タイトル:温泉郷の闇鍋王様ゲームマスター:真太郎

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 29 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/17 02:28

●オープニング本文


「皆様、バスは間もなく温泉宿に到着いたします。お手荷物をお忘れなく。順序よく降車して頂きます様、よろしくお願いいたします」
 何故かバスガイドの格好をしているリサ・クラウドマン(gz0084)が車内マイクを使ってアナウンスをしている。

 ここは良質の温泉地を多数有する日本の片田舎の温泉街。
 本日、傭兵達はイベント大会実行委員の主催する温泉旅行にやってきていた。
 大型旅客機でもって空港に着いた一行は、そこからバスに乗り換えて移動。
 バス内では上司からガイドを仰せつかったリサが細かい注意事項を伝え、後は皆それぞれ、トランプをする、さっそく酒を飲む、おやつを食べる、おしゃべりに興じる、寝る、など思い思いの過ごし方で3時間バスに揺られて、ようやく目的の温泉宿に到着した。
 ここで一行は翌日の午前中まで自由に過ごせる事となっている。
 ただし夕食には全員参加。
 しかも各自で必ず何か食材を一品用意してくる事が義務づけられていた。
 なぜなら、今夜の夕飯は闇鍋だからである。
 それもただの闇鍋ではない。
 『闇鍋王様ゲーム』なのである。
 『闇鍋王様ゲーム』とは、鍋の中に当たりのお饅頭を一つ仕込み、それを引き当てて食べた物は王様として、その場で一つだけ何でも命令できる権利が獲得できるという代物である。

「はい。バスが宿に到着いたしました。皆様、お疲れさまです。今から夕飯までは3時間ほどありますので、その間は自由時間です。さっそく温泉に浸かる、自分の部屋でくつろぐ、土産物を覗く、散歩に出かける、骨董品の様なゲーム台でゲームをする、卓球をする、等々、自由におくつろぎ下さい。ちなみに温泉は混浴ではありませんよ。水着の着用は不可です。明日は11時にロビーに集合です。遅れないように注意して下さいね。それでは、ごゆっくりお過ごし下さい。ガイドはわたくし、リサ・クラウドマンでした」

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 里見・さやか(ga0153) / 鳴神 伊織(ga0421) / 新条 拓那(ga1294) / 新居・やすかず(ga1891) / 鳥飼夕貴(ga4123) / UNKNOWN(ga4276) / 神森 静(ga5165) / 美海(ga7630) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / フィオナ・フレーバー(gb0176) / レイヴァー(gb0805) / 紅月・焔(gb1386) / 月島 瑞希(gb1411) / 朔月(gb1440) / 東 冬弥(gb1501) / 真白(gb1648) / 美空(gb1906) / 沙姫・リュドヴィック(gb2003) / 大槻 大慈(gb2013) / リヴァル・クロウ(gb2337) / 美環 響(gb2863) / 耀(gb2990) / 水無月 春奈(gb4000) / ゲオルグ(gb4165) / 美虎(gb4284) / 舞 冥華(gb4521) / 猫屋敷 猫(gb4526

●リプレイ本文

「おっしゃぁー! 一番風呂ーー!!」
 到着後、すぐに部屋に荷物を放り込んで温泉にやって来た東 冬弥はまだ誰もいない露天風呂に飛び込んだ。
「うぉ! あっちぃ〜〜!! でも気持ちいいぜ‥」
 冷えた身体に熱い湯がしみわたってゆく感覚に身をゆだねながら全身を弛緩させて湯船に身体を漂わせる。
「おっと、のんびりしてるばっかじゃいけねぇんだ」
 東は内風呂に行き、誰かが入ってくるのを静かに待った。
 そして脱衣所に人の気配を感じると湯に伏浮きで漂い、死体のフリを始める。
「うわっ! ひ、人がっ!?」
 素直に騙されたゲオルグが驚く。
「なに? 俺に任せろ!」 
 紅月・焔が駆け出す。
「犯人は、いつもお前だー!」
 そして、さらに驚かそうと起き上がった東に
「フラインボディアターーックっ!」
 ボディプレスを仕掛け、大きな湯柱をあげながら2人で湯に沈む。
「げほっ! な、何しやが、うおぉ!」
 起き上がった東が焔のガスマスクに驚き、もう一度湯に沈んだ。
「あっはっはっは、甘いな! 人を驚かせるならコレぐらいはしなければ!」
 焔はその場で逆さになって湯に沈み、足を真っ直ぐ天に伸ばした。
「す、すげぇ‥。くっそぉ〜。よし、俺もやるぜ! こうだな」
「違う! 足はもっとこうだ!」
「こうか?」
「そうだ!」
(「他人のフリ他人のフリ‥」)
 盛り上がっている2人の余所にゲオルグは露天風呂に向かった。



「あ、誰かいる」
 朔月がリサ・クラウドマンを誘って温泉に来ると、月島 瑞希が湯に浸かってまったりしていた。
「リサ。それと、朔月だったな」
「瑞希さんも先にお風呂ですか?」
「あぁ、冬弥と遊ぶ約束してるから先に入っておこうと思ってね」
 湯に浸かっていると朔月がジロジロと2人の身体を眺めてくる。
 瑞希はこっそりA以下の胸を隠したが、朔月に見咎められた。
「隠さなくったっていいじゃん。俺もおっきくないけど気にしてないぜ」
 朔月が湯船から立ち上がって堂々と見せる。
「いや、僕もべつに気にしてはいないけど‥」
 そう言いつつもやはり少しは気にしている瑞希だった。
「リサ〜背中洗ってやるよ〜♪」
「いいんですか? じゃあお願いします」
 朔月はリサを洗いながら手で肌の感触を楽しみ、目で肢体を愛でて楽しんだ。
「よし終わり。次は瑞希を洗ってやるよ」
 朔月が瞳を輝かせて瑞希を見る。
「いや、僕は自分で洗うから‥」
「いいからいいから♪」
 朔月は問答無用で瑞希の後ろに回って背中を洗い出した。
「お、瑞希も綺麗な肌してるなぁ〜」
「そ、そうか?」
 瑞希が羞恥で少し頬を染める。
 そして朔月は瑞希の肢体も愛でて楽しんだ
(「こういう時でもなけりゃ、堂々と触ったり出来ないしな♪」)



