タイトル:【MN】私立リリア女学園マスター:真太郎
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/08/10 11:27 |
●オープニング本文
私立リリア女学園は明治創設の由緒正しき私立のお嬢様軍学校である。
(中略)
行軍の足並みは乱さぬように、抱えた小銃は揺らさぬように、整然と歩くのがここでのしきたり。
私立リリア女学園
ここは戦乙女達の園。
今日も清らかな戦乙女達が学園の門をくぐって登校してくる。
このリリア女学園には何時頃からなのかは定かではないが、自分が尊敬したり憧れたりする上級生を『お姉様』と呼ぶ風習があった。
そして現在、学園内で最も多くの下級生からお姉様と呼ばれ慕われている3年生はミユ・ベルナール(gz0022)である。
才色兼備にして頭脳明晰、スタイル抜群の現生徒会長にしてメガコーポレーションの令嬢で、完全無欠のお嬢様だ。
「お、おはようございますミユお姉様」
「おはよう」
ミユが優雅に微笑んで挨拶を返すと、声をかけた下級生の頬が微かに紅に染まる。
誰に対しても丁寧で優しく、自分の容姿をひけらかす事なく常に自然体であるミユが下級生に慕われるのは当然といえた。
「おはよう、ミユくん」
だが、一人の男が挨拶した途端、ミユの自然体が崩れた。
「あ!」
その男は中世の貴族のような服を着て、金色の仮面で顔を隠し、赤いマントを羽織るという、怪しさ全開の格好をしているが、このリリア学園の理事長である。
名前は不明だ。
ただ、理事長で通っている。
「お、おはようございます、理事長」
こんな怪しい男に挨拶をされたというに、ミユの表情は嬉しそうで微かに頬を赤く染めてさえいた。
そう、ミユはこの理事長に惚れているのだ。
でも想いを伝える事ができず、遠くから見つめたり、偶然の機会に話をする事ぐらいしかできないという可愛らしい一面もあった。
(「お姉様‥‥頬を赤く染めて瞳まで潤ませて‥‥完全に恋する乙女の顔になってしまっているわ」)
ミユには2年生の妹がいる。名はリリア・ベルナール(gz0203)。
姉と同じく才色兼備にして頭脳明晰、胸のサイズは若干姉に劣るもののスタイルも抜群。
ややおっとりした穏和な性格で、1年生からは絶大な人気を誇っている。
(「あんな顔も見せない仮面の男の何がいいと言うの? 私はこんなにもお姉様の事を想っているのに‥‥」)
だが、姉のミユに姉妹以上の愛情を求める極度のシスコンである。
(「私達は産まれた時から一緒に育てられてきた。ずーっと一緒だった。遊ぶ時も一緒。ご飯も一緒。寝る時も10歳までは一緒。お風呂も小学生の時までは一緒。学校も小中高と一緒。だからこれからもずーーっと二人で一緒に暮らしていくのだと信じていた。‥‥なのに、あんな何処の誰とも知れぬ怪しい仮面の男なんかに私のお姉様を奪われてなるものですかっ!!」)
なのでリリアは理事長の事を嫌っていた。憎んでいた。呪っていた。
リリアはそんな暗黒面も持ち合わせていたが巧みに隠しているため、今のところ学園内の誰にも知られていない。
(「あぁ‥‥リリアお姉様、今日もなんて麗しいの‥‥」)
そのリリアを草葉の陰からストーキン‥いや、熱烈に見守っている1年生がいた。
名前は小野塚 愛子(gz0218)。
顔立ちは人並み以上に整っているが目つきが悪く、暗い顔をしている事が多くて愛想がないため、せっかくの素養を生かせていない。
成績は中の上。運動神経は良いがスタイルは並。
至って普通の女生徒だが、学園に入学した初日に色々世話をしてくれたリリアに並々ならぬ情愛を抱いている。
(「長い睫。海よりも澄んだ青い瞳。綺麗に整えられた青い髪。麗しく唇。完璧な大きさと形を保ったバスト。芸術的なラインを描く腰。その全てが志向の芸術品の様な美しさですっ!!」)
本人は慕っているだけだと公言しているが傍目には熱愛している様にしか見えない。
(「そんなリリアお姉様の思慕を一身に受けるミユお姉様。あぁ! なんて憎らしいミユお姉様! 本当に憎憎憎憎らしいっ!!」)
そのためリリアが思慕するミユの事を心の底から嫌悪し、何時か抹殺しようと画策しているが、ミユを失ったリリアが深く悲しむ事を恐れて手を出せないでいた。
3年生の中にはミユとは全く違う意味で人気を持つ学生が一人いる。
名前はヴェレッタ・オリム(gz0162)。
この学園を創設したオリム家の子孫であり、軍閥名門貴族の令嬢で、ミユに勝るとも劣らぬお嬢様だ。
学業面ではミユに1歩劣るものの、実技科目は全てトップで、戦闘能力なら間違いなく学園一である。
風紀委員長を勤めているため自分に厳しく他人にも厳しいが下級生の面倒見がよく、間違った事であるなら先生であろうとも意見し、自らの正義を貫く姿に憧れる下級生も少なくない。
しかし風紀委員であるにも関わらず学園内で一番化粧が濃いぃのも彼女である。
あまりにも塗りが厚すぎて仮面を被っているのではないかと噂される程の濃ゆさなのだが、その事を言及する(できる)者は学園内には(教師であろうとも)一人もいない。
ヴェレッタは毎日誰よりも早く登校し、校門で生徒達の服装チェックと遅刻者のチェックを行っている。
そして今日も始業ベルが鳴り終わってから駆け込んでくる不心得者がいた。
「また君か‥‥。君は今週に入って既に3度目の遅刻だ」
「はい。ですから罰をお与え下さい!」
「‥‥分かった」
