タイトル:環天頂アークマスター:東雲 ホメル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/18 00:27

●オープニング本文


 ロンドンの郊外へ出かけた時、親の運転する車の中でそれを見た。
 天に向かって伸びる七色の光の筋。
 環天頂アーク、別名逆さ虹。
 記憶の中にはっきりと焼きついている。
 それはもう、酷く鮮明に。
 
 目が覚めるとそこは編集社の休憩室だった。
「此処は仮眠室ではないですよ? お疲れですね、編集長」
 目の前に立つのはニケ・ラックマン。
「あぁ、すまない」
 彼から手渡された、コーヒーを啜る。
 どうやら、徹夜続きで椅子に座ったまま器用に眠っていたらしい。
 しかし、懐かしい夢だ。
 ここ最近、あの時と同じ様な天気が続いているからか。
「考え事ですか? いやぁ、実は僕もSNの編集室に気に入られてしまったみたいで…」
 嬉しいような悲しいような、と言い複雑な表情を浮かべるニケ。
 そんな彼の顔を見て、思いついた。
「なぁ、ニケ。 一つ頼み事が有るんだ」
「仕事ですか? それだったら、SN編集室から頼まれた件の後で良いですか?」
「いや‥‥何時でも良いんだ。 ただ、それを見た時に撮らないと次はいつになるかわからん」
 コーヒーを机に置き、目を細める。
「それ‥‥ですか? それとは何です?」
「環天頂アーク‥‥逆さ虹の事だよ」
「逆さ虹ですか。 良いですけど、ファッション誌にどう関係するんですか?」
「いや、なに‥‥個人的な頼み事だ」
 
 厄介と言う事の程ではない。
 ニケは一つ返事で了解した。
 とは言え、まずはSNの編集室から頼まれた仕事だ。
 確か、山奥にある飛び降り自殺が後を絶たない場所を撮ってこいとの事だった。
 ただ撮ってくるだけなので簡単‥‥に聞こえるのだが‥‥
 キメラが出るらしい。
 そっちの方がよっぽど面倒だ。
「SNの編集室はいつも、面倒事ばかりだな‥‥」
 ニケは溜息をついて、編集社を足早に出て行った。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
文月(gb2039
16歳・♀・DG
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
アブド・アル・アズラム(gb3526
23歳・♂・EP

●リプレイ本文

「そうですね、実はこれと言った情報は無いんですよ‥‥」
 セシリア・ディールス(ga0475)の問いに苦笑しながらニケ・ラックマンは答える。
「‥‥そうですか‥‥」
 そう一言だけ呟き、セシリアは頷いた。
 毎度の如く、ニケの運転するロケ車の中で傭兵達は地図などに目を通している。
 ケイ・リヒャルト(ga0598)とアブド・アル・アズラム(gb3526)は地形の確認や目的地までの距離を測っている様だ。
「もう少しで着きます、皆さん改めましてよろしくお願いします」
 そう言いながら、ニケはサイドミラーでロケ車の後方を確認する。
 そこには、バイク形態のリンドヴルムに跨った依神 隼瀬(gb2747)と文月(gb2039)の姿が有った。
「しかし、何度見ても依神さんのバイクは格好良いな‥‥」
 出発前にシロガネと言っていただろうか‥‥
「実はバイク好きなんですよ」
 ニケは誰に言う訳でも無く、呟いた。
 今回の撮影場所は少し、街から離れていて山の奥の方に有る。
 どうやらキメラも出現するという噂が立っているのだ。
 おまけにSN編集室の人間に言わせれば、今回の撮影ポイントは自殺の多発する場所。
「所謂、悪想念の溜まった場所」
 俄かには信じ難い事なのだが、もしかしたら何か見えない力が有るのだろうか。
 一般的に考えれば有り得ない事ではあるが、あそこまで言い切られると少し怖い。
 しかし、緊張はしていない、何せ傭兵達が一緒なのだ。
 傭兵なのだ、彼らは肉体的にも精神的にも強い。
 その悪想念という得体の知れない力が有ったとしても彼らは屈する事は無いだろう。

