●リプレイ本文
「全員経験済みですか‥。人の命を奪ったという事実は、幼い彼らに過ぎた重荷でしょう‥‥」
子供達に会う前に資料に目を通していたエシック・ランカスター(
gc4778)は目の前が真っ黒になる気がした。
「‥こ‥しちゃったんだね」
瑞姫・イェーガー(
ga9347)も表情に陰を落として小さく呟く。
「戦禍の犠牲になった子供達と戦いしか知らない傭兵達が交流する‥‥実に美しいですね」
重苦しい空気の中、ガナドゥール(
gc1152)がそんな言葉を口にした。
「ところで、エシックさんはこの子達の事件に関わっていたと聞きました。そこであなた自身も子供を手かけたと‥」
「‥‥そうです。あらゆる効率を重視して俺が子供を殺害した事実は変わりません。それでも彼等の生存を喜ぶ心も事実です」
「では、今日は罪滅ぼしに来られたのですかな? もしそれが自身の負い目からの行動ならば、それは代替行為でしかない。自分を美化するのは実に気持ち良い事ですからな。それは結局は自分の為。そんなあなたが果たして子供達の心を救えますかな」
「それは‥‥」
自分が子供の笑顔を求める事はエゴではないかとエシック自身も思っていたため何も言い返せない。
「いやはや、このような人が混ざっているとは‥正気を疑いますな。私なら民間のカウンセラーに任せますがね」
ガナドゥールが喜色をたたえた目でエシックを蔑む。
「ガナドゥール、故意ではないとはいえ‥いや、故意ではないからこそ子供を手に掛けたエシックさんの心にはしこりが残っている事だろう。だが‥拙僧はそれでいいと思うよぅ。生きるっていう事はそういう事だからねぃ。それに、違った生が誰にでもあり得た事を思うと‥‥子供達も、エシックさんも、誰だって、犠牲者なのかもしれんよぅ?」
ゼンラー(
gb8572)が苦い物を感じつつも厳しい目でガナドゥールを諭した。
「‥‥十年前、僕は親友と妹を為す術もなく殺されたことを忘れないように、様々な憎しみで置き換えてきました。自らを憎み、同情してくれた人すら憎んで‥‥真に僕の痛みを理解する人などいない、と‥‥」
国谷 真彼(
ga2331)がやや辛そうに自分の過去を語り出す。
「世の中は矛盾に満ちている。最も殺した者が生き残り、最も傷つけた者が傷ついている。触れられたくないのに人を求めて‥‥何一つ理解できないのに、僕はそれを知っている。だから‥誰か求め、癒されたい、そう思う気持ちは決して罪ではないと‥‥僕はそう思いたいです」
「‥‥どうやら私は少し口が過ぎたようですね。お許し下さいランカスターさん」
「いえ‥‥」
エシックはガナドゥールの謝罪に応じたが、その表情はまだ暗い。
「ランカスター、私はここの子供達に癒して貰えた。癒す事で癒される事もある。それは代替行為ではないと、私は思うぞ」
「‥‥ありがとう、マチュアさん」
エシックはマチュア・ロイシィ(gz0354)の言葉に微かに笑みでもって応えた。
「マチは、強いな‥‥。ぼくなんてこころがおれちゃってこんななんだ」
瑞姫の顔付きが妙に幼くなっている。
どうやらまだ癒え切れていない心の傷が少し開き、精神をやや幼児化させた様だ。
「皆さん。動物達を連れてきました」
やがて待合室の扉が開いて看護士が顔を見せた。
「わー可愛いぃ〜♪」
弓亜 石榴(
ga0468)が真っ先に動物達を受け取りに行く。
「これは子供達に分けてあげてほしいねぃ」
ゼンラーは持参したぬいぐるみ、ミニカー、KV少女等を寄付した。
「あら、ありがとうございます。あ、でもこれはちょっと‥‥」
看護士に感謝されたが、KV少女だけは苦笑いで返される。
「そうかい? では、そろそろ行こうかねぃ」
