タイトル:【RAL】須臾の間隙マスター:東雲 ホメル

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/18 23:46

●オープニング本文


 実際に知覚出来るのかどうかの問題は後にして。
 須臾とも呼べる、その機会を生み出せたのは好都合だった。
 少女は、目の前の女を必殺すべく背後に迫る。
 油断など微塵も無い。
 この為に最も重く、尊い犠牲が払われたのだ。
 これは自身の恋人の切り開いた血路。
 失敗など以っての外だった。
 恋人だけではない、昔からの顔馴染みも、此処に赴いた際に出会った仲間すらも。
 其々、血の海に沈んでしまっていた。
 しかし、そのお陰で女に隙が出来た。
 全て終わったとでも思ったのか、白銀の銃を収めたのだ。
 殺った。
 そうして、少女は白刃を閃かせる。
 赤と黒、ツートーンのコートの首筋。
 フードで見えないが、確実に其処に向けて刀を滑らせたのだった。

「惜しかった。実に惜しかったのぉ‥‥雌豚」
 微かに聞こえた声は、確かに少女の耳に届いた。
 が、その時には既に少女の手から得物はするりと抜け落ちていた。
 遅れてきた痛みと、込上げてきた絶叫。
 気が付けば、両の腕に風穴が幾つも開いていた。
「じゃが、所詮は愚鈍」
 その碧眼に一瞥されると、背筋が粟立つ感覚に囚われる。
 尋常では無い美貌は、畏怖の念を一層強く植え付ける。
 ヘンゼル、と言う女は興味を失ったかの如く、痛みで地に伏した少女に背を向ける。
 曇天の中、些か機嫌が悪かった様にも見える。
 止めは無かった。
 少女は今度こそ勝機を見出した気がして――その口に刀を加える。
 そうして全力で地面を蹴ったのだ。
 しかし、その刃はやはり届く事はなかった。
 女は、ヘンゼルは何もしない、振向く事すらもしなかったのだ。
 少女に止めを刺したのは、ヘンゼルではなく、彼女の最愛の人間だったのだから。
「お粗末な人形劇じゃったの‥‥ほれ、阿僧祇の雫が降ってきた。良かったのぉ、代わりに泣いてくれとるぞ」
 少年か、少女か。
 どちらに向けられた言葉かは分からなかった。
 久方振りの雨が、立ち込めた血の臭いを消してしまっていた。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
佐賀十蔵(gb5442
39歳・♂・JG
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
Lilas(gc6594
18歳・♀・CA
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

 黄昏の景色を向かえる事なく、時刻は夜へと進んでいた。
 雨雲は夕陽を遮り、既に辺りは夜のそれである。
 一つ違う所が有るとすれば、幽かな光が青白く注いでいるくらいだろうか。
 それでも、視界は雨粒にも遮られ、お世辞にも良いとは言えなかった。
 件の地に到着し、車中で作戦の開始を待つ鐘依 透(ga6282)。
 張り巡らせてみた思考には沈痛なモノが潜んでいた。
「五人も‥‥」
 些かの疑問が有る。
 果たして、強化人間一人相手に此処までの損害を出してしまうと誰が予想したのか。
 想定よりも強過ぎたのか、それとも先行部隊の実力不足か?
 はたまた、もっと別の理由が有るのだろうか?
 ジン・レイカー(gb5813)は閉じていた目をゆっくりと開けて、外の様子を窺う。
 建物や地面の細かな状況は確認出来ないが、先ずは此処で戦えるかどうかさえ判れば良い。
 さて、と車内に響いたUNKNOWN(ga4276)の声。
 その声を皮切りに、全員が雨空の下に素早く飛び出す。
 街に潜んでいると思われる敵、ヘンゼルは既に気付いているのだろう。
 ならば、余計な事は考えずに目的を達する事が何より先決だ。
「ま‥‥少しは気分が晴れるかもしれないわね」
 狐月 銀子(gb2552)は車の後方から外へと出ると、即座に己の鎧に火を点ける。
 駆動音が鳴り、自身達の到着を確実にヘンゼルへと知らせる形となった。
 黄緑色の景色を眺めて、ミルヒ(gc7084)は後戻り出来ない事を悟る。
「私でも役に立つでしょうか」
 雨に打たれて冷たくなった義手を抱く様にして、呟く。
 不安混じりの問いの答えは、これから出る事になるだろう。
 そうして、能力者達は散る様にして街中へと侵入していった。

