●リプレイ本文
のんびりと湯に浸かっていた女性5人の目の前で巨大なガマガエルがゲコゲコの鳴きながら蠢いている。
壁の向こう側からは老人や男性の悲鳴が聞こえるので、おそらく男湯にもキメラは出現しているのだろう。
「ユーたち、大丈夫かい?」
「キメラが現れましたが、此方には一般人の方々が!」
銭湯特有のエコーのかかった声で、ドリル(
gb2538)が男湯に呼びかけると、ラルス・フェルセン(
ga5133)が返事してきた。
「こちらには幸い一般人はいない。武器は私達が何とかするから、そっちは一般人を守っていて」
遠石 一千風(
ga3970)の女湯の状況と指示を飛ばす。
「せっかく依頼を終えて銭湯でゆっくりしようと思いましたのに、おちおち休んでもいられませんのかしら‥‥。まぁ、能力者の宿命ですわね、これも」
鷹司 小雛(
ga1008)がうんざりした様子で湯船から上がる。
「ねぇ、何してるの?」
腰にタオルを巻いた忌咲(
ga3867)が不思議そうな顔で、石鹸で作った泡を身体に塗っているドリルに尋ねる。
「ボクのリンドヴルムは外にあるからね。さすがに裸で外に飛び出すわけにもいかないから、こうして泡で隠してるのさ」
「あ、そうなんだ‥‥。でも、それって余計に卑猥に見える気もするけど‥‥」
「仕事帰りの風呂を邪魔するとは無粋な奴め。早々に退治してくれる」
仮面だけは付けたまま湯に浸かっていたTheSUMMER(
ga8318)が腰のタオルを巻き、能力を覚醒させると、その胸に十字架のような黒い紋様が浮かび、金髪が腰まで伸びてキラキラなびく。
忌咲は瞳が赤く染まり、一千風は全身に不思議な文様が刻まれ、ドリルは瞳がとろんと垂れ下がり、ガッチリして筋肉質だった体が蠕動し、瞬く間にモデルの様なスリムな体型に様変わりする。
「‥‥」
一瞬でレスラーから泡まみれのグラビアアイドルとなったドリルに呆気に取られる4人。
「ん? どうかしたのかい?」
「ううん、なんでもない」
なんだか釈然としないものを感じながら4人は目の前のキメラに意識を戻した。
「行きます」
小雛が『先手必勝』を使い、キメラが戦闘態勢を整える前に懐に飛び込み、キメラの頭を踏み台にして飛び越えて一気に脱衣所に向かった。
次いで忌咲とドリルが桶や椅子を投げつけて気を引いている間にTheSUMMERと一千風が接近。
「くらえっ!」
TheSUMMERがパンチをキメラの顔面に叩き込もうとしたが、不意にキメラの姿が眼前から掻き消え、拳が空を切った。
「なにっ? どこだ?」
次の瞬間、TheSUMMERの身体に衝撃が走り、湯船まで弾き飛ばされて身体を打ちつける。
キメラは天井に張り付き、伸ばした舌を鞭の様に振るってTheSUMMERを打ち据えたのだ。
「かはっ! くそっ、傷口が‥‥」
TheSUMMERは大規模作戦に参加した折に重症を負っており、今の攻撃でその傷が開いてしまっていた。
だが、キメラが天井に張り付いたため空いた隙間を一千風が舌の攻撃を避けながら突破する。
「よし抜けた」
その間にTheSUMMERは『活性化』を使って出血だけは塞ぐとふらふらと立ち上がった。
「その身体じゃ無茶だよ!」
「いや、まだいけるさ。ドリル! 私が奴の隙を作るから、その間に駆け抜けろ」
TheSUMMERは忌咲が止めるのを制してドリルに指示を与えると再び戦闘態勢をとる。
「来い、好色蛙が!」
TheSUMMERは牽制で桶を投げつけ、同時にキメラに向かって突撃した。
だが、キメラは牽制の桶を完全に無視して跳躍し、TheSUMMERにボディプレスを仕掛けた。
「ぐはっ!」
そしてキメラの下敷きになったTheSUMMERはそのままぐったりと横たわり、ピクリとも動かなくなった。