KV少女だけは引っ込め、代わりに犬達のリードを受け取ったゼンラーが皆を促す。
「その前にゼンラー君、服を着てください」
だが国谷が引き止め、甚平を渡す。
そう、ゼンラーはほぼ全裸だったのだ。
「‥‥着ないとだめだよねぃ‥?」
「当然です」
「もちろん」
「非常識極まりないですな」
「子供に変な物を見せるな!」
「むぅ‥‥」
皆からつっこまれたゼンラーは渋々甚平を纏った。
中庭に行くと、もう子供達が待っていた。
「‥‥来た」
「何あれ? 変なのがいるよ」
「ロバかな?」
「ボク知ってる。アルパカっていうんだ」
子供達が動物を見て騒ぎ出す。
「アリアさん、トムさん、リックさん、ケビンさんですね。初めまして、エシックです、今日はよろしくお願いします」
エシックを筆頭に傭兵達が簡単な自己紹介と動物の説明を行った。
「アルパカに餌をあげたい人はこっち来て〜♪」
石榴が呼びかけるとアリアとトムが寄ってきた。
アリアとトムは『イノセント』の拠点だった工場の地下に閉じ込められていた所を保護された子だ。
「怖がらせると唾かけられちゃうから、そっとあげてね」
「そうなの?」
2人が貰った干草を恐る恐る差し出すと、アルパカはもっしゃもっしゃと食べてくれた。
「あ、食べた」
「怖がってないのかな?」
安心した2人がどんどん餌を与える。
「つぶらな瞳やもこもこな体が可愛いねー。この時期ならきっと毛はもっふもふだし、存分にもふってみちゃおう」
「え〜」
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、ほら」
石榴が抱きついてもふってもアルパカは平気な顔で餌を食べている。
「ホントだ」
「わー」
2人も石榴を真似て抱きつく。
「ふかふか〜♪」
「気持ちいぃ〜♪」
アルパカのもこもこ具合に2人はうっとり顔だ。
「そういや跨るくらいはしても良いんだよね。私も乗れるかな?」
石榴が乗ろうすると嫌がって逃げた。
「アタシ乗りたーい」
「あの‥僕も」
「はいはい、順番ね」
子供なら乗せて歩いてくれたので2人は大満足だった。
国谷は数種類の犬達を連れてボール遊びをしていた。
「こら、ネクタイまで引っ張るんじゃないよ。あははっ」
そして犬達と戯れていると心が安らいでくるのが自覚できた。
「‥‥不思議だね。言葉がないほうが通じあえるみたいだ」
(一番癒されたいのは僕なのかも知れない‥‥)
そんな風にさえ感じてしまう。
(でも僕が癒したいのは、子供達なんだ)
心の中で動物たちにそう伝え、チラリと目を中庭のベンチに向けた。
そこには聖マーガレス学園での事件で片腕と片足を失ったリックの姿がある。
リックはじっと国立が犬達とボール遊びをしている所を見ていたが、積極的に動物と遊ぼうとはしてくれない。
(興味はあるみたいなんですけどねぇ‥‥)
リックからのアプローチを待っていた国谷だが、やはりこちらから接触を図った。
「リック君も犬達と遊んであげてくれませんか?」
「え? いいよ僕は、見てるだけで‥‥」
ボールを差し出して微笑んだが拒否された。
「犬は嫌いかい?」
「ううん。でも僕、体がこんなだし‥‥」
どうやら手足が片方ずつない事に引け目を感じているようだ。
「大丈夫だよ。ボールを投げるくらいならできるさ」
国谷は柔らかく微笑み、そっとボールを差し出した。
「‥‥やっぱりいい。僕よりお兄ちゃんが遊んであげた方が犬も喜ぶよ‥‥」
「この子たちが喜ぶかどうかなんて、やってみないとわからないさ」
国谷はそう語りかけ、リックがボールを手に取ってくれるまで待つ。
「‥‥」
やがて、リックは恐る恐るボールを取ってくれた。
するとラブラドールレトリバーがやって来て、リックの前にお座りして尻尾を振る。