ヴェレッタはややうんざりした顔で平手を振りかぶった。
そして
パンッ
「あふぅん♪」
ヴェレッタの平手が女生徒の頬を打ち、女生徒が悲鳴(?)を上げる。
「明日からは気をつけるように‥‥」
「はい! ありがとうございます、ヴェレッタお姉様♪」
そして女生徒は嬉しそうに校舎へ向かった。
「はぁ〜‥‥。どうしてあぁいう生徒が後を絶たないのか‥‥」
何故かヴェレッタの平手を受けたいと言う女生徒は多いのである。
「それはきっとヴィーお姉ちゃんがカッコイイからだよ」
深々と溜め息をつくヴェレッタに、ヴェレッタの姪で1年生のビビアン・O・リデルが言う。
ビビアンはヴェレッタとは似ても似つかない程の美少女だ。
ビビアンも風紀委員なのだがおっとりとしていて背も低く、運動音痴で臆病な自分に自信がないため、何時もヴェレッタと後ろに引っ付いていた。
ただ、事務作業に関しては飛び抜けて優秀であるため風紀委員には欠かせぬ人材なのだが、本人にその自覚はない。
「こら、学園内ではお姉様と呼びなさい」
「あ、ごめんなさい、ヴェレッタお姉様」
ビビアンがちょっとしょげながら言い直す。
「では、そろそろ私達も教室に行くぞ」
ヴェレッタが滅多に見せない優しい笑みを浮かべてビビアンの頭を撫でる。
「はい」
そして2人は少し駆け足で校舎に向かった。
これはそんな戦乙女達の学園生活の1ページを綴る物語である。
この物語はフィクションであるミッドナイトサマーシナリオです。
登場する人物名、団体名は実際の人物名、団体名、実際のWTRPGの世界観と一切関係がありません。
●リプレイ本文
学生時代の勉学は役に立たない、と
そう言う者も世間では少なくない
――だが、必ず役に立つ
その時にしか見えぬもの
知れぬものが多い
これからの人生の長さから見れば
ほんの僅かな時間かもしれないが
だからこそ、のびのびと
そして他の者と触れ合うといい
――人生で唯一『他人』ではない時間を
教壇に立ったUNKNOWNはそう前置きして教本を開いた。
「では今日は12ページの‥」
しかし
「UNKNOWN!!」
突如、教室に飛び込んできた数学教師のマチュア・ロイシィがUNKNOWNを教壇から蹴飛ばした。
「お前はまた勝手に授業をして‥‥。お前は教師じゃないと何度言ったら分かるんだっ!!」
そう、UNKNOWNは
ロイヤルブラックのウェストコートとスラックス
パールホワイトの立襟のカフスシャツ
首元にはスカーレットのアスコットタイ
胸元には同色のポケットチーフ
銀と白蝶貝のアンティークなカフ
懐中時計の鎖を覗かせ
コードバンの黒皮靴と、共皮のベルト
白の手袋を身につけ
縁なしの伊達眼鏡を掛け
ダンディズム溢れる大人の色香を醸し出した格好をしているが‥‥れっきとしたリリア女学園の‘女生徒’だ。
なのに、校則違反しまくった服装で勝手に授業を始めようとする問題児なのである。
「人の授業を取るな。そういう事は放課後にやれ」
「‥‥仕方ない。今日の所は引き下がるとしよう」
「今日だけでなく永遠に引き下がれ」
マチュアはしっしと手を振ってUNKNOWNを追い払って自分の席に戻らせると教本を開いた。
「じゃ、ホントの授業を始めるぞー」
リリア女学園は一部では妙な騒動も起こるが、今日の午前の授業は何事もなく無事に終了し、お昼休みになる。
「やっと終わったぁ〜! なんで4時間目の授業ってこんなに眠いんだろうね?」
「眠い‥というより石榴、アナタ今の授業完全に寝てたでしょ」
大きく伸びをしながら尋ねてくる弓亜 石榴に小野塚 愛子が胡乱な目で見ながらつっこむ。
「寝てないよー。こー必死に睡魔と60分3本勝負の激闘をしてたんだから〜」
「そうですか? 私の席からも石榴さんは寝ていた様に見えたんですけど‥‥」
手振りを交えて言い訳する石榴だが、隣りの席のハンナ・ルーベンスからもつっこまれる。
「まぁまぁ、確かにさっきの授業は眠かったよ。だって俺も寝てたもん」
そこに依神 隼瀬がひょいと顔を出してフォローをしてくれた。
「そうだよね。あれは寝ちゃうよね〜」
「うんうん、寝て当然。寝るのが普通」
同士を見つけた石榴と隼瀬が満面の笑みで頷きあう。
「ほら、馬鹿なこと言ってないでお昼を食べるわよ」
愛子が呆れ顔をしながらカバンからお弁当を取り出す。
「皆さん、今日は天気もよろしいですし、屋上で食べませんか?」
「そだね。屋上行こっか」
ハンナの提案を受けて4人はそれぞれのお昼を手に教室を出ると、ちょうど百地・悠季と出会った。
隣りのクラス委員である悠季はハンナの友人で、ハンナと愛子の騒ぎを起こす度に口出しして止めている内に他の者とも打ち解けた仲である。
「あら、アナタ達、今日は外でお昼なの?」
「はい。あ、そうだ。よければ悠季さんもご一緒しませんか?」
「そうね‥‥。たまにはそれもいいいわね」
ハンナの誘いを受けて悠季も一行に加わった。
「ハンナ、この頃愛子と仲良いけど、良くもまあ色々解決できたみたいなの?」
悠季が屋上への道すがら、こっそりハンナに尋ねる。
最近ハンナと愛子がリリア・ベルナールを取り合って争っている等の話を耳にしなくなったのを不思議に思っていたのだ。
「はい‥‥。私気づいたんです。私は妹として御二人を慕っているのだと‥‥。恋愛の対象としてではなく、家族として‥‥。きっと私は羨んでいたんです。恋と言う名の力を得て、かくも行動できる小野塚さんの“自由”を‥‥」
