●リプレイ本文
「現在、警戒空域を飛行中。レーダーには今のところ、反応ありませんです」
九州、鷲巣岳近辺。
四羽の鷲が、空を飛んでいた。ナイトフォーゲル、UPCの四羽の鷲が。
その一機に搭乗しているのは、熊谷真帆(
ga3826)。ナイトフォーゲルXF−08D雷電を駆る少女は、機体へと新たに装着した、情報収集用の機器を気にしていた。
偵察装備は、借り出せた。後に返却する予定だが、それまでに役に立ってくれればいいのだが。
重装甲の空飛ぶ戦闘マシンは、見るからに分厚い装甲と巨体。
雷電とともに夜空を飛ぶは、CD−016シュテルンが二機と、XF−08Aミカガミが一機。
十二の可変翼を備えた、白銀の天使・シュテルン。
空を切り裂く、バグアを討つ刃の煌き・ミカガミ。
「こちら、祠堂 晃弥(
gb3631)。異常なし」
ミカガミのパイロットから、真帆の雷電へと連絡が入った。
「セージ(
ga3997)。同じく異常はねーぜ」
「こちら絶斗(
ga9337)。変わりはない」
「了解です。引き続き、偵察任務を続行しますです」
真帆の返答とともに、雷電は旋回した。
山岳地帯を、徒歩で進む四名の能力者たち。
太陽が落ちた暗き空が、不安を醸し出している。鈴葉・シロウ(
ga4772)は、黒木山の地図を見直し、空を行く仲間たちを見送った。
「敵がどこから出てくるかわからない、困ったもんです」
手元の電灯で、現在位置を確認した。自分らが現在どこに居るかは分っている。が、彼らは迷っていた。探すべきものが見つからないという意味で、悩み迷っていた。
シロウの隣で、白き肌の美丈夫、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)がつぶやいた。
「基地があるだろうと思われる地点は、UPCの偵察部隊が予想してはいる。が‥‥」
その予想は、今のところ当たっていない。様々な戦いを潜り抜けてきたユーリではあったが、それでも不安を感じずにはいられなかった。全快していない己の身体、負傷の痛みが、その不安を後押しする。
「‥‥少し、休むといい。気を張り詰めてい続けたら、身体に悪い‥‥」
そんな彼をフォローせんと、城田二三男(
gb0620)は周囲の警戒を緩めずに声をかけた。
そうだ、今回ユーリは本調子ではない。お互いに助け合わないことには、ヘルメットワームのAMOを殲滅させる事など、不可能だろう。
「そうですね、一休みしましょう」番天印、SES内臓の銃を手にしたシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)もまた、城田に賛同した。
しかし、この一休みが終わったその時。重要にして重大な、戦いの局面が訪れる。何の気なしに、皆の心の中にはそのような予想めいた確信があった。
木の陰や、岩の脇など。目立たぬ場所をめいめいで選び、彼らは休息をとり始める。
わずかな休息。しかし、ユーリにとっては重要な休息。
仲間たちは、大丈夫なのだろうか。この作戦は、成功するのだろうか。
夜空の闇のように、不安が溜まっていく。それを払おうと努力したが、ユーリからそれは離れようとしなかった。
「レーダーに反応! やっこさん、見つけたぜ!」
セージの声が通信機を通じ、真帆の耳に届いた。
同時に、対空砲による迎撃。旋回してそれを回避した各機は、同じく戦闘態勢をとった。
「対空砲? どこから?」
「あそこからだ!」
祠堂が指摘した、黒木山の尾根。そこには、偽装された対空砲が鎮座。その周囲には、数機のヘルメットワームAMO‥‥彼らが追い求めていたもの存在し、稼動していた。見たところ、六〜七機ほどか。