「じゃ、俺は料理の手伝いしてくるよ」
 2人と分かれた朔月が厨房に向かうと、そこには料理人の他に猫屋敷 猫と何故かバスの運転手がいた。
 猫屋敷はにゃんにゃん言いながら楽しそうに和風鍋を作っている。
 制服をキッチリ着こなし、口ヒゲにサングラスの運転手は妙に赤い鍋を作っていた。
「料理の手伝いに来たんだけど、何かする事あるか?」
「ふむ、ならば君は味噌風味の鍋を頼む」
「OK〜♪」
 厨房の人ではなく運転手に指示されたが、朔月は鬼包丁をスラリと抜いて食材を切り始めた。



 アチコチから蒸気が吹き上がり、湯煙の漂う温泉街を石動 小夜子と新条 拓那が散策していた。
 2人は今月で出会ってちょうど1年目で、その記念旅行も兼ねての参加だ。
「せっかくですから記念写真撮りたいですね」
「じゃあ土産物屋は巡りながら使い捨てカメラを探そうか」
 2人で歩き出す時、小夜子は勇気をだして拓那の手を握った。
 心臓がドキドキして顔が赤らむのが自分でも分かる。
「ん?」
 拓那が振り向いても小夜子は恥ずかしくて前を向いたまま顔を真っ赤にしている。
 拓那は微笑を浮かべ、キュッと手を握り返す。
 すると小夜子もようやく拓那の方を向き、幸せそうに微笑んだ。

 カシャ

 不意にフラッシュが瞬く。
「えっ?」
 驚いて見ると、高性能デジタル一眼レフカメラを構えたユーリ・ヴェルトライゼンがいた。
「すまない。いい構図だったので思わずシャッターを切ってしまった」
「いえ‥」
 今のを見られていた事が恥ずかしい小夜子はますます顔を赤くした。
「ユーリくん。できれば今の写真、俺達に貰えないかな」
「もちろん。できたら宿で渡そう。では」
 ユーリは笑顔を約束し、次の被写体を探しに行った。
「いい記念ができたね」
「はい。でも見るのがちょっと恥ずかしいです」

 それから2人が目に付いた土産物屋に入ると、そこで里見・さやかと百地・悠季に出会った。
「あら、お土産物探しですか?」
「そうよ。さやかとはここで会ったんだけどね」
 温泉地らしく浴衣にカーディガンを羽織り、髪はアップ気味に簡単に纏めた百地が答える。
「はい。私が妹や友人へのお土産を選んでいたら偶然に。御二人もお土産物を見に来たんですか?」
「うん。ついでに使い捨てカメラも探してたんだけど」
「それならあっちに売ってたわよ」
「そうですか。では見に行ってきますね」
「また宿で会いましょう」
「はい、失礼します」
 そして売り場に行く途中で再びフラッシュが瞬いた。
「え?」
 しかし今度の被写体は自分達ではなかった。


「失礼、いい構図だったので思わずまたシャッターを切ってしまった」
 レイヴァーと耀は記念用のお揃いの御土産を選んでいたところをユーリに撮られて驚いた。
「いえ、構いませんよ」
「写真ができたら二人に渡そう。それではな」
 ユーリはそう言って去っていった。
「なんだか恥ずかしいところ撮られちゃいましたね」
「あーちゃん。変な顔してなきゃいいけどね」
「し、してないと思いますよ。たぶん‥」
「ははっ。それより記念のお土産はどれにしようか?」
「う〜ん、そうですねぇ〜‥。あ、これ可愛いです」
 耀が手に取ったのは、頭に手ぬぐいを乗せている黒猫と白猫が湯桶に入っているマスコット。
 白猫の方が少し小さくて2匹は仲良く身を寄せ合っている
 猫が大好きな耀はキラキラした目でマスコットを見つめた。
「じゃあ、それにしようか」
「はい!」



 次にユーリが発見したのは足湯に浸かっている大槻 大慈、沙姫・リュドヴィック、美空、舞 冥華だった。
「温泉〜温泉〜、兄上と温泉〜♪」
 美空が鼻歌を歌いながらバタ足する。
「美空、足をバタバタさせるんじゃない。お湯が跳ねるだろう」
「おんせん〜」
 冥華も足をパタパタさせる。
「ほら〜、冥華がマネしちゃっただろ」
「う‥。ごめんなさいなのです、兄上」
「冥華ちゃん。他の人の迷惑になるから足バタバタさせるのは止めようねー」
「ん‥」
 沙姫に言われて冥華は素直に止めた。
「偉いよ〜冥華ちゃん」
 頭を撫でられた冥華は少しだけ頬を染めて照れた。
「うふふ、かわいい〜〜!」
 沙姫はさらに冥華はギューと抱きしめる。
 大慈はそんな2人を見て、沙姫が妹達を気にいってくれた事に安堵する。
「どうやら楽しんでいるみたいだな」
 そこへユーリが声をかける。
「えぇ、満喫してますよ。ユーリさんは何してるんですか?」
「俺は散歩しながら写真を撮ってるよ。よければ君達も撮らせてもらってもいいか?」
「はい。どうぞなのです」
「では、一たす一は?」
『にー!』
 4人はピッタリくっついて笑顔を浮かべた。