ハンナは少し先を歩く愛子を眩しそうに見た。
学園の屋上では3年生の鳴神 伊織が髪を風になびかせながら空を眺めていた。
(「‥もうここに来て随分と経ちましたか。最初はどうなる事かと思いましたが、意外と何とかなるものですね」)
普通の庶民の生まれの伊織はお嬢様気質にあふれた学園の気風になかなか馴染めなかったのだ。
1年かけてようやく慣れたかと思えば、今度は下級生から『お姉様』と呼ばれる事に慣れなければならなかった。
それも1年かけて何とか慣れたが、3年生になってからは『お姉様』と呼ぶ下級生は更に増えた気がする。
(「特に尊敬される事も憧れる様な事もやっていた訳では無いというのに‥‥何故なのでしょう?」)
伊織は自分を特に面白味のない平凡な一生徒だと思っているが、剣の腕は剣道部主将の終夜・無月に匹敵し、容姿も端麗で、特にその長く艶やかだが毛先だけが銀色という神秘的な黒髪は注目と憧れの的なのだが‥‥その事を伊織自身は全く自覚していなかった。
「こんな所にいたんですか伊織さん。探しましたよ」
「終夜さん」
見ると、階段の所に無月が立っていた。
無月は文武両道で成績はトップクラス、人柄も良くて中性的な容姿と凛々しさからか色々な意味で多くの後輩から慕われ、一部熱狂的な下級生には毎日追い回される程の人気の持ち主だ。
今も追っかけらしい下級生が数人後ろにいる。
「伊織さん、以前お願いした練習試合の話は考えてくれましたか? 部じゃもう私の相手がマトモにできる子がいないんですよ」
「その話ですけど‥‥私の腕前で全国優勝の終夜さんの相手が務まると思えませんので辞‥」
「いえ、私は伊織さんの腕前は全国レベルだと思っています」
無月が伊織の言葉を遮る。
「それは買いかぶりです」
「買いかぶりかどうかは私が判断しますよ」
「‥‥」
「‥‥」
2人は真っ直ぐに互いの目を見合わせたが、伊織の方から視線を外した。
「そう言っていただけるのは光栄ですけど、やっぱり辞退します。私の剣は余人に見せる様なものではないですから‥‥」
そう言う伊織の顔はどこか寂しそうだった。
「そうですか‥‥。なら今日の所は引き下がります。でも諦めた訳ではないですから、またお願いに来ます」
無月は朗らかに微笑むと屋上を後にする。
「‥‥」
そして残された伊織はまた一人空を眺めた。
屋上の別の場所では2年生の石動 小夜子が新聞部が発行しているリリア女学園新聞を読みながらお昼を食べていた。
「うふふっ、今週もよい出来です。学園のみんなが楽しんでくれると良いのですけど‥‥」
小夜子も新聞部なのだが自ら秘密特派員に志願したため、新聞部である事は友人にも秘密にしてあった。
(「新聞部だと知られて身構えられてしまったら自然なスクープを狙えませんからね」)
「あ、石動さんだ。やっほー」
そこに石榴達5人がやって来て気軽に声をかけてきた。
学年は違うが小夜子と石榴は学園に入学する前からの友人なのである。
「あら、弓亜さんもお昼ですか?」
「うん。せっかくだから一緒してもいいかな?」
「はい、どうぞ」
小夜子は快諾して5人を招き寄せる。
「あ、それ今週のリリア新聞ですか?」
隼瀬が目聡く小夜子の新聞に目を止める。
「はい。よければ読みますか?」
「読む読む〜♪」
嬉しそうに新聞を受け取る隼瀬の姿に小夜子も嬉しくなる。
「へぇ〜今週は『学園の女王ミユ・ベルナールの優雅な寝姿』か」
「ミユ姉様の記事ですか?」
「どれどれ‥‥」
「ふ〜ん‥‥」
ハンナや悠季は興味を惹かれた様だが、愛子は宿敵であるミユの事なので完全に無関心だ。
もしこれがミユでなくリリアなら、誰よりも早く記事に飛びついていただろう。
「‥‥どうですか?」
隼瀬の感想が気になる小夜子がさり気なく尋ねる。
「う〜ん‥‥イマイチ」
「え! そ、そうなんですか?」
「だって、優雅な寝姿って書いてあるからてっきりネグリジェ姿か何かだと思ってたのに、ただ机に突っ伏してるだけなんだもん」
「あら、ホントですね」
「で、でも‥‥ミユ様が居眠りする姿なんて十分珍しくありませんか?」
「そうですけど‥‥このミユ姉様。目を開けておられますよ」
「え? そんな‥‥」
写真を見ると確かにミユの目は開いている。
「な〜んだ今回もやっぱりヤラセのガセネタか」
(「はぅ!」)
事実を突かれた小夜子の心に痛みが走る。
「前回の『遂に明かされた理事長の素顔!』も完全に別人だったしね」
「あれはミユ姉様がほんとーーに残念がっていましたわ」
(「あぅ!」)
「最近のリリア新聞の記事ってパッとしないのが多いよね」
「たとえガセネタでも記事が面白ければ救いもあるのですが‥‥」
(「‥‥シクシク」)
容赦ない本音の感想に小夜子の心はボロボロになったが
「そ、そうですね。次はもっと面白い記事だといいですよね」
秘密特派員としては顔で笑って心で泣くしかなかった。
「そんな事より、早くお昼を食べないと昼休みが終わってしまうわよ」
愛子が我関せずお弁当の蓋を開ける。
「愛子ちゃん。アタシ今月は金欠だからサンドイッチしか買えなかったんだ‥‥」
石榴がそう言って捨てられたオオサンショウウオの様な目で愛子を見つめてくる。
「おかずくらい分けてあげるから、その気持ち悪い目を止めなさい!」
愛子が心底嫌そうな顔をしながら唐揚げを分け与える。
「ありがとう愛子ちゃん〜♪ 愛子ちゃんって優しいから大好きー!」
「ふ‥ふん! お、おだてたってこれ以上は何もあげないわよ」