「ちっ、これは‥‥なんと言うか‥‥まるで、クモとカニの合成だな‥‥」
セージはつぶやいたが、内心では自分の言葉を否定していた。確かにヘルメットワームを胴体に頂き、数本の長い脚で胴を支えつつ歩く姿は、カニやクモ、もしくは昆虫めいていた。だが、その外見がキリンや駝鳥や恐竜、竹馬を履いた人間よりか、いくらかクモやカニに似ているというだけにすぎない。見ようによっては、足を長く伸ばしたタコやイカにも見える。
少なくとも、目前のそれは六本の脚で身体を支え、二本の腕を有している。腕の先には、マニピュレーターが作業用のオプションを取り付け、今まさに作業の真っ最中。新たな対空砲を設置し、偽装するという作業にかかずらっていたのだ。
だが、四体のナイトフォーゲルは着地し、地上戦闘へと移行した。対空砲が設置されているなら、地上で戦わない事には不利。それに、地上での接近戦で、敵の能力を見極める事が出来るかもしれない。
「見つけたぞ‥‥勝負だ‥‥!」
敵の力は未だ未知数。しかし、絶望を超えた闘志の輝きが、絶斗の瞳にきらめく。彼は愛機シュテルンを、一番手近な機体へと向かわせた。
そいつの武装は、偶然にも絶斗のシュテルンと同様、爪状の武器。切断にも、突貫にも用いるのみならず、折りたたむと殴打にも用いる事ができる。
そいつの爪は、赤かった。勝手に「赤爪」と名づけた絶斗は、シュテルンのプレスティシモで殴りつけた。が、「赤爪」が殴りかかるのも、また同時。
シュテルンの爪と、「赤爪」の爪とが、同時に互いの胴体を傷つける。ガリガリという金属同士がこすれあう音が、互いのボディに傷を付け合った。
他のヘルメットワームもまた、真帆、祠堂、ユージのナイトフォーゲルへと攻撃をしかけんとアクションを起こした。こちらの武器は、マニピュレーターに仕込まれた銃に、重作業用のアーム。そして胴体部は、青色に塗装されている。
だが、さすがに戦闘用装備でないためか。それの動きはどこかぎこちなさを感じる。
そして、戦いの中。四機を残し、残りが退却し始めた。
「!? これは、チャンスかもしれませんです」
真帆がひらめいた。彼女のKV・雷電は、AMOからの攻撃を受けている。分厚い装甲が、敵からの銃撃を受け止め弾く。が、それでもやはり、直撃を食らい続けたくはない。早く連絡をしないと。
「こちら熊谷真帆、聞こえますですか?」
地上班への連絡投げる。それは、彼女とともに戦う仲間たちへの作戦開始ののろしも同様。
あえて逃げる、あるいは逃がす事もなく、手加減せずに戦えるというコト。もっとも、戦いそのものを生き残れる補償はどこにもないわけだが。
「現在、敵ヘルメットワーム部隊を発見、交戦中。一機逃げます。それを追跡してください。その先に、基地への入り口があるはずです」
『‥‥こちら、鈴葉。了解! 追跡します‥‥』
連絡が交わされ、真帆は少々安堵した。「少々」であり、本当はろくすっぽ安心は出来ない状態ではあったが。
「それでも」と、真帆は思った。「それでも、安心して暮らせる未来のために! 明日のために!」
がんばってくださいです、みなさん! 最後に、心の中で付け加えると、彼女は目前の敵に、ヘルメットアームAMOへと向かっていった。
胴体部が青色の機体は、ひとつは腕部分が球状のハンマーになっている。別の一体は、ドリルとウインチ状のアーム。そして、回転ノコ。
「ドリル」がセージへ、そして「回転ノコ」と「ハンマー」が真帆へと迫っている。祠堂は後方で、いつでも支援、そして撤退できるようにと、あたりに注意していた。今回の任務は、あくまで「調査」。囮になってできるだけ時間を稼がないと。