 次にユーリが出会ったのは道行く人々に奇術を見せて楽しませている美環 響と、それを眺めているリヴァル・クロウとリサだった。
 響は白いハンカチを取り出しと、それを瞬時に鳩に変えて空に放ち、肩に戻ってきたところを捕まえると、今度はバラの花束に変える。
 響は拍手を受けながら一輪ずつ人々に配っていった。
 ユーリはその様子をカメラに納めるとリヴァルとリサに話しかけた。
「見事なものだな」
「あら、ユーリさん。えぇ、ホントに凄いです」
「ユーリ氏は一人か?」
「あぁ、でも散策している間に何人もメンバーの人を見かけたよ。二人も記念に一枚どうだ?」
「あ、嬉しいです」
「ユーリ氏。お願いできるか?」
「分かった。さ、二人とも、せっかくだからもっとくっついたらどうだ」
「え? こ、こうか?」
「‥あぁ。よし、撮るぞ。はい、チーズ」

 カシャ

「写真は出来次第渡そう。ではな」
 ユーリは微笑を浮かべると立ち去っていった。
「うふふ、楽しみですね」
「そうだな。リサ、次はそこの甘味処にでも入ろうか」
「はい」
 2人は席に着くと適当な茶菓子を頼んだ。
「リサ、この国には色々と風習があってな。そ、その、男女別の温泉で恋人が風呂に入っている場合。風呂桶を地面に軽く打ちつけ音を鳴らすことで上がる事を知らせたり‥‥だな」
「あの、それって‥」
 リヴァルの意図を察したリサの頬が赤く染まる。

「ここにはこのような店があるのか‥入ってみよう」
 ちょうどその時、街をぶらぶらしていたゲオルグも店内に入ってきた。
「ん? あそこにいるのはリヴァルさんとリサさんか?」
 そして2人の姿を見かけたので声をかけようしたが、
「露天風呂に入るのであれば23時ぐらいが良い。どうだろう?」
「は、はい。じゃあ23時にお風呂の前で待ち合わせをしましょうか」
 2人は桃色空気全開で話し込んでおり、声をかけられる雰囲気ではない。
(「ここは退席した方がいいな。それにしても、あの2人はもう同じ風呂に一緒に入るぐらいの仲になっていたのか」)
 気を利かせたゲオルグは少しだけ誤解しながら店を後にした。

 店を出た2人が宿への帰路についていると、射的に興じている水無月 春奈を見かけた。
「大きな人形、いただきです」
 弾は狙い通りに当たったが、人形は下に落ちなかった。
「もぅ! この銃、威力が弱すぎ!」
「惜しかったな水無月」
 銃に向かって憤慨している春奈にリヴァルが苦笑する。
「あら、お二人とも散策ですか?」
「はい。春奈さんは射的ですか?」
「はい。でももう止めて帰ろうかと思ってたところです」
「なら一緒に戻るか? 俺達もちょうど帰るところだ」
「でも、馬に蹴られる様な事はしたくないですし‥」
「な、何を言ってるんだ水無月!」
 リヴァルの顔がやや赤くなる。
「ふふっ、冗談です。じゃ、ご一緒させてもらいますね」
 そうして3人は宿への帰路についたが、途中で猫を追いかけている新居・やすかずを見かけた。

 今新居は長閑な温泉街を自由気ままに闊歩する猫の姿を追っていた。
(「良いなぁ〜、和むなぁ〜。キメラじゃないところが特にいい〜」)
 それは前回請け負った猫型キメラとの戦いで受けた心の傷を癒すためでもあった。
「‥むむ、あれはひょっとして雄の三毛猫さんですか? これはぜひ追いかけて交流を深めなければ!」
 そして3人が見たのは、その三毛猫を追っている最中の新居だ。
「新居氏はいったい何をしてるんだ?」
「猫を追っかけているみたいですけど‥」
「呼び止めますか?」
「‥‥いや。なにやら幸せそうな顔をしているし、邪魔するのも悪いだろう」
 もし声をかけていたら、新居が迷子になって宿に電話で救援を求めてくるという事態は防げたかもしれない。



 宿まで戻ってきた3人はそこで分かれ、春奈は骨董品の様なゲームをしようとロビーの外れに向かった。
「名古屋撃ち!」
「月姉ぇ! なんでそんな技使えんだぁ?」 
 そこでは東と瑞希がインベーダーゲームに熱中していた。
「あの〜‥‥」
「はははっ! ほ〜ら、また2千点差がついたぞ〜」
「そんなのすぐ追いついてやるぜぇー!」
 春奈が声をかけたのだが二人はまったく気づいてくれなかった。
 仕方なく春奈はギャ○ガと書かれた台に座った。
 そして数十分後。
「こういうレトロなのもたまにはいいな。何故か懐かしいぜ!」
 めいっぱいゲームを満喫した東はうまそうにラムネを飲んだ。
「あれ、春奈がいる」
「ホントだ。何時の間に来てたんだ。お〜い、水無月」
「‥‥」
 東が声をかけたが、今度は春奈の方がシューティングゲームに熱中していて気づいてくれなかった。