「ラブがリック君と遊びたいって言ってるよ」
「‥‥ん」
リックが軽く投げると、ラブは猛ダッシュで追い駆けた。
そして咥えて帰ってくると、またリックの前にお座りしてじっと見つめてくる。
「リック君、ちゃんと持って帰ってきた時には褒めてあげないと」
「‥うん」
頭を撫でるとラブは嬉しそうに尻尾をぶんぶん振る。
それを見たリックの顔に少し笑みが浮かんだ。
「ほらっ」
今度は自主的にボールを投げ、リックはラブと遊び始める。
そして何度となくボール遊びをした後、リックは腰を降ろしてラブの頭や首周りを撫でてあげた。
「よしよし‥‥」
「ラブもすっかりリック君に懐いたね」
「‥‥うん」
ラブを撫でながら答えるリックの横顔には確かに笑顔が浮かんでいた。
「お姉ちゃーん。猫と遊ばせてー」
アルパカを堪能したアリアが今度は猫と遊びに来た。
「はい。猫だよ、アリアちゃん」
「わー可愛いぃ〜♪」
瑞姫から猫を受け取るアリア。
「ほら、アリア。これで遊んであげな」
「うん♪」
マチュアからネコじゃらしを受け取ったアリアはさっそく猫と遊びだす。
「あはは♪ ねぇ、マチュアお姉ちゃんも一緒にやろうよ〜」
「分かったよ」
「ほらほら〜♪」
マチュアと2人でネコじゃらしを操ると4人の猫達がバタバタと追い掛け回す。
「お姉ちゃん、そっちまで走ってー」
「よーし」
「あははっ♪ 猫達お姉ちゃん追っかけてる〜」
マチュアと一緒に猫と遊ぶアリアは本当に楽しそうで、まるで実の姉妹の様にも見えた。
「嬢ちゃんは、マチュアさんの事が好きなんだねぃ?」
「うん、大好き〜♪」
ゼンラーが問いかけるとアリアは笑顔で即答する。
「ははっ、そいつぁ良い事だねぃ! なんで好きなんだぃ?」
「優しいからー」
今度も即答だ。
「ふふっ、アリアちゃん。マチの支えになってあげてね」
瑞姫が微笑みかける。
「イェーガー、それは逆だろう。私がアリア支える側だ」
「そんな事ないよ。ね、アリアちゃん」
「ん〜‥‥マチュアお姉ちゃん重いから、アタシ潰れちゃうと思う」
アリアが小首を傾げて真顔で答えた。
「ぷっ!」
「あははっ!」
その答えに笑い出す瑞姫とマチュア。
「え? なに?」
「はははっ! 嬢ちゃんにはまだ難しかったかねぃ」
ゼンラーは不思議そうな顔をしているアリアの頭を撫でた。
(この年頃の子が人を手にかけたという事実はさぞや心に深いしこりを産んだだろう。大人であれば繕えはするんだろうが‥多寡はあれ、辛いだろうねぃ‥‥。だが‥子供達には早すぎただけ‥‥。だからこそ、摘んでいい芽という訳ではない。拙僧には、大樹になり得る芽だと思うのだ)
そして心の中で子供達の健やかな成長を願うのだった。
そんな楽しげなやりとりをケビンは少し離れた所から見ていた。
ケビンは聖マーガレス学園での事件で腹を銃弾で撃たれ、保護された子だ。
ケビンはずっとウサギを抱いたままじっとしている。
けれど時折猫の姿を目で追っているので、こちらに興味は持っている様である。
「ねぇ、ケビンも猫と遊ばない?」
なので瑞姫はケビンを誘ってみた。
「‥‥僕は、いいよ」
だが、ケビンにそう言って俯く。
「どうして? その子とだけじゃなく猫とも遊んであげてよ」
「‥‥ねぇ、僕よりも僕が殺した人が生き残った方が良かったんだよね?」
ケビンは瑞姫の言葉を無視して疑問を投げかけてきた。
「僕が生き残ったせいで5人も死んだんだもん。当然だよね‥‥。僕が生きている価値なんてないよね‥‥」
「ねっ、価値なんてなんて誰が決めるの」
「‥‥そんなの分かんないよ。でも僕を撃った人は僕が死にたくない、助けてって言っても‘ざけんな’って‥‥。それって人殺しの僕には生きてる価値がないって事だよね」