セージのシュテルン、ないしはストライクシールドが、ドリルを受け止める。「ドリル」の回転する螺旋は、そのまま相手を貫かんとするが、堅牢なる盾がそれを受け止め、受け流した。
「そら、お返しだ!」
ヒートディフェンダーで、あえて装甲が厚そうな場所を狙うが、やはりそれほど堪えてはいない。
「ちっ、全く効いてちゃいねぇ‥‥こりゃ手加減する必要なかったか?」
同じく、「回転ノコ」と「ハンマー」が、真帆の雷電へと打ちかかった。回避は容易なれど、真帆はあえてその攻撃を受け止めた。が、雷電の重装甲の前には、ハンマーは弾かれ、回転ノコギリの刃は歯が立たず、ついには折れてしまった。
「‥‥どうやら、装備自体はそれほど堅牢で強力とは言えなさそうです」
しかし、真帆とセージはともかく、絶斗のシュテルンへと向かった機体は、そうでもなかった。
絶斗はシュテルンを巧みに操り、冷静に、かつ正確に、相手へと攻撃する。が、「赤爪」もまた負けてはいない。そいつのフットワークもまた素早く、また同時に予想外の動きをするもの。おそらく、「赤爪」が一対の腕と脚を持っていれば、戦闘力はほぼ互角。
が、そいつの脚は六。しかも、予想外の動きをするもの。
「!」更に殴りかかったシュテルンの一撃を、脚を畳んで下方へとしゃがんでかわした「赤爪」は、そのまま脚を伸ばし、空中へと跳躍した。
「くっ、逃がすか!」
落ちてきたところを、ガドリングナックルでぶち抜く。そう考えていたところだが。
そいつは、落ちなかった。落ちたのは、否、落としたのはヘルメットアームの、AMO部分のみ。そしてそれは、抱えこむようにしてシュテルンを包み、動かなくさせようとした。
「こういう使い方もあるとはっ‥‥だが!」
だが、カブトガニなど強力な装甲を有する生物は、腹の部分は弱いもの。それを証明せんと、絶斗はシュテルン、ないしはその武装を作動させた。
「ガドリングナックル! 食らえ!」
食らわせた。そしてそれは、一撃でAMOの中心部をぶち抜き、破壊した。
そう、破壊はした。が、本体は既に逃走していたのだ。破壊したのは、脱ぎ捨てた殻、トカゲの尻尾。捨て去っても構わない部分。
ここで「逃がすか!」と、普通ならば追跡するところだったが。「赤爪」の本体ヘルメットワームは、そのまま逃走してしまった。
「お、真下ってさり気無く死角か?」
抜け目無く、セージが敵の特徴を捉える。下方からのゼロ距離攻撃が、どうやら弱点になりそうだと彼は発見したのだ。
「セージさん、弱点を発見したみたいなのですね‥‥きゃあっ!」
真帆が最後に、悲鳴を上げた。二体がかりで雷電にのしかかられ、押し倒されたのだ。
KVの頭部へ、「ハンマー」と「回転ノコ」の武装が迫りつつあった。
シロウ、ユーリ、シン、城田。
四人は、先刻に最初に逃げたヘルメットワームを追い、そしてそいつが帰還した洞窟を発見していた。
歩哨は立っていたが、申し訳程度にしか立っていない。当然だろう。ここまで人間が来て、攻撃しようなどとは考えていないだろうから。
人間をなめきったバグアの所業に、城田は怒りを感じていた。
「‥‥無理はするなよ‥‥こちらもなるべくフォローはするが、な‥‥」
ユーリの体調に気を使いつつ、城田は周囲へと目を配るのを怠らない。
「ああ、すまない‥‥くっ」
痛むのか、ユーリは時々顔をしかめている。
「それにしても‥‥」と、シロウは発見した基地を見てつぶやいた。
そこは、基本的に洞窟だが、入り口をより大きく、そして深く掘り下げたような場所。その周辺には、更に十機程度のヘルメットワームAMOが待機し、そのうちの二〜三機が作業を行っている。