 そして夜も更け、いよいよ闇鍋が始まった。
 座敷の間に皆の持ち寄った食材が煮込まれた大鍋が運び込まれ、火にかけられる。
「では今から闇鍋王様ゲームを開始したいと思います」
 リサが声を上げると、待ってましたとばかりに拍手が起こる。
 そして照明が落とされ、室内の光源が鍋の火だけになった。
「それでは栄えある一人は」
 リサがくじを引く。
「新条さんです」
「え、俺なの? おいしい物が当たるといいけど‥」
 一番手という事で少し緊張しながら拓那が箸を掴む。
「ではどうぞ」
 鍋の蓋が開けられたが、暗くて中はよく見えない。
「‥‥よし!」
 覚悟を決めた拓那がやや柔らかい何かを摘んで一気に口に運んだ。
「あちっ! あちちちちっ! なにこれ? お餅?」
「あ、たぶんそれあたしの餅入り巾着だわ。おいしかったでしょ」
 百地が手を上げて言う。
「うん、おいしかったけど、ちょっと辛味があったよ」
「辛味? 辛味なんてつけてないわよ」
「じゃあ、誰かが辛い食材を入れてるって事ですね」
「えぇ〜。美空、辛いのは苦手なのです」
「ん、冥華も‥‥」
 鳴神 伊織の分析を聞いて、辛い物が苦手な人が嫌な顔をした。

「次はユーリさんです。どうぞ」
「俺か。では‥‥ん? これは饅頭か?」
「え! もしかして当たりですか?」
 早くも王様決定かと皆がユーリに注目する
「いや、でも辛っ! 辛いぞコレ。しかも尋常じゃない辛さだっ!」
 ユーリは飲み物を手にすると一気に飲み干した。
「くはっ! まだ舌がひりひりする。リサ、当たりの饅頭は激辛饅頭なのか?」
「いえ、普通のあんこのお饅頭ですよ」
「にゃはは! それは猫の唐辛子入り激辛饅頭なのです。ユーリさんは猫のダミーにひっかかったのですよ」
 猫屋敷が得意満面の顔で笑った。

「次は沙姫さん。どうぞ」
「私? 辛いのは止めてよぉ〜。パクッ‥‥あ、魚だわ。結構イケる。ラッキー!」
 沙姫が嬉しそうにVサインを作る。
「なんの魚なんだ?」
「たぶん鱈ね」
「それなら私のです。喜んでいただけて良かったです」
 小夜子がほっとした顔で微笑んだ。

「次はフィオナさん、どうぞ」
「よ〜し、当たりを当てるわよ〜。‥‥あ、なんかおっきいの取っちゃった。コレ絶対当たりじゃないわ」
「文句を言わずにさっさと喰え」
「分かってるわよ。パクッ」
 リヴァルに急かされたフィオナがかぶりつく。
「‥固い。たぶん、鯛のお頭」
 フィオナが苦笑いを浮かべてお頭を皿の上に吐き出し、身だけを食べだす。
「うん、身はおいしいわ。コレ入れたのは誰?」
 そう尋ねても返事する者はいなかった。
「あれ?」

「まずいのです。アレは美海が入れたものなのであります」
 隣室では大慈を驚かそうと美空に誘われた美海と美虎が闇鍋の様子を覗き見していた。
「ま、いっか。リサさん。先進めちゃって」
 フィオナがそう言う声が聞こえる。
「ピンチは去ったみたいでありますが、このままだと具が2つ余ってしまうのであります」
「どうするでありますか?」
 2人で知恵を絞ったが、良案が浮かばない。
「私に任せたまえ」
 不意にバスの運転手が現れ、2人の頭を撫でた。
 運転手は『隠密潜行』を発動させて完全に気配を消し、隣室に滑り込んだ。
 そして神業の様な動きで鍋の中の具を3つさらって来る。
「さぁ、食べたまえ」
「ありがとうなのです」
 2人は鱈のすり身の肉団子とタコさんウインナーを食べ、するめは運転手が取った。
「では、私は失礼するよ」
 そしてダンディな運転手は熱燗を手に温泉の方に消えていった。

「次は新居さんどうぞ」
「茸は当たるなよ〜。‥ん? 苦い。こんな物は食べた事ないけど、なんだろコレ?」
 少しだけ吐き出してみると花びらが出てきた。
「花?」
「あぁ、それは僕のだな。エディブルフラワーと言ってその歴史は古く、奈良時代に‥‥」
「あの〜響さん。響さんが6人目なので、そろそろ〜」
 薀蓄を長々と語っている響をリサが苦笑い浮かべて促す。
「そうか。では僕が見事に当たりを引いてみせよう!」
 響は大仰に構えた箸で優雅にすくって口に入れた。
「む! こ、これは‥蓮根? 味噌蓮根か?」
「あ、それ俺の南蛮蓮根。ちょっと辛いかもしれないけどうまいだろ」
 大慈がニヤニヤと笑う。
「あぁ、とっても美味だよ。ご馳走様」
 本当はムチャクチャ辛くて、辛いのが苦手な響は汗をダラダラと流していたが、それを顔に出すほど素直ではないので勤めて平静を装った。

「次は朔月さん。どうぞ」
「おっし、何が出るかな〜♪ パク‥。ん? ただの人参かよ。うわぁ〜ツマンネ〜」
「あ、これ? ‥ド根性人参‥?」
「はぁ? ド根性だろうが何だろうが見えなきゃ意味ないだろう」
「‥あ」
 焔は部屋の隅に行って一人落ち込んだ。

「次は百地さんです」
「やれやれ、変なのが当たんなきゃいんだけど‥‥。ん? 熱っ! 何これ? チーズ」
「あ、それ俺の。油揚げの中にチーズを入れて、カンピョウで油揚げの口を絞めたんだ。案外うまいだろ」
 朔月が得意気に解説する。
「うん。鍋にチーズって意外な取り合わせだけど、おいしいわ。これは当たりね」