「それならボクもそうなのかも‥‥ボクも手にかけた相手は‥‥」
「え?」
ケビンが顔を上げ、寂しげに告げる瑞姫を見る。
「だからって過去は変えられないんだよ。だけど、死んじゃったらそこで終わりだよ」
「そうだけど‥‥僕が生きてたって‥‥」
まだ納得できていないケビンの表情は暗い。
「今は、とにかく遊ぼう。ほら、こっちから誘わないとこにゃいよ」
瑞姫は猫を連れてこようとしたが、何故か猫にはそっぽを向かれた。
「アレ、こっち来いてば」
追いかけても逃げられる。
「じゃあ、うさぎさん!」
しかしウサギにも逃げられた。
「はいはい、うさぎさんですよ〜」
その代わり、けもみみ付き帽子(うしゃぎ)と脚甲「兎蹴」を装着したエシックが現れてくれた。
「‥‥」
しかしケビンには受けなかったらしく呆然としている。
「‥‥ゴホン。どうぞ瑞姫さん」
エシックは咳払いして体裁を繕うと瑞姫にウサギを渡して素早く立ち去った。
「ウサギなら、ほら‥‥イテテ!」
瑞姫が餌をあげたら指を噛まれてしまう。
「うぅー、なんでこうなの〜‥‥」
「ふふっ‥‥」
そんな瑞姫を見てケビンは少しだけ笑みを浮かべたのだった。
一方、心に新たな傷を負ったエシックだが
「わー! おっきなウサギさーん♪」
アリアにはとても喜ばれた。
「アリアさんはホントにいい子ですね。これはアリアさんにプレゼントしますよ」
思わず感涙しそうになったエシックは『けもみみ付き帽子』をアリアに被せてあげた。
「わーい♪ ありがとー」
「さて、親睦も深まった所でカードゲームをしてはどうかねぃ?」
「それはいいですね。私も参加させていただきましょう」
その後、ゼンラーがそんな提案すると、動物や子供と遊ぶ事もなくただ微笑んでいただけのガナドゥールが賛同した。
(この男いったい何しに来たんだ?)
マチュアがいぶかしむ。
ともかくカードゲームをする事になり、皆で小型犬や猫やウサギを膝に乗せて車座に座った。
「まずは何しよっか?」
「七並べなら、僕でもできるかも‥‥」
リックの要望で最初は七並べ。
そしてポーカーや大富豪など色々なゲームを行った。
リックが片手では辛いゲームはエシックが変わりにカードを持ってあげてサポートする。
ルールを知らない子はゼンラーがサポート。
「リック、拙僧は攻め時と思うんだが‥‥」
ポーカーの時にはこっそりアドバイスもして、子供達を勝利に導く。
けれど、全員がルールを把握すると賭け事が好きなゼンラーは本領を発揮してゲームに熱中した。
そうして時は過ぎ、楽しい時間も終わりを告げる。
「マチュアお姉ちゃん、帰っちゃうの‥‥」
「また来るよ、アリア」
「‥うん」
マチュアが諭すとアリアは頷いてくれた。
「アリア君と随分と仲がいいね。僕も動物よりは女の子にモテてみたい」
「ちゃ、茶化すな」
国谷がからかうとマチュアは少し顔を赤らめた。
「‥なんてね。冗談ですよ」
国谷は恋人の口癖を真似て誤魔化したが、内心ではアリアをアーチェスの代替にしているのではないかと危惧していた。
「おじちゃん、お帽子ありがとう」
「似合っていますよ。大切にしてください」
「うん♪」
エシックがアリアの頭を撫でると笑顔を浮かべてくれる。
(殺すだの死ぬだの、そんな言葉がポンポン出てくる世の中は正直息苦しいです。少しでも平和な日常を得るために、力を尽くす)
エシックは自らの決意を再確認し、心の火が付くのを感じた。
「みんな、迷ったら、尋ねるといいよぅ。答えが出なければ一緒に悩めば良い。その為に”他人”がいるのだからねぃっ! 仲良くするんだよぅっ」
最後にゼンラーが言葉を残し、傭兵達は子供達に見送られて施設を後にしたのだった。