●リプレイ本文
凍て付く空気の中、建物の陰より様子を窺ってみる。
「これは少々厄介な事になりましたね」
時期的に既に夏であると言うのにも関わらず、狭霧 雷(
ga6900)は腕を擦る。
件の時計塔の直近ではないものの、既に気温は充分に冬のそれであったのだ。
「閉じ込められたってのに、随分と余裕だなぁ」
先程の救助要請を受ける限りでは、然程焦っていなかった様に思える。
獅堂 梓(
gc2346)は、呑気な声色と差し迫った現在の状況を照らし合わせて頬を掻く。
雷の言う様に確かに厄介な事態ではあるのだが、ベリィの様子がどうしても噛み合わないのだ。
偶にそう言った性質の人間が居るとは言えども――
「何で自力で脱出しなかったのよ‥‥」
アイ・ジルフォールド(
gc7245)は額に手を当て、頭痛に耐えている様だった。
そう出来なかった可能性も有るが、簡潔過ぎた要請に不明瞭な部分も有る。
ベリィに何か言うのは、キメラを排除し、助け出してからでも遅くはない。
アイはそう思考を切り替えて、得物を握り直していた。
「最後にとんだイベントね」
小さな身体に、凶悪な武器を揺らしてエヴァ・アグレル(
gc7155)は首を傾げる。
お姫様を救出する図を思い浮かべている様だった。
そう思えば、とんだイベントなのかもしれない。
実際に時計塔を守っているのは、先程まで戦っていたものと同じ種。
差し詰め、門番をする鎧のモンスターと言った所だろう。
最後尾、時計塔を見上げながら、悠夜(
gc2930)は同じ様に考え込んでいる。
そして、何かを一つ一つ小声で呟いている。
エヴァの様に幻想的で、詩的な事だったら未だマシだったのかもしれない。
「美人だな。 金髪でボイン(死語)だし。 俺の嫁とは、また違った魅力だぜ」
嫁、と言えば梓の事なのだが、明らかに別人の特徴である。
その呟きが彼女に聞こえていたのか、梓は死んだ魚の様な目で後ろを振り返ったのだった。
「よ、よし‥‥じっとしてても、状況は変わらないんだし‥‥皆」
悠夜が取り繕う様に声を上げれば、八人は徐に配置に付き始めた。
上手い事生き延びた、悠夜はそう思うと安堵の溜息が出てしまった。
巳沢 涼(
gc3648)の確固たる思いが、彼を戦場へと駆り立てる。
聞けば、ベリィはカミカゼ家の長女であると言う。
ならば、彼にとって彼女を救出しない訳にはいかないのである。
ベリィの妹、アルエットとのツーショット写真の為に。
「それに俺は、ポニーテールも好きだからな」
何時に無く真剣な表情は、正に戦士の顔。
その下の真実はどうあれ。
「さてと、行こうか。 悠、巳沢さん」
梓は対面の建物に手を上げて合図を送り、一気に通路へと躍り出た。
同じ様に反対側から三人の人影が、時計塔へと向かい、走り出していた。
その中に何処かで聞いた様な女性の姿が在った。
赤黒い刃の戦斧を担いだ、ミリハナク(
gc4008)である。
「エースを名乗る以上、敵を倒す事が目的ですわ」
それに何より、倒す過程で己の得物の威力を確かめる事。
ベリィと話したい事も有る様だったが、それがミリハナクにとって重要な事であった。
勿論、先程試し斬りを行った訳だが、未だ足りない。
もっと確かめねばならない事も有るのだ。
迫る邂逅の時を目の前に落ち着かない気持ちになっているのは、彼女だけではない。
同じ金髪を揺らし、対照的な体格の影。
美具・ザム・ツバイ(
gc0857)は、時計塔の門番の姿を確認して改めて呟く。
「意外と大きいな‥‥」
それは率直な感想で、それ以上に特別なものは無い。
有るとすれば、奇妙な話、嬉しさだろう。