「大慈さん、どうぞ」
「甘いのだけは当たってくれるなよ‥‥。パク」
 口の中に出し汁を吸ったシューと熱いバニラの甘味が広がる。
「うげっ!」
 気分が悪くなって吐き出しそうになるがなんとか飲み下した。
「誰だっ! 鍋にシューアイスなんて甘いの入れたのはっ!」
「美空なのです!」
「お〜ま〜え〜かぁ〜〜!!」
 大慈が青筋を浮かべながら美空の頭を拳骨でグリグリした。
「いたたっ! 痛いのです兄上ぇ〜〜!」

「次は猫屋敷さんです」
「ぬふふ。いよいよ猫の出番ですね! 当たりの饅頭ひいてやるですよぉ〜〜!!」
 猫は摘んだ物を一気に食べた。
「‥‥‥‥‥‥ミギャーーーーーーーーーーー!!」
 一瞬の間を置き、絶叫を上げ
「辛い辛い辛い辛い辛い辛い! 水水水水みじゅぅーーーーー!!」
 口を大きく開き、水を求めて床をのた打ち回る。
「はい、水です!」
 リサが差し出した水に飛びつき、何度何度も飲み干す。
 それでも辛さが取れなかったらしく、猫は氷を含んでやっと落ち着いた。
「いったい何を食べたんですか?」
「唐辛子みたいだったですけど、そんなの比じゃないくらい辛かったのです」
 涙目になって訴える猫はすっかり怯えて鍋に近寄ろうすらしない。
「大丈夫? まだ辛い? 氷舐める?」
 そんな猫を神森 静が膝枕をして優しく介抱してあげた。
「ハバネロか何かでしょうか? それを入れたのは誰ですか?」
 本当の正体はブート・ジョロキアなのだが、伊織が尋ねても誰も名乗りでない。
 どうやら本当にこの中に犯人はいない様である。
 結局、猫が食べたのが何で誰が入れたのか分からぬまま闇鍋は再開された。

「次は静さん。どうぞ」
「あら、私なの? 猫さんの後だとちょっと怖いわね」
 今までは比較的普通の食材だったので安心して食べられたが、さっきの事件でこの鍋もすっかり危険物扱いである。
「‥あら? なんだかもじゃもじゃして大きなもの掴んでしまったわ。何かしらコレ? パク‥‥わかめ」
「あ〜それ俺の増えちゃうワカメ。全部繋いでるから、それで一人分な」
 東が悪戯っ子の様に笑いながら説明する。
「なんと悪質な。ワカメだけをあんなに食べられる訳が」
「ご馳走様。出汁が効いててなかなかおいしかったですわ」
 東の思惑とは裏腹に静はワカメを全部ペロリと平らげた。
「へっ?」
 東の目が点になった。

「次は瑞希さん」
「僕か。どれどれ‥‥パク」
 咀嚼した直後、額にしわが寄り、顔をしかめる。
「月姉ぇ! いったい何喰ったんだ?」
 猫の件があるので東が本気で心配する。
「ゴーヤだ。大丈夫、普通に食べられる」
 そう言いつつもかなり我慢しながら飲み込んだ。
「はぁ‥‥。どうして苦手な物引いちゃうかなぁ〜‥‥」
 ゴーヤは美虎の食材なので持ち主不在となり、皆の疑心を更に煽った。

「なんだか妙な事が続きますが、次は夕貴さんどうぞ」
「俺か‥。わっ! なんかでっかい物掴んじゃった。なんかプルプルしてる‥」
 嫌々食べるとやっぱりおいしくなかった。
「やっぱ外れだった。これクラゲ?」
「なら、きっと俺のエチゼンクラゲだな」
「ボス〜〜クラゲにするにしてももっと高級なクラゲにしてよ‥‥」
 リヴァルのエチゼンクラゲはすこぶる評判が悪かった。

「次は伊織さんです」
「きちんと食べられるものだと良いのですけど‥‥ん! これはフグですね」
「はい。それは私のです」
「そうですか。ありがとうございます、水無月さん。常識的な人がいてくれてよかったです。とてもおいしかったですよ」

「続いては小夜子さん」
「ドキドキしますね。美味しいと良いのですけれど‥。これは何でしょう? 表面がつるんとしてて弾力があって‥。では勇気を出して、パク。あ、ゆで卵ですね」
「それは私のですわ」
 静が猫屋敷に膝枕をしたまま手を上げる。
「闇鍋的には外れなのかもしれませんけど、普通のものが当たって良かったです」

「なかなか当たりがでませんね。レイヴァーさん。どうぞ」
「さて、運試しと行こうか。‥‥マズっ! これアンパンか? だし汁吸いまくってるアンパンって激マズぅ〜〜!!」
「ん、それ冥華の。おいしくなかった?」

「次は東さんです」
「おっし! 当たり引いてやんぜぇ〜。そして、くくくっ! ‥‥これだぁ〜! バクッ」
 グサッ
「痛っったぁー!! 刺さった! なんか刺さったよ、おい! 何これ? 何ナノコレ?」
「それ、あたしのウニだと思う」
 沙姫がさらっと言う。
「ウニだぁ〜! そんなもん殻ごと入れんなぁ!」
「だって殻で入れる方がおいしいじゃない」
 確かに殻を割って食べた中身はおいしくて、東の機嫌はすぐに治った。
「うまかった。ごっそさん」

