タイトル:それぞれの決断の行方マスター:真太郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/27 23:53

●オープニング本文


 いつ果てるとも知れないバグアの襲撃に何度となく晒され、ロサンゼルスは治安が悪化し、日々人口を減らし続けていた。
 だが、未だ町を離れる事なく、たくましく暮らしている市民もまだ数多くいた。
 今も郊外にあるショッピングモールでは、比較的安全な日中だけなら、たくさんの人々で賑わいを見せている。
 しかし、戦前に比べれば店頭に並ぶ商品は潤沢とはいえず、通りを歩き、商品を眺める人達も明るい顔をしている者は少ない。
 皆、日々生きのびるのに精一杯で、余裕がないのだ。
 しかし、そんな状況であっても、ほとんどの市民の顔には絶望は浮かんでおらず、瞳も光を失っていない。
 なぜなら絶望した者達はとっくの昔に町を見捨てて出て行ってしまっているからだ。
 残っているのは、この町が好きで出ていかなかった者、希望を失わなかった者、戦う事を選んだ者。
 そして何処にも行く場所がなかった者と、ならず者だけだ。
 そして希望を失わなかった者達は信じていた。
 かつての平和と栄光に満ちたロサンゼルスを取り戻せる日が必ず来ると‥‥。
 しかし、そんな人々の想いを嘲笑うかのように、その災厄は訪れた。

ゴゴゴ‥‥

 重低音を響かせながら地面が揺れる。
「ん? 地震か?」
 多くの人々は地震かと思ったが、地震にしてはその揺れ方は局地的すぎた。
 地鳴りはその音をしだいに大きくし、同時に揺れも大きくなる。
 そして地鳴りと揺れがピークに達した瞬間、地面が大きく盛り上がり、大量の土砂を撒き散らしながら何かが地面から姿を現した。
「キ、キメラだーーー!!」
 それを見た誰かが叫ぶ。
 黒色の体毛を纏い、口先に生えた髭を震わせながら大きな爪を振りかざす。それは確かにキメラと呼ばれる存在だった。
 1人の恐怖はあっと言う間に伝播し、大多数の恐怖となった。
 人々は我先にとキメラから逃げ出し、ショッピングモールに混乱を巻き起こす。
 幸せな笑顔は恐怖に、喜びの声の悲鳴に変わり、楽しげな足音は激しく逃げ回る雑踏に変わった。
 しかし、真の混乱と恐怖が始まるのはこれからだった。
 なぜならキメラは1匹ではなかったからだ。
 最初の現れたキメラの開けた穴から次々と現れる黒い影。
 その影は4本の足で地面を蹴りながら逃げ惑う人々の背中に襲い掛かってゆく。
 こうしてショッピングモールは瞬く間に、恐怖と、血と、悲鳴が飛び交う地獄に変わってしまったのだった。

 そんな地獄の最中。ちょうど最初のキメラが現れた場所のすぐ隣に立つデパートの一角に、一組の親子の姿があった。
 親子がいるのはデパートの3階にあるトイレ。
 なぜ2人がこんな所にいるかといえば、母親の子供が運悪くトイレの中に閉じ込められてしまっているからだった。
「アンナ! アンナ!!」
「ママーー!!」
 母親はトイレのドアに手をかけて力一杯引っぱるが、一向に開く気配がない。
 トイレのドアはキメラが現れた時の衝撃で歪んでしまっていた。これでは開くはずがない。
 叩いてもダメ。体当たりをしても逆に肩を痛めるだけだった。
「どうしたらいいの‥‥」
 途方に暮れて母親がそう呟いた時、不意に外から銃声が響く。
 軍がキメラ退治に駆けつけたのだ。
「アンナ、人を呼んでくるわ。それまで待ってて」
「やだぁーーー!! ママ行っちゃやだぁーーー!!」 
「分かってアンナ。今は他に方法がないの。大丈夫、すぐに戻ってくるわ。だから物音をたてないようにじっとして、いい子で待ってるのよ」
「‥‥うん。アンナ、いい子で待ってる」
「うん。いい子ねアンナ。大好きよ」
 恐怖を堪え、涙まじりの声で約束してくれた娘を1人残して行く事に後ろ髪を引かれながらも、母親は助けを呼び行くため駆け出した。