愛子はそう言ってそっぽを向いたが、その頬は微かに赤らんでおり、大好きと言われて照れているのは誰の目にも明らかである。
「じゃあ、そのお茶貰った!」
石榴は愛子の紙パックのお茶のストローに食いついて一気に吸い上げた。
「あぁーー!! 飲むなーー!!」
愛子が慌てて取り上げたが、ほとんど飲み尽くされた後である。
「‥これっていわゆる間接キスだね♪」
「か、顔を赤らめるんじゃないわよ! 気持ち悪い‥‥」
「そういう愛子ちゃんも赤いよ」
「わ、私は暑いからよ!」
そんなたわいない2人のやりとりを他の4人は微笑ましく眺めるのだった。
リリア・ベルナールは食堂でクラスメートの月神陽子とクレア・エアハルト(クラーク・エアハルト)と昼食を共にしていた。
「リリアさん。先日お話しした『生徒会役員のドキドキ1日密着取材』の件、考えて下さいました?」
「ミユ様からは既に許可を頂いていますので、後は副会長のリリアさんの許可をいただければ正式な企画案として成立するんですけど」
『生徒会役員のドキドキ1日密着取材』とは、その名の通り生徒会役員‥というより、ミユとリリアに一日中くっついて色んな場所に顔を突っ込み、彼女達の嬉し恥かしい場面を写真に残して取材するという、新聞部と光画部の合同企画である。
そう、陽子とクレアは光画部なのだ。
なので2人は卒業アルバムに使う授業風景の写真撮影という名目で常にカメラを持ち歩いている。
もちろん撮影する時は被写体から許可を得ているが、一部生徒に人気のお姉様の写真は横流ししたりしていた。
「その件なのですけど‥‥私の日常なんてつまらないものですし‥‥一日中密着されるというのも恥ずかしいですし‥‥やはり私は辞‥」
「リリアさん。先日の学園祭でのミユ会長の写真‥20枚で手を打ちませんか?」
陽子は魔法の様に何処からともなく写真を取りだしてリリアの言葉を遮った。
陽子は常に現像した写真を多数持ち歩いており、相手との撮影許可交渉でも(好きな人の)写真何枚という単位で行い、ニッコリ微笑みながら黒い交渉を持ちかける事を得意としていた。
「ぁ‥‥」
リリアの目が写真に釘付けになる。
どうやって撮ったのかは不明だが、ミユが談笑する姿、運動着姿、スクール水着姿、欠伸をする姿、ちょっと恥ずかしげに照れた姿等、レアなミユの姿の数々が写っていたからだ。
「密着取材と言っても学園内だけですし、本当に密着する訳じゃありません。私達は陰から見守る様なものです。もちろん写真は撮らせて貰いますけど、撮った写真は全てリリアさんに確認していただきますし、ダメな写真は絶対に表には出しませんよ」
すかさずクレアが後押し。
「‥‥わ、分かりました。取材、お受けします」
微かに頬を赤らめて頷いたリリアの手にはミユの写真がしっかりと握られていた。
陽子はそんなリリアの姿もキッチリ写真に収める。
きっとこの写真も取り合いになる程の人気を博すだろう。
「じゃあ話も纏まった事ですし、今日もやりますか」
クレアがトランプを取り出して3人に配り始める。
3人は何時もお昼休みに次の日のお昼の食券を賭けてのポーカー対決をしているのだ。
「今週は陽子さんが負け越してますね」
「今日も勝たせて貰いますよ、部長」
「ふふっ、今日は勝ちますわ」
最初はクレアが気まぐれに始めた事だったのだが、今ではすっかり日課になってしまっている。
たぶん、勝ち負けはあまり関係ない。
きっと3人でするゲームが楽しいから続けているのだろう。
生徒指導室では風紀委員長であるヴェレッタ・オリムの他、副委員長で2年生の水上・未早と、1年生のベル 、1年生のアーク・ウイング、 1年生の南 星(南十星)、1年生のビビアン・O・リデルが集まって会議を行っていた。
「本日の議題ですが、保健室が一部生徒によって私物化されつつあると言う情報が入ってきています。まずは事実確認をする必要があると思いますので、放課後 に何人か確認してきて欲しいのですが、誰か行って下さる人はいますか?」
「私でよければ行かせていただきます」
「はーい。アーちゃんも行きたいです」
「えと‥私も‥‥」
議題を読み上げた未早が一同の顔を見渡すと、星とアークとビビアンが手を挙げた。
「では、この件は3人に頼む」
「それでは次の議題ですが‥‥」
そして未早が次の議題についての説明を始めると、ベルが真剣な表情で未早の見つめた。
より正確には、ベルは会議が始まった時からずっと未早の事だけを見つめ続けていた。
そう、ベルは未早に想いを寄せているのだ。
(「あの長くて綺麗な黒い髪‥そして誰に対しても落ち着いておしとやかな物腰で接する未早先輩‥‥何時見ても素敵です〜〜♪」)
なので今も未早を見つめながら内心ではこんな事を考えていたりする。
ベルの未早への想いはあまりにも強く、何時も未早の事を考え、目で追い、後を付け回し、物陰から常に見守り、時折暴走してしまう事もある程だ。
「ん? ちょっとベルちゃん。ちゃんと話を聞いてる?」
ベルの熱視線に気づいた未早が尋ねる。
(「未早先輩が名前を呼んでくれたぁ〜!!」)
と感激している場合ではない。未早は今ベルを咎めているのだ。
もちろん未早に見とれているだけだったベルは話の内容などほとんど覚えていない。
「あの‥‥ご、ごめんなさい。少しぼーっとしていて、聞いていませんでした‥‥」
「まったく‥‥会議の時は集中しなくてはダメよ」
未早がベルの額を指先でツンと突つく。
――バキューン!