「真白さん、どうぞ」
「どれにしようかなぁ〜。よし、これだ! パクッ! 熱っ熱っ! あ、でもアンコだ」
 半分かじった饅頭には『当』の焼印が押されていた。
「おめでとうございます。当たりです! 王様は真白さんに決定しましたぁ〜!」
「えっ、ホント? やったぁ〜〜!! それでは王様が命令します!」
 皆が真白に注目する。
「私の入れた大根を食べた人はメイド服&ネコ耳&ネコしっぽをつけて『おかえりなさいませ♪ ご主人様』をやっていただきましょう!」
「えぇーー!!」
「なんだってぇーー!!」
 ニッコリと笑って宣言した真白の命令にどよめきが起こる。
「大根ってまだ出てないですよね」
「となると‥‥」
 残るは、リヴァル、焔、美空、耀、さやか、春奈、ゲオルグ、冥華、リサの9人。
「ふんふんっ!」
 部屋の隅では落ち込んでいたはずの焔が元気に準備運動を始めていた。
「うわっ! 焔さん、当てる気満々だわ‥‥」

「では再開します。リヴァルさんどうぞ」
「あぁ‥‥」
「当てろボス!」
「当てるなリヴァル!」
 2つの声援を受けながらリヴァルが引いた物は
「ハムだな。という事はアルのか」
「あぁ、俺のだ」

 そして焔。
「やっべ‥オラワクワクしてきたぞ‥」
 引いた物はウツボの兜煮。
「チッ」
「あっ、舌打ちした」
「やっぱり着たかったんだ」

 続く美空が豆腐で、耀がポテチ、さやかが白菜、春奈が餡餅だった。
 残るは3人。

「‥‥ぁ」
 鍋を探っていたゲオルグの表情が一瞬強張り、箸で放す仕草をしたが
「ゲオルグさん。最初に摘んだ物を食べてください」
「‥はい」
 それをリサに見咎められ、仕方なくそれを引き上げて食べた。
「‥‥だ、大根だ」
 ゲオルグがガックリとうな垂れた。
「えぇー!」
「お前かよぉ〜!!」
「ゲオルグさんのネコミミメイドなんて見たくな〜い!」
「我だって嫌ですよぉ〜〜!!」
 アチコチから悲鳴や苦鳴が響き渡る。
「ま、諦めて着てください」
 真白がゲオルグにネコミミメイドセットを手渡す。
「‥‥着替えてくる」
 ゲオルグがとぼとぼと隣室に消えた。

「ん、アツアツのゼリーの麺」
 そして冥華がくずきりを当て、リサが最後に残っていたイクラを箸で摘んでいるとゲオルグが戻ってきた。
「ほぉ〜〜!!」
 感嘆の溜め息が起こった。
 なぜなら、ゲオルグは一見、女の子しか見えない様にメイクアップされていたからだ。
「どうだ。なかなかのもんだろ」
 メイクを施した夕貴が得意気に言う。
「さすがは夕貴さんね」
「どうせなら爆笑された方がマシだった気もするが‥‥」
 ゲオルグが複雑な顔をする。
「さぁ、ゲオルグさん。決め台詞を言ってもらいましょうか」
「うぅ‥‥。おかえりなさいませ♪ ご主人様」
 声は気持ち悪かったが、ぎこちない笑みを見せたゲオルグは意外と可愛かった。

 この後ユーリのカメラで記念撮影が行われ、次に出てきた鍋は和風、味噌風味、激辛の3つ。
 しかし激辛が尋常ではない辛さで、ひとさじ食べただけでも口の中が焼ける様に痛み、最後には倒れて動けなくなる程の破壊力を有していたのである。
 後にその鍋には世界一辛いという幻のソースが使われていた事が判明し、皆を更なる恐怖に陥れたのだった。




 激辛以外の鍋を食べ終わり、ほとんどの人がそのまま温泉に直行した。
 その際、男湯の方に向かう夕貴を見て怪訝な顔をする者がいて、
「あぁ、俺、男なんだ」
 この一言で大いに驚かせた。
 それはともかく、
「では拓那さん。また後で」
「うん、小夜ちゃん」
 男女で分かれてのれんをくぐる。

「温泉、温泉〜。これから入って〜明日の朝も入りますよ〜♪」
 春奈はさっさと服を脱いで入っていく。
「うはぁ〜おんせ〜〜ん!!」
「猫さん、走ると危ないわよ」
 続いて猫と、すっかり猫の保護者になってしまった静が続く。

「ここの効能は何でしょう。怪我や打ち身に効けば嬉しいのですけれど‥‥」
「あら? 小夜子もどこか怪我してるの?」 
 ある依頼で重傷を負い、その療養も兼ねている百地が尋ねる。
「いえ、もし怪我をした時は療養に来ようかと思って」
「そう。ここの温泉けっこう効きそうだからいいかもね」
 効果を体験中の百地がニッコリ笑う。

「やはり温泉は良いですね‥‥。さて身体を洗いましょうか」
 伊織は身体を洗い終えると、スペシャルトリートメントセットを手に取った。
(「本当に効果があるんでしょうか‥?」)
 胡散臭さを感じながら伊織はそれで髪を洗ってみた。
 本当に見違えるほど髪が綺麗になった。
「さすがはカプロイア製。無駄に凄いです」

「ほら猫さん。頭洗ってあげるわよ」
「ふにゃ〜」
 春名は隣の洗い場に来た静を横目で観察し始める。
「ん? どうかして?」
 静が春奈の視線に気づいて怪訝そうな顔をする。
「えっ? いえ、そういう趣味はないのですけど、うらやましいなぁっと‥‥」
「うふふっ。春奈さんはまだ若いもの。もう少しすれば大きくなるわよ」
「そうでしょうか‥‥」
 同い年の子よりも成長の乏しい春奈は信じられなかった。