胸は微かに上下しているので気絶しているだけの様だが、危険な状態には変わりない。
「SUMMER!!」
忌咲の悲痛な叫びが浴室に木霊する。
だが、TheSUMMERが身を挺してキメラを引き付けたお陰でドリルは脱衣所まで行く事に成功した。
「待ってろ、TheSUMMER。すぐに助けに戻ってくる!」
ドリルそのまま脱衣所も駆け抜けると外にあるリンドヴルムを目指した。
そして、女湯には気絶したTheSUMMERと忌咲だけが取り残された。
そこで忌咲は気づいた。
「‥‥あれ? もしかして私一人でコイツの相手するの? 嘘でしょーーー!!」
女湯に引きつった忌咲の叫びが木霊した。
一方の男湯では雑賀 幸輔(
ga6073)とイスル・イェーガー(
gb0925)が桶や椅子を投げて牽制し、ラルスが男の子から受け取った濡れタオルで接近戦を仕掛けて一般人を守っていた。
ラルスはタオルで何度もキメラを打ち据えるものの、フォースフィールドを破れる訳ではないので、ほとんどダメージを与えていない。
対するキメラも舌を振るって攻撃するが、ラルスが巧みに避けるため、こちらもダメージはない。
やがてキメラはラルス相手では埒が明かないと思ったのか、身体を深く沈ませ、幸輔目掛けてジャンプした。
「やべっ! 逃げるぞじぃさん」
幸輔は慌てて老人を連れてキメラの攻撃を回避する。
「今です! 3人を外へ」
ラルスがキメラが動いたために空いた脱衣所を指差す。
「じぃさん、全力で表へ出ろ!」
「い、今ので腰が抜けちまった」
「があぁぁ〜〜!! もぅ、仕方ねぇなぁ!」
幸輔は老人を背負って走り出す。
「急いでください」
イスルも親子を急かして走り出したが、キメラの目がギョロリと動き、父親を見る。
「危ないっ!」
イスルは咄嗟に親子の前に身を投げ出し、キメラの舌をその身に受けた。
「ぐぅぁっ!」
バチーンと音が響き、イスルの身体にミミズ腫れが刻まれる。
「お兄ちゃん!!」
「早く逃げてっ!」
心配そうな声をあげる男の子にイスルは痛みに耐えながら叫び返すと、父親は子供を抱えて全力で逃げてくれた。
イスルはほっとした表情を浮かべたが、その顔はすぐに苦悶に変わる。
今受けた傷と大規模作戦で受けた重症の傷がイスルの身体を苛む。
だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
イスルは傷を押さえながら脱衣所に向かって走り出した。
その頃、銭湯の外に出たドリルは周りが野次馬に囲まれているのを見て驚いた。
野次馬の方も、いきなり飛び出してきた泡まみれの半裸美女を目にして驚いている。
中にはドリルの魅惑的な肢体に目を奪われ、だらしなく鼻の下を伸ばす男性も少なからずいた。
「お前らキメラが現れたんだ! さっさと逃げろっ!!」
ドリルはすぐに我に返って野次馬に怒鳴るとリンドヴルムに跨って自身の身体に纏う。
すると、野次馬の中から明らかに落胆した声や溜め息が漏れた。
ドリルはそんな事など完全に無視して、銭湯の中に戻るとさっそくガレキをどけて武器の発掘を始める。
現時点では小雛がバスタオルを見つけて自分の身に纏い、一千風が射手の指輪と紅玉の指輪とバックラーを発見しただけで、未だに武器は見つかっていない。
しかし、小雛が『豪力発現』でロッカーを持ち上げた時、ようやく一振りの刀が見つかり、彼女の顔に嬉しげな笑みが浮かぶ。
さらに、ドリルがどけたガレキの下からは超機械一号が出てきた。
「超機械じゃボクにはうまく扱えないな」
「なら、超機械はわたくしが忌咲様に届けてまいりますわ。その後すぐに一般人の方々を助けに行ってまいります」