 その頃、デパートの外では駆けつけた軍とキメラの戦闘が行われていた。
「地面の下を潜って来るとはな。敵さんも色々考えやがるぜ」
 兵士の1人が重機関砲をキメラに正射する。
 軍が到着した事でキメラの足を止める事には成功したが、キメラの動きは思っていたよりも素早く、なかなか決定的な一撃をあたえる事ができない。
 だが、2人で巧みな連携攻撃を続けた結果、ようやく1匹にロケットランチャーを命中させる事ができた。
「やったか?」
 しかし致命傷にはならなかったのか、その1匹は近くにあったデパートの入り口のガラスを突き破って中に逃げ込んでいった。
「くそっ! 応援の傭兵達はまだ来ないのか?」
 思わずそう愚痴った兵士の目がデパートの別の入り口から慌てて出てくる女性の姿を捕らえる。
「まだ民間人がいたのか!?」
「助けに行く。援護してくれ」
「了解」
 仲間の兵士の援護射撃でキメラを抑えてもらっている間に、兵士は女性の元まで駆け寄った。
「あっ! 兵隊さん、助けてくださいっ!!」
「逃げ遅れたのか? もう大丈夫だ」
 兵士は女性を背中に庇いながら周囲に目を走らせて退路を探す。
「子供が中にいるんです!!」
「なに!?」
「助けてください!!」
 思わず振り返って見た女性の顔は、目にうっすらと涙を浮かべた必死の表情をしていた。
 しかし兵士は迷った。確かに子供の命は大事だが、目の前の女性の安全も確保しなければいけない。
「分かりました。しかし、まずはアナタを安全な所までお送りします。お子さんはその後で」
「なんですって? ダメよ! アンナは動けないのよ。こんな所に置いてはいけないわ!!」
「ですが‥‥」
「アタシより先にアンナを助けてちょうだい!!」
「しかし‥‥」
 そうして女性と口論をしていると、不意に兵士は背後に気配を感じて振り返った。
 すると、そこには今まで相手をしていたのとは違う形状のキメラが腕を振り上げて立っていた。
 兵士は反射的に重機関砲をキメラに向けようとしたが、それより先にキメラの爪が兵士を切り裂いた。
 血飛沫を撒き散らしながらふっ飛ぶ兵士。 
「キャアーーーー!!」
 その光景を見た女性が思わず悲鳴をあげる。
 その声を聞きつけたキメラは今度は女性を標的に変え、ゆっくりと腕を振り上げた。
 しかし、その腕が下ろされる前にキメラの身体に銃弾が跳ねる。
 撃ったのは先程ふっ飛ばされた兵士だ。
 兵士は傷ついた身体から血を流しながらもハンドガンを打ち続ける。
 銃弾は全てフォースフィールドで弾かれているが、兵士の思惑通り、キメラの意識を自分に向けさせる事には成功した。
「逃げろーー!!」
 兵士の叫びを聞き、女性は身をひるがえして走り出す。
 しかし、走った方向はデパートの入り口だ。
 彼女はあくまでも子供を助けにゆく道を選んだのだ。
「無茶だ!! 中にはさっき逃げたキメラが‥‥」

 そして、傭兵達が現場に到着したのは、まさにそんな時であった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ルード・ラ・タルト(ga0386
12歳・♀・GP
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
ヴォルク・ホルス(ga5761
24歳・♂・SN
ジュリエット・リーゲン(ga8384
16歳・♀・EL
神楽坂・奏(ga8838
25歳・♂・DF