 体を洗い終えたさやかは百地の隣に並んで湯に浸かった。
(「うわぁ‥‥おっきぃー‥‥」)
 思わず百地の胸に目がいってしまったが、そんな事をしに来たわけではない。
「百地さん」
「ん、なに?」
「隊長との馴れ初めって、どんな感じだったんですか?」
「な、なによいきなり‥」
「前から気になってたんで、この機会に聞いてみようと思いまして。で、どうだったんですか?」
「どうって言われても‥‥さやかはどう思ってるの? まずそれを聞きたいわ」
「隊長ですか? 隊長には、頼りにしていただいて‥恐縮です」
「ふ〜ん」
「それよりも百地さんと隊長の事です。焦らさないで教えてくださいよ〜」
「まぁまぁ、ここで話すとのぼせちゃうから部屋でね」
 そう言って百地は湯船から上がった。


 そして風呂を入り終えた者は外の休憩所でまったりしていた。
「お待たせしました拓那さん」
(「なんか、すっごく色っぽい‥‥」)
 湯上りの小夜子に艶っぽさを感じた拓那はドキドキした。
「いや、別に待ってないよ。はい、小夜ちゃんはビンの牛乳だったよね」
 そんな動揺は心の内で押さえて牛乳を渡す。
「ありがとうございます」
 実は小夜子の方も湯上りの拓那に内心ではドキドキしていた。
 似た者同士なカップルである。
 そして小夜子は牛乳を飲み始め、拓那はコーヒー牛乳を手に取ると腰に手を当てて一気に飲み干した。

 新居も同じように腰に手を当てて飲んでいたが、こちらはミルクティーだ。
「風呂上りには、やっぱりミルクティーだよなぁ」
 誰からも同意は得られなかったが、新居はそう信じている。

 そして温泉で白塗りのメイクを落とし、髪も下ろした夕貴が出てくると、大半の者が『誰だ?』という顔で見てきた。
「久しぶりに髪下ろしてスッピンになったもんなぁ〜‥‥。俺、鳥飼夕貴」
  この一言でまた皆を驚かせた。



 それから少し時間が経ち。
 リサに家族風呂の手配をして貰った大慈は先に一人で湯船に浸かり、沙姫と妹達が来るのをワクワクしながら待っていた。
 やがて戸が開き、冥華を連れて沙姫が入ってくる。
 2人はもちろん身体をタオルで隠しているが、大慈は目は沙姫に釘付けになった。
「兄上〜」
 続いて美空が元気に大慈の方に駆けてくるが、なぜかその像が少しぶれている。
「あれ?」
 目の錯覚かと思っていたら美空が3人に増え、一人は腹に突進。一人が首に巻き付き、一人は身体に抱きついてきた。
「大慈さん!」
「兄様!」
「美海と美虎か? どうしてここに?」
「美空が兄上を驚かそうと呼んだのです」
「そ、そうか‥‥よく来たな、美海、美虎」
 大慈が笑顔で2人を迎える。
「ん、大慈にいさま」
 そして大慈の背中にぴとっと冥華が張り付いた。
 こうして兄妹が勢揃いし、沙姫と一緒に湯に浸かる。
「気持ちいいね、大慈」
「うん、みんなで温泉に入れたし。来て良かったよ‥‥」
「大慈〜背中流してあげるよ〜♪」
「いいのか? じゃあ頼む」
 大慈は湯船から上がると沙姫に背中を向けた。
「大慈って意外と筋肉質だよね」
 沙姫は大慈の背中に見惚れながら洗ってゆく。
 触れた肌が熱くてちょっとドキドキした。
「はい、終わり〜」
「サンキュー。お礼に沙姫の背中も洗ってやるよ」
「大慈大胆〜♪ でも、お願いしよっかな」
 沙姫はタオルで前を隠しながら背中を大慈に晒す。
 背中だけでもとても恥ずかくて顔が火照る。
 軽く応じたけれど沙姫の心臓はドキドキしていた。
 大慈は顔を赤らめ、息を呑んで沙姫の背中を見つめる。
「肌が白くて綺麗だな〜」
 その一言で沙姫の心臓がさらに高鳴る。
「あ、ありがと‥‥」
 胸の鼓動が早すぎて、そう答えるのが精一杯だ。
「じゃ、洗うぞ」
 大慈も緊張しているのか声が固い。
「‥‥うん」
 大慈は壊れ物を扱うように優しく背中を洗ってくれた。
「よし終わり。じゃ次は美空だ」
 そして大慈は妹達全員の背中も洗い終え、この旅行での一番の目的を果たしたのだった。



 その後しばらくするとリヴァルとリサがやって来た。
「それじゃあリヴァルさん、また後で」
「あぁ、また後でな」
 そして2人は別々ののれんをくぐった。
「ふぅ〜‥‥いい気持ちだ。一人でこんな広い温泉に入っていると貸切にしている様だな」
 リヴァルはゆっくりと湯に浸かり、身体を洗い、もう一度湯に浸かった。
(「女性の風呂は長いものだからな‥‥」)
 そして少し長めに湯に浸かった後、桶で床を二度叩いてみる。
 すると、女湯の方からも桶の鳴る音が響いてきた。
 リヴァルはなんだか気恥ずかしくなったが、同時に心が暖かくなった。
 そして表でしばらく待っているとリサが出てくる。
「あ、お待たせしましたか?」
 上気した頬と浴衣がリサがリヴァルの鼓動を早めさせる。
「い、いや、待ってない」
「そうですか、よかった」
「なぁリサ。ちょっと庭を散歩しないか」
「はい、いいですよ」
 リサは自然にリヴァルの手を繋ぎ、歩き始める。
 リヴァルも緊張でやや体を固くしながらもキュッと手を握り返した。
 そしてリヴァルは庭の池の前まで来ると足を止め、神妙な顔でリサに話しかける。
「リサ、俺の出身は日本だということは話しただろうか。恐らく戸籍は行方不明になっているだろうがな」
「はい、聞いています」
「君にだけは伝えておこう、昔に捨てた俺の本当の名前を」