それだけでベルの心は完全に撃ち砕かれた。
心臓は6万ビートで鼓動を刻み、脳味噌は沸点を越え、完全にメロメロのふにゃふにゃになる。
(「未早先輩に叱って貰えた! しかもおでこをツンってされちゃったぁー!! これならあわよくば今流行の平手打ちなんかも‥‥キャ〜〜〜!!♪」)
ここまで来るともう変態と言っていい領域にまで達しているベルだった。
そんなこんなでお昼の定例会議が終わり、個々人が教室に向かおうとした時、
「中佐ー、ちょっといい」
アークがビビアンに声をかけてきた。
アークは何故かビビアンを中佐、ヴェレッタをオリム閣下と呼ぶのだ。
理由を聞くと、ヴェレッタは風紀委員のトップだから、ビビアンはヴェレッタの姪だから、という事らしいが、それもよく分からない理由である。
「あのね。実は中佐にコレを渡してくれって頼まれたんだ」
アークがビビアンに差し出した物は可愛らしい便箋の手紙であった。
「え!? こ、こ、これってもしかして‥‥」
「きっとラブレターだと思うよ」
「えぇぇーーーーーーーーーー!!」
今までラブレターなど貰った事がないビビアンは顔を真っ赤にして驚いた。
(「くくくっ、驚いてる驚いてる」)
そんなビビアンを見て、アークは内心でほくそえんだ。
なぜならそのラブレターはアークがビビアンを引っ掛ける為に自分で偽造した物だからだ。
「ど、ど、ど、どうしようアーちゃん‥‥」
「とりあえず読んでみたら」
「そ、そ、そうだね‥‥」
ビビアンがもたもたと手紙を開けて読む始めると、その顔がどんどん赤くなってゆく。
「わ、わ、私の事がずっと好きで、会っていきなり告白するとビックリするだろうから、まずは手紙でって書いてあるよぉーー!!」
「へぇー良かったね」
「良くないよ! こ、困るよこんなの‥‥。ねぇ、どんな人からコレ貰ったの?」
「それがアーちゃんも人づてに渡されたから知らないの」
ビビアンのうろたえ振りを密かに楽しみながらアークが嘘吹く。
「そんなぁ〜‥‥」
「で、いつ告白しに行きますとか書いてあるの?」
「ううん、それはない」
「じゃあ今は告白された時の返事を考えておきなよ。もしかしたら今日の放課後にも来るかもしれないしね」
「ぇ、ぁ‥‥うん。そ、そうだね‥‥そうだけど‥‥うぅぅ‥‥どうしたらいいんだろぉ‥‥はぅぅ〜‥‥あぅぅ〜‥‥」
ビビアンは湯気が拭き出しそうな頭を抱えて、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと頼りない足取りで教室に戻っていった。
「あははっ、やっぱり中佐のリアクションは面白いなぁ〜。さーて、次は閣下にこの事を知らせないと。閣下はどんな反応するのかなぁ〜」
ビビアンを十分にからかったアークも上機嫌でその場を後にしたのだが
「‥‥なるほど、これは面白い事になってきた」
近くの物陰でほくそえむ女生徒がいた事には気づかなかった。
そして午後の授業も終わって放課後。
3年生で保険委員長のクラリッサ・メディスンはクラスメートのミユ・ベルナールを保健室に引きずり込もうとしていた。
「今日はリリアさんも光画部に付きっ切りでいませんし、ミユさんも急ぎの仕事はないんですよね。こういう時ぐらいは私達とのおしゃべりに付き合っていただきますわ」
「もう、仕方ないわね‥‥」
保健室に来ると、養護教諭のリサ・クラウドマンと、2年のフィオナ・フレーバーと、2年の百瀬 香澄と、悠季がいた。
フィオナは病弱なため保健室の常連で、今日も昼休みからずっとベットで寝ている。
香澄は少々病弱なお嬢様‥に見えるが、普段は猫を被っているだけのサボり魔で、保健室の常連の一人だ。
悠季はただお茶菓子を食べて話をしに来るだけの常連客である。
「香澄さん、またサボリですか?」
「まーまーカタいこと言いっこなし」
香澄はリサや保健室の常連には猫被りが既にバレているので素で通している。
「それに今日は他の用事もあるしね」
香澄が意味深な笑みを浮かべる。
「ミユ様、クラリッサ様、お茶とお菓子をどうぞ」
悠季が椅子に座った2人にお茶と手作りのクッキーを出す。
「百地さーん。私にもお茶とクッキー貰える?」
「フィオナさん、治ったのならもう帰りなさい」
「ううん。まだ少し体調が悪いの。だからまだここに居るー」
クッキーをパクつきながら言われても説得力がないが、フィオナが病弱なのは本当なのでこれ以上強くは出られない。
「はぁ〜‥‥」
リサは養護教諭としては優秀で生徒にも慕われているのだが、御人好しが過ぎるため少しなめられ気味なのが悩みの種だった。
フィオナなどは自分の病弱さを利用して私物のうーぱーるーぱーの抱き枕ぬいぐるみと小説各種を保健室に置いている。
クラリッサも珈琲紅茶などの飲み物からお茶菓子まで持ち込んでいた。
「ミユさん。最近理事長とはどうですの?」
「ぇ?」
クラリッサからの予期せぬ質問にミユの手からクッキーがポロリと落ちる。
「ど‥どうとは?」
「もちろん! 理事長と仲が進展したのかどうかって事です」
悠季が力強く尋ね直す。
「そ、そんな事はべつに‥その‥‥どうともなってないわ」
「はぁぁ〜〜〜‥‥」
ミユがもじもじと返事をすると、周囲から盛大な溜め息が幾つも漏れた。