よく見たら、洞窟入り口の両脇には、監視塔が立てられていたのだ。動いているAMOは、それらを整備か、あるいは建て直しているのか。監視塔には、銃が取り付けられていた。
内部に入り込むのは、今の情報だけでは足りなさ過ぎるし、時間も、そして人数も少なすぎる。他に入り口があれば、そこから入り込めもするだろうが、調べる時間があるのだろうか。何より、ユーリは本調子ではない。
「無理して、潜入すべきでしょうか。それとも、場所の確認ができただけでもよしとして、このまま一度撤退するべきでしょうか‥‥」
シロウがそれを口にした、その時。
「鈴葉くん、あれを!」
シンが、あるものを指差した。
「山‥‥? まさか、山が!? これはッ!」
それを見たシロウは戦慄し、ユーリは驚愕し、城田は唖然とした。
「‥‥報告書で、目にした事がある。あれは確か‥‥」
唖然とした城田は、それを口にした。
トカラ列島・諏訪之瀬島に、バグアが設置したという報告があった、悪魔の兵器。
「城田君も、知ってるんですね」と、シン。
「ああ、あれはまさしく『ナバロン砲』だ!」
「その程度! 効きませんです!」
雷電のパワーを全開にして、ヘルメットアームAMOを振りほどく真帆。しかし、既にヘルメットワーム本体は分離し、空中に逃れて帰還していた。
「ふう‥‥どうやら、当初の目的は果たせたみたいですね」
逃げ戻るヘルメットワームを見つつ、真帆はため息をついた。
「先刻に、城田たちからも連絡が入った。基地を発見した、ってな。まだ中までは入っちゃいないようだが」セージが、真帆へと知らせる。
「‥‥で、俺たちは帰還するのか?」と、絶斗。
「そうね、けどその前に、このAMOの残骸を少し拾っていきましょうです。何かの手がかりになるかもしれません」
真帆が拾い始めたのを見て、祠堂もそれにならった。ならいつつ、頭の中でこの敵についてをまとめてみる。
:「クモやカニのような姿」
:「六本脚は歩行、二本の脚はつかみ腕」
:「ジャンプ力は優れている」
:「装甲が厚い部分があるが、決して倒せないわけではない」
:「真下部分が死角で、その地点から攻撃すると歩兵でも倒せる」
:「しかし、すぐに本体が分離してしまう」
「‥‥と、こんな感じか」
しかし、祠堂は先刻から奇妙な胸騒ぎを感じていた。嫌な予感を、強く感じていたのだ。
『‥‥皆さん! すぐに逃げて!』
その予感が、的中した。再び城田たちからの、それも切迫した口調での連絡が入ってきたのだ。
そして、数秒後。
真帆たちがいたその場所には、巨大なエネルギー砲が打ち込まれていた。
「で? 彼らは無事だったのか?」
UPCのこの事件に関する担当官が、副官へと心配そうに問う。
「はい。あと数分、いや、数秒遅ければ、KVに搭乗していた四名はナバロン砲の直撃を受けていた事でしょう。警告を受けて、すぐに変形し空へと逃れたため、難を逃れられたのですが」
今は全員無事に、司令基地へと帰還し、手当てを受けているという。
UPCは基地を発見した城田たちからの報告で、黒木山の山頂部に、巨大な砲が隠されていたのを知ったの。
「ナバロン砲」という、巨大砲を。それを設置し砲撃する事で、国東半島の勢力圏を拡大する。それが、彼らの目的だったに相違あるまい。
「‥‥これは、早急に基地とナバロン砲の攻略が必要だな。すぐに攻略のための作戦を立案するんだ! そして、基地へと偵察部隊を送り、詳細な情報をもってこい!」
既に、バグアが一歩リードしていた。これを覆せなければ、九州に展開している我々は、負ける。
今回活躍してくれた彼らには、すぐにまた、戦いに赴いてもらわねば。担当官は苦々しく、そう思った。