 今日の天候は刷毛で叩いた様な薄い雲が空に張ってはいるが晴れている。
 
 ‐‐林道‐‐
 まだ正午を回ったばかりなのに少し薄暗い。
 ニケ達は日の光を遮る木々の間を歩く。
 舗装はされてはいないが、不思議な位木々が避けている空間が道を作っているのだ。
 今回は山登りの様なものなので、機材はカメラとフィルムを入れたバッグを肩から掛けているだけのニケ。
 そのニケの前方、離れた所を傭兵が三人歩いている。
 飯島 修司(ga7951)とアズメリア・カンス(ga8233)と御崎緋音(ga8646)の三人だ。
 因みにこの前衛三人はニケ達より早めに来て、周辺の確認などを行っていた。
「特に異常は無かった様に思いますが‥‥」
 警戒するに越した事は有りません、と出発前に飯島は報告をしてきた。
 傭兵が言うのだ、自分が力になれる訳ではないが警戒しながら進もうとニケは思った。
 しかし、特に何事も無く一行は歩を進めていた。
「出来る限りこちらが発見しないとね」
 三人の真ん中になるような形で歩いていたアズメリアが一言。
 前方だけではなく、頭の遥か上に張り出している木々の枝にも警戒している。
 確かに、この林道は道になっている部分こそは視界良好。
 しかし、その周辺は殆ど草木で覆われていて何処からキメラが飛び出してもおかしくないのだ。
 御崎は周辺の音にも警戒しているらしく不穏な音がないか耳を澄ましている。
 
 ニケの後方、やはり離れた位置に居るのはケイとセシリアだ。
「‥‥今の所‥‥異常は有りません‥‥」
 セシリアは無線で全員に後方の状況を報告する。
 車の入れない道から出発して、一時間近く歩いている。
 しかし、拍子抜けして良いほど、何も起こらない。
 自分達の足音と鳥のさえずりが聴こえるだけの林道。
「何も無いわね‥‥けれど、奇襲には注意ね」
 ケイは自分達の後方を一度振り返り、確認する。
 セシリアは前方を見ながら、こくりと頷いて応えた。
 
 時折、ニケは立ち止まり風景を撮影する。
 とは言っても、ずっと同じ様な林道の中を歩き回っているので途中から傭兵達の姿も撮影していた。
「しかし、すごいですよね‥‥このアーマーとそれを着ているお二人」
 一般人のニケからしてみれば、ドラグーンの文月や依神の装着しているリンドヴルムは、正直珍しい。
 頭上の木々の間を警戒している文月と足元を警戒している依神は少し照れた様に笑う。
「良い絵を撮る事に集中してくださって結構です、厄介事は此方が引き受けますので」
 照れ隠しなのだろうか文月は少し強気にニケに告げる。
 ニケのすぐ後ろを歩いていたアブドがそれに合わせて言う。
「快適なハイキングを約束するさ」
「えぇ、改めてよろしくお願いします」
 ニケは振り返りアブドに軽く頭を下げた。
 少し風が吹いて、木の葉が落ちてきた。
 アブドが違和感を感じたのはその時だった。

