララクが眼を転じた、次の瞬間。
 そこに、おぞましきものを発見した。

「へっ、上等ッ! 灼かれてぇ奴からかかって来い!」
 羽アリが洞窟内部から這い出てくると同時に、天原は覚醒した。金色が、髪を染め瞳に宿ったのだ。振るった腕に握るは、「蛍火」。鋭き刃が彼の金色を受け、頼もしく光った。
 リュドレイクもまた、「鬼蛍」を抜いた。その刃の鋭さは、彼の冷静さが形になったかのよう。
 ムーグの武器は、「番天印」。高き命中精度を誇る銃器。その銃口から放たれる弾丸は、羽アリどもを地獄へ送り飛ばすに足る威力を持つ。
 彼らの武装の恐ろしさを知らぬアリどもは、洞窟から飛び出し、飛翔した。蟻酸を吐き散らしたが、それは能力者たちの足元を溶かすにとどまった。
「!」
 それ以上の攻撃が来る前に、ムーグの番天印が火を噴いた。掃射された弾丸が、数多くのキメラへと放たれて、その身体を覆う邪な甲殻を貫通した。
 が、掃射を逃れたアリが三匹、悪夢のように這いずり回り、ガチガチと顎を鳴らして迫り来る。アリどもへ、天原は投げかけた。歪んだ笑みとあざけりを。
「おいおいアリさん、オヤツはこっちだぜ!! 来やがれ!」
 アリが飛び掛る、その直前。
 一瞬、空気が張り詰め、空気そのものが凍り、そして一瞬で、刃が空気を切断される。
 続き、天原の蛍火の刃がアリへと襲い掛かった。アリの一匹の首が、切断音とともに両断され、そのまま果てた。
 二匹目が、一匹目の敵を取らんと六本脚で跳躍した。 が、その攻撃を軽くかわした天原は、絶妙のタイミングで刃を振り払った。
 二匹目のアリは、胴体に刃を受けたのだ。切断音と感触が伝わり、天原は二匹目が息絶えた事も、刃を通し感じ取った。
 その隣には、三匹目のアリと戦うリュドレイクの姿が。
 アリの大顎が、リュドレイクの剣、鬼蛍の刀身をくわえ込む。しかし彼は落ち着き払い、刃を縦に切り上げた。頭部を縦に両断され、三匹目もまた沈黙。
 そして、周囲にも沈黙がまた訪れた。
「‥‥他、ノ、ミンナ。大丈、夫デ、ショ、ウカ?」
 ムーグの言葉が、その沈黙を破った。救うべき隊長はここに居ない。となると、どこに?
 その答えが、無線機よりもたらされた。
『こちらクラリア、五味さんを発見! 羽アリの襲撃を受けています! 可能ならば、掩護に来てください!』

 五味は、覚悟を決めていた。
 小屋に篭城し、なんとか今までは生き延びる事ができた。幸運も、味方してくれたに違いない。
 だが、それもどうやら尽きかけたようだ。アリは蟻酸でバリケードを溶かし、小屋内部へと侵入してきた。
 二階へと上がり、そこから逃走をはかった。が、そこにもアリが二匹先回りしており、逃げ場所をふさいだ。
 助かる確率はゼロ。武器も無く、退路も無い。いや、逃げる体力すら、そもそも無い。
「‥‥どうやら、ここまでか」
 だが、ただでは死ぬものか。飛び掛らんとするアリと心中しようと、最後の武器であるナイフを握り締めた、次の瞬間。
「!?」
 アリの体から、体液の飛沫が飛び散った。誰かが、遠距離からの狙撃を仕掛けたのだ。
 二匹のアリが狙撃され、汚らしい体液を飛び散らせながら地面に落ちる様子を、五味は信じられない気持ちとともに見つめていた。
「こ、れは‥‥?」
 更に信じられない事が、続き発生した。アリの残りが小屋から撤退し、別の方向へと向かっていったのだ。
 二階の窓からその方向へと視線を向けると、その先には一人の少女が、そしてそれに向かい飛んで、あるいは走って飛び掛ろうとするアリの群れがあった。
 セーラー服にケブラーのジャケットを着た、長い黒髪の少女。しかしその手には、大振りなガトリング砲を構えている。
 無謀だ、逃げろ。そういう言葉を発しそうになったが、五味はすぐにその必要が無いことを悟った。
「!」
 ガトリング砲の束ねられた砲身から、強烈な弾丸が発射されたのを見たのだ。それは容赦なく、アリどもへと浴びせかけられ、アリどもを撃ち抜き、貫き、薙ぎ払い、破壊していく。
 その光景に衝撃を受け、そして安堵を覚えた、その時。
「五味さん‥‥ですね?」
 後ろから、声をかけられた。そして彼は、聞きたかった言葉を聞いた。
「助けに来ました」
 フォビアの言葉を、五味は聞いていた。