●リプレイ本文

●それぞれの決断

 眼前にはモグラのようなキメラに襲われている兵士。
 キメラから逃げるように、側の建物に駆け込む女性。
 その光景を目にしただけで傭兵達は瞬時に現場の状況をおおむね理解した。
 そして理解も早ければ行動も早かった。
 真っ先に動いたのはゼラス(ga2924)だ。
「モグラは俺が殺る! あの女を追いたい奴は行け! 無線連絡を忘れるなよ!」
 そう言い捨てると、いきなり『紅蓮衝撃』を発動。 
 白銀の髪が赤く染まると同時に身体からも髪と同色のオーラが溢れ出す。
「戦場の決断は一瞬だ‥‥邂逅も、別れもなぁ!」
 ディガイアを構えながらそう叫び、大地を蹴ってキメラに突進。
 しかしキメラはもう既に兵士に向かって爪を振り下ろそうとしている。
(「間に合わねぇ!」)
 そう判断したゼラスは咄嗟に戦術を切り替えた。
「なら‥‥裂き飛ばす!!」
 近接戦は諦め、その場からソニックブームを放つ。
「この一撃! 耐えれるなら見事耐えてみな!!」
 ゼラスのディガイアから放たれた不可視の衝撃波はキメラを右腕をズタズタに引き裂き、間一髪兵士を危機から救った。
 キメラは苦痛の悲鳴を上げると血走った目でゼラスを睨む。
 どうやら地面に倒れている兵士は完全に眼中から外れたらしい。
「やるねぇ〜。ま、同じ死神の名を持つよしみだ。俺もモグラ叩きに付き合うかな」
 楽しげに言いながら肩にショットガンを担ぎ、ヴォルク・ホルス(ga5761)がゼラスの隣に並ぶ。
「お! 終わりを告げる死神二人‥‥か。まぁ、今回限りの特別だ! 常世の別れの餞別に持っていけ!!」
 盛り上がっている2人の横に南雲 莞爾(ga4272)も静かに進み出る。
「面倒にならん内に、とっとと片付けさせて貰う」
「日常の風景を破壊する‥‥随分と陰湿なやり方をするのね‥‥」
 そして3人から少し離れた所でジュリエット・リーゲン(ga8384)がクロネリアを構えた。
「よし、ここはおまえら任せたぞ。彼の者を救わんとする者は私に続けぇ〜!!」
 ルード・ラ・タルト(ga0386)が尊大な態度で陣頭に立ち、建物に入った女性を追う。
「ルードさん、一人で行っては危険です!」
「おいおい、ちっこいのが先に行くな!」
 ルードの単独行動を心配した石動 小夜子(ga0121)とザン・エフティング(ga5141)が後を追う。
「なんで民間人がわざわざ危険区域の方に入っていくんだ? おい、そこの兵士! 何でもいいからコーヒーか暖かい飲み物を作っといてくれ」
 さらにその後を、近くで別のキメラと交戦中の兵士に無理な注文をしながら神楽坂・奏(ga8838)が追う。
 4人が向かうデパートの入り口はキメラの横を通過しなければ入れないのだが、ジュリエットが矢を放ってキメラの意識を反らす。
「援護いたします。今のうちに中へ!」
 そうしてキメラの注意が反れた瞬間、ルードはチラリと倒れている兵士に目を向けた。
 胸が上下に動いているので生きているようだが、かなり辛そうだ。
 自分の身を犠牲にしてでも人を助ける。
 ルードはその兵の行動に、臣民のために己が身を晒すの王の姿を見、ひどく感銘を受けた
 本当なら『よく持ちこたえた。安心して休んでいろ』と、ねぎらいの言葉をかけてやりたかった。
 しかし、それをしていては女の姿を見失ってしまう。
(「すまぬ。そなたの事は残った者達が助けくれよう」)
 ルードは心の中で詫びながら、デパートの中に入り、残りの3人も後に続く。



●戦闘開始?