 前方の三人のすぐ後ろ。
 明らかに、木の葉の落ちる量が違う。
「多い‥‥」
 キメラアントがどさりと三人の後ろに落ちてきたのは、その呟きに依神が気付いた瞬間だった。
「後ろです!」
 依神は咄嗟に無線を手にして叫んでいた。
「了解しました」
 御崎がそう応える。
 それと同時に前方の三人が反応し、振り返りざまにキメラアントを沈黙させる。
 飛ばされた酸は御崎のバックラーで防がれ、飯島のロエティシアに腹部を切り裂かれる。
「ここら先は行かせないわよ!」
 傷を負ったキメラアントはニケ達の方に向かって動き出す。
 次の瞬間、アズメリアの月詠がその頭に突き立てられた。
 しかし、油断は出来なかった。
 キメラアントは集団で動く習性を持っている。
 一体現れたという事は‥‥
「‥‥現れましたね‥‥」
 セシリアが自分達の後方を確認する。
 一、二、三体のキメラアントが襲ってくる。
 足元から出現したキメラアントを依神の薙刀が切り払う。
 その反動で地面の穴からキメラアントは文月の足元に転がる。
 そして動き出すと同時に沈黙。
 文月の一撃で穴から転がり出た、キメラアントは文月の一撃で絶命したのだ。
 その穴からはもう一体這い出てくる。
「きりがないです、一気に走り抜けましょう!」
 トランシーバーから御崎の声が響き渡る。
 どうやら最初の一体を片付けたまでは良かったが、次から次へと足元からキメラアントが涌いてきているようだった。
「今よ、セシリアっ!」
 ケイの影撃ちが敵を射抜き、セシリアの超機械による攻撃で後方から襲ってきたキメラアントは残り二体。
 牽制をしつつ、二人はニケ達との距離を詰めていた。――
「敵が居るのは、今見えてる所だけだな」
 アブドが近くのキメラアントを排除しながら言う。
 ニケは自分を近くで護衛してくれている、依神、文月、アブドの三人に対し大きく頷く。
 そして、後ろから追いついてきたケイとセシリアを振り返り、決心する。
「走りましょう!」
 前方を確認すると、飯島が大きく手でこちらを呼んでるいのが分かる。
 アズメリアが何体目かのキメラアントを沈黙させるとニケ達は一斉に走り出す。
 
 ‐‐崖を臨む山道‐‐
「そろそろ目的の場所ですね」
 ニケが息を切らせながら、全員に確認を取る。
 ここまでは何とか逃げ切った様だった。
 しかし、あの時まだ見える範囲に二体ほど残っていた。
「追って来ないわね」
 ケイがそう呟くと、セシリアは後方を確認する。
「これだけ視界が開けてれば先程より相手を発見し易いでしょう」
 飯島はそう言いながらも警戒を怠らない。
 いつの間にかニケ達は上の方までやって来ていたらしく、右手の崖側からはニケ達が出発した街が小さく見える。
 気温もグッと下がっている。
 傭兵達は勿論、ニケも辺りを警戒しながら進む。
「環天頂アーク、どんなものか見てみたいですね」
 飯島がニケに話しかける。
「そうですね、普段は人物がばかり撮ってますから‥‥」
 幻想的な風景も何枚か撮ってみたいですね、と笑顔で答える。
 その後ろでセシリアは空を見上げていた。
 彼女が何を思っているか分からないが、その瞳には周辺を警戒する緊張と未だ見た事の無い幻想的な風景に思いを馳せている様だった。
 
「どうやら、来たようですね」
 文月が左手側の岩肌の上方を見上げながら武器を構える。
 先程の二体であることは間違いない。
 逃げる際に牽制としてケイの撃ったと思われる鉛玉が片方のキメラアントの皮膚に食い込んでいる。
 奇襲ではあったが警戒していた傭兵達にとって問題は無かった。
 手負いのキメラが二体。
 周辺には他のキメラアントの姿は見えない。
 アブドの探査の目も何も捉えていない。
 つまり、この襲ってくる二体を葬れば脅威は去るのだった。
 二体のキメラアントは銃撃と斬撃の猛攻を受けあっけなく倒された。
 
 ‐‐切り立った崖‐‐
「ここですね‥‥果たして何か特殊な力が働いているのか‥‥」
 依神は早速崖の周辺を調査し始めた。
 その横でニケも写真を撮り始める。
 他の面々も周りを見渡して、特に変わった所がないかを調べている。
「さて、これだけ撮れれば問題無いでしょう」
 ニケはカメラのレンズを拭きながら、傭兵達を振り返る。
 その時だった。
 日の少し傾いた空。
「虹‥‥」
 それまで黙っていたセシリアが口を開く。
「ほう、これは中々」
 飯島が顎を手で擦りながら目を細める。

 環天頂アーク、別名逆さ虹。
 それは普通の虹より鮮やかで天に向かって伸びる虹。
 この大地とは別に逆さまな世界がこの空の向こうに有るのではないかと錯覚してしまう。
 その幻想的な風景をニケは一枚、そしてもう一枚と写真に収める。
「こんな綺麗な景色なら‥‥あの人と一緒に見たかったな‥‥」
 御崎は恋人の姿を頭に思い浮かべ、そっと呟いた。