「‥‥見つめてばかりじゃ何も変わらないと思いますわね。思い切って踏み出す勇気が必要ですわよ」
「そんなこと言われても‥‥どうすればいいのか分からないのだもの‥‥」
ミユがしょんぼりした様子でクッキーをちびちび食べる。
「まずはもっと2人で会う機会を増やす事ですわ。せっかく生徒会長という立場にいるのですから何かと用事を作って理事長室に赴くべきです。もし私がミユさんで、理事長が兵衛さんなら‥‥」
そこで話題が急にクラリサッサと許婚の事になった。
クラリッサと許婚関係は大変良好ノラブラブで、その話題になると途端に饒舌になるのだ。
「ふーん、クラリッサ様はそんな感じなんだ。あたしとアルはね‥‥」
そこに悠季も自分と恋人との馴れ初めやイチャイチャっぷりを話し出し、クラリッサと2人で惚気話に終始し始める。
時折キワドイ話にもなったりするのだが、惚気話は基本的に聞いていてもあまり面白いモノではないので他の者は少々食傷気味だ。
「失礼しまーす」
星とアークとビビアンがやってきたのは、そんな時だった。
「クラリッサ様、保健室自分の部屋のようにしてはいけないと、前から言ってるじゃありませんか」
星が前回来た時と様変わりしていない室内を見て溜め息をつく。
「私としては必要と思える物を持ち込んでいるだけで、私物化しているつもりはないのですけれど‥‥。とりあえずお茶でも如何? 悠季さんの手作りクッキーもありますよ」
「そ、そんな物で懐柔されたりはしませんよ」
と言いつつ星はお茶を受け取ってクッキーも食べ、アークとビビアンもご相伴に預かる。
「ビビアンさん。私からの手紙は読んでいただけましたか?」
「え?」
急に香澄に話しかけられたビビアンは呆けた顔をしたが
「えっ! えぇーーー!! あの‥あの‥アナタが、その‥‥」
言葉の内容を理解した途端、顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
「はい。あのラブレターは私が出したんです」
「えぇーーー!!」
香澄が肯定すると今度はアークが驚きの声を上げた。
(「え? なんで? あの手紙はアーちゃんが書いたものなのに、どういう事なの〜?」)
香澄はビビアンの様な子が好みで以前から目を付けており、偶然聞いたアークの企みを利用したのだ。
「返事を頂きたいから、2人きりになりましょう」
「え? あの! 私‥‥」
香澄は戸惑うビビアンの手を取って保健室から出て行く。
(「どどどうしよう?」)
迷ったアークはとりあえず2人の後を付ける事にした。
「アーちゃん用事あるの忘れてた! じゃ」
そして一人残された星は、せっかくミユがいるので前々から考えていた事を実行に移そうとした。
「ミユ様、お願いがございます。メイクの手解きをしていただかないでしょうか」
「メイク?」
「はい。ヴェレッタお姉様をもっと綺麗にしたいんです、お願いします」
星の父は南流剣術の当主で、星自身もかなりの腕前なのだが、入学当初ヴェレッタとの勝負に負け、その事がきっかけにヴェレッタに憧れて風紀委員に入ったのだ。
「あぁ、そういう事なのね。そうねぇ〜‥‥。それなら私よりも適任がいるわ。付いてきて」
もしかしたら保健室から逃れる口実に使ったのかもしれないが、今度はミユが星を伴って出てゆく。
「あら、ミユさんも行ってしまったわね」
「じゃあ、私達もそろそろ帰りましょうか」
「そうね」
そしてクラリッサと悠季も居なくなり、フィオナはリサと二人っきりになった。
(「これはチャンスかも」)
フィオナはベッドから降りると薬品棚で何かを取ろうとしてるリサに忍び寄り、耳にそっと息を吹きかけた。
「キャ!」
するとリサがビクリと体を震わせ、薬瓶を取り落としそうになる。
「おっと」
フィオナはリサの脇から手を伸ばして薬瓶を掴む。
するとフィオナはリサに後から抱きつく格好になる。
「大丈夫? リサさん疲れてるんじゃないかな」
フィオナはその格好のままリサの手を掴んで支えると、左手で軽く胸を触れた。
「今のはフィオナさんのせい‥あん♪」
「私はもう大丈夫だからベッド使って休むといいと思う」
そしてそのままベットに押し倒す。
「ぁ‥ダメよフィオナさん。止めて‥‥」
リサは怯えた瞳で懇願してきたが、それが逆にフィオナの嗜虐心を刺激した。
病弱なフィオナだがリサに対しては『S』になれるのだ。
「ねえ? リサさんってどこが一番好きなの?」
そしてフィオナはリサに‥‥(以下自主規制)。
その頃、星はミユのクラスに来ていた。
「ミリハナクー」
ミユはまだ教室にいたミリハナクを呼び出して事の次第を説明する。
「そういう事でしたら喜んで協力させていただきますわ。私もヴェレッタの化粧はクラスメイトとして直してあげた方がいいと思っていましたの。素材はいいんですから、もっと綺麗になれるはずなんですもの」
「はい、よろしくお願いします」
そして化粧の手解きを受けた星はミリハナクと共にヴェレッタのいる生徒指導室にやってきた。
「ん? どうした星。ミリハナクが風紀委員に用があるのか?」
「ヴェレッタさん、今まで我慢していたのですが、貴方にお化粧のなんたるかを教えようと思うのですが、いかがかしら?」
「何だと‥‥。お前達、私の化粧に文句があるというのか?」