「さ〜て。とっととモグラをぶっ殺して、あの兵士を助けてやるとするかぁ〜」
 ヴォルクの髪が赤く変色し、眼光も赤く鋭くなり、戦場の赤き死神の異名にふさわしい炎のように赤いオーラを全身に纏う。
「そうですわね。早く手当てをして差し上げないといけませんし」
 ジュリエットもクロネリアに矢をつがえ、キメラに狙いを定めた。
 そんな2人を遮る様にすっと南雲が前に進み出てくる。
「‥‥悪いが面倒は嫌いでな」
 静かにそう言って『瞬天速』を発動。
 まるで2人の前から掻き消えるかのような動きで一気にキメラの懐に潜りこみ、身を腰溜めに構え、蛍火の柄に手を添える。
「道を空けて貰おう」
 
 一閃

 手元が消える程の速さの居合い抜きでキメラを切り裂く。
 一瞬後、キメラは切り裂かれた腹から大量の血を噴き出し、絶叫をあげながらグラリと身体を傾かせた。
 しかし、キメラは倒れきる前に足を踏ん張ると足元に居る南雲目掛けて爪を振り下ろす。
 南雲はその攻撃をなんなく避けると、一旦距離を置いた。
「意外とタフだな‥‥」
 南雲はそう呟くと改めて蛍火を抜いて構える。
 そして変則的に移動しながら隙を窺がっていると、不意に轟音が轟き、キメラのわき腹が弾けた。
「自分一人だけカッコつけるなよ。俺も混ぜろって。さぁて、派手に行きますかぁ♪」
 いつの間に死角に回りこんだのか、ヴォルクが嬉々としてキメラの腹にショットガンを撃ち込み、肉片と血飛沫を飛び散らせてゆく。
 ヴォルクのショットガンを撃ち終わると、今度はキメラの身体に次々と矢が突き立っていった。
 ジュリエットのクロネリアによる長距離攻撃だ。
 しかも『レイ・バックル』が付与されているため威力が普段より増している。
「目障り極まり無いわ! 速やかにこの世から消え去りなさい!!」
 ジュリエットの攻撃に合わせて、待っていましたとばかりに、もう一人の踊り狂う死神が舞い込んでくる。
「真打登場!!」
 ゼラスは滑るような動きでキメラの脇をすり抜けざまに、わき腹の傷跡をさらにディガイアで深く抉り取っていった。
 そして駄目押しのように南雲もゼラスとは逆の胴を蛍火で薙いでゆく。
 それらが致命傷となり、キメラは腹から大量の血と内臓をこぼしながら地面に倒れ伏し、二度と動かなくなった。



●追う者と残る者

 デパートに突入した4人が最初に気づいたのはグチャグチャと何かを噛み砕き、咀嚼する音だった。
 最悪の事態が4人の脳裏をよぎる。
「見ろ」
 ザンが指差す先には食料品売り場の商品に噛りついているネズミ型のキメラの姿があった。
 少し体に火傷を負っているキメラは食べる事に夢中で、こちらには気づいていない。
「よかった‥‥。私もう女性が食べられてしまったんじゃないかって。そんな不謹慎な事を考えてしまいました」
 4人はキメラに見つからないように身を潜めながら辺りを探るが女性の姿は見当たらない。
「たぶん上だろう。あのキメラに見つからないように移動するなら、そこの階段を上るしかないからな」
 神楽坂が近くにあったデパートの案内図とキメラの位置を見比べながら予測をつける。
「よし、追うぞ!」
「待てよ! あのキメラを放っておくのか? もし後ろから襲われたら厄介だぜ」
 今にも階段へ向かおうとするルードをザンが止める。
「ならどうするのだ? こうしている間もあの者はどんどん離れてゆくぞ」
「アイツは俺と先生が相手する。王様と小夜子は女を追ってくれ」
「よいのか?」
「あぁ、俺は構わないよ」
 本人の了解なくザンに討伐組にされた神楽坂だったが、元より女子供に危ない役をさせるつもりはない。
「では頼む。決して油断せぬようにな。後で必ず合流するのだぞ。王の許可なく死ぬ事は許さぬからな!」
「もちろんだ。だから安心して行ってくれ」
 しつこいぐらい念を押してくるルードに苦笑しながら、ザンがひらひらと手を振る。
「お気をつけて」
「そっちもな。そこの王様が暴走しないように見ててくれ」
「はい」
 神楽坂の言い様に小夜子がおかしそうに微笑む。
「行くぞ小夜子」
 小夜子に呼びかけると同時にルードの全身が発光、頭上で金色の冠が浮かんで回転し始める。
 そして『瞬天速』を発動すると、一気に階段を駆け上がる
 それを見た小夜子も『瞬天速』を発動させてルードの後を追った。



●戦闘開始?
 
