●リプレイ本文
弾指の間が開けば、ウルシが声を張り上げるだけだった。
それは八機の機影を追い越して、冥銭の如く敵機群に手向けられた。
戦乙女が死者に贈り物をするのか、如何かは分からないのだけれども。
兎に角、伸ばした白煙を幾重にも重ねて、それは飛んだ。
千の弾道が描く模様を眺めて、女は嬉々とした溜息を漏らす。
「華麗にして荘厳‥‥流麗にして熾烈‥‥!」
表情こそ変わっていないが、BEATRICE(
gc6758)は明らかにいつもと違う。
分かり難いが高揚していたのであった。
最も好ましい状況が目の前に広がっているのだから仕方が無い。
「手前ェらは上だ。 出迎えは任せた」
圧倒的な光景の中で、ウルシの命令が響く。
それに従って、Anbar(
ga9009)のシラヌイが、徐々に加速をし始める。
各機のレーダーには敵の一部隊と思われる機影が映り、邂逅の時が近い事を告げている。
月森 花(
ga0053)は顔を上げて、金の瞳を前方に向ける。
次々と何かが弾け、轟音を立てる中――
自身の「愛すべき空」を穢す者達が、此方に向かってくるのである。
「一匹たりとも、逃がしはしないんだから」
爆発に伴った鳴動は、まるで花の憎しみを表すかの如く激しい。
肌を打つ感覚に、グリフィス(
gc5609)は小さくさてと呟く。
「自分の役割はきっちり果たすか!」
接触まで残り数秒足らず。
其々の機体が、高度を上げながらジークルーネとの距離を取って行く。
「充分過ぎる! 贅沢なお喋り相手だぜ」
漣はそうして加速していく。
率いていた戦力は、先手を打たれて何機か落ちてしまっている。
が、その事が余計に戦いを楽しませてくれる要因になっている事は事実。
人類側も大した余興を用意してくれたもんだ、と漣は独りごちる。
「さ、行くぜ」
漣を追い越す形で、五機のHWが飛ぶ。
黒煙や炎が撒き散らされる中、それを掻き分けて直進する存在。
フローラ・シュトリエ(
gb6204)は淡紅色の光源を感知して、機体を大きく傾ける。
敵の攻撃、所謂、プロトン砲と言うやつだ。
その威力を考えれば、例え一機のHWだとしてもジークルーネに近寄らせる訳にはいかない。
「一機ずつ確実に落とさせてもらうわよー」
呟くと同時に先頭を切って高度を併せてきたHWに照準を合わせる。
強化されているとは言え、小型の機体に穴を開けるくらいならば、然程難しくはない。
フローラはそれでも油断はしない様に、己の機体の特殊なシステムを起こす。
そうして放たれた光線は、強化小型の装甲を掠め、ドロドロと溶かしてしまう。
強化小型はそれ以上の攻撃を受けない様に、有り得ない角度で旋回する。
通常では追い切れない動きではあるのだが、流石に易々と逃がす訳にはいかなかった。
出撃前のシミュレーションでは、確実な手応えは有った。
石田 陽兵(
gb5628)はトリガーを引いて、その弾丸の行方を追う。
小さく「良し」と呟くと、更に機体を加速させる。
陽兵の攻撃は、強化小型の装甲を掠め、溶け始めた部分を幾らか剥がしていた。
この機体の初陣となる形だが、今の所は上々と言った感じである。
「低い所から来るぞ」
Anbarの声に、陽兵は機体を切り返しながら下方を確認する。
ばら撒かれた紫色の光弾が、収束する様に此方に飛んで来ているのが分かった。
それ以上の追撃が無い様に、AnbarとBEATRICEが機体を滑らせる。
今度は狙いが此方に向いたのだが、それでも問題は無い。
Anbarの機体は収束してくる光弾の網を抜けて、軸外から攻撃を仕掛ける。
轟音を立てて、多数の弾丸を吐き出し、第二波として飛び込んできた中型HWと擦れ違う。
その一回では落ちなかったのだが、後ろにはBEATRICEが控えているのだ。
迅速さを心掛けながらも、さして焦って次の行動に移ると言う事はなかった。
「千発では不足でしたか‥‥?」
では、と続けるとBEATRICEはコンソールを叩く。
モニターにはロングボウIIのシステムが起動した事が示される。
敵に意思が存在していたのならば、驚いたであろう。
BEATRICEの機体は、注ぎ込めるだけのミサイルを吐き出したのだから。
数はジークルーネの物よりも少ないのだが、唯一機の機体が吐き出す量としては大分多い。
中型は回避行動を取りながら、プロトン砲を撃って反撃に出る。
BEATRICEのミサイルは確かに中型を捉えたが、未だに落ちない。
衝撃で揺れる機体の体勢を無理矢理戻すと、レーダーに映る影に視線を上げる。