 廃墟の陰から通りの様子を窺い、視界に何も捉えられない事を確認する。
 佐賀十蔵(gb5442)は銃口を天上に向けたまま、一度落ち着く様に深く息をする。
 仲間が居るとは言え、強化人間との戦いに対し、思う所は多少なりとも有る。
 が、それはそれである。
 十蔵は隣に控えていたLilas(gc6594)に対して、分かる様に頷くと正面の建物を見やる。
 視線の先の影が手を上げて、数瞬の後に手を進行方向に対して振り下ろす。
 それと同時に、影である秋月 九蔵(gb1711)は廃墟の外に転がり出て、すぐさま走る。
 瓦礫の陰にしゃがみこむ様に入り、後続を待ちつつ、周囲の様子に気を配る。
 それに代わる様に銀子が進行方向の様子を確認する。
 やはり瓦礫以外に何も確認する事が出来ない。
 待ち伏せや罠が仕掛けてある可能性が捨て切れない以上は、こうして進む他無い。
 そのままジリジリと、神経を磨り減らす作戦が展開される。
 そう思われた矢先だった。
 他の瓦礫とはまた違った大きさや形のモノが、九蔵の視界の端に映る。
 九蔵はそれを確かめようと、慎重に近寄る。
 銀子の息を呑む音が聞こえた気がして、一度振向く。
 彼女は九蔵の横をすり抜けて、それに近付く。
「身体的特徴からして、AAの片方と見て間違いないでしょうね‥‥」
 遺体の致命傷は調べるまでもなく分かり易く、酷いものだったのだ。
 うつ伏せに倒れている事や、雨で滲んではいるのだが血の飛び散り方から分かる事。
 背後からの攻撃。
 切断する様な得物では無い事も分かる。
 充分に観察した後、銀子と九蔵は遺体に手を合わせる。
 一人目の犠牲者を発見したと言う報告を受けて、透はぎくりとする。
 救助すべき人間の死の気配が強まったからだ。
 そうなれば、すぐにでも見つけばならない。
 透だけではなく、他の面々にも似た様な焦燥感が纏わり付く。
 そんな焦燥感を煽るかの様に、無線機から声が漏れる。
 Lilasの呟く様な、掠れた声だった。
「こっちも‥‥」
 十蔵はひょっとこの面を外して、見開かれた目を閉じさせてやる。
 周囲には争った形跡は無い。
 眉間に開けられた風穴とその周りの火傷の痕が痛々しい。
「急ごう」
 追いついて来たUNKNOWN達に促されて、十蔵とLilasはその場を離れる事にした。

 血の臭いは殆どしなかった。
 UNKNOWNの発見した「一際崩壊の目立つ場所」へと辿り着いたのだが――
 もしかすると、此処では暗視ゴーグルなんて物は無かった方が良かったのかもしれない。
 転がった三つの身体。
 これで作戦概要の情報に盛り込まれていた死亡者の数と一致した。
 周囲を警戒しながら、一つの遺体に近付くと、ジンがその傷を調べる。
 生きていたとしても、両腕は完全に使い物にはならなかっただろう。
 失血死か、それに順ずるショック死か。
 背中に濡れて張り付いた長い髪の隙間から、それが見えるとその答えがはっきりとする。
 その傷は、明らかに銃撃に因る物ではなく、鋭利な物で刺された様な痕。
 傷口の周りは薄っすらと火傷をしている様にも見える。
 ジンは車内で九蔵の言っていた事を思い出す。
「ヘンゼルは剣は使わないと思っている」
 過去に接触の有った彼の言う通りならば、この傷は誰が付けたものなのだろうか?
 しかし、それは未だに分からぬ事。
 今回は偶々接近戦を試みたのだろう可能性は捨てきれない。
「あ」
 それに、そんな事を考えている暇は無いのだから。
 ミルヒが声を上げると、その視線の先には一人の少年の姿。
 先行部隊の内の一人、ERの少年だった。
 ふらふらと歩み寄ってきたかと思えば、濡れた路面に倒れてしまった。
 数名が駆け寄ろうとするのだが――
 苛烈な殺気と共に放たれた鉛の弾丸が、その足を止める。
 ERの少年の更に奥、ゆらりと動く何かが居る。
「おぉ、また大勢で来たのぉ」
 若い女の声。
「まっ、豚八匹となら暇潰しには丁度良いじゃろ」
 そして、その声に反して妙に年を喰った様な話し方が印象的だった。
 それだけで確信的なモノを得た九蔵が鼻で笑って、その声に反応する。
「よぉ、相変わらず口が悪ぃな‥‥銃突っ込んでガタガタいわせてやる」
「スマン、鳥目じゃからな」
 声だけでは誰か分からない、と言っているのだろう。
 答えたおまけと言わんばかりにオレンジ色の火花が二つ闇に浮かぶ。
 放たれた弾丸を避ける様に各々が展開する中、空に強烈な光源が打ち上げられる。
 廃墟郡が一気に照らし出されて、薄っすらとその光景を現す。
 映し出された赤と黒のツートーンのコート。
 雨に濡れても流麗な金髪、獰猛な碧眼は間違いなくヘンゼルのそれだった。