「じゃ、いくぜ先生」
「俺は元、教師だよ。今はもう先生じゃない」
「そんな細かい事はどうでもいいだろ。ほら、1、2の」
「さん!」
「さん!」
 2人は合図と同時に物陰から飛び出すと、それぞれの得物をキメラに向かって撃ち放つ。
 轟音と共に飛来する散弾と特殊弾頭。
 その音に気づいたキメラが飛び上がるが一瞬遅い。
 神楽坂のデヴァステイターは避けたが、ザンのショットガンまでは避けられず、散弾を体に喰い込ませながら吹っ飛んだ。
「やったか?」
 確かな手応えだったが、キメラはまだ辛うじて生きている。
 キメラは血を流しながら身を翻し、商品棚の影に消えた。
「逃げたのか?」
「いや違うぞ」
 姿は見えないがキメラが走り回る音は響いている。
 しかし、そのスピードが速すぎるためか、音だけでは位置を特定する事ができない。
 2人は背中合わせに立ち、全周囲を警戒した。
「どこからくる‥‥」
 ザンの額に嫌な汗が滲む。 
 キメラの姿はチラチラと商品棚の隙間に見え隠れするが、狙いをつける間もなく見失う。
「これじゃあ拉致があかないな‥‥。俺が囮になるから姿を見せた所を殺ってくれ」
 神楽坂はそう言うとザンの了解を得る前に走り出した。
「おい先生!」
 思わず呼び止めたがもう遅い。
 ザンはすぐに覚悟を決めるとショットガンを構え、神楽坂の周囲に意識を集中する。
 神楽坂はキメラの気を引くため、ワザと大きな音をたてながら走る。
 そして見通しのよい場所に出た瞬間、キメラは姿を現した。
 その直後に響く轟音。
 ザンのショットガンは今度こそキメラの息の根を止めた。
「うまくいったな」
「あぁ。しかし、意外と大胆だな先生」
 戻ってきた神楽坂に、ザンが笑いかける。
「だから先生じゃ‥‥。はぁ、もう先生でいいか〜」
 訂正するのが面倒くさくなった神楽坂は投げやりに言った。
「ともかくキメラは片付いたんだ。2人を追うぞ」