「そんなんじゃあ、すぐ終わっちまうぜ?」
漣が放った、雨の様に降り注ぐ紫の光弾がBEATRICEの機体を襲う。
中型からの反撃は回避出来たのだが、流石にこれには無理があった。
「これ以上はっ!」
漣と水平方向に着けていたエイミ・シーン(
gb9420)が、高速で接近する。
接近してくるのはその巨影だけではなく、壁の様な鉛の弾幕も、である。
あっという間に砲火を終了したガトリングに次いで、エイミは更に武装を展開している。
コクピット内部でニヤリと笑うと、漣は高度を一気に落として回避行動に専念する様に動き出す。
大したダメージにはならないとは言えども、弾幕にまともには突っ込めない。
最低限のダメージで切り抜ける様に高度を変え、軸を変え、逃げ切ろうとする。
面倒な相手だと、エイミは眉を顰める。
しかし、これで誘き寄せるには充分だった。
「ん‥‥これで‥‥」
漣は舌打ちをして、一度スピードを緩めた事を後悔した。
背後からエレシア・ハートネス(
gc3040)に狙われていたのだ。
高速で飛来するミサイルを引き連れながら、漣は再度機体に火を入れる。
それに追随する様に、エイミとエレシアは漣の両翼に張り付く。
「ん‥‥私が援護するから‥‥エイミは攻めをよろしく‥‥」
エレシアの声を聞くや否や、エイミは「了解!」と声を上げて、機体を漣に徐々に寄せて行く。
漣がミサイルを完全に回避する頃には、次の一手が打たれていた。
「これじゃあ、本当にすぐに終わっちまうじゃねぇか!」
装甲が弾けている事は気にせず、漣はプロトン砲を接近してくるエイミに向けて放つ。
「果たして、貴方に私達と踊るだけの資格は有りますかね?」
男の、漣の粗雑さや乱暴さは、とても優雅なダンスを踊れる様なものでは無かった。
漣の言い放った事はあながち間違いではなかった。
「すまない、援護を頼む!」
グリフィスの呼び掛けに、フローラが応える。
強化小型に張り付き、好機を窺っていたグリフィスだったが、遂に打って出る事にしたのだ。
強化小型はその動きを察知したのか、反転して向きを変え、そのまま大きな弧を描く様に飛ぶ。
流石の動きに、グリフィスは追う事だけで精一杯と言った所なのだが――
離れた所から、一気に肉薄してきたフローラが逃がしはしなかった。
可能な限り接近すると、機体を強化小型に対して垂直に立てる。
射程圏内には未だ少し有るが、フローラは一つの確信を得るとブースターに火を点けた。
後方からは体勢を整えたグリフィスが迫ってきている。
早期に、しかも確実に落とすには今が好機中の好機である。
翼が薄く発光して、空気の層を文字通り裂いていく。
その翼先が強化小型の装甲を捉え、火花を散らしながら少しずつ食い込んでいく。
鉛の弾丸を軽く弾いてしまう事も有る装甲が、まるで別物の様に柔らかい。
隙間から黒煙が漏れ、放電が発生したのを確認するとスピードを落とし、後方へと退く。
充分過ぎるお膳立てだ。
「全力全壊! こいつで止めだ!」
グリフィスが気合を吐くと、彼のシュテルンの翼が動き始める。
最もベーシックな形から変化したフォルムの機体が、砲身の先に敵機を捉える。
直線に並ぶとグリフィスはトリガーを引いた。
三本の光線が強化小型を貫くまで、殆ど一瞬だった。
その様子を眺めながら、フローラはレーダーで次の標的を捜す。
少し離れた所では、もう二機の味方機が敵機と交戦している。
「派手な物は積んでないんでね、頭使って地味にいくさ」
陽兵は自身の後方に着いた強化小型を尻目に、武装を一つ展開させる。
宙空にばら撒かれた物は、今まで通りの鉛のそれではない。
強化小型の誰も乗っていないコクピット内部では、そのモニターに異常が示されていた。
重力波の大きな乱れ。
こうなってしまってはフェザー砲の精度も大分落ちてしまう。
陽兵は回避行動を続けながら、機首を上方へと向けると、更に上へ、上へと向ける。
それを追おうと強化小型も、機首を上へと向けるのだが――
下方より花の攻撃が届く。
激しいエネルギーの奔流は、ミサイルが見事に命中した証拠である。
その衝撃で、満身創痍になってしまった強化小型。
しかし、戦いを止めようとする気配は無い。
無人機故の行動なのだろうか。
それでも手負いに違いない訳であり、戻ってきた陽兵は難無く照準内にそれを収める事が出来た。
螺旋運動を行いながら敵機の機体に食い込んだ自身の攻撃を確認する。
爆炎が噴出したのは、その直後の事だった。