小雛は刀と超機械一号を掴むと、まず女湯に向かう。
「忌咲様、これを!」
そして超機械一号を浴室のタイルで滑らせて忌咲に渡すと、すぐに踵を返して男湯に向かう。
だが、小雛が男湯に踏み込むのとほぼ同時に老人を背負った幸輔と、親子を連れたイスルが小雛とすれ違った。
「護衛対象は全員保護をした。攻撃は任せた!」
「分かりました。ラルス様、後はお任せを!」
「はい、頼みます」
すれ違いざまに幸輔の報告を聞いた小雛は殿のラルスが脇に退くのと同時に居合いの要領で刀を抜き払い、『ソニックブーム』を撃ち放って、まずキメラの足を止める。
不可視の斬撃を喰らったキメラは血飛沫を上げたが、それでも舌を振るって反撃してきた。
小雛はそれを易々と避け、懐に飛び込んで逆袈裟に斬りつけた後、一旦距離をとる。
「武器さえあれば後れを取る事などありません。さぁ、掛かって来なさい!」
幸輔とイスルは助けた一般人を外に逃がし、少し遅れて脱衣所に来たラルスと共に発掘作業を始めた。
「‥‥あ」
そしてラルスがある物を見つけて困り顔になる。
しかし見つけた物を皆に報告しないわけにもいかないので、ソレを持って尋ねた。
「あの‥‥下着が見つかったのですが、どなたのでしょうか?」
「えっ?」
皆の視線がラルスの手に集中する。
「っ!?」
そして、一千風の表情が凍りついた。
そう、ラルスが手にしているのは一千風のサテンネットインナーだったのである。
「‥‥さっ、触るな見るなっ!!」
しばらく凍りついていた一千風だったが、やがて顔を真っ赤にして叫んだ。
「は、はい!」
いきなり怒鳴られたラルスは素直に下着を元の場所に戻す。
「男子はみんな目を瞑れ!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
一千風はバックラーで身体を隠しながら素早く移動して下着を回収すると、更に部屋の隅まで行ってバックラーに隠れるようにして身に付けた。
(「ふぅ‥‥。ようやく落ち着いたわ。でもまだ下着姿‥‥。ううん、これは水着、水着だ。だから恥ずかしくない。恥ずかしくない。恥ずかしくない‥‥」)
一千風はそうやって自己暗示をかけ、なんとか羞恥心を誤魔化した。
「もう目を開けてもいい。その‥‥取り乱してすまなかった」
「いえ、非常事態ですからね。仕方ないですよ」
まだ少し顔の赤い一千風にラルスがフォローを入れる。
そして5人は再び発掘作業を再開し、イスルは何も見つからず、ドリルが伊達眼鏡を発見し、
「あ、パンツだ」
今度は幸輔が下着を見つけた。
「お〜い、このトランクス誰のだ〜?」
「あっ。それ、僕のです」
ただし、イスルのトランクスである。
「なんだ、お前のかよ。あ〜あ、つまらん物を見つけちまったぁ‥‥」
「す、すみません」
幸輔が本当につまらなそうに言うのでイスルは思わず謝ってしまう。
「あの‥‥なんなら履いてもらってもいいですよ」
「履かねぇよっ!!」
「す、すみません!」
そんな事が行われている少し前、忌咲はかなり危機的状況にあった。
武器もなく、サイエンティストである忌咲ではまったく勝ち目がないが、逃げるわけにはいかなかった。
逃げれば、キメラは気絶しているTheSUMMERにトドメを刺すかもしれないからだ。
なので、忌咲は手当たり次第に物を投げて牽制していたら、キメラは急に湯船に飛び込み、お湯を飲み始めた。
「何してんだろう?」
忌咲が不思議そうに見ていると、キメラは不意に顔を上げ、大口を開けて水の塊を吐き出してくる。
「えっ?」
いきなりの事で反応できなかった忌咲は水弾をまともに腹に喰らって吹き飛んだ。
「うぅ‥‥。がはっ! ごほっ!」