しかし、彼女の信ずる道、ノブレス・オブリージュの精神の前ではそれも小さい。
青き瞳には、慢心や油断などは存在していなかった。
その行進を察知した、門番ユミールは武骨な氷塊を生成し、投げ付ける。
左右、どちらのユミールに対しても、其々二人ずつ張り付く手筈。
唸りを上げて、梓のガトリング砲が数多の鉛弾を吐き出す。
それとは別に、電撃を纏った一矢が空間を駆け抜けて行く。
その矢が敵を捉えた時には、既に射手の姿は無い。
射手、アイは気配を殺して、暗がりに潜行したのだ。
自身に突撃してくる二人、反対側で巻き起こる弾幕に因る砂煙や派手な音。
ユミールにはアイの姿を捉える事はほぼ不可能な状況だった。
「出来れば、キメラの死角から入りたい所なんですが‥‥」
ユミールの警戒能力は高くない様で、塔に回り込む事は案外容易な事だった。
しかし、敵は入り口付近から動く様子が無い。
雷の言う様な死角は無いのだ。
「ベリィさん、入り口の他に侵入出来そうな所は在りますか?」
「あぁ〜、野菜は大きい方が‥‥いえ〜、在りませんねぇ〜」
寒さの為か、少し弱ってきている様にも聞こえる。
いつもの調子で思っている事が口に出てしまう分、未だ大丈夫なのだろうけれども。
もし、安全に救出を行うならば、壁を破って死角を造ってしまえば良いのだろう。
雷とエヴァは、先ずはその作戦を試すべく時計塔へと近付いて行く。
「今から時計塔内部へ、壁を破って入ってみようと思います」
雷は無線に投げ掛けて、顔を上げる。
時計塔の外壁には薄氷の幕が張っていた。
特に融けた様子もなく、やはり、時計塔内部の温度はかなり低いものなのだろう。
「お姉さん、時計塔の一番下に居るのよね?」
「え? えぇ〜、そうですよぉ〜。 入り口近くに居ますよぉ〜」
ベリィとの通信を終えたエヴァは、早速手にした大鎌を壁に突き立ててみる。
しかし、元々斬り裂く為の得物である為か効果は殆ど無い。
氷がその強度を増しているのかもしれない。
精々、その切っ先が薄氷を突き破って壁に刺さる程度のものだった。
任せてください、と雷が一歩前へと出る。
白竜の姿をした彼は全力で脚を振るうが、やはり爪とて同じ様な結果だった。
単純な膂力の差で、雷の方がやや深めに削り取ったくらいだろうか。
そのまま壁に穴を開ける事は出来るのだろうが、それでは些か時間が掛かる。
エヴァと雷は塔から離れると、次の一手に出る。
「お姉さん、頭抱えて入り口の所から動かないでね」
エヴァはそう一言告げると、弓を取り出した雷へと頷く。
カーボン製の体に積まれているのは火薬。
雷が引いている物は所謂、弾頭矢と言う代物だった。
しかも、唯単純に撃つだけでは無い事を、その矢に纏わせたオーラが物語っていた。
轟音と共に白銀の装甲が火花を散らし、その衝撃でユミールの巨体が僅かに後退する。
銃とは言え、集弾率の関係上で見れば、散弾銃は接近戦でこそ真価を発揮する。
それだけ反動が強い訳なのだが、悠夜は能力者故、軽々とそれを抑え込んでいた。
大きく踏み込んだ先、既にユミールの両腕が届く距離だ。
それでも、悠夜は引かずに戦闘を続行する。
強気の姿勢を崩さない悠夜の前で、ユミールは咆哮する。
その声とは別に、耳を劈く様な高音が辺りを支配する。
「何だか、嫌な予感‥‥」
梓は咄嗟に射線を変える様に走り出す。
次の瞬間、ユミールは虚空を掴み、その腕の筋肉や骨を軋ませながら振り抜いていた。
梓の言う「嫌な予感」は、予感では終わらなかったのだ。
如何に能力者と言えども貫かれれば一溜りも無い様な太さの氷の槍。
それが梓の立っていた場所に深く突き刺さっていた。