残りは中型HWが二機、強化小型HWが一機。
その内、中型一機は完全にその退路を絶たれていた。
初手を許した時点で、既に損傷が大きかったのかもしれない。
BEATRICEが追加の百発を、その後姿に向けて発射する。
振り切ってこない、と言うか振り切れないのだろうと確信したのだ。
中型と並走する様に飛んでいたAnbarは、その攻撃を確認すると、すぐさま離脱する。
勿論、中型は射程圏内に入れたままだ。
速度を落として、ミサイルの行方を目で追う。
数秒の後、黒煙の中から現れた標的。
それに向かって、Anbarの機体からミサイルが吐き出される。
敵機に避けるなどと言う選択肢は無く、ただただミサイルが届くのを待つのみであった。
「さて、さっさと艦長席の気風の良い姐さんの期待に応える事にしようぜ」
そう言って、Anbarは切り返す様にその場を離れていく。
敵の残機を確認しつつ、BEATRICEもAnbarに続いて機体を傾ける事にした。
強い衝撃と振動がエレシアの身体を貫いて揺らす。
直撃、とはいかなかったのだが、プロトン砲の餌食になってしまったのだ。
「ん‥‥アストレア‥‥耐えて‥‥」
警告音が鳴っていない事を考えれば、然程問題は無いはずだ。
そう思えば、未だ強気に出る事が出来る。
漣を正面に据えたまま、エレシアはトリガーを引く。
47mmの鉛嵐が漣を押し返す様に飛び、火花を散らしていく。
しかし、漣は逆巻く事は無かった。
寧ろその勢いを増して、津波とも呼べる突進の仕方であった。
「行け行け行けぇ! 未だ沈まねぇだろぉ!」
あからさまに獰猛な光を放って、もう一つプロトン砲を見舞ってくる。
それがエレシアの下へと到達する前に、己を滑り込ませたのはエイミだった。
勿論、真っ向から受け切る為ではなく、その覚悟を持って攻勢へと出る為だった。
エイミは歯を噛み締めて、波打つ様な衝撃に耐える。
掠った程度とは言え、サイファーでなければこうはいかなかったかもしれない。
リスクを有る程度冒した甲斐有って、結果は上々。
漣の性格上、正面から潰しあう事は明白で有った訳で有るし――
「シュプール1、援護に回る」
「少ないが、全部持ってけ!」
グリフィスと陽兵が援護に回ってきたのだ。
仲間の張った弾幕を背に、エイミは身体に掛かるGを感じる。
「当たったら痛いですよっ!」
その言葉が漣に届いたのかどうなのか分からない。
何とも呆気無い幕切れでは有ったのだが、捉えられた漣は脆くも海へと崩れ落ちていったのだ。
大きく息を吐いて、後方からの射撃を止めたエレシアは味方機の状況を把握しようとする。
視界の端に映ったのは、フローラ機。
哲学の名を冠した砲身が、残光の軌跡を描いて中型を撃墜した瞬間だった。
「残り一機‥‥ジークルーネに向かってるぞ!」
爆発や雲に紛れて、一機の強化小型がジークルーネに向かっている。
考え難いが、敵部隊の指揮を執っていた漣が掛けておいた保険なのだろうか。
Anbarが声を上げると、仲間が一斉に引き返そうとする。
そんな中で花が小さく、小さく「大丈夫」と呟く。
バグアは殲滅するのみ。
「この一閃、その身に刻め‥‥月華迅雷」
真昼の月光は、いとも簡単に手負いの強化小型を砕いてしまっていた。
「シャワーだぁ?」
エレシアの要望に頭を掻くウルシ。
何とかテマラ近海の戦域を抜けたのだが、未だに油断は出来ない。
第一種戦闘配置が第二種に落ち、その状態を維持したままなのである。
「ラバトは近い、もう少し我慢しておけ」
モニターに映ったエレシアは、無表情なまま「残念‥‥」と呟くだけだった。
「それと、写真。 俺と撮ってもしょうがねぇだ、ろ‥‥」
代わりにモニターに映ったのはBEATRICEなのだが、此方も無表情なまま肩を竦めていた。
ウルシは目頭を押さえて、溜息を吐く。
「まぁ、シャワーの件と同じだ。 もう少し我慢しておけ、後で撮ってやるから」
陽兵はその様子を見ながら、とりあえずフォローの言葉を掛けてみる事にした。
「えっと、アレだ。 椅子に座りっぱなしだと身体に悪いですよ」
状況が良ければ一緒に新しい艦内を見て回っても良いかも、とは考えていたのだが――
「そうだな‥‥何処ぞのオッサンみてぇに、暗殺されました、なんてオチにならねぇ様にしねぇとな」
首を鳴らして、椅子から立ち上がってモニターの前から去って行くウルシ。
モニターの向こう側、その背中を見てエイミとAnbarは思った通りの人物だと、苦笑するばかりだった。