ヴェレッタの背後にゆらりと怒りのオーラが立ち昇った。
「ヴェレッタお姉様!! 失礼を承知で申し上げます。一度で構いません! どうか私達にヴェレッタお姉様の化粧をさせて下さい。気に入らなければすぐに戻してくださって構いませんから、よろしくお願いします!!」
星が平身低頭で願い出た。
「く‥‥」
星の態度から善意と本気が伝わってきたため、ヴェレッタがたじろぐ。
「ヴェレッタさん。可愛い後輩がここまでお願いしているのだし、任せてもらえないかしら? 今よりももっと美しくしてさしあげますわ」
「しかし‥‥」
化粧を施されるには今の化粧を落とさねばならない。それは素顔を晒すという事だ。
「やっぱり‥ダメだ」
そんな恥ずかしい事には耐えられないヴェレッタは断ったが、
「往生際が悪いですわよ」
ミリハナクはヴェレッタを羽交い絞めにし、星がメイク落としを持ってにじり寄る。
「止めろ! 私は今のメイクが気にいってるんだー!」
(「どうしよう‥‥」)
ベルはそんなヴェレッタの危機(?)を指導室の前で知り、非常ベルを見ながら助けるべきかどうか思案していた。
(「コレを押せば委員長を逃がす隙を作る事ができるけど‥‥きっと未早先輩には怒られる。そうなれば未早先輩に平手打ちを‥‥」)
ベルは迷わず非常ベルを押した。
ジリリリリリり
構内に非常ベルが鳴り響き
「火事か!?」
ベルの思惑通りヴェレッタが指導室から飛び出してくる。
「いえ、違うんです」
ベルはヴェレッタに事情を説明した。
「すまん。恩に着る」
ヴェレッタはベルに礼を言って駆け出し、
「星、追いますわよ!」
「はい!」
その後をミリハナクと星も追いかける。
こうして何時もは追う側であるヴェレッタの逃走劇が始まった。
「オリムさんが逃亡中なんですって」
「バズーカを暴発させて火事を出したらしいわ」
「いえ、理事長と恋仲なのがバレてミユ様から逃げてるそうよ」
「捕まえた人には金一封が出るらしいわよ」
「絶対に捕まえてみせるわ!」
そして様々な憶測が噂を産んで瞬く間に構内を駆け巡り、事態は更に悪化。
そしてベルは
「非常ベルを押したのはベルちゃんなの‥‥私はこの箱庭の秩序と安寧を掻き乱す者を闇へと葬る‥必要であればどんな手段を用いようとも。貴方は、おしおきです」
「キャーー♪」
未早が作った折檻部屋送りにされて平手打ち以上の折檻を受けたのだが、ベルにとっては至福の時間だった。
その頃、香澄はビビアンを人気のない校舎裏まで連れ出していた。
「ここでいいかしら?」
「あの‥香澄先輩。私‥‥」
「あら、私の名前知っててくれたのね。嬉しいわ」
香澄はビビアンの腰に手を回して引き寄せた。
「キャ!」
(「わっ!」)
いきなりの事にビビアンと、物陰から様子を見ていたアークが驚く。
「ビビアンさん。私の気持ち、受け取って」
香澄はビビアンの頬に手を添えると唇を近づけてゆく。
(「やばいやばいやばい!! これは一刻も早くオリム閣下に知らせしなくちゃーー!!」)
アークは大慌ててヴェレッタの元へ駆け出した。
3年生でフェンシング部部長の鷲羽・栗花落は練習試合で汗を流していた。
「君、剣の切っ先が揺らいでるよ」
栗花落は決め台詞と共に繰り出したクードロアを相手の胸に突き入れ、勝負を決める。
「はぁ〜‥」
まるで戯曲を見ているかの様に優雅な動きで繰り出された技と、しなやかに躍動する栗花落の美しい姿にイレーネ・V・ノイエは声もなく見蕩れた。
イレーネは栗花落が姉妹関係を結んでいるL45・ヴィネの更に妹で、栗花落もヴィネと同じくらい慕っており、非常に強い恋愛感情と依存心を持っていた。
「さすがですお姉様! さ、このタオルで汗を拭いてください」
そして我に返ったイレーネは栗花落に駆け寄って何時もの様にタオルを差し出す。
「ありがとうイレーネちゃん。チュ」
栗花落は仔犬の様に自分を慕ってくれるイレーネが可愛くて、タオルを受け取るとお礼に軽く頬にキスをして上げた。
「あっ!?」
栗花落の唇が触れた頬が熱い。
(「何とご褒美に口付けを頂けるとは‥‥。お姉様の柔らかい唇の甘い感触が私の頬に‥‥天にも昇る心地です♪」)
一瞬だが頬に感じた栗花落の唇の柔らかさと暖かさがイレーナの脳内をピンク色に染めあげる。
「ほっぺが真っ赤ー。イレーネちゃんはホントに可愛いなぁ〜」
栗花落はニヤニヤと笑いながら赤くなったイレーネの頬を突ついて感触を楽しむ。
「あぁ! そんな‥お姉様‥‥お止め下さい」
栗花落の指先の感触だけでも甘美に感じられるイレーネはふるふると身悶えた。
そんな風に栗花落がイレーネを弄って遊んでいると
「つゆりお姉様ーー♪」
電算部での作業を終えたヴィネが栗花落の胸に飛び込むように抱きついてきた。
「わっ! ヴィネ」
普段はこんな過激な事はしないヴィネだが、栗花落とイレーネがイチャついている姿に我慢ならなくなったのだ。
なぜならヴィネは栗花落と会える時間が待ち遠しくて、部活の課題のプログラミングが手につかない‥事はなかったが、当初の予定とは別のものが組み上がってしまう程度には上の空だったのだ。
なのにいざ会いに来てみれば妹が先に愛しのお姉様とイチャついている。
これでは普通に入り込むなどと言うつまらない事ができようはずもない!