 ERの少年を助ける際に幾つかの懸念が有った。
 その内の一つとして、暗闇で見落としてしまう物事が有る、と言う事はクリアした様に思えた。
 少年をそのままにしておく訳にもいかないので、左翼へと動くLilasが回収しに動く。
 それをサポートする様に、透とジンが前に出て、右後方からは銀子が自身の得物に手を掛ける。
 照明銃の光源とはまた別の光源が一筋の軌跡を描いて飛ぶ。
 直撃した手応えは無いが、今はそれで良い。
 UNKNOWNが倒れている少年に治療を施し、Lilasは慎重に少年に近付く。
 見落としは無い、とは思えた。
 マチェットを取り出し、周囲の空間を掻き切る様にしてはみたものの何事も無い。
 が、一つ不審な点が有った事に誰も気付かなかった。
 うつ伏せに倒れた少年は背中まで血塗れではあったが、周囲に血が流れた形跡が無いのだ。
 此処でやられたものではなくとも、傷が塞がる程に時間は経っていなかった。
 運良く被害が最小に抑えられたのは、UNKNOWNの眼のお陰だろう。
 驚異的な威力の光線が、Lilasと少年の間の地面を抉る。
 呆然と足を止めたLilasは、我が目を疑った。
 舌打ちが聞こえ、重傷者が突然飛び上がったのだから。
「うあー! やっぱりー」
 その標的は援護の為に前に出た透。
 残光と共に刃が穿たれる。
 その刺突を緋色の爪が寸での所で受け切ると、透は後方へと跳ぶ。
 追撃に備えたのだが、少年の身体にはジンの槍の柄が横薙ぎに叩き込まれていた。
「木偶が」
 そう呟いて、ヘンゼルは飛んでくる光線と銃弾を避ける様に瓦礫の影に隠れる。
 そうして、もう一丁の拳銃を抜く。
 暗視ゴーグルを外してしまったものの、十蔵は影の動きを逃していなかった。
 隠れた瓦礫に向かって牽制を何発か撃ち込む。
 しかし、此処からではそれが精一杯と判断して、その場を動く。
 遮蔽物から遮蔽物へと走るだけの事だったのだが、思わぬ事態に遭遇し、また元の位置へと戻る。
 在らぬ方向からの攻撃である。
「正面から銃撃を受けた。角度的に対象の強化人間からのものとは思えない」
 十蔵からの報告を受けて、中央に位置していた透達が後退していく。
 救出対象「だった」少年は、木造の廃屋の壁に叩き込まれた様だった。
「既にお邪魔しているが‥‥閑かね?」
 誰にとも無くUNKNOWNが問う。
 彼の両手の物騒な得物が、再び構えられる。
 一旦切られた火蓋はもうどうしようもない。
 伏兵、と言うよりも裏切り者と呼ぶべきなのだろう。
 崩れた木片の中から少年が立ち上がると、ヘンゼルが隙を衝いて此方に飛び出す。
 しかし、そのまま直進とはいかせない。
 透は瞬時に弓を射ると、弾頭矢が雨に混じって降る。
 ヘンゼルの目の前に落ちたそれは、激しい火炎を撒き散らして赤い光を灯す。
 足は止まった。
 それに併せてジンが少年を迎撃しに打って出る。
 射線に入れない様に、銀子と九蔵、十蔵と追いついて来たLilasが大きく展開する。
 その間も敵からの銃撃に曝された訳なのだが、それも無駄にはならない。
 遮蔽物が多ければ、敵が潜んでいる大体の位置も把握出来ると言うものだ。
 消耗品は軍が負担してくれると言う事もあり、惜しげもなく反撃に出る。
 引き金を引きながら、銀子はふと何とも言えぬ感覚に囚われる。
 ERの少年が裏切ったとして、残りの救出対象は、恐らく残ったJGの二人だろう。
 自身達が受けている銃撃からもその事が窺える。
 元仲間に引き金を引くというのか、などと言う考えが浮かんでくる。
 戦う事に悩んでいた彼女にとっては煩わしい思考だったのだが――
 要は裏切って、仲間を五人も葬った敵だろう。
 そう考えれば、分かり易い悪が目の前に居る様にも思えた。
 原因となったのが、ヘンゼルだと仮定すれば更に。
「悪人らしい奴で助かるわ」
 物陰から半身を出して、暗闇に向かって引き金を躊躇い無く引く。
 そんな様子を知ってか知らずか、ERの少年はジンに目掛けて機械剣を振るう。
 屈んで斬撃を避けると、ジンは跳び上がる様にして突く。
 少年の利き手側の肩を掠めたが、それでは充分ではない。
 しかし、透が隙を衝くには充分な間が出来た。
 心を殺して、一瞬で間合いを詰めると一刀、二刀と少年の胸に斬線を交差させる。
 火炎の向こう側から、ジンと透だけではなく、少年諸共を呑み込む様な弾丸が放たれる。
「ひはっ、やるねぇ‥‥」
 回避しきれずに、幾つかがジンや透の身体に刺さる。
 それでも致命傷にならなかったのはUNKNOWNがヘンゼルに向かって同じ様な射撃を浴びせたからである。
 やはり強い、ミルヒは傍らで少年の足止めを行いながら思う。
「どうやら、豚の中に一匹イベリコが混じっとった様じゃのう‥‥」
 雨で徐々に弱まっていく火の向こう側、ボロボロの裾を破るヘンゼルの姿が映る。
 直撃が有ったのかどうかは分からないのだが、ダメージは有るらしい。
「少しデートしないかね?」
「わしゃ、高級と言えども家畜とディナーする趣味は無いぞ」
 肩を竦めてゆっくりと歩き出すUNKNOWN。
 併せてヘンゼルも歩き出す。