舌打ちを一つ鳴らすと悠夜は、得物を持ち替えて青眼に構える。
が、彼が踏み込むより早くに、ユミールはもう一つの槍を薙ごうとしていた。
良くないタイミングであった事は間違い無かったのだが、悠夜に槍が直撃する事はなかった。
先駆放電が視界の端に映り、後はそれが示す事実を信じるのみであった。
「助かったぜ‥‥」
「リア充が爆発するのは、後でも良いからな」
悠夜の剣は寸での所で槍の穂先を弾いたらしく、腕に残った痺れだけが痛手であった。
今まで牽制をしながら、機を窺っていた涼が一気に肉薄してきたのだった。
銃から持ち替えられた雷槍は、ユミールの片膝に突き刺さり、その体勢を崩したのだ。
緊急的に飛び込んでみたものの、得られた結果は充分だった。
「まぁ、あっちみたいにはいかないけどなっ!」
涼と悠夜は反撃を受ける前にユミールの元から、一旦距離を取る。
そして、涼は「あっち」を横目で見て苦笑せざるをえなかった。
何しろ、屈強な敵が許しを請う様な姿で膝を突いていたのだから。
エースの定義など其々存在しているものである。
しかし、これはその中でも分かり易い形であろう。
輝きを失った戦斧は、酷く重厚で、その質量を如実に表している様だった。
「あぁ、やっぱり破壊力重視の斧は良いですわよねぇ」
ミリハナクは惚けた吐息を漏らして、目の前に崩れたユミールの巨体を見下ろす。
ミリハナクが断ったのは膝を中心に、上と下。
白銀色の装甲は砕け散り、形容し難い血の色を浴びながら、そこら中に飛び散ってしまったのだ。
脚は封殺したとなれば、後は簡単な話かと思われたのだが――
異音が響き、強烈な冷気がミリハナクと美具の間を吹き抜けると同時に、幾つもの氷塊が飛ぶ。
その中で美具は普段とは違う得物を抜き放って、前傾姿勢のまま攻めに転じた。
冷撃の範囲内に居たアイは、その気配を読むと回避運動を止めて見晴らしの良い所に躍り上がる。
少女の手で引かれた弦は、キリキリと音を立てて弓を撓らせる。
狙うべきは振り上げられた腕。
一瞬で造られた為か不細工な形とは言えども、美具が大鉈の様な氷塊に潰される所は見たくない。
破裂音を鳴らして矢が高速で飛ぶ。
それは美具の頭上を越え、氷塊の間隙を縫って、ユミールの腕に易々到達した。
武器破壊、とまではいかなかったのだが、ユミールの腕は大きく跳ねて硬直する。
ユミールがその事に気づいた時には、第二波が巨体に叩き込まれていた。
初手でミリハナクが削り荒らした道路を、更に破壊して進んだ衝撃波。
炎剣流派ザム・三斬、必殺の一手。
「そちの冷気と美具の炎、どちらが勝るか勝負なのじゃ」
息を一つ吐き切る前には、美具はユミールの眼前で刃を返していた。
全力を持って叩き込んだ三連撃は、見事なものだったのだが、後一押しが足りなかった。
美具を捉えて、今度は氷飛礫を撒き散らしていくユミール。
アイはそのしつこさに半ばうんざりしながらも、一つ、二つと矢をくれる。
それでも嗤う様に声を上げてユミールは膝立ちのまま倒れない。
「案外しつこいですわね‥‥それに余所見も多い」
氷飛礫の中を進んで来たミリハナクは、肩口に薄い切り傷が出来てしまっている。
しかし、確実な歩みはお互いをお互いに斬り潰せる位置にまで進んでいる。
ミリハナクの指先に既に感覚は無く、恐らくこれ以上は凍傷の危険性もあった。
後は一撃の下に賭けるしかなかったのだ。
瓦礫を避けて時計塔の内部に入った雷。
とりあえず、外の警戒はエヴァに任せる事にしたらしかった。
中は殆ど何も無く、比較的広く、簡素な造りになっていた。
その中央には、此処に来る前に逃がした内の一体、ユミールの亡骸が転がっている。