 カララクの拳銃、ラグエルから放たれた弾丸が、その場に居た羽アリの一匹に命中し、翼を打ち抜いた。そして、もう一発。飛行能力を失ったアリは、そのまま地面へと落下した。
 さらに接近してくる二匹のアリに対し、カララクは拳銃の二連射をお見舞いする。
 二匹の羽アリは眉間を打ち抜かれ、そのまま地面に叩き落され、果てた。
 御守の視線の先には、低空を舞うアリの姿が。
「‥‥切り捨てる」
 御守は、鞘に収めたままの刀で、宙に浮かぶアリへと突撃した。
 弾丸のように飛ばした蟻酸、それを見切りかわした御守は、「迅雷」で間合いをつめ、「疾風」の一撃をこしゃくなアリへと放つ! 
「刹那」の力が、御守の刃に更なる切れ味を付加し、アリを葬った。
 アリの命が消えたと同時に、御守は刀を鞘へと戻し、確認した。‥‥近くに居るアリ全てを、葬った事を。
「‥‥御守、これを」
カララクの言葉に、御守は周囲を見回す。
 洞窟の内部。そこには、縦横無尽に「それ」があったのだ。
 そして、血にまみれたあるものも、そこにはあった。それは、山と盛られた肉片。間違いなく、最初の犠牲になった隊員と、この島の動物たちの成れの果てだろう。遺体からむしりとられ、ここに積まれたに違いあるまい。
「ちゃんと弔いたいですが、ちょっと無理そうなので‥‥勘弁してください」
 静かに言葉を紡ぎ、彼は肉片の傍に閃光手榴弾を置き、安全装置を外した。
 洞窟から脱出する際。御守とカララクは、後ろを振り向かなかった。
 手榴弾の爆発が洞窟内部を炎で包み込み、全てを焼き払う事を二人は願っていた。洞窟内に産み付けられた、無数の卵が焼き払われる事を。

「じきに、ヘリが迎えに来ます」
 フォビアが、五味へと説明していた。
「君たちの‥‥仲間は?」苦しそうな声で、五味はたずねた。
「大丈夫です。さっきの照明弾で、他の二班に撤退する事は伝わったはずですから」
 今、熊谷たちは五味を連れ、ヘリが着陸する場所へと移動していた。五味は過労と栄養失調で、ろくに歩けない。そのため、ウラキが背負っていた。
 あともう少しで、ヘリの着陸地点にたどり着く。それまでもう少し‥‥!
 だが、潜んでいた数匹のアリが、いきなり近くの木々の中から出現した。
「はっ!」
 熊谷のガトリングが掃射され、アリを吹き飛ばした。接近してきたフォビアのゲイルナイフが、アリの甲殻を切り裂く。
 だが、そのうちの数匹が、ウラキへと襲い掛かった。うち一匹が、蟻酸を吐きかける。
「危ない!」
 迅速を用い、クラリアがウラキ、そしてウラキが背負う五味のもとへと割って入った。
 クラリアの腕に装着されたエンジェルシールド、それが酸を受けとめる。酸の大多数は盾によって防がれたが、防ぎきれなかった分が飛び散り、クラリアへと容赦なく襲いかかる。
「あっっ‥‥づ!‥‥くぅ!」
 衣服を侵蝕し、酸がクラリアの肌を焼く。
「クラリアさん!」ウラキが叫んだ。
が、クラリアは持ち直し、己の武器を、機械剣ウリエルの斬撃を放つ!
「灼け!ウリエル!」
 エアスマッシュ、持てる力をウリエルの刃に込め、クラリアはアリの身体に必殺の一撃を切り込む! その攻撃を受けたアリは倒れ、動きを止めた。
 残るアリは、全てがフォビアと熊谷により一掃された。
「クラリアさん、大丈夫か?」
「え、ええ‥‥大丈夫‥‥」
 ウラキの声に、痛みを無理やり押し込めつつクラリアは答えた。
 だが、安心するのはまだ早い。
 羽アリの群れ、その羽音が聞こえてくるのだ。それは徐々に近づいてきている。
「急ぎましょう、でないと‥‥!」
 フォビアの言葉、それを最後まで聞く必要は無かった。
 クラリアが心配なウラキではあったが、今はその時ではない。必死に感情を押し込め、立ち上がった。
「大丈夫、今のところ近くには他のアリは居ないみたい。さあ、早く!」
 熊谷の言葉に、一行は更に進んだ。
 ただ、走った。後ろを振り返る事無く。

「任務完了。これより帰還します」
 パイロットが連絡を入れ、ヘリが基地へと飛ぶ。
 救出された五味は、眠りについていた。そしてその様子を、救出した能力者全員が見守っていた。
 五味の目じりには、一筋の涙が。帰還出来た事の嬉しさもあるが、それ以外の理由‥‥仲間を失った事の無念さ、キメラの力の前に屈しかけた事の無念さ。それがある事は明らか。そして、それを全員が感じ取っていた。
 またも、尊い犠牲が、地球人の命が奪われ、失われた。そして、失ってしまったものは、二度と取り戻せない。
 それでも、たった一人だけでも生き残れた事、そしてそれを救えた事は、僥倖だった。
 横島には、この直後にミサイルが打ち込まれ、島ごと焼き払われる。カララクと御守の報告を聞き、卵とアリの早急な殲滅を重く見た当局が決定した事だ。バグアのキメラは、人の命のみならず、島という自然と、そこに住まう動植物の命までをも奪ったのだ。
 その尊い犠牲は、計り知れない。そしてこの犠牲を決して無駄にしないと、能力者たちは改めて誓った。
 羽アリの潜んでいた地獄は、離れていくヘリに無言の別れを告げているかのように、たたずんでいた。