 その頃温泉にはレイヴァーと耀が入っていた。
 誰も居ない温泉で静かに落ちてくる雪を熱燗に融かしてチビリと飲むレイヴァー。極楽だ。
「雪、綺麗だね」
 壁の向こうにいる耀に声をかける。
 だが、言ってから恥ずかしくなって赤面した。
 けれど誰も見てないから気にしない。
 その時、耀もちょうど雪景色を見ていて、その声を聞いた。
「はい、綺麗です‥‥」
 本当にそう思える。
 湯煙と、雪景色と、最愛の恋人へ。
(「――乾杯」)

 温泉を出た2人は庭を散歩した。
 手を繋ぎ、雪の中を二人でゆっくり歩く。
 側に愛しい人がいて、その温もりが手を通して感じられる。
「こういうのも、いいもんだな」
「はい‥。アルさん。誘ってくれて、本当にありがとうございます。すごく‥嬉しい、です」
「あぁ、俺もだ」
 レイヴァーは耀の額にキスし、耀は頬にキスを返した。
 
 部屋に戻ってきた二人はピッタリと並べられた布団の上に腰を下ろしたが、妙に気恥ずかしくて視線を合わせられない。
「温泉、気持ちよかったな」
「はい、肌がすべすべになりました」
 けれど話している内に2人とも自然体に戻り、何時の間にか時刻は深夜を過ぎる。
「そろそろ寝ようか、あーちゃん」
「‥‥はい」
 頷いた耀の返事は何故か固かった。
 部屋の電気を消し、布団に潜り込む。
「あの‥アルさんっ。‥手を、握っていてもらえませんか‥?」
 耀の声は少し震え、瞳は薄暗がりの中でも不安気に潤んで揺れているのが分かった。
 まるで何かに怯えているかの様だ。
 レイヴァーはなぜ耀がこんなに様子になっているのか分からない。
「勿論だ。俺はあーちゃん専用だって、言っただろう?」
 けれど何も聞かず、ただ耀の手を優しく握った。
「‥‥ぁ」
 すると耀の表情が柔らかく弛緩し、
「ありがとうございます」
 心から安心した笑顔でお礼を言ってくれた。
 ギュッと握り返してきた右手はまだ少し震えていたけれど、耀がレイヴァーの手に身をよせて目を閉じる頃には止まっていた。
 やがて耀は安らかな寝息を立て始める。
 レイヴァーは軽く髪を梳いて耀の額にキスをし、
「‥‥おやすみ」
 自分の行為に赤面しつつ眠りについた。



 早朝、まだ皆が寝静まっている時間に真白とフィオナはこっそりレイヴァーの部屋にやって来た。
「じゃ、始めますか」
「ラジャー」
 フィオナが布団を捲り、レイヴァーに添い寝。
「おぉ〜とっ。フィオナさん、レイヴァーさんの布団にもぐりこみました!」
 真白がその様子を小声で実況。
 フィオナがレイヴァーをギューっと抱き締めると
「うぅ〜ん」
 レイヴァーがゆっくり目を覚ました。
「おはよう。知らなかった‥レイヴァーさんあんなに激しいなんて‥でもすごく気持ちよかったよ?」
「‥‥へ?」
 最初、レイヴァーは事態が理解できていなかった。
「なっ! なんだぁーーーーー!!?」
 だがすぐに絶叫を上げながら布団から飛び出し、自分の衣服の状態を確認する。
 もちろん着衣に乱れはない。
「あはははっ! レイヴァーさん、コレ、これですよ」
 真白が爆笑しながら『ドッキリ大成功!』と書かれたプラカードを見せた。
「‥‥へ、ドッキリ?」
 レイヴァーが目を丸くする。
「イェーイ大成功!」
 真白とフィオナが手を打ちあせて喜ぶ。
 しかし
「ア、アルさん‥‥」
 同室の耀が瞳を潤ませ、泣き出したのは誤算だった。
「あーちゃん! 誤解だっ!! 俺はなんにもしていないっ!!」
「そうですよ耀さん! これ見てください!」
「‥‥は、はい。分かってます。アルさんがそんな人じゃないって知ってます」
 レイヴァーと真白の説明で耀は頷いてくれるものの涙は止まってくれない。
「本当にごめんなさ〜い!!」
 2人は心から謝罪しつつ部屋を後にした。

 だが懲りない2人はリサにも同じ事をして驚かせた後、リサも巻き込んでリヴァルの部屋にやって来た。
「さ、リサさん。GO!」
「わ、私がやるんですかぁ?」
「もちろん。ほら、入って入って」
「ぎゅ〜っとやっちゃって♪」
 2人に促されたリサは顔を真っ赤にしながらリヴァルにギュっと抱きついた。
「ん‥‥」
 リヴァルが目を覚まし
「昨夜は、その‥‥激しくて、す、すごく、き、きっ、きもちぃ‥‥」
 中途半端なセリフだったが、同じ布団で顔を赤らめたリサに抱きつかれている事実はリヴァルの脳を沸騰させた。
「リ、リサ! えっ! なんだ? 昨夜! 激しい!? 俺はいったい君に何をして!? ナニをしたのかぁっ!!?」
「なっ! 何もないですっ! 何もしてないですっ!!」
「あははははっ! さいっこっーー!!」
「2人のリアクションおもしろすぎぃーーー!!」
「‥‥お前達の仕業か」
 リヴァルは怒気を孕ませながら布団から抜け出す。
「そこに正座しろぉーーー!!」
 3人は本気で怒ったリヴァルに出発間際までくどくどと説教されたのだった。



 そして帰りのバスの運転手の名札に『UNKNOWN』と書かれている事に気づいた者は幸か不幸かいなかった。