それよりも奥、入り口の手前には屈んだままのベリィの姿が在った。
雷は声を掛けようとして、様子がおかしい事に気付く。
「ぁ‥‥鎧の関節部分が凍っちゃってぇ〜‥‥それとぉ〜‥‥」
シチューがどうのこうのと言って、ベリィは動かなくなってしまった。
「エヴァさん、手伝ってもらって良いでしょうか?」
その呼び掛けに応じて、エヴァも壁の穴を潜って雷とベリィの元へと駆け寄る。
どうやら体温が下りきってしまって、衰弱している様だった。
「脚の方をお願いします」
「こうね」
とりあえず、この場を離れて体温の回復を待った方が良さそうな状態だった。
そんな訳でベリィを運び出す事にしたのだが、文字通り動けない彼女は抱き上げられず――
仕方が無いので屈んで達磨の様に丸まった状態のまま、ベリィを移動させ始めたのだった。
状況とは裏腹に、非常にシュールな光景である事は否めなかった。
「ちょっと戦況を見てくるわ」
エヴァは、救急セットで切り傷などを治療している雷に一声掛けて雑木の中に入って行く。
此処は丁度、戦場から時計塔を挟んで反対側に位置している。
ユミールに気付かれない様にするには持って来いである。
「一人で戦うのは避けてくださいね。 何が有るのか、分かりませんから」
「そ、そうですねぇ〜‥‥雪山で遭難する気分を味わうのは、もう充分ですねぇ〜」
そんな気分だったのか。
雷はカタカタと震える肩を見ながら、苦笑するしかなかった。
「ずっとオレのターン! ‥‥ってやつだっ。 さっさとケリを着ける。 悠、連携でいくよ!」
梓の呼び掛けに、気合を吐いて応えたのは前線に居る悠夜だった。
砲身の回転数が跳ね上がって、鉛の嵐がユミールに叩き付けられる。
「二人の愛の共同作業だな! ユミールだか、夢見るだか知らねーが、とりあえず打ち壊す!」
弾幕で身動き取れない敵に、全身全霊を込めた一撃を浴びせる悠夜。
その剣はユミールの巨体に吸い込まれ、大きく仰け反らせた。
何時の間にか距離を詰めた梓が、またもガトリング砲を唸らせる。
そうして押し込み、押し込み、最後の一押し。
涼がバハムートの馬力を利用して、槍をその胴体に穿つ。
そのまま時計塔の壁に磔にして、もう一歩深く押し込む。
暫しの沈黙の後、ユミールは凍り付いた様に動かなくなってしまった。
「鎧と魔法、ファンタジーみたいで楽しかったけれど」
もう御終いね、と残念そうに呟いたのは、様子を見に来たエヴァだった。
雷に諭され、アイに怒られたベリィは肩を落として頭を下げた。
呑気な彼女でも、流石に悪いと思ったらしい。
覚醒を解いたアイは、腰に手を当てて、怒られた子供を見る様に溜息を吐いた。
そんなベリィに気を使ったミリハナクが声を掛ける。
「戦場だからこそ、華やかなドレスは必要ですわよね」
そんな言葉に分かり易く飛び跳ねたベリィは、辺りにお花を撒き散らす。
実に単純であった。
「やはり、ボイン(死語)は良いな‥‥ベリィさんの方は‥‥」
どう考えても胸じゃなくて装甲だろう、と気の毒に思う悠夜。
本当に気の毒な事になるのは、彼であると言うのに。
「悠、とりあえずハチの巣になっとく?」
「ちょ!? ち、違うんだ!」
そう叫んで、悠夜は涼に目配せをする。
助けてくれと言う事らしいのだが――
「これだからリア充って奴は‥‥早く世界滅びないかな‥‥」
(まぁ、だから獅堂さんの良さに気付くってもんですよ)
「逆! それ、言ってる事と思ってる事が逆!」
「あ、ベリィさ〜ん! 今度アルエットちゃんと――」
エヴァを交えて三人で話し込んでいる中に、涼は行ってしまった。
流れる汗は、恐怖の味だった。