そのまま床に叩きつけられ、あまりの苦しさに床に這いつくばって呻いていたところにキメラが第2弾を放ってきたので、忌咲は床を転がってなんとか避けた。
キメラは2発放った後に、また湯船に顔をつけてお湯を飲み始める。
その隙に忌咲はキメラからできるだけ離れながら傷の具合を診た。
お腹には青黒い痣が浮かび、胃の中のモノを戻してしまいそうな不快感がある。
「うえぇ、気持ち悪い‥‥。こんな傷『練成治療』が使えればすぐに治せるのに‥‥」
そうしている間にお湯を補給し終えたキメラが再び水弾を放ってくる。
忌咲は咄嗟に傍にあった桶で防ごうとしたが、それで威力を殺せるわけもなく、再び水弾を喰らって床を転がった。
しかも今度は2発目も床に寝転がったまま受けてしまい、背骨が折れそうな衝撃が忌咲を襲う。
(「ぅっ‥‥今ほど超機械が欲しいと思った事はないわ。誰か私に超機械を‥‥」)
「忌咲様、これを!」
薄れゆく意識の中でそんな事を考えていたら目の前に超機械が滑り込んできた。
「えっ? ホントに超機械?」
その時、忌咲の目には小雛が女神に見えたという。
忌咲は超機械に飛びつくと、大急ぎで『練成治療』を使って傷を治した。
しかし、治した直後にまた水弾が忌咲を襲い、再び傷を負う。
「イタタっ! 傷は治せる様になったけど、これじゃあ延々と拷問受けてる様なもんだよぉ〜〜!!」
思わず弱音が漏れたが、今の忌咲にできる事は仲間を信じて練力が続く限りキメラの攻撃に耐える事だった。
だが、なかなか仲間はやって来ず、忌咲の練力は着実に削られ底をつきかけてくる。
「みんな〜〜!! 早く助けに来てぇーー!!」
「なんか忌咲さんがヤバそうだ。早く武器を見つけないと‥‥って、出たぁ!!」
忌咲の叫びを聞いて焦っていた幸輔だが遂に蛇剋を発見し、高々と掲げる。
「こっちも出た」
「こっちもだ」
そして一千風がアルファルを、ドリルが蛍火を発掘した。
ちなみに、ラルスはオブシディアンリングを見つけ、イスルはまた何も発見できない。
「よしっ! 今行くぞ忌咲さん!」
3人はそれぞれ武器を装備すると忌咲を救うべく女湯に向かい、さらにその後に男湯のキメラを退治し終えた小雛も続く。
一千風は射程距離に入った直後にアルファルを引き絞って矢を放ち、キメラの意識を忌咲からコチラに向けさせる。
「うおぉぉぉ!!」
そこにドリルが走りこみ、蛍火で叩っ斬りつつ『竜の咆哮』で湯船の中から弾き飛ばす。
そして床で仰向けになったキメラの上に幸輔が乗り、蛇剋で腹を切り裂く。
苦しみもがくキメラから幸輔は素早く離れ、その腹に一千風がさらに矢を撃ち込み、最後に小雛が刀を深々と腹に埋め込んでトドメをさした。
「カーテンコール。目標の沈黙を確認。大丈夫だったか、忌咲さん」
そう言って幸輔が振り向いた先には、ほとんど外れかけているタオルを腰に纏っただけの忌咲の姿があった。
「あの‥‥あんまりじろじろ見ないで欲しいんだけど」
「いやっ! 見てない! 俺は何も見てないぞ〜」
胸を手で隠した忌咲に睨まれて慌てて目を反らした幸輔の視線の先には、ほぼ全裸で倒れているTheSUMMERの姿があり、さらに目を反らした先には侮蔑の表情で自分を見る女性達の姿があった。
「いや、本当に見てないって! これは事故だぁ〜〜!!」
パンッ
そして幸輔の頬に紅葉が刻まれた。
その後、TheSUMMERを病院に送り、残った者達で全ての装備を発掘し、イスルがメイド服を持っていた事が判明して真っ赤になり
「えと‥‥バイト衣装‥‥。‥‥いや、知り合いがどうしても、って‥‥お給料‥‥いいんだよ‥‥」
また埃まみれになった一同は本部に戻って再び風呂に入りなおしたという。