「うーん、中々破壊力のある愛情表現だなぁ‥‥まぁ来てくれて嬉しいよ、ヴィネちゃん」
栗花落は少し呆れながらもヴィネの頭を撫でてあげた。
(「あ、手が気持ちいい‥‥。では、お姉様の柔らかな身体と仄かな汗の匂いも堪能‥‥」)
ヴィネは栗花落の胸に顔を埋め、密かに匂いもかいだ。
そうして2人が抱き合っていたら、放ったらかしになったイレーネが少し寂しそうにしているのが栗花落の目に入った。
「よし、イレーネちゃんもギューーだ♪」
なので栗花落はヴィネと一緒にイレーネも抱きしめた。
「えっ! 栗花落お姉様?」
「ふふっ、ボクは二人とも愛してるからね〜」
「私も愛しているぞ、つゆりお姉様、イレーネ‥♪」
ヴィネもイレーネを抱きしめて額にキスをする。
「自分も、お姉様達を愛しています、世界の何よりも!」
2人の愛情と温もりに包まれて感極まったイレーネは大声で訴えた。
すると周囲でクスクスと笑い声がし、他の部員達に注目されている事に3人は気づいた。
「あ〜‥えっと‥‥こほん。じゃあ今日の部活はこれで終了。お疲れ様ー」
『お疲れ様でした〜』
栗花落は2人を放して体裁を繕ったが、部員達はまだニヤニヤと笑っていた。
「じゃ、ボクは汗を流すため軽くシャワーを浴びてくるけど、二人とも覗いちゃダメだよ?」
「シャワーですか‥む、無論覗きませぬ」
何故かどもるイレーネ。
そして栗花落がシャワー室に消えると
「これは覗きに行かんとな、イレーネよ!」
ヴィネがさっそくイレーネを覗きに誘う。
「ヴィネお姉様っ! 何を言‥」
「お前も見たいだろう、お姉様の生まれたままのお姿を‥!」
「‥ぅ」
イレーネが言葉に詰る。なぜなら本心では見たいと切実に思っているからだ。
「‥‥はい。自分も栗花落お姉様の艶姿、拝見したいです!」
イレーネはあっさりヴィネの小悪魔的誘惑に篭絡された。
「では行くぞ。バレた時は猫の鳴き真似でもして誤魔化せ!」
2人はこっそりシャワー室に潜り込もうとしたのだが、
「やっぱり来た‥‥」
「「ぁ」」
そこには2人の行動を読んでいた栗花落が待ち構えていた。
「覗いちゃダメって言ったでしょ!」
「「‥ごめんなさい」」
そして2人は栗花落のシャワーを終えるまで正座させられたのだった。
その頃、ヴェレッタはまだ2人から逃げ回っている最中だった。
「オリム閣下! 一大事ですー!」
「うわっ!」
そこに急行してきたアークからビビアンの事を聞く。
「なにぃーーー!! ビビがそんな事にっ!」
ヴェレッタは校舎裏に向かって一目散に駆け出した。
そして校舎裏に向かう途中
「ヴェレッタ・オリム!」
不意にフルネームで呼び止められた。
「アンタ追われてるんだってね。という事は、今なら喧嘩を売っても問題にはならないって事だよにゃ〜」
呼び止めたのは2年生の美作・湊。
髪はショートカットで、海賊巻きにした黄色いバンダナがトレードマークの不良1歩手前の問題児である。
「あたしはアンタを倒して学園最強の称号を手に入‥」
「邪魔だーーー!!」
湊が拳を構えた時には既にヴェレッタの右ストレートを頬に喰らっていた。
「え‥?」
空が見えた。
体が浮遊している。
そして湊は何が起きたのか分からぬまま地面に叩きつけられ、その衝撃で昏倒した。
「ビビちゃん何をそんなに暗い顔してんねん? あ、分かったでぇー胸が足りんと悩んどるんやな。さようなことなら、うちが揉んで大きくしたろかね?」
ヴェレッタが角を曲がれば校舎裏という所まで来た時、そんなセリフが角の向こうから聞こえてきた。
「ビビーっ!」
そして角を曲がると、そこにはニヤケ顔で怯えた様子のビビアン迫る三枝 雄子(三枝 雄二)の姿があった。
「貴様かぁーーー!!」
「え? オリム閣‥」
ヴェレッタは問答無用で雄二に全力のコークスクリュパンチを叩き込んだ。
「ゴはぁ!!」
雄子の体がぎゅるんぎゅるんと錐揉みしながら吹っ飛び。
グゴチャ、とヤバイ音を立てて地面に叩きつけられた後、何度もバウンドして体をバキバキいわせながら地面を転がった。
「大丈夫かビビ!」
ヴェレッタがビビアンを気遣う。
「はい。変な事をされる前でしたから」
「そうか‥良かった」
安堵したヴェレッタは思わずビビアンを抱きしめた。
「それにしてもあんな奴に告白されるとは‥災難だったな」
「え? あの‥‥私が告白されたのはこの人じゃないですよ」
「え?」
「あ! でも告白は受けてないですよ。ちゃんとお断りしましたから。好きになって貰えるまでアタックは続けると言われちゃいましたけど‥‥」
ビビアンが軽く頬を染める。
「そうだったのか‥‥」
ヴェレッタは気まずいモノを感じたが、
「でもまぁ、ビビにセクハラしようとしてたのは事実だし、殴られて当然だ。うん」
そう思って納得した。
「ひどい‥‥」
地面に倒れ伏した雄子はさめざめと泣いたが、普段から誰彼構わずバストチェックという名のセクハラを繰り返しているのだから自業自得である。
こうしてヴェレッタにまつわる騒動は一応収束したのだが
「ふふっ、トクダネゲットです」
一連の出来事を全て見ていた者が居た事にヴェレッタは気づく事はなかった。
一方、そんな騒ぎがあった事すら知らない石榴、隼瀬、愛子の3人はのんびりと帰路についていた。
「帰りにハンバーガー食べてこうよ愛子ちゃん。きっと美味しいよー?」
「さんせー! 俺お腹ペコペコなんだー」
「いいけど‥‥確か一昨日も食べたわよ」
「いいのいいの。やっぱ学生たるもの学園生活を謳歌しなくちゃ♪ 愛子ちゃんが望んだだけ、ね」
石榴が愛子の手を握る。
「‥‥」
愛子は気恥ずかしかったが何故か振りほどく気になれず、そのままにしておいた。
「ねぇ、愛子ちゃん。ハンバーガー屋で宿題教えてくれないかな。俺、数学苦手でさ‥‥」
「いいけど、答えまでは教えないわよ」
「ぅ‥愛子ちゃんってキビシー」
そうして姦しく帰る3人の姿はどこにでもいる普通の女子高生そのものだった。
翌日、『オリム閣下ご乱心』と刷られたリリア学園新聞の号外で前日の騒動が全校生徒の知る所になり、ヴェレッタは再び噂の的になった。
そしてこの号外は今までで一番好評を博し、新聞部をより活性化させた。
「ふふ‥売り上げが上がれば部費も増えて、生徒達に一層真実を知らせ易くなる‥皆が幸せになる循環、ですね」