●彼女達の決断

 『瞬天速』で一瞬の内に2階までやってきたルードと小夜子だったが、女性の姿は見当たらない。
「いませんね」
「いったいどこだ?」
 すぐに追いつけると思っていたルードが辺りを探っていると、3階へ続く踊り場に女性の影を見る。
「お前どこに行くつもりだ!」
「‥‥誰?」
 ルードが大声で叫ぶと、踊り場の影から女性が恐る恐る顔を出しながら尋ねてくる。
 遠目に見ただけなので顔では判断がつかないが、髪と着ている服の色は合っている。
 おそらくあの時見た女性と同一人物だろう。
「あなたたちも逃げ遅れたの?」
「は?」
 思いもかけない事を言われたルードは思わずポカンと口を開けて呆ける。
「ぶ、ぶ、無礼な!!」
 しかしすぐに顔を真っ赤にして怒り出した。
「あの‥‥私達アナタを助けに来たんです」
「え? 助けに来た? あなた達が?」
 女性は小夜子が言った事をまったく信じていない様子だ。
 2人は腰にそれぞれ武器を携えているとはいえ、明らかに女性よりも年下。
 ルードなどは年端もいかぬ少女なのだ。女性の反応は当然といえた。
「これを見ろ!! 」
 焦れたルードは能力を覚醒させる。
 覚醒反応によってルードの体はピカピカと発光し、頭上には怒りで普段より赤みがかった冠がいつもより早く回りだす。
「‥‥能力者」
 その光景を驚いて見つめていた女性がポツリと漏らす。
「そうです」
 小夜子が頷くと、女性はいきなり血相を変えて小夜子の手を取った。
「能力者なら助けてちょうだい! 娘がトイレに閉じ込められているんです!!」
「なに、子供? 場所と名前をすぐに言え!」
「名前はアンナ。3階にあるトイレの一番奥の個室です」
「よし! 小夜子、この夫人を頼んだ。私は子供を助けてくる」
「待ってください。アタシも連れて行ってください!」
「なに?」
 一人で行くつもりだったルードは夫人に乞われ、一瞬迷った。
 しかしすぐに夫人の安全を考慮し、やはり断ろうと考える。
「お願いします!」
 だが、夫人の瞳に浮かぶ強い意志の力を見て、また考えを改めた。
「分かった。ただし私達の傍から絶対離れるんじゃないぞ」
「はい」
 2人は夫人の前後に護衛につき、キメラを警戒して極力音を立てず、できるだけ気配も消しながらトイレまで移動する。
 幸い何事もなくトイレに到着した。
「アンナ!!」
 そして到着するなり夫人は娘の名前を呼びながらトイレに駆け込んで行く。
「ママー! ママーー!!」
 トイレの奥からは、ほとんど泣き声に近い子供の声が響いてくる。
 ずっと一人で、怖くて寂しくて、それでも言いつけを守って、ずっと我慢しながら待っていたのだろう。
「助けに来たぞ、すぐ母親に会わせてやる。ん? 扉が‥‥危ないから少し下がれ」
 ルードは扉に手をかけ、開かない事が分かると剣を抜き、中の子供に注意を促す。
 気配で子供が離れた事を確認から剣で扉を壊した。
「ママー!!」
「アンナ!!」
 壊れた扉から飛び出してきた子供を夫人はしっかりと抱き締めた。
 まるで、もう2度と離さないかのように固く。でもとても優しく。
「無事に会えてよかったですね」
「あぁ、まったくだ」
 そんな親子の感動の再会を2人は頬を緩め、暖かい気持ちで見つめた。


 
●それぞれの行方

 親子は合流した4人に護衛されながら無事に外まで連れられ、兵士に引き渡される。
 キメラに重症を負わされた兵士もゼラスとジュリエットの迅速な応急処置が功を奏し、一命を取り留める。
 もし2人の手当てがなければ命はなかった事だろう。
 兵士と親子の安全を確保した傭兵達は残りのキメラの掃討戦に参加。ほどなく殲滅する。

「あの‥‥ゼラス様」
 戦後処理をしている兵達を眺めながらジュリエットがゼラスに話しかける。
「ん、なんだ?」
「ゼラス様は兄の事をご存知なのですよね」
「あぁ、知ってるぜ」
「あの‥‥わたくしは兄と比べてどうでしょう? 兄に追いつけますでしょうか?」
「そうだな‥‥」
 ゼラスはしばらく考えてからジュリエットの頭にポンと手を置く。
「ま、筋はいいからな。これからの努力次第だ」
「そうですか‥‥。それなら一歩一歩確実に、前へ進めているようですわね」
 ジュリエットは頭を撫でられながら、うれしそうに微笑んだ。

 その頃、小夜子は急造された野戦病院に重症だった兵士の見舞いに来ていた。
 入り口で兵の居場所を聞いて奥へ行くと、何やら話し声が聞こえてくる。
「アナタが無事で本当によかった‥‥」
「いつも心配かけてすまない」
 その声は重症だった兵士のもののようで、話しているのは恋人らしい。
 小夜子は悪いと思いながらも聞き耳を立ててしまう。
「本当よ。いつも私は心配ばかり、アナタは身体はもうアナタ一人のものじゃないのよ」
「え? それって‥‥」
「うん。赤ちゃんができたの」
(「まぁ!」)
「そうか‥‥」
(「これ以上聞いてはいけませんね」)
 小夜子はこっそりとその場を後にした。
 そして野戦病院を出た後に思う。
(「あの2人‥‥いえ、3人のためにも早くこの戦争を終わらせないといけませんね」)