「大人しくなった奴らが居るよな?」
 JGの片割れ、青年と思しき声が無線から響く。
「そうですね。場所を特定されては拙い‥‥移動を開始します」
 中年の男は妙な事に敬語で応対すると、そそくさとその場を離れようとする。
 しかし、そう甘い事は無いものだと実感して、得物を構える。
 スナイパーライフルと呼ばれるそれで、この距離での戦闘は些か不利な気がする。
「投降してください」 
 冷たく、硬い感触が後頭部に突付けられる。
 Lilasの呟く様な声と共に、十蔵が正面から大物を構えて姿を現す。
 十蔵とLilasは援護射撃を行いつつ、狙撃していた人間を探していたのだ。
 銀子と九蔵が派手に反撃をしてくれていたお陰で、此処に辿り着けた。
「すみません、してやられました」
 中年の男がそう呟くも無線からの応答は無い。
「さぁ、もう一人の――」
「無駄だ」
 十蔵の言葉を遮る様に中年の男が言葉を紡ぐ。
「敵の援護射撃が止んだ、こっちは一気に打って出るぜ」
 九蔵からの連絡の意味する所。
(逃げた?)
 Lilasが中年の男を拘束している横で、十蔵が外に向けて銃を構える。
「これ以上、強化人間の好きにはさせんぜ」

 ERの少年が口の端に血を滲ませながら、此方に飛び込んできた。
 目の前にはジンと透。
 しかし、ジンと透は既に少年を無視する様に動いている。
 少年の動きには精彩の欠片も無く、鈍重と言ってしまった方が良かったからだ。
 ヘンゼルの銃撃を背中に受けたのだから、仕方が無い。
 それでも少年は突撃を止めなかった。
 そして、暗闇に走った電流火花が辺りを照らす。
「邪魔はさせません」
 温度の無い義眼が少年を見つめている。
 交差した光の奔流は、やがてその姿を溶かして消える。
 そのまま、少年は血の塊を吐いて、その場に崩れてしまった。
 ミルヒは濡れた前髪を掻き上げて、少年の息を確かめる。
 既に限界を超えて、事切れてしまった少年。
 その体温は、未だに自身の義手よりも暖かいのだろうなぁ、と思う。
 そんなミルヒの横を九蔵と銀子が滑る様に走っていく。
「おっ‥‥! おぉ‥‥!?」
 UNKNOWNの尋常ではない連射にヘンゼルは踊る様に飛び回る。
 彼女とて万能ではない証拠に、幾つか被弾を許した様で動きのキレはそれほどでもない。
 その好機に、飛び込んできたのは透。
 二刀がヘンゼルの胸を目掛けて閃き、薄く切り裂かれたブラウスはじわりと赤く染まる。
 鉛弾を反撃に浴びながらも下がった透と、交代で出てきたのはジン。
「‥‥これで、銃は使えないよな?」
 切っ先が銃口に刺し込まれて、跳ね上げられる。
 更に強烈な衝撃波でヘンゼルの華奢な身体を地面に転がす。
 すぐさま跳ね起きて、銃口を上げるのだが予想だにしていない痛みに眉を顰める。
「久し振りのドンパチだ‥‥楽しいぞ、ヘンゼル」
 右手に開けられた風穴。
 それが九蔵の銃撃に因る物だと気づいたまでは良かった。
「こりゃ、拙いの」
 視界に映ったのは砲身を此方に向けた銀子の姿だった。


 阿僧祇の雫は止む気配は無かった。
 赤龍の咆哮は確かにヘンゼルを捉えたのだが――
 崩れた瓦礫の中に彼女の姿は無かった。
 まるで地面に溶け出したかの如く。